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第6話 大陸の転換期

お待たせしました……つぎも年内には出したいですね

第6話 大陸の転換期


     ニグルンド帝国自治都市

       ハンザブレック


ウィルテラート大陸最大勢力国であるニグルンド帝国領内 ハンザブレックでは現在、日本国自衛隊による攻略が行われていた。


港湾区域へと侵入を果たした護衛艦隊はそのままハンザブレックの港とその周辺海域を確保。


その後、都市に駐屯する同都市の海軍船への出港を妨害すると同時に輸送船による地上部隊の上陸を支援していた。


更に空では戦闘ヘリ AH-64D部隊がハンザブレックに駐屯している宗主国ニグルンド帝国の監査軍基地を強襲する。


ウィルテラート大陸随一の商業都市 ハンザブレックは突如として戦乱に捲き込まれる事となった。



        ハンザブレック

     陸上自衛隊・民間軍事会社

 

港湾区域から続々と陸上自衛隊の隊員がハンザブレックへと浸透していき、既に都市内の邸宅に待機していた民間軍事会社の戦闘社員達と合流も終えて目標である各衛兵詰所や行政所を占領していった。


3個中隊規模の陸上自衛隊と1個中隊規模の民間軍事会社。人数としては1000名以下の戦力で大規模都市ーーこの世界基準ーーを攻略にとりかかる。


最初に制圧されたのは中央衛兵総詰所。この都市防衛戦力の中枢を担う防衛施設が真っ先に無力化された。


中央衛兵総詰所にいた衛兵達は武装を完了させるも上から通達されていた待機命令に困惑と混乱の真っ只中にいた最中に見慣れぬ武装をした組織の出現する。


「な、何だ!貴様等は!?」


敷地内に侵入した彼等陸自の隊員達と相対する衛兵隊長が腰に下げた剣を抜刀して問う。その彼の背後には部下達が槍を掲げる。


そんな彼等に対して日本側の集団の中からリッパ衛兵大隊長が姿を見せて隊長はギョッとする。

 

「り、リッパ大隊長殿!?これは一体どういう事ですか!?何故コイツ等と共に……」


動揺を見せる衛兵隊に対してリッパ大隊長は毅然とした態度で命令を下す。


「説明は後だ。我々ハンザブレック衛兵隊はニホン国政府の指揮下に入る。他の衛兵詰所には住民の混乱抑制のために出動させるが、今この場にいる第1衛兵隊はこのまま待機。

 追って行政所より命令が来るまでは待機を続けよ。尚、ここにいるニホン国ジエイタイに危害を加えることは許可しない。彼等も我々に危害を加えるつもりは無い……君達が下手な行動に出ない限りではあるがね。」


突然のリッパ衛兵大隊長の命令に相対する衛兵隊は混乱する。 


「何を仰るか!大隊長!……それは我等がハンザブレックへの侵略行為及び帝国への反逆でございますぞ!」


到底受け入れられない命令だと伝える衛兵隊長の反応にリッパ衛兵大隊長は首を振ると同時に安堵の息を吐いた。


他の衛兵詰所とは違いこの中央衛兵総詰所に勤務する衛兵隊は比較的に独立した隊質を持っており、リッパ衛兵大隊長が直々に説得にきた甲斐があった。     


「私は衛兵大将から衛兵指揮権を委譲されている。君も隊長という立場ならば上官への命令の優先度を理解しているな?

 これは命令である。中央衛兵大将より指揮権を受け継いだ私の命令を無視する気か?」


「…………」


自身の上官の変わらぬ意思を前に沈黙する隊長を見たリッパ衛兵大隊長は側に立つ陸上自衛隊の指揮官へと振り向いた。


「ここはもう大丈夫ですぞ。イワキ3等リクイ殿…………」


その言葉に岩木3等陸尉は頷いて、無線を起動させる。


「総詰所よりCPへ、制圧完了。これより行政所の部隊と合流して監査軍駐屯地へと向かう。」


『CPより了解。既にアパッチ隊から監査軍の無力化を確認しているが速やかなる合流を終えよ。』




ハンザブレックの防衛機構の無力化を順に終えていき、主要通りを陸上自衛隊の水陸両用車AAV7や高機動車が列を成して走る。


都市に住む住民達は突然の事態に衛兵達と同様、混乱の兆しを見せるが各詰所より出てきた衛兵隊による規制によって一定の緩和を確認できた。


衛兵達が不安に質問や少なからずの暴動で対応に手を焼かす都市内を馬に乗って掛ける2人組がハンザブレックにいた。


エラウノーラ商会 リビアン商長とその従者アディスである。彼女等2人はこの混乱の黒幕であろう矢幡のいる邸宅へ目指していた。


時間が経つ事に増える大通りの人混みを掻き分けて馬を走らせること幾刻後、矢幡が勤める日本企業が拠点とする一等地にある邸宅へと到着した。


しかしその邸宅の敷地を隔てる出入口の門には幾人かの民間軍事会社の社員がおり、馬に乗るリビアン商長とアディスを見つけるとその手に持つ小銃を2人に向ける。


すかさずアディスが馬を操って警護対象であるリビアン商長の前へ出て、警戒心を向ける警備社員に対して口を開いた。


「私の後ろにいるのはエラウノーラ商会のエラウノーラ商長である!

 お前達の主、ヤバタに話が合って参った!その武器を下ろせ!無礼であるぞ!」


アディスはそう睨み、自分達の身分を明かす。それを聞いた警備社員達は互いの顔を見合わせて、アディス等に返答する。


「確認する……少し待て。」


警備社員の1人がそう答えると彼は懐から細く小さい板のような物を取り出して言葉を発する。何を言っているのかは距離があってアディスの耳には届かなかったが、それからすぐに邸宅から1人の男が出てきて、警備社員と会話をすると鉄格子の門が開かれた。


それを見たアディスはリビアン商長と目をあわせると彼を先頭にして敷地内へと入る。


「エラウノーラ商長殿。先ほどは大変失礼致しました。彼等は邸宅の警備担当でして商長殿の顔を知らないのです。 

どうかご容赦頂きたく……」


邸宅から出てきて警備社員と話していた男がリビアン商長にそう言う。彼女の記憶が正しければこの男はニシというヤバタの部下であった筈だ。


「構わないわ。それよりも早くヤバタの元へ案内して頂戴………何の用かは貴方達が最も理解しているわね?」


リビアン商長の言葉に男は意味深な笑みを浮かべて頭を下げた。


「勿論ですとも。矢幡部長も心待ちにしておられます。どうぞ此方へ。」


ニシという男はそう2人を邸宅の中へと案内する。門を警備していた警備社員達はそのまま再び周囲の警戒を続けた。


邸宅の中を案内されたリビアン商長はすぐに目的の人物である矢幡を見つけた。


単調な装飾に留まる広間の中央に置かれたソファーに腰掛ける男、小島財閥傘下の商社 矢幡部長はリビアン商長の姿を視界に収めると同時に立ち上がって彼女を迎え入れた。


「先日振りですねエラウノーラ商長。なにぶん状況が状況ですので盛大なもてなしが出来ず、大変申し訳ありません。」


矢幡は普段通りの礼節の知る人物の対応を彼女に見せるが、それを受けとるリビアン商長は目の前に立つ異邦人の裏の姿が錯覚としてその瞳に映った。


「そちらのソファーへお座りください。」


リビアン商長は目の前のニホン人に促されるがまま対面のソファーへと座って矢幡と対面する。


「すぐにお茶が来ますのでお待ちください。なにぶん、商長殿もお忙しい身です。疲労回復に効く良いお茶を……」


「挨拶は結構だわ。早速本題に入らせて頂戴……貴方達、本気なの?」


にこやかに話す矢幡とは対称的に真剣な表情、そして開口一番に核心へ足を踏み込むリビアン商長。


「先日の催しでは、少なくともエラウノーラ商長殿には充分に伝わったと思ったのですが?」


これに対して矢幡はソファーの肘置きに肘を置いて泳がすかのように言葉をリビアン商長に返し、目の前に置かれた机にあるお茶を飲む。


そんな余裕の態度を隠さずに見せる矢幡を目にしてリビアン商長は再び核心に触れた言葉を発する。


「あの港にいる大型船は貴方の国の船なのは明白。貴方達はいま、明確にこのハンザブレック並びにニグルンド帝国に剣を抜いたのよ!」


彼女はそう言うと立ち上がって矢幡を睨む。並みの男であればそれだけで怯んでしまう程の力強い眼光であったが、それと対峙する矢幡も数多くの人物と対峙してきた生粋の商社人間である。


少しの動揺も見せずに立ち上がった女商人を見つめ続ける。それに構うことなくリビアン商長は話を再開した。


「この事態、帝国は間違いなく大事と判断して軍を動員するわ。そうなればこの都市が戦場となるのは必然…………貴方は私達の都市を勝手に戦争に巻き込んだのよ。ハンザブレックの民達は決して貴方達ニホン人を許さないわ。」


「その点につきましてはご心配なく。この街が戦場となることはありません。」


そう彼女の論に言い返す言葉が発せられる。しかし、リビアン商長の話しに反論を発したのは矢幡では無い。別の男性からの声であった。


「っ!誰だ!?」


すかさず彼女の真後ろに控えていたアディスが腰に下げた刀に手を伸ばして抜刀の準備をする。彼が警戒心を向けた方向は、矢幡の右後ろにある柱であった。その柱の後ろに声の発生者はいるのだろう。


リビアン商長は予想もしない所からの声、そしてアディスの反応を前に彼女は驚く。


アディスは剣士としての実力は高く、気配察知にも長けている。例え相手の姿が見えずとも僅かな音や空気の揺らぎ等で隠れた相手を見つけてきた実績を持つ男が気付かなかった。


それはつまりアディスが警戒を向ける相手はその察知能力を潜り抜けるだけの実力を持つ相手だと言うことになる。


彼女達が警戒を高める最中、唯一矢幡だけが余裕の様子を崩さず柱の裏にいる人物についてアディスに声をかけた。


「そんなに警戒しないでくれ。彼は私達の護衛をしているだけさ。なに、そちらに危害を加えるつもりは無い………君の対応次第と付け加えさせて貰うがね。」


矢幡の言葉にアディスは抜刀の体勢を崩すことなく視線だけを矢幡に向ける。


「やれやれ…人の忠告は素直に聞いた方が良いかと思いますよ?」


すると柱の裏にいる人物もその動向を察知して初めて彼等の前に姿を表した。そしてアディスとリビアン商長はその姿を見て納得の色を見せた。


「ダークエルフ……」


アディスはそう彼の姿を見て呟き、警戒心をさらに上げる。


ソファーに座る矢幡の後ろに現れた人物はこの世界では忌み嫌われる存在、この世で最も賎しき種族 ダークエルフの男性であった。


先日の園遊会に見たダークエルフ ラムグイという名の人物とは別のようであるが、彼と同じく恐らくはニホン風の服を着ていた。


外で邸宅の警備をしていたニホン人と同じ武装を着込みその腰には彼等と同様のあの時の黒い鉄筒を下げている。護衛というのは本当なのだろう。


「初めまして。小島財閥に所属する民間軍事会社の社員 ロモーと申します。本社の辞令でこの街に勤務する日本人社員の護衛をしております。以後、お見知りおきを。」


そうダークエルフ…ロモーは優雅に自己紹介をした。それに対してリビアン商長は先の発言についての真意を聞いた。


「ロモーね、覚えておくわ。ところで先ほど言っていた言葉はどういう意味かしら?」


「言葉通りであります。エラウノーラ評議会議員殿。この都市では本日の監査軍による戦闘以外はもう起こりません。

 彼等帝国は東部からくる日本軍の対応を迫られるからです。」


ロモーの回答にアディスとリビアン商長は驚愕し、2人の記憶からニホン主導の大陸同盟の存在を思い出した。彼等ニホンは大陸東部を拠点としていたのであったと。


「リビアン商長殿がご存知かどうかは分かりませんが、既にこの都市の防衛組織の指揮官はこちら側に寝返りました。ここの制圧もじきに終わりますよ。」


矢幡が言う。リビアン商長はその人物であるリッパ衛兵大隊長の姿を思い浮かべた。


ドオォーン…………

「っ!」


その時、邸宅の外から再びあの爆発音がこの広間にも届く。方向は恐らくあの監査軍のいる駐屯基地だろう。


確かにヤバタ達の言う通りにニホン軍によるハンザブレックの陥落は確定事項であろう。そう彼女が考えたタイミングで矢幡が口を開く。


「占領が終わり次第に我が国の政府による声明が中央衛兵本部経由でそちらの評議会に発表されるでしょうが……先に貴方にのみその内容の一部をお見せします。」


「何ですって?………貴方、役人だったということ?」


リビアン商長は目を丸くした。普通、一介の商人が国の声明内容を知っている訳がない。しかし矢幡は首を横に振ってそれを否定した。


「まさか。私は歴とした商人であります。ですが、この都市の有力者との繋がりを持っているため、政府より声明書の一部を受け取っているのです。

この街で有数の権力者であり唯一、我々と大規模な交流関係を持つ貴方とね。」


本当は彼の背後にいる巨大財閥の力のお陰なんだがと、矢幡は口に出すことなく懐から一枚の紙をリビアン商長に手渡す。


その内容を呼んだリビアン商長はそこでリッパ衛兵大隊長の発言の真意に気付き、これが大きな局面に立っていることを理解した。


ニホンは本気で帝国と対峙するつもりであり、その自信は大いにある。彼女自身、その可能性も完全には否定出来ずにいた。


「貴方達は本気のようね……」


「じきに結果は分かります。その際には是非とも他の評議会議員と共にそちらの内容、よろしくお願いしますよ。」


矢幡はそう言うと話を切り上げて2人を帰路に返した。リビアン商長もこれ以上の会談での収穫は無いと判断して大人しく従った。



       ハンザブレック内

とある通り道にて………


馬に乗って帰路につくリビアン商長とアディスの2人。その通りの車道では何度も通り過ぎていくニホンの馬車とは違う金属製の馬車が進む。


歩道を歩く民達は遅れてやってきた衛兵隊による統制によって困惑と不安も限界寸前まで迎えるも、徐々に沈静化へと向かっていた。


だが都市郊外方向から聞こえてくる爆発音が連続で響き渡り、その度に付近を進むニホン軍と衛兵隊に対して視線を交差する。


「商長。奴等は本気で帝国と戦うつもりですか?」


アディスが前を進むリビアン商長に問う。彼女は大通りの角でニホン軍の列を先導する衛兵に視線を向けつつ静かに答えた。


「仮にそうであったとしても違うとしても、既に賽は投げられたわ……私達はただ帝国とニホンの動向を見守る事しか出来ないのよ。

現に衛兵隊は完全にニホンの傘下に入っているわ。あの様子だと監査軍も一方的にやられてると見て間違いないわね。」


「ですがもしニホンが帝国に負けてこの都市が解放された際、真っ先に貴方の立場が危ういです!」


アディスの言葉に彼女は同意した。この都市で唯一ニホンとの交易を行って多くの財を得た彼女も告発する者がいるだろう。ニホン軍に情報を売って帝国に反旗を翻した謀反人として。


「そうなったら、あの男に目を付けられたのが運の尽きね………どの道、私達はニホンの優勢を願うしか生き残る選択肢はないわ。」


彼女は最初に会ったヤバタとの商談を思い出す。果たしてあの時の商談を受け入れた事が吉と出るか凶と出るか、その結論はまだ出ないだろう。


「あの紙には何が書いてあったのですか?」


アディスは抱いていた疑問を投げる。あれを見てから自らの主が急に沈静化したのに違和感を覚えていた。


そんなアディスの問いに幼馴染みでもある彼女は暫く迷った様子を見せてからゆっくりと喋った。


「………リッパ大隊長が言っていた通りにこの都市の独立を確約しているわ。

 それと同時にニホンによる大陸の掌握のために私達を利用するつもりでしょうね。気になるのは彼等の技術提供……これがどれだけの影響力をもたらすのか、全くの未知数よ。」


複数ある条項を話すリビアン商長。その時、後方から彼女の名を呼ぶ人物がいた。


「エラウノーラ議員商長殿!こちらにいましたか!」


馬に乗るリッパ衛兵大隊長であった。彼はリビアン商長を見つけると駆け寄って話しかける。


「先ほどニホン軍の指揮官かれ連絡を受けました。監査軍基地の制圧が完了……帝国勢力の一掃を終えたため、この都市の行政権限を持つすべての評議会議員の召集を受けました!既に他の議員商長殿にも召集して頂だいております。

どうか私と同行頂きたく……」


拒否権はない。言葉には出さないがその様子から察するのは容易である。


「………分かったわ。案内して頂戴。」


その返答にリッパ衛兵大隊長は明らかに安堵した様子を見せた。その様子だと他の議員商長の説得に相当苦労したようだ。


「こちらへおいでください!」


心変わりがないようすぐに先導を開始するリッパ衛兵大隊長。2人はそれについていく。




時を少し巻き戻す。


       ハンザブレック郊外

       帝国監査軍駐屯地

 

大陸有数の巨大都市ハンザブレックの郊外部にある広大な平地の一角に設置されたニグルンド帝国監査軍の駐屯基地。


監査軍はニグルンド帝国陸軍が管轄する軍事組織であり、主に帝国領内の治安維持を担う地球でいうアメリカ合衆国の州兵のような役割を持っていた。


その監査軍はおよそ1000名前後の部隊が収容可能な敷地を持ち、敷地内に訓練場と食糧庫・武器庫等々、軍事基地と名乗るに充分な設備を整えていた。


そしてその敷地を隔てる境界線には5ミリル~8ミリル程度の高さの石壁で覆われ、万が一敵による襲撃を受けかつ、ある程度の兵力差があろうとも一定期間であれば持ちこたえる事が出来ていた。


しかしその監査軍基地は現在、自衛隊の戦闘ヘリ AH-64D『アパッチ』によって基地の敷地内の至る所から黒煙が立ち上っていた。


高度数百mを維持して飛行するAH-64D『アパッチ』による機関銃掃射、機体両翼下部から放たれる対地ミサイル攻撃は監査軍基地にいる彼等の反撃を許す隙を与えずに一方的な攻撃となっていた。


「な、何が起こったんだ………」


ニグルンド帝国監査軍司令官を勤める男は数秒前に耳に届いた轟音を聞いて自身に充てらた将校用宿舎から飛び出し、目の前に広がる光景に対して目を疑った。


敷地内にある複数の宿舎と武器庫は倒壊し、その根本からは炎と黒煙が立ちこめ、兵士達が慌てた様子で駐屯地内を走り回る。


混沌とした状況に狼狽える監査軍兵士達。司令官がこの事態緩和に向けて指示を出そうとするよりも先に、この駐屯地を横断するようにして上空から攻撃を繰り出していたAH-64D『アパッチ』が旋回を終えて再び駐屯地へと攻撃を再開する。


