表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第7話 帝国内へ浸透

更新遅くて大変申し訳ないです。

本当に書きたい気持ちはあるのに、何故か筆が止まる。人生に色んな刺激物があるとそこに興味が引っ張られるものですね。


でも、世界情勢はどんどん深刻なものに……このコンテンツでの小説を書いてると他人事とは思えない争いが気になりますね。

第7話 帝国内へ浸透


     ニグルンド帝国 東部地方

  ジークザン侯爵領 領都ジルクザイ


帝国の討伐軍を撃滅した陸上自衛隊ニグルンド方面隊は複数の戦闘団を動員して人口12万人を擁する東部地方の最重要都市であるジルクザイを包囲していた。


都市ジルクザイを守るようにして高さ12ミリルの外壁が連なっており、その内側に住む人々を数多の脅威から保護してきたこの外壁も、帝国の討伐軍を完全に叩きのめした日本という存在を前にジークザン侯爵を筆頭とした要人達は安心できずにいた。


東部地方の大貴族の不安は厳戒令の発令及び徴兵の形で現れ、その不安はそのまま都市下で居を構える領都民にも伝わり、領都ジルクザイに不穏な空気が支配しつつあった。


そんな折に数日前、領都民達の目にもついに都市を包囲する自衛隊の姿を確認した。彼等の不安は加速していく。


突然の厳戒令、都市外からの流通減少による食料品といった品物の配給制、街外に姿を現したなぞの軍勢。暴動が起きる条件は既に揃っており今にもそれは起きようとしていた。


そんな不安定な状況に陥っていたジルクザイ。先の会戦から幾分かの月日が経過したこの日、領都に3門ある領都外壁の門から日本側の使者がジルクザイへと入る。


ダークエルフ含めた日本側陣営ともう1組の陣営が組んだ使者の列は都市封鎖を受けた街中の通りを抜けてジークザン侯爵の待つ領城に通された。


領城へと入城を果たした使者はやがてジークザン侯爵とその筆頭家臣達がいる広間へと入り、東部地方の有力者と日本との会談が初めて実施された。


上座に座るジークザン侯爵を前に、その家臣と日本側の使者が長大な長机を隔てるように対面側へと各々座った彼等はこの場の司会を兼ねるジークザン侯爵の言葉と共に会談が始まる。


「皆、揃ったようだが会談を行う前にまずは、我が城までよく来られた。

 ニホンの使者殿、そして……オルデンブル侯爵代理ウィット卿。」


帝国の東部地方で並ぶ者はいないと言われた大貴族 ジークザン侯爵はいま、まるで苦境に立たされたかのように苦しい様子で言葉を発した。


それは自身の領地の中心都市であるジルクザイを包囲しているニホンが理由なのもあるが、それと同等、彼からすればそれ以上の理由が詰まった相手はニホン側陣営に座る1人の人物 ウィット卿と呼んだ彼であろう。


ジークザン侯爵と同じように北部地方の筆頭的地位に立つ大貴族 4大侯爵が1人オルデンブル侯爵は帝国陣営に矛を向けたのだ。


これによって帝国北部は現在、帝国派の貴族領を侵略しており、奇襲に等しい形で攻撃を受けた貴族や有力者達は忽ちの間に壊滅した。


もはや帝国北部は完全にオルデンブル侯爵を筆頭としたニホン派の影響下に置かれていた。


この数日間の間でジークザン侯爵は己の持つ飛竜騎士で北部を中心に偵察を行わせた結果、北部のハンザブレックを中心に帝国北部は完全に平定されたのを認知した。


そしてオルデンブル侯爵と元皇室直轄地の属領にいたロイスムール騎士団が主力の軍勢がこの東部地方へと向かっている最中なのも把握していた。同時に帝都のある中央部では大きな混乱が起こり、すぐに援軍が来ないことも把握した。


つまるところジークザン侯爵はニホンと帝国北部の両勢力に睨まれているのだ。彼の判断次第によって帝国東部の命運が決まる。


更には東部地方の一部であのウルブ・ジェシカが傭兵を率いて武装蜂起を行い、同地を治めていたリット男爵を追放してニホン陣営に加わっており、内側からもジークザン侯爵は追い詰められていた。


まさに崖っぷちに近い場所まで刃を突きつけられてきたジークザン侯爵。そして遂にその元凶であるニホン側からの使者が目の前に現れ、会談を持ち掛けてきたことは彼にとって吉と出るか、凶と出るかはこれから行う内容によって大きく変わるだろう。


「とんでも御座いません。此方もこの度は急な会談要請を受けて下さり感謝申し上げます、今回は私、横川寛人が大使の務めを果たさせて頂きます。ジークザン侯爵閣下。」


ジークザン侯爵の心境を知らずかどうか、日本外務省で今回の使者である横山外交官は恭しくお辞儀をして応える。それに続いて彼の隣に座ったウィット卿も同様に応えた。


「侯爵閣下。私からも1つ、此度は我が主の御助言を聞き入れて頂き、感謝の言葉も絶えませぬ。何卒、今回の会談が閣下にとって、東部地方にとっても有意義なものになるように微力ながら私も最善を尽くします。」


横山外交官と同じように恭しく頭を下げるウィット卿に対してジークザン侯爵は心の中で彼を険しく睨んだ。


オルデンブル侯爵代理のウィット卿。彼はオルデンブル侯爵一族であり、現当主の甥にあたる青年貴族だ。


傘下の商団の軌道が上手く行ったことで最近の社交界で台頭した若手貴族として名を挙げていた。


ジークザン侯爵も彼とは数年前の帝都で行われる祝賀会で面識があり、その時の記憶でも彼は他の一族等よりも目立っていたため、ジークザン侯爵も彼のことを覚えていた。


若手に良くある野心に満ちた才ある若者、それがあの時ジークザン侯爵が抱いた印象でありそれ以外もないものであった。少なくとも帝国に反旗を翻す様子は無かった筈。


そんな人物がこうして敵側の席へと座り、まるで自身と対等の立場にいるかのようにその表情を自信に満ち溢れさせている。実に不快な気分にさせていた。


だがジークザン侯爵にとって、否、帝国側に座る者全員がウィット卿よりも不快感を露にさせた人物がいた。それこそがウィット卿の隣に座ったダークエルフである。


先のウィット卿が若き青年であれば、その隣に座るダークエルフは真逆の老年であろう。その顔は還暦を過ぎたジークザン侯爵と同様に年老いた者特有の皺があり、その口元には肩にまで届くほどに長くなった口髭を束ねていた。


ダークエルフはエルフのように寿命の長い種族だ。老化が人間よりも遥かに遅いというのに、ジークザン侯爵と同じ歳に見えるというのは、目の前に座るダークエルフは少なくとも数百年は生きているだろう。


このご時世にそこまでの長寿を成した事に驚きを隠せないが、それよりもジークザン侯爵達はこの会談に彼を連れてきたことの方が驚きは大きかった。


公式の会談で、しかも交渉の場でダークエルフを連れてくる。この世界に住む者であれば、その行為が相手側に対してどれだけの侮辱行為なのか分からない者は存在しないだろう。


そもそもの話として、ダークエルフを起用する事すら想像の範囲外と言えるレベルであり、国の役人に勤めさせる事など有り得ないと言える。


流石に今回の使者の大使級では無いにしても、大使であろう横川外交官とウィット卿の隣に座っていることから、今回の会談において上位の立ち位置だと言うのはジークザン侯爵も理解していた。


「有意義なもの……か。ならば何故この場にダークエルフがいる?」


ジークザン侯爵は不快だと言わんばかりに横山外交官の隣に座ったダークエルフを睨む。東部地方の大貴族にして『東の獅子』と讃えられた男に向けられた怒り。それは大半の者であればそれだけで言葉を失う程の気迫だ。


実際に日本側の横川外交官以下の若手職員とウィット卿を含んだオルデンブル侯爵側にも幾人かがその気迫を前に一筋の冷や汗を静かに流していた。


しかしそれを向けられている当の本人は涼しげな表情を崩すことなく大貴族相手に堂々と応えた。


「どうかお気を悪く為さらずに。私はオルフェン=ニル国の代表としてここに参った次第であります。

 日本国及び環太平洋経済連盟諸国からも国家承認を得ている故、大使としての条件は充分に揃っているかと。」


その風貌に似合う枯れた声でジークザン侯爵に応えたダークエルフ。それに彼は不快な様子を変えずに言う。


「それが問題ではない。貴様のような穢れた種族が私の前によくもまぁ顔を出せたものだ。

 いま貴様と言葉を交わしているのは侯爵だ。断じて対等の席に座って会話をして良い相手ではない。

……ヨコヤマ殿と申したな?私は会談の場にこのダークエルフがいる限りは如何なる対談も行わない。これは紛れもなく我がジークザン家への冒涜であるぞ?」


にべもなく断るといった様子で断言したジークザン侯爵。それに対して日本側の反応は一貫して冷静な対応をした。


「ジークザン侯爵閣下。我が国において、人種や種族を理由にして不当な対応、待遇を課す事は認められておりません。

 此方のダークエルフはルブル・ファート殿でオルフェン=ニル国での外務長官を勤めております。閣下との会談相手としては不足では無いかと具申します。」


横山外交官の言葉にジークザン侯爵は怒りのあまり拳を力強く机に振り下ろした。


「役職などどうでも良い!私が問題にしているのはその外務長官がダークエルフということ1つだ!

 ましてや、我が帝国はオルフェン=ニル国などという国など承認しておらん!」

 

怒号に等しき侯爵の言葉。これに室内の空気が一気に緊張感が支配する。しかし横山外交官はこれに動揺する反応は一切無かった。


日本国外務省 横山寛人 齢42。転移前では中国各地の総領事館に勤務し、そこで数多の中国共産党員との苛烈な舌戦を繰り広げてきた熟練の外交官である。


対面するジークザン侯爵とは年齢差は大きく、その経験値も差があるのは確かであろう。しかし横山外交官は大国内でも特に対応の難しい中国で満遍なく活躍した強者なのも確かだ。


こういった会談の場においては横山外交官に采配が上がるだろう。


「それも指摘されるならば我が国も帝国との国交は結んでおりません。

 そして我々は帝国との会談をしているのでは有りませぬーー」


横山外交官は一呼吸置いてから再び口を動かす。


「ーー我々はジークザン侯爵家。並びに帝国東部地方の諸侯等との会談を望んでいるのです。よろしいですか?侯爵閣下。」


異人からの言葉。それ事態はジークザン侯爵も大体は予想していたものだ。それも数日前のオルデンブル侯爵から来た飛竜騎士の伝言もあって、返答はすぐにできた。


「この私との会談を望むと?皇帝陛下を差し置いてか?」


「はい。我々は帝国と東部地方の諸侯等とは別枠に対話をと考えております。

 そして我々が求めるのはただ1つ。先日、そちらの武官に文を持たせた内容でご覧になられた通りに、この領都ジルクザイの無血開城でございます。

 我が国と手を組んだ見返りとしては、その領地及び権限の保護を確約しましょう。」


横山外交官の発した言葉、それが室内に響くとジークザン侯爵側からは沈黙が支配した。家臣達は無意識に自分達の主へと視線を向けた。


家臣達から見ればこの提案は願ってもないことだ。この領都を取り囲む軍勢は帝国の主力を殲滅した相手。まともに戦えば相応の被害を被るのは必須。


皇帝自慢の騎士団の1個が壊滅した現状、帝国がかつての力を取り戻すには長い時間を要するだろう。


だが、北部地方の大部分が寝返ったいま、その先行きすら怪しくなったいる。何せ相手にはまだ東方の大陸同盟が健在なのだから。


東部地方内にいるあのジェシカも油断出来ない手合いだ。あの男を中心にして独立勢力が生まれれば帝国は目も当てられない事になる。


だが家臣からは主にそんな提案は到底出せるものではない。そんな折に相手方からの提案という形だ。ある程度の面目は立つだろう。


そんな家臣等からの視線を受けたジークザン侯爵は毅然とした態度で返す。


「私は帝国4家が1つ、ジークザン侯爵だ。皇室への忠義を前に、敵て戦わずして旗を降ろすなど合ってはならん!」


ジークザン侯爵はそう言うとウィット卿の方へと視線を向けた。暗にオルデンブル侯爵の行動を非難している訳だ。


すかさず横山外交官がフォローに入る。


「戦うことだけが忠義の現れではございません。戦争による混乱と被害を最小限に止めて、後世の繁栄に繋げることも皇室への忠義を示せるのでは?

 我が国と手を組めば今後の繁栄と安全は保証します。」


横山外交官が言い終えると同時に隣のウィット卿が同調するように話す。


「ヨコヤマ大使殿の言葉は事実であります、侯爵閣下。既にニホン国と協定を結んだ東方の大陸諸国、特に極東に近い国程は大きな技術革新を遂げているのです。

 彼等の農地はジドウカなるニホン独自の技術によって数倍もの収穫増加を成したのです。」


「数倍だと?それは……事実なら大したことだが……」


ウィット卿の言葉にジークザン侯爵側は微妙な反応をとる。本当なら当地者にとっては非常に好ましい事であるが、にわかには信じがたい。


しかしウィット卿は構わず、ジークザン侯爵と机越しからにじり寄るように身体を傾ける。


「事実なのです閣下。それも農業だけではありません。鉄や銅といった鉱物に関しても、ニホンは我らのそれとは隔絶しているのです。

 ニホン本土では圧倒的な生産量と質の高い鉄が出回っているのです。これら2つだけでも我々は大きく成長できるでしょう。」


「本土だと?………まさか貴公はニホンへ赴いたと申すか。」


ウィット卿の最後の言葉を聞き漏らさなかったジークザン侯爵は言及する。ニホンの噂ではその詳しい地理に関する情報はほぼ皆無であったからだ。


ウィット卿は口元を僅かに溢すと、静かに頷いてから応える。


「はい。私はニホン本土をこの目で見ました。そして知ったのですよ。

 彼等ニホンがどれだけの力を持った大国……この言葉では不釣り合い……超大国と呼ぶべきでしょう。

 ジークザン侯爵閣下。いまこの方達との手を組めば我々は後世の歴史家達から"中興の祖"と讃えられるでしょう。」


ウィット卿の言葉にジークザン侯爵側はどよめく。北部地方の大貴族の一族が噂の絶えないニホンを直で見たと言うのだ。


(それ程なのか!オルデンブル侯がそのような大胆な舵取りをする程のものを貴様は見たと言うのか!)


