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#匿名SF短編企画  作者: 八雲 辰毘古
▼参加作品
10/33

07:蘇る記憶

▼あらすじ

折原瑠衣は、二十四歳の時に大好きな姉を殺害された。事件は未解決。

事件の二年後、瑠衣は『新島脳科学研究所』を訪れる。そこにいたのは、汚れた白衣を着た変人所長の新島聡。

瑠衣は以前、亡くなった姉の脳から記憶を取り出してほしいと依頼しており、やっとその作業が完成したのだ。


瑠衣の姉を殺害したのは誰なのか。

これは、死者の脳から記憶を取り出す技術が開発された未来で起こるSFミステリー

 目が覚めると、そこには見慣れた天井があった。私は、のっそりとベッドから起き上がると、裸足のままペタペタと歩き出す。

 私の趣味が反映された、ファンシーな部屋。ベッドサイドテーブルに置かれたうさぎのぬいぐるみを横目に、私は大きな鏡の前に立った。


 全身が映る大きな鏡。そこに映るのは、艶の無いダークブラウンの髪を垂らした若い女性。

 大きめの白いパジャマを着ていても分かる程身体は痩せていて、その瞳には生気があるのかどうか分からない。いや、よく見れば、瞳の奥にギラギラとした光が見て取れるか……。

 二十六歳とは思えない老けた顔つき。これが、私――折原瑠衣(おりはらるい)だ。


 私は、鏡に右手を添えると、ぼそりと呟いた。


「……お姉ちゃん。やっと、やっと、お姉ちゃんを殺した犯人が分かるよ」


       ◆ ◆ ◆


 私は、白いTシャツに水色のジャケット、紺色のスラックスというありふれた服装に着替えて自宅マンションを後にした。

 大通りを歩いていると、ハンドバッグに入れたスマホがブルブルと震える。私がスマホをスワイプして耳に当てると、聞き慣れた声が聞こええてきた。


「瑠衣ちゃん? 今どこ?」


 私の頭に、人懐こい笑顔を浮かべる男性の顔が浮かんだ。お姉ちゃんの恋人だった、飯塚高広(いいづかたかひろ)さんだ。


「……今、外です。これから研究所に向かいます」

「……やっぱり、今も気持ちは変わらないの?」


 飯塚さんが、固い声で尋ねる。私は、お互い姿が見えないというのに頷いて答えた。


「はい。……お姉ちゃんを殺した犯人を見つけて復讐する事だけが、私の生きる意味なので」


 飯塚さんは、しばらく沈黙した後、諦めたような声で言った。


「……そう。瑠衣ちゃん、自分を大切にしてね」



 通話が終わりスマホをバッグにしまうと、私は溜息を吐いた。

 飯塚さんは、お姉ちゃんが死んで二年経った今でも、お姉ちゃんの妹である私の事を気にかけてくれている。心配かけて申し訳ない気もするけれど、復讐するという私の意思は揺るがない。




 バスに乗ってしばらくすると、目的地の近くにあるバス停に到着した。バスを降りた私は五分ほど歩くと、白い壁の大きな建物の前に立つ。


『新島脳科学研究所』


 門に掲げられているこのプレートを見るのは二度目だ。私が建物の中に入ると、不愛想な若い受付嬢が応接室に案内してくれる。


 しばらく応接室で待っていると、ノックも無しに応接室のドアがガチャリと開かれた。


「やあやあ、待たせたね、折原瑠衣さん」


 そう言ってヘラヘラした顔で部屋に入ってきたのは、一人の男性。年齢は三十代くらいだろうか。ボサボサの短い黒髪に分厚い眼鏡。それだけでも特徴的だけど、その男性にはもっと目立つ特徴があった。

