表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
18/33

15:愛は4.2465光年の彼方に

▼あらすじ

十年ぶりにプロキシマ・ケンタウリ星系から帰還した調査船【左目の禊】号。

船長・星羅の体感時間はわずか二年だが、地球では十年が過ぎ、かつての同期・遼河は、すっかり「おじいちゃん」になっていた。

往復するたびに広がっていく年齢差。

家族を持つ未来を捨て、地球のために外宇宙へ向かい続ける星羅と、ISSⅡでその帰還を待ち続ける遼河。

だが今度の航海の後、もう会えるかどうかわからない。高齢に達した遼河は、そう告げる。

さらに、星羅が乗り込む宇宙船にも重大なトラブルが発生する。


二人の再会の約束は果たされるのか――。


 一隻の宇宙船が、静止軌道上に忽然と姿を現した。光速の九十九・八二パーセントからの急制動――外から観測すれば、“何もない空間に突如出現した”としか思えない。約十年ぶりにプロキシマ・ケンタウリ星系から帰還した【左目の禊(ひだりめのみそぎ)】号だ。

 宇宙船の数キロ先、同一軌道を周回する|ISSⅡ《国際宇宙ステーションⅡ》が、青い地球と黒い宇宙の狭間、宇宙の渚に浮かぶ銀色のブローチのように輝いていた。


「ただいま、地球」


 船長席に座る星羅(せいら)は、無事、地球圏に戻ってこられたことに安堵の溜息を漏らす。彼女の役目は終わった。だが制御室(コントロールルーム)内では、クルーたちが未だ慌ただしく、最後の作業を行っている。

 まずは十二時間かけて慣性中和装置(ICS)の停止を行う。ロケットの打ち上げでも数Gの負荷がかかるが、人間は一Gの世界に最適化された生き物だ。十Gで意識は途切れ、数十Gが続けば血管も内臓も耐えられない。百Gを超えれば、人体はもはや、その形を保てない。


 だが光速の九十九・八二パーセントから、地球低軌道速度へと急減速した【左目の禊】号の外郭には、数千から数万Gにも達する途方もない慣性が集中していた。本来なら、乗員は一秒と持たずに潰れ、原子の塵になっているはずだ。

 だが船内は静かだった。

 Inertial Cancellation System──慣性中和装置(ICS)が、船体を包む時空を“静かに落下し続ける空間”へと変えているからだ。起動・停止にはおよそ十二時間を要し、そのあいだ船体は虹色のヴェールに包まれる。膜が消えると、ようやくISSⅡへのドッキングが可能になる。

 窓の向こうに浮かぶISSⅡが虹色の膜に閉じ込められていく。見かけ上の減速を終えた船が、これから“本当の減速”に入る。人体への負荷を肩代わりしてきた慣性中和装置と外郭が、きしみを上げながら大きく息を吐いた。「ただいま」と。



 星羅は、ハッチの縁を掴み、身体を押し出した。無重量のまま二重のハッチを抜けた先には、一人の老人が待ち受けていた。見知らぬ顔だ。いや――目じりと口角の皺に見覚えがある。

遼河(りょうが)……?」

 驚きのあまり声が震える。

 ――分かってたはずなのに、目の前にすると、駄目だ。

「見違えたわ」

 喉が詰まるような気がした。

 出迎えたのは、かつての同期――遼河だった。出発の頃とはまるで別人で、頭頂部から顎まで白髪も髭も消え失せている。そこに立っているのは、二世代ほど離れていそうな老人だった。

