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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
11/33

08:十数年後、少女は消息を絶った。

▼あらすじ

生まれる前の我が子が、将来どのような人物になるか。それは夢物語のように、期待を込めて語られること。

人はいつしか、夢や期待だけだった領域にまで手を伸ばし始めた。


これは、どこかの世界に存在するかも知れない、ある家族のお話。

 人類が先天的な病を克服したのは、今から数十年ほど前のこと。日進月歩の道程で人類の遺伝子や染色体に対する操作の技術は向上し、やがて生まれてくる胎児の遺伝子情報の可視化、更にはどの遺伝子が将来生まれたときどのような特性として児童に表れるのかが、極めて高い精度で判断できるようになった。

 噛み砕いていうのなら、先天的な病というものを発現させうる遺伝子を生まれる前に胎児の中から除去できるようになったということである。


 この遺伝子操作──時に遺伝子編集とも呼ばれるこの技術の発展・進化によって、先天性疾患という言葉は過去のものとなった。高額だった費用についても徐々に手を加えられ、やがて子供を産む予定のある者は誰でも受診できるように制度が整えられる頃には、障がいというものは後天的に事故や病気によって身体の機能が損なわれた状態のみを指す言葉となっていった──尤も、こちらについても当人が望めば治療できるほどに医療技術も進歩しているのだが。


 そして、それから数十年後──現在。

 先天的疾患──更に細かく指すなら脳に何らかの障がいを持った新生児が、世界中で増えていた。


   * * * * * * *


 マリア・アルリスカは、幼い頃から歌を歌うことが好きだった。歌好きが先行するあまりどんな場でも構わず歌ってしまう悪癖もあったが、両親からの温かな愛情の中で育ったためにマリアはそのまま歌い続けることができていた。

 もちろん、マリア本人も理解してはいる。

 歌を歌うべきでない場所や、静かにしなくてはいけない場面が街の中には数多く存在している。それでも頭の中で歌が流れると、歌わずにはいられないのだった。だって、歌は楽しいものだと両親から教えられてきたから。

 それでも周囲の大人たちから煙たい顔をされ、時には厳しく叱られることも多々あったし、そんな姿を見た子どもたちもマリアの歌う癖はよくないものだと理解するのだろう、彼女が歌を歌うたびに口さがない子どもたちからの嘲笑が飛び交い、心ない言葉を浴びせられることもあった。


 うるさいんだよ、へたくそ!

 静かにしなくちゃいけないのわかってる?

 そんなに歌いたいなら教室から出ていけよ


 自分が歌うまで平然と過ごしていた子どもたちが、マリアが歌うと途端に怒り出す。自分は楽しい気持ちで歌いたいのに、家では両親がマリアの歌で微笑んでくれるのに。

 中には歌とは関係なくひどい言葉を浴びせてくる子もいたけれど、マリアにはなんと反論したらいいかわからなかった。彼らのような言葉が、マリアには思い浮かばない。だから、マリアはそんなときただ耳を塞ぐことしかできなかった。

 返す言葉が出ない、しかし、ただ聞いているのはあまりに(つら)い。

 そんなとき、マリアはひたすらに声を出した。周囲の声を掻き消せるような声で、両親から教えてもらった歌の詞を繰り返す。


 らせんの かなたから

 てんしが おりてくる

 かれんで むくな

 あいすべき てんしよ

 どうか わたしたちを

 しあわせに したまえ

 ああ ああ ああ ああ


 そのたびに周囲の子どもたちの顔は怖くなっていくし、聞こえなくても何かを言っているのはわかる──怖いことや酷いことを言われているのに違いないと思って、マリアは更に声をあげる。

 学校では、そんな毎日を送っている。


 しかし自宅に帰れば一転、まるで母が口遊んで教えてくれた歌にある「天使」のように、両親はマリアのことを可愛がってくれた。

「今日はどんなことがあった?」

「学校は楽しかった?」

「帰り道で面白いもの見つけられた?」

「お日様は今日も明るかった?」

 様々なことを訊かれたが、両親はひとつ訊くたびにマリアの答えを待ち、またひとつ訊いてはマリアの答えを待ってくれていた。学校で先生が矢継ぎ早に質問を重ねてきたときのような焦燥感は、少なくとも自宅では無縁のものだった。

