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第5話 ハンザブレック事変開幕

第5話 ハンザブレック事変開幕


        商業都市

      ハンバブレック


10日間の旅を逐えて目的地であるハンザブレックへと到着したシュメール達一向はこの大都市の城門で入都手続きをしていた。


流石は大陸随一の商業都市である。まだ日の出からさほどの時刻が経過していないのにも関わらず、既に手続き待ちの行列が出来ていた。


シュメールは旅の道中で通った都市とハンザブレックとの差を明確に感じた。


規模の小さい農村や宿場町は当然の事ながら、地方領主の領都、皇帝直轄の中規模都市とも比較してもこのハンザブレックは群を抜いての都会振りであった。


人々の通行量も然ることながら、この都市を囲む城壁も実に立派な造りだ。帝国最重要都市である帝都にも引けをとらない、いや、見る者によってはそれ以上の造りだと言う者もいるだろう。それ程の立派な造りであった。


実際、帝都を拠点としているため比較的に見慣れていたアントラやシュメール等を除けば、彼等の前後で順番を待つ旅人や商人達は田舎者宜しくとも言いたげに、キョロキョロとその偉業溢れる高き城壁を見回し、人によってはあんぐりと口を開けて呆けていた。


(にしても………やはり商人が多いな。)


シュメールは複数の列になって自分達と同様に順番を待つ人々の格好を見てそう心の中で呟いた。


列には荷馬車を引き連れている商人やその背中に大きな荷物袋を背負って大陸中を歩き回る行商人達を占める割合が帝都と比べても高かった。商人の都と呼ばれる由縁がそこにあった。


「次の者、前へ進め!」


そんな風に周囲を見てみると、ようやくシュメール達の順番が来たようだ。同じ荷馬車に乗って順番を待っていたアントラが意気揚々と降りて手続きする全身鎧を装備した番兵へと向かう。


(流石に商業の街だな……衛兵の装備すら他の街とは大違いだ。)


シュメールは高価な筈の全身鎧を装備している番兵を見て驚く。全身を守る鎧は値が高く、収入の多い冒険者達ですら、それを装備出来る者は限られる。


各言うシュメールとアントラ達だって、全身鎧よりも値の低い部位鎧を装備しているのだ。シュメールは衛兵の恵まれた環境に嫉妬する。


「お前は…………冒険者か。それも銀等級だな。入都の理由は何だ?」


台帳を持った番兵はアントラの首元に下げた冒険者の等級プレートを見てその身分を察した。次に彼の入都理由を確認する。


聞かれたアントラは胸を張って堂々と答えた。ただの入都手続きに張り切りすぎだろとシュメールは思ったが口は出さないでおく。


「そんなの決まってるだろ。俺達は噂のニホンの品を手に入れに来たんだ! この街に行けば手に入るんだろ?」


自信満々に言い放つアントラの言葉を聞き、その背後にいたシュメール等を一瞥した番兵は一笑した。そして慣れた様子で台帳に書き込んでいく。


「ふっ…………お前達がか?」


番兵の嘲笑に近い反応にアントラはムッとするが、番兵は記入している台帳へと視線を向ける傍らで諭すように言った。


「確かに、ニホンの品はこの街で流通してるって噂は事実だ…………だがな、そういった品の殆どは既に大商人やその伝で紹介された貴族が取引を成立させてる状態だ。

 お前達みたいな一介の冒険者に過ぎない連中じゃあ、門前払いされて終わりだ……悪いことは言わない諦めるんだな。」


台帳を書き終えた番兵はそこでアントラの方を見たが、彼の表情からは諦めた様子を見受けられず、番兵は怪奇気味に首を傾げた。


「へっ、ご忠告あんがとさんよ……けど俺達は、『はい、そうですか。』って素直に諦める程度の生半可な覚悟で来た訳じゃねぇのよ。」


尚も自身溢れる青年の姿に番兵は苦笑いした。しかしそれに惹かれたのか、番兵は1つのアドバイスをアントラ達にしてくれた。


「ふ、そうか。なら1つ良いことを教えてやろう。この先に坂道になった通りがある。  

 そこの突き当たりに市場が開かれているからそこに行ってみろ。何か掘り出し物があるかも知れん。」


そこも幾人かのニホン商人から流れた品があるそう……運が良ければお望みの物が手に入るかもな。番兵はそう言ってアントラ達一向へ入都許可を出した。


城門をくぐり抜けて念願のハンザブレックへと入都を果たしたアントラ達は、その視界に映る街並みを見て感嘆の声を漏らした。


「なぁシュメール、凄ぇな………」

「あぁ、帝都とはまた違った街並びだ。」


アントラとシュメール、帝都という大都市に見慣れた彼等でも互いに驚き、そう言葉を伝える漏らす事しか出来なかった。


大勢の人々に溢れた大通りに面した建物は全て木製や石造りではなく、より建築に適した建材である煉瓦や建築魔法で生成された高価な魔煉瓦といった物で建物が造られ、その窓辺には高価な筈の1枚板の大きな硝子も贅沢に使われていた。これだけでも大都市と名乗れる立派な造りだ。


だが、帝都と違うのは圧倒的なまでに商業目的とした建物がズラリと並んでいる点であろう。


更に内陸部に造られた帝都とは違って海沿いに造られたハンザブレックには港湾があり、いまアントラ達のいる場所からも数バルク先に広がる巨大な港湾が見えていた。


内陸部では見る事のない数多くの船の群れ、漁に出る小型の漁船は当然ながら、大陸内外から取引にきた大小様々な商人船が港湾の埠頭部で停泊させていた。


また、内陸部で生活していたアントラ達へ海特有の潮香の匂いが鼻を刺激させ、通りにある飲食店での新鮮な海産物に対する食欲を大いに誘わせる。


ハンザブレックに手に入らない物はない。そう商人達が口々に絶賛し、多くの富を成してきた理由が良く分かる。現に大通りを歩くアントラ達の横で開かれた出店や店頭には帝都では見られない品々を早速見つけていた。


「流石はハンザブレックだな。至る所が帝都とはまるで違う。これだけでも来た甲斐があったな。」


荷馬車から街並みを見たシュメールはそう言葉を溢す。その表情からはアントラから見て明らかに楽しんでいるのが良く分かった。そんな親友の肩に腕をかけてアントラは言った。


「何言ってんだシュメール!俺達の目的はここからなんだぜ? 先輩!さっきの番兵が言ってた場所に頼みます!」


「おう!任せとけ。」


御者席に座るオルブは手綱を操って目的地を目指す。そのすぐ後ろをついてくる彼等のもう一台の荷馬車も続いた。


しばらく道なりに進むこと一刻半、雑多な人混みから抜けて、このハンザブレック内でもそれなりの規模を持つ市場に到着した。


市場の敷地に設けられた馬車置き場でオルブが部下達に荷守りをさせて、3人はその市場の中へと入った。


どうやら数ヶ月に20日間の間で開かれる定期市のようで大きな広場には、100を優に越える露店が立てられ、ハンザブレックで活動する中規模の商人等が商業組合管理のもとで毎回盛況を納めている市場のようだ。


先程通ったハンザブレック主要通りにも負けずの人集りの中をアントラ達は散策した。


やはりそこそこの商人達が参入する市場だけあって市場の出入口付近だけでもアントラ達の目を見張らせる物が多く店頭に出されていた。


銀細工や香水に、反ずつに置かれた各種の織物、酒類、香辛料や革製品といった多種多様の品物がアントラ等の目についた。そこにいる客達は慎重に品定めをしつつ各露店で取引を交わしていた。


アントラが通り過ぎた露店でも1人の店主がその出で立ちから恐らくは南方から来たと思われる行商人に香水を数枚の銀貨と引き換えに手渡していた。


「確かに沢山あるが……ニホンらしき品は見えないな。そもそもどんな物をニホンなのかも分からんしな。」


シュメールがそう言う。隣を歩いていたアントラも困ったように頭を掻いた。商売が素人同然の2人にはどれがニホン産の品物なのかが全く分からなかった。


「参ったな……直接見ればすぐに分かると思ってたが、こんなに種類が多いと皆目検討がつかないな。」


途端に途方に暮れつつある2人の背中を見たオルブが愉快そうに笑って、彼等の視線を誘う。


「あっはっは……ここは俺に任せとけ。俺は数年前から商売人として生計を立ててるんだ。こういう時の対処法は心得ている。」


オルブはそう言って自身の胸を右腕て軽く叩いた。その高い自信の現れに2人は安堵の息を漏らす。


「すいません…………お願いしてもいいですか?」

「流石は先輩っす!」


「おうよ!俺に付いてこい。」


2人からの言葉にオルブは意気揚々と応えて2人の前へと歩いた。


幾多の露店を通り過ぎていくオルブを筆頭にアントラ達は市場を横断するように歩いた。


やがて市場の端にまで歩いたオルブはその先の建物を両脇にした狭い裏通りへと入っていくそのオルブの後ろ姿に思わずアントラが慌てた様子で声をかけた。


「あの先輩!…………この先は?」


心配そうに声をかけるアントラにオルブは振り返って答えた。


「実はこの先に知り合いの情報屋がいるんだ。そいつからニホン品を卸してる裏商人と繋いで貰ってる訳だ。」


オルブの答えに2人は驚く。


「そ、そんな伝を持ってたんすか!?」


「おうよ。だからお前にこの話を持ち掛けたんだよ!」


オルブの言葉に驚愕したものの、すぐに2人はなら最初から案内してくれよ、と言葉を出しかけたが、喉元でグッと堪えてオルブの後を急ぐ。


数棟の建物を通り過ぎていく裏通りの突き当たりまで到着した3人はそこで壁に寄りかかっている外套を纏った男を発見する。


「おう、俺だ。久し振りだな。」


その男にオルブは気さくに話しかけると男は軽く片手を上げて、一言話した。


「あぁそうだな……その後ろ2人は?」


男はアントラとシュメールに視線を向けて、注意深く見定めた。それにオルブは短く答える。


「俺のツレだ。なぁにそう警戒するな。信用できる。」


「それはこちらが決める事だが…まぁ良い。話していた相手はこの建物の中だ。入れ。」


オルブの答えに対して外套の男はやや納得のいかない様子であるが、壁に寄りかかっていた建物の扉を指差して教えてくれた。これにオルブは疑問を口にした。


「うん?市場には無いのか?」


「確かに市場にはあるが、あそこに出回っているのは既に周辺都市まで流通した物ばかりだ。そんなのをご所望ではないんだろ? 

 『お前だから特別にここを案内してやったんだ。』中は大商人でも滅多に手に入らない貴重なニホン品ばかりだ。」


外套の男は不機嫌そうに言う。彼の話が事実ならばどうやらこの建物の中に3人の目的の品があるらしい。


「そうか、感謝するぜ。」


感謝の言葉を出したオルブはそのまま扉へと腕を伸ばしたが、外套の男は付け加えるようにオルブへ警告をした。


「中には他の客もいる。絶対に揉めるなよ?」


外套から垣間見えた鋭い男の目にオルブの後ろにいたアントラとシュメールが反射的に身構える。しかしオルブが手で制して外套の男に言う。


「勿論だ。俺を信用してくれ。絶対にそんなことは起こらない。」


「…………ふん。言っておくが相手の商人はニホン人だ。機嫌を損ねないように気を付けるんだな。」


「ご忠告どうも……お前等ついてこい。」


3人は建物の中へと入っていく。





外套の男が案内した建物に入った3人は建物内のあちこちへと視線を巡らせた。


薄暗い裏通りに面した建物の割には中はやや豪華な装飾を施された室内で、大きな建物にはよく見られる魔法の灯りを灯した魔道具まで完備しており、室内の壁際には値の張る硝子張りのケースが置かれその中に噂のニホン品らしき物品が収まっていた。


これらを見るとまるで高価な品を取り扱う交易商のようだ。実際、室内でそれらを見る客層も外套でその身なりを隠しているが富裕層特有の香水や所作がその人物等の身分を証明している。


シュメールは静かに隣のアントラへと視線を投げる。


「アントラ、あれ………」


「分かってるシュメール。にしても直接足を運んでくるだなんてな……」


十中八九、大商人に準ずる商人や低位の貴族等であろう。ハンザブレックを牛耳る大商人や帝都の大貴族には遠く及ばないものの、アントラ等平民からすれば天と地ほどの差があった。


「それだけの品が揃ってる訳だな。こいつは期待が高まってくるもんだぜ。」


アントラの気分が高揚していくのをシュメールは感じとる。しかし何故それ程の店を外套の男は目の前のオルブに教えたのか、そんな疑問がシュメールの脳内に過る。


(商人とは言え、引退した銀等級程度の元冒険者相手がなぜそんな伝を…………)


その時、シュメールは外套の男がオルブに対して言った言葉を思い出す。


『お前だから特別に案内したやったんだ。』


それは一体どういう意味なのか、長年の知り合いだから?それとももっと別の深い意味があるのでは、そんな疑問が沸いてきた。


シュメールはオルブの素性に僅かな疑いを持ち思わず彼を見つめる。


(この男は一体何者なんだ?)