 薄汚れた白衣を着ていて、その白衣には薬品らしき汚れの他に、血も付いているように見える。モルモットか何かを解剖したのだろう。

 彼の名前は新島聡(にいじまさとし)。こう見えても、この研究所の所長だ。


 新島さんは私の向かいにあるソファーに腰掛けると、手に持っていたUSBメモリをテーブルに置いた。


「こちらが、君の所望していた、君のお姉さん――折原愛奈(あいな)さんの記憶だよ」



 西暦2500年代に入った現在。化学は進歩し、亡くなった人間の脳から記憶を取り出す事が可能になった。

 私は、お姉ちゃんが死んだ二年前、お姉ちゃんの遺体をこの研究所に預け、脳からお姉ちゃんの記憶を取り出してほしいと依頼していたのだ。


 私達の両親が生きていたら反対したかもしれないけれど、お父さんもお母さんももういない。お父さんは私が大学生の時に病気で亡くなったし、お母さんはお姉ちゃんを亡くしたショックで自ら命を絶った。


「いやあ、それにしても凄いねえ、君。お姉さんを殺した犯人を見つける為に、こんな高額な依頼をするなんて」


 新島さんが、ドッカリとソファーに背中を預けて言う。そう。この研究所は実質民間企業で、記憶を取り出す依頼をするにはとんでもない金額がかかるのだ。

 私は、USBメモリを見つめながらボソリと言った。


「……当初から、お姉ちゃんの事件を解決するには手がかりが少な過ぎると聞いていました。だからもう、お姉ちゃんの遺体が腐敗する前に、お姉ちゃんが亡くなる直前の記憶を取り出してもらおうと……」


 亡くなる直前の記憶を知る事が出来れば、自ずと犯人も分かる。だから私は、高額な報酬をローンで支払い、この研究所に依頼したのだ。


 でも、現在の技術では、簡単に記憶を取り出す事は出来ない。お姉ちゃんの脳を冷凍保存しながら少しずつ記憶を取り出し、二年かけてやっと取り出した記憶を私に渡せるまでになったのだ。


 新島さんは、私をジッと見た後、姿勢を正して座り直した。そして、先程までの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気から一転、射貫くような目で私を見て言う。


「僕が言うのも何だけど、君、どうやってあの大金を稼いだ? 君は特に役職にも就いていないOLのはずだけど」


 私は、グッと言葉を詰まらせた。大金を稼ぐ為に、人に言えないような事もしてきたけれど、それをこの人に言う義務は無い。


「……言えないけれど、あなたに迷惑を掛けない事だけは保証する」


 私の言葉を聞いた新島さんは、真顔からまた笑顔に戻り、明るく言った。


「まあ、どうでもいいけどね。僕は稼げればそれで良いし。……じゃあ、確かに渡したからね。受け取りのサインしてね」


 私は、受取証にサインをしてUSBを受け取り、応接室を後にした。


       ◆ ◆ ◆


 帰宅後、私は自宅のパソコンを起動した。パソコンの画面が出るまでの間、私はお姉ちゃんの事を思い出す。


 お姉ちゃんは、私より三歳年上で、おっとりとした性格だった。お姉ちゃんが中学二年生の時、お姉ちゃんが部活でも掃除当番でもないのに学校から遅く帰って来た事がある。

 当時小学生だった私が「遅かったね」と声を掛けると、お姉ちゃんはホワホワとした笑顔で言った。


「それがねえ。私と一緒に掃除当番になっていた子が、三人共先に帰っちゃったの。でも、しょうがないわよねえ。三人共、体調が悪かったり家の用事があったりしたんだから。それで、私が一人で教室の掃除をしたの。あ、でも、今度その子達がお菓子を奢ってくれるって言うから、儲けものだったのよお」