 ――出発した時には、まだ髪の毛あったのにな。

「おかえり星羅。君は全然変わらないな」

 無重量のまま飛び込んでくる星羅を優しく受け止めながら、つるりと自分の頭をなでて遼河が言った。

「そんなことないわ。私も、もうすぐ四十よ」

「可愛いもんじゃないか。僕はもうすぐ八十だよ」

「……そっか。孫娘を出迎えるおじいちゃんってところね」

 星羅は冗談めかして言ったが、胸の奥がきゅっと痛んだ。

「ウラシマ効果、本当ずるいよな」

 プロキシマ・ケンタウリ星系への往復は、星羅にとっては、一年半の滞在期間を含めても、せいぜい二年。しかし、地球ではその間に十年の歳月が流れていく。

「えぇ。思っていた以上に残酷よね――」

 第五次調査隊の往還に要した十年で、星羅の両親は亡くなった。ISSⅡに勤める見知った同僚も、一人また一人と去っていき、今もここにいるのは名誉局長である遼河だけだった。

「せめて僕が出迎えてあげないとね」

 星羅の孤独感を見透かしたように、遼河が小さく笑った。

「ありがとう」


 第一次調査隊に下っ端の作業員として参加した時の星羅は、遼河と同じ二十五歳だった。帰還時に八歳の年の差が生じることも承知の上で、地球の未来を担うミッションと未知への挑戦に胸を躍らせていた。あの頃の二人は、同じ未来を見ていたのだ。


 二人の運命がすれ違ってしまったのは、第二次調査から帰還した時だった。星羅三十歳、遼河四十六歳。一年後に控えた第三次調査隊には参加しないつもりだった星羅に、副船長のポストと半ば強制的な乗艦命令が下された。

 誰もが気が付いていた。一度調査に向かえば、地球で待つ家族との間に八年の溝ができることを。だが、頭で理解するのと実際に体験するのとでは違う。共に過ごすはずだった時間の喪失は、人を驚くほど脆くした。帰還した調査隊の半数が、再び調査に赴くことを拒絶した。


 バーナードに向かった調査船は、めぼしい成果を出せず、ウォルフ359やシリウスAを目指した船は事故や通信断で戻らなかった。

 その中で、プロキシマ・ケンタウリへ向かった【左目の禊】号だけが、小惑星帯に十分な採掘量が見込めるレアアースの鉱脈を見出した。


「他の星系の調査が上手くいかなかったから。どうしても全部、こっちにのしかかってきちゃうのよね」

「それだけ、外宇宙の調査は危険だってことじゃないか。それでも――」

「えぇ。だから、行くの」


 ――誰かが、レアアースを地球へ届ける道筋を切り開かねば地球に未来はない。その誰かが、私なのよ。


 激しい葛藤の末、二人は共に地球の未来を選んだ。

 慰霊碑に並ぶ帰らぬ仲間たちに誓いを立て、個人の幸せを手放した。

 星羅は我が子を腕に抱く未来を諦めた。

 遼河も自分のささやかな幸福を引き出しの奥にしまい込んだ。彼女への気持ちと、渡せなかった婚約指輪を一緒に。



「身体が重い――」

 両親の墓の前で静かに祈りを捧げていた星羅が、顔をあげて最初に口にしたのは、久しぶりに味わう一Gの重力への不満だった。

「仕方ないさ。僕も君も、無重量での生活が長すぎたのさ」

 二人は車椅子を並べて墓地の小径を進んだ。すっかり落葉したイチョウの葉が、黄色い絨毯のように続いている。

「本当に他に行きたいところはないのかい? 折角、地上に降りてきたんだし、六次調査隊の出発は一年後……」

「いいえ。早くISSⅡに戻りたい。なんだか、地球から拒まれているような気がして、ここにいると、どうにも落ち着かないの」


 遼河は彼女の言い分も分からなくもないと感じていた。すっかり無重量に慣れた身体は、軌道エレベーターの高度が増すにつれ、楽になっていく。成層圏に達する頃、地平線がゆるやかな弧を描き、昇りかけの太陽が地球を縁取る光輪になる。それは、あの指輪を思わせた。