『A-01より通達。A-02よりA-05は左建造物から通りに向けて展開せよ。A-06とA-07は右側の通りに展開。

その他は当機前方の基地正門付近を攻撃せよ。地上部隊の到着前に敵主力の掃討を完了を最優先とする。』


『A-02より01へ了解。』


その瞬間、戦闘ヘリのアパッチ隊は飛行陣形を変えて敷地内全体に展開して、再び地上の監査軍向けて攻撃を再開した。


基地の全敷地内の各地で追加の爆炎と黒煙が生まれた。




      ハンザブレック郊外

      監査軍駐屯地に続く街道


港の陸上自衛隊と合流を果たした民間軍事会社の部隊は本職である陸自側の指揮を元に高機動車の車列に加わり監査軍駐屯地へと向かう。


そんな車内の座席にてM4カービンの最終点検を終えた民間軍事会社の隊長に同じ車内にいた指揮官が声をかける。


「………アメリカの銃はどうですか?横河さん。」


この駐屯地襲撃部隊の指揮を行う木下1等陸尉はそう民間に転職した横河隊長に問う。


2等陸佐を勤めた横河に対して敬語で喋る木下に対して横河隊長は応える。


「個人的には使い慣れた89式の方がしっくりするが、流石はアメリカの制式小銃。非常に使いやすい…………そっちは20式だったかな?」


「はい。そうですね。本土では随時、20式が配備されてます。この通り第3師団では殆ど配備を終えてます。」


木下1等陸尉は膝に乗せていた20式を横河隊長に手渡して見せる。受け取った小銃を狭い車内で手短に照準を確認する横河隊長。


「……89式よりも軽いな。それに取り回しも良い。」


「水陸機動団に同僚がいますが、向こうも大絶賛ですよ。数度の訓練を実施して着水による不具合報告は皆無ですからね。」


「排水性に関しては我々のよりも優れている訳か。まぁ、着眼点が違うから当然か。」


横河隊長が言い終えた時、走行している車のタイヤが街道の凹凸に乗って車内が揺れる。


それを合図に横河隊長は20式小銃を木下1等陸尉に返却して、外の景色を見た。


「そろそろ到着か。」


横河隊長の言葉に木下1等陸尉が通信機を手に取り各部隊に戦闘準備の指揮を飛ばす。


やがて上空を戦闘ヘリが舞う駐屯地へと到着した地上部隊。ほぼ壊滅状態の監査軍は新たな敵増援によって監査軍は降伏。


ここに大陸有数の都市 ハンザブレックはニグルンド帝国の勢力から外れ大陸北東部における日本側の活動拠点となる。




ハンザブレック陥落と同時に大陸東部にあるニグルンド帝国と環太平洋経済連盟諸国との緩衝地帯でも日本国による大陸事変が起こっていた。




       ウィルテラート大陸 

   ニグルンド帝国領 アバリャン要塞


陥落したハンザブレックから南東へ560km離れたニグルンド帝国と環太平洋経済連盟諸国との国境線に帝国が運用する要塞があった。


旧反ニグルンド大陸同盟との軍事紛争を警戒して造られた要塞。最大で2万人の軍を収容可能な敷地と設備を持つ帝国でも有数の軍事拠点だ。


大陸中央部を通る大街道 東部大街道の上にあるこの要塞は普段通りの日常を送っていた。


平時では皇帝直属の騎士団が砦から国境線を警備し、いざ軍事衝突があった場合は帝国中から召集かれた増援の到着まで持ち堪えるための重要な軍事基地 アバリャン要塞。


今日も敵の存在を認めず、朝の陽光を浴びた騎士団はいつも通りに国境線を見張り、日課であり業務でもある訓練に向けての準備をしていた。


そんなアバリャン要塞だが、環太平洋経済連盟諸国の領地側に面する東側では大きな動きがあった。しかしアバリャン要塞がそれに気付く様子はない。




   環太平洋経済連盟諸国側の国境線

  アバリャン要塞より東へ20kmにある平地



アバリャン要塞からは見えない丘を背に、日本国陸上自衛隊 第4師団・第8師団・第10師団・第16師団の4個師団が。第12旅団・第18旅団の2個旅団で構成された部隊 ニグルンド方面隊が展開していた。


ニグルンド方面隊、戦闘員だけでも52000名もの人員を確保しており後方任務を行う非戦闘員も含めた総兵力は84000名もの大部隊となる。


ウィルテラート大陸東部の日本主導となっている経済連盟の加盟国にある複数の港を経由して迅速かつ大規模な大陸展開を可能としていた。


但し、この結果として日本が国防用に割り当てられていた戦略資源の消費可能な在庫のほぼ全てを投入する羽目になった。


それは事実上、日本が供出可能な戦力のほぼ全てがこの方面隊に集中していることを意味した。


つまり戦後史上最大規模となる自衛隊の動員は、政府関係者全員がこの作戦に全てを懸けていた。


日本政府が定めた目標は2つである。


1つはニグルンド帝国が持つ穀物資源とその栽培地の確保。


2つは同じくニグルンド帝国領土内に埋蔵されているであろう地下資源のある地域の確保と採掘拠点及び日本本土までの輸送インフラの構築。


特に日本政府が最大の目標としているのは2つ目である地下資源の採掘だ。より具体的に言うならば帝国領土の中央と北西に位置する『ベリバラル平原』と『モトローコ湾』にあるとされる石油資源の確保を最重要目標としていた。


資源調査機構による調査と秘密裏に専門家と専門教育を受けたダークエルフが実際に現地の地質で確認した総合評価の結果、ニグルンド帝国の複数ある地点で石油が産出される"可能性のある"地域があると判断された。


あくまでも可能性である。しかし今の日本にはその可能性に戦力を出す選択肢しか残されていない。


現状の日本が持つ石油採掘所はたったの数ヶ所しか存在しない。そしてその全採掘所の埋蔵量を足しても約130億バレルで、これは日本の石油消費量の10年分程度に過ぎないのだ。


最大の埋蔵量を持つラッザァ半島の採掘所ですら1日の産出量は約15万バレルであり、1日の石油消費量の3割以下という有り様だった。『産業の血液』と呼ばれた資源がこれなのである。


10年分しかない石油資源に少ない産出量……当然ながら安心出来る筈もないし、今後の国の発展など夢のまた夢の話である。


日本政府は一刻も早く次の石油資源を見つけなくてはならなかった。こうしている間にも日々確実に石油は減っているのだから。


これらの事情を踏まえれば今回の作戦が日本の命運を託しているのが誇張でも何でもない、ただの真実であると言えるのがわかる。


そしてそんな日本の財布事情を理解しているニグルンド方面隊 方面総監 本郷勝俣陸将はハンザブレックでの作戦開始の報告を受け、自身の前で待機する方面隊の主要幹部を見る。


幕僚長と幕僚副長、各部門の部長と各戦闘団の団長が本郷陸将の指令を待機する光景は実に壮大であり、彼は己に課せられた責任の重大さを改めて胸に刻み込む。


「今しがた0820時にハンザブレックの海上自衛隊より『トヨウケ作戦』の発動を受けた。よって我が方面隊も『ライコウ作戦』の発令を発する…………全戦闘団へ通達、作戦を開始せよ。 」


戦闘開始。本郷陸将の指令を受けた方面隊の全幹部達は動いた。


この日、8万人以上の隊員がニグルンド帝国側に一切の動向を感知されることなく帝国との戦争に踏み切った。


最初に動いたのは同方面隊に所属する特科部隊である。


「ライコウ作戦発動! 敵拠点座標の入力完了。1号陣地~6号陣地の全特科部隊の試射のカウント開始!」


『試射カウント開始了解。第1~第7戦闘団は特科隊の砲撃完了後、目標A-1への攻撃を開始せよ。』


「特科隊の試射まで5.4.3.2…発射!」


多連装ロケットシステムMLRS、203mm・155mmの自走式と固定式問わず榴弾砲といった特科隊が保有する全ての大砲・ミサイルが火を吹き、周辺の空気と草木を衝撃波で空間ごと揺らした。


空に視線を送れば幾十にも及ぶ物体がアバリャン要塞目掛けて飛んでいく光景が見れるだろう。




       アバリャン要塞


朝日の陽光を受けてこの国境を警備する城塞の司令官は自身の個室の寝台からゆっくりと起き上がる。


「朝か……昨日はいささか遅くまで起き過ぎたか。」


司令官はそう眠そうに呟いた。昨日は夜遅くまで仕事をしており、その睡眠時間が不足していると司令官の脳が知らせる。


だが今日の仕事も決して遅らせる訳にはいかないため、司令官は眠い頭を起こして無理やり身体を覚醒させる。


それと同時に個室の扉からノックが聞こえ、司令官が入室を許可すると使用人が食事と身支度を整えに来た。


司令官は朝食を並べた机に座り、空腹の腹に朝食を収めていく。その傍らで別の使用人が司令官の白く染まった髪に櫛をいれ、また別の使用人が今日着ていく軍服を持ってきた。


「おっと忘れるところであった………ソモ隊長を呼んでくれ。」


司令官は何かを思い出したようで使用人に1人の部下を呼ぶよう伝えた。


そのまま朝食を食べていると使用人から呼ばれたソモ隊長という人物が司令官の部屋まできた。


「お呼びでしょうか閣下。」


皇室騎士団の正装を来た大柄な男性、彼こそがソモ隊長であり、この要塞の警備を統括する指揮官であった。


この司令官が赴任する以前より、ここに勤めており、司令官は何かと彼に相談を持ち掛けるほどの信頼を置いていた。


「おぉ、着てくれたか。まぁ座ってくれ。」


「はっ、失礼します。」


そんな彼が現れると司令官は手招きして近くの椅子に座らせて用件を話した。


「君を呼んだのは最近の東側の情勢についてだ。」


司令官の言葉にソモ隊長はすぐに察した。


「東……例の経済連盟諸国とやらですか?」


ソモ隊長の言葉に司令官は満足そうに頷いた。


「そうだ。流石だな君は……最近、その経済連盟諸国共がキナ臭い。」


「と言いますと?」


「この一ヶ月間で国境に面するアドラルス王国やヒューリ国といった諸国の来訪者を見たか?」


「そう言われて見れば……バッタリと姿を表さなくなりましたな。」


「やはりな。どうも胸騒ぎがするのだ。そこで何だが、手隙の騎士隊に東側の偵察を向かわせたいのだ。その選別を君に頼みたいのだが、良いかね?」


ソモ隊長は少し考えてから答えた。


「成る程……承知しました。偵察隊を組織して国境付近の様子を探らせましょう。」


その言葉に司令官は安心したように息を吐いた。


「うむ。そうしてくれ。噂ではニホンとかいう新興国が図に乗っていると聞く。ひょっとくればソイツ等が何か良からぬ事を企んでおるかも知れんからな。」


司令官の言葉にソモ隊長は苦笑いをした。


「そんなまさか……幾ら図に乗っていようともこの帝国に矛を向ける愚か者はおりませんよ。」


「それは理解しておるが……身の程を知らぬ者とは時に理解できぬ行動に出るのが世の常だ。こうして君と話している間にも何を企んでいることか分から…」


ドオオォーン!!


司令官とソモ隊長が会話をしている部屋へと陸上自衛隊の砲弾が命中した。


それと同時に城塞内の各所から砲弾が直撃し、爆発音と爆炎が発生。一瞬にして要塞は壊滅的な被害を被る。






アバリャン要塞の視認可能な場所で待機していた偵察隊から無線が入る。


『だんちゃーく………いま!……命中を確認せり!以後、同座標での効力射を実施せよ!』


偵察隊は無線での口頭連絡と同時にカメラで撮影した映像を後方の特科隊の司令部に繋いで映していた。


「目標A-1の命中を確認了解!以後、同座標での効力射を実施する。装填が完了した部隊から各個に砲撃開始!」


再び砲撃が開始される。1秒毎に別々の兵器から轟音と衝撃波が放たれていき、20km先のニグルンド帝国の城塞を粉砕する。


30分が経過すると特科隊陣地から砲撃音が止んだ。所定の効力射を終えたのだ。


「特科隊、効力射の終了を確認しました。」


方面隊本部の幹部が言う。本郷陸将はそれを聞き次なる指令を下した。


「よし。目標A-1の直接制圧にとりかかる。第1~第7戦闘団を出撃させよ。第8~第11戦闘団はD-5区域より目標KA-5の制圧を行え。

また同時進行で後方の民間団体に輸送鉄道の建設を要請せよ。」


地上部隊による各拠点の制圧及び今後の戦略展開の優位性確保のために民間企業によるインフラ整備の同時進行。まるで前例のない作戦に方面隊本部は荒立たしくなる。


そんな方面隊本部と同じく前線の地上部隊も荒立たしく動く。


各戦闘団が互いの戦闘団との距離を保ちつつも軍事車輌の行進によって土煙がウィルテラート大陸の空を舞い上がらせる。


その1時間後、ニグルンド帝国の東部国境を守護するアバリャン要塞はハンザブレックの監査軍駐屯地と同様に壊滅した。




ニグルンド帝国はその日、第3国からの使者によって大陸東部にいる日本国からの宣戦布告を通達された。


しかし帝国上層部がその事態を完全に理解した時には日本は既に帝国東部の領土に侵食していた。





   ニグルンド帝国 帝都ニグルンド

        帝城ニグール


『ニホン国、ニグルンド帝国へ宣戦布告』この報はすぐさま帝国の行政府に勤める宮内貴族達に衝撃を走らせた。


「大至急、全ての国境城塞へニホン軍の確認をとらせよ!恐らくは東部のアバリャン要塞付近から来るだろう。」


国務大臣は下級官僚へ指示を出すと今度は皇帝も出席する御前会議に向かう。


帝国が宣戦布告を受けた。この事態は瞬時に他の大臣級の耳にも入り、異例の早さで御前会議が開かれた。


「して、詳細を聞くとしようか?」


皇帝の入室と同時に開口一番に皇帝は今回の議題について問う。


しかしこれに答えれる者など居なかった。誰もが何故ニホンが宣戦布告をしてきて、どこから軍を送ってくるのかも分からないのだ。


そもそもの話、彼等大臣級ですらもニホンについて詳細を知る者は居ないのだ。最も知識のある者でも『商業と工房が発展した東の海の果てにある島国』しか知らず、具体的な位置すら知らないのだ。


ニホン国との正式な国交も結んでおらず、今回の宣戦布告も中立国を経由して受け取っている。誰もが皇帝の質問に答えれない。


誰が答えるべきか、互いに顔を見合わせる中、我慢の限界に達した皇帝が陸軍大臣を指名する。


「陸軍大臣。貴公は仮にニホン軍が襲来してきたとして、この迎撃は可能か?」


突然の指名に陸軍大臣は内心慌てるがすぐのその問いに答える。


「はっ!帝国の各地方には騎士団が駐屯しておりますゆえ迎撃は可能であります皇帝陛下!」


「ならば南方征伐の為に整えた討伐軍をニホン軍に向かわせる必要は無いと見てよいのか?」


「それは……ニホン軍の兵力が不明である以上、明確な答えは出来ませぬ。

何分、情報があまりにも出回っておらず、彼の国に対する明確な対応策が出せません……が、大陸同盟に対する対策に該当させて良いかと思います。」


「ならば南方の討伐軍を動かすと申すか?」


陸軍大臣の言葉に皇帝はそう聞き返した。誰の目から見てもそれを皇帝は否定的の立場であった。


南方の討伐軍は皇室の直轄地から徴集をかけた大軍であり、皇室の威厳をかけた大事業であった。その邪魔をするのかと皇帝は言外に問う。


「一先ずは近場の騎士団へ召集令をかけて即応の迎撃軍を編成させます。」


陸軍大臣は騎士団動員に留めた。彼には皇帝の不興を買うだけの度量は無かった。だがその見返りとして皇帝の機嫌を上げる事には成功する。


「ふむ……良かろう。それで?迎撃を終えた後はどうするか?」


「無論、身の程を弁えぬ愚かな連中に鉄槌を下します。ニホン軍を殲滅した後に迎撃軍はその勢いで東部の経済連盟諸国を滅ぼし、ニホンの影響力を崩壊させます。」


「手緩い。」


皇帝は軽く一言そう言った。これに会議場は沈黙する。


「経済連盟諸国などどうでも良い。狙うはニホンのみぞ。誰でもよいニホンの地理に詳しき者を探しだしてニホンを攻め落とせ…………ニホン産の品物が最近の社交界を揺るがしているとな?

 そなた達も夫人や娘達にねだられていると聞くが?貴婦人達の機嫌を買うには絶好の機会ではないか。」


その言葉に会議場で笑いが起こった。国務大臣はやはり全員が同じ状況であったと安堵の念を抱く。


そこへ外務大臣が口を開いた。


「ならばハンザブレックへも軍を向かわせるべきです。ニホンの商人共を捕らえればすぐにでも所在は判明するかと。ついでにニホン人の財産を押収して皇室の威光を大陸に知らしめましょう。」


「許可する。ハンザブレックに内通者がおるかも知れん…………特にダークエルフ共が近場にいるかも分からん。怪しい者は徹底的に調査せよ。」


会議は順調に進んでいく。しかしそこへ高級宦官が入室して緊急事態を報せる。


「会議中失礼致します!ハンザブレックと東部地方よりワイバーンによる報せです!」


ニグルンド帝国ではワイバーン種といった飛竜による伝令網が構築されており、同じ大陸のどの国よりも優れた伝達術を確立していた。


「続けよ。」


その言葉に皇帝は続きを促す。


「はっ! まず最初にハンザブレックでありますが……ハンザブレック港よりニホンの超巨大船が出現し、同都市はその日のうちに陥落しました!」


会議場に衝撃が走った。


「ニホンが!?それもハンザブレックからだと!?」

「有り得ん………あの都市の防衛は堅牢なり。生半可な兵力では1日で陥落するのは不可能であるぞ。」

「そもそもの話、海を隔てた国が大軍を展開するのもどれだけの労力か!誤報の可能性を疑うべきです!」


大臣達が各々の見解を述べる。


「静かにせい………東部はどうしたか?」


しかし皇帝が口を開き、報告にきた官僚へもう1つの報告を促す。


「はっ!東部の国境線にあるアバリャン要塞も同日にニホン軍の侵攻を受けて壊滅的な被害を受けて…………これも陥落し、ニホン軍は西進を続けてここジークザン侯爵の領都ジルクザイ近郊で軍を停止させていますと!」


ジークザン侯爵は帝国東部に領地持つ大貴族であり、東部防衛線の要でもあった。


「アバリャン要塞がだと!?まことか!?」

「二方向からの攻撃っ!?なんて事だ!」


陸軍大臣が慌てて確認する。


「複数の伝令からの報告です。信憑性は非常に高いかと。」


「…………ニホンは随分と入念な準備を整えていた訳か!」


皇帝が怒り心頭に言葉を漏らす。そして陸軍大臣へと視線を向ける。


「皇令を下す。直ちに南部の討伐軍を大陸東部へ向けよ。ハンザブレックのニホン軍に動きはあるか?」


「報告ではジルクザイと同様、ハンザブレックから動いては無いと………」


「ならば付近の諸侯へ包囲網を敷かせよ。東部のニホン軍を殲滅したらそのまま北上させてハンザブレックを解放させる…………これを機にあの街を完全支配するのだ。」


「承知しました!各所へ皇令を通達します!」


帝国唯一の自治権を持つ都市の直接統治、どうやら現皇帝はそれを望んでいるようだ。


御前会議の結果ニグルンド帝国南方の討伐軍10万の軍勢が東進、日本の陸上自衛隊の迎撃に向かい、北東部に位置するハンザブレックへは、北部地方の大諸侯、オルデンブル侯爵を中心とした貴族連合で包囲させる事が決定した。





     ニグルンド帝国 南部地方 

    帝国主要大街道の1つ南部大街道


帝国領の帝都と各地方の大都市を繋ぐ大街道。その街道では商人が集団を率いて南方の大諸侯が1つガンブリア侯爵家が領都とする都市ガブリエルを目指していた。


100人を越える商人。20台はあるであろう荷馬車。ハンザブレック以外の都市で名を馳せた大商人による行商。そんな彼等の目指す方向から1騎の騎兵が走ってきた。


「あれは騎士団の方か?」


商人の1人が言う。すると他の者達もその騎兵の存在に気付いて歩みを止めた。何事かと各々が自分の意見を言い合って盛り上がるなか、近くまできた騎兵が怒号に等しい声量で言い放つ。


「道を開けよ!これより軍がこの街道を進む。荷馬車は全て街道の外へ捌けよ! 