 そして両親は、マリアが何らかの答えを返すたびに「そうかそうか」と頷いて笑った。


 今日は水溜まりが綺麗だったんだね。

 窓の霜が模様みたいで可愛かったんだね。

 雲の流れていくのが面白かったんだね。


 マリアがうまく伝えられない言葉を辛抱強く待ち、そして彼らにできうる限り最大限の理解を示してくれるのだ。たとえその理解がマリアの伝えたいことと少し違っていたとしても、その相違にマリアへの悪意がないことは伝わっている。

 だから、マリアは両親と過ごす時間を心から愛していたし、両親と過ごすときは安心していられた。

 たとえ外が彼女にとって辛い世界だったとしても。

 両親の励ましがあれば、マリアは学校にだって(かよ)っていられた。


   * * * * * * *


 時は流れ、マリアは中学生になった。

 両親の計らいで学区の違う中学校に(かよ)うことになったマリアは、そこでようやく小学校卒業まで続いた罵詈雑言から解放されたのだった。それに、マリアが入学したクラスの教師・マイケルはマリアのことを頭ごなしに叱るようなことはしなかったこともあって、彼女の学校生活はかつてよりも穏やかなものになったのだった。


 ひとつ困ったことがあるとすれば、それは同じクラスの生徒たち。

 そこにいたのは、マリアがそれまでの人生で出会ってこなかった特徴を持つ子どもたちだった。

 クラスにいる生徒のは、マリアを除いて3人。


 まず、父親とふたり暮らしをしているというイサク。いつもどこかに痣や傷痕がある彼は時々大きな声を出して、自分が傷付くのも構わずに腕を振り回し、疲れるまで暴れまわる。そんな姿を見てから、マリアはイサクから距離を置くようになった。時々クラスの副担任をしているガブリエラに連れられてどこかへいなくなるが、マリアにはそんなこと関係なかった。

 そして、いつもふたり一緒にいるカインとアベルの兄弟。兄のカインはよく教室を飛び出しては学校の菜園をほじくり返して、他のクラスの生徒たちから嘲笑や罵倒を浴びている。その姿を見るとマリアは小学校の頃を思い出して嫌な気持ちになったが、カイン自身は浴びせられるものなどどこ吹く風、平気な顔をして菜園の土で人形のようなものを作り続けている。その間はミカエル教諭の呼び声も届かないほどで、雨や風の日でさえもその場から動こうとしない。

 一方で弟のアベルは動物の世話が趣味で、他のクラスメイトたちの面倒もよく見ている。マリア自身も、まるで両親と同じようにマリアの話を聞いてくれるアベルには好感を持っていたので、歌うとき以外はアベルに話しかけることが多くなっていった。


「そうなんだ。歌が好きなんだね」

 喋り方こそ何かを暗記して話しているような口振りではあったが、辿々しいが故にゆったりした話し方は落ち着いて聞いていられて、誰かに伝えるという目的で話せる言葉を多くは持たないマリアでも、どうにかコミュニケーションを試みることができた。そんな様子を教師たちも微笑ましく見守っているようだった。


 この時期はマリアにとって、とても平和な時期だった。自宅で両親と過ごすのと同様に安らいでいられる空間ができたことは、マリアの心身を非常に安定させたのである。


 しかし。

 そんな時期に、嫌なニュースが流れるようになった。


 その内容をマリアたちが知ることはなかったが、ミカエルやガブリエラが険しい顔で何事かを話しているのは聞こえていた。当人たちは生徒に聞かせまいとしていたが、マリアは人よりも耳がよかったために聞こえてしまっていたのである。