「それって、掃除を押し付けられただけじゃん!」


 私は思わずツッコんだ。三人共同時に都合が悪くなるなんてあるわけ無い。でも、お姉ちゃんは黒いロングヘアを揺らしながら言った。


「そんな風に人を疑ったらダメよお、瑠衣ちゃん。みんな仲良くしないと」


 そんなお姉ちゃんを見て、私は苦い顔をするしか無かった。

 人の悪意というものの存在を知らないかのようなお姉ちゃんの顔。こんなお姉ちゃんが、社会に出てやっていけるのだろうかと、私は子供ながら心配になった。


 でも、お姉ちゃんは学校の成績は良く、誰もが聞いた事がある様な大手の製薬会社に就職した。そして、同僚だった飯塚高広さんと付き合い始める。

 当時のお姉ちゃんは、本当に幸せそうだった。「聞いてえ、瑠衣ちゃん。高広さんが、ペアリングをプレゼントしてくれたのお」などという惚気を電話で聞かされる度、私は自分の事のように嬉しくなった。


 ところが、そんな幸せな日々は脆くも崩れ去る。二年前のある日の朝、私が自宅マンションで寝ているとお母さんから着信があった。


「もしもし? どうしたの?」


 私が寝ぼけた声で聞くと、お母さんは震える声で言った。


「瑠衣……さっき、警察から電話があって、愛奈が、愛奈が……死んだって……!!」


 その瞬間、私は耳に当てていたスマホを床に落とした。


 それから、私はすぐに病院に駆け付けた。霊安室には呆然とするお母さんと、横たえられたお姉ちゃんがいる。お姉ちゃんの目は閉じられているけれど、今にも目を開けそうだった。

 私は、お姉ちゃんの方にふらふらと近付くと、声を絞り出した。


「……ねえ、お姉ちゃん。目を開けてよ。また『高広さんがね』って惚気てよ……! あ、うあ、うあああああああ……!!」


 その後、私はお姉ちゃんの亡くなった時の状況を聞いた。朝に犬の散歩をしていた人が、公園の隅で倒れているお姉ちゃんを見つけたらしい。

 鋭利な刃物で胸を刺された事による失血死だったようだけど、凶器はまだ見つかっていない。死亡推定時刻が夜中だった事もあり、目撃証言も無く、事件解決の手がかりはほとんど無かった。


 お姉ちゃんはおっとりしていてある意味世間知らずだったけれど、私はお姉ちゃんが大好きだった。私が中学生の時、失恋して落ち込んでいるとそっとホットミルクを差し出してくれた。私が勉強で分からない所があると、根気強く教えてくれた。


そんなお姉ちゃんを殺した犯人を、絶対に見つけて復讐する。私は、お姉ちゃんの葬儀の時にそう誓った。




 そして現在、私の目の前にはUSBメモリがある。これで、やっとお姉ちゃんを殺した犯人が分かるんだ。私は、震える手でUSBメモリをパソコンに差し込んだ。

 ポンと現れるフォルダ。私はそれをクリックして、記憶の内容を確認する。全ての真相が分かった時、私は目を見開いた。


       ◆ ◆ ◆


 真相を知った数日後の日曜日。私は人気の無い廃ビルの一室にいた。午後の柔らかい日差しがガラス窓から降り注ぐ。

 しばらく待っていると、部屋のドアがノックされた。


「ごめん、瑠衣ちゃん。待たせちゃったね」


 そう言って申し訳なさそうに部屋に入って来たのは飯塚さん。白いワイシャツにスラックスという、少しカジュアルな服装だ。


「……せっかくの休みなのに、お呼び立てしてすみません」


 私が作り笑いで言うと、飯塚さんは手を振って答えた。


「いやいや、『お姉ちゃんの事で大事な話があるんです』なんて言われたら、来ないわけにはいかないからね。……それで瑠衣ちゃん、話って何かな?」


 私は、笑顔の飯塚さんを真っ直ぐと見て言った。


「……お姉ちゃんを殺したのは、あなたですね? 飯塚さん」


 飯塚さんは、一瞬笑顔を消した後、また笑みを浮かべて答える。


「僕が愛奈を殺すわけ無いじゃないか。彼女は僕の大切な恋人だよ?」

「でも、お姉ちゃんの他に恋人がいますよね?」


 私の言葉を聞いた飯塚さんが、目を見開く。私は、冷ややかな視線を飯塚さんに向けて言葉を続けた。


「私、お姉ちゃんが殺されてから、色々と調べたんです。お姉ちゃんを殺害する動機のある人はいないか。……まあ、もし通り魔だったらそんな調査意味無いんですけど」


 そして調べた結果、飯塚さんは製薬会社の上役の娘さんと恋人同士だという事が分かったのだ。


「……確かに僕は上司の娘さんとお付き合いをしている。愛奈と二股をかけていた。それは、不誠実で申し訳ないと思ってるよ。でも、僕が愛奈を殺害しただなんて、どんな根拠があって……」