急げ!行軍を妨害した者は厳罰に処するものと思え!」  


その言葉にこの場にいた商人達は慌てて荷馬車を全て街道から逸らす。


「軍が来るって何事なんだ?どこかと戦争するってのか?」


荷馬車を押して街道の端へと寄せる1人が言う。


「ガブリエル方角から来るって事は……ひょっとして経済連盟っつところを攻めるじゃないか?ほら、元は大陸同盟だった東の辺境にある国々だ。」


「するってとそんな大した数では無いのか……それは良かった。何刻も足止めされるのは勘弁だぜ。」


少数の軍勢であれば然程の時間もかからず通り過ぎるだろうと予想した男は安堵したように言う。先方には約束した期限があるため、それに遅れてしまえば大事だ。


しかしそんな彼の希望的観測は簡単に裏切られる事となる。


暫く待つと彼等の視界の遥か先から軍の先頭集団が見えた。そしてその先頭集団が持つ軍旗を見て困惑の空気が流れた。


「変だな?ありゃ、第3騎士団の旗じゃないか?」


「第3騎士団って言うと南方の野蛮人共を討伐するって噂の?」


帝国の各地方の皇族直轄領土に本部を置く騎士団。それに該当する第3騎士団は数年前より南方の部族連合に対応するべく増員を繰り返した騎士団がこの帝国での中級階級者達での常識であった。


「あれはそうだべな……これは相当な数になるぞ。」


そこから更に待つと彼等は予想を越える軍列の長さに圧倒される。


騎士団を先頭に健康な男性から構成された一般歩兵の大軍。そこから南部の深い森を切り開くために動員された馬の何倍もの体格を誇る地竜。


彼等が見たことも無いような大軍勢が何時間もかけて彼等の前を行進していく。




     ニグルンド帝国 北部地方

  同地方 オルデンブル侯爵領 領都オルデン


人口10万人を持つ大都市で北部地方の中心部であるオルデンブル侯爵の領都オルデンに帝都からワイバーンで来た使者がオルデンブル侯爵との面会をしていた。


「……承知した。遠路遙々ご苦労であった。使者殿。」


帝都の使者から受け取った皇帝直筆の書簡を読んだオルデンブル侯爵は開口一番に使者の労を労った。


これに飛竜騎士は深々と頭を下げて応える。


「はっ!滅相もございませぬ。オルデンブル侯!是非とも侯を中心とした諸侯軍を率いて頂き、愚かなるニホン軍を足止めして頂きます。」


「これに依れば既に他の北部地方の貴族にも書簡は渡っているのだな?」


「はっ!左様でございます。カサルト伯爵、アラカ伯の他、6家の方々は一足先に出兵頂いております。」


帝国北部地方の各領地を治める貴族家の名を挙げる使者。どうやら既に北部の半数以上は皇令に従っているようだ。


「承知した。貴公も暫し休まれよ。この皇命、しかと受け取った。」


書簡を丁寧に丸めるオルデンブル侯爵を前に使者は己の責務を問題なくこなせた事に安堵の息を吐いて応えた。


「ご好意感謝しますオルデンブル侯。しかし何分、他の方々にも伝令を承っている身、僭越ながらこのまま失礼させて頂きますことを御容赦下さい。」


「そうか。ならば無理にとは謂わん。貴公の役目を果たされよ。」


飛竜騎士はその言葉を受け、感激に身体を震わせながら帰路についた。



領都オルデン上空を飛行して他の貴族領へと向かう使者を領城の窓から見送ったオルデンブル侯爵。


彼は受け取っていた書簡に視線を落とすと近くにあった燭台へと投げて燃やし、傍に控えていた家臣へと言う。


「兵を集める必要はない……少なくとも東部の戦況が分かるまではな。」


「承知しました旦那様。」


オルデンブル侯爵は虚空の空を見つめる。その方角はハンザブレックのある方向であった。




  

    ニグルンド帝国 東部地方

同地方 ジークザン侯爵領 領都 ジルクザイ

 

アバリャン要塞を制圧した陸上自衛隊 ニグルンド方面隊はその勢いのまま更に西へ進み道中の村や小さな町を占領し続けた。


そして陸上自衛隊の先遣隊はニグルンド帝国領の東部地方の中心都市である東の首都 ジルクザイから40kmの距離にまで到着してそこで待機した。


陸上自衛隊の姿は都市ジルクザイの衛兵達の目にも見え、この都市及び領地の統治者ジークザン侯爵の耳に報告が入った。


ウィルテラート大国の覇権国家ニグルンド。その東部地方の大諸侯とも呼ばれた人物ケンドリック ・デカイア・ジークザン侯爵は領都の居城兼行政の中心でもある城内でその報せを受けて領内の戦時体制を命令した。


「連中はそこで待機したままか?」


「はっ!恐らくは全軍の集結が完了してから再び動くかと思われます。」


ジークザン侯爵は領内の実質的な管理をしている自身の側近からの報告をもとに領城の窓から地平線の先を見る。


ここからでは眼下にある街並みを超えてなだらかな緑の平原が広がる景色が見えるが、噂の敵の姿は見えない。


しかしジークザン侯爵の瞳にはまだ見えぬ敵軍の姿が幻想として映っていた。


ジークザン侯爵は表面体こそ平常心を維持してるがその脳裏では動揺の影が見えていた。


帝国有数の貴族家 ジークザン侯爵家は帝国東側領土を治める地方名家で国内でも4家しか存在しない侯爵家である。


人口12万人の大都市を中心に広大な領地の他、複数の中規模都市も保有しており、鉄鉱山と銀鉱山といった豊富な金属資源も領内の山岳地帯にあり、まさに帝国有数の大貴族と言えるだろう。


しかしアバリャン城塞陥落から1日も経過しておらず、この時は未だ帝城ニグールにも報告が届いていない現在、ジークザン侯爵は正体不明の軍勢を前に建設的な対応策をすぐに出せずにいた。


「東から来たというのは間違いないか?」


ジークザン侯爵の確認の言葉に背後にいた側近は更に背後に控えていた別の家臣が答える。


「最低でも数千規模の軍勢が東部大街道沿いを進んでおります。それだけの規模となりますと……」


「東部でしか有り得ぬか。だがアバリャン要塞からの連絡は何も受けておらぬぞ?………えい!こうしても埒が明かぬ!

 大至急、帝都に報せを送れ。事が事である空便で向かわせよ。」


陸軍・海軍・空軍といった国の軍事組織以外にも侯爵級であれば限られた条件下において飛竜の保有を皇帝より認められていた。


命令を受けた飛竜騎士がジークザン侯爵直筆の書簡をワイバーン背中に設置した荷物袋に入れて飛び立った。


領城の1室からそれを見届けたジークザン侯爵は領内の武官達にこの都市の防衛体制の強化を命じる。


「いつ郊外の敵が動くかわからん。都市内へ厳戒令を発令せよ!それと同時に徴兵も開始してニグールからの増援が来るまでに軍備を整えよ!領城の私兵達も動員して構わん!」


「はっ!」


都市内の治安を守る衛兵達とは別の平時での侯爵が持つ居城や彼の一族を護衛する私兵達を動員して万が一に備える。


ジークザン侯爵家の領城で混乱が巻き起こる最中、この街ジルクザイの上空を監視する1機の無人偵察機(グローバル・ホーク)から送信された映像を本郷陸将は天幕の中で呟く。


「この街が打って出る様子はないか……あとは敵の主力が来るのを待つのみ。」


先ほど幕僚達との幕僚会議を終えた本郷陸将は次の仕事の空き時間を利用して偵察機からの航空写真や映像を再確認をしていた。


彼に割り当てられていた方面総監である彼の天幕内には今回の作戦に必要とされる大陸内のありとあらゆる情報を纏められた書類が束で置かれていた。


一応として自衛隊が運用するタブレット端末にもインプットされているが、本郷陸将は両方を利用して効率よく情報を頭に入れていく。


アバリャン要塞を堕として帝国東部の中心間際まで進軍を終えたニグルンド方面隊の次なる展開としては帝国側戦力との交戦であった。


帝国の中心部であり重要目標である帝都と資源確保も重要だが、両目標との距離がネックとなっていた。そこまで到着するには相当な物資の消費が懸念されている。


行軍で物資を消費するよりも先に帝国側の主力を片付けて今後の憂いなく帝国の占領が最も望ましいと言える。


故にニグルンド方面隊は帝国側で有利であろうこの土地で待機した。それと同時に全戦闘団の陣形整理と殲滅後の確認を行う。


その方針設定を先ほど終えて大陸事情を改めて確認する本郷陸将。そんな陸上自衛隊の最高位指揮官のいる天幕へと入る人物が現れ声をかける。


「貴重な休憩時間にも情報収集ですか?精が出ますね。本郷陸将。」


女性の声であった。その情報だけで本郷陸将は声の発生者の正体に気付き、彼は静かに身構えて後ろを振り返った。


長髪の髪を纏めることなくストレートに伸ばし、この大陸での隠密活動を前提とした革製の装備を着込む女性が本郷陸将の前に立っていた。


「アンジェラ君か。確か君はこれから……」


「まぁ、陸将閣下に私のことを覚えて頂けるだなんて、たいへん光栄なことですわ。」


本郷陸将からアンジェラと呼ばれた女性はその言葉にクスクスと口許を片手で隠すようにして反応した。


その動作1つが本郷陸将の鼓動を刺激させる。更には世の男性を一瞬にして虜にさせてしまう程の美貌と豊満な身体も相まって、その効果は何倍にも膨らんで本郷陸将を惑わせる。


(こいつは……心臓に悪過ぎる。)


表面体では平常心をどうにか維持する本郷陸将であるが、実際には強い警鐘を鳴らせて目の前に立つ女性を見る。


名前をアンジェラ。オルフェン=ニル国から派遣された者であり日本の内閣情報調査室に所属している所謂諜報員の立場にいるダークエルフだ。


そして彼女以外にも多数のダークエルフがこの方面隊に加わって本土にある統合作戦司令部より大陸情勢の把握と敵国側の工作活動を期待されて、本郷陸将の補佐としてこの方面隊本部就きとなっていた。


実際、彼女達の働き振りは方面隊本部でも高い評価を受けており、この方面隊が環太平洋経済連盟諸国を通過時の問題が起きることなく外交官と連携して見事な調整をとっていた。


更に帝国領内の進軍中には、村や町の責任者と話を通して無血開城といった功績も出している。


そして方面隊本部の幹部達が軒並み高い評価を受けている最大の理由は、彼女等ダークエルフ達の実に献身的な仕事振りと愛想の良さであろう。


このダークエルフ達は些細なしかし多くの幹部達が無意識に避けたがるような雑務を自らこなしていき、幹部達とも愛想よく話しかけている。


そんなダークエルフ達の対応を前に心を開いていく幹部達が続出していたのだ。


だが……それだけならば本郷陸将も警鐘を鳴らす必要は無いだろう。


純粋にこのダークエルフ達が日本国のために働いてくれているならば良いが、この者達の本心は別にあると一部の方面隊本部の幹部達は踏んでいる。


いや彼等自衛隊組織だけでなく、外務省や他の省庁といった国の重要な立ち位置に立ちその背中に重責を負っている者達の中にもそう警戒心を向けている者もいた。


彼等、彼女達は余りにも優秀で自分達日本人に裏表のない姿を見せていた。故にダークエルフを全面的に信じて依存度を高めている日本全体の動きに危機感を募らせる日本人もいた。


そして本郷陸将は目の前に立つアンジェラの整った顔を見て思案にはしる。


(下世話な話だが、恐らく既に彼女にのめり込んでいる部下がいるだろうな……)


本郷陸将のそれに至った理由、度々この方面隊本部を行き来する時に幾人かの幹部自衛隊員の彼女アンジェラに対して向ける妙に親しい目をしていたことから、本郷陸将はそう悟っていた。


十中八九、コイツ等と寝たな。


ハニートラップの類いにかけられた。それを確かめる術を彼は持っていないし、今はその時では無いとも分かっている。だが仮に事実であった場合、アンジェラは確実に自身をもこちら側に引き込もうとしている。


そう本郷陸将が疑惑をアンジェラに向けていたのを彼女は見透かしたかのように彼のすぐ間近まで近付く。


「あらあら………とっても真剣な表情ですわね。帝国との戦いに悩ませていましたか?それとも……」


アンジェラは更に本郷陸将へと近付き、顔を隅々まで見える程の距離になると小声で彼の耳元へ囁いた。


「何か、別の事を考えていましたか?例えば、私と"大切なお話"をするような事とか。」


彼女の色気のある妖艷な香りが本郷陸将の鼻を過剰に刺激する。若かりし頃の彼であれば可能な限りにアンジェラの魅力的な身体にガッつき艶かしい展開へと入っていっただろうが、老いた彼の身体と培ってきた精神力でそれを払い除ける。


「んんっ!」


咳払いをして椅子から立ち上がり、天幕内を歩き回った。


「………無論、今後の対帝国について考えていたさ。」


密かに流れた冷や汗を拭う事はせずに、歩き回ることで風で汗を乾かす。


(危なかった………)


心臓が痛い程に鼓動が早くなっていく。だが本郷陸将は確信に至る。間違いなく彼女達の魅力に引っ掛かった幹部達が既にいると。


現にアンジェラは非常に残念そうな表情で彼を見つめて、再びクスクスと笑った。


「あら、そうでしたか……流石は国防の要を背負う御方ですわね。」


アンジェラは再び本郷陸将を責めるかのように彼が座っていた椅子へと腰を下ろして、彼に見せつけるかのように足をゆっくりと妖艷に組んだ。


"手応えあり"アンジェラにそうロックオンされてしまったと本郷陸将は気付き更に危機感を高めて牽制しようとするが、先に彼女の一手が動いた。


牽制しようと本郷陸将が彼女と対面で話そうとしたその時、アンジェラはこれまた一際強い艶かしい雰囲気を醸し出す。本気で本郷陸将を堕としにきていた。


(これは不味いっ)


平常心を維持したまま遠回しの牽制ではこちら側が不利だと悟った本郷陸将は直接言うこととした。


「警告しておく。今後、私に裏工作の真似事をする積もりならば君達の転属辞令を書くことになるぞ。

 私の権限であれば君達を今回の作戦は愚か、今後の重要な仕事に就かせない事も可能だ。」


本郷陸将の単刀直入な言葉に一瞬アンジェラはキョトンとした表情になる。が、すぐにあの色気の感じる笑みを浮かべた。


本郷陸将は彼女が正体を現したと直感で気付いた。


「これはこれは………随分と直接的に仰るのですね?

 焦らされるのは好みでは有りませんでしたか?」


アンジェラは自分の身体を腕でなぞるように動く。その動きで革の服越しからでも彼女の豊かな胸の形が目立つ。本郷陸将は強い言葉で打ってでる。


「警告は必要ないと受けとるべきか?自衛隊を惑わす者は容赦なく排除するぞ。」


本郷陸将の言葉にアンジェラはそこで厭らしく動かしていた腕を肩まで上げて手を振った。


「それは誤解ですわ。私達はただ、皆様と良い関係を築きたいだけです……これが私達の真意です。それ以上もそれ以下もございません。」


「既に我が国とオルフェン=ニル国とは強固な同盟関係にあるが?

それも他の経済連盟諸国よりも大きく優遇した立場にあると言うのにまだ不満だと?国がどれだけの資金となけなしの資源を使って君達の国家を建国してやったことか……」


もう充分であろう。そう本郷陸将はアンジェラに言うが彼女は艶かしい笑みを浮かべたままそれに返答する。


「そういう意味ではありませんわ本郷陸将閣下。国家との話では無く、個人との関係のことを言っているのです……より深い関係になりましたら、お互いにとっても良い事ではありませんか?頼もしい味方となるのですよ。」


アンジェラは立ち上がり、両腕を腰の後ろで組んで本郷陸将へと歩み寄る。思わず後ずさろうとするが、彼女の勢いに負ければそのまま呑み込まれると直感が働き、その場に踏み止まった。


「ほら、私達ってとても魅力的な姿ではありませんか?………多くの殿方を満足させるだけの力を、私達は持っているのですよ?」


互いの唇が触れる程の距離、それに負けじと本郷陸将は睨んで応える。


「私には配偶者がいる。不倫騒動で私の立場を危うくさせるのが狙いか?」


「そうではありません。私達は頼もしい味方を欲しているのです。私達はこれまで長年に渡って迫害されてきた歴史がございます。」


「知っている。それを我が国が庇って君達の保護をした。そして君達に自衛のための力も与える。」


だからそれ以上を求めるな。そう言外に伝えるがアンジェラの表情は変わらない。


「何度も言いますが貴方達は誤解をなさっています。"非人道的"な迫害を受けてきた私達は、今の平穏な生活を手放すまいと本能で動いているに過ぎません。」


アンジェラは一旦区切り、本郷陸将と更に近づく。


「穢れた種族。そんな私達に唯一手を差し出して下さったのは日本だけ。ですから私達は最大限の御恩をお返しそうとしているのです。

無論、下心もあります。

 しかしそれは些細な物であります。『次の世代にもこの安寧の生活を与えたい』もし、この豊かな生活に終わりが来てしまえば…………本郷陸将閣下もそんな不安を抱いてしまう心理がお分かりでしょう?」


「……それはどういう意味かな?」


本郷陸将の質問。しかしアンジェラは意味深に笑うだけに止め、言葉を続ける。


「あら?私ともっと会話したい事でよろしいのですね。」


そこへアンジェラの細く綺麗な手が本郷陸将の頬へと初めて触れる。慌てて彼はその手を払い除けて距離を取った。


「よせっ!………最後の警告だ。お前達の働き振りは認めてる。だがな、我々の任務に影響をきたすような事があればその時は、こちらもそれ相応の対応を取る……他の連中、いや、その上の者にも伝えておけ。分かったな?」


再び本郷陸将による強い警告。それを受け取ったアンジェラは残念そうに笑みを浮かべたと思えば深々と頭を下げる。


「承知しました本郷陸将閣下。御警告、肝に命じておきますわ。」


「もう1つ付け加えとくが、自衛隊に閣下はいらん。」


「あら、そうでしたわね……それでは、また会いましょう…………本郷陸将。」


アンジェラはヒラヒラと手を小さく振って天幕から出ていった。


「はぁ…………なんて女だ。」


1人となった天幕内を本郷陸将は心底疲れたように椅子へと座り込んでため息を吐いた。


なんとか追い出す事に成功した本郷陸将だが、逆にまるで彼女に逃げられたかのような錯覚に見舞われる。


「この様子だと相当数で引っ掛かっているな………」


50歳越えで性欲の全盛期を通り過ぎた筈の彼ですらこの有り様である。きっと彼よりも若い、それも野心溢れる若手の幹部達はアンジェラのような他の女ダークエルフ達の手に掛かっていても可笑しくない。


「まさかこの世界の連中がダークエルフを迫害した理由がそれじゃないだろうな?」

 

全く根拠のない考えを巡る本郷陸将。そこへ幹部の1人が天幕内に入ってきた。


「失礼します本郷陸将。そろそろ次の会議のお時間ですが……どうしましたか?」


疲れたように座り込む本郷陸将の姿を前に幹部は聞くが、彼は形だけ意気揚々と立ち上がって応える。


「……何でもない。行こう。」


「はっ。こちらであります。」


天幕から出た本郷陸将は来るべき決戦準備を整える。




本郷陸将用の天幕から出たアンジェラは何人かの幹部等と擦り違って軽めの挨拶を繰り返していき、人気の少ない場所まで歩くと彼女の背中へ声をかける者が現れた。


「それで?総監殿はどうだったかしら………アンジェラ。」


アンジェラと同胞である同じく内閣情報調査室のナリマという女ダークエルフであった。その友でもある彼女の問いにアンジェラは首を振った。


「駄目ね。手応えは感じたけど、あれは中々の堅物よ。」


そんなアンジェラの返答にナリマは意地悪そうに言った。


「単純に好みに合わなかっただけじゃない?幼い見た目に興奮する男もいるでしょ。」


「あの方はそういったタイプではないわね。」


アンジェラは自信を持って応えた。少なくともあの男はそんな下衆な人間ではないと。


「あら?もしかして……惚れちゃった?確かに魅力的なおじ様だものね。」


ナリマはからかうように言うがアンジェラは彼女にも意味深に笑う。


「それも有るかもね。自衛隊でも高位の立場に立つ人物よ。きっと私達を守護してくれる貴重な存在となるわ。」


「そうね。神様が私達にお与えに成られた最後の希望。絶対に逃してはならないわ。」


「勿論よ………それよりもそろそろ出発かしら?」


話を切り替えたアンジェラ。それにナリマは持っていた外套を渡す。


「そうよ。お仕事の時間だわ。日本の支援をして国に帰りましょ……私達の故郷へ。」


故郷。その単語を言ったナリマの表情は緩んでいた。その気持ちを強く共感するアンジェラ。彼女達ダークエルフにとってその言葉は余りにも魅力的で温かさを持つ不思議な力が籠っている。