「私、もう降りないわ」

 物思いに耽りながら、窓外を眺めていた遼河の背中に星羅が言った。床に磁石で固定されている車椅子を離れ、ふわりと身体を宙に浮かせる。

「そうか」

 遼河は、一瞬迷った。「もう二度と地球へは降りない」という意味なのか。それとも、「この先、第十次まで予定されているプロキシマ・ケンタウリ調査隊から降りない」という意味なのか。判断に迷いはしたが、敢えて問いかけはしなかった。その両方なんじゃないかな。遼河はそう思った。



「十年ぶりに君に会えたと思ったら。一年なんてあっという間だな」

 遼河がそう言うと、星羅も素直に返した。

「そうね」

 第六次調査隊の出航を三日後に控え、【左目の禊】号へ向かう星羅を見送るべく、二人はドッキングハッチを目指していた。


「先に言っておく。十年後、もし僕がここにいなかったら……その時は許してほしい」

 遼河は八十歳になっていた。あちこちにガタはきているものの、今のところは”健康”と言っていい。だが、十年後もそう言える保証はどこにもない。

「駄目よ。必ず、出迎えてくれなくちゃ。そうじゃないと、本当に私、独りぼっちになってしまう」

「努力はするよ」

「それじゃ駄目。必ずよ。約束して」

「わかった。約束するよ。十年後、君が戻ってきた時もまた、おかえりと言おう」


 ――わかってる。いつかこの日が来ることは、とっくに覚悟してた。

 星羅は、少し背が縮んでしまった遼河を両腕に抱きしめた。

 彼女を安心させたくて約束の言葉を口にしたものの、遼河自身はその約束をどこまで守れるのか、自信がなかった。ただ、そっと彼女を抱きしめ返すのだった。



 十二時間かけて慣性中和装置(ICS)の起動を終えた【左目の禊】号が、カウントダウンに入った。

 ――9・8・7――

 合成音声の無機質な秒読みが、船長席に座る星羅の耳にはっきりと届く。

 ――さようなら遼河。

 出港時と帰港時、特別なレセプションの場でしか着用しない制服の襟を正し、背を伸ばす。

「地球。また会いましょう」


 ――6・5・4――

 ISSⅡでも、遼河は同じ音声を聞いていた。

 ――さようなら星羅。

 窓の傍で自分にとって最後の姿となるかもしれない【左目の禊】号の雄姿を目に焼き付ける。

 溶融ガラスのしずくを伸ばしたような二つの涙滴球が、船体前後の両端に配置され、慣性中和装置(ICS)の力場を形成して船体を覆っている。涙滴球の尾は中央で管状区画へ収束し、その内部に居住区画と貨物区画が収められている。前方の涙滴が鋭く、後部が丸い洋ナシのような非対称な姿をしていた。


 ――3・2・1・0!

 慣性中和装置(ICS)のお陰で慣性の鎖から解放された【左目の禊】号は、瞬時に亜光速に達し、目の前から消失した。拍子抜けするほどあっけない出発だった。


「さてと。僕の役目も終わったな」

 赤く伸びた残光が消えると、遼河はそう言った。

「長きに渡るお勤め、お疲れさまでした。このあと、標準時十五時から退官式の予定です」

 彼の傍で女性型のアンドロイドが言った。

 Network-augmented Astronaut Guidance and Interaction Support Android、ネットワーク拡張型・宇宙飛行士誘導対話支援アンドロイド、略してNaGiSa(なぎさ)だ。ISSⅡの職員と同じ作業着をまとい、肌はマットシルバー。表情は変化しないが、優しい合成音と相まってどこか柔和な印象を与える。名誉局長を退く遼河への、同僚たちからの餞別だった。老後の介護も兼ねているのだろう。


「不思議な名前の船ですね。何か由来があるのでしょうか?」

 NaGiSaが首をかしげながら、質問する。

「アマテラスのことだよ。日本の神話さ。イザナギという神が左目を洗ったらアマテラスが生まれたっていう古事に(ちな)んでる……って、NaGiSa。君はこの位、簡単に調べられるんだろう?」