ジークザン侯爵は心中でウィット卿へ叫ぶ。無論、その表情は冷静を装って相手の反応を伺っていた。そして彼の表情を見て、どれだけの自信を持っているかを再確認した。


「皇帝自慢の討伐軍が壊滅したいま、皇室と中央が東部地方を守るために力を割くのは到底考えられません。

 ジークザン侯爵も『ヒルバ年の飢饉』をご存知の筈です。あの時我等、北部地方の貴族達がどれだけの犠牲を払ったことも。」


ウィット卿は先ほどまでの穏やかな表情とは一転、眉を傾けてその口元は奥歯を強く噛み締めていた。これにジークザン侯爵は沈黙してしまう。



『ヒルバ年の飢饉』

これは今から30年程前に帝国北部地方で発生した大飢饉で、同地域の穀倉地帯が壊滅的な凶作となり、北部各地で大規模な騒動が起こった年である。

 各都市では食料品を求めて争いがおこり、ついには貴族間においても領地紛争によって多くの被害を出していた。

 その際にオルデンブル侯爵は北部を代表して現在の皇帝と中央部に北部に向けて食糧備蓄の局地的解放と中央へ納める税の軽減を要請した。


 しかし皇帝はこれを一蹴。逆に領地紛争を行った貴族に対して帝国への限定的な反逆罪に該当させて大幅な税拡大を課した。

 更には北部地方を束ねる役割を怠ったとしてオルデンブル侯爵に対しても3年間の帝城への登城禁止令、その年の皇室へ納める税を3万枚相当の金貨で支払うことも通達された。


この皇帝が定めた罰則は大貴族相手としては異例とも言えるほど重く、特に前者の登城禁止令は帝国の祝賀会等の招待すら受ける事が出来ないため、社交界においてかなりの屈辱的な罰を受けてしまう。


これを領地で受け取った時のジークザン侯爵はオルデンブル侯爵に対して同情と哀れみの思いを抱いたものだ。当の本人も一体どれだけの屈辱と怒りを抱いたことか、想像もできない。



ジークザン侯爵は報せを受けた当時の心境を思い返して、ウィット卿の方を見る。


オルデンブル侯爵はこの30年前に受けた屈辱を忘れていなかったのだろう。


(そうか……オルデンブル侯は賭けに出た訳か。このまま後継者に地位を譲れば、自身は後の代で何も意趣返すすら出来なかった代として言われるよりも……だが……)


無論、オルデンブル侯爵がただ単に怨念だけで他国と手を組んだ訳では無いのは彼も理解している。侯爵程の人物が一時の感情と情報だけで帝国から離反するとは考えにくい。


先日の飛竜騎士にウィット卿を自身の元へ送ったことからも、オルデンブル侯爵は自分をひいては東部地方全体とも手を組んで対皇室包囲網を作るつもりだ。このニホンという存在を中心にして。


戦えば領地は荒廃する。しかし帝国に忠義を示せば自身は忠臣として歴史に名は残るだろう。


問題は現皇帝がそこまでの寛大な考えを持っているかだ。先代皇帝と比べてしまえば、当皇帝は中央部と地方への待遇をあからさまに差別していると言えよう。


一向に中央から此方への指示や情報のひとつも寄越さない事からも皇帝は、自分達を時間稼ぎの道具にしか考えていないのでは?そんな考えがジークザン侯爵の脳内をよぎった。


「会談中失礼致します。侯爵閣下へ緊急の連絡がございます!」


そんな時、この室内へ一人の家臣が入ってきた。その家臣はどうやら何者からかの文を預かったようで迷わずにジークザン侯爵のもとへと持ってきて耳打ちをした。


(皇帝陛下からの書簡でございます。)


ジークザン侯爵はすぐに手渡された書簡の印字を確認する。それには龍に王冠を被せた印があった。


間違いなく皇帝陛下からの書簡。それも封筒されている紙の装飾を見ればもっとも格式高いものだ。


「……ここで暫しの休憩を挟みたい。貴公らも少し休まれよ。」


「そうですね。それではここら辺りで一旦離席させて頂きます。」


ジークザン侯爵の提案に横山外交官達は二つ返事で了承した。






会談を止めて自分の執務室へと入ったジークザン侯爵は受け取った書簡を開封する。全てはこの内容次第で己のとるべき行動が決まるのだ。


そう考えていたジークザン侯爵は書簡を開封する手が震えているのを悟った。完全に怖れていると理解した。目の前にある手紙の内容によっては『東の獅子』のままでいられるか。もしくはその名を捨てるべきか。


「違う………皇帝陛下も地方を見捨てたりはしない。必ず増援を送ってくれる筈だ。」


ジークザン侯爵は己に言い聞かせるように呟く。


すぐに援軍を送って来なくともいい。援軍を東部へ送ってくれる……この意思さえ中央、ひいては皇帝陛下にあるのであれば、自分は皇室のために犠牲を厭わない。そう。皇帝陛下が最後まで地方を想ってくれているのであれば……


そんな想いを胸にジークザン侯爵は開封した手紙の中身を読んだ。何度何度も読み違いが内容に必死に、厳重に確認を重ねた。


やがて2桁程の回数を得て確認を終えたジークザン侯爵は執務室の椅子へとゆっくり近寄り、その身体を椅子に預けた。


「これが……帝国の……皇帝の意思か。」


ジークザン侯爵はそう言葉を漏らした。この時、彼の意思は決まった。






この会談より少し前


        ニグルンド帝国

    帝都ニグルンド 帝城ニグール


帝国戦時会議……帝国首脳部が戦時体制を宣言した際に行われる戦略会議が帝城ニグールで連日に渡って行われていた。


宰相や各大臣は当然ながらその下につく長官や中間管理者である尚書など、政務に携わる高位宦官が参加している。


それ以外にも皇帝陛下への相談役とされる『賢者会』に所属する賢者達やニグルンド帝国が国教に定めているヘルムツィ教からも神殿に属する高位神官までもが参席していた。


帝国の皇宮事情を少しは知る者であれば、神殿勢力は国内に大きな影響を持つゆえに参加するのは分かるが、『賢者会』までもがこの場にいるのは、現在の帝国がどれだけの大局にたっているかを一瞬で察することであろう。


賢者会は主に帝国行政府で高位の役職に就いていた者が引退した後にその賢者会に入る事が出来る集いである。


そのため賢者会に名を連ねる者の多くが元大臣や長官といった高官経験者であり、中には現皇帝が皇太子時代の教師という経歴のある者もおり、引退して尚も大きな政治力を持っていた。


彼等の設立目的は1つ。皇帝の暴走を止めるためである。とは言っても余程の事がない限りはその影響力を行使しないが、事例として皇令を賢者会の決定によって否決された事は過去に何度か記録されていた。


"賢者会が亀は走れると言えば皇帝も否定はできない"そんな言葉が知識階級者の間で有名である。その事からも賢者会の持つ影響力がどれ程かを理解できるだろう。


ヘルムツィ教が帝国の一般階級に大きな影響を持つが、賢者会は帝国の上位階級者に大きな影響力を持っている。


そんな錚々たる者が参席するこの帝国戦時会議。今日も通例の開始儀礼を終えると皇帝が口を開く。


「……陸軍大臣、先日あった会戦の被害報告を纏まったと侍従長から聞いたが?」


重苦しい空気の最中、指名を受けた陸軍大臣は極度に緊張した様子で即座に立ち上がって報告をする。それと同時に下級宦官が椅子に座る重鎮達へ資料を配布する。


「はっ!………お、仰る通りに被害状況の集計が完了しましたので、そのご報告をさせて頂きます………」


そしてその内容は惨憺たるもので、陸軍大臣の報告が聞こえた者は例外なく暗い表情となり、手渡された報告書より下に視線を下げてしまう。


手渡された報告書内容、そして陸軍大臣の口頭による詳細な情報を要約すると……


討伐軍の主力を担っていた第3騎士団は補騎士含めた騎士を全体の半数以上を喪失。同騎士団傘下の一般兵士達も多くを失っており、第3騎士団の再建は少なくとも数年以上の月日と金貨12万枚相当の費用を必要とする。


帝国東部地方に設置した飛竜騎士部隊も、連隊の中核部隊基地がニホン側と見られる襲撃を受けて全滅を確認。組織的な防空戦術は困難と判断して、残存飛竜騎士は中央部の基地への撤収が決まった。


陸軍管轄の戦竜部隊も討伐軍に編成していた多くがニホン軍との会戦によって保有数を大きく減らすが飛竜騎士と比べると比較的に損害は軽微である。


将軍として討伐軍を指揮したアバット伯以下、主だった指揮官も多くが戦死した。現在は1000人騎兵長だったロモーネ男爵が全体指揮をとる。


また、敗走後に最寄りの駐屯地にて被害状況の集計期間中にて雇用していた一部の傭兵が報酬の未払いについて騒動も起こっており、契約していた傭兵隊の4割以上が解約を決定した。


それに伴って駐屯地周辺の地域で離反した傭兵隊と思われる略奪行為を確認。大幅な治安悪化が懸念されている。


上記の点から帝国討伐軍の戦力は会戦前と比べて半分以下に減少。この人員喪失によって皇室直轄地での税収益は前年度よりも2割程度の減収が想定される。


そして問題のニホン軍は現在、東部地方の最重要都市であるジルクアイを包囲しており、現状の東部地方ではこの包囲を解く策は存在しない。


紛れもなく大失態である。これと同等規模の軍の動員は皇室だけの力では困難を極めることであろう。


「………以上が今回の討伐軍の結果となります。また、北部地方にて最後まで抗戦していたアルトワ助伯爵は昨夜、自領の館にてオルデンブル侯へ降伏をしたとの事です。

 これによって北部地方は事実上、反乱軍の支配下となりました………現時点で判明した情報は以上であります。」


陸軍大臣はそう締め括ると着席して、周囲の反応を伺う。


やはり全員が険しい表情と共に怒りを抱いていると悟った。その矛先の多くは軍を束ねる自分達各軍の大臣等であろう。


やがて陸軍大臣の報告を終えてから暫くの間で沈黙の時が流れる。その沈黙を破ったのは賢者会の人間であった。


「まず最初の疑問だが……何故、討伐軍は破れたのかね?第3騎士団は皇帝陛下直轄の精強な騎士団だ。ニホンなどという辺境の国相手に敗北を……それも嘗てない程の大敗を喫するなぞ、君たち側に致命的な采配ミスがあったとしか思えぬぞ。」


陸軍大臣に批判的な言葉を発したのは賢者会でも重鎮に位置する老人で元陸軍大臣を務めていた。つまりは現陸軍大臣の前任者であり、彼からすれば最も頭の上がらない相手であった。


「討伐軍指揮官をアバット伯に推薦したのは君だったな?

 戦況に対応できない者に軍を預けた責任は大きいぞ。あれ程の大軍が負けたのだ。君のみならず、その席を譲った私と賢者会の名誉を大きく損なわせた責任は必ず払って貰うぞ?」


賢者会の元陸軍大臣が放った強い言葉。これを皮切りに次々と賢者会の重鎮達から批判的な言葉が飛び交う。


その全てが"自分達の代ではこんな失態はなかった"や"この討伐軍敗北に関わった者全員を厳罰に処すべき"といった現職の軍関係者への弾劾内容であった。


皇宮廷で大きな影響力を持つ賢者会からの批判。これに現職の軍大臣や長官達はひたすらこの荒波に耐えていくしか無かったが、そこから更に相手側の増援が来てしまう。


「我々からも1つ。

 騎士団の方々が異教徒に負けてしまったのはヘルムツィ教に対する信仰が足りなかった事も影響しているかと思われます。

 特に南部に拠点を置かれている第3騎士団はヘルムツィ教神殿支部が置かれてはいますが、その数は限定的……やはり積極的な信仰を欠いてきた故に重大な局面で足場を崩されるのです。 是非ともこれを機に南部への支部拡大を具申させて頂きます。」


ヘルムツィ教勢力であった。彼等は軍の失態を好機と捉えて国内の勢力拡大を目論んでいるようだ。


陸軍大臣から見ればそんなのは後回しにするべきと言いたいが、賢者会とは言わずとも彼等も上級階級者相手には相応の影響力を持つため強気に出るのは愚策だ。ましてや今回は此方の失態が理由なのだからより困難である。


陸軍大臣は暗い心境と共に机の下に置いた拳を強く握り締める。が、そんな彼等へ救援の手を差し伸べる者が現れた。


「軍の責任追及は重要でありますが、いまは東部地方に居座るニホンへの対応を協議するべきかと思いますが、いかがですか?…………皇帝陛下。」


宰相の次席となる位置に椅子を並べた国務大臣であった。彼は賢者会等の厳しい視線を一身に受けても毅然とした態度で言う。


「賢者会の皆様からの御意見、我々も各政務の責任者として、今回の責任の重みは重々承知しております。

 故にここは具体的な対応を迅速に発案し、実行出来るよう建設的な議題へと移させて頂きたい。」


国務大臣はそう言い終えると皇帝へと顔を向けた。その視線を受けた皇帝も重々しく応える。


「国務大臣の言も確かだ。帝国領内に異国の……それも数年前に名を挙げた程度の新興国がのさぼっているのを看過することは帝国にとっての大きな損失だ。

 いまは東部地方に群がる虫共の排除を優先事項とせよ。」


賢者会達は生意気にも言葉を遮った国務大臣に怒りの視線を向けていたが、皇帝の言葉に渋々ながら引き下がる。彼等とて帝国の支配者の不興を買うのは避けたいからだ。


陸軍大臣は国務大臣に大して大きな感謝の念を抱いた。誰もが賢者会等に睨まれるのを嫌って顔を伏した中で彼だけが救いの手を差し伸べてくれたのだから。


そう好感度を上げる陸軍大臣に対して国務大臣の心境は明るいとは言えなかった。今回の帝国戦時会議で進めたかった議題があるというのに、賢者会という面倒極まりない集団の参席はまさに彼にとって邪魔者以外の何者でなかった。


しかしそんな感情を表に出すほど彼は未熟者ではない。皇帝の言質を取るとすぐに会議を進めた。


「ありがとうございます。それでは話を戻しましょう。まずは共通認識の確認を。

 陸軍大臣に聞きます。東部地方のジルクアイを包囲するニホン軍撃退は東部諸侯等単独で可能でしょうか?」


国務大臣からの振りに陸軍大臣はすぐに頭を回転させて答える。


「…………まず不可能でしょう。ニホンがどうやってあの討伐軍を撃退したかは目下情報の査定中ではありますが………10万もの大軍を相手にした相手ですと東部諸侯等では力不足です。」


「それは討伐軍との交戦でニホンもある程度の消耗をしたとしてもですか?」


続けて投げられた国務大臣の質問。陸軍大臣は真剣に考えるが、寄せられた情報の大半が荒唐無稽なものばかりでとてもこの会議に提出できるものではなかった。


「仮に戦闘初期時から半数の消耗をしたとしても、ニホンが東方の大陸同盟から増援を受ければそれだけでも東方諸侯等には荷が重いかと。そもそもの話として、諸侯等の常備軍はほぼ皆無です。」


地方の諸侯等は皇帝直轄の騎士団や中央貴族のように常設した軍隊は保有していない。有事の際に徴集したり、まともな兵士と言えば少数の私兵や城の警備兵程度だろう。


もとから諸侯等の反乱を懸念した中央貴族の意見によって地方諸侯の常備軍保有は厳しく制限されていたし、現皇帝になってからはその規制はより厳しくなっていた。


そんな諸侯等では籠城戦は兎も角、異国の軍隊と正面から戦うのは困難であろう。それが出来るのは大貴族と呼ばれた侯爵ぐらいだ。


そう侯爵級ならばあるいは………


「ならばジークザン侯爵に援軍が来るまでひたすら籠城させれば良いのだ。ニホンが包囲しているジルクアイは堅牢な城塞都市だ。上手く行けば数ヵ月は持つであろう。

 兎に角長期に渡ってニホン軍を更に消耗させよ。」


再び賢者会の1人が口を開いた。一同の視線がその老人に集まると更に続ける。


「如何にアバット伯が無茶な指揮をとって大敗をしたと言えども騎士団が奮闘して東部のニホン軍に大きな損耗を強いたのは確実と謂えよう。ならば東の獅子と呼ばれたジークザン侯に釘付けさせて時間を稼げば良い。

 その間に戦力を整えた上で万全の状態で奴等を殲滅するのだ。」


老人はそう自信満々に発案したその案は周囲の賢者会達の多くが賛同の意を示すかのように感嘆の息を漏らした。


どうやら賢者会の考えは東部地方でニホンを足止めさせる方針のようだ。冗談じゃないと国務大臣は考える。


「お待ちを。それは東部地方単独でニホンを相手にしろと言う事ですか?

 先に陸軍大臣が仰ったように単独ではかなりの戦力差となります。」


国務大臣の意見に陸軍大臣やその他の軍高官も同意するように頷く。しかし先ほど意見をした賢者会はそれを一蹴した。


「ふんっ………ワシの話を聞いていたかったのかね?何もニホンと正面から戦う必要はない!

 ジークザン侯は領都で待機するだけで良い。あぁ、そうだ。ニホン軍の兵糧を枯渇させるために周辺地域の田畑を燃やすのも良かろう。

 身の程知らずのニホン軍を徹底的に追い詰めるのだ。」


「それは………東部地方は大打撃を被ってしまいます。」


自領の焦土作戦など誰も好き好んでやりはしない。それを行えば一体どれだけの経済的損失と領民からの信用を失うことか。


しかし提案者の賢者会は拳を机に振り下ろして不機嫌そうに言う。


「それがどうした?帝国の命運が懸かっているのだ。お主は国務大臣であろう? なら1地方よりも国全体に視点を広げぬか!」


「左様!今は戦時だ。東部地方の諸侯にはニホン軍の消耗に徹させるのだ。」


国務大臣の反論を前に賢者会の熱が次第に帯びていくが、皇帝が腕を静かに挙げて静止した。


全員の視線が最上座に座る皇帝へと集まる。


「………討伐軍が敗退した以上、次の討伐軍編成には時を要するだろう。陸軍大臣、おおよその期間はどれ程になる?」


「はっ、先と同程度の討伐軍となりますと……半年は掛かる見込みです。」


陸軍大臣の返答に場内の面々は重い表情となった。


「それではその期間は異教徒共は東部地方に居座るという事ですか?」


ヘルムツィ教の高位神官が言う。それに陸軍大臣は慎重に言葉を選んで答えた。


「し、焦土作戦を取れば、ニホン軍も大きく疲弊しますし、上手く行けばニホン軍は撤退する可能性が高まります。」


陸軍大臣の返答に場内の表情は今度は一転して明るくなる。しかし国務大臣だけが陸軍大臣を軽く睨んだ。


(この愚か者………本気で東部を焼け野原にするつもりか?)


