13:俺の宇宙船に潜んでいた密航者は、幼馴染だった
▼あらすじ
人類が地球から飛び出し、火星や金星に暮らし始めて数世紀。
太陽系を股にかけて運送屋を営む青年ゲンゾウ・クスノキはある日、宇宙船の貨物区画で密航者の集団を見つけてしまう。
「ゲンゾウ。どうか私を助けてほしいの」
密航者を率いている女性は、幼い頃に離れ離れになった友人エレナ・オリーブ。
彼女が連れているのは幼い少年少女で、どうやら金星の富豪に「研究材料」として買われるところだったらしい。追手に捕まれば、悲惨な未来が待っているとのことだった。
事情を聞いて、エレナたちを助けようと決断したゲンゾウだったが。
「おそらくどの惑星に逃げても、敵の手は伸びてくるってことだ。安心して暮らせる場所があるのかは、甚だ疑問だ」
「やっぱり、ゲンゾウでも難しいかな」
「一応、一つだけ策がないこともないが」
果たしてゲンゾウとエレナは、敵だらけの宇宙で、平穏に生き抜く道を見つけることができるのだろうか。
――大事件というものは、いつだって身構えていない時にやってくる。
宇宙船の貨物区画。
一人の女性が、無重力空間にふわりと浮かびながら、十人ほどの少年少女を背に庇っていた。その力強い目は、密航者にしては太々しすぎる態度だが。
「ゲンゾウ。どうか私を助けてほしいの」
彼女の口から、俺の名前がこぼれ出た。
密航者がいると判明したのは、地球の衛星軌道上にある物流ステーションを出発して、少し時間が経った後のことだった。
この船に俺以外の乗組員などいないため、仕方なく武装して現場に来たが……まさか彼女とこうして再会することになるとは思ってもいなかったんだ。
彼女の正体にはすぐにピンと来た。
年齢は俺と同じくらいで、髪色は薄っすらと青みがかっている。そして何より、表情筋が仕事をボイコットしているような冷たい眼差し。心の内から、言いようのない懐かしさがこみ上げる。
「エレナ……なのか?」
「ん。見ての通り。私」
「見ての通りって言われてもな……あれから十年も経つんだぞ」
エレナ・オリーブ。
彼女とはいわゆる幼馴染というやつで、幼い頃は月面の研究所で一緒に過ごしていた。しかし研究所が潰れることになり、エレナは地球に、俺は火星にそれぞれ移住することになったんだ。
最後の日は二人で別れを惜しんだものだが。それがまさか、こんな形で再会することになるとはな。
「それで、エレナ。どうして密航なんて」
「ん。詳しい話をしたいけど、貨物区画にずっといると子どもたちが凍えてしまう。できれば、温かい紅茶なんかを頂けると嬉しい」
「はぁ……十年経ってもエレナは変わらんな。分かった、ひとまず居住区画に案内するから。そこで話を聞こう」
そうして、彼女たちに背を向けると、スピーカーから聞き慣れた声が響いた。
『マスター。密航者を連れて来るの?』
「そうだ。こいつのことなら心配はいらない。紅茶の用意をしておいてくれ、ノア」
『えー、まったくもう。仕方ないなぁ』
貨物区画の床をトンと蹴りながら、磁力アンカーを出口付近の壁に吸着させる。ワイヤーを巻き取って振り返れば、エレナは何やら俺をジッと見つめていた。
「ねぇ、ゲンゾウ。家族か恋人がいるの?」
「まさか。今のは船の管理AI。名前はノアだ」
「あぁ……なるほど。ゲンゾウらしい」
俺らしい? なんだか、そこはかとなく不名誉なニュアンスを感じるが。
「ゲンゾウは、側にいる人を生意気な性格に育て上げるのが得意」
「どういう意味だ、おい」
「相変わらずで安心した。紅茶にはミルクと砂糖もつけてほしい。クッキーもあると助かる」
「相変わらずなのはお前の方だ、エレナ」
仕方がないので、エレナと子どもたちそれぞれの注文を聞いてノアに伝える。まったく、十年経っても世話が焼けることだ。
そうして話をしながら、ハッチを開けてエアロックを通り、貨物区画を離れる。子どもたちの様子を見ると、無重力空間での身体の使い方がずいぶんぎこちない。
「あぁ、子どもたちには自己紹介が必要か。俺の名前はゲンゾウ・クスノキ。しがない運送屋をしている。普段は準惑星ケレスと地球の間を往復しながら、色々と荷物を運んでるんだ」