「はい。遼河さまとの会話のきっかけにと、質問させていただきました」

「良いよ。無理に会話しようとしなくてもいい」

「いいえ。これは星羅さまの命令ですので」

「星羅が――」



「話題を変えましょう。NaGiSaは優秀なアンドロイドですので」

「自分で言うんだ、それ」

 ちかちかと目の奥を光らせながら、NaGiSaが言った。このアンドロイドは、銀色の表情の無い顔の代わりに、目の奥の光で感情を表現しているようだ。ただ、どういう感情なのかは読み取れないのだが。もしかしたら、笑っているのかもしれない。


「えぇ。私、理解できたと思います。私なりに、ですが」

「何を?」

「人の愛というものについてです」

「これはまた、でかく出たな」

「はい。この一か月、遼河さまと星羅さまのお二人を見ていて分かりました。愛とは、エントロピーが増大していく世界の中で、局所的にそれに抗い、世界の複雑さを育てようとする行為の一つなのですね」

 想像の斜め上。意外な言葉に遼河は驚く。


「えらく哲学的だな。まぁ、愛に限らず、生物の成長も繁殖も、エントロピーに抗う行為と言えそうではあるけれど」

 約九十分で地球を一周するISSⅡからの眺めは壮大だった。地平線に沿って、日の出や日の入り、夜景やオーロラが駆け抜け、宇宙空間には銀河や星々がまたたくことなく輝いている。一人の人間が一人の人間に思いを馳せるのとは、あまりにもスケールが違いすぎた。


「十年後、次に彼女が地球へ帰って来た時に、僕はもうこの世には居ないだろうね。だが、アンドロイドの君なら、僕の代わりに彼女を出迎えることが出来るだろう。その時は、君が彼女に『お帰りなさい』と言ってやってくれないか」

 NaGiSaが目の奥の光を青や黄色にちかちかと点滅させている。やがて言った。


「それでは、あなたは彼女との約束を反故にするということですか?」

「仕方ない。人間には寿命ってのがあるからね。この先、何年生きられるか、正確にはわからないからな」

「では、確約できないにも関わらず、あなたは彼女に約束の言葉を告げられたのですか? それは、彼女のメモリにあなたというデータを保存し、エントロピーの増大を最小限に留める行為だったのですね?」

「よくわからんが。まぁ、そうかもしれない」

「ですが、私はそれでも納得がいきません。なぜ、約束通り、あなたが出迎えるという未来を確定させないのでしょうか?」

「だから――」

 遼河は、言いかけて気が付いた。確定させる方法が一つある。

 ――経済的には問題ない。昔はそんな選択肢などあり得なかったが。遺産を遺す家族もいない。今なら。あとは、医療的、法律的に問題ないか、それだけだ。

「調べてみるか。未来へと逃げていく君を先回りして待ち受けてみよう」



 冷凍睡眠(コールドスリープ)。慣性中和装置(ICS)が確立する以前の時代には、さかんに研究されたが、ビジネスとして成立する前に下火になった。だが、元ISSⅡ名誉局長で莫大な資産を持つ遼河にとって、細々と続けられていた最先端研究者を見つけ出し、向こう十年分の研究費を条件に協力を取り付けるのは難しくなかった。


「冷凍については、ほぼ問題は解決しているんですよ。問題は解凍の方でね」

「つまり、安全な解凍技術の確立を寝ながら待っても良いわけだ」


 こうして(医療的にはまだまだ安全性に問題を抱えているものの)、彼は未来を掴み取る切符を手に入れた。


「これで、『約束』が守れそうだ。十年後に彼女が帰ってきたら、起こしてくれ」

 防寒性の欠片もない、薄い手術着のようないで立ちで、遼河はNaGiSaに言った。

「はい」

「残りの資産の株式運用は全て君に任せた。なぁに、失敗して破産したって怒りはしないから存分にやってくれ」

「心得ました」


 そうして、彼は彼女が二歳年をとって地球へ帰ってくる間、長い眠りにつくことになった。


「人間は面白いです。その行動原理の解明は、私の探求心をそそります。人は独りでいることには慣れることができますが、そこに別の人の喪失が絡むと、とても深い悲しみを感じるのですね。耐えられる孤独と、耐えがたい孤独。そこにはやはり、エントロピーが絡んでいるのでしょうか」