彼のその場凌ぎの一言で東部地方の命運が大きく変わろうとしている。国務大臣はそんな無責任な発言をした彼に思わず睨むがすぐに別の策へと話を転換しよう口を開くが、賢者会が先に動いた。


「ふむ。下手に再度の徴集をかけるのは皇帝陛下以下、皇室や我々中央部の治安や経済に大きな影響が出るか…………」


「如何にも。地方は兎も角、最大の人口密集地である帝国中央がそうなれば帝国の国力が下がってしまうな。」


賢者会が口々に出す言葉に国務大臣は冷や汗を流す。この流れは非常に不味い。


「北部地方が恥知らずにも皇室に矛を向けた以上は、東部地方も危ういな。あの2地方は南部や西部とは違って皇宮貴族と距離を取っておる。東の獅子であるジークザン侯が裏切るとは思えぬが他の諸侯はどうか……」


「東部諸侯もオルデンブル侯と同じ選択をすると言うか?」


「そうは言っておらぬが、可能性は否定出来まい。ここは今のうちに東部の力を削ぐのも国の為とは思わぬか?

 考えてもみよ。ニホン軍を撃退した後は北部の逆賊共の鎮圧をせねばならん。

 ここは東部と中央部の境界線に防衛線を設けるのはどうかね?それならば用意する兵士も最小限にできる。」


「むむ。確かに………討伐軍の負担を考えれば、少しでも消耗は避けたいところであるな。」


腕を組んで重々しく議論を重ねていく賢者会の老人達。その全ての言葉に東部に住まう者達の生活を案じている様子は微塵も感じられなかった。


我慢の限界にきた国務大臣が立ち上がって待ったをかける。


「賢者会の皆様。この会議は我が帝国の戦略を決める場であります。どうか東部地方の諸侯は勿論のこと、そこの民達に対しても寛大な案を出して頂くように…………」 


「何を言うか君は?我々は東部の者達のために言っているのだ。彼等も逆賊の汚名を、疑いの目を掛けられるのも憚るだろう。それを避けるための考えだ。」


賢者会で最初に発言した老人が国務大臣に反論する。それに両隣の老人もその通りだと言わんばかりに大きく頷いた。


「君は何かね。我々が無責任な発言をしてるとでも言うつもりか?それとも君はオルデンブル侯と意を共にする逆賊の1人なのかね?」


遂に賢者会の1人が国務大臣へ集中攻撃をしようと言葉を発した。


「お待ち頂きたい!国務大臣は事を急ぎ過ぎてると申しているのです。焦土作戦は東部地方の諸侯等の反感を買います。

 そのような強行手段を取ればオルデンブル侯のような者を発生させる可能性があります!」


そこへ法務大臣が擁護をした。それに続いて各政務の長官等も賛同するように言う。


「ジークザン侯は現在に至るまでニホンとの対峙を続けております。そこへ東部を見捨てるような方針は諸侯への信用を大きく損ないます。」


「有害な膿を体内から出すには多少の出血は止む得まい。東部の忠誠具合を確かめるよい機会ではないか。」


それで本当に東部が反乱を起こしたらどうするつもりだ!?

国務大臣は脳内で叫んだ。


両勢力が白熱した議論になる最中、ヘルムツィ教の高位神官が挙手をする。


「失礼ながら……ニホンとの交渉は出来ないのですかな?彼等との交渉次第によっては何かしらの進展が起こるかと思いますが?」


その提案に両勢力は揃って頭を抱える。この話は何度も検討されてきたものなのだ。


「次席高神官殿………あの国との国交は結んでおりませんし、なぜ奴等が我が国へ進攻してきたのも不明なのです。

 とても彼等との交渉は期待できません。」


今回の戦争について帝国側は完全な被害国なのだ。謎の多いニホン相手との交渉は困難を極めるであろう。


理由を聞いた神官はそれに納得したようで笑みを浮かべた表情で会議の成り行きを見守り始めた。彼等にとって重要なのは神殿勢力拡大だけなのだろう。


「……話を戻しますが、焦土作戦はもう少し様子を見てからでも良いかと。まずは中央部を中心にして徴集を行い、ニホン軍の東部圧力を少しでも軽減させる方針を具申させて……」


国務大臣が一先ずの策を提案する最中、視界の端で再び皇帝が腕を挙げるのを見て口を制止した。


「へ、陛下。如何なさいましたか?」


鼓動が早まるのを国務大臣は感じる。それは皇帝が自身に向けたその鋭い視線が理由だ。


「ニホン軍は実に憎たらしい連中だ。ウィルテラート大陸随一の大国たる我がニグルンド帝国に土足で足を踏み込んできよった。」


そこで皇帝は言葉を区切り周囲を見渡す。


「だが、臣下でありながら帝国を裏切った北部も、引いてはオルデンブル侯も赦し難い。

 そして私は疑っておるのだ……『東の獅子』つまりはジークザン侯爵も奴と同等では無いのかと。」


皇帝の言葉に賢者会の面々は大きく頷き、国務大臣等は難色を示す。知らぬ存ぜぬをするのはヘルムツィ教の神官達ぐらいだ。


「よって私は確認したい。ジークザン侯が真の忠臣なのであろうかを。」 


「へ、陛下。それはつまり………」


震える声で国務大臣は言う。しかし皇帝は無視して続けた。


「伝令尚書はよく聞け。東部地方の諸侯は速やかに自領の村、町を問わず、侵略者共が活用可能な物資を排除せよ。

 食糧、馬や木材といった辺境の蛮族共が我が国の物を使っていたと判明した場合は如何なる事情があれどもその地の民は敵に寝返った逆賊として取り締まる……これを書簡に記し、東部地方の頭たるジークザン侯爵へ渡せ。

 皇宮貴族達は南部、西部諸侯等と呼応して徴集を開始。

 万全の態勢を整えるまでは東部との境界に線を張るのだ。各騎士団は速やかに帝都に集結させよ。」


「陛下!お待ちください!それは東部地方を見捨てることになります!」


国務大臣は叫んだ。この決定にはこれまで沈黙を貫いていた各大臣達も難色を示す。


「国務大臣の言葉は尤もであります。せめて東部地方に援軍とは言わずとも支援物資を送るなりをするべきかと……」


「貴様!皇帝陛下の御皇令に抗うつもりか!東部に送った物資が敵に横流しされる事を考慮せよ!」


賢者会の重鎮が怒鳴る。他の賢者会は皇帝の決定に感服した様子で恭しくお辞儀をした。


「皇帝陛下。我等の具申を採用して頂き、誠に恐悦至極に存じます。」


「陛下。これでは他の諸侯との間に大きな亀裂が生まれます。どうかご再考くださいませ!」


両勢力の相対的な言葉。これに皇帝は再び口を開いた。


「無論。東部諸侯を見捨てるつもりはない。討伐軍を送るつもりだが……それは東部諸侯に逆賊の意がないのを確認できた時である。」


それまでは如何なる支援もしない。各地方を束ねる筈の皇帝とは思えない決定に国務大臣は絶句した。


皇帝は地方よりも自身の庭である中央部の安寧を取ったのだ。この決定に大きく賛同の意思を示したのはその中央部に領地を構える賢者会の面々であった。


いや、実際のところ現職の大臣達も安堵の息を漏らしたのを国務大臣は見逃さなかった。彼等も多くは中央部に領地や荘園を保有しており、そこに被害が出ないと確定して気が弛んだのだ。


(愚か者め。目先の利益だけ優先して良く官僚が務まるな!)


確かに東部を焼け野原にすれば兵站の乏しい異国の軍隊は痩せ細るであろう。味方である筈の東部地方の民達と巻き添えにだ。


地方と中央部の力関係は現在よりも大きく開く事になる。上手く行けば没落した東部を地方の変わりに自領拡大を目論むせっかち者もこの場にいるだろうなと国務大臣は考える。


中には東部が反逆すれば次の討伐軍で弱体化したニホン軍と共に滅ぼして大家に成り上がれると、早くもニホンを撃破した後のことも考えてるに違いない。


「素晴らしいですぞ。そうなりますと、次の討伐軍指揮官にはマトモな者を選出しなくては成りませんな。」


賢者会の重鎮が陸軍大臣の方を見てからそう言う。当の本人は悔しげに顔を俯くだけだが、それに国務大臣は心底失望した顔をする。


元を辿ればコイツがその場凌ぎの言い訳を使ったばかりに事態は悪化したのだ。


果たして本当にアバット伯の戦術ミスなのだろうか?今となってはそれを知る手段はない。


その後、皇帝の決定方針を書簡に記載した伝令尚書は皇帝飛竜伝令騎士に持たせて帝都を去り、ジークザン侯爵のもとへと到着した。









そして現在…………



ジークザン侯爵は最後に皇帝への文を読み返した。


『中央部の第二次討伐軍編成が完了するまでニホン軍を貴都ジルクアイにて張り付けるべし。その間は東部地方の全諸侯へ田畑及び村・町を敵に明け渡すことが無いように破壊せよ。』


そして最後の行には『オルデンブル侯とは違うことを私に証明せよ。』と記載されていた。字を見る限りだと、これは皇帝の直筆であろう。


この1文だけをわざわざ皇帝自ら書いたと言うことは皇帝は確実に自身と東部地方を疑っていたのだ。


ましてや文の内容は言ってしまえば焦土作戦を行えと言うのだ。


それば有効な手段なのはジークザン侯爵も理解している。状況が状況ならば彼も葛藤しつつも最終的にはこれに従うだろう。


しかし皇帝は自分達を真っ向から疑った状況でこの命令だ。これが敵を弱らすのと同時に自分達、東部の力を削ぐための方法を兼ねているとも理解した。


仮にこれが成功してニホンを追い出したとして、皇帝がこれまでのようにこちら側を考慮した帝政を敷くとは思えない。


段階を踏んで東部地方の諸侯を追いやるのでは無いのか。ジークザン侯爵の皇帝及び中央部の皇宮貴族に対しての信頼度はこの文で一気に急落した。


「………中央の考えはよく分かった」


執務室の椅子に座ったジークザン侯爵はそう小さく呟やくと執事長を呼んで1人の男をこの部屋に寄越すよう伝えた。


その男はすぐに執務室まで歩いてジークザン侯爵と相対した。


「お呼びでしょうか……ジークザン侯爵閣下。」


帝国式の礼服を着込んだ若い男性 オルデンブル侯爵の代理人ウィット卿であった。ジークザン侯爵は彼の入室を確認すると真剣な表情で話を始める。


「君はニホンをその目で見たと言ったな?」


ジークザン侯爵の質問にウィット卿はほくそ笑んだ。既に自分が呼ばれた理由を察していたようである。


「はい、侯爵閣下。最初に言いますが、ニホンを我々の常識に当て嵌めるのは大いなる過ちでございます。彼等は超越した力を持っているのです。」


「そこまでか。君が、そしてオルデンブル侯が帝国を見限る程の国だと言うのだな?」


ウィット卿のある意味で狂気に満ちた瞳の奥底を見たジークザン侯爵は静かに反応した。


「閣下……仮に帝国がニホンをここから駆逐しようとも、ニホンの技術で進化した大陸同盟が脅威となりましょう。

 今はまだ大きな差は出ていませんが、10年後の大陸に待っているのは時代に取り残された帝国が東方の大陸同盟諸国に少しずつ削り取られていく姿でしょう。

 貴方が私を呼んだという事は皇帝はこの東部を見捨てた……そう言うことでしょう?」


彼はそう言うと目の前の執務室の机に置かれた文を見た。中身は閉じられていて読めないがその真ん中にある皇帝の印を見て彼は確信した。


「そうだ……皇帝陛下は……中央部は東部地方を君達北部と同じと見たようだ。

 はっ、笑えるな。まだ東部諸侯で裏切った者は出ていないというのに………」


「確かあのジェシカが反乱を起こしたようですが?」


元貴族の傭兵隊長であるジェシカの事はウィット卿も耳にしていた。しかしジークザン侯爵は不思議そうにウィット卿を見る。ウィット卿はその視線の意味を理解して苦笑いをする。


『あれは君達が根回ししたのじゃないのか?』そう言いたそうにしているのを感じて、彼は真っ直ぐに答えた。


「あの男は私達を、特に侯爵家の指示なんて聞かないでしょう。」


ジェシカの経歴上、彼の家を廃家した皇帝、取り分けそれに近い上位の貴族に対して良い感情を持っていないのは確かだ。それを聞いたジークザン侯爵は納得し、少し前のウィット卿の言葉に言及した。


「確かにな。なら奴は東部出身の男ではない。そこを言うなら東部諸侯は未だ誰も皇帝に反逆しておらん………今はまだだが……」


「それはつまり、閣下は……」


ウィット卿は問う。その白々しい態度にジークザン侯爵は乾いた笑みを浮かべるが、すぐに神妙な表情となる。


「それを決める前にだ。君は何を見た?君が……いや、オルデンブル家当主が帝国を見限る程のものをニホンが真に存在するのか?

………私はそれを知るために君を呼んだのだ。」


ジークザン侯爵の真っ直ぐな質問にウィット卿は少し呼吸を整えると、静かにあの時の記憶を思い返す。


あの衝撃の連日からそれなりの月日が経過していたが、彼の脳内にはあれらの衝撃を受けた記憶は微塵たりとも薄まっていなかった。


「そうですね………どれから話しましょうか………」


ウィット卿はゆっくりと、しかし丁寧にあの日の記憶を言葉に表現していく。







    2年前 日本本土 首都東京



日本が異世界に転移して本土各地で大規模な暴動やデモによる混乱が一定の終息を迎えた頃、この世界でダークエルフを除けば初となる異世界人の使節団が日本へ上陸を静かに果たしていた。


その使節団の中にオルデンブル侯爵の甥であり、つい最近になって商いで成功を遂げてその一族から頭角を表したウィット卿がいた。


若くその身体と頭に溢れんばかりの野心で満ちた若き貴族は最初、極東の島国の視察という名目で一時とは言え僻地に追いやられた己の不運を心底恨んでいたが、その下向きな気持ちは日本という姿が明確に成っていくに連れて、完全に消失していた。


商いで成功を納めた切っ掛けを作った商人からの誘いが、彼の今後の人生を決定的なまでに変わることになるとは、この時の彼はまだ認識していなかった。




異世界人として初の日本本土、しかも地球においても世界最大規模の首都圏を誇る東京、彼は用意されたヘリコプターの中から眼下に広がる超巨大都市を見下ろした。


「な、何だ…………いま見てるのは幻じゃないのか………」


有り得ない。ウィット卿は脳内で叫ぶが、現に自分の目を瞼越しに何度も擦ってもこの幻想が解ける事は無かった。


もはや最初に驚愕した、大陸に出る際に乗った巨大船と、この空を大勢の人々を乗せながらも自由に飛び回るへりこぷたーという異形の存在は薄まってしまった。彼等にとって、それ程の衝撃が下には広がっているのだ。


彼が見下ろすのは視界に収まりきらない程の広大な大地に建てられた無数の人工物。これらだけでも帝国中の建造物を上回る数がこの地に集結しているのではないのか……そう思ってしまう程の圧倒的な建造物の群れ。


そこには自然の要素なんて殆どない。完全なる人間達の土地がこの国にはあった。


更にはその1つ1つが帝都にある我が帝国の最重要建築物にして最も高い建造物でもある帝城ニグールよりも大きいと思われる。


だが彼が最も驚いているのは、あれらの中には明らかに帝城ニグールどころか、並の小山以上はあるのでは?と錯覚してしまう、世界の常識を完全に破壊した桁外れの高さを持つ建造物がそこら中に点在していたのだ。


彼が物心から築き上げてきたこの世界の常識、それがいま、完膚なきまでに壊されていった。


「こ、これは!?…………夢ではない!………こ、こんなの……し、信じられん!」


ふと先ほどから鳴り響く異様な羽音を優に突破させた自分と同じように驚く声で真っ白になった意識を取り戻すと、機内の隣の席に視線を向ければ同じくヘリコプターに搭乗していた男性は目を限界まで見開かせて窓に張り付いていた。


彼もオルデンブル侯爵の使節団とは別経由で日本を視察にきた人物だ。


彼は確か………ハンザブレックの役人だったな。リッパとか名乗っていたはず。ウィット卿は事前の紹介で聞いた男の名を思い出した。


機内を見渡せばニホン人以外は皆、席に備え着いた窓から視線を一切反らさず、いま眼下に広がる光景を一心不乱に見つめていた。


端から見ればその田舎者振りの様に笑ってしまいそうであるが、彼自身も全く同じようにしていたのだろうな…と彼の中にある冷静な自分がそう説いた。


『間もなく本機は本社のヘリポートへ着陸します!着陸時には軽い衝撃がくる事がありますので舌を噛まないようにご注意ください!』


どうやらこのへりこぷたーなる物は目的地へ到着するようだ。ウィット卿は窓から見える景色の視点を正面側が見えるように懸命に顔を飛行する方向へと顔を傾けた。


その先には眼下に広がっていた超超巨大建築物の中でも一際、その巨体を際立たせる建物が聳え立っていた。


「あれが…………この国最大の商団本部なのか……なんと巨大な…………っ!」


自分達の乗るへりこぷたーが正面の建物に近付くに連れてウィット卿はその巨大さを改めて認識する。あれはもう人類が造る已然の話ではない。神々が創造した神の城である。


『ご搭乗の皆様、当機は着陸態勢に移ります。』


自分達を乗せたへりこぷたーは神の居城である巨大建造物の真上にまで到着するとそこにある真っ平らで角ばった線模様に目掛けて高度を下げた。見るとそこには既に何人かの人々が1列になって待機していた。