そうして色々と話をしながら、俺はみんなを連れて居住区画へと向かっていった。さて、どんな厄介ごとを聞かされるんだろうな。
◆
俺とエレナは昔、月面にあった国際宇宙技術研究所、ISTLという施設で暮らしていた。
そこでは、何世紀も前から様々な技術研究が行われていた。かつて人類が火星や金星で暮らし始めたのだって、イストルでの研究成果を活用したおかげだ。
しかし、俺とエレナが十歳の頃。
イストルは突然破棄されることが決まった。
「――非人道的な実験を主導していた研究者たちは追放刑となる。諸君ら実験被害者は、各惑星に移住してもらう」
攻め込んできた軍人の言っている意味が、まったく理解できなかった。
たしかに俺とエレナは研究所で被験者として過ごしていた。しかし、決して非人道的な実験の被害者だったわけではない。
俺たちは先天的な障害を抱えていて、長くは生きられなかった。脳機能を補助するナノマシンや、サイバネティクスの粋を詰め込んだ高性能な義体、そういった最先端技術の臨床試験に自ら望んで参加していただけだ。
しかし、俺たちの抗議は無視された。
優秀な研究者たちは、狭いカプセルに押し込められて、次々と宇宙空間に射出されていく。あの時のみんなの絶叫は、ずっと耳の奥にこびり付いている。今でも悪夢に見るほどだ。
そして、月面に滞在する最後の日。
俺はエレナと二人、研究所の窓から月面の様子を眺めていた。乾いた大地は地平線まで続いていて、宇宙はどこまでも広がっていた。
「ねぇ。ゲンゾウ……私は地球に行くらしい」
「俺は火星だって聞いた。どんな場所だろう」
「ん……みんないなくなっちゃった」
いつも無表情なエレナが、泣き腫らして真っ赤な目をしていたのを覚えている。
「エレナ。これは絶対に秘密なんだが」
「ん? どうしたの?」
「みんなの残した研究データだが。実は軍が持ち去る前に、コピーを取っておいたんだ。エレナにも同じものを預ける」
そうして俺は、データチップを一つ取り出して、小さなロケットペンダントに仕込む。スイッチを入れれば、俺とエレナが一緒に撮った写真が、数秒おきに空間投影される仕掛けになっていた。
これなら、身につけていても怪しまれる可能性は少ないだろうし、最悪バレても「知らなかった」で誤魔化せるだろう。
「はい。エレナもこのペンダントを持ってて」
「……つけて。私の首に。ゲンゾウの手で」
「ん? まぁ、いいけど」
エレナは自分の髪をかき上げて、首元を俺にさらけ出し、目を閉じた。
俺は少しドキドキしながら、細いチェーンの両端を手にとって、エレナの首の後ろに手を回す。
するとエレナは、急に顔を近づけてきて、一瞬だけ唇を重ねてきた。
「エレナ?」
「ご褒美。ゲンゾウはとても良い働きをした。私は絶望するだけで、みんなの研究を守ろうだなんて考えもしなかったから。でも、それじゃダメなんだって、今なら分かる。褒めて遣わす」
「なんで偉そうなんだよ」
そうしてその日は、エレナとずっと手を繋いで過ごした。
翌日には軍がやってきて、俺たちはそれぞれ別の船に乗ることになった。エレナが地球に向かう一方で、俺は火星へと向かったのだ。
まさか、十年後にこんな形で再会することになるとは、当時は想像もしていなかったがな。
◆
待機エリアの椅子でベルトを締めると、円筒形の居住区画はゆっくりと回転を始め、遠心力を用いた擬似重力を発生させ始める。
スピーカーからは、宇宙船の管理AIであるノアの声が響いた。
『疑似重力の起動シーケンス完了だよ』
「ありがとう、ノア。みんな、もう立ち上がっていいぞ。少しは行動しやすくなっただろう」
俺の言葉に、十人の子どもたちは恐る恐るといった様子でその場に立った。
ここでは、長い宇宙生活で退屈しないように色々と娯楽を用意しているからな。子どもが楽しめるかは分からんが、ひとまず自由に過ごしてもらえばいいだろう。
子どもたちの様子を眺めながら長椅子に座ると、すぐ隣にエレナが腰を下ろした。さて、そろそろ話を聞く頃か。
