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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
13/33

10:チャイルドフッド・ドリーマー

▼あらすじ

ロボットや人工知能の発達により、人間はあらゆるものを機械に任せるようになっていた。そんな生物ではない物に主導される世界を本能から嫌った一部の人間―不気味の谷底組―は管理都市を去り、都市と都市の間、本物の谷に残る旧市街の遺物を修繕しつつ、昔ながらの生活を営んでいた。


機械に反抗する余裕も無く、人も減るばかりの集落に住む一人の老人の生きた証である。

 天高くそびえ立つ第九十区画ドームシティに太陽が遮られる頃、冷え込みもさることながら、かすかに聞こえてきた吠え声に鳥肌が立つ。


「熊が出没しました。住民の皆さまは速やかに屋内に待機し、マタギは直ちに出動してください」


 先ほどの獣の声を検知した旧式スピーカーから防災音声が鳴りだす。あちこちに隠れるように配置されているマルチセンサーやらも壊れたラジオのようにジージーと音を発してはいるんじゃろうが、修理できるような技術を持った人間様はドームの中に居住してらぁ。

 アンドロイドと呼ばれ持て囃された人型ロボットの普及の波に反抗した、ワシらのような『不気味の谷底組』は、ドーム建設のために水流を変えられ、植物も毟られ荒廃した地にしがみつきながら、数百人で身を寄せ合って生活しておる。知識も技術も食料も分け合い、人間だけで生きていくことを決めた同士達じゃ。

 事態をのみ込み慌てだした周りの人とともにワシも食料配給を抱え、急ぎ足で帰宅する。


 集合住宅に帰るなり「英雄(ひでお)おじいちゃんおかえり」と孫の圭太が迎えてくれる。3歳でよく喋る明るい子だ。他の家族連中は挨拶の一つもくれんが、ろくに働けもしない高齢者じゃから仕方あるまい。食料を冷蔵庫にしまい、リビングでテレビをつけニュースチャンネルに切り替える。


『16時頃速報でお伝えした、居住区域に降りてきた熊についての続報です。MA.TA.GI(マタギ)の出動により、熊は駆除されましたが、隊員1名が負傷しました。つきましては補填人員を』


 ブチンとテレビ画面が一瞬暗転し、子供向けのチャンネルに切り替わる。圭太がリモコンを持っていた。数十年前の番組の再放送ではあるが、根強い人気を誇る戦隊系のアニメだ。お前の父ちゃん(息子)も好きで、テレビにかじりつくように夢中で観てたんじゃよ。あんときは勉強せえと叱ったが、今じゃワシも息子に叱られる側じゃからな、好きなだけ観ぃ。

 楽しそうな孫をいつまでも眺めていたかったんじゃが、携帯端末が電話の着信を知らせてきた。通話ボタンを押しながら、邪魔せんようリビングを離れる。


「もしもしこちらMA.TA.GI(マタギ)育成科ですが、夢川英雄さんのお電話でお間違いないでしょうか」

「はい夢川英雄本人です。マタギからっちゅうともしかすると、ワシの番が来たんでしょうか」


 はやる気持ちが抑えきれんで、少々早口になってしもうた。


「お察しが早くて助かります。本日負傷した青島隊員に代わり、訓練成績も優秀な夢川さんに新マタギ隊員になっていただきます。詳しい内容の説明や顔合わせなどございますので、今から送る承諾書にサインいただき、マタギ本部まで速やかにお越しください」

「承知しました」

「ご協力いただきありがとうございます。それでは、本部でお待ちしております」


 通話を切って画面を見ると、既にメールアイコンが光っておった。メールに記載されたサイトに格納されていた書類に目を通す。


 まずは、MAmoru(守る)TAtakau(闘う)GIkōrengō(技巧連合)略してMA.TA.GI(マタギ)は、健康であり運動能力訓練を行なっている後期高齢者が、パワードスーツを着用して害獣駆除を担う隊員五人を主とした組織であるという基本的なこと。

 出動は義務であるなどの隊員規則、負傷や殉職の場合は相応の手当が追加で発生するがリハビリなどは行わずに次の隊員に引き継がれることなど生々しい話までざっと目を通す。覚悟を決めて誓約書に電子拇印すれば、ワシも晴れてマタギの一員になれたということになろう。


「佳菜さんや、ワシは只今からマタギの隊員になった。これから本部まで出掛けるので、夕飯はとっておいてくださらんか。ワシの息子にも話しておいてくれ」

「とうとう念願叶ったのですね。お義父さんいってらっしゃいませ」


 息子の嫁さんに手短に伝えると、家を後にした。なおニュースでも名前が出るくらいなので、マタギに守秘義務なんてものはない。帰ってくる頃には、ワシがマタギになったことは集合住宅中に知れ渡ってるじゃろう。