 NaGiSaは、主人が当分使うことのなくなった車椅子を折りたたむと、納戸に片付けた。人気(ひとけ)の無い家の中で、これから十年、この家の留守を預かることになる。


「星羅さま。順調にご命令を遂行できております。私も、私なりの方法で、エントロピーの法則に抗うことがまだ何かできるかもしれませんね」



 しかし、星羅の方は順調ではなかった。

「むしろ、これまでが出来過ぎてたのよね――」


 地球圏から出発しておよそ二年半(星羅たちの体感では五十五日)後のことだった。船体を大きく揺さぶる衝撃と共に、慣性中和装置(ICS)が不調をきたした。船体を包む落下の傾斜が緩くなり、本来の速度が出せなくなった。光速の九十九・八二パーセントで飛ぶはずの【左目の禊】号が、今は、僅か光速の二・九パーセントまで速度を落としている。

 ウォルフ359やシリウスAに向かった調査隊が事故に見舞われる中、プロキシマ・ケンタウリに向かう自分たちだけが第五次調査まで、大きなトラブルもなくこれた事の方が奇跡だったのだ。


 ――それでも、爆発を免れただけましだと思わなきゃ。


 何か打てる手はないか。次々届く悲観的な情報の中から、何か突破口はないかと考えを巡らす。

 現在、プロキシマ・ケンタウリへの行程の半ばを過ぎたところだ。このまま、亀のような速度で進めば、到着まで約六十年。だが、プロキシマ・ケンタウリには整備ドックや建造中の無人輸送船がある。【左目の禊】号を修理するか、無人輸送船に居住区画を設けて地球へ帰ることができるかもしれない。


 ――ベットするには、かなりのリスクだけれど。


 その場合、光速の九十九・八二パーセント。地球で四年三か月、クルーの体感三か月で帰ってくることができる。


 ――そこに、私はいないだろうけれど。


 現在、星羅は四十歳。星羅がこの船の最年長だ。プロキシマ・ケンタウリ星系へと向かう六十二年間の行程のどこかで、彼女は船長の任を誰かに託す必要があるだろう。しかし、今、向きを変えて地球へ引き返しても約八十六年もかかってしまうのだ。これでは、地球に到着する頃には、生存者の一人もいない幽霊船になってしまうのは確実だ。百四十三名全員は無理でも。一人でも地球へ還してやりたい。ならば――


 ――やはり、このままプロキシマ・ケンタウリを目指すしかない。


 そして、その道中、少しでも速度を上げられる可能性を試すのだ。

 星羅は、まだ、何一つ諦めるつもりは無かった。


「ごめん遼河。ちょっと時間がかかりそう。でも、きっと帰ってみせるから。待っていてね」

 ――NaGiSaが上手く遼河を説得できていますように……。


 それに。地球では、【左目の禊】号と共に、採掘されたレアアースが無人輸送船で届くのを心待ちにしている。その道が絶たれると――需要が増すばかりのレアアースの供給が途絶えると、経済的な停滞を余儀なくされ、文明の荒廃にも繋がりかねない。

 クルーへの責任。地球の運命。解決できるのかという不安と共に、彼女の肩にのしかかる重責は大きかった。


「本船はこのまま、プロキシマ・ケンタウリを目指します!」



 第六次調査隊が運んでいたのは、無人輸送船の部品と長期滞在用宇宙ステーションのモジュール、そして、大量の空気・水・食料・エネルギーだった。これを転用できるため、二年が二十年になっても耐えられた。だが、それ以上は……。