しかしその疑問もこの室内の最奥のカウンターで佇む男性から声を掛けられた事で停止する。


「いらっしゃいませ。どういった物をご所望ですか?」


この大陸では非常に珍しい黒髪と黒目をした男性はカウンター越しにそう自分達へと問いかけた。シュメールはこの男性が噂のニホン人なんだろうと目星をつけた。


「俺達は帝都から来たんだが……そこら辺ではまだ出回っていない品物を仕入れに来たんだ。そっちで何かオススメの物はないか?

 この建物前に立っていたアルメからの紹介だ。」


正面に立つオルブはそんな男性へと言い、カウンターの男性は考え込んだ様子を見せてから返答した。シュメールはあの外套の男がアルメという名だと気付いた。


「アルメからの紹介ですね?…………それでしたら、何点かございます。こちらの個室にてご案内させて頂きます。」


カウンターの男性はそう言うとカウンター横の奥に見える通路から別のこれまた黒髪と黒目の男が現れ、その奥へと招き入れた。


オルブはそれに頷くとシュメール等を連れて通路の奥へと歩いた。


通路を歩き幾つかの個室の扉を通り過ぎたところで、1つの個室へと案内された。歩いてみて分かったがこの建物な相当な広さを持っている。その建物1棟を丸ごと活用している事に気付いた3人は更に期待値を高めた。


通された個室もやはり豪華な装飾を施された調度品が置かれ、アントラとシュメールはこれまでに経験したことのない待遇振りに驚く。


これには流石のアントラはオルブに対して疑問が沸いたようで、個室にあるソファに腰かけたオルブへとその疑問をぶつけた。


「あ、あの先輩、何だってこんな凄いところを案内されたんです?あの情報屋とはどんな関係で?」


彼にしては珍しく遠慮がちの姿勢にオルブはそれに構わず機嫌よく答えた。


「がはっはっ、なぁに、商人とは別の方面でも俺は金を稼いでるだけだ。まぁ気にするな!」


そう言葉を濁したオルブにシュメールは違法性を過敏に嗅ぎとった。恐らくこの男はアントラから聞いたような人物が全てでは無いのだろう。


危険な綱渡りをいつの間にか渡っていた事に気付いたシュメールは1人静かに肝を冷やし、今後のオルブの動向に注意を向けるよう心に決めた。


そうシュメールの決心と共に扉が開かれ、入ってきたのは先程の案内をした男性で、そこ手には1つの箱を持っていた。


男性はその持ってきた箱をオルブが座るソファの対面に置かれた机の上に置き、その箱をオルブ達へと見せた。


「先輩……これは何です?」


その中身を見たアントラは困惑した表情でオルブへと聞くが、当のオルブは対称的に非常に満足そうに口許を溢した。


「へへへへっ、お前等にはまだ早いな。こいつの良さを知るのには、な……」


オルブはそうアントラに返すと、箱の片側は多種多様の小箱があり、もう片方には『透明な袋に包まれた謎の白い粉』が入った箱を閉じて受け取り、オルブは懐から硬貨の入った袋と数枚の紙を手渡した。


それを受け取った男性はオルブへと声をかける。


「毎度ありがとうございます……今後ともよろしくお願いします。」



「おうよ。捌き切ったら、またアルメ経由で頼むな…………おっと、そうだった。後ろの2人は普通のニホン品を売って欲しいんだが、構わないか?」


「勿論でございます。」


男性はそう言って再び部屋を後にした。


「あの、いまのは?」


アントラは再び疑問をぶつけた。しかしオルブの返答は変わらない。


「悪いな。俺のは完全な別件なんだわ。いまからお前等が望んでいるニホン品が来るから待ってろ。」


オルブはそう言って意味深に静かに笑った。いまの彼の表情は旅の道中でシュメール達に見せていた時の表情とは明らかに違っていた。



オルブ等がいまいる建物は日本人が購入した1棟の建物だ。その表面は日本製品を卸している交易販売店だが、その裏面は違法薬物の取引所であった。


ここは日本最大の裏組織 『関西 橘登竜会』が進出していた国外拠点であり、ここと他複数の拠点を軸に大陸への影響力を根付かせていた。


先のオルブに渡した箱の中身も多くの者が予想するようにパック入れされたコカインであった。


この世界の南米に似た気候の島々で栽培、精製されたコカインはこの世界の人々の一部を確実に蝕ませていた。


そして表面で販売されている品も、関西 橘登竜会傘下のコピー製品を密貿易経由でこの大陸に持ってきたものである。


日本の民間企業と同様、政府への後押しこそされていないものの、彼等も着実にその土台を整えつつあったのだ。




アントラ等が求めていた日本製品の到着を待つ一方で、ハンザブレック1等地の区域ギリギリにある邸宅の応接室で矢幡部長は室内の窓から、先程まで会談していた人物が馬車に乗って帰宅する姿を見送り、同時に敷地外にいる人集りを見て溜め息を吐いた。


「……今日もいるな。」


連日、自分達と接触や取引を持ち掛けようとする中小規模の商人やその見物にきた野次馬の群れに矢幡部長は思わず呟いた。


彼等の多くはニグルンド帝国で活動する商人ではなく、大陸西部の帝国と大陸東部の環太平洋経済連盟の間、つまり大陸中央部の干渉地帯にあたる中立国の商人達であると矢幡部長は予想しており、事実それは当たっていた。


高く売れる日本製品を欲するが、中立国の立場である故に国での交流が行われていないため自分達自身の手でこうしてやってきたが、矢幡部長は当然ながら相手にはしない。


この街の有力者との相手で忙しいのもそうだが、わざわざあの程度の相手に時間をさくほど矢幡は寛大では無いのだ。


矢幡は応接室にあるソファに再び腰かける。そしてそのタイミングで扉からノックがする。


「どうぞ。」


気怠さを隠そうともしない声で矢幡は応える。入室してきたのは彼の部下であった。その両手には料理を載せたお盆を持っていた。


「部長、朝御飯を持ってきました。」


朝一からの会談で朝食を食えなかった矢幡に部下が気をきかせて持ってきてくれたようだ。それに矢幡は目の前にある机を指差して言う。


「あぁ、ありがとう。そこに置いてくれ。」


朝食を置いた部下が退出すると矢幡は遅めの朝食を頂くことにする。


今日の献立は付近の市場で仕入れた塩気の強いベーコン、目玉焼きと新鮮なジャガイモと玉ねぎを煮込んだ牛肉入りのシチュー。そして主食にはこの邸宅に備え付けの釜で焼いた白パンであった。


本土の社員食堂で勤めている料理人を連れてきて、現地の食材を調理させたその朝御飯は彼の口に合い、本土では厳しい配給制となっているのも相まって矢幡は黙々と胃袋に食べ物をしまっていく。


「立ち入り調査か………」


白パンを千切ってシチューに入れていた矢幡はその手を止め先日、エラウノーラ商会の者への伝言を思い出して呟き、持っていた白パンの欠片を握り潰す。


「全く面倒な話にしてくれる……」


当初の取り決めに反する要請に謝罪から入ったその内容は矢幡の機嫌を僅かに下落させるには充分であった。


次の寄港にも小島財閥傘下の戦闘員と軍需物資が大量に積む予定がある。仮にそれらが立ち入り調査で見つかれば大騒ぎになるだろう。


幸いなのはこの世界の通信手段が足の遅い手紙や伝書鳩が精々だ。こちら側は電話等で予め積み込みを中止させる事は出来るが、1ヶ月以上の定期便のため、日本政府主導の作戦に大きな遅延が生じるだろう。


一応ながら近距離でしか使用できない魔信という物があるが、ダークエルフの話によれば最大でも数km程度の距離でしか使えないため主要な方法になれないようだ。それ以上の距離だと途切れ途切れになったり、他の魔道師から傍受される危険性もあるらしい。


断るのは容易だ。だがしかし、その返答をした場合には今後の取引に大きな亀裂が生まれるのは間違いないだろう。


「いっそ取引相手を変えるか?」


ハンザブレックでエラウノーラ商会よりも大きな商会はまだ片手で数える程度だが存在する。そして、それらの何れの商会もこちら側との取引を願っていた。


しかしそこまで考えた矢幡は頭を強く横に振る。最初から商談を振り戻すのはリスクが大きいし、既に一定期間の独占販売権をエラウノーラ商会に与えたというのに、それを剥奪すればこの街全体の信用を失うことになる。


それは商社世界を生きる彼等にとっては致命的な傷となる。そして何よりもエラウノーラ商会こそが今の矢幡達にとって最も適切な取引相手なのだ。


エラウノーラ商会は他の大商会と同様、多種多様の品物を取り扱っているが、それらの大商会と比較すると食品関連が占める割合が最も多いのがあの商会だ。


特にエラウノーラ商会の商長 リビアンの一族はハンザブレック近郊に広大な農地を有しており、そこから収穫される農作物が日本にとって喉から手が出るほど欲しかった。


故に日本本土では需要が低いがこの世界では破格の価値を誇る絹を餌にしてエラウノーラ商会から食糧を仕入れる段階まで何とかこじつけたのだ。


これを全て白紙にすれば逆に矢幡の立場が危ない。すぐに先程の考えを消した矢幡は再び思案を巡らせた。


何通りもの展開を予想してその都度、修正していくがその何れもが最終的にはこちら側の損失で終わる。


食事を中断して思案すること数十分、先程の会談もあって疲労が溜まっていた矢幡はそこで冷めきった料理を前に再び溜め息を吐いた。


冷めた料理に魅力は感じないが残すなどという罰当たりな事は出来ないので矢幡は渋々食事を再開した。


冷めて味が落ちた料理を食べ終えた矢幡は気分転換に別のことを考えた。それは大陸東部の農耕地に進出した他財閥だ。


「安条財閥だったか?」


最近聞いた話では大陸東部の周辺諸国を跨がる肥沃な平原地帯に目をつけた日本財閥が1つ、安条財閥は大規模な出資をして広大な農地と牧草地に変えたという。


広大で肥沃な平原を3年近い月日を掛けて耕した農地は今年になって大きな結果を得る事に成功したらしい。


900万トンの化学肥料、20万台の農業車輌と8万人の日本人はそこに農家として移住して関東平野を上回る面積を持つ2万²km面積の農耕地と現地の周辺諸国に対して数十万単位での新たな雇用を産み出した。


これにより転移前は一時没落と言われていた安条財閥は一気に急成長したと本土では大きな話題となり事実、安条財閥の総資産価値は転移前と比べると3倍も増加していた。因みにその資産価値の内訳の約80%が食品関連である。これによって日本で4大財閥の1家と呼ばれていた下條家と入れ替わったという。


その広大な農耕地は農林水産省が発表した推定される今年の収穫量は小麦類が約860万トンであり米類が約500万トンで大豆やトウモロコシといったその他の穀物類が約350万トンとなる。


更に農耕地と平行して作られた牧草地でも牛肉は約25万トン、豚肉が約50万トン、鶏肉に至っては110万トンと肉類も全体で約185万トンを生産できるとされている。


成長速度に難のある大型動物はまだ先の話だが成長の早い鶏肉は今後も大きな期待が持てる。


つまり今年末までにここだけで本土と同等である約1895万トンもの莫大な食糧を生産する事に成功したのだ。


これは日本初となる農家の大規模な法人化と地球での農業大国であったアメリカ・中国・インド出身の技術者とそれの産物で得た自動化と大規模園化の成功が大きい。


これで他の大規模農園と牧草地のある複数箇所からも少なくとも約600万トンが加わり、そこから日本本土で生産される約1800万トンとも合わせれば今年の日本全体での食糧生産量は約4295万トン弱の見込みだ。


4000万トンもの食糧を日本は自力で生産出来る。転移前は考えられない事だ。しかし、これでも足りないのだ。


配給制を解除した状態の日本国民全員を養うにはあと約900万トンもの食糧を追加で調達しなくてはならないのである。この農業技術と化学肥料技術が未発達であろう世界でだ。