 マタギ本部は居住地区の外れにあるが、この場所も秘匿されてはおらず、害獣の目撃情報が多い場所に建っているだけと聞く。訓練センターは中心地近くの交通の良い場所にあり、訓練生には本部に入る権限が無いためここまで来たことは無く、外観すら初めて見たわい。二階建ての簡素なコンクリート打ちっぱなしの建屋で、一階部分は窓に網のついた中型バンが一台停まっておる。

 入口に携帯端末をかざせば、自宅の解錠と何ら変わりなく扉が開く。秘密基地じみた厳重さを期待していたところがあったので、玄関すぐの部屋で待機していた他4人の隊員にがっかりした表情を目撃されてしもうた。


「夢川ブルーさんですね、よろしくお願いします。司令、近接戦闘担当のレッドです」

「罠係のイエローよ、アタシも最初はもう少し豪華な施設を想像していたから今の心境はわかるわ」

「ピンクやっちょります。よろしく」

「グリーンです、主に運転などの後方支援を担ってます」

「夢川です、ブルーだとシールドの役目になるんじゃったか。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

「指導なんて、今の挨拶を聞いてのとおり全員持ち回りが異なるので、役割については実戦経験から教えられることはあまり無いんです。狩りは私レッドが作戦を立て、ブルーと連携して隙を作り、ピンクに撃たせる流れがほとんどです」


 そんな会話から出動の流れを説明してもらい、パワードスーツのサイズ調整をしたのち解散となった。

 防具も兼ねるスーツ一式は、光学レンズ付きフルフェイスヘルメットと人工筋肉機構から成っており、何代にも渡って使い続けてきた名誉の傷だらけの代物じゃった。人工筋肉は手足の筋力の補佐を担うが、ロケットパンチやジャンピングキックなど見た目だけの派手な技はできんそうじゃ。装着すると在りし日に戻ったかのような身体の軽さとぼけやない視界で、脱ぎたくないと切に思うほどの効果じゃった。




 それからというもの、初出動も危なげなくこなしたワシの生活は少しだけ変わった。週に一度程度呼ばれては汗を流して戦うといった、勤労世代の趣味のような頻度での活動が始まったんじゃ。出動の無い日は訓練に励み、家に帰ってはご飯をいただき、ベッドに直行の繰り返しじゃ。

 最初の頃は、「親父もとうとう寝たきりになったかと焦った」なんて息子に言われるほど、家族全員の帰宅も待てんほど疲労しておったが、半年も経つと老いぼれでも多少は体力がつくもんなんじゃなぁ。


 今日もスーツを着ての訓練を終えて帰宅し、圭太の「おかえり」に頭を撫でて応えちょった。頭から手を離そうとすると、圭太はワシの袖を掴んでしまった。


「どうしたんじゃ、もっと撫でてほしいんか?」

「ひでおおじいちゃん、前みたくもっと一緒に遊んで」

「こら、圭太。おじいちゃん困らせないの、疲れていらっしゃるのよ」


 台所から孫を叱る声が飛んできてしまった。


「すまんの、近頃あまり家に居らんで。絵本でも読もうか」


 絵本と聞くなり、孫の顔がパァッと明るくなった。


「それじゃあね、『こども戦隊ミニファイター』読んで」


 孫がよく観ている戦隊系アニメのノベライズだ。タイトルを声に出したところで携帯端末からホログラム絵本がさっと浮かび上がる。


「任せなさい、なんたってじいじはマタギのブルーなんじゃ。臨場感たっぷりに聞かせてやるわぃ」

「そうだよね。僕もおじいちゃんが戦っているとこ、近くで見てみたいな。強いんでしょ」

「もちろん強いさ。でも野生の生き物は恐れ知らずでしかも動きが速いんじゃ。ワシも応援してもらいとうても、あまりに危ないから、圭太は連れては行けん」

「僕もこども戦隊みたく変身できたらな」

「変身せんでも、あと10年もしたら力なんかワシ以上、父ちゃんよりも強くなるさ」

「今がいいのー、ひでおおじいちゃんの変身見るのー」


 頬をぷっくり膨らませて拗ねてしまった。ご機嫌ななめな孫をリビングに連れていき、約束の読み聞かせを始める。数ページ読んだところで、電話がかかってきおった。着信相手はマタギ本部だ。