「これですよ」


 私は、バッグからスマホを取り出し、画面を飯塚さんの方に向ける。そこに映し出されていたのは、一つの動画。

 そこには、飯塚さんがお姉ちゃんの胸に何度もナイフを突き立てる場面が映っていた。夜の映像ではあるけれど、顔ははっきりと分かる。


『くそっ! 何なんだよ。何でよりによって二股してる事に気付くんだよ。普段のほほんとしてる癖に!!』


 飯塚さんの声がスマホから流れて来る。どうやら、お姉ちゃんは自分が二股をかけられている事に気付いたらしい。それで、夜の公園に飯塚さんを呼び出し、自分と上司の娘のどちらが本命なのか聞き出そうとしていたようだ。


「どうしてそんな映像が……」


 飯塚さんが、青い顔で呟く。私は、スマホをバッグに仕舞いながら答えた。


「私がお姉ちゃんの脳から記憶を取り出してもらおうとしてたの、知ってますよね? 私、民間企業に依頼したんですよ。お姉ちゃんの記憶を取り出して下さいって」

「そうか……。まさか本当に依頼していたとはなあ。道理で君が痩せてるわけだ。依頼するには大金がかかるもんなあ。食事制限、ダブルワーク……いや、それだけでも足りないな。売春でもしたか?」


 飯塚さんが、下卑た笑みを浮かべた。……ああ、やっぱりこの人が犯人だったんだ。二股の事を知っても、動画を見るまではこの人が犯人だなんて思えなかったのに。私を心配してくれる気持ちは本物だと思っていたのに……!


「……お姉ちゃんを殺す必要、ありました? お姉ちゃんなら、身を引いてくれたと思いますよ?」


 私が聞くと、飯塚さんはフッと笑って答えた。


「愛奈と美穂(みほ)さん……上司の娘さんは、同じ職場で、話す機会もあるんだよ? いつどんなきっかけで愛奈が口を滑らすか分からない。だから、愛奈を殺すしか無かったんだよ。美穂さんと結婚するのは出世の近道でもあるからね。美穂さんに二股がバレる訳にはいかなかったんだ。……そして瑠衣ちゃん。真実を知った君にも、死んでもらうよ」


 そう言うと、飯塚さんはスラックスのポケットから折り畳みナイフを取り出した。


「悪く思わないでくれよ、瑠衣ちゃん!」


 そう言って、飯塚さんがこちらに駆けて来る。私は、落ち着いてバッグからある物を取り出した。次の瞬間、部屋にガアンという大きな音が響き渡る。


「ぐあっ……!!」


 飯塚さんが、呻き声を上げて崩れ落ちる。飯塚さんの右太腿からは、ドクドクと血が流れていた。

飯塚さんは、顔を歪めて声を絞り出す。


「……どうして、拳銃がここに……!?」


 そう。私が取り出したのは拳銃。犯人に復讐するに当たって、射撃は出来た方が良いだろうと思った私は、裏社会で拳銃を買っていたのだ。もちろん、民間の射撃練習場で訓練するのも忘れなかった。