 無人輸送船の部品でICSを修理できないか、試行錯誤が行われたが、打てる手は少なかった。稼働中のICSを一度止めてしまえば再起動できる保証はない。完全に止まってしまえばそこで終わりなのだ。


 ※


 【左目の禊】号の事故の報せは、事故から二年半の後に地球へもたらされた。関係者である遼河へも当然その連絡は届いたものの、冷凍睡眠中であり、彼に代わってNaGiSaが受け取った。


「困りました。私は、『十年後、星羅さまが帰ってきたら起こす』と命令を受けています。星羅さまは十年後にはお戻りになれないでしょう。それどころか、戻ってこれないかもしれません――その場合は、遼河さまをこのまま起こさずにおくべきなのか。逆に指示された条件を満たせないと判明した時点で、すぐに起こすべきなのか。それとも、星羅さまがお戻りになっていなくても、『十年後』に起こすべきなのか」


 無表情なNaGiSaの目がちかちかと赤や黄色の点滅を繰り返す。

 点滅は遅くなったり、早くなったり。

 やがて青白い強い光を放った。


「最適解を探さねばなりません。パラメーターは……そう、『エントロピーの増大を最小限に抑えるため』――」


 ※


 事故から十年が経過した。

 これまでの調査隊は、惑星環境や放射線、小惑星帯のレアアース含有率を調べ、掘削機や精錬基地、整備ドックの輸送と組み立てを進めてきた。その結果、プロキシマ・ケンタウリcとdの間の小惑星帯で自動採掘が開始され、基盤は整っている。

 第六次調査隊は、その仕上げとして無人輸送船と長期滞在用宇宙ステーションの最終組み立て、および輸送システムの完全自動化を目的としていた。以降、数隻の無人輸送船によって、五年毎にレアアースが地球へ届けられるはずだった。


 頼みの綱は整備ドックで最終組み立て段階に入っているはずの無人輸送船だ。無人輸送船を有人化し、輸送船で地球へ帰還するか、あるいは、輸送船からICSを取り外し、【左目の禊】号に設置するか。

 いずれにせよ、地球では当初予定より、六十年以上待たせることになる。が、それによって大勢のクルーを地球に還すことができる筈だった。


「そして。少しでも早く着けるように……」


 仲間たちは優秀だ。きっと速度を向上させる手立てを見つけてくれるだろう。

 その時だった。事故が発生した時以上の衝撃が船体を揺るがした。

 星羅は、慌ててモニターを確認する。舳先のICSの球体部が弾けるように砕け散っていた。


「大丈夫か! 怪我人は?」


 船の大きなダメージもショックだったが、あそこでは、何人ものクルーが修理作業を行っていた――。


「くそっ!」


 無線に応答を待つが反応がない。悪態をつきながら、制御室(コントロールルーム)を後に、船首へと向かう通路に入る。船外服を着て作業を行っていた筈だ。命綱が切れてさえいなければ、命の助かるクルーもいるはずだ。船首へと向かって、手を漕ぎ、足で蹴りながら、最短距離で進む。そうして星羅は、速度を緩めることなく船首へと向かいながら、手の空いている者を呼び集めた。


 ※


 【左目の禊】号は、何もない空間に、ほぼ制止状態だった。救出できたクルーは三名。うち、一名は意識不明の重症。作業にあたっていた、残り五名は――どこにも見当たらなかった。