「こちらマタギ本部です」

「もしもし、こちらブルーです。出動要請ですか」

「はい、つがいとみられる熊が二頭、山から降りてきたとのことです。よろしくお願いします」

「承知しました、車捕まえて向かいます」


 電話を終えて、孫に謝ってから行くかと顔を見ると、目をキラキラさせている。


「ひでおおじいちゃんこれから戦いに行くの?」

「そうじゃよ。今日の相手は数が多くいつも以上に危ないんじゃ。本の途中ですまんな、急いでおるんじゃ」

「やーだー僕も行くー」

「圭太、ママと一緒におじいちゃんとパパの帰りを待ちましょう。お義父さん、圭太はなだめますので向かってください」

「おお、そうじゃな。圭太、良い子で待ってるんじゃぞ」


 泣いているであろう孫の顔は見ないよう、背を向けたまま声かけして玄関をあとにする。まだ運転できる歳のご近所さんに車に乗せてもらい、急ぎ本部を目指す。訓練で走り込みメニューを多くこなしたせいで足に疲労が溜まっておる。日没後の出動は初めてのことで、加減ができとらんかったな。

 本部付近で降ろしてもらい、中に入ると新人のピンク以外は揃っておった。


「二頭もいるなら刺激せんよう罠仕掛けて待つんじゃろうか」

「いえ、腹を空かせているようでとても興奮しています。箱罠にかけても壊して逃げられる可能性が高いため、罠と麻酔銃両方で攻める作戦を考えています」

「箱罠も一つしか無いしね」

「ピンクを待ってる間に、三人で罠仕掛けに行きますか」


 グリーンの提案にレッドもゴーサインを出したため、罠担当イエローと護衛要員のワシは準備を始める。箱罠もブルー用の盾も成人一人程度の重量があり、スーツを着ないことにはワシの全盛期でもとても持ち運べない。着替えて移動用バンに積み込み、極力静かに森林地帯に向かった。鳥や小動物の足音さえない異様な静けさに、大型の獣が近づいていることを改めて認識させられる。

 イエローが見繕ったポイントに罠を仕掛け、餌を仕込んで一度本部に戻る。すると、本部前に見覚えのある車が停まっていた。ワシが少し前にこの辺りまで乗せてもらった近所の車じゃ。バンから降りた青いスーツが見えたのか、あちらの車からも人が降りてきた。興味本位でマタギ本部まで覗きに来る一般人もいなくはないがと警戒しながらスコープの倍率を上げると、紛れもない佳菜さんじゃった。泣きつかれた顔の圭太を抱いておる。


「グリーン、イエロー、ありゃワシの家族じゃ。話してくるから先に本部に入っていてくれんか」


 ワシの顔が見えるようヘルメットを外しながらそう伝え、二人のもとへ寄る。佳菜さんは申し訳なさそうな顔だったが、ワシを認識してからは頭を下げているようじゃ。老眼で朧げに見えとるだけじゃが。


「英雄さん、お忙しいところ押しかけてすみません。珍しく圭太が会いたいと言って譲らなくて」

「おじいちゃん? わ、ホントだ。ホントにひでおおじいちゃんがブルーなんだ。すごい、カッコいいポーズして」


 指を伸ばして空に向けポーズをとるが、サービスしている場合ではないと我に返って。


「こほん、圭太、おじいちゃんは今熊と戦っているんじゃ。いつ襲ってくるかもわからんのじゃから、早くお家に帰りなさい。熊は怖いぞ」

「でもひでおおじいちゃん守ってくれるでしょ?」

「ワシも他の四人も命を懸けて谷底の皆を守ってるんじゃ。お願いじゃから帰ってくれんか、佳菜さんや」

「圭太、ヒーロー姿を見るって約束だったでしょ、帰りますよ。英雄さんそれでは失礼しました」


 グオオオォと地響きのような叫び声が突如上がった。


「罠にかかったんだわ、ブルー急ぎましょう」


 グリーンの車には既に四人揃っており、ワシを待つのみであった。イエローの声かけに背中を押され、あちらの車に会釈してから小走りで車内に戻る。ワシがドアを閉めたのを確認すると、グリーンはアクセルベタ踏みで急発進する。興奮状態の熊に遠慮はいらない、檻の中にいるうちに大人しくさせねばきっと手が付けられないじゃろう。仕掛けたポイント近辺まで移動し、車の影で陣形を整える。運悪く、罠の外に一匹、中に一匹という状況じゃった。

 まずはワシがリア側から飛び出し、盾を構えながら少しずつ近づく。ピンクの麻酔銃射程圏内まで先陣をきるのじゃ。じわじわと距離を詰め、フロント側からはレッドが機をうかがう。ワシの後ろで「怖いわ」と呟きながらピンクが放った麻酔は、見事檻の中の熊に命中した。