 私は、飯塚さんの方に近付くと、念の為飯塚さんの左右の腕と左の太腿を打ち抜く。


「ぐああああっ!!」


 飯塚さんは苦悶の声を上げて、床に仰向けになった。私は、飯塚さんの上に馬乗りになると、飯塚さんのこめかみに銃口を突き付けて言った。


「……お姉ちゃん、動画の中で言ってたよねえ?『お願い、やめて……』って。小さい声だったけど、ちゃんと聞こえてたよねえ?……なのに、どうして殺したの!?『もしかしたら二股の事を漏らすかもしれない』なんて不確かな理由で、人の命を奪ったの?……返してよ! 私の大好きなお姉ちゃんを、返してよおおおおお!!」


 私の目からは、ボロボロと涙が零れ落ちていた。私に優しい笑顔でホットミルクを差し出してくれたお姉ちゃん。私が勉強で困っている時、難しい顔をして一緒に悩んでくれたお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんの姿を思い出して、涙が止まらなかった。


「お、落ち着いて、瑠衣ちゃん! 悪かった! 悪かったから、病院に、連れて行ってくれ! このままじゃ、僕……死んでしまう!」


 飯塚さん……飯塚の言葉に、私は低い声で答えた。


「はあ? 何言ってんの? お姉ちゃんだって、死にたくなかったはずなのに、あんたが殺したんだよねえ。……お姉ちゃんを返す事が出来ないなら、その命で償って!」


 そして、私が引き金を引こうとした次の瞬間。私の手に衝撃が走り、私の持っていた拳銃が吹き飛ばされた。


「……っ……!!」


 私は顔を顰めて、床をクルクルと回る拳銃を見つめる。何が起こったの? 飯塚は私の拳銃を吹き飛ばす事なんて出来ないはずなのに。

 私が困惑していると、私のすぐ後ろから声が聞こえる。


「ふう、間に合った間に合った」


 私は、目を見開いて振り向く。そこにいたのは、つい最近も会った白衣の男性――新島聡だった。

 そうか。この変人所長が、私の手を蹴り飛ばして、飯塚を撃つのを止めたのか。でも、いつの間に私の後ろに……。

 私の心を読んだかのように、新島さんがニカッと笑って言う。


「驚いたかい? 僕、脳の研究してるでしょ。だから、この注射を打って、いわゆる『火事場のバカ力』ってやつを意図的に引き出したんだよね」


 新島さんは、白衣のポケットから注射器をチラリと出して見せた。そうか。普段脳は、百パーセントの力を出さないよう身体を制御している。でも、命の危機が訪れた際には、そのリミッターを外して自身の命を守ろうとする。

 あの注射器に入っている薬品は、そのリミッターを強制的に外す効果があるんだ。


「……それで、脚力が上がって、一瞬の内に私の後ろに回り込んだわけですか……。余計な事を。どうして、私がこの男を撃つのを止めたんですか!?」


 私が睨みながら叫ぶと、新島さんは白衣のポケットからスマホを取り出しながら答えた。


「いやあ、僕も君の邪魔をするつもりは無かったんだけどねえ。こんなものを聞かされたらさすがにねえ……」


 新島さんは、スマホを私の方に向けた。スマホに映っていたのは、星が煌めく夜空。そして、か細いお姉ちゃんの声が聞こえる。


「……瑠衣ちゃん、お母さ……ん。どうか……幸せ、に……」


 そこで、スマホの映像と声が途切れる。新島さんは、スマホをポケットにしまいながら言った。


「これは、君のお姉さんが亡くなる直前の映像だね。夜空が映っているのは、お姉さんが公園の地面に横たわっているからかな」


 私は、目を見開いたまま、何も言う事が出来なかった。お姉ちゃんを殺した犯人を捜す事だけが頭にあって、私は記憶の動画を最後まで見ていなかった。

 新島さんは、目を伏せがちにして言葉を続ける。


「……凄い人だよ、君のお姉さんは、最期の瞬間まで、家族の幸せを願って……。僕は、仕事の後処理をするに当たってこの動画を見て、君を止める事にしたんだ。君が犯人に復讐する事が、君の幸せに繋がるとは思えなかったからね」