「エレナ。あの子たちは地球出身か?」
「ん。みんな宇宙に出たのは今回が初めて」
「そうか。それは珍しいな」
この太陽系において、文化の中心はどの惑星かと問われれば、誰に聞いても「地球」という言葉が返ってくるだろう。
なにせ人類発祥の地であり、環境ドームで区切らずとも人が暮らしていける唯一の居住惑星だ。歴史や文化はもちろん、食料生産という面を考えても、人類にとってなくてはならない星である。まぁ、地価が高いから、余所者がそうそう住めたものではないが。
そんな地球から、エレナたちはこっそり逃げ出してきた。いったい何があったのか。
「それで、エレナ。どうして密航なんて」
「ん。今から話をする。実は」
エレナは、ふぅと息を吐いて、言葉を続ける。
「私たちは、金星の富豪に売り飛ばされるところだったの。研究材料として」
――金星の富豪に売り飛ばされる。
エレナのその言葉は、ある意味で納得がいくものだった。
「私たちを狙っているのは……金星におけるエネルギー輸出企業のゴールドスプリング社」
「はぁ、業界最大手だな。それはまた、ろくでもない奴らに狙われたもんだ」
金星には富豪が多いからな。
なにせあの惑星は、シンプルに「太陽との距離が近い」のが売りだ。再生可能燃料であるエーテリオンの活性化をするには、金星の環境は段違いに効率がいい。結果、金星周辺の宙域には、ところ狭しと活性化装置が浮かんでいて、莫大な富を常時生産しているわけだ。
そうして話していると、配膳ロボットが紅茶を持ってきてくれたため、カップを手にとってゆっくりと飲む。
「みんな金星には逆らえないからな」
「ん。宇宙船を飛ばすにも、星間ゲートウェイを稼動させるにも、環境ドームを維持するにも……燃料にはエーテリオンを使う」
「そうだな。地球の場合は自給自足ができるから金星に強くものを言えるが、その他の星は金星にヘソを曲げられれば生きていけなくなる。基本的には言いなりだ」
普通なら、金星の富豪に目をつけられるような真似は誰もしない。だから、エレナと子どもたちが「研究材料」として狙われていても、助けてくれるような人は周囲にいないわけだ。
「あの子たちは、もしかして俺たちと同じか?」
「そう。みんな先天的な身体機能障害に悩んでいた。幸いにして、私の手元には研究所の資料があったから、あの子たちに義体化処置をしたの。ナノマシンによる脳神経系の再構築と、サイバネティクスによる高機能の義体化をして、みんな普通に生きていけるようになった。これからあの子たちの新しい人生が始まる……はずだったのに」
なるほど、それで目をつけられたか。
たぶん月面研究所の時と同じだろう。
研究所が潰された際、軍人が「非人道的な実験をしている」と語っていたが、あんな発言は建前に決まっている。
「俺が調べたところ、富豪どもは不老不死を夢見て、色々と情報を集めさせているようだな。エレナたちが狙われたのも、その関連か?」
「正解。さすがゲンゾウ」
「褒められても嬉しくないが。結局、富と権力を得た奴が考えることなんて、似たりよったりなんだろう……子どもたちが捕まれば、お先は真っ暗か。嫌な話だ」
不老不死、と聞くと陳腐にも思えるが。
死にたくないという感情は、それだけ根源的で強烈な欲求なのだ。その者が権力を持っているなら、なおさら質が悪い。
「エレナが俺の船に忍び込んだのは?」
「私の脳は星間ネットワークに接続できるよう改造してある。だから、ゲンゾウが運送屋をしていることもすぐに突き止めた。あとは、積み荷用のコンテナに、スキャンを騙す細工をすれば」
「あー、そうか。業者指定の配送予約をして、軌道エレベータから物流ステーションへ。ふむ……運送ギルドのセキュリティには前から不安があったが、案の定って感じだな」
さてと、事情はだいたい分かったと思うが、どうしたものかな。
俺が今後のことを考えていると、エレナの瞳が不安そうに細かく揺れる。
「迷惑をかけてごめん。だけど私には、ゲンゾウ以外に頼れる先が思い浮かばなかった」