「そうね。早く帰りましょう。大切な故郷へ。」


アンジェラも同様に表情を緩ませて応える。


あぁ、何て素敵な言葉なんでしょう………どんな手を使おうとも、私達の故郷は守る。彼女はそう決意を改めて固く決めた。





ニグルンド方面隊の全戦闘団の陣形が整ってから9日間が経過した頃、ようやく彼等のいる地点からでも確認できる距離にまで帝国の討伐軍が到着した。


南方の部族連合討伐のために皇帝直轄の騎士団と徴集兵の他、各地方から更に徴集された兵士達が合わさった結果、当初よりも多い14万もの大軍が陸上自衛隊の前に立ちはだかった。


更にその後方からはニグルンド帝国が誇るワイバーン・ロードとワイバーンの混成部隊が開戦前に攻撃を繰り出して日本に打撃を与える。


「ようやく開戦か……」


方面隊主力部隊より前方10kmの位置で陣を整え始めるニグルンド帝国討伐軍。どうやら彼等は東部地方の大都市ジルクザイを背後に構える様子だ。


自衛隊側から見れば既に特科部隊の射程距離内にいる訳だが、彼等にそれを予想する事は不可能であり、何の疑問を抱く様子もなく黙々と陣形と陣地を構築中であった。


「本郷陸将。全戦闘団、準備完了であります。」


方面隊本部の総指揮天幕内にいた古賀廉矢陸将補が言う。他の幹部達も本郷陸将の指令が出るのを待っていた。彼の指令で再び4個師団以上の陸上自衛隊がその銃口と砲口に炎が吹き上がる。


本郷陸将は息を吐いた後、全部隊に繋がっている無線マイクへと指令を告げる。


「……全戦闘団、攻撃開始。」


その瞬間、天幕内に設置された全ての通信機器から作戦開始が通達された。






『全戦闘団、攻撃開始。』


後方の方面隊本部より通達された指令はリアルタイムで前線の戦闘団にも伝わり各戦闘団が戦闘体制へと移行した。


「特科隊、砲撃開始!目標前方の敵軍陣地!弾種榴弾!」


号令と共に特科隊による一斉砲射が始まり、討伐軍と対面する最前線の普通科部隊も動き始める。


14万のニグルンド帝国軍に対して3つの戦闘団、計1万8000名の普通科隊員が戦闘車輌と共に少しずつ行進を始めた。


彼等が100m進んだ時、視界の先に見えるニグルンド帝国軍の陣地から多数の爆炎が咲き、その衝撃音が彼等の耳に数秒遅れて響く。





   ニグルンド帝国 ニホン討伐軍

          本陣


騎士団が警備する陣地を歩く一団。やがて数ある天幕を通り過ぎていき、この本陣で最も大きい天幕の中へと一団の先頭を歩む人物が入る。


「将軍!」


入室と同時に将軍と呼ぶ声が発せられると既に天幕内に待機していた男達が一斉に立ち上がって入ってきた人物を迎え入れる。


「座ってくれ。」


その人物は天幕の上座に座って開口一番にそう告げると直立した彼等は再び椅子に座る。


ニホン討伐軍の最高指揮権を皇帝より授かった人物。宮内諸侯が1人、ミマイド・シュメール・アバット伯は眼下に整列する将校達へと言葉を発する。


「まずは長距離の行軍、ご苦労であった。その甲斐あって予定よりも大幅に早くこの地へと到着した。大義である。」


アバット伯の労いの言葉に一同に空気が弛む。突然の帝国への宣戦布告に彼等は驚いたが、いざ蓋を開けて見れば敵であるニホン軍は堅牢な都市ジルクザイを前に包囲する事すらせず、しかも圧倒的な兵士差があるのだ。彼等の脳裏には勝利は確定事項となっている。


「三の日までには、ここのニホン軍を殲滅した後にハンザブレックへと軍を転進。

 どうやら向こうも僅かな軍で都市を維持するので手一杯のようだ……南部の部族連合との開戦前には丁度よい演習となるであろう。」


その言葉に一同の戦意が昂ることをアバット伯は肌に感じた。まさしくこの会戦こそが帝国軍の誉れ高き戦となるかとを確信しているのだ。


「道中の話を聞けばどうやらニホンは大陸同盟諸国からの手を借りずに単独で我らと矛を交わるつもりのようだ。」


アバット伯は息を吐いて一笑した。


「諸君等も言わずとも既に連中共の魂胆は分かっているだろう。大陸同盟なんぞに祭り上げられた故に単独で我らと戦い、その国力を知らしめる………新興国によくある滅亡の理由は正しくそれだ。どうやらあの国は歴史を知らぬ浅学者共の集まりという訳だ………なんとも人騒がせな話だがな。」


天幕内の彼等を見渡しながら話続けていたアバット伯は1人の人物を名指しした。


「第3騎士団 ロブーン騎士団長。」


名指しを受けた人物、ロブーン第3騎士団長はその身体を覆った全身鎧のまま立ち上がる。


皇帝直轄の騎士団長のみが装備することを許された魔化製の装備。その装備からは魔化された物特有の光沢のように光っていた。


皇宮魔道会の総力を注ぎ込んで強力な魔化を施された鎧は、皇室近衛騎士隊に支給されている魔化鎧のそれを遥かに凌ぐ性能を誇っており、その装備を身に付けた人物は帝国内のあらゆる業界問わずの人々から多大な羨望を一身に受けていた。


事実、ロブーン騎士団長が立ち上がると周囲の錚々たる将校達が一斉に彼に対して羨望という視線を向けていた。


そんな最高位の騎士位を授かったロブーン騎士団長に、アバット伯は言葉を発する。


「貴公に今会戦の先鋒を任ずる。南方の討伐前の肩慣らしにはうってつけの相手であろう。」


戦功を与える。討伐軍最高司令官の粋な計らいとも言える采配にロブーン騎士団長は静かに頭を下げた。


「軍令。承りました。この名に恥じない働きを大陸中に示しましょうぞ。ニホン軍は皆、この地にて我等の苗床となることを確約します。」


討伐軍最高の騎士による宣言。これを前に一同の戦意が更に昂ったことをアバット伯は満足そうに笑みを溢した。


帝国ニホン討伐軍の会戦準備が整うまであと数刻。それが終わり次第にニホン軍を壊滅させてこの下らない動乱を終結させる。


討伐軍本陣の昂る高揚、それはこの討伐軍全体でもそんな光景が続々と広がっていた。




     同ニホン討伐軍 陣地内

  第3騎士団 中央騎士隊 待機天幕 


14万もの大軍を収容する巨大な陣地。その至る所でこれから起こるであろう戦を前に大いに盛り上がる一般兵達を横目に1人の騎士が陣地を歩く。


兵士らしからぬ下品な盛り上がりを見せる、ある集団の一部を目に、その騎士は眉間に皺を寄せて機嫌を悪くしつつも目的の天幕へと到着すると一呼吸の間も置かずに中へと入った。


「隊長!外の連中への処罰許可をお願いします!」


天幕の入り口布を強引に押して入って早々、怒りの感情を少しも隠さずに言う騎士。そんな騎士とは対称的に天幕内に置かれた椅子に腰掛け、机の上に足をダランと乗せて寛いでいる騎士は気ダルそうに反応した。


「ビックリしたな……急に大きなを声を出すな。私はお前の上官だぞ?」


そう怠惰な感情をさらけ出す騎士。第3騎士団の隊長を勤める顎髭の目立つ男性 ロッツ・ブイトは自身の天幕へと入ってきた騎士を見る。


ブイト隊長の目には天幕の入り口の隙間から差し光る陽光を背景にして、腰に両手をかけて自分を静かに睨み付ける女騎士の姿が映っていた。


「お前の悪い癖だぞ?ファンシル。そんなじゃあ、嫁の貰い手に苦労する……」


目をごしごしと手で擦りながらブツブツと苦言を漏らすブイト隊長を前にエルドリアと呼ばれた長髪の髪をポニーテールにして纏める女騎士、エルドリア・ファンシルは尚も不機嫌な様子を隠さずに続ける。


「それは余計です隊長!それよりも外で騒ぐ傭兵達の規律をどうにかするべきです! 私達、騎士団を前にあんな態度を……」


ファンシルはそう言うと入り口の布を大きく開けてブイト隊長に外の景色を見せる。


ブイト隊長は天幕へと入ってくる陽光の強い光に一瞬、目が眩んで思わず片手で顔を遮るが彼女の強まる視線に気付くと漸く外の景色を眺めた。


その視線の先には騎士団に与えられた待機区域の外側で傭兵達が各傭兵団毎に集まって騒ぎを起こしていた。


荒くれ者共が集まる傭兵団。討伐軍が対部族連合戦の為に雇い入れた者共であり、彼女が機嫌を悪化させる要因そのもの。どうやらあの昂る戦意に我慢できずに騒いでいるようだ。


「こんな所にまであんな奴等を連れてくるだなんて………帝国の民達に示しがつかないではありませんか!

 ましてや私達騎士団の隣に待機所を設置するだなんて。これ見よがしに賭博や喧嘩をする始末です。」


ファンシルは両手を組んで言う。それにブイト隊長は大きく腕を上げて凝り固まった身体を解す。


「それは仕方ないだろ?駐屯地に閉じ込めた所で守備隊の命令なんて聞かないさ。それを管理するために俺達の目に届く所に置くのさ。」


ブイト隊長のフォロー。それを聞いた彼女はズイッと彼に近付いて小言を言う。


「それを理解なさってるなら、早く隊長としての職務を果たして下さい。」


揚げ足を取られた。そう言葉を舌で転がすものの、それを胃袋に呑み込んで立ち上がった。


「はいはいよ。姪っ子の頼みとあっちゃ、それを無視する訳にもいかんからな。」


「私は騎士としての責任を説いているんです。」


尚も不機嫌な態度を変えないファンシルを背後にブイト隊長は久し振りに天幕から出て、再び身体を伸ばして解す。


「おほん……」


ある程度の時間を要して身体を解していると背後のファンシルが咳をして"早くしろ"と急かすのを感じた騎士隊長は早足になる。彼女もそれに続く。


連なる天幕を横切り、地面に座り込んで賭博で盛り上がっている数人の傭兵達のもとへと歩いたブイト隊長とファンシルの2人。


「だはははっ!また俺の勝ちだぜ!今日はやけにツいてるな…………あん?」


地面に現れた人影に気付いた傭兵達は訝しげにブイト隊長の方を見る。


「騎士様が何用ですかい?

 俺達に南の野蛮人共と戦えと言っときながら、あんな長距離を歩かせておいて……」


歓迎してるようには見えない表情と言葉を背後で聞いたファンシルが前に出ようとするのを手と視線で制すると彼等へと視線を戻したブイト隊長。


4人の傭兵が地面に広げられた1枚の布を囲んでいるのを見たブイト隊長は単語を発する。


「ブルットか?」

「あい?」


聞き返す傭兵を前にブイト隊長は布の上に置かれた小さい壺と四角の駒を指差した。


「それの名前だよ。お前達、ブルットをやってるのか?俺も混ぜてくれよ。」


「へぇ!騎士様がブルットを知ってるんですかい?………へへっ、こいつは驚れいた。」


傭兵達の意外そうな表情を前にブイト隊長は自信ありげに応えた。


「勿論だとも。何せこの俺と名前が似てるからな。何を隠そう、この俺も元は傭兵団出身で…………おわっと!?」


「隊長、ちょっと良いですか!」


過去の話に遡ろうとする隊長を見かねて裾を掴んで後ろに引っ張るファンシル。


傭兵達はそんな奇妙な光景を目の当たりにして互いの顔を見合せ、訝しげに顔を傾けた。





先程の傭兵達から距離が離れたと判断したファンシルは乱暴にブイト隊長の裾を離した。


「おいおい、今度は一体何なんだよ?制服が伸びたらどうすんだよ………」


掴まれた裾を確認するブイト隊長であるが、完全に怒り状態に入ったファンシルの表情を見て流石に不味いと判断したのか、すぐに真面目な話に切り替える。


「はぁ……言いたい事は分かってるさ。だが俺は元傭兵だ。アイツ等の言い分に多生の情けを掛けたって仕方ないだろ?」


頭を掻いて言い訳のような言葉を述べる隊長。それにファンシルは呆れたように、息を吐いて反論する。


「今の貴方は隊長であります。多くの騎士を従えて皇帝陛下、そして帝国の民を守る責務があります。

 それを規律も無視をする彼等の肩を持つようであれば上級騎士隊長への報告をせねばなりません………私だって身内の人間を告発する事は嫌です。ですから叔父さんも……」


その後の言葉を口には出すことは無かったが、ブイト隊長も流石に罰が悪いと感じたか、視線の先を変えて件の軍勢に話題を反らす。


「努力するよ……話を変えるが、お前はどう思う?あのニホンについて。」


ブイト隊長の言葉に彼女も自分達が構える陣地と相対する場所に陣地を構えているニホン軍の方へと顔を向けた。


平原の先、数バレク進んだ所にある丘を中心にニホン軍と呼ばれる軍が大方の陣地構築を完了させた様子で待機していた。数にすれば1万と数千程度だろう。


軍の指揮官から聞いていた話では最低でも数万の軍勢がいるとの話ではあったが、どうも他の部隊はそこから更に後方へ離れた場所にいるらしい。


「私には敵のねらいが皆目検討が付きません。いったい何故、数的に不利なこの状況下で軍を合流させずに……」


「いや、違う。そっちでは無くてだな。」


どうやらブイト隊長の質問は戦術的な事を聞いているようでは無いようだ。彼は顔を横に振ると静かにその場で腰を下ろした。


「………数年前に突如として現れて、大陸東部を瞬く間に影響下に取り込んだ………その手腕も対したもんだが……何故、奴等はあんなに事を急いでる?」


「と、言いますと?」


質問の意図が分からず、ファンシルは困惑した表情で聞き返した。


「俺の目には連中が何かを必死に追い求めてるように見えるんだ……ずいぶん昔になるが俺も惚れてた女がいて、その女のケツを追いかけるのにかなりの苦労を………いや、すまん。」


後半の内容にファンシルの眉が再び険しくなるのを見たブイト隊長は慌てて話を戻す。


「大陸同盟国を動かさずに単独で俺達に喧嘩を売る……奴等にはそれだけの自信があって、そうせざるを得ない事情があるんじゃないかって俺は思ってる。

 纏まりのない小国を連れてきたって足手まといは明白。奴等には時間が無いんじゃないか………録に奴等の情報が無いい現状で考えたって意味無いけどな。」


「……何なんですか、この話?」


結局、彼の話が理解出来なかったファンシルはジト目で見つめるだけであった。ブイト隊長はそれに目を合わすまいと視線をニホン側へと固定する。


その結果として彼は帝国陣営側で最初にニホン側の行動を気付いた人物となる。


「っ………動いたぞ。」


先程までのふざけた雰囲気を出していたブイト隊長が一転、騎士達を指導する上官の顔となり、ファンシルもその反応を前に反射的にニホン側へと視線を向けた。


見れば確かに前方に展開していた3つの集団がこちら側へと進軍する光景が見えた。


14万の大軍に対して数千程度の軍勢が決死の突撃をする。端から見ればそんな視点となるであろう。


「まぁ、向こうからすれば先手を取られるよりは幾分かマシ……と言えるか。なにやら見慣れない物を持っているようだし。」


ブイト隊長はニホン側の戦術を前にそう評価し、顎髭を手で撫でる。彼が気になる最大の点は集団の中にかなりの高確率で混ざっている大きな謎の動く塊だ。周囲の歩兵と共に動きを合わせる戦竜のような物体。恐らくは彼等の切り札だろう。


「悠長に言ってる場合ではありません!すぐに応戦しなくては!」


まったりとするブイト隊長とは相対的にファンシルが慌てた様子で言う。そんな彼女を横にブイト隊長は一呼吸の息を吐いてから言葉を発する。


「まぁ待て、この距離だ。たとえ駆け足でも1刻分の猶予はある。その間にこっちの前衛部隊も準備が整うさ……ほれ、既に動いてるだろ?」


ブイト隊長の指差す方向には、陣地のニホン側と向かい合う外周側の位置に天幕を張っていた徴集兵士が続々と装備を整えていく彼等の姿が見えていた。


ニグルンド帝国において、皇帝直轄の常備軍は帝国騎士団であるが、各騎士団には数千~1万人前後の騎士が所属している。しかしこれでは有事の場合では数が少ないため、その各騎士団の下に付く皇室直轄領土から召集された一般兵士(齢15~30までの健全な男性)が加わる編成になっている。


彼等一般兵士達は有事の際には騎士による指示を受けて戦場に立つこととなり、戦時体制が解かれれば元の生活に戻る予備役の立場となっている。


その結果としてニグルンド帝国の皇帝及び皇室は大貴族を筆頭とした諸侯等とは隔絶した軍事力を持つ事に成功し、帝国建国から現在に至るまでこの皇室との主従関係が続いていた。


そんな彼等は騎士団より支給された装備と武器を手に取り、騎士等による指示を元に戦列を組んでいた。


ニホン側の動きと規模から見て、威力偵察の可能性もある。まずは彼等一般兵士達が正面から当たり、その間を主力である騎士団が両翼から包み込んで包囲殲滅する。


ブイト隊長はこれから本陣から来るであろう軍令をそう予想し、隣に立つファンシルへと向き直った。


「そろそろ俺達も戻るぞ。いい加減に鎧を着とかないと大隊長に大目玉くらっちまう。」


「私は最初からそう申していた筈ですが?」


ジト目で見つめる姪っ子を無視してブイト隊長は自身に割り当てられた天幕へと踵を返す。戦闘準備を整える一般兵士達とは背中を向けて、その一歩を歩んだ。


その瞬間、上空から何かが落ちてくるような風切り音が聞こえたと思えばその数秒後に2人の背中を強烈な爆風と熱気が襲い掛かった。


「っ!?」

「きゃっ!!」


普通では考えられない程の強大な衝撃波がファンシルとブイト隊長に押し付け、2人はそのまま地面へと倒れ込む。


「ファンシル!無事か!?」


ブイト隊長は倒れはしたが、瞬時に身体を起き上がらせて真っ先に姪っ子の安全を確認する。


「わ、私は無事です……」


ファンシルは先の爆風で周囲に舞い上がった土埃を手で避けながら立ち上がる。


幸いにも2人は衝撃を身体に受けただけで大した怪我を追ってはいなかった。だが、他の場所では大惨事となっていることを遅れて認識する。


帝国の主力と豪語しても過言ではない討伐軍を収容する広大な陣地、その陣地中の至る所から黒煙と炎が立ち上っていた。


「これは一体……」


原因不明の爆発による衝撃からまだ幾分かの動揺が拭えないでいたファンシルは視界に広がる光景を前にその表情を驚愕で染める。


「魔道師達の反乱か事故……って訳では無さそうだな。」


帝国魔道師による要因を真っ先に思い浮かんだブイト隊長だが、仮に全魔道師が総力を挙げようともこんな大規模な爆発は起こらないだろうとその考えを捨てた。


味方側が原因では無い。ならば考えられる要因は二つ。自然発生か敵による爆発。ブイト隊長はタイミング良く動いたニホン側の動向を鑑みて彼等が何らかなの方法でこちら側へ先制攻撃を仕掛けたと読む。


瞬時に考えを纏めたブイト隊長は、立ち上がったファンシルの両肩を掴み指示を出す。


「第3騎士団 補騎士ファンシル。お前は直ちに天幕へと戻って俺の隊全員の点呼を行った後に戦闘態勢をとれ。」


戦場に立つ漢の顔となって叔父の姿を前にファンシルも気持ちを完全に切り替え、この指示を受け取る。


「っ……補騎士ファンシル。隊長のご命令しかと承りました。速やかに全隊員へ戦闘態勢を取らせます。」


「急げよ。こいつはかなりヤバそうだ。」


「はっ!」


ファンシルは土で汚れた騎士服を気にかけることなく騎士団の天幕へと走った。





姪っ子と同時に部下でもあるファンシルの後ろ姿を見送ったブイト隊長は今もこちら側へ進軍をする


「さて……ニホンさんよ。アンタ等、一体何をしやがったんだ?」


彼がそう呟くと同時に再び風切り音が耳に入る。


「ちっ!第2波か!」


姿勢を低くして上空を睨むブイト隊長。そのお陰で今度はこの音の正体を見つけることに成功した。


青空に見える高速で降り注ぐ大量の黒い楕円形状の粒。それがこの広大な陣地内へと落下する。


その粒達が地面に到達した刹那、またもや爆発が発生して彼の身体を衝撃で震わす。今回は距離があった為かその程度の衝撃で済んだ。


「ファンシルは無事だろうな………」


既に見えなくなっていた彼女の姿を思い返すが首を振って、ブイト隊長は1度目の爆発で甚大な被害を被っているであろう前方の傭兵陣地へと走る。


何せあの衝撃波である。指揮能力のある騎士や傭兵隊長等を喪えば、荒くれ者共である傭兵達なぞ烏合の衆、より混乱が増してしまう前に彼は事態の収拾に取り掛かる。


案の定、先の爆発はかなりの広範囲で大きな影響を及ぼしていた。彼が走る行く先々で生き残った傭兵や一般兵士が入り乱れる形で走り回っている。


持っている武器を片手に仲間や上官の姿を探す者、負傷した仲間を救助する者、突然の事態にただただ混乱する者、そんな彼等に怒号を上げて指示を下す者。現場は一瞬にして大騒動となっている。


そんな場所でブイト隊長は尚も混乱が収まる様子の見えない区域の一角で走り回る彼等へを止めて指示を出す。


「第3騎士団の正騎士隊長だ!動ける者は速やかに武器を持って隊列を組め!軽傷者は負傷者を連れて後方の陣地へ走れ! 