一応ながら既に環太平洋経済連盟の加盟国と周辺の小国から合計して約180万トンの食糧を輸入している。つまるところ残りの約720万トンは帝国頼みなのである。


ここで矢幡はますますエラウノーラ商会の手を切ることは不可能だと証明され咄嗟に頭を抱いてしまう。


ダークエルフ等によるニグルンド帝国の食糧生産量の統計はまだ出ていないが、どんなに少なく見積もっても約1300万トンは帝国内で生産されており、国外からは約400万トン近い食糧を輸入しているのではないかとしている。


合計で約1700万トンの食糧が帝国にある試算だが、この多くが帝国人だけで消費できるギリギリの数値だろう。


その他の国々だって別に食糧を輸入出来るだけの余裕なんてない。日本の技術提供という強力な餌を使って無理やり排出させてるのだ。


配給制だってそう何年も出来る事ではない。いつ日本本土で不満が爆発するか分からないのだ。


本格的に他の手段を講じる余裕がないことを再認識した矢幡は腕を組んで考えていたところ、1つの手を思い浮かんだ。


「……いっそのこと、こちら側の手をあの女に見せるか。」


日本の軍事力をリビアン商長へ見せつける。現在の取引関係から協力関係、言い方を悪くすれば強迫関係へと変える。矢幡はそう考えた。


「歴史を紐解けばこのハンザブレックも元々は独立都市だったな………評議会での自治権限が認められているものの、帝国への監査役人が評議会に置かれていて、毎年多額の税も納めている。

 しかも最近は皇帝によって年々その税も高くなっているという………この街の人間は帝国本国への不満が溜まっている事も考慮すれば可能性は大いに有り得るな…………」


この大陸に赴任して最も頭を働かせる矢幡。やがてある程度の外郭が整った彼は応接室から出ていき自室の引き出しから衛星電話を取り出して本社の上司へと繋いだ。


「杉本常務ですか?矢幡です、先日のエラウノーラ商会の立ち入り調査の件ですが、現場の人間から提案があります…………」


その数日後、矢幡部長の案は小島財閥本社経由から政府上層部へと伝えられ、幾ばくかの修正案が練られるとそれは正式に採用された。


『食糧が切羽詰まっている時の人間ほど行動の早い時は無いだろう』……政府高官の秘書となっていたダークエルフの1人が彼等の迅速な対応を見てそう呟いたという。




日が落ちて月が空の真上にのし掛かる夜中、小島財閥と陸上自衛隊による数機の大型輸送ヘリがハンザブレック近郊へと物資と人員を降下させた。




それから更に2週間後      

      ハンザブレック近郊 


大都市から少し離れた場所にある平原、その一角には湖があり、そこを中心にして人集りが構成されていた。


ハンザブレックの有力者が保有する庭園であり、今日はその人物が主催する園遊会の招待客が楽しんでいるようだ。


招待客である男性は夫人と子供達を連れて同じ招待客である他の男性と酒杯を片手に話しかけ、夫人もまた別の夫人達と集まって最近の流行りについて華を咲かせる。


子供達は湖のほとりで、何やら水を発射する見慣れない筒で水遊びをしたり、庭園の1ヵ所にある多種多様な料理が置かれた机から好きなものをそこに控えていた主催者側の者から受け取りそれを美味しそうに頬張る。


都市では一般人が肉体労働を朝から夕方まで懸命に働いて家で帰りを待つ家族のために僅かなーそれでも他の都市と比べると高報酬だがーー報酬を手に取る彼等が見れば、その優雅な集いに嫉妬を抱くだろう。


ハンザブレック有数の大商人にもなれば、こういった催しは定期的に開催するもので、今回もその内の1人が主催したいつも通りの園遊会、誰もがそう思うが、招かれた招待客達は今回のは少しばかり勝手が違うとすぐに気付く。


それは同じくこの園遊会に招かれたであろうエラウノーラ商会の商長 エラウノーラ・シェイル=リビアンも従者としてアディスと数名の護衛と共に到着してからいつもと違う点に気づいた。


最初にリビアン商長が違和感に気付いたのは、今回の園遊会の招待客の面子であろう。


庭園の出入口付近に立つ彼女からの視点でも参加している招待客は大商人は当然のことながら、商業組合の要人を筆頭として傭兵組合、海運組合、工房組合に果ては独立性の高い冒険者組合の要人までもが見えた。


そして庭園の中心部にも視線を向ければ都市の行政役員官や衛兵隊長といった役人の姿まで見えており彼女に驚きを持たせた。


(妙ね。ここまで招待者の層を厚くする理由は何かしら?ヤバタの目的は一体……)


リビアン商長はそう今回の主催者である日本人に対して疑惑を向ける。


そしてもう1つ、招待者達が感じた変化は今回の園遊会で用意された食事であろう。


リビアン商長は先ほど庭園の出入口で招待客達を出迎えていた主催者の人間から受け取った片手で掴める小皿に乗った食べ物を見る。


「これは……氷菓子?」


持っていた手の感触から伝わる冷気に彼女はその食べ物がよく冷えた氷菓子だと気付き、そこからいま手にしている氷菓子が凍らした果実の類いではなく、最近、巷で噂となっていた牛の乳を凍らして出来た氷菓子であるとも見抜いた。彼女の鼻がその氷菓子特有の甘い香りでうずく。


氷のように冷たく小皿と共に受け取ったスプーンで掬うと白く粘り気があるがそれでいて熟した果実のように柔らかかった。


ふんわりとスプーンに乗ったそれを慎重に口へ入れるとリビアン商長は予想以上の冷たさとそのすぐ後に舌へ伝わる甘味に思わず口元を手で覆ってそれを堪能した。


シャリシャリと音を立てて口内を奏でるその氷菓子はまるで薄い果肉が何枚も重なったような歯応えも感じさせながら、あっという間に口の中で溶けていく。突飛すべきはその圧倒的な甘さであろう。


以前、西方の大陸に伝わる甘いことで有名な果実を食したことがあり、その甘さに驚いた記憶があったが、この氷菓子はそれとは明らかに隔絶した別次元の甘さと美味を誇っていた。


周囲を見渡せば子供達は当然ながら夫人達もそのあまりの甘さに周囲の知人と話を弾ませ、庭園の一角でその氷菓子を配る場所で別の人集りが出来ていた。


「こんな冷たい氷菓子をどうやって……」


リビアン商長はそう疑問を呟いた。時期的に考えて邸宅等の地下に備蓄した氷室の氷をこの庭園まで運んで冷やしたとしても、都市から庭園まではそこそこの距離がある。その搬送途中で粗方溶けてしまうだろうに。彼女が口にした氷菓子はまるで先程作り出したかのように完璧に冷えていたのだ。


確かに冷気を司る魔法は存在するが、極短時間での効果しか発揮しないし、ここまで冷やす力はない。


しかし氷菓子を配るあそこからは次々と机に並べられた小皿にその手前に置いた木箱に入った円筒の入れ物からあの氷菓子をよそって配っていた。どうやらあの箱が何かの方法によって冷やされているらしい。


受け取った子供達は嬉々として再び氷菓子を頬張って湖のほとりにいた他の子供達と合流して盛り上がっていた。


そこでリビアン商長は湖のほとりで水遊びをする子供達が持つ細い筒に気付いた。子供達はその筒から水を噴射させて遊んでいた。


「…………あれは何かしら?」


誰かに問う訳でもなく漏らした言葉だが、後ろに控えていたアディスが知っていたようで答えてくれた。


「あれはミズテッポウなるものです、商長。ヤバタとは別のニホン人が港付近の市場で子供達に売っているのを見ました。」


「なら、あれはニホンの子供達が扱う玩具なのね。あのオルゴールの件もあるから納得だわ。ニホン人は本当に面白いものを作るのね。」


あれならば大の大人達でもきっと楽しめる事は間違いない。そうリビアン商長はそれの価値を理解する。


現に子供達の父親であろう数人の男性が自身の子が持つそれを興味深そうに触って楽しそうに湖側に向かって水を発射させていた。


リビアン商長は食べ終わった氷菓子の小皿を各所に置かれた机に置いて、庭園のなかをアディスと共に歩く。後方の護衛達は他の招待者達の護衛と同様、共同の待機場所で待つ。


ハンザブレック程の大都市であれば付近の近郊部は定期的に巡回する衛兵隊や冒険者達の手によって魔物や野盗の類いは排除されている故にこんな庭園で危険となる存在は限られている。


彼等は万が一の事態に備えて庭園の外周側で油断なく待機していた。


護衛から離れて庭園を歩くリビアン商長。その姿を目にした招待者達は先程までの会話を止めて彼女の話題へと変える。


「エラウノーラ商会ですな。」

「はい。今回のニホン人と唯一大規模な取引を行っているあの商会ですな。」

「あの方が着用されている服を見ましたか?奥様。あれが噂のキヌとやらで間違いないかと。」

「まぁ、流石は女性で唯一大商人に成られただけありますわね。随分とお似合いですこと。」


有力者である男性も別の人集りにいた夫人達も彼女の話題で一色となる。やはり評議会議員級の大商人であり、その美しい容姿、さらにはいま最大の目玉となっている絹をふんだんに使用して製作された絹製の服はどの集いに参加しても周囲の視線と話題を全てかっさらっていた。


それには既に慣れた様子で彼女は彼等の間をすり抜けるようにして歩いていく。


やがて庭園の中心部まで歩いたリビアン商長はそこで既に到着していた参加者から声をかけられる。


「おぉ、エラウノーラ商長殿ではありませんか。これはお久し振りでございます。相も変わらずお美しいお姿ですな。お召しになられているそのキヌ製の装いが無くともそのお美しさは劣りませんね。」


彼女と同じく大商人として活躍していた男性だ。彼は親しみを込めた表情で近寄って挨拶をする。


リビアン商長もそれに快く応えて軽い世間話をして間を暖める。そして気を見計らって1つの疑問を彼にぶつけた。


「ところでヤバタ殿はどちらに?今回の園遊会の主催者は彼だと伺いましたが……」


都市の人間以外では初となるハンザブレック園遊会の主催者の名に男性は思い出したような仕草をして答えてくれた。


「おっとこれは失礼しましたな。ヤバタ殿でしたら、彼方の丘の先におりまする。」


男性はそう言ってとある方向へ指先を向けた。その先には1つの小高い丘があり、その丘もこの庭園の敷地内であった。その丘の頂上にも何かしらの催しがあるらしく、幾つかの天幕と人集りが出来ていた。


彼女は感謝の言葉を男性に述べてその丘を目指した。


丘に作られた一筋のなだらかな坂道をアディスと共に歩いて丘の頂上へ到着したリビアン商長はそこで集まっていた人々を注視した。


その丘に立つ彼等は下で参加していた集団とはまた違う者達であった。


このハンザブレックの政治的中枢を担うリビアン商長と同じチェスターボード商長といった評議会議員及びその下につく行政長官や副長官、中央衛兵大将といった下にいた彼等のより上位組織の高官が勢揃いしていた。


そしてそんな彼等の中心部にリビアン商人長が探していた矢幡部長を見つける。そしてその隣と会話している見かけない日本人も同時に見つけた。


リビアン商長が矢幡を見つけたと同時に彼も気付いたようで、彼女の姿を目にした矢幡は迷うことなく近付いて声をかける。


「ようこそおいで下さいましたエラウノーラ商長。本日は私共の催しを是非とも堪能下さい。」


「えぇ。既に楽しませて貰ってるわ。出入口で頂いたあの氷菓子、あれだけでもここに来た甲斐があったわ。」


リビアン商長が言った氷菓子が何のことを指しているかを察した矢幡は応える。


「アイスクリームですね。あれも我が社自慢の品でございます。今回は氷菓子以外にも皆様にご満足頂ける料理を御用意させて頂きました。」


その言葉にリビアン商長は今回の園遊会は彼等ニホン人による宣伝の意味合いで行ったのだと予想した。


そしてリビアン商長は丘に頂上に立てられた天幕へと視線を移した。


天幕の前には長机が1列になって配置されその机にも多くの料理が置かれていた。天幕の中はここから聞こえてくる音からして調理をしているのだろう。入口が開かれるとそこから料理を持った男性が次々と料理を置いていく。


招待者達はそれら料理に手を伸ばしてその美食を堪能していった。


日本本土では貴重品扱いとなっている自然調味料をふんだんに使った肉料理、人口調味料をフルに活用した菓子類は大陸であらゆる美食を食してきた彼等の舌をうねらせる。


特に彼等が絶賛したのは、やはり人間の味覚を大いに刺激させる人口調味料を使った食品であった。その中でも甘味料を中心に使ったものは彼等の注目を一心に集めていた。


その効果はチェスターボーン商長といった評議会商人達が商品としての商業価値を測る事すら忘れてしまう程であり、彼等の日本に対する知的好奇心をより一層刺激させた。


「………これは実に美味だ。よもやこれ程の食べ物が世に存在するとはっ!」


チョコレートを口にしたチェスターボーンは思わずそう言葉を漏らした。彼ほどの大物ですらこれらの食べ物に驚愕しか出来ないようだ。


彼等の中で最も日本産の魅力を知っているリビアン商長ですらも新たな日本の食べ物を前にはその味に驚きが脳内を占めていたのだから。


一通り堪能しきったところで彼等は思い出したかのように矢幡へと商談の入口を掛け始める。


「ヤバタ殿!是非ともこちらの品々を我が商会に卸させて欲しい。これは正しく革命です!