「あぁ、それは構わない。俺にはエレナを見捨てる選択肢なんて最初からないからな。だが問題は……おそらくどの惑星に逃げても、敵の手は伸びてくるってことだ。安心して暮らせる場所があるのかは、甚だ疑問だ」
「やっぱり、ゲンゾウでも難しいかな」
エレナの言葉に、俺は小さくため息をつく。
「一応、一つだけ策がないこともないが」
「本当に?」
「あぁ。ただ……とても大きな選択だからな。少し考える時間をくれないか」
そうして、俺はエレナと話をしながら、子どもたちが笑い転げる様子を眺めていた。
◆
星間ゲートウェイという設備は、人類の宇宙進出になくてはならない存在だ。
原理としては、離れた二点間の空間を圧縮することで、実質的に光の速さを超えるような移動が可能になるというもの。月面の研究所で生まれた技術なのだが、稼動させるのに必要なエネルギーは莫大なものになる。
そんな星間ゲートウェイだが、金星が提供するエーテリオンを燃料にして、現在は五つの居住星を常時接続していた。
太陽に最も近い金星。人類の故郷である地球。宇宙技術が盛んに研究されていた月。最も人口が多い火星と、小惑星帯での資源採掘基地になっている準惑星ケレスだ。
このうち、俺は月にある星間ゲートウェイの近くに宙域拠点を持っている。
『マスター。ホームに接続完了だよ』
「ありがとう。燃料補給を開始してくれ」
『はーい、すぐに始めるね』
ひとまず拠点までは帰ってきたが、これからどうするべきか。
ちなみに、金星が輸出したエーテリオンを購入するのは高くつくから、俺は自前の活性化装置を拠点に組み込んでいる。まぁ、個人でやっている運送屋には珍しくもないスタイルだが。
そうして燃料ゲージをぼんやり眺めていると、目の前に小人のアバターが投影された。
『お疲れ様、マスター。これからどうする?』
「ノア……実は少し迷っていてな」
『そうなんだ。どうしたの?』
あぁ、本来なら迷う必要なんてないんだが。
「俺は一度、心が折れた人間だ」
『マスター? 心が折れたって』
「あぁ、ノアには話したことがなかったか……実を言うと、俺は火星での生活で、大きな挫折を味わっているんだよ」
ずっと、自分の心に蓋をしていたが。エレナの真っ直ぐな瞳を見て、俺は言いようのない気まずい感覚に襲われていたんだ。
「ノア。俺は運送屋をやっているが……これまで一度だって、火星での仕事をしたことがなかっただろう。月を拠点にして、準惑星セレスと地球の間を往復して、たまに金星にも行って……だけど火星には一切近寄っていない」
『うん、そうだよね。マスターは火星が苦手なのかなーとは思ってたけど』
「あぁ、俺は火星が苦手だ。というより、火星人が嫌いなんだ。火星に移住してからずっと……俺は周囲に否定され続けてきたから」
まぁ、火星人たちの気持ちも、理屈としては理解できなくはないがな。
なにせ火星に暮らしているのは、地球を追い出された「敗者」の子孫だ。事業に失敗して金が尽きて、地球での永住権を失った者たちが多く集まっている。
それに火星の生活は惨めだ。地球に食料を頼り、金星にエネルギーを握られた上で、小惑星帯で採掘した資源を加工して販売する。当然、人数ばかり多くても、立場は最弱と言っていい。
彼らは地球人を毛嫌いしているから、おそらくはコンプレックスのはけ口を求めているんだろうな。他の星よりも「生身であること」へのこだわりが強いのもそのためだ。
――お前、脳みそが機械なんだろ。もう人間じゃねえじゃん。
「つまり、彼らはこう言いたいわけだ……地球人は人の温かみを捨てた。親の身体からもらった身体を大切にしない冷たい奴らだ、と」
『マスターも酷いことを言われたの?』
「あぁ。病気治療であっても、ナノマシンを投与するなどもっての外。義体化処置をした者など、もはや人間ではないらしい」
結局、奴らのいう「温かみ」とやらは、俺には最後まで理解できなかったな。根本的に俺は、あの星には馴染めなかったんだろう。