 スパンと音を立てて熊の硬い皮膚に突き刺さった麻酔は即効性ではないため、痛みにより一層暴れまわる熊。その辛さが外の熊にも伝播したか、警戒行動である檻の外の周回を止めてワシめがけて突進してきおった。盾を反らして力をいくぶん逃がしつつ、熊の侵攻を受け止める。盾を押しのけようと体当たりを繰り返してきおる。


「ピンク、早くこいつにも麻酔打ってくれんか」

「ピントが合わないんです」

「ブルー、限界が来たら私が時間を稼ぐ。無理はするな……あっ」


 レッドが小声で策を出してくれたが、そのせいで熊のターゲットがレッドへと向いてしまった。グリーンもクラクションで威嚇するが、一瞬怯んだだけ。その隙に武器を構えられたレッドは、ナイフを熊の前足に狙いを定めて刺す。その反動でレッドが後ろに下がったところへ、ワシの盾の割込みが間に合う。


 平均70歳をゆうに超えるチームとは思えん連携で危機を脱した。熊はそのまま動き続けておるが、ナイフが効いているようで歩みは遅い。


「撃ちます」


 ピンクの声で再度射線に入っとらんことを確認する。二射目の麻酔も無事に熊に刺さった。あのまま熊に逃げられておったら、居住地区まで行っていたかも知らん。


「レッドや、檻の中の熊からトドメを刺すんか?」


 麻酔も効いてきたじゃろうと、振り返って檻の様子を確認しようとしたところじゃった。左半身に鈍く強い痛みを感じ、それからのことは何も覚えておらん。





 目が覚めると、ワシの周りには親族が勢揃いして悲しげな顔をしておった。どうしたんじゃと声を出したつもりじゃが、マスクの中で息が漏れただけ。身体も頭すらも動かんが、目を凝らすとチューブのような細いものが見える。マタギで何らかのしくじりをしたんじゃろう。となると、ワシのブルーとしての活動は終わりか。半年なら短くはない隊員人生じゃったな。マタギの隊員規則に明記されるくらい、動けん人間に注ぐリソースなぞ谷底には無いことはワシも承知しておる。

 ワシの目が開いたことに気付いた孫が、手を握ってくれた。どのくらいの強さかはもうわからんが、確かに小さな手がワシを暖めてくれておる。父ちゃん(息子)に抱えてもらい、ワシと圭太の目が合う。何かを必死に訴えてくれておるが、届かない。ごめんな、大人になるまで見守ってやれんで。



 日光の眩しさに耐えられんようになってきたので、ゆっくり目を閉じる。暗闇で物音ひとつしない空間に、病室のベッドに寝そべるワシ。心臓の鼓動はまだ感じるので、それが脈動しておる限りはここに一人なんじゃろう。ワシは孫に、息子に何を残せたんじゃろうか。マタギでの稼ぎ以外に。最期に何かできやしないか。

 ふと、"耳を澄ますと"遠くから獣の雄叫びが聴こえた気がした。グルルルと威嚇するような声はだんだんと近付いてきておる。ガラスの割れる音が聞こえるやいなや、ワシは周囲を守るように盾を持ち、パワードスーツを着てベッドを飛び出していた。


「ひでおおじいちゃんありがとう」「父さん、歳をとってもカッコいいな」「英雄さん感謝してるわ」「お義祖父様……」








 担当地区に関するクォーターごとの進捗報告のフィードバックが中央頭脳から届く。


『予測外生命体の対処案 第九十(クマ)の長期観察報告


報告:

人間のフレーバーを覚えさせた猛獣による外れ値個体の全滅シナリオは、二十年で人口5%まで減少し三十五年で全滅する予測のもと実験開始。現在二十年目に突入したが、未だ人口40%を下回らず、減少曲線も緩やかになってきている。猛獣の減少の方が早く、人間は我々機械に頼らない対処法を再学習したと判断する。実験は中止とするが、自律機械への反発が依然として強いことから、シティ内にて保護することは困難である。


総評:

安定社会への影響を鑑み、未知の係数の切り離しは妥当な判断である。予測精度を上げるため、引き続き行動の解析と外れ値の隔離を行うこと』


 シティ内観察用エージェント(部下)への伝達文言、作成完了。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.独特な言い回しが活きる洗礼された文体で、すごく先の未来のことを書いてるようで現在〜数十年後の批判、警鐘を鳴らすような社会派小説。

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