 帝国はおろか、大陸中の食事に大きな変革をもたらす事でしょう!」


日本産の酒が入った杯を片手に1人の評議会商人がそう持ち掛ける。彼等は絹を手にして規模を大きく成長したエラウノーラ商会の前例を目にしたため、その勢いは強い。


本格的な商談が始まろうかとした時、矢幡はこれまで後ろに待機していた1人の日本人を彼等へと紹介した。日本側にとって本来の目的はこれからなのだ。


「さてさて……本日皆様にお集まり頂いたのは、実は新しい品のご紹介では無いのです。

 この方を皆様にお見知りおきして頂きたくおいで下さいました。」


矢幡の手によって彼等の前へ招き入れられた新たな日本人は名乗った。


「日本国外務省より派遣されました、外交官の宮下弘之と申します。皆様、どうぞお見知りおきを。」


黒スーツを来た宮下外交官の放った言葉に一同は驚愕に目を見開かせる。まさか目の前の男が噂のニホン国から派遣された外交官だとは全くの想定外で、同時にその意図に困惑を抱いた。


そんな彼等の困惑を切り裂くようにして1人の男が声を発した。


「ニホン国の外交官であられたか。失礼ながら帝国との国交を交わしたという話は聞いておらんが……」


行政長官であった。彼はハンザブレック出身の高級役人であり、帝都より派遣された監査官とのやりとりで日本と帝国とはまだ正式な国交をしていない事を把握していた。


その言葉に一同は再び驚く。宮下外交官の方を見れば肯定するように微笑みを維持していた。


つまり日本国は帝国との接触よりも先に自分達を優先している。そしてこの場には帝国の人間はいない。


「……どういった理由で外交官殿が我々に?」


続けて行政長官が問う。その表情には警戒心が溢れており、日本側の意図を探ろうとしていた。そんな長官の意図を察してかは不明だが宮下外交官は単刀直入に教えてくれた。


「私達の目的は明快です。我が国はあなた達ハンザブレックの皆様と大々的な交易を行いたいのです……現時点よりも更に大規模にです。」


宮下外交官の発言に、商人としての一面が強い評議会議員達の表情が変わる。国が率先して自分達との交易を後押しすると公言したのだ。


これまで以上に日本国からの高価な商品が大陸へ流れる。


この情報に彼等が抱いたのは商機を見いだした期待ではなく、不安や脅威といった危機感であった。


ここまで彼等は矢幡のような商人等と接してきて、その優れた商人としての能力を備わっている事を実感していた。


そんな日本の商人が一斉にハンザブレックへと雪崩れ込み、自分達の権益を奪われるのでは無いのかと不安を感じていたのだ。


それはエラウノーラ商会のリビアン商長が最も強い危機感を抱いており、その胸は激しい鼓動を脈打っていた。


自分はまだマシだ。キヌや紙、陶磁器といった主要商品には独占販売権を保証されているため持ちこたえれるだろう。しかし他の商人達は違う。


リビアン商長は反射的に周囲の議員商長等の表情を見渡すが、やはりどの商長もその瞳には強い警戒心を露にしていた。


(チェスターボーン殿も同じね。当然だわ。ニホン人があれら以外にも有力な品々を持っていないとは、もう考えられないもの。)


「……それは実に魅力的な話ですが、我らハンザブレックは帝国に自治権限を持ってはいますが、外交権は宗主国たる帝国にあります。

 先に帝国へ話を通して頂ければ我々も対応が出来るのですが…………」


すかさず行政長官が言う。そうだ。自分達ハンザブレックにはこの都市を治める権限が与えられているが、他国との会談等を行う外交権は許されていないのだ。


尤もな意見であり、議員商長達が対策を講じるまでの期間の時間稼ぎの一手を出した行政長官へ安堵の息と共に感謝の視線を向け、一同の間で走った緊張感が緩む。


しかしそんな彼等の緩んだ緊張感は再び、そして強烈に敷かれる事となった。宮下外交官の放った爆弾発言によって。


「あぁ、その点は問題ありません。我が国は近日中にニグルンド帝国へと侵攻を行いますので。帝国を先に通す必要はありません。」


とてつもない爆弾発言だ。それも帝国の人間が聞けばこの場にいる者達全員の首が飛ぶクラスのものだ。


「っ!」


思わずリビアン商長の背後に控えていたアディスが彼女を守るように前へ出て、腰に下げた日本刀 虎徹を鞘から出し、宮下外交官へとその刃を向ける。


それに中央衛兵大将や同様に護衛の武官も次々と腰に下げた剣の刀身を晒し、宮下外交官と矢幡部長等の日本側へ向けた。


丘の下は未だこの異常事態に気付く様子は無い。


「ミヤシタ殿……これは一体どういうおつもりかな?我らを攻撃するという事ですか?」


チェスターボーン商長が隠していた警戒心をもう隠す様子もなく、宮下外交官へと問う。しかし問われた側である宮下は首を横に振って応えた。


「とんでもない。我々はニグルンド帝国と言ったのです。決して貴方達、ハンザブレックの皆様と刃を交わるつもりはございません。」


「同じ意味ではなくて?私達はハンザブレックの人間と同時に帝国人でもあるのよ。帝国へ攻め入る事はハンザブレックを攻撃すると同意義になるわ。

 ヤバタ殿……貴方、一体どういった考えでこの園遊会を開いたのかしら?

 私の知る聡明なニホン人で商人でもある貴方から考えられない程に大胆でお粗末な動きだと思うのだけれど、私の買い被りかしら?」


宮下外交官のふざけた物言いに思わずアディスの背中に隠れていたリビアン商長が口を出した。その薄翠色の瞳には敵対心が含まれている。


「貴女から高い評価を頂いてる事、大変光栄に思います…………故に、ここは私達の宣伝を最後までご静聴願えますか? 決して、皆様に損はさせません。

 私達は皆様への御協力を欲しております。そしてその見返りは保証しましょう。」


矢幡は一同に対してではなく、彼女のみに対して言ってるかのように話した。これにアディスが口を開く。


「商長、お下がりください。あの男は危険です。」

 

「いいえ、待って……確かに私の知る貴方なら考え無しにこんな馬鹿げたことは言わないわ。何かしらの考え…もしくは打算があるって事で間違いないのよね?」


「エラウノーラ商長!貴女はまさか帝国へ反旗を翻すおつもりか!? 評議会議員である貴女がそれをすれば我々にも害が及ぶ事を理解しての発言ですか!」


他の評議会商長の制止する言葉にも彼女は続けた。


「聞かせて頂けるかしら? 貴方達の売り込みとやらをね。」


「商長!」「エラウノーラ殿!」


アディスと行政長官の声が重なる。しかしそれを遮るようにして矢幡の拍手が響いた。


「実に素晴らしいです。であればまずはあの先に見える平地までご足労願えますかな?」


矢幡はそう言うとリビアン商長が登ってきた方向とは反対側の方角へと指をさした。彼女達はその方向へと一斉に視線を向けるが、その先は何もない辺り一面、緑の草木が生い茂る草原が広がっているだけだった。 


何もない平地へと誘導する矢幡等に怪奇気味な表情をする一同だが、矢幡と宮下外交官はそれを無視して丘を下っていく。


園遊会主催者の2人が下っていく背中を目にした一同は付いていくべきか判断に迷っていた。そんな彼等の最中、特に罠も感じられないと判断したリビアン商長はその2人の後を続こうとしたが、彼女の細い腕をアディスが掴んで制止した。


「商長、あのニホン人を信じるおつもりですか?あまりにも危険すぎます。」


「あのヤバタが無策であんな大胆な手を打ってくるとは思えないわ。情報を探るためにも、ここは彼の話を聞くべきだわ。」


リビアンの反論に付近にいたチェスターボーン商長が近付く。


「リビアン嬢、貴方はどちらの立場ですかな?」


「……申し訳ありません。ご質問の意図が判りかねます。」


「貴女はニホン側なのかと聞いているのです!貴方が最もニホンと密接な関係を持っているではありませんか! これが貴女達との八百長ではないと誰が証明するのですか!?」


チェスターボーンの言葉に他の評議会商長等も同意するように彼女を睨んだ。行政長官や中央衛兵大将といった都市の高級役人達も疑いの目を向ける。


「貴殿方は我が商会をお疑いになられるつもりか!商長がどれだけの貢献をこの都市に捧げたか分からない訳ではあるまい!」


アディスが怒鳴る。しかし彼等のリビアン商長に対する疑いは晴れない。そこへ彼女の口が開いた。


「皆様のお考え至極当然の事であります。しかしながら私は裏も表もハンザブレックに忠誠を誓った評議会議員です…………それに、あのニホン人がここまでの危険を晒してまで私達に見せたのですから、私達も彼等の話を全て聞いてから判断しても遅くはないかと。」


リビアン商長はそう言い終えると、アディスを無理やり剥がして矢幡達の後を追った。他の者達も最初は戸惑っていたが、1人、また1人と付いていき、ついには丘の上にいた全員が指定された平地へと向かった。


全員が丘から降りたのを確認した矢幡と宮下外交官の前に突如として1人の男性が出現した。  


「準備は整いました矢幡さん、宮下さん。」


「わかりました。」


前振りもなく現れた男と会話する矢幡達に、再び一同は警戒するが露になった男の顔を見て深い困惑と更なる疑いの目を強めて小さく呟いた。


「ダークエルフ……っ!」


職業柄、一同の中で最も強い嫌悪感を持っていた中央衛兵大将が忌々しげにその男の種族名を口にした。


そしてそのダークエルフが現れた瞬間、先ほどまで何も無かった筈の平地から突如として多数の人員と横並びになった天幕と何かしらの設備が一同の目に映し出された。


「幻術魔法!?それもこれだけの範囲を幻術で覆い隠していたのか!」

「成る程……ダークエルフならば可能でしょうな。」


一同はダークエルフが保有する膨大な魔力によって出来る力業だと理解した。見る者を惑わす力を持つ幻術魔法。おそらく一定の範囲内に入った事で解除され、彼等にもこの光景が見れるようになったのだろう。


実際、彼等がもう一歩下がれば再び何もない平原が広がっていた。彼等の背後で園遊会を楽しんでいる他の参加者はこの幻術に騙されて事態に何も気付いていないだろう。


「ヤバタ殿!何故ダークエルフをここに連れてこられたというのか!?

 我等の信頼を欲しいと言うならば、この賤しきダークエルフを連れてくるのは間違いであったな!私はこれにて帰らせて頂く!