 彼らの口調や表情から、そしてマリアの知識にある単語を繋ぎ合わせることで、きっと嫌な話題なのだと感じ取ることができてしまった。

 ある日──彼らの表情が一段と険しくなる前に聞こえたのが、このような会話だった。


「子どもたちがあちこちで捨てられてるって本当なのか、ガブリエラ?」

「ブームが終わったのよ、きっと。昔は動物だって流行り廃りで飼ったり捨てたりしてたみたいじゃない」

「流行り廃りって……。だけどそんな、家族なんじゃないのか、子どもたちは? 無責任過ぎる……っ、」

「さぁね。……じゃあミカエル先生は自分の子どもをわざわざあの子たち(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)みたくできるの(ヽヽヽヽヽヽヽ)? それ奥さんに言える? 私、教師としてあの子たちといるのは苦じゃないけど、もし夫からそんなこと言われたらひっ叩く自信しかないわね」

「…………っ、」


 ガブリエラの言葉の意図や、ミカエルの反応が意味するところは、マリアにはわからなかった。

 だが、その日を境にふたりの教師はどこか険しい顔で考え込むことが増えて、あるとき帰る前に生徒たちの前でいつもと違うことを話していた。その顔から伝わる切実さの意味までは、マリアには理解できなかったが。

「もし皆さんがお父さんやお母さんからどこかへ行くように言われたときは、必ず先生に知らせてください」

 マリアには、両親がそんなことを言う姿は想像できなかった。両親はマリアが中学生になった今でもマリアの歌を聴きたがり、「やっぱりマリアの声を聴いてると幸せになれるな」と笑っている。


 マリアは天使みたい!

 無垢で素直で、可愛い天使様!


 両親の優しく、そして幸せそうな笑顔を想像すると、それだけでマリアも嬉しい気持ちになって。

 教師たちの話をよそに、マリアは歌い始めていた。


   * * * * * * *


「散歩連れてってたらまた言われたよ、障害児なんて人権侵害だって。だから俺は反対だったんだよ、わざわざ遺伝子弄って欠陥を作るなんて」

「はぁ? きっと可愛くなるねってあなたもノリノリだったくせに! ていうか周りも周りでしょ、あれだけネットでも個性だとか天使みたいとか取り上げてたくせに手のひら返して……!」


 最近、両親の言い争う声が多くなってきた。

 その内容の全てを理解できずにいたマリアだったが、確かに父に連れられて外を歩いていたとき、父が知らない人から何事かを怒鳴られていた。あまりの剣幕だったので思わず耳を塞いでいたが、その知らない人がマリアを見ながら、そして父に叱りつけるように言った言葉は覚えている。


『こんな風にされて可哀想に!』

 わたし、かわいそうなの?


 マリアはそのとき初めて、胸の中で引っ掛かりのようなものを抱いた。否、恐らくそれは、幼い頃からずっと存在はしていたもの。

 しかし、両親の優しさや中学校での毎日、そしてマリアがマリアであることを許してくれる環境の優しさに浸るうちにどこかへ溶け出していたもの。


 わからない。

 マリアには、わからなかった。

 父が何を怒られたのか、両親は何を言い争っているのか、マリアにはわからない。

 それでも、父が知らない人から怒られたこと、両親が言い争っていることはわかる──きっと、マリアのことで。


「大体どうすんのよ? 今じゃどこもセンサーが付いちゃって、ステルス服着せたって捨てられないじゃない!」

「捨てる!? お前自分の子によくそんなこと言えるな、それでも親かよ」

「あなたも親でしょ!?? なに自分は蚊帳の外みたいに言ってんの!? あぁ~、ほんとに……っ! 今になってそんなこと言うなら、ネットにあの子載せたときの収益、半分返してもらうから!」

「それとこれとは別だろ、この守銭奴! そもそもほんとに親として親としてっていうけどホントに俺の子か!? お前確かあの頃アイツとも……」

「病院で確認したでしょそこは! 都合よく記憶変えないでくれるかな!! あなたこそ頭に欠陥あんじゃないの、はいおめでとう、あの子はあなたの子ね!!」


 言い争う声は、どんどん大きくなる。

 苦しくて、(つら)くて、悲しくて。

 だから、耳を塞いで歌う。


 らせんの かなたから

 天使が おりてくる

 かれんで 無垢な

 愛すべき 天使よ

 どうか わたしたちを

 幸せに したまえ

 ああ ああ ああ ああ


 それでも両親の言い争いは止まらない。

 マリアの目から流れる涙も止まらない。


 やがて、意を決してマリアは両親の部屋へと向かう。そして「パパ、ママ」と呼びかける。成長と共に、他の子どもたちよりも遅いながらも少しずつ紡ぐことのできるようになった言葉で、ばつの悪そうな顔をする両親に向けて伝える。