 モタモタするなよ!敵がどんどん近付いてきてるぞ!」


大惨事の最中、自分達へ明確な指示を飛ばすブイト隊長を見た彼等は安堵と共に近付いてきている敵の存在を思い出して次々と戦列を組み始める。


そこへ他の騎士がブイト隊長へと近づく。


「正騎士のコムルだ!部隊の纏めあげ感謝する!」


「気にするな!それよりも迎撃準備を急がせろ!後方から俺の騎士隊がくるから合流して……」


ブイト隊長と同じ隊長職を持つ騎士と話すが、そこへ第3波となる怒涛の爆発が起こる。今度は彼等の付近でそれが起こり、ブイト隊長は再び地面を転げ回る。


「クッソ!何を使ったらこんな威力の爆発を起こせるんだ!?」


度重なる大規模な爆発。区域1面を天幕で覆っていた筈の地面には、大きな爆発跡の窪みが残り、多数の死体が鮮血と共にその周囲に散らばるようにして広がっていた。


ブイト隊長はそこで兵士達を一纏めにして戦列を組ませたのは失態だと気付く。あのような爆発を何度も使われるようでは相手に効率良く消耗させるだけなのだから。


「あぁ糞が!生き残っている者は散らばれ!後方の陣地まで後退するんだ!そこで魔道師の結界線を張ってこらえるんだ!」


彼は先の爆発で運良く生き残っている兵士達にそう命令する。魔道師の中には物理攻撃や魔法攻撃から身を守る結界魔法を行使する者がおり、その彼等は後方の陣地にいることをブイト隊長は記憶していた。


その結界が守れる範囲や強度は術師の能力次第で前後するのだが、果たして討伐軍に所属している彼等でこの爆発を防げるのか疑問が残る。


(とは言ってもこれしか無いだろうが。)


そんなブイト隊長の心境とは他所に指示を受けた兵士達は一斉に我先へと後方へと走る。誰もが一刻も早くこの爆発から逃げたいと願った。


持っていた武器を地面に落として少しでも早く後方へと走る兵士達。その列は次第に増えていき、やがて前衛に位置する陣地にいた多くの兵士達が後方陣地へと後退していった。


ブイト隊長は1人でも多くの兵士達が後退できるようにその場に踏み止まって後続の彼等へと指示を出していた。ブイト隊長自身も一刻も早く安全な後方へと行きたいが、これも一般兵士達を指導する立場にある正騎士である彼の役職がそれを辛うじて阻止した。


彼のいる周辺では既に大多数の兵士達の誘導を終えた時、ブイト隊長は再び耳に奥から響き渡るあの空気を切り裂く音が入ってくるのを感じた。


「近い………上かっ!」


瞬間的にブイト隊長が首を上げたその時、交差するように砲弾が彼から数十m付近の地面に直撃。そのすぐ後に彼を衝撃波で吹き飛ばした。


ーーーーー


…………混沌とした意識の中、ふとブイト隊長は何者かに身体を揺らされた感覚を覚え、その閉じていた瞼を開いた。


『おい、生きてるぞコイツ………』

『マジか。あの砲撃で良く生きてやがるな。それも殆ど無傷だぜ?』

『周りを見てきたが、付近の生き残りはコイツだけのようだな。大した運の持ち主だ。』


未だにハッキリとしない意識で言葉が行き来する最中、ブイト隊長はゆっくりとそして確実に脳を活性化させていく。


やがて彼の意識が鮮明になってくると同時に自分を取り囲んでいる謎の集団の姿もハッキリと目に映った。


緑色の装備を全身に身に纏い、その両手には見慣れない黒い長物を握り締めてこちらへ油断なく構えるその姿。ブイト隊長は彼等がニホン兵だと理解し、いま自分は取り囲まれていることも認識した。


「あぁ……糞ったれめ。」


記憶が飛んでいつの間にか捕虜寸前の立場となっていた事に思わずブイト隊長が吐き捨てる。そのすぐ後に後ろから数人掛かりで取り押さえられる。


「こちらCP、捕虜を1名確保した。これより他の捕虜も連れて集積所へ向かう。」


拘束してくる彼等に抵抗するブイト隊長は肩に着けた何かに言葉を発するニホン兵の姿を目に収めるが、抵抗することに意識を集中していたため彼は気に止めなかった。彼の脳内にあるのは軍の被害状況と姪っ子の安否の二つであった。


『こちら本部、了解した。尚、第8戦闘団が敵本部付近の丘にて交戦中である。現時点で組織的な抵抗は収まりつつあるが、捕虜移送を終え次第、現場の増援にあたれ。』


「こちらCP、了解……すぐにソイツを車に詰め込んで現場に急ぐぞ。」


必死の力を振り絞って抵抗するブイト隊長。彼の身体能力は陸自隊員達の手を煩わせるには充分であった。


「コイツ、おとなしくしろ!」

「ぐはッ!」


それに対して陸自隊員は銃床を彼の背中に叩き付けて気絶させる。


「ファン………シル」


背中に走った激痛で倒れ込むブイト隊長は再び意識が途切れる前に姪っ子の名前を呟いて瞳を閉じた。その時に最後に彼が聞いたのは討伐軍の陣地側の方角から連続して響く何かの破裂音だった。




       同ニホン討伐軍    

       本陣付近の丘


本郷陸将による戦闘が開始されてから1時間が経過しており、この時既にニグルンド帝国側の前衛陣地は陸上自衛隊の火砲による一斉砲撃によって壊滅的な状況となっていた。


そして討伐軍本陣の近くにある丘は、陸自の攻撃から逃れてきた兵士や傭兵達が丘を登った先に広がる本陣へと下る最中であった。


「退けっ!お前達下がらんか!」


そんな丘を敵の方角から雪崩れ込んでくる兵士達を掻き分けて進むのは装備を整えた第3騎士団の騎士達だ。


身体の重要箇所を保護した部位鎧を着込み、腰には長剣、腕には上半身を覆えるサイズの盾を持ち手に通して隊列を崩すことなく陸上自衛隊の迎撃に向かう彼等こそがこの討伐軍の主力に値する第3騎士団である。


一般兵士や傭兵達が脱兎のごとく逃げるその様は普段の彼等であれば何人かを切り捨ててでも阻止したい事態であるが、そんな彼等の背後から聞こえてくる大きな戦闘音、そしてこの広大な陣地内で連続して発生する爆発によってその判断を取る暇は無いとこの騎士隊の指揮官は考えた。


「前方の他の騎士からは何の伝令も来ないのか!?」


隊列の先頭を走る指揮官が後ろに付く副官に問う。すぐに返答が返ってきた。


「はっ!どの陣地も相当な混乱状態です!」


「ならばロブーン騎士団長が来られるまで我々で時間を稼ぐぞ!」


単機においては討伐軍最高戦力者とされる騎士団長が来れば、この先に味方の最後尾と交戦中であろうニホン軍を蹴散らせるのは明白と考え、指揮官は今の戦力で時間を稼ぐことを決断する。


第3騎士団所属の騎士500名と補騎士200名、同じく騎士団所属である補助魔道師と結界魔道師等をあわせて50名。総勢750名が丘を駈け登っていく。


だがこの指揮官の下した判断がこれから訪れる運命を確固たるものとしてしまう。


第3騎士団の正式な騎士の約8%相当の戦力を背後に引き連れた指揮官は丘の頂上に到着するとすぐに周囲を見渡して困惑した。


「………敵はどこだ?」


丘の頂上から見える範囲では敵の姿は居なかった。正確に言えば彼等が接敵する距離に敵が居なかった。


「まさか敵はあそこか?」


指揮官の視線の先には今のいる丘から1バレク先にニホン軍と思われる集団がいた。だがこの距離では戦闘に入るにはまだ時間がかかるだろう。


ここまで余裕があるならば後退していた彼等を前線に押し戻すべきだったと指揮官は後悔するが彼はそれを首を振って次の判断をする。


「仕方あるまい。この丘にて布陣する!重騎士は最前列!補騎士は魔道師を守れ!」


指揮官の指示を元に丘の頂上で陸自側と相対する形で陣形を整え始める。


「本陣近くにいる戦竜部隊を呼べ!我々が正面から敵を受け止める間に敵の横腹を食い破らせよ!」


副官へ伝達を指示する指揮官。あの巨体から放たれる突進力があればこの事態を打開するいってとなるだろう。


この伝達命令に副官が応える手前のタイミングで陸自が動いた。


前線を担当している第8戦闘団から87式偵察警戒車が搭載する25mm機関砲で丘の頂上にいる彼等を砲撃した。


機関砲の砲塔が数cm単位で真横にスライドされる度に頂上にいた騎士団を容易く凪払う。重装備をした騎士隊の鎧も、結界魔道師による結界魔法も全て25mm機関砲の圧倒的な攻撃力を前にして砕け散った。


「前方の丘に展開する敵を掃討。アカジカ01隊から順に丘を迂回して本陣へ進め。」


「01より了解。」


丘の頂上が血塗れで染まった時、第8戦闘団は丘を迂回するようにして左右へと進軍を再開した。


それに追従するように他の2個戦闘団が続く。この世界の者達が嗅ぎ慣れない油と硝煙の臭いとエンジン音と共に進む。


 



        討伐軍 本陣


黒煙が周囲を焚き上げる最中、衝撃で倒壊した天幕の中で蠢く姿が見えた。


「将軍!ご無事ですか!?将軍!」

「う、うぅむ……大事ない。」


側近達が慌てた様子で倒壊した天幕からアバット伯を救出する。周囲に目を凝らせば先の砲撃による衝撃で他の天幕も多くが倒壊しており、負傷者の救助活動が見受けられた。


アバット伯もその内の1人で、側近達に囲まれながら状況把握に努める。


「これは何事だ?それに先ほどから聞こえるこの音は一体……」


側近達も事態の把握をしておらず返答に困る中、そんな彼等とは1人だけ違う様子を見せる人物がいた。


「……どうやらニホン軍による攻撃のようですな。」


ロブーン騎士団長であった。彼だけは丘の影に隠れているニホン軍のいる方角へと視線を向けて、顎に手をかけて思案している様子だ。その方角へと目を向ければニホン軍は3つの集団に別れて此方へ進軍をしていた。


「馬鹿な!これ程の攻撃を繰り出すなど、儀式魔法を行使しない限りは我等が皇宮魔道会を持ってしたとしても不可能だ!」


本陣に詰めていた皇宮魔道師が反論する。彼は結界魔法に精通した魔道師であり、皇宮魔道会でも顔の効く人物であった。


しかしそんな彼の反論にも意を返さずにロブーン騎士団長はアバット伯へと向き直る。


「将軍。私は直属の騎士隊を率いて奴等を蹴散らして参ります。この度重なる轟音……前線の兵士達は混乱の真っ只中でありましょう。

ここは少数精鋭による敵の斬り込みが一先ずの策かと思われます。」


ロブーン騎士団長がそう言い終えると彼の背後から数十名程度の騎士達が集結した。彼等は第3騎士団の中でも特に腕の立つ騎士であった。


アバット伯は彼等を見て現状を打開する要になると判断、ロブーン騎士団長の顔を見て静かに頷くと彼は後ろの騎士隊を引き連れて兵士達が逃げ出している丘へと向かった。


全身を魔化加工を施された装備をする騎士隊の出動を横目にアバット伯は側近へと別の命令を下す。


「後方の飛竜基地にも攻撃を命令を出せ!奴等を空から叩き付けるのだ!」


この東部地方の空を守る飛竜基地がアバット伯等の討伐軍陣地から後方十数バレク離れた場所に設置されていた。側近はすぐさま伝令飛竜を呼びつけて飛竜基地へと向かわせた。



ーーーーーーーー


本陣から抜けて精鋭部隊を率いるロブーン騎士団長は丘に展開を完了しつつあった別部隊の騎士隊を確認した。


「騎士団長!」

「うむ。君達も加われ。」


ロブーン騎士団長もその丘の部隊と合流しようとする道中で他の騎士隊との合流も果たして先を急ぐ。


「雑兵共が煩わしいな……」 


目の前で丘から逃げ惑う兵士達を傍目にロブーン騎士団長が呟く。更に周囲を見渡した時、1つの傭兵集団の姿を発見した彼は眉を潜めた。


兵士と傭兵達が混ざって逃げる最中、その集団だけは秩序立った統率で隊列を整えて、台座の上に立つ1人の傭兵隊長が此方を見ていた。


「ウルブ・ジェシカめ……」


ロブーン騎士団長が呟いた名前『ウルブ・ジェシカ』。討伐軍が雇用している傭兵隊の隊長であり、その数ある傭兵隊の中でも有名な部隊を率いる人物であった。


ターボ隊と呼称する傭兵隊を率いる隻眼の白髪が特徴の老人ウルブ・ジェシカ。彼は並外れた才覚を利用して大多数いる傭兵から頭角を現す程の実力者だ。


そんな隻眼の傭兵が指揮しているターボ隊はその評価に恥じぬ見事な統率力で隊列を組んで静かに待機する光景をロブーン騎士団長に見せる。


「戦線へ加えさせますか?」


背後を付き従う騎士隊長の1人が言う。しかしロブーン騎士団長は首を横に振った。


「要らん。あの老人が率いる傭兵なぞ必要ない。」


そう返して再びジェシカの方を見ればあの老人は自身の方を見て薄ら笑いを浮かべると茶化すように片手を挙げてヒラヒラと振った。


不快気に顔を振るロブーン騎士団長。騎士団長と傭兵隊長。共に部隊を指揮する立場だがその地位は天と地ほどの差がある。あの態度は不敬罪として処するには充分な名分となるが、あの男だけは違う。


彼はニグルンド帝国の元男爵家 嫡男の経歴があった。その家は没落したのだが、彼は歴とした貴族であり、帝国法では貴族家が取り潰しになっても末2代までは帝国貴族家としての一部権利が保護されるため、共に貴族家でもある両者との不敬罪は成立されない。


そんな事情を背景にロブーン騎士団長はそのまま騎士隊を率いて丘を目指す。


丘との距離が縮まっていく時、突如として丘に展開した騎士隊から轟音が鳴り響き、彼等からの視点では丘にいた騎士隊が血飛沫を吹き出して身体が吹き飛んでいくのが見えた。


「っ!?」

「だ、団長!丘の騎士隊がっ!」


背後の騎士隊長が悲痛の声を上げる。同時に思わず彼等はその場で足を止める。


如何に鎧と盾、結界魔法の三重で守護されようとも25mm機関砲の直撃はそれらを全て突破して丘にいた彼等の身体をバラバラにさせる。


だが彼等からすれば突然、重装備をした騎士隊が無惨な姿に変わり果てる瞬間を目撃したのだ。その精神的な衝撃力は絶大である。


その衝撃的な光景を目の当たりにした彼等は皆、大きく動揺する姿を見せる。しかし騎士団長たるロブーンだけはすぐに冷静さを取り戻して指示する。


「…………マシル、トムスとミネルバは私と付いてこい。他はこの場で待機。」


選抜された精鋭騎士の中でも最上位の実力者を誇る3人の騎士の名を挙げる。


「あの丘の上には相当な何かがあるな。各員、各々の強化魔法を展開しておけ。」


迂闊に丘に出れば下手をすれば彼等の二の舞であると踏んだロブーン騎士団長は一握りの実力者だけで偵察に向かう。


丘は標高50mの高台程度の高さだ。そして彼等の身体能力であればすぐに頂上まで上れる。


「っ?この音は?」


ほぼ一息で頂上の手前まで到達した彼等はそこで異音に気付く。発生源は丘の左右から聞こえていた。


地面を揺らすように響く音。一瞬音の正体に迷いを見せるが、すぐにこの音が大多数の何かが大地を進む時に発生する行軍による音だと気付くと腰に下げた剣に手を伸ばし始める面々。


丘に生えている木々の陰に隠れてこの音の正体を確認しようと動いた時、丘の左右の平地から二つの集団が現れた。


全身を緑色の装備で身を包んだニホン兵。間違いなく敵だと確認を終えたロブーン騎士団長が攻撃を準備する。


今のロブーン騎士団長のいる丘の中腹から視界に見えるニホン軍との距離は高低差もあるが80ミリル前後。この地の一般男性なら10秒台後半の時間があれば到達可能な距離だが、ロブーン騎士団長を筆頭とした選抜騎士ならばその半分以下で走り抜けれる。


まず最初にロブーン騎士団長が先頭で右側の視線の先に見えるニホンの歩兵を斬り倒す。そこからマシル達も続き、待機させていた平地の騎士隊と呼応して殲滅する。


見慣れない馬車のような物も見えるが恐らくは輸送馬車か何かだろう。近接戦闘になれば自分達に利がある。


そう判断してロブーン騎士団長が両の足に力を込めた時、横に待機していたトムス騎士隊長が彼の肩に手をかけて止める。


「なんだ?」


反射的に彼の方を見る。するとトムスだけでなく他のミネルバやマシルといった各騎士隊長達が唖然とした表情で1つの方角に視線を固定していた。


「団長、あ、あちらを…………」


本陣側の方向を指を指してロブーン騎士団長へ視線を促し、彼も現在の状況を置いてその方角へと視線を向けて絶句した。


その視線の先にはこの陣地よりも後方にある場所にて数ヶ所から黒煙が立ち上るのが見えた。その根元が何らかの原因で燃えているのだと誰もが理解した。


彼等はその黒煙の根元に何があるのかを知っていた。その為に絶句したのだ。


「飛竜基地が!」


ニグルンド帝国の軍事的要で切り札である飛竜。その飛竜部隊を収容する基地がある場所が炎上していたのだ。


「何があったのだ!?何故、飛竜基地が燃えているのだ!?」


ロブーン騎士団長は付近に敵がいるのにも関わらず叫ぶ。大国にとって重要戦力である飛竜が襲撃を受けているというのは戦略的に極めて重大な事態である。


飛竜は自由自在に天空を飛び回り、強靭な皮膚と鱗、その口から放たれるブレスは空の支配者であるが、地上に留まっている場合は大幅にその優位性を失う。


しかしながら腐っても空の支配者たる飛竜だ。生半可な魔獣とも地上で戦おうが勝てるだけの能力を持っている。


それも多数の飛竜が待機しているし、それを操る飛竜騎士も地上の騎士に少し劣るがそれでも実力者だ。更には基地に勤務する兵士が厳重に警備している。


相当な規模の敵襲にも耐えられるように兵士と専門の騎士が駐在して警備を担っており、余程の事が起きなければ基地が燃えるなど有り得ない。それも複数の基地が同時にだ。


何故そんな基地が燃えているのか。ロブーン騎士団長達は大きな混乱が起こる。


「本陣のアバット伯に伝えろ!飛竜基地に何かが起こっている!至急、部隊をあそこに……」


彼が指示するタイミングで、丘の麓にいたニホン兵が此方の存在に気付いたようだ。だが彼はそこまで大事ではないと判断する。


両者との距離はまだある。丘の頂上にいた部隊を吹き飛ばした攻撃がどんな手段かは不明だが、あの威力だ。攻撃魔法であれば連発は厳しく、発動までに時間がかかる。彼等であればそれまでにあの集団へ突進して切り倒すのは可能だ。