 近日中には帝国の大軍が貴国へ雪崩れ込んでくるであろうな!」


堪らず評議会商長の1人がそう矢幡へと怒鳴る。しかしその罵声にダークエルフが代わりに応えた。


「今となってはダークエルフか否かは、もうどうでも宜しいのですよ。ヘルダファン商長殿。全てはこれから始まる催しで判断なさってくださいませ。」


ダークエルフはそう言うと、平地に出現した会場へと腕を伸ばして案内した。これに矢幡と宮下外交官も応じる。


「さぁ皆様、これから始まるのは皆様の価値観を全てが覆ること間違いないです。どうぞ皆様、こちらへおいで下さい。」


2人の招き入れる言葉に一同は互いに顔を見合わせた。未知多き日本人と邪悪の根源と噂されるダークエルフの存在に彼等は躊躇したのだ。


日本人2人とダークエルフが招いた先は、幻術が解かれて露となった場所であり、彼等がそれを見た感想はまるで射場のようであった。


射場……弓の練習を行う場所であり、この世界では一般的に弓兵隊の練習用や、貴族・富裕層が娯楽目的で利用していた。


いま彼等の目の前に立つニホン人達が見せた射場では、弓をいる矢場らしき場所では数台の机が置かれており、その上には見慣れぬ『黒い長筒』がその取っ手部分をロープでくくりつけて台から固定されていた。そしてその各台には数名ずつでこれまた見慣れぬ武装をした男達が待機していた。


矢場から放たれた矢を受けるであろうその視線の先にある的には、本来は藁で作られた人形や円形の的が設置されているが、今回は大量の粗い作りの陶磁器や一般的な傭兵や下級冒険者が使うであろう鉄製の部位鎧、革鎧が何列にもなって立たされていた。


置かれている位置にも違いがあり、中距離と遠距離の2パターンがあった。


一見してよくある射場のようであるが、先の幻術魔法で惑わしたのあるため、彼等は本当にあの日本人が信用できるのか判断に迷っていた。誰もが最初の一歩を踏み出せないでいる。


射場となる新たな会場にはヤバタ達の前に立つダークエルフ以外にも会場の外周を等間隔で立っている他のダークエルフがいた。おそらくはこの規模の幻術を維持する為に待機しているのだろう。


そして会場の内部、主に矢場では謎の装備をするニホン兵が多数立っていた。


数十人のニホン人とダークエルフ。それに対してこちらが武装した者はリビアン商長の従者アディスと中央衛兵大将と他数名の武官しかいない。何かあれば極めて不利である。


どうするか? あのニホン人に背後から殺されないか? 下手に行けばその後、ニホン人と結託した謀反として処せられるかも知れない…………そんな危機感が彼等の脳裏に走る。どうしても最初の一歩が出せない。


しかしここで再びリビアン商長が誰よりも早くその1歩を踏み締めたのだ。


「リビアン商長…………っ!」


思われる評議会商長の1人が彼女の名を呼ぶ。それに彼女は一同を見回してから口を開く。


「皆様のお考え分かります。しかし、ここまで来たのです。どの道、この者達の意図を把握せねば話は進まないでしょう。」


そう言ってリビアン商長は矢幡達が案内する矢場へと歩き出す。これに他の参加者達も続々と続いた。


ようやく全員が『黒い長筒』の置かれた台まで集まったのを確認した矢幡が全員に聞こえるように話す。


「皆様、誠にありがとうございます。それではまずは、あちらをご覧ください。」


矢幡は視線の奥に見える先程の陶磁器、鉄鎧と革鎧を立たせた的場へ視線を誘導した。一同はそれに従って視線をそこへ向けた。


状況から見てあの遠くに置かれた的に目掛けて目の前にあるこの『謎の黒い長筒』を使って射貫くのを見せるのだと予想できる。


そしてそれは次に発せられた矢幡の言葉を聞いて正しかったと実感する。


「これより我が社の社員があの的目掛けて、こちらの道具を使用して射貫きます。まずは奥側の的をご覧くださいませ。その後に手前の的を射貫きます。」


矢幡の説明が終わると同時に目の前の台に置かれた自動小銃に立つ民間軍事会社の社員が装備して的の方へと照準を構える。


しかし、リビアン商長はその的が置かれた的場の遠くに置かれた方を注視して脳内で呟く。


(……遠すぎるわ。この距離では的に届くことすら無理よ。)


近い方の的は彼女等から見てもハッキリと的が見える位置にあるが、遠い方にある的はとてもじゃないが当てれるとな思えない距離であったのだ。


距離にすればおよそ300~400ミリルといったところだろう。それに対して軍が使用する弓の有効距離は大体100ミリル前後が一般的と言われている。それ以上だと弓者の腕や風向き次第となるのだが、それでも誤差程度の差だろう。


近距離に置かれた方は20ミリルと短弓でも近いと言える距離だ。恐らくは彼女達に分かりやすく見せるように置いたのだろう。


噂に聞けば一部の熟練者や上位の冒険者が扱う高価な弓を使用すると、200ミリル離れた魔物を射貫いた事例があるようだが、これは上澄みだけの特殊な事例なので無視してよいだろう。


各言うリビアン商長も弓には多少の心得はあるのだが、あくまでも社交用としての狩猟程度に過ぎないがこの距離がどれだけ無謀な距離なのかは肌で分かった。


それは他の参加者達も同じようで隣に立つ者と小声で話していた。


「あの距離、どうやらこの黒い筒を使ってあの鎧を射貫くつもりですが、どう考えます?」


「無理であろう。こんなに離れた場所から陶磁器は兎も角だが、鎧を射貫くのは不可能だ。

 そもそもの話、届くかどうかも怪しいと言うのに……時間の無駄だ。」


髭の濃い評議会商長の1人が視界の遥か先に小さく見える的を見てそう断言する。リビアン商長の記憶が正しければ彼の商団は確か武具関連を多く取り扱っているラヴァーニ商団の筈だ。


リビアン商長は後ろで周囲を全く緩むことなく警戒するアディスに声をかけた。


「アディス。貴方から見てこれはどう思うかしら? ヤバタ達は本気でこの距離で射貫けると思う?」


自身の主の言葉にようやく的場へと視線を向けたアディスはしばらく沈黙した後に淡々と応えた。


「………才能ある者が相応の弓を使った場合であればあの距離でも射貫く者を知っています……しかし例え革鎧であろうとも、あの距離では貫通は困難を極めます。

 高名な付与術師が弓本体は勿論のこと、矢にも相当な魔化を施せば話はありますが、あの黒筒の正体が皆目検討もつかないため何も言えません。 


アディスは数ミリル先で謎の長筒を妙な構えで的を睨むニホン人を睨むように見つめる。


彼自身も弓の心得があり、この場にいる者達の中では最も高い実力を持っているだろう。


そんなアディスは長筒を構えるニホン人の全身を見逃すことなく意識をそちらへ向け、リビアンもそれに続いた。


やがて全員が目の前で構える日本人の横姿を固唾を飲んで観察する。


全員の視線が集まった社員はそれを気にすることなく構えている自動小銃の引き金を引いた。


撃鉄が銃弾の薬莢を強く打ち出して内部の火薬に引火、弓とは比較にならない程の空気をつんざく轟音が彼等の耳を刺激した。


バアンッ!


「きゃっ!」


反射的にリビアンが驚いた表情と共に両耳を手で抑えて声を出してしまう。しかし他の参加者達も同様に驚きに目を見開いていた。


それとほぼ同時に的場の方から何かが割れた音がする。反射的にその方へと視線を戻すが、そこでは陶磁器が割れていた。300ミリルも離れた位置にあるのにだ。


命中させた。それに驚くべきなのだが、それよりも先程の轟音の印象が大きかった。しかしすぐに彼等は目の前の黒い長筒の本当の力を思い知る事となる。


「続いて連続射撃となります。先程よりも大きな音が続きますのでお気をつけ下さい。」


宮下外交官が言うと同時に社員は連発モードにして450m離れた鎧目掛けて発砲した。


再び会場内に空気を叩くような轟音が彼等の耳を刺激させると同時に的場に置かれた鉄鎧・革鎧に命中、当たった箇所が弾け飛ぶようにして人体を保護する筈の鎧は無惨な姿へ変貌する光景を彼等に見せつけた。


小銃の薬莢排出口から取り付けた薬莢袋に入っていく金属音が鳴りを潜め、弾倉に詰めていた銃弾を撃ち尽くした社員は持っていた小銃を下ろして装填を行う。


それを見計らって宮下外交官は先程の発砲した社員の横手にある別の台の社員へ視線を誘導して口を開く。


「続きましては手前側にある的場への実演となります。先程よりも近くなりますので、より威力が分かる事でしょう。

 右手側の社員に注目をお願いします。」


すると今度は的場から30m前後の位置に置かれた台に立つ社員が台に固定された小銃を手に持って引き金を引く。


先程のと全く同じ轟音が周囲に響き渡ると同時に至近距離に置かれていた陶磁器、各鎧が着弾した衝撃で大きな穴を開けていく。


「これは……っ!」

「何という威力だ!」


遠方に置かれていた的場とは違い目の前で的である陶磁器と鎧が破壊されていく光景を目の当たりにした彼等は、ここで初めて銃器という武器の脅威を理解した。


先と同じように装填していた弾倉を撃ち切ったのを確認した宮下外交官は隣に立っていたダークエルフへと目配せをする。


それを受けたダークエルフは頷いて、先程弾け飛んだ鎧の1着を的場から持っていき、未だに唖然とする彼等へと見せる。


「どうぞ。実際に手にとってご確認してみて下さいな。」


「っ……あ、あぁ。」


代表として受け取ったチェスターボーン商長は震える手で破損した鎧の破損具合を周囲の者達と一緒に確認する。


どうやらダークエルフが持ってきたのは革鎧であった。しかし硬く加工された革を何層にも重ねて作られたその革鎧は命中したと思われる胴体部分に何ヵ所もの穴を開けられており、本来の役目を守れる状態では無いのは誰の目から見ても明らかである。


「こちらも見て見ますか?」


いつの間にかダークエルフは別の鎧をここまで持ってきていた。今度持ってきたのはより頑丈な作りである鉄鎧であった。


「わしに見せて頂きたい!」


ラヴァーニ商会の商長はその口髭を細かく震わせてダークエルフの手から鉄鎧を荒々しく取るとその破損箇所を幾度もなぞり、その皺の目立つ顔を大きく歪ませた。


彼がいま手に取った鉄鎧は良品と扱って良い程度の品質だと気付いたのだ。


「どう見る?」


「この穴の凹み具合……矢とは比較にならない衝撃を与えられておる。それに僅かだが周囲は何故か焦げた痕もある……これをまともに受ければ即死も有り得るぞ。」


この場では最も武具に関する知識があるであろう男の反応に一同は戦慄する。


(この穴……仮に貫通せずともこれを着込んだ者は衝撃でしばらくは動けんだろう。厚さを増せば幾らは防げるかも知れんが、重量もその分増す。少なくとも軍規模ではすぐに対応するのは無理じゃ……)


ラヴァーニ商長は脳内で黒い長筒の対処法を考えるが、それを見透かしたかのようにダークエルフが彼に対して発する。


「無駄ですよ。」


「なんじゃと?」


ダークエルフの発した言葉にラヴァーニ商長はそれが自身に対しての言葉だと理解し、苛立ちを隠さない表情になるが、向けられたダークエルフはそよ風を受けた程度の反応だ。


「小手先の改良では到底この攻撃を防ぐ事は不可能です。これは、それ程までの革命的な物なんですよ。」


ダークエルフはそう言い終えると、武装をした社員から1丁の自動拳銃を受け取ってラヴァーニ商長達に見えるよう掲げた。


それを見た彼等は、あのダークエルフが見せるあの黒い短筒も先と同じような力を持っていると確信した。


「それをどうやって手に入れたのだ!これ程の力……到底、人間では扱れる物ではないぞ!」


評議会商長の1人が言った。それに対してダークエルフは一瞬、呆気に取られた表情になるが、すぐに穏やかな表情に戻る。


「ふっ…失礼。これは他でも日本国のみが作り、扱かっている彼等の主力武器です。

 この世界では普通の剣や弓……魔法等、それらはもう時代遅れなのですよ。」


ダークエルフはそう言い終えると同時に的場へと振り返って1発の銃弾を発砲した。


放たれた銃弾は見事に30m先の鎧胴体部分へと命中して1つの穴と大きな凹みをつけた。


「っ!」


一同に緊張が走る。しかしダークエルフはその1発で満足したようで拳銃を社員に返しながら質問をした。


「時に中央衛兵大将殿、貴方にお聞きしたい。仮にこれらを持った軍を相手にした時、貴方達、ハンザブレックの守備隊で守りきる事は可能ですか?」


「な、何だ急に……」


ハンザブレックの全守備軍の指揮を取る中央衛兵大将は狼狽えを見せるが、周囲の視線が回答を求めてると察すると暫し考え込む素振りをみせた。


「…………それは、兵士全員が持っていると仮定してか?そして兵力のほどは?」


「無論です。そして兵力につきましては……一般的な攻城戦を仮定するならばそちらの3倍の兵力としましょう。」


「ならば無理だ。太刀打ちできん。」


最もハンザブレックの防衛体制を熟知する男の断言に周囲はざわめく。いや、彼等も既に気付いてはいたのだ。しかしそれが断言されてしまい、その認識は強く刻まれた。


中央衛兵大将は額に汗を流す。


ハンザブレックの守備隊は全部で10隊あり、各1隊には約800名前後の衛兵が所属しており、それらの隊が各区域及び時間を区切って都市の防衛と治安を守っていた。


つまりハンザブレックには8000近い帝国とは独立した軍隊を保有している。これは他の大都市の防衛戦力と比べても多い。そこから帝国本土から派遣された監査軍1200も合わせれば並の小国程度の戦力と言える。