ウィット卿は思わず近くにあった縄へと手を伸ばして着陸の衝撃に備えるが、思いの外言われていた程の衝撃は来なかった。


「皆様、ここまでの長旅お疲れ様です!ここからは本社の方が案内をして下さります。」


機内にいたニホン人が徐々に弱まりつつある羽の音よりも大声で言う。


あのニホン人はウィット卿が創設した商団の商人経由で知り合った男だ。その商人からは興味深い工芸品を取り扱うしがない異国の商人と聞いていたが、まさかその異国人がこんな秘密を持っていたとは、最初に会った印象からは到底到達できない答えである。


やがて耳五月蝿いあの羽音が完全に消え去ると、機体の扉が開かれていき、使節団の団長を務めるヴィリアーズ公が最初に降りた。


自身の父親にして、オルデンブル家当主の弟でもあるヴィリアーズ公に続いてウィット卿も降りるとその先の正面で並んでいたニホン人の1人がヴィリアーズ公に近寄って声をかけた。


「初めまして、ヴィリアーズ公。

 私はこの『小島グループ』の資源監理部門の統括している小島栄司 本部長であります。

 ここからは私が案内を務めさせて頂きます。」


そう名乗った若い男ーー恐らくは自分と同じ程度ーー コジマ エイジは本部長という聞き慣れない役職と共に握手を父に求めた。父はそれに快く応じて言葉を交わす。

 

「オルデンブル侯爵の代理として参ったヴィリアーズ・ロレンツォ・オルデンブルだ。

 貴国の凄まじき景色の数々を見させて貰った………これからの交渉を楽しみにさせて貰う。」


そうヴィリアーズ公と小島本部長はにこやかな会話で挨拶を終える。この両者のやりとりを見てウィット卿は感嘆した。その対象は自分の父にである。


父も自身と同じく眼下に広がったニホンの街並みを見て圧倒されていたのだ。しかし舞台に降り立つとその様子を微塵も表に出さずに挨拶を乗り切った。その心境は真逆なのは分かってはいるが、大したものだとウィット卿は1人で感心する。


そんな若き貴族を他所に挨拶を終えた小島本部長のもと、使節団は本格的な視察を開始したのだった。





ーーーー


「…………ウィット卿?……如何した?」


何度も心配そうに声をかけるジークザン侯爵に、ウィット卿は慌てて回想から目を覚ました。


「っ!失礼しましたジークザン侯……お恥ずかしいところをお見せしましたな。」


そうウィット卿は気恥ずかしそうに頭を掻き、話を本題に戻した。


「私が見たのは………人類文明の最高到達点と言うべきでしょうか。

 人間が知識を極めれれば、世界はちっぽけなものになるのは間違いありません。そしてニホン人は既に我々よりもこの世界を知りつつある。」


ウィット卿の言葉にジークザン侯爵の頭に?が浮かぶ。ハッキリ言って何のことか全く分からない。


だがウィット卿は当初の目的を忘れて再び脳内にこびりついた記憶を思い返した。





互いの挨拶と紹介を終えたあの後、一行は彼等『コジマ・グループ』という名の商団本部を大まかなながらではあるが一通りの案内をした。


ウィット卿はその道中で、彼等の精錬された建築物の詳細とその使い方に驚嘆した。


この超巨大建築物を空から見た彼の勝手な想像では、大きな空間で少数に別れた内部だと思い込んでいたが、実際は無数に細かく分けられた部屋を作り出し、その各所を統括する大きな空間が繋がっていた。


巨大故に膨大な人員と情報を効率よく裁いていく建物。ウィット卿は最初に抱いた間違いを1つ訂正し、案内をしているコジマ本部長の説明へと耳を傾けた。


「いま皆様がいるこの建物は『スモールアイランドタワー』という高層ビルに名称される建築物であり、高さは562m…失礼。そちらの単位で表しますと約380ミリルとなります。」  


「380ミリル…………っ!」


小島本部長の説明を聞いていた一行の誰かがそう呟いた。思わず漏れてしまったと言うところだろう。他の堪えていた者達も全員がその数字に顔を強張らせていた。


ウィット卿もその1人であり、380ミリル相当の高さの建造物にいま自分は立っているのだと思うと感極まった。


「横から失礼します。コジマ本部長殿。それではこの窓から見える他の建物も…………」


先頭を歩く父親の後ろについていたウィット卿は知識欲に駆られてその隣を歩く小島本部長に質問を投げ掛けた。


その質問に小島本部長や他の一行はいま歩いている廊下の壁際、ガラス一面に覆われた先に見える外を見渡した。


いま立っているのはこの建物でも高い階数だろう。そこから見える景色はへりこぷたーとはまた違った絶景だ。そしてその景色にはやはりあの超高層建築物の群れも健在していた。


「あぁ、確かにあれらの建物もそれぞれ数百ミリル分の高さを持っています。

 その中でもいま皆様が立っている建物は郡を抜いていますね。」


そう小島本部長は誇らしげに言った。


「ならばこの建物が貴国で最も高い建造物なのだな。いやはや……見事の言葉に尽きる。」


ヴィリアーズ公はそう小島本部長に感想を述べた。彼の額は汗で湿っていた。


そんな彼の素直な感想を前に小島本部長は申し訳なさそうに首を横に振って、その後の言葉を聞いた一行を更なる衝撃が襲った。


「おっと失礼しました。我が国で最大の高さを持つ建物はここではありません。

 あの先に見える塔が我が国の………いや、今や世界一の高さを持つ建造物であります。」


「なに!?…………まさかあれか?いや、確かにこの距離であの高さは…………だが、それは余りにも…………!」


小島本部長が指差した方向を全員が凝視する。すると確かにその先に今までの建物とは明らかに異質なものが聳え立っていた。


周囲に立つ建物と比較してもここの建物以上に圧倒的な高さを見せつける塔のような高層建物。


「東京スカイツリー。我々が生活に欠かせない電波発信塔であり、その高さは………400ミリルを優に越えています。

 まず間違いなくこの世界でも文句無しの高さでしょう。」


まさしく我が国自慢のランドマークです。小島本部長は先ほどよりも更に誇らしげに言った。しかし周囲の反応はそれどころでは無かった。


「400ミリル!?それはもはや建物では無い!や、山としか………」


ヴィリアーズ公は呆気にとられる。この場にいる彼等は再認識した。ニホンはこれまでの常識を当てにしてはならない存在だということに。


その日の彼等は東京都に広がる広大な都市圏とその中に立つ超高層ビル郡に驚愕し続けて1日を終えた。


翌日以降では小島財閥傘下企業のある地方への視察を伝えられた。


その際の移動手段は新幹線を財閥が貸し切るという大盤振る舞いであるが、それを彼等が知る由は無い。その背後には政府の思惑があることもこの時はまだ知らなかった。





次に彼等が目にしたのは、近代国家の基盤にして経済成長の要である製造業という産業の視察であった。


そこでもウィット卿含めた使節団は初日に劣らない驚愕の連続を迎えた。


ウィット卿は目の前に広がる工場内を見て、その途方も暮れる物量に力が抜けるのを感じる。


「これが………彼等の工房なのか!」


彼がそう絶句した先にあるのは、広大な空間に何十列にも設置された食品の生産ラインだ。


各所から集められた莫大な原材料を機械が自動で振り分け巨大な容器に入れていき、そこから別の機械が更に細かいラインへと投入していく。


最新鋭の自動生産設備が軒並み揃った工場は地球の環境に慣れた人であろうとも圧倒されるだろう。


そこへ近代化は愚か、工房という小規模な生産所で手作業で細い需要を満たしてきた彼等から見ればその破壊力は絶大だ。


「この工場ではウィルテラート大陸の環太平洋経済連盟の加盟国から食料品を缶詰という長期保存に優れた加工品へ加工しております。

 いま皆様の前にあるラインでは海路から運ばれてきた冷凍牛肉の加工ラインです。」


小島本部長はこの工場の担当者と共に案内を行い、昨日と同様に説明をしていた。当のヴィリアーズ公達は見慣れぬ機械が自動で動く姿を見て唖然としている。


「この工場では1日に約1500tの食料品を加工しています。加工された食品はこの日本本土各地と同盟国に供給されていきます。」


「1500トン?………すまぬが聞き慣れない単位だ。どれくらいの量か想像できぬ。」


ヴィリアーズ公はそう質問を投げた。それに小島本部長は後ろで待機していた側近社員と小声で話していく。


「……大変失礼しました。分かりやすく言いますと、船の運搬に使われている樽で約12000樽分相当となります。」


小島本部長は急遽、本社の課長と工場の部長等と共に手頃な例を考えた。それに向こうも理解したようでまた衝撃を受けていた。


「……たった1ヵ所の工房で……それも1日で大型の商船艦隊に匹敵する量を作り出せるというのか……」


そんな中でウィット卿は大陸と日本との決定的な違いについて考えていた。


(このニホンではそもそもの考え方が違うんだ。単純な建築技術だけじゃなく、あの広大な土地を埋め尽くせるだけの建物を建てるための資材や設備を大量に造りだせる技術と国力が、この国にはある訳だ………)


ウィット卿は勝てる相手じゃないと気付いた。ニホンと自分達では天と地程の、それ以上の差が既にあることを知った。




その次の日、ウィット卿達一行が到着したのは日本でも有数の造船都市である愛媛県の某所であった。


日本の約3割の船がここで造られており、そこには当然ながら小島財閥が傘下にしている造船会社も多数展開していた。


そのうちの1社である造船ドックでは、異世界向けに建造されている150m級の輸送船が外形をほぼ完成された状態にあった。


150m級は地球の造船先進国で言えば中規模程度だが、この世界からすれば超巨大船に該当するであろう。


実際、ヴィリアーズ公達は今回もその異様な光景を前に何度目かわからぬ衝撃を受けた表情を小島本部長達に見せていた。


だがそんな中で今日もウィット卿だけは、すぐに冷静さを取り戻して1人、思案を続けていた。


ヴィリアーズ公達がこの造船所職員から敷地内の大まかな説明を受けている最中、ウィット卿はその隣の造船ドックを静かに見ていた。


その造船ドックでは、設計と資材調達を終えており、各工場から製造された大きな部品を組み立てていくところであった。


最初は他の者と同様、金属で造られた船とその巨大さに圧倒された彼だが、いまはその先の視点へと移っていた。


(そうか………ああやって大きく部品を分けて作り、最後に組み立てていくのか!

 確かにそれの方が一度に全体を着手する方法よりも管理しやすく、造る手間を抑えれる。

もし我々にも金属製の船を造る技術を持つ事が出来れば各工房に分担させれば……いや、しかし………)


ウィット卿はそこまで考えた後、その分けられた部品を持ち上げるクレーンを凝視した。


部品を分けたと言ったが、それでもウィット卿達からすればあれだけで従来の木造船に匹敵する重量だろう。


(あれほどの重厚感ある鉄の部品をくれーんが簡単に持ち上げて、その下にいるニホン人達が謎の道具を使っている………駄目だ。高度な知識や最低限の技術が無くては追い付くことすら叶わない。)


ウィット卿はそこで近くにあったベンチを見つけてそこに座り込む。


「はぁ…………」


無意識に大きな溜め息が出た。今のウィット卿にそれを恥ずかしがる気力も余裕も無かった。


最初、彼が日本の街を見た時の感想は驚きが大半であったが、その次に彼の奥底から涌き出たのは嫉妬であった。


極東にある辺境の島国に過ぎない国が自国を遥かに上回る豊かさを目の当たりにして、彼は大いなる嫉妬心に駆られた。


だが今となってはそんな感情は無に等しかった。いまの彼にあるのは完全なる無力感と喪失感であった。数日前にあった貴族として成り上がる野心も鎮火していた


何をどうやっても追い付けない。歴史上の偉人と呼ばれた屈指の賢人達を蘇らせて、その総力を結集したとしても、彼等ニホン人の技術を解明させるのは数百年の時を要しても出来ないだろう。


仮に出来たとして、あの莫大な物量を裁く事の出来る生産力は無く、その土台すら整っていない現状では夢物語も良いところだ。


そこまでの考えに辿り着いたウィット卿は再び溜め息を吐くと、正面に見える造船ドックを見つめた。


「随分と熱心ですね。」

 

そこへあの小島本部長が声をかけて隣に座った。それにウィット卿はギョッと顔を強張らせる。


「こ、これはっ!」


ウィット卿はすぐに立ち上がってお辞儀をしようとするが、小島本部長が手で制した。


「あぁ、お構い無く。いまはお互い立場は忘れて休憩をしましょう。」


小島本部長の言葉にウィット卿は恐縮がちに浮かせた腰を再びベンチに密着させた。


「あちらの見学はよろしいので?向こうは今から水槽試験を行うところです。なかなか面白いですよ。」


小島本部長が指差せたその先には、大きな小屋があった。


そこは設計した船の模型を使って製造する船の出力等を試験するための試験所だ。


「い、いいえ。私は少し疲れましたので。」


それにウィット卿は疲れた笑みを浮かべる。それに小島本部長は頷くと口を開いた。


「心中、お察ししますよ。これまでの常識が覆す……それも連日そうなれば疲れるのも無理はございません。」


「はい。全くもってそうですね。泊まらせて頂いたほてるのる宿も見事なものです。

 トウキョウでもそうでしたが、どの街でも夜が明るい………これが全土に広がっているのですから、貴国はお見事ですよ。そして羨ましい…………」


ウィット卿の言葉。特に最後の言葉は心の底に隠れていた言葉であろう。小島本部長は敏感にそれを感じとり、再び口を開いた。


「この国にも問題は多く潜んでいます。それ故に今回、貴方達を招き入れたのです。我が国の助けになって頂きたくね。」


「助けですか?…………失礼ながら我らが帝国が総力を上げても貴国の1割の力を……いいえ。それすら適わないというのに。」


ウィット卿は小島本部長の言葉に軽い苛立ちを感じた。それに対して小島本部長は人差し指を立てて応える。


「あぁ、勘違い為さらずに。これは同情心から言った言葉ではありません。私の言葉に嘘も同情もありません。全て事実です。」


その返答にウィット卿は小島本部長の顔を見た。


「我が国は確かに貴国や大陸諸国等とは圧倒的な国力を持っています。しかし、その国力を維持するために必要な物……それは何かご存知ですか?」


小島本部長からの問い掛けにウィット卿は少し頭を回転させて答える。


「それは………食料や資源といった消費物かと思います。」


その回答に小島本部長は親指を立てた。その意味は分からないが表情を見る限りは正解とかの意味なのだろう。その後の言葉でそれは確定した。


「お見事です。我々は莫大な物資を作る能力を持っていますが、同時にそれを消費する能力も比例しております。」


そこまで言ったところでウィット卿も納得したようで彼の言葉に続いた。


「だからこそ、大陸にある資源を欲していると?しかし、果たしてそれに応えれる分の資源があるのでしょうか?

 我が国の採掘量や農地ではあの物量相手には………」


「我々の技術なら可能です。」


「…………帝国を支配するおつもりで?まさか我々を人質に………」


ウィット卿は身構えた。しかし小島本部長の回答は違った。


「そんなまさか。我々は貴方達と友好的な形でいたいのですよ。」


「何故です?貴国程の力があれば、いいえ。貴方の商団だけでも帝国を支配するには充分な力を持っている筈です。」


ウィット卿はいつの間にか身体を前のめりにして熱心に会話をしていることに気付く。それに対して小島本部長は構うこと無く聞かれた事に即返していった。


「貴方は我々がダークエルフと協力関係にあることはご存知ですか?」


「………それは初耳です。しかし、そんな馬鹿な話が」


「事実です。」


「何ですって!?それは正気ですか? そんな事をすれば大陸中の……それどころか世界中から信用されなるなりますよ! それは考え直すべきです!」


ウィット卿の切実な言葉だが、小島本部長は真っ直ぐに彼の顔を見て聞き返した。


「貴方はダークエルフについて、どういった認識ですか?」


ウィット卿はその質問に、上級階級の人間が持つ認識をそのまま小島本部長に言い、彼は満足そうに頷いた。


「よろしい。なら先入観を捨てて見てください。仮に彼等が我々の高度な技術を持った場合、どうなりますか?」


「それはっ!………世界は大きく混乱するでしょう。彼等の能力であれば瞬く間に強力な悪の組織になる筈です!」


「そうですね。彼等は貴方達を強く恨んでいる筈です。

 我が国はいま彼等と強固な繋がりを持っていますが、少数種族に過ぎない彼等は私達を利用して復讐の道具に………」


「それを分かっているならば何故貴方達はあの賤しきダークエルフを!」


「彼等の力が必要だからですよ。現に私達は彼等のお陰で命拾いした。こうやって貴方達と接触する手筈を整えたのは彼等なのですよ。」


「っ!?…………それは一体どういう意味で………」


ウィット卿はそこまで言って気付いた。彼等ダークエルフの情報網は大国の諜報機関のそれと匹敵すると。


「我国は現在、彼等ダークエルフの国を建国しています。名をオルフェン=ニル国とね。」


「ダークエルフの国を建国!?それもその穢れた名を………」


彼は恐れた。あのおぞましき種族が集まって国を造ろうとしていることに。


「この国は今後更に成長するでしょう。だが、それにはダークエルフだけじゃなく、大陸の資源が必要となる。しかし彼等を管理する者と資源を調達する者など、人手は常に逼迫した状態がこの国の弱点と言える。」


「……………」


「ダークエルフの情報によりますとオルデンブル侯爵は現在の皇帝との間に大きな確執があるようですね?