「……でも、良く私の居場所が分かりましたね」


 私が聞くと、新島さんはいたずらが成功した子供のように笑って言った。


「ああ、君に渡したUSBメモリ、GPS機能が付いてるんだよね。何かトラブルがあった時に対処出来るように。それで、君の住所を割り出したりして、色々調べている内にここに辿り着いたんだ」

「マジですか……」


 やっぱりこの男、普通じゃない。

 私がそんな事を思っていると、私の下から声が聞こえた。


「……頼む。病院に、連れて行ってくれ……」


 飯塚だった。新島さんが、笑みを浮かべて私に聞く。


「どうする? 僕を振り切ってこの男にとどめを刺すかい?」


 私は数秒考えた後、ゆるゆると頭を横に振った。


「いえ……もういいです。この男には、刑務所で罪を償ってもらいます。……飯塚さん。自分の犯した罪の重さを、刑務所で思い知って下さい」


 こうして、私の復讐劇は幕を閉じた。


       ◆ ◆ ◆


「ふーん。あの飯塚って男、助かったんだ。結構出血が酷かったけど」

「え、あなた、ニュースを見て無いんですか? それと、飯塚が助かると思ったから私を止めたんじゃないんですか?」


 新島さんの言葉に、私は思わずツッコむ。ここは新島脳科学研究所の応接室。もう私がお姉ちゃんの事件の真相を知ってから数か月が経つ。

 私が飯塚を撃った後、飯塚は警察病院に運ばれたけれどなんとか一命を取り留めた。今の医療技術は凄い。

 そして私は警察で事情聴取を受けたけれど、人を撃ったというのに罰金と一か月間の禁錮だけを科されて釈放された。

 私の心情を鑑みてくれたのだろうし、新島さんが正当防衛だったと証言してくれた事も影響しているだろう。


 私は、向かいのソファーに座る新島さんに頭を下げて言った。


「今回の件では、依頼を引き受けて下さっただけではなく、私が殺人犯になるのを止めて頂いて、本当にありがとうございました」

「ああ、いいんだよ。僕が自己満足でしている事だから」


 新島さんが笑顔でヒラヒラと手を振った。私は、新島さんをジッと見つめる。

 この人は、金を稼ぐ事だけを考えているようで、人の気持ちに寄りそう事の出来る人だ。依頼に高い料金を請求するのも、それだけコストがかかるから仕方ないのだろう。

 なのに、どうしてこの人は金を稼げればそれで良いというような事を言うのだろう。どうして、脳科学に興味を持ったのだろう。もっとこの人の事を知りたい。


 気が付けば、私は口にしていた。


「あの、新島さん。この研究所の入り口に、助手を募集してるっていう張り紙がありましたよね」

「うん。中々人手が足りなくてね。それがどうかした?」

「……私を、ここで助手として雇ってもらえませんか?」

「へ?」


 新島さんが素っ頓狂な声を上げる。この人の驚いた顔を初めて見た。私は、笑顔で言葉を続ける。


「私は、飯塚を撃った件で会社をクビになってしまいましたし、前科がついた事でなかなか新しい勤め先も決まりません。だからといって後ろ暗い仕事をする気にはなれませんし、こちらで雇って頂けませんか? 私、これでも理系の学部を卒業してるんですよ?」


 新島さんは、苦い顔で腕組みをする。


「うーん、確かに助手は募集してるけど……。僕、研究の為に動物の解剖とかもしてるんだよね。若い女性に動物の亡骸を見せるのはちょっと……」

「何今更気を遣ってるんですか。大丈夫です。動物の亡骸の処理だろうが何だろうが、合法ならやります! 給料が低くても構いません! 雇って下さい!」


 私が改めて頭を下げると、新島さんは低く唸った後、渋々といった様子で答えた。


「……分かったよ、雇うよ。……これからよろしくね、折原瑠衣さん」


 私は、パアッと目を輝かせて顔を上げると、ハッキリと言った。


「はい、よろしくお願いします、新島所長!」

Q.あなたにとって〝SFらしさ〟とはなんですか?

A.物語を引き締めるスパイスになっている事

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