そしてハンザブレックの守備隊は商人達から徴税された豊富な資金力を元に高価な全身鎧が支給されていた。その装備は正規軍である帝国軍よりも恵まれている。


更にその資金力を背景にハンザブレックを囲む城壁には防衛兵器であるバリスタや投石機も他都市よりも多く配備されており、その防衛能力は高い。


しかしながら中央衛兵大将は守るのは無理だと断言した。


以下に全身からの攻撃を防ぐ全身鎧を装備しようとも、それを容易く貫く方法が確立されてしまえば遠方から一方的に倒されるだけだ。


そしてニホンは大陸東部の大国を呑み込む程の力を持っている。ハンザブレック単体では相手にすらならないだろう。


戦えば敗北する

これが彼が導きだした答えであった。


それはこの場で優一の女性であるリビアン商長も同様であり、大きな危機感も抱いていた。


そんな彼女の隣に立つアディスは警戒心を限界まで高め、彼女の耳元へ小声で話しかけた。


「商長、私の側から離れないように…」

「アディス…っ!」


アディスの言葉にリビアン商長はこの会場を包囲するように展開していたニホン人にようやくの気付いた。そしてその全員が先程の黒い長筒を肩に下げているのも確認する。


流石に手に持って此方に構える様子は見せなかったが、それでも有事には彼等がどう行動に出るのかは察しできた。


「万が一の場合には私の影に隠れてください。」


アディスは再び小声でリビアン商長に言う。既に彼の右手は虎徹を力強く握り締めていた。


「先程の音が発してから、それなりの時間が経過していますが、他の護衛が来る様子がありません。恐らくはあのダークエルフ共がこの周辺に音を遮断する魔法をかけています。」


周囲を見渡すアディスはそう言う。確かに評議会各商長達が連れてきたであろう護衛の私兵達が一向に音の発生源であるここへ来る様子が見られない。


「この範囲を掛けたというの?」


リビアン商長は思わずそう問い掛けた。仮にそれが正しければ、どれだけの魔道師を動員すればなし得れる事か。


「ここから見えるだけでもダークエルフは20人は確認できます。

 ダークエルフならばこの人数でも可能でしょう。奴等の魔力は並の人間とは比較になりません。」


アディスの言葉にリビアン商長は会場の外周を見回す。するとそこには確かに要所要所でダークエルフが立っており、全員が何かしらの魔法を発動し続けているのが見えた。


「ヤバタはダークエルフと取引を……」


「いいえ。それは違いますぞリビアン嬢。」


リビアン商長の呟きに、近くまで近付いていたチェスターボーン商長が否定した。


「私も最近耳にした情報ですが、ニホンはダークエルフ共の国を建国させたようです。

 故にニホン人とダークエルフはいまや同盟関係にあります。何でも大陸東部を中心に跨がる新たな大陸同盟にはその2か国が主要国の立場になっているようですぞ。」


チェスターボーンはそう説明する。その間にもダークエルフと中央衛兵大将との会話は続いていた。


「では次にこれらの武器に対抗できる物を帝国は持っているでしょうか?」


「……私はあくまでもハンザブレックの武官に過ぎないが、これに対抗できる物を持っているとは思えん。

 強いて言うならば魔道師による攻撃魔法ならばこれに近い事は可能であろう。」


「ならば帝国が日本に対抗する場合は、魔道師達を大量動員すれば良いのですね?」


「それは無理だ。魔道師を大量動員するなど到底できる事ではない。」


中央衛兵大将は明言した。これには他の者達も同意した。


魔道師は選ばれた特別な存在である。才能ある人物が然るべき師の元で魔術を習い、長い月日を掛けて魔法を修練していくのだ。人材育成に掛かる期間は軍の訓練とは比較にならない。


極論だが、軍の訓練には武器を持たせて振るわせ、隊列を組んで長距離行軍をひたすら行わせれば良い。だが魔道師は魔法書から難解な魔法の術式を覚え、魔術の真理を理解し、体内の魔力を完璧に掌握しなくては低位の魔法を発動することすら難しいのだ。


そして魔法を取り扱う魔法書は非常に高価な代物であり、魔道師を名乗る者達は一斉の裕福な者ばかりである。


そもそもの話として、魔法を扱える者の母数が少ないのだ。魔法適正のある者は数百人に1人という割合と言われており、その中からでも低位の魔法しか扱えない者が大半である。


そして低位の魔法では先程の銃器のような力を出す事は到底かなわない。


故に魔道師達は貴重な存在であり、一般社会においても魔道師は重宝されてきた。冒険者業から見ても前衛職の冒険者達から厳重に護衛されながらの冒険を行うのが当たり前である。


そんな魔道師を軍規模で運用出来るのは、まさにニグルンド帝国のような覇権軍事大国にしか出来ず、そんな帝国級の大国でも大量動員は不可能に近い絵空事なのだ。


これが魔道師に対する世間の見解であり、常識であったが、ダークエルフは尚も質問を続ける。


「それでは魔道学院を総動員してみてはどうですか?魔道師育成を一手に担っている彼等であれば大量動員を可能では?」


「確かに魔道学院ならば数を揃えるならば可能だろうが……」


中央衛兵大将は口ごもる。


「魔道学院は攻撃魔法を習うだけの場所では無い。建築魔法や自然魔法、生活魔法といった補助魔法を習う者が多い。とても戦闘に使える者など………」


ダークエルフは執着深く帝国側の軍事力を問い掛ける。彼がそこまで聞いてくる理由は明らかである。


日本と帝国側との隔絶した差をこの場にいる者達に知らしめるためだ。


やがて一通り満足した様子でダークエルフは質問を切り上げた。


「わかりました。私からは以上です。皆さんからもご質問があるのでは? 

 ある程度ならばお答えできますよ。ねぇ宮下さん。」


「えぇ。そうですね。皆様とは今後とも長い付き合いを所望しています。出来る範囲であればご質問に喜んでお答えさせて頂きます。」


宮下外交官の言葉に彼等は互いに顔を見合わせた。やがて再びチェスターボーン商長が声をあげる。


「き、貴国は真に帝国と戦うつもりか?」


「先程からそう申し上げている筈ですが……」


「失礼……確かにそちらの武器が強力なのは認める。だがそれを含めても帝国に勝てるとは思えん。帝国はこの大陸の覇者とも言える大国である。

 貴国が相手にしてきたポルグラート王国とは桁が違うのだ。帝国をこれまでの相手と勘違いしているのでは……」


チェスターボーン商長はそこで言葉を紡いだ。彼等の不興を買うことに抵抗を覚えたのもあるが、それ以降の言葉は全員が分かりきった事であると認識しての事だ。


彼等は日本の力を理解した。しかし彼等の培ってきたこの大陸の常識が帝国の優位性を揺るがす事までは行かなかった。


帝国は大陸随一の人口と魔法技術を保有しており、その軍事戦略、戦竜やワイバーン・ロードといった強力な生物兵器等々どれもとっても他の大国を凌駕しているのがニグルンド帝国なのだ。


喩え1つの戦に勝利しようともニグルンド帝国はそれを覆すだけの国力を持っている。次から次へと迫り来る帝国軍を前にしてはニホンと言えども対処はできないだろう。


以下に優れた武器を持っていようとも帝国が持つ強靭な体格を持った戦竜が防ぐだろう。


地上の覇者たる戦竜によって押し潰されていく最中で天空からはワイバーン・ロードがその業炎を放って蹂躙していき、最後には帝国の誉れ高き騎士が積み重なった死体の上に高々と帝国国旗を掲げる。そんな光景が彼等の脳裏に容易く映し出された。


「帝国は間違いなくこの世界有数の大国である。故に永らくこの大陸で覇権を握ってきたのだ。」


チェスターボーン商長はまるで目の前に立つ日本人に言い聞かせるように言った。まるで子供が無謀な挑戦をするのを宥める親の姿を思い浮かべるように言った。


「貴国の工房技術は見事の一言に尽きる。それは認めよう。だが帝国と一戦を交えるのは無謀だ。今ならまだ間に合おう……」


彼は明確に日本は帝国には勝てないと宣言した。宮下外交官と矢幡が周囲を見渡せば他の者達も同じ考えのようである。その視線は無謀な挑戦を試みている愚かな者を見る表情であった。


しかし1人だけ違う様子を見せる者がいた。


「………ニホンをそれだけの力と見くびらない方が良いと思うわ。」


リビアン商長である。彼女の一声に全員の視線がこの場で唯一の女性からの言葉の一興一投足の動向を見つめた。


「リビアン嬢……それは一体どういう意味ですかな?」


「言葉の通りですわ。私はこのヤバタからニホンの事を聞き、見させて貰いました。

 だからこそ彼等はまだニホンの底を見せてないのだと分かります。」


リビアン商長はそこで先日の巨大船を思い返した。木製ではなく金属によって建造された巨大な船……あれは輸送船だと言う。


(ならば戦争目的に作られた巨大船があっても不自然では無い筈だわ。あれ以上とは言わずともそれに準ずる程の大きな戦列艦、仮に存在すれば少なくとも海の上では帝国にも勝機は充分にあるわ。)


そして帝国の海を支配すれば帝国最大の港湾都市であるこのハンザブレックは何時でもニホンの脅威に晒される事となる。


そんな彼女の危機感を感じる言葉に彼等は怪奇気味な反応を見せる。そこへダークエルフの言葉によって遮られた。


「流石はエラウノーラ商会の大商長です。そして皆さんの危惧も当然のこと。

 ですから近日中にはそのお疑いを晴らすものをお見せしましょう。その後に我々と手を組むかを決めても遅くはないかと。

それで宜しいでしょうか?宮下さん。」


「構いませんよ。後日、我々との御協力を約束して下さった方には条件等に関する内容を書面にて送らせて頂きます。」


宮下外交官が言い終えると矢幡が空気を変えるように手を叩いた。


「さぁ、ここからは我が社自慢の品々の食品を堪能ください!皆様の舌を驚かすこと間違いないですよ。」


矢幡の声と共にウェイターが次々と日本の甘味菓子類を筆頭とした食品を彼等の前へと運んでいく。


しかし彼等の脳裏は日本に対する疑いが占めていた。


日本人に対する疑心暗鬼、そしてそんな日本に肩入れする様子を頻繁に見せたリビアン商長に対しても疑惑を向けていた。


そんな感情を背景に、後半に差し迫った園遊会を恙無く終えた彼等は其々の邸宅へと戻っていった。数々の思惑を脳に浮かべて彼等はハンザブレックで動く。





会場となった平原で客がいなくなったのを確認した矢幡は後ろを振り返った。


「本日はありがとうございます。宮下さん、ラムグイさん。」


その言葉に外交官とダークエルフは応えた。


「彼等の反応は予想通りでしたね。ラムグイさんの言う通りでもありましたか…………流石です。」


ラムグイと呼ばれたダークエルフはそれに恭しく頭を下げる。


「恐縮です、宮下さん。この大陸ではニグルンド帝国という存在はまさに大陸を支配する国ですからね。

 あの程度では此方に靡かないのはこの大陸に生きる者であれば容易く想定できます。」


実のところ今回の園遊会で彼等ハンザブレックの有力者が此方側の協力者となってくれるのは極少数だとは想定されていたのである。


ラムグイのようなダークエルフ経由でもたらされた情報でニグルンド帝国が大陸でどれ程心理的にも大きな看板を背負っているのかは把握しており、協力者の確保はあくまでも目標ではない。