そう展開を試算した時、日本側の第8戦闘団にいる戦闘車輌の各砲塔が丘の中腹にいるロブーン騎士団長達に向けてその砲口に光が発せられた。


各種の弾頭が丘の中腹目掛けて放たれていき、丘の頂上にいた先の騎士隊と同様、連続して着弾音が周囲に鳴り響いて攻撃を繰り出した。


第8戦闘団による十数秒間の一斉攻撃。一瞬にして丘の中腹付近で大量の土煙で舞い上がり、視界が制限される。


また同戦闘団の先頭部でもロブーン騎士団長が待機させた騎士隊が隊列を組んで待ち構えていたが同じように攻撃を受けていた。


丘と正面の敵に対して射撃。第8戦闘団側から無線が飛び交う。


『アカジカ03より、本部。正面の敵部隊、各機関砲の着弾を確認………視界良好。敵の撃滅を確認した。進軍を再々せよ。』


どうやら先頭の敵を発砲していた部隊は無事に撃破したようだ。敵の本陣目掛けて作戦を再開しようとした時、丘を警戒していた部隊の一部から無線が入る。


『……アカジカ04、進軍待て。丘の中腹に展開する敵に生き残りを確認。続けて発砲を行う。 アカジカ02は周囲を警戒せよ。』


なんと集中攻撃をしていた筈だが生き残りがいたようだ。現場指揮官の第8戦闘団の陸自幹部が指令を出す。


現場指揮官は無線から手を離すと首にかけた双眼鏡で丘の中腹に立つ1人の騎士を見た。


双眼鏡には満身創痍になりながらも剣を地面に突き刺して体重を剣に預けると此方側を力強く睨んでいた。


「……信じられん。あの攻撃で生きてるのか?重機関銃の一斉射だぞ………」


その身体を覆う全身鎧からは所々に流血している様子が見える。そしてその鎧からは僅かだが光っていた。彼の知識が正しければあの光は魔化という魔法加工を施されれた物の筈だ。つまりあの装備が防いだと思われる。


「だが、アイツ等の話だと補助的な強化に過ぎないと聞いていたが…………」


顔見知りのダークエルフからの何気ない世間話で得た知識とは乖離する現象に彼は驚く。


「金澤1等陸尉、発砲許可を。」


横にいた部下から指示を要請される。それに現場指揮官 金澤1等陸尉と呼ばれた男は指揮をとる。


「1個小隊と小城の車輌を残して他は進め。敵の本陣を潰すのが最優先だ。」


30名の普通科隊員と機関銃を搭載した5両の装甲車輌が戦闘団本隊から離れて丘の中腹付近まで近付く。


一方の金澤1等陸尉は双眼鏡で中腹に立つ騎士から目を離さなかった。あの状態故に1個分隊でも充分かと思ったが念には念をと考え小隊を丸ごと送り込む判断をしたが、どうにもあの騎士から目が離せない。


「ひょっとすると帝国軍でも指折りの実力者か?捕虜に出来れば大きいが………」


金澤1等陸尉がそう呟いた先、あの攻撃から唯一生き残ったロブーン騎士団長は息も絶え絶えになりつつも進軍を再開した第8戦闘団を睨んでいた。




視界の下端から少しずつ近付いてくる敵兵の姿を見たロブーン騎士団長は力を振り絞って地面に刺していた剣を抜いた。


強固な魔化された鎧と同じく魔化された各種の装備と自身が咄嗟に発動した防御魔法のお陰で一命を取り留めたが、その肉体は大きく傷付いていた。


しかしロブーン騎士団長の戦意は微塵も喪われていなかった。寧ろ部下を殺され、本陣にいる将軍と軍全体の危機が迫った状況下に身体の髄から力が漲ってくるのを感じる。


地面から抜いた剣を水平に振って剣に魔力を集中させる。魔化武器である彼の剣は使用者が魔力を籠めるとそれに呼応して剣も魔法反応をおこす。


中腰になり剣を鋭い視線と共に丘を登ってくる陸自隊員に方向を向けて剣を振った。その瞬間、剣から強力な魔力が放たれる。


一部の実力者が行える斬撃攻撃。その攻撃は正確に陸自隊員の方へと飛来していく。


それを見た慌てた様子で丘を昇る隊員達は避ける動作をするがその後方にいた車輌の1両がこの斬撃を正面から受けてしまう。


「ぐあっ!?」


車体前部に受けた軽装甲機動車に搭乗する隊員が叫ぶ。それと同時に重量4.5tを持つ車体が後方へ下がった。


「っ!?糞っ!車から降りろ!」


圧延鋼板で覆われた筈の車体前部にあたるボンネットは大きく凹み、その内部にあるエンジン部から煙が発生した。


そのエンジンからも異音が大きくなり、運転席に座っていた隊員が叫ぶ。しかし助手席にいた隊員は衝撃でフロントガラスと頭を激突して負傷しておりとても1人で降りれる状態では無かった。


「発砲しろ!ヤツはまだ健在だ!撃て!」


避けていた周囲の隊員が一斉に手に持っている20式自動小銃でロブーン騎士団長に向けて発砲していく。


丘に生える茂みの上に熱を帯びた薬莢が金音を出して散乱する。それと同時に5.56mm弾がロブーン騎士団長目掛けて飛来する。


ロブーン騎士団長は残り少ない魔力を解放して両腕を顔の前に突きだし、姿勢を低くしてこの攻撃に備えて身を強張らせる。


「ぐう!」


彼の鎧は数えきれない程の銃弾を受け止め、その内側の肉体を衝撃と痛みが襲う。彼が経験したことの無い不快な感覚だ。


30名からの銃撃にロブーン騎士団長は耐えた。普通ならば有り得ない光景に隊員達は瞠目する。それは双眼鏡で観察していた金澤1等陸尉も同様で目を見開いた。


「馬鹿な!1個小隊の銃撃を耐えたのか!?」


金澤1等陸尉は丘に立つ男が脅威であると認識するとすぐさま無線機を取り出す。


「車輌の機関銃を使え!小隊は目標から距離をとるんだ!」


指示を下すと丘に展開していた小隊が目標から少しづつ距離をとっていき、車体上部に機関銃を載せた軽装甲機動車が前へ出る。


だが、既に1両が目視でも中破している様子から他の車輌も最大限に警戒をして機関銃の照準を合わせる。


その後ろで中破した車輌から助手席に乗っていた隊員の救助をする小隊の隊員達。


「目標に照準合わせ!各車、各個に撃て!」


小隊長の言葉と共に今度は機関銃がロブーン騎士団長に襲い掛かった。


「ぬああぁ!!」


疲弊しきったロブーン騎士団長の肉体から悲鳴が上がる。最早彼の限界はとうに突破しており、口から血が吹きこぼれる。


4視点からによる軽機関銃の銃撃。先とは比べ物にならない弾幕なのだが、これも再びロブーン騎士団長は耐えきった。


全身から血を流し、持っていた剣は地面に捨てて、片膝を付いて荒々しく呼吸を繰り返すロブーン騎士団長。


その様子から完全に限界だと周囲から見ていた隊員達も金澤1等陸尉も分かってはいたが、誰もが警戒を弛めるという選択肢は選ばなかった。


「………軽MATで奴を攻撃しろ。本部にも報告、帝国軍一部に未確認の強力な個体を確認した。情報部に調査を依頼する。」


陸上自衛隊にある01軽対戦車誘導弾 軽MATといった通称で呼ばれるバズーカ砲の使用許可を出した。


熱源を追尾して自動で発射される強力な誘導弾だが、追尾式から照準を合わせたら真っ直ぐに飛ぶ機能もあるため人体への攻撃も有効の筈だ。


「軽MATくれ。」


ロブーン騎士団長から見て50m離れた地点に停車した軽装甲機動車の上部ハッチにいた隊員が動く。


後部座席に座る隊員が背後の収納棚から軽MATを取り出して上部ハッチに立つ隊員へと手渡した。


「照準合わせ!03号車、発砲!」


瞬間、弾頭がポンッと空気が抜けた音と共に0.2秒以内の速度でロブーン騎士団長と激突、爆発を起こした。




自身を半包囲するニホン兵が荒立たしく距離をとる最中、ロブーン騎士団長は虚ろとした意識の中で黒煙が立ち上る飛竜基地を見た。


彼はそこで察する。ニホン軍は周到な準備を終えて帝国と矛を交えたのだと。


ふと彼は本陣から離れていく1つの隊列を見つけた。逃亡兵なのか、絶体絶命の最中で有りながらも何故かその方向を見続けてその人物を発見した時、彼は納得した。


「ウルブ・ジェシカ。」


隻眼の白髪傭兵隊長がそこに居たのだ。この戦場の勝者がニホンにあると判断して彼は配下の傭兵隊を纏めて撤収していたようだ。相変わらずの判断の速さである。


ウルブ・ジェシカもロブーン騎士団長が見ている事に気付いたようであの時と同じように手を上げてヒラヒラと振る。


あぁ、いま奴は私を嗤っているのだろうな。


それに気付くと同時に彼の身体は魔化された鎧諸とも軽MATによって弾け飛んだ。




数百人の傭兵達が列を組んで戦場から離れる。彼等の鼻からはこれ迄に嗅いだことのない硝煙と車輌の排気ガスによる煙たく鋭い何かが混じったような臭いが彼等の嗅覚を刺激する。


彼等はそんな特徴的な臭いを撒く戦場から離れようと急ぎ足で道を進む。


そのうちの1人、ウルブ・ジェシカが創設した傭兵隊であるターボ隊の指揮官級であるチャベクは騎乗している馬を操って同じく目の前で馬に騎乗した己の隊長に声をかけた。


「どうした?オヤジ。」


何の前ぶりもなくジェシカは後ろを振り返って手を振っていた事からチャベクは怪奇気味に聞いた。


「いや、顔見知りがこっちを見ていたから手を振っただけだ。気にするな。」


ジェシカの言葉にチャベクは後ろを振り返った。そこで彼が見たのは10万以上の大軍を収容していたあの広大な陣地の至る所で天幕が燃え広がっていた。


陣地内の多くの施設と仲間が燃え、指揮官を喪った彼等はニホン軍から逃れるように陣地のあらゆる場所から着の身着のまま逃げていく姿も見えた。


中には逃げながらも背嚢にありったけの荷物を持つ事に成功した者もいたが、持っている武器だけを手に逃げる者。それすらも持たずに大慌てで走って逃げる者。運悪く監督者である騎士やニホン兵に見つかって背後から攻撃されて亡骸となっている者達の姿を見てチャベクは無意識に安堵の息を漏らした。


あの時、オヤジが情勢を見て即決しなければ自分達もあの哀れな連中と同じ末路を追っていたであろうことを感じて、チャベクは被っていた兜を被り直した。


そんな男の微かな動揺を俊敏に感じ取った隣の馬に騎乗した同僚が茶化すように声をかける。


「何よチャベク。アンタ、まさか怖じ気付いたのかしら?」


チャベクと同じターボ隊の指揮官を勤めているヴァレンチであった。そんな同僚の言葉にチャベクは彼女の方を向いて少し慌てた様子で反論した。


「な、バカを言え!俺がどれだけの戦場を渡り歩いてきたか知ってるだろ!」


チャベクはそう言うと自身の甲冑の胸部分を拳で軽く叩いて己の戦意を誇示した。


それに対してヴァレンチは高笑いを挙げると再び茶化すように片目を閉じてウィンクをした。その時、彼女の瞼にある一筋の傷跡が際立つ。


「あははは……冗談よ冗談。なに本気にしてるのよ?アンタらしくもない………まぁ無理もないか。」


ヴァレンチもチャベク、ジェシカと同じようにかつて自分達の戦場であり雇用主達がいた陣地側へと振り返る。


「折角の太客だったのにあの有り様じゃあね………」


軍からの依頼は他の雇用主達と比較してもその俸給額は歴然だ。更には未払い問題も比較的に発生しぬくく、帝国軍ともあればそもそもの話、負け戦となって報酬の減額といった事態も無かった。


だが今回は違った。負け戦である。それも前例のないほどの大敗北だ。


ヴァレンチは思う。散り散りになって逃げ惑う彼等を見て、軍の財政と傭兵達への報酬支払等を担当する主計役人達も無事なのか危ゆい。


彼女が危惧してるのは主計役人達は現在雇用契約を結んでいる傭兵の名簿を持っているのが彼等なのである。


仮に彼等が全滅もしくはその名簿をいまも燃えているあの陣地で焼失していた場合、軍に戻って契約の報酬を受け取りに行こうとも軍は名簿が無いことを理由に支払を拒否する筈だ。


傭兵に対する支払形態は多種多様だ。しかし今回は大口の取引相手であり負ける可能性の低いあの帝国だ。多くの傭兵達は前払いと戦争終結後による後払いの二回払いを選択したであろう。


その日毎の支払も良いが、これだけの大所帯だ。よその傭兵隊による窃盗や騎士隊の取り締まりによる罰金で徴収される可能性もあるため、前払いの金で戦争中の生活費用を受け取って終結後に全額を受け取り憂い無く軍からオサラバするのがお互いにあと腐れ無かった。


しかし結果はこの負け戦だ。恐らく近いうちに傭兵達と軍との揉め事で更に大荒れするだろう。


「そう心配すんなよヴァレンチ!あの帝国何だ。どうせすぐにまた俺達を雇うだろうさ。その時に今回分をがっつり稼げば良いだけよ!」


そんな事を危惧するヴァレンチの心情を察したのか、近くで歩いていた傭兵の1人が得物である手斧を挙げて意気揚々と言った。


彼の言葉は少し見当違いなのであるのだが、それを彼女が指摘するよりも前にチャベクが怒鳴った。


「馬鹿野郎!てめぇはあの帝国軍を徹底的にぶちのめした奴等とまた戦うつもりか!?

 ちったぁ、戦況を読めジジイ!あんな化物共とまた戦ったら今度こそ御陀仏だろうが!」


彼の尤もな発言にヴァレンチも同意の頷きを見せる。それに対して先ほどの見当違いな発言をした手斧の傭兵は萎縮して答える。


「わ、悪かったよ……俺はただこの気まずい空気をどうにかしようと思っただけだぜ。そんなに言うなよ。」


手斧の傭兵の返答に周囲の傭兵達は笑う。


「だはははっ、まぁ気にすんなよ。どうせオヤジがすぐに新しい取引相手を見つけて別の仕事が来るさ!」

「その通り!あのオヤジならあっという間に損した分を取り返すさ!」


一向が各々の意見を述べる。その全てが自分達の隊長でありオヤジと呼び親しみんだ男に対する厚い信頼を示していた。


そんな彼等への大きな信頼を一身に受ける老人、ジェシカをチャベクとヴァレンチが視線を向けると当の本人は何やら思案中のようだ。


「奴等のあの攻撃……あの規模の爆発は見たことがねぇ……新手の魔法にしては……魔法特有の音と光が無い。それに連中共の持つ長筒だ………あれを向けた先で兵士も騎士も関係なく倒れてやがった………魔道具にしてはあの音は奇妙だ。

……パンッと何かが破裂したような音……魔法では無い?……確か奴等は工房が有名な国だと言ってたな……弓矢や投石と同じ、何かを駆動して放たれる何かを出してる?」


ジェシカは神妙な表情で自分の世界に入り、2人では追い付かない速さで独り言を続けていた。


だが2人はもう見慣れたのか、互いに顔を見合わせて"またか…"と呆れたような仕草をした。


そんな2人には一切気にも止めずにジェシカは遠目で目撃した陣地内で起こった突然の大爆発と陸自の普通科隊員が小銃を発砲して騎士と兵士達を倒した時の光景を何度も脳内で巻き戻すのに集中する。


(……あの細い長筒で何かカラクリがあるのか?見える範囲では奴等に魔法使いと思える姿をした奴は居なかった………仮に、だ。奴等は魔法を使っていないとして、別の原理を使用していた場合………この俺が全く見覚えのない手段で戦っているのも納得できる。)


ジェシカは傭兵であると同時に数多の戦場を渡り歩いてきた歴戦の兵士でもあった。その経験値はこの大陸は愚か、世界的にも屈指の経験を重ねていると言える。


その中で今回の戦場は、そんな彼ですらも初めて尽くしの連続であった。


故に彼は大前提を捨てた。魔法という戦争でも日常生活においても使われる魔法という手段を使っていないという荒唐無稽な仮説を立てた。


前提条件を大きく広げて視野も広げる。これが彼が貧乏貴族から大陸有数の傭兵隊長としての名声を挙げる事に成功した所以である。


そうして数々の仮説を立てては消してを繰り返すこと一刻、ジェシカは気分転換に空を見上げてあるものを発見した。


「……飛竜か?」


そう言えば帝国の飛竜はどうした?何故一騎しか飛んでない?これだけの規模の軍勢だ。最初に飛竜による攻撃が基本だろ。


戦場の方を再び振り返る。するとどうやら完全に戦況は決まったようで、ニホン兵が帝国軍の捕虜を数ヵ所に集めている光景が遠目で見れた。


「……ありゃ、オルデンブル侯爵の飛竜だな。」


ジェシカの視線に釣られてチャベクも眉付近に手を掲げて空を見ていた。彼の視力ならば2000ミリルの高さで旋回を続ける飛竜の胴体に付けられた家紋を見るのは可能だろう。


「オルデンブル侯爵?北部地方の侯爵がか。それは間違いないか?」


チャベクは自信満々に答える。隣のヴァレンチは眉を潜めて必死に飛竜を見るが、彼女の視力では家紋を特定するのは無理だろう。


「あぁ間違いない。戦場の加勢に来たのかね?まぁ来てみればこの有り様だから、混乱して旋回を続けてるみたいだな。」


「そりゃ当然ね。でも……他の飛竜はどうしたのかしら?一騎だけなのは可笑しいわ。他の帝国軍の飛竜もいないし……」


「軍の飛竜は全滅したろうな。」


ジェシカの断言した言葉。それに2人は"そんなまさか……"と苦笑いする。しかしジェシカは確信を持っていた。


片目の身でありがら何とか空を周り続ける飛竜をジェシカは見る。そしてもう1つの荒唐無稽な仮説を立てる。


「ニホンは帝国内部を切り崩してたら?……仮に北部地方の大貴族と何か密約を結んでいた場合なら、あの飛竜は帝国への加勢では無くて戦況の確認だとしたら……一騎なのも頷ける。」


そしてジェシカはニホンの噂を思い出していく。数年前より度々、傭兵界隈でも噂に出る国の噂を。


工房と貿易の国、極東の島国、短期間で大陸東部の国々を統率、大陸北部の大都市 ハンザブレックと大々的な取引をしている。数多くの噂を思い出していく。


納得できる噂もあるが、中には荒唐無稽な噂もある。数百ミリルの超巨大な船を持ち、帝国以上の人口を持つ大国、そして誰もが忌み嫌うダークエルフの国を建国した…………


ダークエルフっ!!何てこった何故、この話を俺は忘れてやがったんだ!