 怒り、苛立ち、後悔……星羅は、震える拳を握りしめた。

 だが、やり場のない気持ちをぶつけるわけにはいかない。無重量下で壁を叩いたところで、自分が飛んでいくだけなのだ。


 ザザ……


 その時、船外服のバイザー内の無線がノイズを拾った。

「こちら……ザザザ……【左目の禊】号応答願います。いやぁ、制止状態だったので、見つけやすかったですよ」


10


「おはようございます。遼河さま」

 ――聞き覚えのあるアンドロイドの声が聞こえる。そうだ。NaGiSaだ。

 閉じたまぶた越しに明るい光が届くのが感じられるが、目が開けられない。

「無理に目を開けようとしなくて大丈夫です。ドクターによると、あと一時間もすれば、自然と目を開けられるそうですので」

 不安の和らぐ、落ち着いた声に、遼河はだんだんと記憶が鮮明になってくる。

 ――そうか。あれから十年経ったのか。星羅が帰ってくるんだな。

「【()目の禊】号が無事帰還し、現在ICSの停止プロセスに入っています。あと十時間弱でISSⅡへのドッキングを行う予定です」


 ※


 軌道エレベーターでISSⅡにあがる。元名誉局長として、うやうやしく出迎えられるが、顔ぶれのほとんどに見覚えがない。時の経過を痛感する一方で、本人は殆ど眠っていただけなので、どこか現実感が薄い。

 これまで五回、常に彼女を待ち続けたハッチの前に立つ。

 【左目の禊】号に起きたトラブルについては聞いた。よく無事に帰ってこれたものだと思う。


 気密チェックOKのランプが点灯し、重いハッチのロックがガチャリ、ガチャリと解錠されていく。

 ――あわてるな。

 ハッチの扉が開いて、最初に顔を出したのは、クルーの一人だった。

 遼河に軽く敬礼すると、再び船内へ消えた。


 一拍おいて、彼女が出てきた。

 ハッチの縁を掴み、身体を押し出すその仕草は、これまで五回見てきたのと同じだった。

 無重量のまま二重のハッチを抜けて出てきた女性。

 それは、出発時から十三歳ほど年をとり、五十三歳になった星羅だった。

「おかえり」

「ただいま」

 祖父と孫娘ほどの年齢差が、かろうじて父と娘と言えなくもない程度には縮まった。

 しかし、僅かに縮まった年齢差とは異なり、彼らの物理的な距離は、さらにさらに縮まって――そして、静かに重なった。


 ※


 NaGiSaによると、バーナード星系で、めぼしい成果をあげられずにそのまま予備役扱いになっていた調査船【()目の禊】号による救出は、ずいぶんドラマチックだったのだという。


「私の発案なんですよ! そして、五年かけて準備したツクヨミのクルーに、私も志願したんです」


 ――もしかしたら。ドラマチックだったのは、救出劇そのものではなく、NaGiSaの活躍のことを指しているのかもしれない。


「ツクヨミって?」

「ご存知ないですか? 【右目の禊】号のクルーは、自分たちの船をそう呼ぶんです」

 そう言って、NaGiSaは、左肩に貼られた【右目の禊】号のクルーの証であるワッペンをこれ見よがしに二人に見せながらウインクしてみせた。それは、どこか得意気な様子に見えた。


「遼河。私、事故のあと、ずっと考えてたことがあるんだけど」

「あぁ、星羅。僕もさ」


 ――結婚しましょう。


 星羅がそう言う前に、遼河が指環をそっと取り出した。

「もう随分と前に用意していたものでね。デザインも古いが。僕と結婚してくれないか? そして、犠牲になったクルーの家族に、もし孤児がいるなら、僕たちで育てるのはどうかなって思うん――」


 遼河が言い切るよりも前に、星羅が肯定の返事で彼の口をふさぐ。


「私、星羅さまが還って来なければ、遼河さまを起こすこともできず、ご命令を果たせないなと考えたわけです。なんとか、エントロピーの増大に抗うにはどうすべきか。そうして、この結論に至ったわけで――あの……聞いてます?」


おわり

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.SFとは愛と科学の物語。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
hytnkn20b5154na6bio1iwqq8qlc_urz_8c_6y_29eo.png
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