「成人して火星を飛び出したきり、俺は一度もあそこに戻っていない。宙域拠点で暮らしながら運送屋を営み、空いた時間に研究を進めて、色々と新しいものを作ったが……それを誰かの役に立てようなんて、考えてもいなかったんだ」
あぁ。だからこそ、苦しかったのか。
「再会したエレナは、昔と変わらない真っ直ぐな目をしていた。子どもたちを助けて……折れてしまった俺とは大違いだった」
『マスター』
「こんな俺が、エレナの横に立っていて良いものかと思ってな。躊躇していた理由は、そんなところだ……こうして話してみれば、なんとも情けない理由だろう。笑ってやってくれ」
そう自嘲していると、ふと背後に気配を感じる。振り向けば、そこにはエレナがいて、俺のことを静かに見つめていた。
「ゲンゾウ。ごめん、聞いちゃった」
「あぁ……悪いな。俺は昔の俺じゃないんだ」
「うん。でも……私もそう。同じだよ」
エレナは俺の前に立つ。
「実は私も、地球が好きじゃないの。地球人なんて、選民思想に凝り固まった傲慢な奴らばかりなんだ。月で育った私はずっと蔑まれて過ごしていたから……子どもたちを治療したのだって、本当は綺麗な理由じゃなかった。ちょっと地球人を見返してやりたいと思っただけで」
「あぁ……そうか」
「ごめん。ゲンゾウに失望されたくなくて、見栄を張ってしまった。本当の私は、ゲンゾウの思っているような完璧美少女ではない」
「完璧美少女だとは思ってないが」
あぁ、なんだろうな。お互いに何か、変に気を張ってしまっていたのかもしれないな。
「はぁ……うん、分かった。俺も腹を括ったよ。これから今後の作戦を話す」
「よしきた」
「ノアの力も借りて、俺もエレナも子どもたちも、みんなで平穏な暮らしを手に入れる。そのための作戦だ。まず――」
そうして、俺たちは作戦会議を始めた。
なかなか大掛かりな作戦にはなるが、これが実現するならば、俺たちは追手を逃れて平穏な暮らしを手に入れられるだろう。
◆
星間ゲートウェイの出入り口が消えた瞬間、俺はエレナとハイタッチをした。
今いる場所は、太陽から一番近いプロキシマ・ケンタウリという恒星の近くだった。
まぁ近いと言っても、4.2光年ほど離れているから、通常の方法ではたどり着くことができないわけだが。
「星間ゲートウェイの空間圧縮を多段式に構成すれば、一方通行ではあるものの、プロキシマ・ケンタウリまではたどり着ける……理論は正しかったな」
「ん。燃料はカツカツだけど」
「あぁ。それに、濃縮エーテリオンでなければここまでたどり着けなかっただろう。イストルの研究成果をフルに生かした結果だ」
話しながら、見慣れない宇宙空間を眺める。
プロキシマ・ケンタウリを含むアルファ・ケンタウリ星系は、三つの恒星からなる連星だ。つまり、太陽が三つあるような場所である。
星系の中央部ではリギルとトリマンの二つの恒星が互いに公転し、その周囲をプロキシマが大回りしている。これは太陽星系では見られない光景だった。
「さて。しばらくは濃縮エーテリオンの活性化が優先だ。何をするにも燃料がなければ話にならないからな。その後は、居住可能宙域にある惑星の環境を調べる」
「ん。しばらくは船生活?」
「そうだな。焦ったって良いことはない」
子どもたちには我慢を強いるが、あのまま太陽系にいても平穏な暮らしは望めなかった。
金星や地球には狙われているし、火星や小惑星帯には金で動くゴロツキも多い。敵も手を尽くしてエレナたちを探しているだろうから。
「奴らもさすがにアルファ・ケンタウリ星系までは追ってこられないだろう」
「ん。一番大きな山は越えた」
「そうだな。もちろん完全には気を抜けないだろうが、みんなで祝杯くらいはあげてもいいか」
そう言うと、エレナは俺の腕にギュッとしがみついてくる。きっと恐ろしいのをずっと我慢していたのだろう、その身体は小さく震えていた。
「ゲンゾウ、ありがとう」
「よく頑張ったな、エレナ」
「ん。頭を撫でることを許そう」
「なんで偉そうなんだよ」
答えながら、エレナの頭を撫でる。
ここに来るまで、彼女の心理的な負担はかなり大きなものだっただろう。なにせ富豪に身柄を狙われながら、子どもたちを引き連れて、先の見えない逃避行をしていたのだ。少しくらいは、彼女の心が休まるといいんだが。