 我々は大陸の資源が欲しい。しかし帝国が邪魔となる。あの大陸の大半を支配している帝国が煩わしいのですよ。」


「わ、我々に何を望んでいるのです?」


「手を組みませんか?我々、我が国は帝国では無く、貴方達オルデンブル侯一族と手を取り合いたいのですよ。」


「我が一族に裏切れと?………逆賊の汚名を着れというのですか!」


「その代償として我が国は貴方達に技術を提供します。これ迄にお見せしたものは全て、貴方達に拱手する技術なんですよ?まぁ、ある程度グレードを下げた技術ですがね。」


小島本部長の言葉にウィット卿は絶句した。


あれらの超越した技術を我々に!?


「ダークエルフの国を建国するというのは聞きましたね?ならば我々は貴方達、オルデンブル侯一族の国を建国することも可能です。」


「我々の………国を!?」


ウィット卿は大きく混乱する。もはや彼が取り扱える話では無くなっていた。


(この男は最初からこの話をするために私のもとへ………)


彼はとてつもない何かに狙われた事を今更ながらに察した。それと同時に彼は別の事にも気付く。


(ダークエルフの国を建国する………そこに来て私達オルデンブル一族の国も造る事が可能だと言った………たかだか商人が……だが、彼等の力は本物だ!)


ニホン支援のもとダークエルフが建国に成功した場合、それはこの世界に凶悪な国家が生まれる事を意味する。そしてそんな国々を世界は良い存在と見なさないだろう。


(この男は我が一族をその防波堤にでもするつもりなのか?

 仮にニホン人が本当にダークエルフに頼らざるを得ない場合だったとして、ダークエルフと自分達を排除する世界に対して対等の勢力を産み出して牽制させるためのオルデンブル一族の建国だった場合………)


ウィット卿は一瞬であるが日本の恐ろしく濃い裏の世界が見えた気がした。


「流石に帝国全土とは行きませんが、元の領地と北部地方の幾らかを併合して、我々支援のとと、"近代国家"を建国しませんか?」


「キンダイコッカ………世界に対抗するための国を……貴方達は造るつもりか?」


小島本部長はそれを聞くと、静かに立ち上がった。


「余談が過ぎましたね。ただ、この提案……決してただの世間話では無いことご理解頂きたい。この内容は政府でも一握りの者だけしか知り得ないものですからね………」


小島本部長はそう言ってヴィリアーズ公達のもとへと歩いた。ウィット卿はその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


「………私にやれと言うのだな。この私にオルデンブル国家を造る建国者になれと………」


ウィット卿は決心したように呟いた。彼の野心に再び火がついた。





場所は戻ってジークザン侯爵の執務室。


ウィット卿はあれから何とか意識を取り戻してあの日、日本で目にした全てを正面にいるジークザン侯爵へと話した。


やがて全ての話を聞いたジークザン侯爵は座っていた椅子に背中を預ける。


「………それで君は父君と共にオルデンブル侯に建国を提案したのか?」


「はい。あれを無視すれば建国を終えたダークエルフに対抗できるのは日本だけとなります。あの討伐軍を粉砕した軍事力を彼等だけが独占すればどうなるか………お分かりでしょう?」


生まれながらにして強力な魔力を秘めたダークエルフ。そこへ日本の圧倒的な国力を背景に建国された国が野放しになる。そこまで考えたジークザン侯爵は身体を震わす。


「世界中の大国が挙って攻撃する………か。だが、君達は本気でダークエルフと共存するつもりか?」


ジークザン侯爵は会談の場にいた老人の姿をひたダークエルフを思い返す。


「必要であればそうしますよ。その結果としてあのニホンに近付けるのならば何だってします。私が見たいのですよ。

 人類が到達できる最高峰の世界を………」


ウィット卿は懐から紙を取り出してジークザン侯爵に見せる。


「これは?」


その紙に怪奇気味に首を傾げるジークザン侯爵。


「我がオルデンブル一族の建国案について詳細を纏めたものです。」


ウィット卿はそう言うと具体的な内容を説明した。


・オルデンブル侯爵は元の領地及び隣接するカサルト伯爵領とブリットン男爵領を併合してニグルンド帝国から独立、以後はモンデレール公国とする。


・併合したブリットン男爵領の港を利用してニホンの造船技術を元に同時期に独立をしたハンザブレックと造船業への共同出資を行う。


・モンデレール公国はニホンとの軍事同盟を組み、有事には敵対的国家との交戦を行う。


・モンデレール公国とハンザブレック間に鉄道輸送網を構築。完了を終え次第に両地点を中心に大陸鉄道輸送網計画へ移行。


ジークザン侯爵は最後の内容はよく理解出来なかったが、ウィット卿がどれだけ本気なのかは伝わった。


「ニホンは………帝国をどうするつもりなのだ?本気で滅ぼすつもりか?」


「ニホンにそのつもりは無いようです。あくまでも帝国領内の地下資源が目的であり、帝国全体は望みません。

 恐らくは今の皇帝を廃位してニホンに友好的な皇族のどなたかへ摩り替えるつもりかと。」


ウィット卿の言葉にジークザン侯爵は複雑な心境となり、同時に疑問が沸き上がった。


「そのような皇族などいたか?まさかニホンは既に皇族の方と面識を………」


これにウィット卿は即座に否定した。


「残念ながらそれはありません。彼等ニホン人の大陸に関する諜報や人脈関係の殆どがダークエルフ頼みです。

 そしてダークエルフの中には皇族という雲の上の存在との接触は………」


「皆無か。それも当然ではあるな。」


流石に優秀な能力を持つダークエルフと認識してるとは言え、各諜報機関がその国の統治者と面識を繋がらせるようや愚か者はいない。


ならば日本はどうやって皇族との伝をとるのか?その答えをウィット卿は持っていた。


「そこへ閣下のお力をニホンは望んでいるわけです。」


「なに?………まさかブレイトン皇甥殿下を次の皇帝に即位させるつもりか?」


ブレイトン皇甥殿下………現皇帝の弟の嫡男であり、いまはジークザン侯爵のいる東部地方の皇族直轄地がある領地で統治をしていた。


それ故にジークザン侯爵とは面識があり、彼自身も外の皇族と比べて親しい間柄にあった。


「はい。ですから閣下は本日、ニホンへ投降………するつもりで良いのですよね?

 投降した後すぐにブレイトン皇甥殿下の確保をお願いしたいです。

 これが最も平和的な解決方法であります。」


「私はブレイトン皇甥殿下を皇帝に祭り上げた後に晴れて東の獅子として舞い戻れる訳だな……」


現在の帝国に皇太子はいない。だが王子であるならば皇后と側室の間には大勢いた。その中でもブレイトン皇甥殿下であれば皇帝との直径でもあるため最低限の大義名分はたつ。


そうジークザン侯爵は悲しげな心情と共に呟く。


「独立するおつもりは無いので?」


ウィット卿はそう聞くが、実際のところは予想した答えであった。彼自身にはオルデンブル一族とは違って現皇帝との歪みは今回の手紙を除けば無いのだから。


言ってしまえばジークザン一族は完全にオルデンブル一族のとばっちりを受けただけなのだ。


「北部の大貴族だけでなく東部までもが完全に離反すれば帝国が失墜する。そうなれば東方の小国共や異大陸に蹂躙される。

 それだけは何としてでも避けたい。特に西方の異大陸人にはな………」


このウィルテラート大陸の西側にはラム=リュマラニア大陸という別の大陸が存在する。


その大陸にはニグルンド帝国程の大国ではないが、それに準ずる程度の大国が何ヵ国もあり、ジークザン侯爵はその大国等の進出を危惧していた。


「承知しました。ならばヨコヤマ外交官殿にはそのようにお伝えします。」


「確認だが、これが最善の手なのだな?オルデンブル一族にっても、帝国にとっても。」


ジークザン侯爵の最後の質問にウィット卿はこの日一番の冷静な答えを出す。


「これ以外に案があるのであれば、それに従うまでです。無いなら……そういう事でしょう。」


その返答にジークザン侯爵は納得するしか無かった。





この日、東の獅子と呼ばれた東部地方の大貴族ジークザン侯爵は領都ジルクアイを包囲する陸上自衛隊ニグルンド方面隊へ降伏した。


帝国全土に再び大きな衝撃が激震した。そして帝国東部ジルクアイと中央部にある帝都を繋げた東部大街道までの道が日本の前に開かれた。







2日後…………


     ニグルンド帝国 東部地方

         某男爵領地


傭兵隊長ウルブ・ジェシカが実効支配した男爵領で1騎の騎馬が草原の大地を駆ける。その騎馬が向かった先は1つの村であった。


村の周囲を囲むように茶色に実っている小麦畑の道を平原を駆ける勢いのまま騎馬の傭兵は村の中心部へと入る。


彼が入った村にはそこで生活をする村人と傭兵達がおり、馬に乗る彼はその彼等からの視線が集まるのを他所に広場で目的の人物を見つけた。


「オヤジ、大事件だ!凄いぞ!アンタの予言が当たっちまったぜ!」


ジェシカが率いるターボ隊の傭兵のようだ。彼は自身の傭兵隊長であるジェシカを見つけるとそう歓喜に満ちた声で叫んだ。


「うるせぇな。そんな馬鹿みてぇに叫ばなくても聞こえてるよ。」


自身を見つけて嬉々とした表情で馬から降りて駆け寄る部下をジェシカはその煩わしさに眉を潜めて言った。


だが彼はそんな事はどうでも良いと言わんばかりに手に持っていた1枚の荒い紙を掲げると大声を出した。


「ジークザン侯爵がニホン側に寝返ったぜ!アンタ、マジで凄ぇよ!本当にオヤジの言う通りの展開になったぜ!

 広場でこの布告を聞いてた町の連中はみんな目を見開いてたぜ!噂だと隣の助伯爵や町士達は大混乱だとよ!」


そう歓喜に溢れた部下の言葉。それに広場にいたターボ隊の仲間や村人達は一斉に驚いた表情をすると同時に歓声の声をあげた。


これには不機嫌に眉を傾けていたジェシカも口許を笑みで溢して部下が持ってきた1枚の紙を受けとる。どうやら近くの街で貼り出された布告札のようだ。


領主等の統治者からの命令や法律や戦争といった公式による告知は各街の広場等で布告官より貼り出され口頭で伝えられる。


彼は近くの街その広場で行われた告知でこの知らせを受け取ったようである。


「だから言ったろ?この俺の堪に狂いはねえってな。」


「あぁ、凄ぇぜオヤジ!最初はここの男爵領を攻撃するって聞いたときは遂にイカれちまったかと思ったが、流石はオヤジだな!

 これで東部地方はニホン側に鞍替えする貴族達で一杯になるな!」


そうなれば周辺の貴族達も男爵領を不当に占領する自分達に討伐軍を向けることもない……そう部下は安堵したように言うがジェシカはその考えに待ったをかける。


「いいや甘いな。この地方諸侯の連中共がそう簡単に裏切ることはねぇよ。」


「何でそんなことを言い切れるの?オヤジ。」


ジェシカの断言した様子に、村の近くで傭兵達と共に剣の訓練を終えたターボ隊の幹部であるヴァレンチが問う。


「オルデンブル侯爵が北部の帝国派貴族を壊滅させて今度は東部のジークザン侯爵よ?

 東部の貴族達はみんな怖れてニホン側に寝返ると思うのだけれど。

 だからオヤジはここの男爵領を攻撃したのでしょ?じゃなくちゃ私達終わりよ。」


領地紛争でもなく傭兵が貴族を攻撃したのだ。平時であれば中央貴族や皇宮の耳に入るほどの大事件となる。


ターボ隊の傭兵達は当然ながら元貴族であるジェシカと言えども即極刑は免れないだろう。だが、この内乱状態となればニホン側が勝てば功労者へと一転する。


そんな算段でジェシカはこの男爵領を占領して更なる戦力拡大を目指しているとヴァレンチは考えていたのだ。


しかしそんなヴァレンチの予想にジェシカは首を横に振った。


「確かに北部貴族には皇帝に不満を持つ連中は多い……元々別の国や属領だった地方だから独立思考の強いのもあるが、東部は違う。この辺りは皇室直轄地も多いから皇室との繋がりがある。その義理を果たそうと考える。

 ジークザン侯爵がニホン側に寝返っても帝国派を維持する連中が大半だろうよ。」


「ならヤバくない?ここに貴族軍が大挙してくるんじゃあ………」


チラリとヴァレンチは広場にいる村人達を見る。広場に集まっている彼等の中にはその手に持つのは桑や犂等の農具ではなく、ターボ隊の傭兵達から貸し与えられた武器を手にしていた。


彼等はジェシカ達の手によって訓練の手解きを受けていたのである。そしてこの光景は男爵領地内にある他4ヵ所の農村と領都である町でも行われていた。


元々この男爵は他の貴族達よりも重い税を課しており、また現在の皇帝が各領主からの受けとる税制度を定めた結果として重い税に上乗せされた。


更にはヘルムツィ教からの十分の一税といった教会税も重なり、かなり苦しい生活を強いられていた。


ジェシカはそこを突いたお陰で農村からの支持を得てほぼ無傷に近い状態で男爵領地を奪ったのだ。


男爵領を丸ごと手にしたジェシカは各農村や領都で手隙の人々に募集をかけて戦闘訓練を行わせていた。彼等が加われば今のターボ隊の構成員は倍以上になるだろう。


つまるところ戦力増強であるのだが、ヴァレンチは所詮は付け焼刃に過ぎないと考えている。


確かに頭数は増えるが、農作業しか経験のない彼等では実戦での重く苦しい空気には耐えられ無いだろうし、仮に年単位で訓練を受けた職業戦闘職である騎士からの攻撃を受ければ一瞬で士気は崩壊するであろう。


村人の持つ武器も自分達の予備武器や古くなって誰も使わなくった切れ味の悪い物ばかりであり、それも大半の村人は熊手や大鎌といった鋭い切っ先のある農具で武装している。


これでら各貴族の私兵相手でも満足に戦えるのは難しいとヴァレンチは考える。そしてそれは当然ながらジェシカも分かっている筈だ。


ジークザン侯爵の判断に吊られなかった貴族達がここに押し寄せればターボ隊は一瞬で終わるだろう。果たしてジェシカはどうするつもりなのだろうか。


「なぁに気にするな。貴族の大半はジークザン侯爵の反乱に狼狽えてそれどころじゃないさ。まさか奴等もあの東の獅子が真っ先に裏切るだなんて全くの想定外だ。

 当然、その混乱は相当なものになる。俺達はその隙を突くわけよ。」


「隙を突く?………どこに向けるのよ?仮にここで籠城するとしてもこの領地にはマトモな城すらないのに。」


「籠城はしねぇ。俺達は今からここ東部地方の皇室直轄地……そこにいる皇族共の逃げ道を塞ぐのさ。より正確に言えばブレイトン皇甥っつ皇位継承者を狙う。」


「はぁ!?皇族を狙うって………オヤジ正気なの?」


皇族を狙うのと低位貴族の領地を奪うでは当然ながらその罪の重さは異なる。まず傭兵という職種の人間が考えるべきものではない。


「さっきも言ったろ?別に直接皇族を襲うって訳じゃない。皇族の逃亡を妨害するのさ。

 それがジークザン侯爵にひいてはニホンに取り入る最短距離だ。」


「どういうことだい?俺の頭が悪いのか、アンタの考えが全く分からねぇや。」


騎馬の傭兵は頭を掻きながら詳細を求める。ヴァレンチや他の周囲で聞き耳を立てていた幹部傭兵も同じ反応をする。


「オヤジらしい考えだな。傭兵としての身軽さと対応力をニホンに示すわけだ。」


しかしながら唯一、ヴァレンチと同じくターボ隊の幹部のロハーチは理解したようで変わりに説明をした。


「流石ロハーチだ。伊達に俺の手下共の中で一番の古株だな。」


金髪の短く整った顎髭が特徴の傭兵戦士ロハーチ。彼は女剣士ヴァレンチや騎兵でいまはフロマド親方の工房移設のために不在のチャベク等と並ぶ実力者であった。


彼の得意とする戦槌やモーニングスターといった戦士の中でも重量武器を扱って騎士や兵士達と戦うその姿からターボ隊で最も頑丈な男と呼ばれている。


そんなロハーチはいまだ理解していないヴァレンチ等の前に出て口をひらく。


「ジークザン侯爵は帝国反乱の大義名分のために皇族の中から次の皇位継承者を推薦するだろう。その際にブレイトン皇甥という皇族が最も近場の領地にいる且つ資格もある人物だ。

 だがもしも侯爵が皇族を狙わずに他の帝国派貴族の掃討に出た場合、俺達が皇族を捕縛しようとしていたら周辺の帝国派の貴族達は真っ先に俺達の排除に動く羽目になる。

 だから俺達は皇族の逃げ道を塞いでまず侯爵の動向を見守る。

 侯爵の狙いがハッキリすれば俺達は侯爵と連携して皇族の確保に成功すればその功績はかなりのものだろう。」


長々しい説明となったロハーチの説明だが、一同は全て理解とはいかずとも少しの納得はしたようで所々で頷くのが見える。だが大半の者はまだそこまでの理解はしていないようだ。


「そういう所だろ?オヤジ。」


「概ね正解だ。まぁ要するに、だ……皇族の逃亡先を侯爵方面だけに絞らせる。侯爵の狙いが予想通りならば、逃げる皇族の後ろを追い立てるのもよし。

 違うなら近場の弱小貴族共の領地をこれと同じように攻撃に変更するのもよしってところよ。」


大まかに纏めたジェシカは腕を組んで聞いていた部下達の顔を見渡す。


「うーん、そう上手くいくのかしら?それでオヤジの狙いが当たったとしてもニホンに取り入る事なんて出来るの?