「わたしかわいそうじゃない、幸せ」

 零れる砂をかき集めるように。

 溢れる水を()き止めるように。


 そんなマリアを見た母は、優しく、とても優しく笑いながら。

「あのね、マリア。あたしたちが幸せじゃないの」


   ────────


「あ、もういいです」

「……あの、先生。これ、本当に僕たちですよね」


 拒絶の声と、困惑の声。

 声が響くのは、遺伝子編集の受診室──生まれる前の(ヽヽヽヽヽヽ)子どもたちの運命が決定付けられる部屋だった。

 神妙な面持ちで若い夫婦に頷く老医師は、静かに答える。


「はい。ご希望の遺伝子条件、それと同様のケースで生まれた子どもたちの事例を元にAIで予測した、極めて確度の高い予測です。予測とは言いましたが、あなた方のお子さんはほぼ間違いなく今観ていただいた人生を送ることになるでしょう」


 夫婦を見つめる老医師の顔つきは、どこか険しい。

 最近、同様の──遺伝子を操作して、敢えて脳に障がいを負った子どもを産む親が増えているのが、老医師のシワを深くしている原因だった。

 彼は詳しく知らないが、どうやら偶然にも先天性疾患を持って生まれた子を育てている親が、子どもの失敗する姿やうまく言葉を話せない様子、何かを持とうとして落としたりする姿をインターネットに動画で投稿したらしい。

 その姿が「かわいい」「面白い」「個性的」などという視聴者の反響を呼び、今社会現象のようになりつつあった。老医師が若い頃には先天性疾患を持った子どもが自然に生まれることもあったが、それが大幅に減った今だからこそ、若い世代の親たちには新鮮に、さながら愛玩動物のように映ったのだろうと彼は推測している。


 そして、目の前にいる夫婦も。


 医師の言葉に驚き、息を飲みながらも、ひそひそと小さな声で話し合っている。この子の動画でお金を稼ぐ予定が……だとか、子どものブームは冷めないでしょ……だとか、借金の返済をどうする……だとか。


 しばらくふたりで話した後、妻の方が老医師に向き直り。

「せっかくのご忠告なんですけど、……あたし、この子産みます。きっと愛情を注いで、たくさん幸せにしてみせますから」

「────わかりました」

 最終的な意志決定は、受診者──生まれてくる子どもの親に委ねられている。たとえどのような事態が予見できようと、それは変わらない。


 医師は諦念すら窺える顔で頷き。

 程なくして、マリア・アルリスカはこの世に生を受けた。

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.科学が発展した世界の、少し不思議なお話かなと思っております。つまり、君が見た“焔”、僕が見た“希望”ということなんですよね。


とはいえ、科学や技術がどれほどめざましく発展したとしても、それが諸人の幸福に寄与しうるものであったとしても、それを扱う我々人間は依然として醜いままであるはずなので、きっとこういうことになるんでないかなという気持ちも筆に乗せております。もちろん、現在研究の進んでいる技術そのものは素晴らしい可能性に満ちているというのは大前提です。

ただ、人間はいつか間違いなくそれを恣意的に曲解して悪用するし、元の木阿弥というべき事態だって平気で起こす。そんなS(すこし)F(ふしぎ)なお話というのも、またSFらしい物語と呼べるのではないかなと私は考えています。


※ 作者はある程度成長するまでSFを「Space Fantady」だと勘違いしていた人間なので、オーソドックスな「Science Fiction」に則って創作しております。宇宙でバキュンバキュンなイメージも、未だにあるにはあるのですけれどね。

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