「ゲンゾウ」
「うん?」
するとエレナは、表情を動かさないまま俺の頬に両手を添えた。静かに床を蹴って、ふわりと浮かび上がると、彼女の潤んだ瞳がゆっくり近づいてきて――。
◆
環境ドームというのは、惑星地球化の手法としては一般的なものだ。
なにせ、星の全てを地球のような環境にするのはかなりの手間だからな。大気組成、気温、湿度、光量、放射線量なんかを人類が暮らせるレベルに調整するには、範囲を区切るのが現実的な解決方法なわけだ。
環境ドームの整備は、宇宙船の管理AIであるノアが全て担当してくれる。中央制御塔では、小人のアバターを投影したノアがニコニコと笑っていた。
「ありがとう、ノア。これでみんな暮らしていけそうだ。すっかり頼りきりだな」
『ふふん。任せてよ、マスター。といっても、研究所の資料を事前に学習してたから可能だったってだけなんだけどね』
ノアが遠隔で操る蜘蛛脚メカは〈オクタレッグ〉という名前のもので、月面で研究されていた汎用型の作業機だ。まぁ、一般公開される前に研究所ごと存在を葬られたんだがな。
『今までの作業ログをまとめて報告するね。まずオクタレッグで資源採掘をして、それを素材にオクタレッグを千体まで自己増殖をさせた。みんなで手分けして、資源採掘や運搬、資材倉庫の整理、居住地の整地や建築なんかをしたんだよ』
「なるほど。そこまで一週間とかからずか」
『うん。必要な資源はわりとすぐに集まったからね。それで、全自動工場と、濃縮エーテリオンの活性化プラントを作ってから、環境ドームを構築していったんだ。完成したらテラフォーム処理をして、植物から導入していったんだよ』
人間が入植できるまで一ヶ月程度。ドームが小規模なのもあるが、やはりイストルの技術は凄まじいと思う。
あたりを走り回っている子どもたちは、ずいぶんと楽しそうだ。
「ノアにはこれから、この惑星居住地の管理AIになってもらおうと思うんだ。もともと、宇宙船には贅沢過ぎるほど高性能だから」
『ふふふ。マスターが思考中枢を魔改造してくれたおかげだけどね』
たしかに出会った当初のノアは、今ほどの柔軟な思考性能を持ってはいなかったからな。
俺が中古で買った宇宙船は、ジャンクとして破棄される間際だったから。組み込まれていたノアも旧式だったわけだ。
それが今では、イストルの技術を活用してハードウェアもソフトウェアも最新式にしたから、もはや別物と言っていいだろう。
「ノアの本体を固定配置できるなら、大きさや重量の制約も緩くなる。宇宙船に載せていた頃よりも、性能が上がるんじゃないか?」
『わぁ、ほんと? 楽しみにしてるね』
「ノアはいつも楽しそうで良いな。理論上、シンギュラリティを超えるのも時間の問題みたいだから、楽しみにしているぞ」
それにしても。月面研究所の資料は、俺の目から見ても有用なものがたくさんあった。それなのに、地球連合軍がそれを活用する様子が一向に見られないのが腑に落ちないんだよな。
奴らが今さらになってエレナや子どもたちの身柄を狙うあたり、おそらく研究資料の解読が上手くいってないんだろうと思うが。
念のため、奴らがアルファ・ケンタウリ星系にやって来ないかは注意しておいた方がいいか。厄介なことにならないといいんだが。
◆
「――こうして、惑星イストルに我々の祖先が暮らし始めることになりました。古代王ゲンゾウ・クスノキは、王妃エレナとの結婚後、五百年以上にわたる夫婦生活で約千人の子を作り、この星を発展させていったのです。つまり、私も皆さんもゲンゾウ王の子孫ということになります」
歴史教師がそう話をすると、教室にいる子どもの一人がさっと手を挙げる。
「先生! 結局、地球連合軍は研究資料を活用できなかったんですか?」
「ふふ、それについては次の授業でお話しましょうか。月面研究所の研究員たちは、自分たちの研究資料を軍に悪用されないように罠を仕込んでいたのです。研究成果を正しく活用できたのは、ゲンゾウ王とエレナ王妃だけだった。何をどうやったのかは……楽しみにしててくださいね。ふふふ」