 ちょっと地味な気もするし、あの侯爵が単独での功績だと言えば………」


「それも問題ない。ニホンにはダークエルフがいる。」


ヴァレンチの言葉にジェシカは再び断言した様子を見せる。だが一同はダークエルフの単語を聞いて一斉に嫌悪感を示すがジェシカはそれを見て顔を皆に寄せる。


「ダークエルフの情報網はお前達が思っている以上の完成度だ。

 奴等ならまず間違いなく俺達の働きを見つけて主であるニホン、その上層部に報告する筈だ。そこまで行けば俺の勝ちよ。」


(そうだ。奴等ニホン人がこの大陸での情報元を最も信頼しているのは間違いなくダークエルフから集められたものだろう。

 だからこそ、ダークエルフ共の目に止まらねぇと意味がねぇ。

 ニホンに取り入るにはまず先にダークエルフ共から認知されるのが大前提だ。)


ジェシカの考えはこの時点で核心に近付きつつあった。


「なんだってオヤジはそこまでニホンに取り入る事に熱中なんだい? 金払いに期待できるのか?」


他の幹部傭兵から飛んだ質問にジェシカは人差し指を立てて言う。


「勿論俺が欲しいのは金だが、一番欲しいのは奴等の技術だ。そして俺の夢を叶えるためにはニホン、奴等の勢力に入るのが手っ取り早い。」


ジェシカの夢。それを聞いた幹部傭兵達は一様に黙る。自分達の上官の夢を彼等は知っているからだ。


「最強の軍隊を造り上げるね…………まぁオヤジがそう言うなら乗るわ。その話にね。」


「今までこういったオヤジの賭けで負けたことは無いからな。俺達は従うまでだ。」


幹部傭兵達の反応に他の傭兵達も納得する姿勢を見せた。それを満足そうに笑い頷いたジェシカは拳を掲げる。


「なら準備を整えろ。ここからは時間との勝負だからな。」


ジェシカの号令に男爵領内にいたターボ隊の傭兵団は創設以来最大規模となる軍隊を率いてブレイトン皇甥殿下のいる領地へと進軍を開始した。


それとほぼ同じタイミングでジークザン侯爵は領都ジルクアイ開城の協議を終えて陸上自衛隊のニグルンド方面隊は帝国進行の本格的な再開をした。


それと北部でもハンザブレック方面で大きな動きがあった。








      ニグルンド帝国北部地方

     自治商業都市ハンザブレック


ウィルテラート大陸随一の商業都市ハンザブレックでは幾日前より帝国派の貴族連合軍からの包囲から解かれていた。


数千前後の徴集された兵士と少数の貴族の私兵によって包囲していた貴族軍は後方より襲来してきた北部の大貴族オルデンブル侯爵が直接指揮をとる侯爵軍によって撃退された。


オルデンブル侯爵が率いる軍隊は他の貴族が集めた徴集兵とは違い、侯爵配下の騎士から訓練を受けた職業兵士達の割合が多いため彼等の撃退は容易に完了した。


そしてこの軍を率いていたオルデンブル侯爵はその足でハンザブレックへと入都を果たして議員商長等を交えての日本との会談を行っていた。


そして今日も対帝国戦での協議を終えたオルデンブル侯爵はハンザブレックの行政所である評議場から出るとそこから港湾方面へと視線を向けて感嘆の言葉を吐く。


「何度見てもあれらの船はなんと大きいことか…………」


オルデンブル侯がそう言葉を漏らした視線の先には港湾区域から少し離れた海域で停泊をする数十隻は越える巨大船の大群がいた。


巨大船群の外周には大砲らしき物を載せた船が囲み、内側には恐らく運搬船の類いであろう、その船からは今も小舟が大魚からお零れを貰おうとする小魚のように列を成して行き来しており、小舟達の最後の行き先は港である。


数日間にも及ぶ会談の最中でニホン人から聞いた話ではこのハンザブレックと自領との間に繋げるテツドウモウなる輸送用道路を造るための物資を運んでいるようだ。


だがオルデンブル侯爵はあれらの船の巨大さ、そしてあの巨大船を多く保有する日本に驚き、自身の甥と弟からの報告とそれに連なる進言は決して過ちでは無かったと安堵の息と日本の凄まじさに言葉を漏らしていた。


誰に対しての呟きではなかったが、側に控えていた家臣が近寄り話した。


「閣下。あれらの船は少なくとも全長100ミリル以上だとか。また、その貨物量も帝国の大型帆船が1リアール揃えたとしても、まだあの中に余裕がある程の容量を持つようです。

…………私も信じられませんでしたか、こうして直の目で見ますと何とも…………」


家臣はそう言うと自身の主であるオルデンブル侯爵と同様、そこから見える日本の貨物船の姿に感嘆の息を吐いた。


ウィルテラート大陸で有数の大商人達が船団を組む際の最大単位である1リアール。その数は15隻とされており、それだけの規模の船団であれば莫大な量の荷物を運搬する事が可能だが、ニホンの船はそれを1隻で補える。


それを聞いたオルデンブル侯爵は今一度眼下に見える巨大な船の全体を観察した。


「あれ程の巨体をどうやって動かしているというのか…………」


帆船の特徴である帆のような物は見えず、風を利用していないのは分かる。だがあのような巨大な船を動かすための動力が全く見当たらなかった。下手をすれば動力を必要とせず、全くの新しい方法であの船を動かしているかも知れない。


更にはどの船も100ミリルを越える巨体なのに、自分達の知るどの高速船よりも速い航行速度を維持できる。


これだけでもニホンはどの国よりも絶対的な優位性を持っている事が証明された。


「世界が大きく変わるぞ。」


オルデンブル侯爵は言う。ニホンの登場によってこれまでの世界の在り方が大きく、それも致命的な段階にまで変わる事を理解したのだ。


ニホンの影響力は1つの大陸に留まらないであろう。この少なくともウィルテラート大陸においてニホンの登場によって影響を受けない国は皆無だ。


ウィルテラート大陸の覇権国であったニグルンド帝国が一方的に打ちのめされつつある昨今、ニホンは必ず周辺大陸の国々にもその圧倒的な力を振るう事は確定事項となった。


既に帝都ニグルンドにある周辺大陸……特に隣接している大陸 ラム=リュマラニア大陸の大国等の大使達はニホンの動きを察知している筈だ。


帝国が情報統制をしようとも彼等は彼等の独自の手段で精確な情報を収集しているのは間違いない。


だが恐らくは、彼等がニホンの存在を完全に把握した時、このニグルンド帝国はニホンの前に膝を屈しているであろう。


オルデンブル侯爵はそこが次の勝負所であると判断した。


ニホンの次なる目標がウィルテラート大陸から逸れた時こそがニホンの勢力圏に与した者達による熾烈な立場争いが発生すると想定したのだ。


少しでもニホンに近く。そしてニホンの力を我が物に!


そう考える者達がこぞって動き出すであろう。オルデンブル侯爵もそれに遅れる訳にはいかない。


現在判明しているニホン勢力では最上位がニホンなのは当然としてそのすぐ下には、あのダークエルフが建国したオルフェン=ニル国がそこに着いているのだ。更にその下には元大陸同盟国の中核国が連なっており、そこから更に小国等が入っている。


その差は極めて大きく離れているであろう。特にオルフェン=ニル国と元大陸同盟の中核国の間には決して埋まらない差がある。だがニホンとオルフェン=ニル国との間にはそれよりも遥かに大きな差が存在するとオルデンブル侯爵はこれまでの会談で践んでいた。


だが彼等との間には、ほぼ対等とも言える関係を築いていると言っても過言ではないだろう。何せニホンの重要な役職の一部をダークエルフが担っていると言うのだ。


「これ以上、奴等に遅れを取ってなるものか。」


これまで最も序列の低かった筈のダークエルフがオルデンブル侯爵がこれから入るニホン陣営では最も高い序列にまで成り上がった事実は手を組む選択肢を選んだオルデンブル侯爵と言えども簡単には納得のいく話では無かった。


「閣下?………」


「ニホンとの関係を迅速に築き、ニホンの技術を吸収するのだ。彼等の技術を受け継いだ我が国の民が将来の偉人達となるであろう。ゆくゆくはダークエルフ共よりも我々がニホンの最重要同盟国となるのだ。」


オルデンブル侯爵は決意に満ちた表情で言う。ニホン陣営に加わり、その陣営での地位を確固たるものにすればその国の繁栄は約束されたも同然だからだ。


新たなる決意を静かに決したオルデンブル侯爵。その彼の視界にある人物が入った。


その人物を見つけたオルデンブル侯爵は瞬時に名前を思い出す。


評議所敷地にある庭園で従者らしき男を後ろに連れて歩く1人の淑女。庭園内に咲く花々の香りと共に静かに吹いた風に金髪が靡くその姿は世の男達を瞬く間に虜にするであろう麗しき女性をオルデンブル侯爵は知っていた。


先の評議所で何度も目にし、商人としての評判も確かな手腕を持った才女というまさに天が与えた女商人 リビアン・シェイル=エラウノーラ議員商長だ。


オルデンブル侯爵と同じくニホンの傘下に真っ先に入ったと噂される彼女であるが、彼の目には強力な存在の後ろ楯を得た者特有の安堵と自信といったものを感じ取れ無かった。


寧ろあの女商人からは、それらとは真逆である不安や疑心感が彼女の心情を支配しているようにオルデンブル侯爵の目に映っていた。


そしてリビアン商長は時折、そこから見えるニホンの巨大船を見ては溜め息を吐くようなふるまいを見せていた。


その光景にオルデンブル侯爵は疑問気に首を傾げ、彼女の違和感を抱かざるをえない行動に好奇心が刺激されたのか歩み寄る。





今日の協議を終えたエラウノーラ商会 商長のリビアンは漸く訪れた休息の合間を使って彼女のもう1つの職場である評議所にある庭園をアディスを連れて歩きつつその庭園から街を見下ろす。


都市ハンザブレックの中心区域に建てられた評議所は彼女の住まう一等地と同様、街中を見下ろせる位置にあり、そこから街の活気を確認することが出来た。


彼女が見下ろす先々では何処も普段の日常と変わらぬ盛況さを取り戻していた。それは戦時中のそれも一時は包囲されていた際の静けさを知る彼女には大きな違和感を感じずには居られなかった。


そんな街中でも特にひときわ活気で賑わいを見せる場所があった。港湾部とそれに隣接する区域だ。


そこでは昼夜を問わず多くの人々でごった返し途切れることの無い騒音を出し続けていた。彼等の目的は言わずもがな、そこで見えるニホンの巨大な船を見るためである。


街の衛兵が規制をかけて無関係である市民達が港湾区域内に入ることは無かったが、彼等の熱気と飽くなき探求心が尽きることも無かった。


そこへニホンの巨大船から続々と排出されていく莫大な物資と兵士達へと彼等の関心は向けられ、その次に自身へも向けられているのが現状である。


行政区域や大商館から1歩出れば忽ち周囲をハンザブレックの民達で囲まれ、永遠に続くと思われた質問を投げ掛けられるのが彼女の日常と化していた。


曰く、貴方はいつからニホンと手を組んでいたのか?ハンザブレックの支配者となるのは本当なのか?ニホンの権力者との縁談が進んでいるのか?…………あらゆる箇所から根拠のない噂の真相を掴もうと本人であるリビアン商長へと押し掛けてくるのだ。


その疲労や精神的な圧力は凄まじく、一般人の立ち入りを厳しく制限された行政区域においてもそれが完全に収まる事は無かった。


議員商長を筆頭にして都市の有力者達が挙って彼女と会うや否やニホンの有力者を紹介して欲しいと謂う要請や取引をしてくるのだ。


彼等からすれば彼女はハンザブレック側の人間では唯一、帝国を圧倒しつつあるニホン政府との交流を持つ人物であり、彼女との取引は垂涎ものであると判断するのは当然であろう。


だが、彼女からすればニホンの有力な商人と取引をしただけであり、それ経由でニホン政府からのほぼ一方的な宣告を受けたに過ぎず、リビアン商長が何かしらの工作をしてニホンの軍事行動に影響を与えた訳ではないのだ。


そんな事情を背景に持つリビアン商長を知る由もない彼等の対応にも彼女は心底疲れ果てていた。


そこで建物内にいても息が詰まると判断してあまり人気のないこの庭園へと足を運んで気分を変えようとしたが、港湾方面のニホンの船が視界に映ってしまい、彼女は憂鬱な思いで溜め息吐いた。


「随分と深い溜め息をする。未だ不安を抱いているのかね?ニホンと帝国との行く末に。」


そのタイミングで自身へ背後から声をかけられた。そしてその声の主を知っている彼女は慌てて姿勢を正し、男性へと向きを変えてお辞儀をした。


「オルデンブル侯爵閣下!たいへんお見苦しい姿をお見せしました。」


リビアン商長は北部地方の筆頭貴族家 オルデンブル一族の当主と相対する。従者として付き従っていたアディスも静かに頭を下げて両者の会話範囲から離れた。


大貴族であるオルデンブル侯爵が共も連れずにリビアン商長と言葉を交わしたのだ。ここで明らかに格下である彼女の連れが下がらずにいては大問題となる。


オルデンブル侯爵はそんな2人の動きを見て、彼女達の評価を上げた。


一瞬の慌てた様子を見せるも直ぐ様、その動揺を抑えて上流階級者特有の優雅な動きを添える動きは間違いなく礼節を知る者と評価するに充分であろう。


「エラウノーラ議員商長……その若さでハンザブレック有数の商団を運営するのはさぞ苦労が多い事であろう。」


「畏れ多きお言葉であります。オルデンブル侯爵閣下。」


彼女を評価するオルデンブル侯爵に対してリビアン商長は慎重に言葉を選んで相手方の動向を伺う。


リビアン商長は間違いなく帝国内でも上位に入る有力者であろう。しかし目の前に立つ男と比べた場合、大きな差があることを痛感する事となる。


ニグルンド帝国の侯爵家。それもその当主ともなれば、十数万規模の領民を管理し、そこから得た莫大な税で数千単位の私兵を持つ真の権力者だ。


たかだか数百から千程度の商人達を束ねるに過ぎない彼女とでは余りにも格の違う存在と言える。


そんな遥か高みの位置に立つ人物との対話は、彼女の消耗していた精神力を更に損耗させる事態に陥るが、リビアン商長はそれに気付かれまいと平静を装い、オルデンブル侯爵もそれに何かしらの反応を示すことなく会話は続いた。