思わず口を手で覆ったジェシカ。そしてすぐ仮にあのダークエルフが味方になった場合の仮説をたてる。これこそ正しく荒唐無稽な前提条件だ。


誰も好んでダークエルフと手を組まない。愚かで穢れた種族。だが連中は優秀なのだ。


一般人は知らないが知識階級層の中ではダークエルフは優秀な能力を持っている事を知っている。その中でも更に一握りの知識人は国や貴族が秘密裏にダークエルフを有事に雇った事があることも表には出せないが知っている。


そしてジェシカはその一握りの知識人であった。故に彼は一般人の持つ常識から外した考えを浮かべる。


ダークエルフの全面協力。彼等ならば大貴族との伝を持つ者も居る。帝国だけではない。他国との伝を持つダークエルフが味方にいれば短期間で大陸東部の国々を纏めるのも不可能では無いのだ。


「ならニホンは帝国の裏事情も把握してるのか?帝国北部の軋轢も知っていたら?」


どんどんとのめり込んでいくジェシカ。


そして彼は1人の人物を思い出す。ジェシカはすかさず後ろにいるチャベクへと声をかけた。


「おいチャベク。フロマドの老いぼれと連絡はとれるか?」


「あん?そりゃ、取れるけど、どうしたよ急に……てか、オヤジの方が歳喰ってるよな?」


チャベクは別大陸の遊牧民族出身の男だ。その彼が持つ人脈は広く、その内の懐かしき1人をチャベクは思い出した。


「アイツは相変わらず武器の研究か?」


「あぁ、スコーリって餓鬼とやってる筈だぜ。オヤジ。」


鍛冶工房の親方であり、最近は末の孫娘と共に何やら怪しげな武器の研究と作成にその余生を懸けているようである。


「ならソイツ等をこっちに呼べ。人は送るからアイツ等の設備を丸ごとこっちに運び込むんだ。」


「はぁ?丸ごとって、一体幾ら掛かるんだよ……まぁ、オヤジが言うなら従うけどよ。」


「何か思い付いたの?オヤジ。」


チャベクの面倒臭そうな反応。ヴァレンチはオヤジが早速妙案を思い付いたと期待を込めた目で問う。他の傭兵達もジェシカからの起死回生の策を聞こうと耳を傾けた。


「おうよ。俺は決めたぜ。俺達はニホン側につく。」


「っ!?」


ジェシカの自信満々の言葉。これに彼等は大いに驚き、困惑を自分達の隊長に見せた。


「おいおいマジかよ!………幾ら今回で負けたからってそれは決めるの早すぎじゃあ……」


「私もチャベクと同じよ。相手は帝国なのよ?もしニホンの勢いがここまでなら……」


私達はオシマイよ?なまじ知名度があるから一層、帝国が裏切ったと知るのも早い。


そうヴァレンチは警告するがジェシカの考えは変わらない。


「お前らの考えもわかる。だから数日待て。ひょっとしたら俺達どころか大陸中が度肝をのく話が明るみに出るぜ。」


隻眼の老人による言葉。チャベク達は少し間、それぞれの仲間の顔を見るとやがて決心したように頷いた。


この老人の勘が外れたこともある。しかしこういった重大な局面で外した事は一度たりとも無かった。故に彼等はこの男の決断を信じた。


この日、ウィルテラート大陸の高名な傭兵隊長は人生において最後となる転換期を迎えた。


そして彼等はジェシカの下した決断が正しかった事を数日後に認識することとなる。




ニグルンド帝国 討伐軍本陣から後方へ45kmにある飛竜基地


        ニグルンド帝国

     東部地方 ジークザン領

     第14飛竜騎士大隊 飛竜基地


帝国軍管轄する飛竜基地の1つ。ジークザン侯爵家の領内にありながらも侯爵家に属さない軍事基地、それがこの飛竜基地である。


帝国領土内の各要所に数ヵ所の飛竜基地が設置され同領土内の制空権を維持する重要な施設だ。


1ヵ所の飛竜基地には最低でも1個飛竜大隊が駐屯し、有事には周辺の飛竜部隊と編成を組んで1個の即応飛竜連隊が作戦に従事する体制を整えられていた。


そんな飛竜基地である第14飛竜騎士大隊は現在、黒煙と炎で覆われていた。


1個飛竜騎士大隊に4個飛竜騎士中隊で編成され、各中隊にはワイバーン8騎と隊長騎であるワイバーン・ロード1騎がいる。


つまりこの飛竜基地には最低でも36体の飛竜とそれと同数の飛竜騎士がいる。そこから200名の一般兵士と騎士が警備を行う。更に未来の飛竜騎士である見習い飛竜騎士と雑用を行う使用人も含めればこの飛竜基地には400名前後の人が生活している。


広大な敷地内にある数棟の飛竜舎は完全に燃え、ワイバーンが運動するための運動場と離着陸用の土を固めて石灰と砂を混ぜて作った滑走路も建物の残骸で散乱していた。


そして至る所で死体が転がっていた。その死体の多くは背後から攻撃されたのか、うつ伏せで倒れていた。


帝国軍の空を守る飛竜基地は無惨な状態となっていた。


その飛竜基地の一角、この基地の司令塔である石造りの塔では生き残りの基地関係者が懸命に戦っていた。


立て籠る石造りの塔を中心に周辺から馬車を横転させて即席の壁を作って基地の襲撃者に備える。


しかしながら塔の周囲で馬車を壁にして防衛線を敷いていた生き残りが次々と倒れていく光景を塔の最上階から見ていた基地の大隊長は怒り心頭に拳を壁に叩き付けた。


やがて外で懸命に戦っていた最後の兵士が倒れた時、塔の下層にいた副官が最上階に入って言う。


「大隊長!塔の門が破られます!」


外と塔の門を攻撃していた襲撃者にこちら側は限界まで追い詰められる。反撃をしようにも初手で近接戦闘の専門家である騎士の殆どを暗殺されており、地上戦においても突出した戦闘力を持つ飛竜も今は豪火に包まれている。


効果的な反撃手段は喪われた。それも彼等にとって屈辱とも言える相手にだ。


「最後まで戦え!何があっても奴等相手にこの飛竜基地が堕とされたという事があってはならんのだ!」


大隊長の徹底抗戦。しかし副官がそれに返答するよりも前に彼の胸から鋭い刃物が突き出た。


「ぐは!」


そう最期の悲痛な叫びと共に副官は倒れ、その背後に立つ襲撃者の姿が大隊長の目に映った。


「勇ましい事です。流石は帝国の騎士、それも一部の選ばれた者のみが成れる飛竜騎士といったところですね。」


襲撃者の言葉を聞いてか、それとも目の前で部下を殺されたからか、相対する大隊長は忌々しげに睨み、襲撃者の正体を叫んだ。


「ダークエルフ!貴様等、こんな事をして只で済むと思っているのか!?」


大隊長の叫んだ先、そこには塔の最上階にある1室へと通じる扉に立つ1人のダークエルフが立っていた。


ダークエルフは副官の軍服の裾で背後から突き刺した刀の血を拭き取る。その片足は遺体となった副官の身体に乗せてだ。


副官も栄誉ある飛竜騎士だ。そんな彼の名誉を傷付けるような行動に大隊長は怒鳴る。


「その足を退かぬか!賎しきダークエルフが闘いに身を置いた軍人の名誉を貶す事は看過できん!この痴れ者が!」


息を荒くして怒鳴る大隊長に対してダークエルフは気にも止めずに刀の血を拭き取り終えてその刀身の輝き具合に満足すると静かに頷き、漸く大隊長へと視線を合わせた。


特徴的な肌黒い姿をしたダークエルフ。見た目ではまだ若干20程度の男に見えるが、実際は40を超える大隊長よりも歳上であろう、そんなダークエルフは口を開く。


「先ほどは勇ましいと言いましたが、訂正します。貴方は随分と愚か者ですね?」


「貴様っ!」


ギリッと奥歯を噛み締める大隊長。それに反するように涼しげな表情でダークエルフは部屋に入って室内を観察する。


飛竜騎士大隊長の私室。壁には彼の功績を讃えた表彰状や勲章が額縁と共に飾られ、目の前に立つ人物の優秀さを証明していた。


「ハグル・ヴィンセント。帝国中央部の都市ライセント生まれで、実家は軍人一家で囲まれ、35年前に飛竜騎士訓練生として入隊。

 その後は地方の勤務で属領の反乱鎮圧や魔獣討伐で功績を積み重ねて12年前に飛龍大隊長へ昇進……話によると引退後は飛竜訓練所の教官を希望だとか?

 いやはや、根っからの飛竜騎士でありますね。貴方は。」


恐れ入ります。そうダークエルフは最後に付け加えると室内にあったテーブルの上に置かれた紅茶の入ったカップへと手を伸ばして一口。


帝国地方から包んだ高級嗜好品である茶だ。一般人には手が出せる値段ではなく、軍でも高位階級にたつ飛竜騎士だからこそ嗜める一品だが、ダークエルフは微妙な反応をする。


「……うーん。確かに高価な嗜好品と思えば悪くないと言えますが、値段と釣り合わないのでは?」


そう返答を求めるような口調で話しかけたダークエルフに大隊長は嗤う。


「はっ……賎民には到底理解できないか。まぁ、それも無理はない。所詮は貧民街ですらその姿を表に出せない下等種族だ。貴様等には一生分かる事はないだろう。」


嗤って答えた大隊長。それにダークエルフはやれやれと首を振ってテーブルと備え付けに置かれた椅子に座る。


そしてテーブル上に刀を置いた。それも鞘に入れた状態でだ。全く警戒心を見せない態度に大隊長は屈辱で拳を震わすが平常心を取り戻して問う。


「………何の用で来た?殺すならさっさと殺せ。貴様のような賎しき者とも言葉を交わすのも億劫だ。」


「つれないですね貴方は。用なんてありませんよ。私はこの時間を楽しんでるだけです。」


「楽しむだと!?貴様は殺戮を楽しんでると言うか!この惨状を見て何も思わないと言うのか!?」


今度こそ怒りをしまいこむのに失敗した大隊長は拳を壁に叩き付けて、この部屋の窓から見える光景を言及した。


基地内には大勢の死体が転がり、建物も全てが燃え、虫の息である僅かな生き残りもその炎と煙によって次々と死んでいく。


「貴様等が殺した者の中には非戦闘員である使用人もいるのだぞ!その中には子供もいた!貴様はそれらを皆殺しにしておいてその態度か!」


捲し立てる大隊長。だがダークエルフは椅子に座り込む姿勢を変えずに淡々と返した。


「それが何か?」


「なっ!………畜生以下の存在に道徳を説いても無駄という訳か………」


最後の言葉にダークエルフはその長い耳をピクリと動かして反応する。


「道徳ですって?果たして貴方が言えた事ですか………」


椅子から立ち上がってテーブル上の刀を手に持ち、近付くダークエルフ。相対的に大隊長は1歩ずつ後退った。


「な、なんだ急に……」


「過去これまでに一体どれだけの同胞が貴方達に殺され、奴隷以下の扱いを受けて哀れに死んでいったか……貴方達が我々に課してきた数々の行いを知っておきながら、よくもまぁ道徳などと抜かせましたね。」


「何を言うかと言えば……下劣な貴様等には当然の報いであろう!神臨時代にお前達が行った行為を云えば誰もが相応の罰だと言う!

それに何だその格好は? それがニホン式の服装か?」


大隊長はダークエルフの服装を言う。陸上自衛隊の戦闘服に多少のアレンジを施したものだが、大隊長からは妙な格好と思えるだろう。


「貴様等が幾ら他の者に染まろうともその賎しき種は何も変わらん!貴様等は一生、最下層のままだ!どう足掻いてもエルフのような存在には成れんのだ!そうやってニホンの陰に隠れて惨めに生きていくがいい!」


「何ですって?」


ダークエルフの顔が変わった。先ほどまでの少しの笑みから全くの感情を見せない真顔へと。だが確実にその内側は怒りで占めていると大隊長は察する。


初めて明確に感情を下へ傾ける姿を見せたダークエルフ。思わず大隊長も言葉を出せずに部屋の窓側へと追い詰められる。


「よせ!来るな!下賎がこの私に近付くな!」


先ほどまでの威勢を失速させる反応を前にダークエルフは完全に興味を失ったようで溜め息を吐いた。


「………長話し過ぎましたね。さようなら。」


そう言い終えた瞬間、懐から9mm拳銃を取り出して大隊長の額に風穴を開けた。


脳漿を塔の窓から撒き散らしながらその身体を傾けて遂には脳漿に続くように身体が塔から崩れ落ちた。


肉が潰れたような不快な音が発砲したダークエルフの優れた聴覚が捉えると同時に扉から別のダークエルフが入室した。


「ソハ3等陸尉殿、残りは全て片付けました。」


ソハ3等陸尉と呼ばれた9mm拳銃を懐にしまいこむダークエルフは先ほどとは打って変わり、親しみを込めた表情で返す。


「そうか。なら重要書類を確保した後に撤収を行う。他の部隊も順調か?」


「はっ!他部隊も滞りなく飛竜基地の制圧を終えつつあります。」


部下の報告にソハ3等陸尉は満足そうに頷いた。


「それは結構。これなら本郷陸将も満足する筈だ。我々ダークエルフの評価も上がる。」


ソハ3等陸尉はそう笑みを溢すと、再び懐に手を伸ばす。今度は拳銃では無くて煙草とライターであった。


付近の熱気に構わずライターで煙草に火を着けてそれを吸い込む。数秒後に勢いよく煙を吐き出したタイミングで部下が言う。


「ソハ3等陸尉殿もお吸われになられたのですね?」


最近、自衛隊に勤めるダークエルフを中心として喫煙者が増えてきた事を思い出した部下。


「うん?あぁ確かに値段は高いが、病み付きになる。そこの低品質な茶とは大違いだ。日本茶の方がスッキリしてて上手いしな。」


ソハ3等陸尉は自身がますます日本に染まっていく事に喜びを感じた。この世界で唯一、自分達を認め、あらゆる物を与えてくれた存在、日本に彼は感謝の念を唱える。


無論、オルフェン=ニル国に住むダーク全てのエルフが同じ思いだろう。目の前に立つ部下も自分も遜色ない程に日本に感謝してる。


だがソハ3等陸尉は別の思いも抱いていた。その思いとは野心である。


自分の年代の中でもソハ3等陸尉は比較的出世した方だろう。まだまだ上はいるが、必ず自分も追い付く自信があった。


(いや違うな……追い付くのでは不足だ。追い抜いてやる。そしていずれはトップに君臨するんだ!喩え世界中の富を集めて対抗しようとも圧倒的な富を持つあの日本で!)


日本の莫大な国力。ソハ3等陸尉はあの国力の一端を知った時、心の奥底から震えた。そして歓喜し、心の炎を燃やした。


国民1人1人がこの世界の殆どの者達よりも遥かに恵まれた生活環境と優れた教育を受け、手を伸ばせばあらゆる娯楽と富をそれに見合った分を浮けとる事が可能な夢を掴む国 日本。


自分も努力すれば出世できる。いまは3等陸尉であるがいずれは佐官に、そして将官となって政界に進出してみせる。ゆくゆくは今の日本経済を支配する財閥すらをも超えた組織を創りあげてやる。


「ふっ……ふははははっ!……あははは!」


壮大すぎる夢を見て思わずソハ3等陸尉は吹き出して笑い声を上げた。これに部下のダークエルフはギョッとした表情で見る。それにソハ3等陸尉は片手を上げて何でもないと返す。


少し前、数年前であればこんな馬鹿げた事を夢見る事も出来なかっただろう。日本が居なければ自分は今頃、帝都の貧民街の地下水路で野垂れ死ぬか、街のチンピラに面白半分で殺されていたかも知れない。


「そうか、貧民街か。最初の小さな夢はそれが良いかもな。」


数年前に自分と一族を執拗なまでに追い詰めた貧民街のゴロツキ集団。彼等の顔を思い出したソハ3等陸尉は決意する。


(方面隊が帝都まで進軍したときには奴等を殺してやる。)


当然、民間人を殺すのは日本ではご法度。それが外国であろうともだ。だが人知れずに殺せば良い。幸いにも同胞以外にも日本人の中からも多少の無理は聞いてくれる友人も出来た。


「ふふふ。さて、戻るか。戦場も既に勝敗が決した頃だろう。」


楽しそうに言うソハ3等陸尉。部下は良く分からないが、頭を下げて塔の階段を下りる彼へと追従する。


「ソハ3等陸尉殿。」


塔の最下層、つまり一階に降りれば30名の自身の部下 ダークエルフ達が一斉に敬礼をした。


その足元には最期の抵抗をしたと思われる基地に勤める数十名の死体が積み重なっていた。中には非戦闘員である使用人達が互いの手を組んで祈りを捧げて死んだ死体も見えるが、全く気にも止める事なく塔から出る。


制圧完了


彼はそう呟くと、基地外に待機させていた回収車のもとへと歩く。彼等の頭上には他の飛竜基地から立ち昇っていると思われる多数の黒煙が晴天の空を黒く染めていた。




この日、ニグルンド帝国の主力部隊は日本の陸上自衛隊の方面隊と激突。数時間の間に壊滅的な被害を被った。


討伐軍の将軍は主要な指揮官等と共に第8戦闘団の正面攻撃を受けて戦死。第3騎士団も正騎士の多くを失い、第3騎士団の再起は絶望的となる。


戦死者は推定でも3万を超えており、負傷者もその同数だとされている。余りの多さに自衛隊側も数の確定にはまだ時間を要していた。


また東部地方の制空権を守る飛竜騎士もジークザン領にいた主力部隊が壊滅した結果、この地方の大部分の制空権が喪失した。もう帝国東部地方の空は帝国のものでは無くなった。


一方の陸上自衛隊ニグルンド方面隊側は戦死者14名、負傷者201名の完勝であった。





各戦闘団からの報告を受け取った本郷陸将が戦闘終結を宣言してから30分後





硝煙と油の臭い、そしてボロボロの穴が広がる平原と血と煙がいまだ大地に残っている事からここが未だ凄惨な戦場から幾ばくの時が経過していない事を証明していた。


「……ここは?」


第3騎士団 補騎士ファンシルは耳に伝わる音で目を覚ました。身体中に走る鈍い痛みと共に身体を起こす。


「起きたか?全く、……お前も運が良いな。うちの隊長の親族なだけあるよ。」


「……ピット?ここは一体……」


近くに同僚のピット補騎士がいた。彼女は思わず彼の名を呟き、彼以外にも知った顔が居ることに気付く。


「ライル、タイリーナにヨルモンも!わ、私達はいま何を……うっ!」


同僚達の名を次々と発すると自分の頭に鈍い痛みが走ったのを感じて顔を歪ませる。反射的に頭を手で触れると布の手触りが感じた。触った手を戻しと僅かに血が白い指に付着していた。


慌てて同僚のピットが彼女の肩を抑えて話す。


「おっと余り動くな。あの爆発で、地面に頭を強くぶつけたんだよお前。俺達の顔と名前を覚えてるなら記憶障害は一時的かね?」


「知らん。治癒術師に見せたいが奴等が応えてくれるかね。」


「奴等?」


ファンシルの疑問に満ちた言葉に話したヨルモンが忌々しげに答える。


「奴等だよ……ニホン軍だ。」


「ニホン軍……ニホン…………っ!!」


単語を繰り返して呟く彼女。そこでファンシルは漸く全てを思い出した。


ブイト隊長と別れた時、天幕へと戻れば既に同僚達が殺伐とした空気で装備を整えていた場面に遭遇したのだ。


それに安堵するもすぐに上官の命令を伝えた瞬間、天幕のすぐ近くで起こった爆発で同僚達と天幕と共にファンシルも飛ばされたところで真っ暗になったのだ。


自分の負傷も納得がいった。良く見ればピット達も怪我をしたようでその鎧には土汚れと包帯が巻かれていた。


だが彼女はそれよりも重大な事をピットに聞く。


「た、隊長は!?わ、私達、早く隊長のもとへいかなくちゃ!」


先ほどまでの寝惚けた反応は何処かに吹き飛んだのか、血相とした表情でピットの両肩を掴んで言う姿に彼等も慌てて落ち着かせる。


「お、おい落ち受けファンシル!記憶を取り戻したなら周囲を見渡せよ!今の俺達の状況をだ!」


ピットが激しく揺れる長髪のファンシルの顔を周囲を見渡させるように両手でつかんだ。そこで彼女は漸く全ての状況を理解する。


周囲には彼女達と同様、負傷した騎士と兵士、傭兵等といったこの討伐軍に所属する者達が集められていた。所々には薄れた記憶で見たニホン兵が自分達を監視するように随所で立っていた。あの見慣れない長筒を持ってだ。