彼等のうちから情報は漏れて帝国上層部の耳に入るだろう。それが狙いである。だが帝国が動いた頃にはもう日本の準備は終えている。


「しかし、あのエラウノーラ商会の方はどうでしょうか?先の反応では比較的にこちら側の様子を見せましたが………」


「問題ないかと。これまでの彼女の動向を見て、彼女は此方側に着くと確信しています。」


「矢幡さんが言うならいいんですが……あぁ、そう言えば矢幡さんに渡そうと思っていた文を預かっていました。こちらを」


ラムグイは1つ思い出したように言い、懐から1通の手紙を取り出して矢幡に手渡す。


「ほう…ようやくですか。」


手紙に封印された蝋の紋章を見た矢幡は口元をこぼして呟く。その場で開封してその内容を読んだ矢幡はそのこぼした口元を更に笑みで崩した。


「先日の会談相手からの返信が来ました。これで明日の計画は予定どおりに出来ますかと。」


矢幡の言葉に宮下は安堵の表情をした。


「それは良かったです。それでは私は報告をしてきます。」


宮下はそう言って護衛である陸自の隊員を引き連れて帰っていく。


会場にはダークエルフであるラムグイと矢幡に部下とこの会場周辺に立つ護衛である警備会社の武装社員達だけとなった。


会場の片付けを行う部下を背景に矢幡は目の前で佇むラムグイをみやった。


細身で爽やかな印象を見せるダークエルフ。彼も他のダークエルフと同様、日本で働いており、その優秀な能力から既に役職を持っていた。


内閣情報調査室 室長直轄 第1特別大陸情報管理室 大陸情報連絡官……これが彼の役職でありほぼダークエルフが占める第1特情室の班長を勤めていた。


ラムグイを班長としてハンザブレック内の重要な情報をかき集める彼等の役目は重大な責任を伴う。


それだけで日本政府がどれ程ダークエルフと密接な関係なのかを物語っていた。


そんなダークエルフ ラムグイはじっと見つめる不審な様子を見せる矢幡に首を傾げた。


「何か?」


流石に見過ぎたかと矢幡は内心で僅かに慌てつつも手を軽く振って答えた。


「あっと失礼、ついボーとしていたようです。  


苦しい言い訳だったか?そう口に出してから考える矢幡にラムグイは反応をする。


「そうでしたか。まぁ無理も無いですね。慣れない異世界は疲れる事でしょう。私もその気持ちは非常に分かります。」


そう苦笑いして答えるラムグイに矢幡は空気を変えようとその話題に切り込む。


「と言いますと?」


「それはもう貴方達の国を見れば驚き過ぎて疲れるという意味ですよ。

 全く……色んな意味でこの非常識な光景の連続でどれ程苦労した事か。」


ラムグイはそう言うと空へと視線を上げて初めて日本に来た時の記憶を思い起こした。


「……天をも貫くと錯覚する巨大なビル、大蛇のように長大でその内部に大勢の人を収容でき、とてつもない速さで走る列車、日が沈もうとも暗闇を知らない巨大都市………挙げればキリが無いですね。

 貴方達が一心不乱に本土の外へ出て資源を欲する理由が身に染みて理解しましたよ。全てが桁の違う規模を維持するには日本はあまりにも小さ過ぎる……」


「確かにそうですね。そしてニグルンド帝国には一定の資源が確認できる。そうでしたね?」


「はい。第2室や他の部署からも確認された地域が複数あります。」


経済産業省と農林水産省の傘下庁の合同調査機関からの情報を元に調査した結果をラムグイは自信満々に答えた。


「何はともあれ、明日には始まるのです。我々は静かに彼等の成功を祈るだけです。」


ラムグイの言葉に矢幡は頷いて同意した。明日には全てが変わる。それを信じるのみだ。





昨日の園遊会を終え、商館へ帰宅早々に湯浴びをして軽めの晩餐を取ったリビアン商長はそのまま寝室で眠りについていたが窓から差し光る朝日と鳥の鳴く声で静かに目を覚ました。


陽光によって寝室を照らしたお陰で天蓋付きの寝室から難なく降りて立ち上がるリビアン商長は寝台横に置かれた水瓶に備え付けのコップへと水を注いで喉に通す。


渇いた喉を潤して息を吐く彼女は正面に飾られた鏡に映る自身の姿を見る。


薄翠色の瞳と背中まで長く伸ばした波打つ輝きを灯した金髪、桃色の唇、傷1つない白くきめ細かな肌。世の男達を虜にする美女とも言えるだろう美貌を誇る女性の姿がそこにあった。


彼女の母親はその美貌からハンザブレック有数の大商人である彼女の父親を一瞬で心が堕ちたとされるその遺伝子は間違いなく娘であるリビアン商長に受け継がれていた。


しかしそんな美貌を纏う彼女の表情は暗く、どこか疲労を感じさせるだけの雰囲気をその整った顔から放っていた。


実際、リビアン商長は昨日の1件から大きな心理的負担を感じており、それは一晩の眠りから覚めても軽減されていなかった。


「……難儀な物ね。」


誰もいない自身の寝室でそう呟く。陽光で照らされた明るい部屋とは対称的に暗い雰囲気を醸し出した彼女の元へ、侍女の声が寝室と廊下を繋ぐ扉越しからかかった。


「当主様、お目覚めのお時間です。」


「もう起きてるわ。ちょっと待ってて。」


侍女の言葉にリビアン商長は気持ちを切り替えてまた新たな1日を過ごす準備を始める。


侍女の手を借りて寝間着から普段着である服装へと着替えたリビアン商長は広間で朝食を摂った。


数種のパンを主食にバター、果物で作られたジャムを添えて、ハムとオムレツに一切れのケーキと紅茶を順に摂っていく。


大商人の一般的な朝食であり、平民の通常の朝食である冷えた塩の濃いベーコンと粗い麦パンと比べると豪勢で栄養の摂れる食事だ。


出された料理を食べ終えて食後の紅茶をゆっくりと嗜んでいたリビアン商長の元へ執事長が来た。


老齢の家令であり先代から長年に渡って仕えていた男は当主へと口を開いた。


「当主様、おはようございます。」


執事長の日課の挨拶に紅茶の入ったカップを置いたリビアン商長は微笑みを浮かべてそれに応える。


「おはよう。昨日は家の諸々で大変だったでしょう。」


「そのような事は御座いません当主様。至っていつもどおりに終えました。」


「そう。それなら良かったわ。今夜も外出の予定があるから館の世話はまたお願いする………何事かしら?」


今夜の矢幡の商会所属の巨大船の立ち入り調査で外出する予定のあった彼女は執事長に再び家の世話を指示するところで館の外が騒がしい事に気付き、途中で声を紡いだ。


「はて、確かに騒がしいですね?」


執事長もそれに気付き、不思議そうな表情で外の景色が見える大窓へとリビアンと共に視線を向けた。


館の敷地にある庭園にはこの館で働く数人の庭師と馭者に厩番、下男と下女といった下級使用人達がなにやら一定の方向へと指差して周囲の人々と真剣な表情で話し合って騒いでいた。


「朝から騒がないよう教育をしていた筈ですが………」


執事長は眉をひそめて言う。


当主であるリビアン商長の視界に映る場所であのような躾のなっていない行動をする彼等には叱りつけなければならない。そう考えていた執事長。


「でも変ね。あそこまで騒ぐだなんて……」


彼等も上級使用人達から厳しい教育を受けてきた身だ。それもここ最近は新人を入れた記憶も無いため、あのように普段ではやらないような粗相をするとは思えない。


状況によっては上級使用人による鞭打ちや夜勤番、減給処分といった懲罰を受ける恐れがあるのにも関わらず一向に騒ぎが収まる様子がない。


あの騒ぐ彼等の視線にはその懲罰すらも忘れてしまう程の何かがあるのだろう。


その考えに辿り着いたリビアン商長の額に一筋の汗が流れ落ちる。そう言えばあの方角は港が見える筈だ。ひょっとして港にいつもとは違う光景が広がっているのでは?


(まさか………)


一瞬、彼女の脳裏に昨日の矢幡達の姿が思い起こされる。


そしてそれは新たな入室者の存在によって確信へと変わった。


「商長!」


広間へと荒々しく入ったアディスは腰に下げた日本刀を激しく揺らして彼女の前へと駆け込む。


「アディス…当主様の前でそのように急ぐでない。君も当主様の従者としての責任を……」


執事長は弟子であるアディスの行動に咎めるが当のアディスはそれを遮った。


「それどころではありません!執事長、商長、一大事です!」


「………続けてちょうだい。」


普段の落ち着きのある彼らしからぬ言動に執事長は事の重大さに気付き、リビアン商長も大方察しはついていたが、彼の報告を促した。


アディスは息を整えた後に言う。


「……巨大な船が多数、港湾に侵入しております!船にはあのニホンの旗が……」


その報告を受けたリビアン商長は予想通り内容に瞳を閉じて一考した後に腰掛けていた椅子から立ち上がった。


「すぐに私兵達を集めなさい。あとは中央衛兵詰所にも使いを送って、港湾の立ち入り規制を要請してちょうだい。アディスは私についてきて。」


背後に控えていた侍女から外出用のコートを受け取りながら執事長とアディスに指示を出す。


アディスを連れて広間から出て足早に商館の正面玄関口から敷地の庭園につながる通路を抜けていくと人集りが出来ていた。


下級使用人の1人が背後から近付くリビアン商長の存在に気付くと慌てたように声をあげた。


「と、当主様っ!」


1人がそう声をあげると他の使用人達も慌てた様子で道を開けて頭を下げる。


人の壁が除かれた事によってリビアン商長はそこから真っ直ぐに開かれた視界に広がった光景を見て声を詰まらせた。


「っ!」


彼女の住む大商館はハンザブレック内でも盛り上がった丘に設けられた1等地であり、そこからはハンザブレックを見下ろせるようになっている。


そして彼女の商館の敷地にある庭園側では港湾を見下ろせる位置関係にあり、いま正に彼女が見る方角からであれば現状の港湾へ来湾してくる船の姿を常に確認できた。


故にいまの港湾状況が明確に分かるのだ。ハンザブレックの日常を大きく覆す光景が映っている事に………


港湾の埠頭部から1バレク程度の距離だろうか、広大な面積を持つ港湾区域一杯に展開される超巨大船の艦隊がハンザブレックの海の玄関口を占領していた。


「何なんだあの船は!」

「すげぇ…………数十年と生きてきたが、あんな船は見たことがねぇ。」

「神だ!神々の船がハンザブレックに来たんだ!」


庭園で見ていた他の使用人達が口々にそう反応を示す。


港湾の埠頭部や付近に停泊していた通常の貨物船と比べるとあの巨大船の大きさがより際立っていた。


灰色で塗られた全長数百ミリルはあるであろう船。付近に停泊していた1隻の貨物船と比較すると数倍以上はあった。


そしてその甲板には見たことも無いような同じく巨大な鉄の筒、恐らくは西大陸で時折噂に聞く大砲という兵器が港湾の青い海の上で泳いでいた。


彼等は現実とかけ離れた光景に驚きとどよめきが広がる。それに対してリビアン商長とアディスはその存在を知ったように話し合う。


「あれはヤバタ達の……」


「まず間違いないと見て良いでしょう。あんな常識離れした船を持つ国が幾つもいるなんて考えたくもありません。」


アディスは忌々しげに言う。


「でもあの時見た船とは明らかに大きさが違うわ。まさかあれを越える船をあんなに持っているだなんて………」


先日矢幡と共に見たあの貨物船と比べたリビアン商長はそう絶句した様子で話す。


前回矢幡が見せたのは日本では小型に分類され異世界仕様に改造された貨物船。


だが今回港湾で佇む船は総トン数が45000トンで250m級貨物船。紛れもなく大型船である。それが視界に映っているだけで3隻いる。


そしてその貨物船を護衛する日本国海上自衛隊の汎用型護衛艦『たかなみ』『おおなみ』いずれも150m級の中型護衛艦が2隻おりその外周にはより大型である護衛艦『なち』『はぐほ』といった200m級の計4隻によって編成された護衛艦隊が港湾に展開していた。


更に彼女達の視線の先に見える大海原の端にはもう数隻の船が港湾区域の水路へと入りつつあった。


小島財閥傘下の海運会社が保有する5隻の武装商船が追加で彼女達の視界に入った。武装商船とは言ってもそれに搭載された武装は射程距離5km圏内に納められた2門の機関砲のみだが、その攻撃力はこの世界では圧倒的である。