「君とは評議所で何度も顔合わせをしたが、こうして話すのは初めてであるな。」


「はい。一商人に過ぎない身である私がオルデンブル侯爵閣下とこのような機会を頂けたこと、我が一族永代に渡って感栄の念を感じずにはいられません。」 


「ふむ……ここは何だ。私と君しか居ない場所だ。そういった儀礼は省いても構わぬ。

 我々はもはや同じ陣営で背を共にする同胞なのだ。礼儀に欠けるといった事で罰することは無いと確約しよう。

 その方がお互いにとっても良かろう?」


オルデンブル侯爵の提案にリビアン商長は一瞬、考え込むが決定権を持つ人物がそう謂うのだ。彼女に拒否権は無く、また彼女にとってもその提案は悪くない。


そんな彼女の考えを表情で察したオルデンブル侯爵は頷いて言葉を続ける。


「その顔、同意とみて良さそうであるな。先ほどまでの君の様子を見ていたが、ニホンと手を組んだことに後悔しているか?」


「そ、そのような事はありません。ただ、現状の目まぐるしい変わりように困惑していただけであります………」


顔を僅かに傾けてお辞儀の型を崩すことなく淡々と言うリビアン商長。それにオルデンブル侯爵は発言した内容以外にも何かしらの理由があると察するが、それ以上に踏み込むことはせず、話題をそらすことを決めた。


「いつ見てもあそこに見える港の風景は驚きに満ちておるな。」


オルデンブル侯爵は視線を港に向ける。それに釣られてリビアン商長も再び先の溜め息の元凶である港へ向けた。


港にはあの巨大船から搬出された大量の物資を乗せた輸送車が次々と港の区画から出ていく光景が広がっている。


「テツドウなる物が完成すればこの街と我が領都との間で高度な物流網が出来ると聞く。

 そうなれば帝国からの庇護から離れた後も我々は更なる発展を遂げるだろう。いつか我々もあれらの船を手にする日がくるかも知れぬな………」


オルデンブル侯爵が呟くその視線の先には、日本から来た大勢の技術者達が港区画から街の外へと通じる新たな線路の敷設と仮設の貨物列車駅を建設していた。


「閣下は………真に独立なさるおつもりですか?」


リビアン商長からの初めての質問。彼女の瞳はいつの間にか真っ直ぐとオルデンブル侯爵にむけられ、その薄翠色の瞳は彼の顔を淀み無く写していた。


「左様。我がオルデンブル一族はニグルンド帝国より独立してモンデレール公国としてニホンの経済連盟へ加盟する。」


モンデレールという単語を耳にした彼女はその名がオルデンブル一族が支配している地方の旧称だと記憶しており、同時にこの男がどれだけ本気で帝国との離反を決心しているかを悟った。


北部地方の大貴族オルデンブル家はニグルンド帝国との交流を絶ち、新たな大国となるニホンと手を結ぶ。この事実は大陸中を揺るがすであろう。


「閣下。東方よりお知らせしたき事が………」


彼女が歴史が大きく動くと再認識したその時、オルデンブル侯爵が連れていた従者の1人が駆け寄り彼の耳元へ呟くように報告をした。


その従者から報告を受けたオルデンブル侯爵は瞳の中の眼光を僅かに広げると満足したように静かに頷くこと数瞬、彼の反応に怪奇な表情を露にしたリビアン商長へ告げる。


「ニホンとの盟約を交わした我々にとって吉報が舞い降りたぞ。

 ジークザン侯が我等との共闘を宣言した。これによってニホンは帝国の中心部である帝都への道が開かれた。」


「ジークザン侯爵が…………!」


帝国の駒がまた1つ減った。そうオルデンブル侯爵は上機嫌さを隠さぬ様子で言葉を終える。そしてその告げられた内容を前にリビアン商長は更なる驚きと目眩を覚えることとなった。


「帝国の終焉の報が届くのも時間の問題であろう。ニホンの手足は帝都の者達が……いや、我々が考えているものよりも早く、長いのであるからな。」


オルデンブル侯爵はそう言葉を区切ると空へと顔を上げた。雲1つ無い晴天の空が彼の視界を覆うが、それはこれより訪れる嵐の前の静けさのようであった。






時を少しばかり加速させて、視点は最初へと戻るーーーー


     ニグルンド帝国 東部地方

   ジークザン侯爵領 領都ジルクアイ


東部地方の最大都市と帝都、そこを1本の線で繋いだ東部大街道という大陸でも先進的な街道を陸上自衛隊ニグルンド方面隊に所属する戦闘団が行軍をする。


行軍する方面隊の先鋒は機動力重視の編成をした第2戦闘団であり、その戦力は完全機械化部隊であり、その充足率も全戦闘団でも断トツの割合を占めていた。


頑丈な装甲と機動力を持つ高機動車の列が石畳の上を走り、索敵能力に長所を持つ軍用オートバイに乗った隊員が周囲に視線を絶えず向け、圧倒的な力を見せる16式機動戦車が砲塔を掲げて地平線まで続く東部大街道を進む。


ニグルンド方面隊は第2戦闘団を主軸にした6個戦闘団を帝国中央部へと向かわせて、他の戦闘団は周辺領土の平定及び自国側へと寝返る勢力と合流する流れとなる。


地上に築かれた大街道を埋め尽くす異質な軍勢の行軍に、この地に住まう人々は唖然と立ち尽くし、次に彼等が空に視点を移せばこれまた異質な羽音を奏でながら自由に空を飛び回るヘリコプターの群を目の当たりして呆けたように彼等の動きを静止させた。


その光景を領都ジルクアイで最も見晴らしの良い立地に建てられた領城のバルコニーに佇むジークザン侯爵が静かに見ていた。


いや、静かに見ている他に出来ることは無かったのだ。余りにも異様過ぎた光景を前にして、普段通りの行動を取れる者は限られているであろう。


冷や汗を流して寄り掛かっていたバルコニーの手すりを強く握り締めるジークザン侯爵の背中にウィット卿が声をかけた。


「ニホンの戦闘団はこのまま、帝都へと向かうそうですね。皇帝配下の騎士団が彼等を止めることは難しいでしょう。」


「ウィット卿。君の言っていた事、この目で見て漸く理解したぞ。

 あれは確かに我等の常識で計るべき相手では無かった。」


視線を遥か先で陣形を崩さずに空を飛行するヘリコプター部隊から外して背後に立つウィット卿へと向けた。


東部地方の大貴族から意識を向けられた青年貴族は自信に満ち溢れた表情で言う。


「ニホンが誇る最高の軍隊。どうやら既に先遣隊の一部は中央部の領地に入り、そこに防衛線を築いていた中央軍を撃破したようです。」


この時、ニグルンド方面隊は最先頭に位置する第2戦闘団から更に先発した偵察部隊が東部大街道上に構築していた皇宮貴族による領兵との交戦に入っていた。


………いや、交戦と表現するには些か語弊があるであろう。何故ならば東部大街道から中央部との境界線にある砦での光景は一方的な展開になっているのだから。





ニグルンド帝国領内の東部地方と帝都のある中央部との境界線を区切るのは、なだらかな平原に領地を構える皇宮貴族が持つ1つの町であった。


地理的な特性上、東部地方と中央部間の物流が集中しやすく、人の往来がここの貴族が所有する領内のどの町よりも多かった。


そんな町は東部大街道に繋がっており、そこから出兵令を受けた皇宮貴族は周辺の皇宮貴族家と組んで防衛陣地を造らせていた。




        ニグルンド帝国 

皇宮貴族領と東部地方との境界線防衛陣地


皇宮貴族によって砦の置かれた場所は見通しの良い平地にあり、その大街道を伝って進軍しようとする敵を食い止める為に3000程度の領兵が対峙していた。


帝国中央部でも東部地方へと隣接する皇宮貴族等によって結成された即席の中央軍。


即席とは言えども少数ながらに帝国騎士団を含め、そこに簡易な防衛陣地も併合すれば大陸東方にある大陸同盟国程度なら充分であろう。


だが、いま彼等の正面で土煙を上げながら突進してくる敵を目の当たりにした誰もが圧倒されていた。


聞き慣れぬ轟音を傍らに騎馬隊の突撃時とは比べ物にならない量の土煙を撒き散らし、一切の躊躇を見せぬ速度で丸太を立てて並べた急拵えの壁へと突貫する。


思わず防衛陣地の中で待ち構える領兵の1人が無意識に後退った。それに釣られて周りの同僚達も一歩、また一歩と後退っていく。


陣地の先頭に並ぶ領兵達の緊張が最高潮に達した瞬間、接敵を果たした第2戦闘団所属 第4偵察大隊に編成された16式機動戦闘車から砲撃を開始。


砲撃と共に後方を走行していた装甲車、車体上部に機関銃を搭載した高機動車も一斉に陣地に籠る中央軍へと攻撃した。


大街道が走る1本の線を遮断するようにして数バレク相当の丸太の壁で作られた防衛陣地。そこの複数箇所から木製の残骸が大きく弾け飛び、あっという間に防衛線に穴が出来上がった。





「対峙する敵はたかだか数百程度であろう!?なぜこうも容易く陣地を抜かれるのだ!」


防衛陣地の前線から続々と損害報告と救援要請を知らせる伝令が指揮所に詰める領兵達の指揮を取るアヴァラント公の代理という肩書きを持った男性は忌々しげに目の前の机に拳を振り下ろした。


「損傷した陣地箇所の修復急げ!野蛮人共を1人とも中央部へと入らせるな!」


複数の皇宮貴族の領地から結集された混成中央軍。しかしそれは要は寄せ集めの軍隊に過ぎず、更には充分な軍議も出来ていないため、非常時の対応策や連携も殆ど確認されずに傘下の兵士達が急速に失われていく状況は指揮をするアヴァラント公代理の取れる策を奪っていった。


「代理閣下!ヘンヴィー助伯の領兵が無断で撤退をしております!」


そこへアヴァラント公代理を更に追い詰める報告が伝令から寄せられ、それを聞いた彼は再び机に拳を振り下ろしてその隠しきれない怒りを露にする。


既に各陣地では自衛隊側の猛攻を前に壊滅した部隊や士気が崩壊して持ち場を離れる兵士が続出していた。


「………あの痴れ者共めが!ここを突破されればどれだけの混乱を内地に及ぼすか理解しておるのか!?」


帝都のある中央部は経済と産業が地方よりも発展した帝国の心臓部だ。そこに敵軍が侵入された際に発生する混乱は想像するだけでも血の気が引くであろう。


何よりも大陸の覇権を握る帝国の中央部に敵から侵入されたという事実は皇室の威光を失墜させる事となる。それは皇室に忠誠を捧げる皇宮貴族にとってこれ以上無い程の大罪だ。


この中央軍の臨時指揮官である代理を勤める男性の主、アヴァラント公は皇宮貴族と財務院の長官を兼任しており、その代理である彼の失態の追求はそのまま主へと向けられる。


その後の展開にまで思考を走らせた代理は恐ろしさに身を震わせた。何がなんでも正規軍である騎士団の到着まで持ちこたえさせねば己と主は戦後窮地に立たされる。


「我が領配下の騎士隊を要所に配置し直せ!

 逃亡兵は如何なる者の領兵であろうとも斬り伏せ!皇帝陛下の名の元に皇室の権威を護るのだ!」


代理の命令に指揮所に詰めていた彼配下の私兵としての役割を担う騎士隊が前線にある陣地へと走る。




領兵よりも質の良い装備と訓練を受けた騎士隊は轟音がけたたましく響く爆発音と人々の怒号、悲鳴が一瞬の間も途切れない戦場へと向かう彼等は目の前で広がる惨状に足を止める。


「こ、これは…………!」


剣の柄を握っていた騎士隊の隊長は開口一番に驚愕の声を漏らして立ち止まった。


高さ4ミリル程度の木壁はとっくに大きな穴で破られ1つの防衛陣地には100を超す各領兵達が守っていたが、彼等は戦意を喪失させて敵であるニホンの見慣れない乗り物から遠距離攻撃で一方的に蹂躙されていた。


『前方街道付近に新たな敵影1個小隊を確認。3号車による攻撃を開始。』

『了解。3号車は射撃を開始せよ。1号車と2号車は周囲の確保を優先とする。』


偵察部隊に所属する高機動車の1台が立ち竦んでいた騎士隊を発見。すぐさま車体の機関銃で撃滅を開始した。



ーーーーーーーー


騎士隊と偵察部隊が交戦してからものの十数分後が経過すると中央軍が設置した防衛陣地の多くが自衛隊側によって制圧されていた。


「各分隊の確認を終えたらすぐに次目標へ向かうぞ!特索班は予定通りこのまま進め。」


この偵察部隊の指揮官が命懸けの戦闘を終え、先ほどまで張り詰めていた緊張感が僅かに弛んだ隊員達を一喝するように命令を出す。


一瞬とは言え戦地という認識が薄れた隊員達は再び意識を切り替え、持っていた小銃を握り締めて足を動かした。


そんな彼等から離れるように動く1つの隊がいた。指揮官から最後に特索班と呼ばれていた者達である。


特索班を見た者は他の偵察部隊と比べた時、最初に感じるのは違和感であろう。


他の部隊と同じように自衛隊が装備する戦闘服を着用し、その手にも自動小銃を肩に下げているが、彼等の全身にくまなく視線を向ければ所々に改造が施されているのが分かる。


彼等の戦闘服には銃弾を防ぐための各種アーマーが内部に装着されているが、その上から更に追加で金属製のアーマーを付け、銃弾による攻撃だけでは無く、切り付けに高い耐性に振り分けた防刃装備となっていた。


更に彼等の腰や背中には近接戦闘に長けた剣やナイフ等も各々が装備しており、更に観察力のある者が、かつ知識のある者が見ればそれらの追加装備には一定量の魔力が籠められた魔法道具であることも見抜いたであろう。


この時点で特索班に所属する者達は地球の者では無いことが確定した。旧世界の人間は魔力は全く存在しないゆえ、その魔法を利用する事が出来ないと判明しているからだ。


つまり特索班に所属する彼等はダークエルフ。陸上自衛隊に配属された戦闘員であり、彼等の任務は敵陣に潜り、撹乱工作で自衛隊の支援をしていた。


「ユムル2等陸曹。いつでも出発できます。」


そんなダークエルフ部隊の班長を勤めるユムル2等陸曹は同胞である部下からの報告を受け、頷くとその方へと振り返った。


「第1特索班。行くぞ。」


15名の自衛隊装備をしたダークエルフは一斉にその姿を消し去った。


その十数分後、第2戦闘団の主力部隊が到着。そのままの勢いを乗せて防衛線を引いた中央軍へと押し迫った。




ブオオオォオ…………!!


丸太を並べて造られた木壁を隔てた先から鳴り止まぬ大地を叩くような轟音の波が木壁の背後で待ち構えていた兵士達の足を震わす。


いま壁の向こうには第1、第2の防衛陣地を蹂躙した異界の軍勢とも呼べる敵が遂にはこの防衛本部である指揮所へと襲来したのだ。


数刻もしない間に各所からの連絡は途絶え、前線から聞こえるのは味方の悲鳴と何からの破裂音だけが彼等の耳元へと一方的に入ってくるばかりだ。


帝国中央部を守護する帝国騎士団の到着まで耐える予定であった中央軍はその戦力を破竹の勢いで磨り潰していき最早、軍としての役割を果たせる状態では無かった。


やがてこの指揮所を囲う木壁も戦闘車輌による遠方からの砲撃によって吹き飛び、その付近にいた多数の兵士達を巻き込んだ。


「あ、あぁ…………」


倒れ付した仲間の死体を見た1人の兵士が武器を捨て後方へ後ずさり、それを見た別の兵士も1歩下がった。やがてその行動はこの場にいた全ての兵士達に広がっていった。


乏しい戦意を奮い立たせていた周囲の兵士達は、壁が破壊されたことで露となった自衛隊の戦闘部隊を前に、残されていた戦意が崩れたのだ。





指揮所の最奥にある天幕へと騎士が切迫した表情で中央軍指揮官であるアヴァラント公代理へと言う。


「代理閣下!敵がすぐそこまで迫っております!」


中央軍幹部と戦略を1から練り合わせていたアヴァラント公代理は怒り心頭の様子で机の上に置かれた地図と兵棋を腕で乱暴に床へぶちまける。


「愚か者!私は貴様等に何を命令したのか分かってるのか!?