「えー、気になる。罠って何だろう」
すると、今度は他の子が手を挙げる。
「先生、たしかゲンゾウ王はソル星系の連合軍と戦ったんですよね」
「えぇ。それも次の授業で。あぁ、今度社会科見学がありますから、星母ノア様に直接お話を伺っても良いかもしれませんね」
「えっ、ノア様に会えるの?」
そうして教室がガヤガヤと盛り上がる中、教師は小さくほほ笑んで、子どもたちを落ち着かせる。
「最新の調査では、ソル星系の各惑星で暮らす現地人の様子が確認できています。といっても、かつての技術はすっかり失われ、昔ほどの数もいないようですが――」
広くて狭い、宇宙の片隅で。
人の営みは形を変えながら、それでも脈々と受け継がれていっている。未来の可能性は多岐に渡り、そこにあるのは喜びだけではないけれど。
どれほどの時が過ぎても、宇宙はただ、一切の感情もないままそこにある。過去から未来に至るまで、人間たちが紡いでいく歴史を、大きく包みこんでくれているようだった。
Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?
A.SFらしさとは何か、という問いですが。
個人的には「だいたいの創作はSFだ」と思っているので、回答としては「作者がSFって言えばSFなんじゃない?」になるんですが……それだと八雲さんに「禅問答がしたいんじゃねえんだ」と叱られそうなので、もう少し掘り下げますね。
個人的には、SFというジャンルには「妄想の広がり」を大事にしてほしいなという思いがありますかね。イメージとしては、私の中ではミステリの逆って感じになっています。
というのも。ミステリでは、散りばめた謎を集めていって、事件解決に収束させていくのがメインになっているイメージでして。一方のSFは、「科学的な嘘」を起点にして、予想外の方向に発散させて大惨事にしていくのがメインのイメージをしています。
もちろん、要素としてどちらも併せ持った作品を書くこともできるので、あくまで「主眼をどちらに置くか」というだけの話だとは思っていますが。
また、ここでの「|科学的な嘘《Science Fiction》」というのは、「もし〜だったら」という仮定のようなものを指しています。作品を考える時は、多かれ少なかれ皆さん考えることかと思いますが。
その嘘の内容がサイエンスの領域であれば、問答無用でSFに分類できると思いますし。また、少しサイエンスから外れたものでも、作者が何かしらの科学的な理由付けをしようとした時点から、もはやSFになると思っています。というのも、そもそも科学というのは本質的には「科学的な考え方」でしかないので、分野としてはこの世のだいたいのものを包含していますからね。つまり、フィクションを書けばだいたいSFになると思うんですよ。
例えばですが、「鬼滅の刃」は私の中では圧倒的にSFです。
あれはサイエンスの中でも生物学の領域での嘘をついていますからね。鬼舞辻無惨の生態もそうですし、全集中の呼吸もそうですが、科学的に正しくなくてもちゃんと作中でそれっぽい理由付けがされているじゃないですか。そして、「もし鬼という生物がいたら」「もし呼吸を使う鬼狩りがいたら」という生物学的な嘘を起点にして、どんどん物語が広がっていく。あれはもう完全にSFど真ん中ですよね。つまり今、SFアニメ映画が世界中で大ヒット上映中なんです。SF全盛期と言っても過言ではないですね。
それと「名探偵コナン」もSFですよね。いやあの、怒らないでください。いや「てめえさっきミステリとSFは逆って言っただろ」という発言はごもっともですが、ちょっと待ってください。弁明させてください。
あれは「もし服用したら子どもに戻る物質があったら」っていう化学的な嘘から始まってるじゃないですか。それで、一つ一つの事件は収束に向かうことでミステリ的な楽しさを提供しつつも、全体としてはコナンくんの正体が新(ネタバレになるので伏せます)を巡るあれこれの騒動を転がしていって、SF的な楽しさもちゃんと提供しているんですよ。なのでコナンはSFです。