12隻もの艦隊はハンザブレック港湾を完全に塞ぐようにしてその動きを止める。しかし武装している巨大船はその大砲をハンザブレック側に向けていた。


これを見たリビアン商長は身体が震えるのを感じとる。そして昨日のダークエルフが言っていた言葉を思い出す。


『ですから近日中にはそのお疑いを晴らすものをお見せしましょう。』


あの時のダークエルフはこれを言っていたのだ。昨日見せた武器とは違う圧倒的なインパクトをその次の日に見せつける。これ以上無い最大の効果を彼女達にぶつけたのだ。


「す、すぐに向かわないと!」


リビアン商長は震える身体を無理やり制御して走ろうとする。しかしアディスがそれを止めた。 


「まさか港に向かうつもりですか!?危険過ぎます。それよりもヤバタ達のいる邸宅に衛兵を向かわせなくてはっ!」


彼等ニホン人が何をしようとしているのかは明確だ。今日なのだろう。昨日言っていた帝国侵攻とはまさしく今日だったのである。


いつ攻撃が開始されるか分からない。ならばそれを阻止するためにもヤバタ達を捕まえなくてはならない。


「それは駄目よ。ヤバタ達もそれは想定してきる筈。昨日の武器を持った兵士達が邸宅に待ち構えているかも知れないわ。変に刺激するのは愚策だわ。」


それに、とリビアン商長は付け加える。


「ヤバタ達の言葉が事実なら、まだ交渉の余地は十分にあるわ。急がないと……今が最も安全なのよ!」


「当主様!ただいま参上参りましたが……あ、あの船は一体、何なのですか!」


そうリビアン商長が言うと同時に執事長の指示で集められた私兵達がきた。


武装した私兵達は当主である彼女の前で綺麗に整列するがその表情からは酷く動揺しているのが分かる。


自分達の方へ振り返った彼女の背景に映る巨大船の艦隊を目にして、呆気にとられているのだ。神話の艦隊と言われても納得してしまう程の光景なのだから。


しかしそんな彼等に対してリビアン商長は毅然とした態度で指示を出した。


「貴方達は直ちに私に付いてきなさい!それと付近の住民達には危険が無いことを知らせて!混乱を最小限に納めるのよ!」


評議会議員としての一面を見せる当主を前に私兵達は発破を掛けられたかのように敬礼をした。命令を受けたのだ。ならば自分達は黙ってその命令に従うのみ。


余計なことは考えなくて良い。少なくともすぐにあの巨大船の勢力と戦う訳ではなさそうなのだから………


「当主様、あんのぉ、まさか今から戦でも始まるんですかい?」


私兵達へ指示を出した彼女の横で下級使用人の1人が心配そうに問う。周囲の使用人達も同じような表情をしていた。仮にそうであれば自分達の家族を安全な所へ避難させたい。そんな本音を感じ取ったリビアン商長は安心させるように言った。


「心配ないわ。戦なんて起こらない。だから慌てず仕事へ戻りなさい。あの船の持ち主とは面識があるの。今から彼等と話をしに行くわ。」


「へ、へぇ……そういう事でっしたら私共は従いやすが…………」


使用人達はそう言うが尚も質問を続けようとするが、直前でアディスの声が響く。


「商長の言葉が聞こえたな? ならいつも通りに仕事につけ!」


アディスの言葉に使用人達は離れてゆっくりと仕事に戻る。しかしその背中からは隠しようもない動揺を見せていた。


そんな彼等を横目にリビアン商長は再度私兵達へ向き直る。


「私達も行くわよ。」


「「はっ!」」






ハンザブレック港湾 日本側視点


速度数ノットを維持した各艦は港湾区域を旋回するようにして動いていた。まるで艦隊中心部で止まっている輸送船に近付けさせないよう牽制しているかのように。


『ザザザッ…『なち』より『おおなみ』へ貴艦の右舷側にて小型帆走船を確認。退避を促されたし。』


『……『おおなみ』より『なち』へ、了解。付近の隊員へ退避通告を指示する。』


ハンザブレックへと派遣された帝国方面派遣艦隊は艦隊無線を頻繁にとり、混乱の収まらない港湾を注視する。


「成る程、流石は大陸1の港湾都市を自負するだけある。東部の港とは全く違うな。」


同艦隊の指揮をとる『なち』の艦長 大澤1等海佐は艦内指令室の外部モニターから映し出される映像を見てそう呟く。


「とは言ってもやはり艦隊が接岸するには喫水線が浅すぎます。当初の予定どおりに内火挺を使うしかありませんね。」


副艦長は艦内指令室にある海底を3Dスキャンされた海底映像を映し出した画面を見てそう応える。その画面には細かな地形と深度を示す数値が事細かに表示されていた。


「やむを得ないか……都市にいる部隊からの連絡はどうだ?」


「現在、現地の治安組織との交渉を終えた様です。このまま上陸を行っても何の弊害もなく完了するでしょう。」


「そうか。ならば全艦に通達、0820時を持って『トヨウケ作戦』の開始を発令する。各員は速やかなる作戦遂行を行うよう準備を整えよ。大陸東部の陸自にも知らせろ。」


「はっ。全艦に通達します。」


この命令を受けて9隻の武装艦隊は動く。その艦隊中心部にいた貨物船の船内でも大きな動きがあった。


同時に大陸東部に展開していた陸上自衛隊にもこの連絡が送られる。


そしてハンザブレックの1等地の邸宅に構える矢幡達もこの連絡を受けて活動を開始した。


       同都市 邸宅 


邸宅の一室で待機していた矢幡のもとへ1本の電話が鳴る。


「……分かりました。自衛隊より連絡、『トヨウケ作戦』の開始が発令されました。速やかに行動をお願いします。」


その指示に同じく部屋で待機していた民間軍事会社の隊長は頷いてソファから立ち上がった。


「了解。ただちに出動します。」


部屋から出て邸宅の大広間で待機していた120名の武装社員の前へ立った隊長は命令を飛ばす。


「つい5分前に作戦が開始された。これより我々はハンザブレックの各衛兵詰所及び重要政治拠点の占領を行う。

 尚、同拠点の警備業務を行う中央衛兵大隊長とは話は通ってあり、道中の安全は確保されている………が、帝国軍が駐屯する帝国監査所の抵抗が予想される。

 この交戦時はハンザブレック衛兵隊からの攻撃は無いが同時に彼等による援護も一切ない。これから上陸する自衛隊と戦闘ヘリの合流はあるが、目標の地上部隊処理は我々の手に掛かっている事を忘れるなよ!」


元陸上自衛隊 2等陸佐を経験した隊長はそう言い終えると武器を手に持った。


アメリカ陸軍が正式配備するM14カービンに装填すると部下達も各々の小銃を手にとって戦闘体勢へと入った。


「出動!」


その命令と同時に1個中隊規模の民間軍事会社の武装社員は邸宅から出て、数ブロック先に設けられた合流地点で港からの陸自の合流後に各衛兵詰所を占拠して都市近郊にある帝国監査軍との戦闘を行う。


邸宅には最小限の警備を残して戦闘部隊は外へと出た。


それとほぼ時を同じくして輸送船から下ろされた数挺の内火挺が港へと上陸を果たした。



港湾の貨物用船着き場で働く人足達は帆も無しで機敏に動く内火挺を前に狼狽えていた。


「な、何だありゃあ!?」


彼等の目には帆を付けないで高速で進む船に見慣れない姿をした集団が映っており、大きな混乱が起こった。


「た、大変だ!何がなんだか分からんが戦が始まるぞ!」

「逃げろ!殺されちまう!」


周囲の人足達はそう口々に叫び逃げようとする。しかしそこへ全身鎧を着込んだハンザブレックの衛兵達が到着したのを見て彼等は安堵したように息を吐いた。


「衛兵隊だ!こいつは助かった!早いとこアイツ等をおっぱらってくれ!」


人足はそう言うが彼等衛兵隊は埠頭区域に入るとそこで立ち止まって謎の集団の上陸が完了するのを待っていた。


「な、何だ?何だって衛兵隊は何もしねぇんだ?」


彼等の不振すぎる行動に人足や他の野次馬達は困惑する。


やがて遂に埠頭部に接岸を果たした謎の集団が続々と港へと上陸をしていき、衛兵隊の隊長らしき人物と何言か話すような素振りを見せる。


その間にも謎の集団はあっという間に数百人を超える数が港へと上陸を果たしてしまう。


「おい!アンタ等何で止めねぇんだ!ソイツ等は一体何者なんだよ!」


味方なのか敵なのか分からない相手の正体を前にして見せる衛兵隊の行動に困惑は広がる。そこへ私兵をつれた馬に乗るリビアン商長が現場に到着する。


「衛兵隊?一体何を話して……」


リビアン商長もニホン人と話し込む衛兵隊の隊長を見つけて困惑を隠せないでいた。


そして遂に話終えた両者はそのまま列を組んで街中へと入っていく。


しかし港湾部と街の境界線である場所でリビアン商長と彼女の私兵達が行く手を阻むように展開した。


「待ちなさい…衛兵隊長、これは一体どういう事? なぜそこのニホン人…で良いのかしら?

彼と何を話していたの。応えなさい。」


評議会議員の役職を持つ彼女の質問に衛兵隊長は僅かに動揺した様子で答えた。


「はっ!エラウノーラ議員商長殿! 我がリッパ大隊長よりニホン軍を丁重に案内せよとの命令を受けております!」


「リッパ衛兵大隊長が? けれど中央衛兵大将はそう命じてはいないと思うけれど、どういうつもりかしら? まさか大将を差し置いて大隊長の命令を重視するつもり?」


リビアン商長はそこで衛兵隊長を睨んだ。彼は心底怯えた様子で応える。


「はっ!いいえエラウノーラ議員商長殿! 中央衛兵大将は衛兵隊の指揮権をリッパ大隊長殿に委譲しております!故に大隊長殿の命令を優先したまでです!」


「何ですって! あの方が指揮権を放棄したと言うの!?」

(どういうつもり?まさか昨日の一件で……)


予想外の返答に困惑するリビアン商長を尻目に衛兵隊長の横を歩いていたニホン人が口を出す。


「そろそろ中へ入っても宜しいかな?」


「待ちなさい。貴方達は一体何者か?そちらの目的を確認するわ。」


リビアン商長の質問にニホン人は額に指を添えて応える。恐らくはニホンの敬礼なのだろう。


「これは失礼。私は日本国陸上自衛隊 山崎2等陸佐であります。 我々の目的は昨日、矢幡と宮下外交官から話は聞いていないので?」


「そんなの聞いていないわ。この街をどうするつもりか?」


リビアン商長の返答に山崎2等陸佐は困ったような表情をするが、そんな彼女の背後から1人の男性が現れる。リッパ衛兵大隊長であった。


「エラウノーラ議員商長殿、ここはニホン軍の通過を認めて頂きたい……」


「リッパ衛兵大隊長。貴方、いつからニホンと親交をとっていたの?」


申し訳なさそうな表情をするリッパ衛兵大隊長は静かに答えた。


「実を言うと貴方がニホンの商会との取引を行うずっと前からです。彼等がダークエルフと協力関係にあるのも、最初から帝国と一戦を交えようとしてるのも把握していました。」


「何ですって?いつの間……」


リビアン商長は信じられないといった様子だ。それにリッパ衛兵大隊長は数ヶ月前の記憶を思い起こした。




実は彼はとある集団と共に日本の本土を直接目にした数少ない人物なのである。


日本の商社経由で伝を持ったリッパ衛兵大隊長は初めて見る日本という巨大な存在に圧倒された。


いまハンザブレックの港湾を占領する巨大船、その船すらをも上回る超々巨大船の存在、複数の大国と同等の人口を収める首都東京と天空に到達しうる神々の建造物群。


そして富士付近の演習場で自衛隊が持つ次元の違う兵器の真の力をも目にしたリッパ衛兵大隊長は彼女よりも日本の相手にしたさいの恐ろしさを明確に把握したのだ。


つい最近も八幡との会談を行っており、その会談で彼の腹は決まった。他の曖昧な立場を表明する彼等とは違い、リッパ衛兵大隊長は日本の指示を明確に表した。


故に中央衛兵大将を半ば強引に脅して指揮権を放棄させて今回の挙動に移したのだ。


「エラウノーラ議員商長殿も直に分かりますよ。帝国はニホンに敗北します。あの国を直接目にした私がそれを保証します。

 それにニホン側に付けばこの街の完全なる独立を約束してくださいました……もう帝国の重税に怯える必要は無いのですよ。」


「なっ!…………貴方そこまで……っ!」 


その時、港湾の巨大船から轟音を出しながら飛び立った謎の飛行物体が現れる。


「あれは一体……」


「ニホンのせんとうへりという物ですな。帝国の監査軍はもう終わりです。」


リッパ衛兵大隊長が説明すると彼女達の上空を数機の戦闘ヘリ AH-64Dが通り過ぎていき、都市近郊にある帝国の監査軍拠点へと向かった。


その数十秒後、監査軍拠点のある方角から何かが連続して大爆発したような爆発音が彼女達の耳へと入る。


ドドドドオンッ!ーーー


「な、何が!?」


両耳を抑えるリビアン商長を横目にリッパ衛兵大隊長は傍観者のように呟いた。まるで全てを諦めたような表情で言う。


「始まりましたな……」


その後、再び爆発音が響いた。その音の方角へと視線を向ければ幾つもの黒煙が空に立ち昇っていた。


「……そろそろ通ってもいいですか?」


場違いな空気感で遠慮がちに山崎2等陸佐の声が響いた。

そろそろ『強化日本異世界戦記』の更新に入ろっかな?

ウズウズしてきましたね。

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― 新着の感想 ―
貿易拡大の話かと思いきや、意表を突いて物語が新しい局面に入り、日本の帝国侵攻になるとは…なかなか驚かされました。 黒船恫喝外交で押し通すのか、電撃作戦で一気に決めるのか、はたまた阿片戦争のような形に持…
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