 どんな手を使ってでも押し返せ!ここを突破されれば帝国中央部の守りは………っ!!」


怒号に等しい命令を報告に来た騎士へと投げるがその刹那、天幕越しから空気を切り裂く音と共に何が飛来していき、騎士の背中を貫通した。


「がはっ!?」


背後から何かを撃ち抜かれた騎士は鮮血を天幕内に散らしてくぐもった声を最期に地に伏した。


アヴァラント公代理は突然の攻撃を見て周囲の幹部と共に後ずさる。天幕に詰めていた護衛騎士達が彼等を守るように周囲を囲む。


「敵襲!代理閣下を守れ!」


護衛騎士達は一斉に腰から剣を抜いて何処からの襲撃にも対応できるよう構えるが、そんな彼等を無情にも先ほどの攻撃が再び襲い掛かる。


無数の銃弾による攻撃は護衛の騎士と幹部達が全員倒れるまで続き、天幕に生きる者がアヴァラント公代理だけとなったタイミングで襲撃者の姿が露となり、その姿を目にした代理は忌々しげに彼等の正体を呟いた。


「ダークエルフっ!…………よもや貴様等がここまで潜り込んでいたとはな!」


人間や他の近親種よりも黒い肌色が特徴的な種族。褐色に近い者もいるが、この世界では非常に目立つ姿をする最も賤しき存在がいま、アヴァラント公代理の前に姿を見せた。


虚空の場所に突如として空間を揺るがすように現れたのを見たアヴァラント公代理はダークエルフ達が透明化の魔法を使用して天幕に潜んでいたと見抜く。


彼等は緑色の独特な戦闘服を着込み、身体には見慣れない武器を多数仕込んでいた。


「アヴァラント公代理か。この中央軍の指揮官とは幸先が良い。」


そんなダークエルフ達の先頭に立つ男 ユムル2等陸曹は嬉しそうに言うと口元を笑みで崩して腰に下げた9mm拳銃を取り出した。


「他の同胞達も功績を次々と立てているんだ。お前を殺して俺の出世の足掛かりとなって貰うぞ。」


奇怪な物を自分に向けるダークエルフを見たアヴァラント公代理はそれが自身の生を終わらす武器であると悟り、このまま一方的に殺されるよりもという覚悟で腰に下げた剣を抜く。


しかしそれよりも先にユムル2等陸曹が引き金を引く方が数瞬早かった。


「ぐぁ!」


胸部に数発の銃弾を受けたアヴァラント公代理は口から血を吐く。瀕死となったが彼は鋭い眼光のまま、自身を嘲笑うかのように見下ろすユムル2等陸曹を見る。


「はぁはぁっ……いずれ貴様等に相応の報いが来るであろう。地獄で待っているぞ。」


「残念な事に俺達がこれから訪れるのは滅びではない。かつてどの種族にも到達できない程の栄光と繁栄が待っているのだ。」


ユムル2等陸曹はそう言うと懐から1枚の写真を取り出して息も絶え絶えであるアヴァラント公代理へと見せた。


大勢の着飾ったダークエルフ達が同じく着飾った日本人と並んだ写真。それは1年前にオルフェン=ニル国で行われた建国祭時に撮影されたものであった。


「我等がオルフェン=ニル国は世界に跨がる大同盟連合の最上位国に君臨するのだ。

 もうお前達に迫害される時代は終わり、今度は俺達が貴様達を追い詰める時が来たのだよ。」


「け、獣以下の穢れたダークエルフが何をほざけ………っ!」


血を吐きながらも最期の咆哮を吠えるアヴァラント公代理の脳天へとユムル2等陸曹は銃弾を打ち込んで黙らせた。


「最期まで醜い男だったな。」


ユムル2等陸曹は亡骸となったアヴァラント公代理を蹴ると更に唾を吐いた。そこに死者に対する哀悼等の感情はない。


だがそれは彼だけでは無い。その部下である背後のダークエルフ達も全員がアヴァラント公代理以下、周囲の死体に向ける視線は軽蔑や侮辱が混ざっていた。


長年迫害されてきたダークエルフ達の奥底に根付いた強い残虐性。それがいま彼等に大きな快楽と愉悦感を与えていた。


しかしそれもすぐに収まる。何故なら天幕内に数人の日本人が入ってきたからだ。第2戦闘団幹部が護衛と共にユムル2等陸曹達の前へと現れると彼等は一斉に敬礼をして幹部を迎える。


「……この男がニグルンド帝国軍の指揮官か?」


額に風穴が空いたアヴァラント公代理の死体を見た幹部はそう問いかける。


「はっ。帝国中央部の皇宮貴族 アヴァラント公の代理人との事です。吉岡2等陸佐。」


先ほど唾を吐いた死体をまじまじと見つめる幹部に冷や汗を流すもユムル2等陸曹ははっきりと答える。


それに吉岡2等陸佐は暫く黙った様子で死体から目を離すとユムル2等陸曹の方へと視線を向ける。あれだけ見ていれば死体についた唾に気付いていても可笑しくはないが特にこれといった反応は見せずに淡々と言う。


「よくやった。特索班はこのまま我が戦闘団と同行して次の目標にあたれ。

 何か追加の補給や支援があればこれまで通りロズ1等陸尉経由で要請するように。」


この第2戦闘団に所属するダークエルフでも最も階級の高い人物の名を聞いたユムル2等陸曹はその複雑な心境と共に応える。


「承知しました吉岡2等陸佐。」


その返答に幹部は話は終わりだとばかりに護衛を連れて天幕から退出した。彼は完全に制圧し終えた陣地で部隊の隊列を整えて更なる帝国領内へと進軍する準備が待っていた。


「流石にバレたか?しくじったな。印象最悪だろうな……」


ユムル2等陸曹は唾の付いた死体が見られた事に頭をかきながら言う。彼の経験上、日本人は死者の冒涜に対して強い忌避感を抱くと知っているのだ。


そんな日本人から見たユムル2等陸曹へ対する印象は間違いなく悪くなったであろう。しかもあの幹部は彼の直属の上官であるロズ1等陸尉の上官でもあるのだ。


任務終了後に何かしらの叱責を覚悟したユムル2等陸曹は機嫌を急降下させると死体をもう一度乱暴に蹴った。


幾ばくかの死体蹴りを終えるとユムル2等陸曹は気持ちを切り替えて部下へと振り返る。


「やっちまったもんは仕方ない。任務を完璧にこなして挽回するぞ。野郎共。」


「はっ!」


第1特索班は天幕から出る。外は既に大勢の第2戦闘団の隊員達が制圧作業を終えて整列をしていた。







    ニグルンド帝国 帝都ニグルンド


ニグルンド方面隊 第2戦闘団による防衛線突破から3時間後………


帝都ニグルンドの1等区画からそう離れていない区画に冒険者組合本部がある。


帝国中の冒険者組合を統括する本部なだけあって地方都市とは比べ物にならない数の冒険者達が在籍しており1階にある大ホールには常時、多くの冒険者達が日々更新される依頼ボードから実入りの良い依頼を受けようと本部に詰めかけていた。


そんな大勢の冒険者達が居座る1階を見下ろせるように吹き抜けとなっている2階の一角には、冒険者達が自由に使える椅子とテーブルが置かれており、そこに1組の冒険者チームが会話をしていた。


「……てことはやはり地方の動向が怪しいのは本当なのね?」


大陸有数のオリハルコン級冒険者チーム『薔薇姫』のリーダ ロウリナ・メルヘネデスが副リーダのフィーリア・メイリア=ベイン・カサンドラに問う。


「えぇ。皇宮では特に高官達が最近、頻繁に会議を開いていて厳戒体制をずっと敷いているわ。」


問われた聖騎士であり伯爵家令嬢の顔も持ち合わせている彼女は鎧ではなく平時に着用している礼服の裾を伸ばして応える。


「つまり件のニホン軍はまだ撃退出来ずにいて、苦戦してるって事なの?」


女盗賊メロイはテーブルに両腕をぐでーんと伸ばして問う。それにフィーリアは首を振って応えた。


「そこまではまだ分からないわ。噂程度で北部のオルデンブル侯爵と筆頭に討伐軍と激戦中や東部のジークザン侯爵と対立中といった話が絶えないわ。」


皇帝のお膝元である帝都では厳戒令が最も機能している為か、地方とは違って正しい戦況は一般には伝わっておらず、比較的平穏な日常が続いていた。


そしてそれは貴族達も同様で、この時はまだ東部のジークザン侯爵が日本側に寝返ったという情報は浸透していなかった。それも時間の問題ではあるが………


そんな事情を他所に薔薇姫のメンバー達はこの戦時体制下で少しでも件のニホンとの戦争状況を知ろうと情報交換していた。


「ニホンねぇ………あんまり聞いたことの無い国だけど本気でウチと構えるつもりなの?

 正気とは思えないわ。」


今度はテーブルに顔を伏せて気怠さを隠さずに見せる女盗賊メロイ。


「確か最近、一部の商人がニホンと取引をして大財を成したという噂を耳にしましたわ。何でもとても珍しい品物を取り扱っているのだとか。」


高位聖職者として教会から様々な情報を得ているローナ・シャローンは顎に白い指を触れて口を開く。


そこに隣に座っていた魔道師スターシャ・リリオンが情報を乗せるように言う。


「品種を問わず多種多様に取り扱っている。私も知り合いの伝で色んな情報を仕入れたけれど工房技術の優れた島国という範囲からは出てないわ。

 軍事に関する噂は殆ど入ってこない……現段階では何とも言えない感じね。」


スターシャはそこで区切ると真剣な表情で1つの情報を発した。


「でも1つだけ不可解な情報があるわ。ダークエルフがニホンと手を組んでいると。彼等が今回の戦役に何かしら関わってるのは間違いなさそうだわ。」


「ダークエルフね……確かにお父様と秘書が小声でそのような事を何度か話していた気がするわ。」


フィーリアは思い出したように言う。そこへ彼女達のいる場所近くの窓から早馬が見えた。


通りの歩行者に怒号でどくよう全速力で皇宮に向かって走るその姿は建物にいる彼女達からも良く見えた。


「あれは近衛騎士隊の伝令騎士ね。」


皇宮に出入りできるフィーリアは窓から見えた早馬の後ろ姿でどこの所属かを察した。


「あの様子だと戦況に何かしらの動きがあったのかしら?」


彼女等の視線を他所に伝令騎士は冒険者組合本部のある通りを馬で駆ける。彼の伝令内容はニホン軍の防衛線突破の報せであった。




時と場所を同じくして、1等地から少し離れた区画に視点を移す。


帝都ニグルンドの繁華街にある1つの4階建の建物。一見すると何の変哲もないありふれた建物だ。


しかしそこは一部の富裕層のみが知る賭博場であり、やや違法性も含んでいる知る人ぞ知る店であった。


本番は繁華街も景気の鳴る夜間であるが平日の昼間でも暇を潰す若手貴族や富豪商人等が一儲けと勝利の快感を得ようと建物内にある個室はある程度の満室が目立っていた。


そんな賭博場の1室にて、青年貴族達が店に勤める女性達と共に今日も慣れ親しんだ賭け勝負に勤しんでいた。


個室の中心に置かれた大きな丸テーブルを囲むように真剣な表情で手元に視線を向ける青年貴族と女性達。


彼等は全員が親が高位の地位に立つ貴族を親に持つ且つ、その家督を継ぐ長男ではなく、次男や三男であり、常に暇を弄んでいた。


そんな事情を裏に彼等はその手に持つ手札に書かれた数字を見て考え込み、相手方の反応を観察する。


帝国では一般的な賭博で、手元に数枚の札を持ち、揃った数字の目が大きい物が掛け金を総取りできる。


彼等は自身の手札から最良の数字を確認し、相手方の出目を会話や所作から推理する。女性達は彼等の隣に1人ずつ座って彼等の会話を引き出したり場を盛り上げる役目をしていた。


テーブルに置かれた酒と肴を交互に嗜む青年貴族の1人が殺伐しかけた空気を緩和しようと話題を変える。


「最近、ニホンが地方で暴れているようだな。」


その話題を皮切りに芳しくない手札から視線を変えた別の青年貴族が応える。


「あぁ。しかもあのオルデンブル侯爵がニホンに寝返ったとか言うな。真偽のほどは怪しいが………」


彼はそう言うと隣に座る娼婦のような服を着た女性の肩を自身に引き寄せて強く抱く。


「何にせよ、私達には関係のない話だ。面倒な事は全て父上や兄上達が解決してくれる。我々はこうしていつも通りにしておれば、いつの間にか終わってるさ。なぁ?」  


引き寄せた女性と額をくっつけてその香りを堪能する青年貴族。一族から煙たがられつつある彼にはとうに皇宮に関する興味は殆ど薄れてあった。


「だがつまらぬ。なにか上手い話は無いか?せっかくの大事だ。これを何か利用して我々にツキが回る事が出来ないものか。」


「そう言えばニホンと取引をしているハンザブレックの商人共は大いに稼いでいると聞く。贔屓にしてる商人共の中にはハンザブレックの者もいるから何か使えるか?」


財務関係の高官を父に持つ青年はそう自信に溢れた様子で言う。その様子からは手に持ってる手札は相当強い出目なのだろう。


「我々で商売でもすると?ふん、どうせ討伐軍に滅ぼされて徒労に終わるだけだ。」


「だがオルデンブル侯爵が寝返ったという話が真実なら、予想外の展開も有り得るぞ?」


「そんなの関係ない。皇帝陛下に仇なす勢力と少しでも手を組めば各所から非難されるぞ。一族からもどんな目で見られることか。」


「そこよ。私は1つ興味深い話を聞いたぞ。」 


「何だ?勿体ぶらずにさっさと言えよ。」


1人の言った言葉に周囲は興味深そうに耳を傾けた。彼の父親は皇宮貴族でもより高位の存在、宰相府に勤めており、そこから入る情報も他の者よりも精度は高いだろうという期待があった。


「今朝聞いた話なのだがな……討伐軍はとっくに壊滅していて東部のジークザン侯爵、そこがオルデンブル侯爵との間で密約を結んでいる可能性があるらしい。

 しかもニホンが支配下に入れたダークエルフ共を使って南部や西部の侯爵家にも伝を構築するらしいぞ。」


かなりの爆弾発言である。現に強い手札を持っていた青年貴族はあまりの内容にテーブル上に落としてしまい、慌てて拾い集めていた。


「そ、それは真か?ジークザン侯爵とはあの東の獅子のことか?」


「仮に真ならば一大事では?地方はとんでもないことになるぞ?それどころかここ中央部も只では………」


「まだ確定ではない。だがどうだろう?仮に真実だった場合、我々にも陽の目を浴びる絶好の機会ではないか?」


「おい!滅多なことを言うな!」


青年貴族の1人が慎むように言い、彼は女性達に視線を向けると彼女達は慌てた様子で席を立ち部屋から退出した。


「お前は部外者もいるのに正気か!?あの女共が口を滑らしたらどうするつもりだ!」


「悪い。だがこの考えは悪くない筈だ。」


浅はかな行動をする友に彼は苛立ちを見せるが、当の本人は軽い謝罪をすると話を再開した。


「北部と東部の侯爵家がニホンと手を組んだなら国内勢力は大きく変わる筈だ。そこに俺達が大頭する隙が生まれる事もあるだろ?」


「ニホンと手を組んでか?お前、家がどうなっても良いのか?」


「言ってる事は分かるがお前達も良く考えて見ろよ。このまま遊び続けるつもりか?

 一生冷や飯食らいと言われ続けるよりかはどこかで大きな賭けに出て出世するのも1つの手だ。何も帝国を裏切る必要は無い。

 侯爵家に取り入ってお零れを貰うだけでも価値はあるぞ。

 少なくとも討伐軍が壊滅したなら皇室の弱体化は必須。我々貴族家の影響力は強まるが利益を得るのは家督だけだ。」


「馬鹿な事を言うな!私は帰る。お前と居ては逆賊の汚名を着せられる!」

 

この言葉に他の青年貴族達も帰り支度をした。その様子を見ていた発言者の青年は黙ったまま彼等の帰りを見送る。


部屋に1人だけとなった彼は深い溜め息を吐いて部屋の角に言葉を向ける。


「やっぱり駄目だったぞ?」


「まだ判断は早いですよ。近いうちに彼等も考えを改めるでしょう。」

(お前の誘い文句が下手過ぎるだけだろうが………)


そう返答が来ると角から1人のダークエルフが姿を表した。彼は心底呆れた表情を必死に隠して応える。


(コイツは駄目だな。利用するつもりだったが貴族家の癖になんて口下手なんだ。)


オルフェン=ニル国と日本政府は計画にある帝国中央部の引き抜きを実行していたが、その実行役であるダークエルフは幸先の悪い出方に重い溜め息を出す。


珍しくダークエルフに忌避感が薄い人物を見つけたは良いがその分、頭の出来が最悪なのを選んでしまった事に後悔の念が絶えない。


(コイツは没だな。まぁ貴族の中にも阿保が居ることが分かっただけでも充分か。上に報告すれば何かしらの使い方を見つけるかもな。)


帝国中央部へと手を伸ばした日本側勢力。地方は順調だが、中央部は混沌とした様子であった。


次は強化日本の更新に入ります。

1ヶ月以内には出したいものですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新待ってました!とても面白かったです!
帝都で自分たちだけは安全だと思っている連中が、日本の電撃的侵攻によりどういう運命をたどるか、先の展開が楽しみです。 帝国は、情報伝達の遅さ(早馬かワイバーン)に加えて、日本の情報を荒唐無稽としてトップ…
更新ありがとうございます、とても好きな作品なのでいつまでもお待ちしております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