あとほら、プリキュアシリーズはまさにSFですよね。人をパワーアップさせる何かしらのエネルギーの存在を仮定して、それをめぐる敵集団と人類の諍いを描いているので。もちろん戦隊やライダーもみんなSFになりますし。
異世界転生なんて、「もしもパラレルワールドが存在していたら」「魔法という謎エネルギーが存在していたら」「人間以外の種族が実在したら」というSFですからね。あぁ、もちろん私は「ファンタジーってつまり……SFでしょ?」と思っている人間ですので。ローファンタジーもハイファンタジーも、そういう法則の宇宙が存在していたらと仮定した物語を描く時点で、等しくSFなんですよ。
そんなわけで、だいたいの作品をSFに分類してしまう私ですが、もちろんSFでない作品も世の中には存在しています。
まず、SFのFはフィクションなので、ノンフィクションはSFじゃないですよね。それから、現実舞台でのありふれた人間で構成されるドラマなんかはSFではない気がしています。警察小説なんかも、リアリティを追求するものはSFからは外れますし。つまり「嘘じゃないこと」に重きを置く作品群はSFではないことになります。
あとは、詩や純文学なんかの文章芸術になってくると、個々の作品ごとに判断が必要になると思いますかね。
例えば「吾輩は猫である」が人語を操る猫の存在を仮定したSFなのは疑いようもないですが、「坊っちゃん」や「こころ」なんかがSFかと言われると悩みます。最終的には夏目漱石が「これはSFです」と言うか言わないかだけの問題だと思いますかね。
例えば、「源氏物語」は特殊人物の存在を仮定したSFですが、「枕草子」はさすがにSFとは呼びにくいかなと。これも最終的には清少納言が「これはSFです」と言うか言わないかだけの問題だと思いますかね。誰か聞いといてください。
なので、だいたいの創作はSFになるため、皆さん何も気にせずに「これはSFです」と胸を張ればいいんじゃないでしょうか。
え? 禅問答がしたいんじゃねえ?
分かりました。ではもう少しだけ。
科学というのはこの世のあらゆる現象を包含する上に、現代人は幼少期から自然と科学的思考を仕込まれて育っているので、作品に仕込む「嘘」はなんであれ若干の科学味を帯びてしまうものだと思っています。
が、そんな中でも特に「理工学」の分野に特化して、できるだけぶっ飛んだ嘘をつくと、世間一般にはSFと認識されやすくなるかとは思っていますかね。
いやぁ、ネタは無限にありますよね。
物理で言えば、時間、空間、重力、電磁気力、相対性理論、エネルギー、エントロピー、素粒子、核分裂や核融合だったり。生物で言えば、クローン、細菌やウィルス、巨大生物、未発見の生き物、遺伝子改造、義体や電脳、ナノマシン医療やコールドスリープ、老化だったり。地学で言えば、宇宙船、テラフォーミング、軌道エレベータ、超光速航法、異星人だったり。化学で言えば、とんでも効果を及ぼす薬品、理想的な化学反応触媒、反物質、未知の金属だったり。そこに、工学的な視点で時代を進めたりして、巨大ロボットが実用化された世界を描いてもいいですし、AIと人間の割り切れない関係を描いてもいいでしょう。たくさんありますよねー、わっはっは。
テーマについては本当になんでもいいと思うんですよね。
あと、たまにSFに対して「現実にはあり得ない」なんていう反論をする人もいますが「SFのFはフィクションじゃい」で終了です。そもそも嘘を大きく転がしていって楽しむ創作作品群なので、めちゃくちゃでぶっ飛んだ嘘をついても全然いいんですよ。大事なのは、その嘘が面白いかどうかだけですからね。
なので私の結論としては、世の中のだいたいの作品はSFだと思ってます。なので、ぜひ皆さん堂々とSF作家を名乗っていただきたいですね。
SFはとても自由で幅広いものだと思うので、ジャンルとして盛り上がっていってくれるといいなぁと、個人的に思っています。