「これは…………」


絶句するファンシルにヨルモンが言う。


「……負けたんだよ俺達は。奴等の攻撃を受けて将軍達は全滅だ。飛竜騎士達も全滅したみたいだ。完敗だよ。」


「飛竜騎士が!?ど、どういうこと!」


「あれを見てファンシル。それで分るわよ。」


今まで黙っていた同じ女補騎士タイリーナが指を指して教えてくれた。ファンシルはその方向を見て全てを理解する。


本陣側の青空に多数の黒煙が立ち上る。その方向の根本にある存在は彼女も知っていた。


「まさか、飛竜基地……」


「そうだ。だから未だに飛竜部隊は応援に来ないんだよ。」


無力感に下を向いて言うヨルモン。彼女も力が抜けたのか、両手を地面に伏した。


「た、隊長は……」


「無事かどうかは分からない。確認したくてもこうも人が多いと見つけるのだって……」  


ピットの周囲を見渡して言う言葉にファンシルはもう一度周りに視線を向けた。


武装解除された兵士達の多くが自分達と同じように何人かで集まって座り込み、今後の自分達の未来について話し合っていた。


敵軍の捕虜になれば悲惨な末路を辿る事が常識だ。それも今回の相手は録な情報のない未知の国ニホンだ。


身代金として他国に売られるか彼等の奴隷。捕虜交換等は一部の騎士や指揮官といって上位の身分者しか適用されないだろう。


生き残りの味方が援軍を率いてくれれば助かる道もあるが、敵から見れば捕虜は貴重な戦利品だ。後方に送られてしまえばその可能性も絶望的になる。或いは行軍の足枷になるとしてこの場で死刑になるか。


初めての敗北に彼等の多くは悲観的な考えで染まってしまう。


単純に負けただけなら、ここまで悲観的になることは無いだろう。しかし今回は圧倒的な力で打ちのめされた上で負けたのだ。多くの顔見知りも死んだ事で希望は限りなく撃ち砕かれていた。


故に彼等の多くは時折、見慣れない長物を持って巡回してくるニホン兵に恐怖の目を向け、何かしらのいちゃもんを受けないように顔を反らしたりする。


そしてファンシル達のいる所にも5.6人のニホン兵が近付いてきた。その進路方向にいる彼等は慌てて道を空けたり、視線を低くして何事も起きないように祈る。


「ファンシル、タイリーナ、動くなよ?俺達の陰に隠れろ。」


女性2人に対してピットが小声で話す。捕虜となった女性の末路が男達よりもずっと悲惨な道となるのは誰もが簡単に想像できる。


故にピットとヨルモンが両者の前に出て、いま巡回しているニホン兵の視界に入らないようにした。ピットは更にファンシルの肩へ自分の上着をかけてより目立たないようにする。


他を見れば同じく女性のいる所でも他の男達の陰に隠れたり、ガクガクと自分の身体を腕で寄せて少しで目立たないように必死に足掻いていた。


タイリーナも非常に怯えた表情でヨルモンの背中に身を預ける。彼女も敵に嬲り物にされる姿を思い浮かべて恐怖が襲ったのだろう。


「た、隊長………」


ファンシルは上官であり身内でもあるブイト隊長の名を呟いた。彼女の抱く恐怖は横のタイリーナとは違う種類であった。


「安心しろ2人とも。奴等がふざけた事しようとしたら俺達がぶん殴ってやる…………お、おい!?ファンシル!?」


ファンシルはピットに肩からからかけられていた上着を地面に置くと、なんと立ち上がってしまう。


突然の行動。思わずピット達は目を剥いてしまう。付近で各々で集まっていた者達もファンシルの行動に驚きの声を上げる。


「あの女何やってるんだ?」

「不味いな、完全に目をつけられるぞ……」  

「しかも騎士じゃねぇか。こいつは奴等も手加減しないだろうよ。」


そんな周囲の反応をよそにファンシルはフラフラと立ち上がってニホン兵のもとへと近づく。


「おい!ファンシル!?戻れ!」


「糞ったれあのバカ!」


ピットとヨルモンが思わず叫ぶ。周囲も彼女の異常行動に視線が集まった。


「隊長、隊長………叔父さん………っ」


しかしファンシルは尚もゆっくりと歩いてニホン兵へと向かう。


周囲の人々は彼女が明らかにニホン兵に近付いていると気付き、一瞬で周辺の空気が変わる。


「あの女正気か?自分から行ってるぜ」 

「命乞いじゃないか?それか他の女を売って取引したりとか、俺も見たことある。」


「ファンシル!おいっ!戻れ!」


ピットとヨルモンが慌てて制止しようとするがファンシルは聞こえてないのかドンドンとニホン兵達のもとへと近付く。


「ん?………」


そして遂にニホン兵達もファンシルの存在に気付いた。5.6人で巡回していた彼等はその歩みを止めて視線を彼女に向ける。


「不味い!」


ピットが叫ぶ。だがファンシルは歩みを止めない。


やがて会話が出来る距離にまで近づいたファンシル。周囲の人々も固唾を飲んで見守る。


「そこで止まれ!動くな!」


ニホン兵の一人が手を上げてその長物をファンシルに向ける。他のニホン兵も横に展開してその黒い長物を向き始めた。


「お願い、隊長を……隊長はどこにいるの?」


「おい!聞こえてるのか!?そこで止まれと言っているんだ!止まれ!すたぁっぷ!」


ニホン兵が怒鳴る。しかし彼女は止まらない。


「撃ちますか?」


「地面なら許可する!止めろ!」


見かねた別のニホン兵が彼女の数歩手前の地面にその長物を向けて何かを打ち出す。それに地面から少しの土が舞い、轟音が響く。


思わず周囲の人々が驚き、身を屈めるがファンシルだけは反応せずにまだ近付いていく。


「この女、イカれたか?発砲許可を!」


「……やむを得ん。胴体で構わん。撃て!」


自爆攻撃の可能性を考慮した陸自隊員は部下にそう指示する。そしてその会話を耳にしたピットはようやくファンシルに追い付き、彼女を両腕を使って抑える。


「あ、あの!すみません!コイツは何の悪気も無いんです!どうかご容赦を!」


乱暴に彼女の身体を後ろから抑え、必死に許しを乞うピット。そこへヨルモンも到着して両者の間に立つ。


「………しっかりと抑えておけ。つぎ怪しい行動をすれば射殺する。我々にはその裁可を陸将に……将軍に頂いている。分かったら失せろ。」


ニホン兵はその長物と険しい表情を彼等に向けたままだが、以外にも彼女に邪な事をするつもりは微塵も無いようだ。構えていた長物を下ろすと淡々と命令する。


「あ、ありがとうございます!すぐに消えますので……ファンシル!行くぞ。」


ピットとヨルモンの表情に安堵の色が見えた。すぐにファンシルを連れて下がろうとする。


それにニホン兵達も警戒を緩めたのか、そんな彼等の横を通って巡回を再開する……


ファンシルの手が先頭を歩くニホン兵の裾を掴んで止めた。


その瞬間、周囲の時間が止まる。余りの彼女のぶっ飛んだ行動に全員の呼吸が止まったのだ。


制止するはずのピットとヨルモンでさえそうなのだ。その結果として陸自隊員の怒鳴り声と腕が先に動く。


「隊長はどこにいるの!お願いだから教えて!」


「っ!この女!」

「分隊長から手を離せ!」


一瞬にして後ろを追従していた2人が彼女の腕を掴んで地面に転がす。そしてその20式自動小銃をファンシルに向けた。


遅れてピットが地面に転がったファンシルを守るように覆ってヨルモンが彼等の前に跪く。


「ま、待ってください!彼女は可笑しくなったんです!どうかお慈悲を!」


「黙れ!そこをどけ!異常行動者を放っておくことはできん!下がれ!」

「本部、こちらパトロール08、E-2エリアにて精神異常者を確認。応援を求む。」


先ほどまでの緩和した時とは一転、一斉にニホン兵達の殺伐とした空気を出す様子に周囲で見守っていた一同はこれから起こる惨劇を想像する。


「あれは終わったな。殺されるぜ。」

「あの女も馬鹿だな。せっかく見逃してもらったってのに。」


一発触発。誰もが殺されるぜ光景を想像するが、再び状況が一転する現象が起こる。


「待ってくれ!ソイツ等は俺の部下達なんだ!頼む!それをおろしてくれ!」


聞き覚えのある声に彼女の正気が戻る。ピット達も声の方向を見て驚いた。


「隊長?」

「おいおい嘘だろ?」

「本当に生きてた……」


ブイト隊長だった。彼はその口髭を揺らして20式を構える隊員達の前へ出る。


「何だお前は!」


「さっきも言ったろ。コイツ等は俺の部下なんだ。見逃してくれよ。アンタ等も暴力はしたくないんだろ?アンタ等の上官とは話がついてるんだ。」


ブイト隊長の最後の言葉に隊員達は先ほどの殺気迫った表情から一転、訝しげな表情を見せた。


「はぁ?何を言って……」

「彼の言葉は本当だ。取り敢えず、銃を下げてくれ。無用な混乱はお互いに避けたいのは本当だしな。」


再びかかった声。隊員達がその方向を見ると今度は驚いた表情になり、一斉に銃を下げて敬礼した。


そこには制服に階級章を胸につけた壮年の男性が50名以上の隊員達を背後につけて立っていた。そして巡回している彼等はその男性の正体を知っていた。


「能義1等陸佐!?」


「うむ。ご苦労……しかし、まさか本当に見つかるとは……確かに運が良いな君は……」


護衛の隊員達を大勢引き連れた第8戦闘団 団長能義1等陸佐は返礼をするとブイト隊長の方を見て感嘆の息を漏らす。


当のブイト隊長ははにかんだ笑みを浮かべて親しみを込めて答える。


「だから言ったでしょ?私は運で騎士隊長になったんです。捜索の協力、心から感謝しますよノウギ1等陸佐殿。」


「構わんよ。同じ姪っ子を部下に持つ仲だ。しかし君とは驚くほど共通点が多いな。

 他人とは思えんよ。私も昔はヤンチャをして自衛隊に入ったが、その経験や食事の好みまで一緒だとは………」


「これも私の運が良いからですよ。」


「ふむ……らしいな。さて、君達、そういう訳だから巡回任務に戻ってよし。ここは私が受け持とう。」


「はっ!直ちに任務に復帰します!戦闘団 団長!」




ーーーーー


「さてと………相変わらず無茶をするなお前は。」


「隊長。生きてたのですね?しかし、この状況は……」


ファンシルは泣きそうな表情で言う。それに能義1等陸佐が事情を説明をした。


「私が幹部会議を終えてたまたま捕虜の状況を確認しようと辺りを見回っていたら、彼の怒鳴り声が聞こえてね。

 話を聞けば姪っ子を探そうとしたのだとか、私も姪が同じ軍に所属しているのだよ……私の場合は通信科配属だから危険は少ないが、君はバリバリの前線勤務と聞いた。

私ももし姪が危険な戦地にいると思うと気が気では無いと思って話を聞いたんだ。

そしたら話をすればするほど共通点が出てくるで、大いに話が盛り上がったんだ。」


「って訳でお前達の捜索に協力して貰ったんだ。そこを歩いてたら音が鳴ったから来て正解だったぜ。」


「あのタイミングで銃声が鳴って、ピンポイントに君達だとは………恐れ入るよ。」


ピット達はブイト隊長とニホン兵の指揮官が話をする姿を見て呆れた。


「この人はいつの間にか敵の指揮官との伝を持ったよ。」


「とんでもない人だな……」


ピットとヨルモンの驚きの反応。2人の間にいるファンシルは安堵したか、空を見上げてその空を飛ぶ存在に気付いた。


「飛竜?」


ファンシルの言葉にブイト隊長が空を見上げた。他の者達も一斉に空を見る。能義1等陸佐達も顔を上げた。


「援軍なのか!?」

「でも1騎だけだ。偵察騎だろ。俺達の敗北を帝都に持っていくんだ。」


期待の声が上がるが、それを否定する者。周囲にはそれぞれの考えが飛び交い、一気に騒がしなる。


「1等陸佐、黙らせますか?」


能義1等陸佐の後ろに控えていた隊員が言う。しかし彼は首を横に振った。


「その必要はない。」


そう会話を続ける2人に対してブイト隊長は疑問をぶつけた。


「撃ち落とさないのか?アンタ等の力なら簡単の筈だ。」


目の前の男との何気ない会話。そしてあの戦闘の光景からブイト隊長は日本が1体の飛竜をこの高さから撃ち落とす術を持つと確信していた。


それに対して能義1等陸佐はブイト隊長の方を見ると肩を竦めて答える。


「その必要はない。あれは敵では無いからね……まだ味方でも無いが、な。」


「?」


能義1等陸佐の意味深な言葉にブイト隊長は再び空を飛ぶ飛竜を見る。目が良ければあの飛竜胴体にある紋章でどこ所属の飛竜か判別がつくがこの高さと視力では無理であった。


「どういう意味だ?敵ではない?あれは帝国軍の飛竜じゃないのか?」


「1等陸佐……」


護衛の隊員が言う。機密情報であると指摘するが彼は淡々と答える。


「そうだったな。すまぬがこれ以上は言えぬ。君とは友と呼ばせて貰うが、それだけだ。まぁ、近いうちに君達の耳にも入るかも知れんがな。」


話はそこまでだ。能義1等陸佐はそこで切り上げると部下を連れて来た道を戻る。


「隊長、俺達ってこの先……」


ピットが不安げにいう。しかしブイト隊長は安心させるように答えた。


「心配するな。ニホンは俺達に危害を加えることはない。大人しくするのが大前提だがな……」


ブイト隊長は能義1等陸佐の後ろ姿を見る。しかし彼は振り返る事は無かった。


「……食えない男だ。行こう。他の奴等も生きてるのか?」


「は、はい。向こうにタイリーナもいます!」


「なら向こうで今後について話し合おう。俺達の身の振り方が鍵になってくるからな。」


ブイト隊長の言葉。これにファンシル達も頷いて歩く。





そんな彼等の上空を飛ぶ飛竜はその後30分の間、戦地を観察するとやがて北部地方のオルデンブル侯爵のいる領都オルデンへと戻った。





あの戦闘より数日後


         東部地方

   ジークザン侯爵領 領都ジルクザイ


戦地から大した距離も離れていない東の大貴族。ジークザン侯爵は戦場に送っていた武官からの報告を受けていた。


「討伐軍が大敗…………ま、誠なのか?それは……」


執務室の壁に手をそいて聞き返すジークザン侯爵に戦地から帰ってきた武官は力無く答えた。


「事実であります閣下。10万以上いたあの大軍団は……アバット伯将軍を含んで大勢が戦死されました。ニホンは多くの捕虜を得ており、私自身も奴等の捕虜になりましたが、私が閣下の武官と知ると私を解放しました。一通の文を預けてでありますが……閣下宛です。」


武官はそう言うと本郷陸将からの手紙を懐から取り出すとジークザン侯爵に手渡す。


彼は震える手でその中身を改めた。ご丁寧にも帝国文字で書かれておりその内容を知るには大した苦では無かった。


中身を理解したジークザン侯爵はその手紙を机の上に置いて憎々しげにいう。


「奴等め、大勝利したからと言ってこの私に領都の無血開城を要請しおったわ。この帝国東部地方の侯爵たる私にだ!」


帝国建国時代から皇帝より多大な信頼と実績を積み重ねた名門ジークザン。そんな彼に対しての降伏勧告は彼には屈辱とも言えるだろう。


しかしこれを無視すればこの街にニホンの手が迫るのは明白であり、皇帝の大軍を撃退した相手に自分達が対抗できると思うほど彼は正気を失っていなかった。


どうする?帝国が再び軍を向けるには時間がかかる。それまでにこの街が耐えれるとは思えない。


ジークザン侯爵が必死に悩む最中、彼の執務室へと使用人が入る。


「失礼します旦那様!オルデンブル侯爵様より飛竜騎士殿が使者として来られました!火急の要件だとか!」


「おぉ、オルデンブル侯がか!すぐに通せ!」


ジークザン侯爵はそこで希望を見いだした。北部地方の大貴族オルデンブル侯が加勢するならば現状にも幾ばくかの猶予が生まれると期待してのことだ。


すぐにオルデンブル侯爵家の使者、飛竜騎士が入室てして跪き口を開く。


「火急の件故に挨拶は省略しますことをご容赦頂きたく存じます閣下。」


「構わぬ。して、オルデンブル侯は一体何を私に?」


「はっ。事が事ゆえに口頭にて伝えさせて頂きまする。こちら、我が君の紋章板であります。」


「なに?……確認した。確かに貴君はオルデンブル侯の使者だな……それ程の重大な内容か?」


普通、使者を使わす際には手紙などで伝える。本人からの細かい内容や本人だと証明する封がある為であり、今回のような口頭だと情報漏洩を最大限に警戒するためであり、本人確認はその人物から渡される紋章札を渡す。


侯爵家が使用する掌サイズの金の板で作られた紋章札。それを確認したジークザン侯爵は使者に返却した。


ジークザン侯爵は相当重大なことを伝えに来たと察して、固唾を飲んで使者の言葉を待ち構える。しかし放たれた使者の言葉は構えを簡単に崩壊させた。


「では端的に申します。『我らオルデンブル侯爵家はニホン国との協定を結んだ。これよりオルデンブル侯爵家並びにバスミール伯爵家及びロイスムール騎士団はニホン軍のいるハンザブレックを包囲する皇帝派を攻撃する。

 ジークザン侯爵殿にも我々と共にニホン国との共闘を求む』……我が君の御言葉、確かに伝えましたぞ。」


使者の言葉を全て聞いたジークザン侯爵。その内容を理解するのに暫しの時間を要すると彼は掠れた声を上げた。


「き、貴君は何を………」


「申した通りであります閣下。我が君、いいえ北部地方は現皇帝による統治を認めませぬ。

ジークザン侯爵閣下。どうか我等と共に現皇帝の暴政を止めましょうぞ。」


使者の目は真っ直ぐにジークザン侯爵へと向けられた。彼はそれに後ずさることしか出来ない。





帝国北部地方の大貴族。オルデンブル侯爵は考えを共にする隣接の伯爵家と帝国の北部属領にあるロイスムール騎士団との連合を組んで皇室に対して挙兵。


同日の間にハンザブレックを包囲していた同地方の6家の貴族が出した皇帝派の軍を攻撃。ハンザブレックを解放した。6家の貴族領はロイスムール騎士団による攻撃を受けて降伏をした。


この1日後にはジークザン侯爵家のいる東部地方のとある男爵領にて、ウィルテラート大陸有数の傭兵隊長。ウルブ・ジェシカの率いるターボ隊が蜂起。同領地にいた貴族軍を打倒して日本側との共闘を宣言した。



この報せを受けた帝都ニグルンドの皇帝は帝国全土にて緊急戦時体制を宣言。帝国中央と西部地方、南部地方と東部地方にて無制限の徴集令を発動した。


つまり帝国首脳部はこの戦いを紛争としてではなく全面戦争だということを大陸中に知らしめた。


今さらですが、作中で何回か出た単位とかの説明を載せますね。


1ミリル……1.47cm

※この単位を考案した学者ミリル氏の当時の身長。


1バレク……1.6km

※同人物ミリル氏が住む住居と彼自身の墓場との距離。そのため上記単位は彼の没後に弟子によって考案された。



また、上記の2つの単位は国と地域によってその長さが微妙に前後する。しかし単位発明以前では地域によって使われる単位が全く違うため度々混乱が巻き起こっていた。


それらを考慮すると上記の2単位による発明はその後の大陸の工房技術や地図作成において大きな前進を果たした。


……こういった設定集も今後増やしていきたいと思います。

出来れば単位は統一したいですが、他の大陸での話が出たらその大陸での別の単位を使ってやります。


恨むならば未だにヤード・ポンド法を正式に使ってるどこぞの国を恨んで……何でもないです。


あの国のせいで翻訳アプリ片手に海外の資料を読む際にあれらの単位が邪魔するんです。皆さんにも是非とも味わって欲しいこの気持ち……

 

次回は早めに出したいです。

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― 新着の感想 ―
誰か警務隊を呼んでくれ。 風紀が乱れてるぞ!! (個人的には物語上に警務隊を出してほしい) 今回も最高でした。
→ニグルンド方面隊、戦闘員だけでも52000名もの人員を確保しており後方任務を行う非戦闘員も含めた総兵力は84000名もの大部隊となる。 現代の軍隊にしては随分戦闘員の比率が多いな。通常は7~8割が…
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