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第2話 大陸への進出

第2話 大陸への進出


       ウィルテラート大陸

        ラッザァ半島


要塞目掛けて3万を超すポルグラート王国軍は走る。王国軍とは言ってもその大半は徴兵した傭兵と蛮族という非正規軍に過ぎないが、その数の力は脅威であることは間違いない。


何十日間と繰り返されてきた攻城戦が今日も始まった。尤も、今日で最後となると両者は理解していた。


「敵先頭、距離300mまで接近!」

 

コンクリート壁の手前に掘られた塹壕に身を潜め、距離を見ていた陸自隊員が無線で知らせる。それに中隊指揮官である1等陸尉が指示する。


「最後の戦いだ。思う存分撃ちまくれ。」


その声と共に比較的銃弾に余裕のある隊員が単発で確実に仕留めていく。


銃弾が放った方角には大草原の上を雄叫びを上げながら走り寄る前時代の武装をした敵の群れ。


距離があるならば自分達の持つ20式で充分。しかしその距離が縮まればその先に待つ運命は明白。覚悟を決めたとは言え、全員がその時がくる時間を遅らせようと試行錯誤する。それに応えるかのように敵が次々と血を吹き出して倒れていく。


彼我の距離が200mを切った。断片的とした弾幕から銃弾に余裕のない隊員もその銃口に火花を咲かせる。先程とは比較にならない速度で多くの敵兵が倒れ伏していく。


数分間の間に数百以上の敵兵を倒したが、その代償を隊員達はすぐに払うこととなる。


「弾切れだ!」「こっちも弾切れだ!」


続々と最後の弾倉を使い切った事を報告する隊員達。塹壕に籠る隊員達の大半がそうなると指揮をとっていた1等陸尉は要塞内への撤退を指示する。


「第2防衛線まで後退だ!互いに援護しつつ下がれ。」


最後の防衛線であるコンクリートで覆われた壁の中へと塹壕にいた陸自隊員達は下がっていき、既に壁の上で銃口を構えていた隊員達と合流した。


いまだ弾倉内に銃弾がある隊員はそのまま壁の上から敵兵を狙い撃ちし、もはやそれも出来ない者はこの長きにわたる攻城戦で手に入れた盾や槍に装備を変えて来る近接戦に備える。


高さにして7m程度の壁で最後の抵抗を決する彼等の元へ敵兵は迫り、遂につい先程まで彼等がいた塹壕を飛び越えて壁に到達した。


更なる熾烈な戦いが始まる。





この1ヶ月間の戦いで遂に薄汚い敵が籠る窪地を飛び越えて灰色の壁にまでついた彼等は持ってきた梯子を取り出す。


「登れ!奴等はもう虫の息だ!」


断片的とした例の光弾が同胞達へと降り注ぎ次々と血を流して倒れるがそれを無視して彼等は梯子を壁にかける。


両手に手斧を手にした半裸の男が一番乗りで梯子に手を掛けて灰色の壁を昇る。


しかしすぐに灰色の壁の上に立つ緑色の斑模様の服を来た奴等が、小さな謎の筒を懐から取り出して昇っていた半裸の男に向けて、その男は梯子から落ちた。


彼以外にも何人もの同胞や傭兵隊の連中がが同じように落ちていくが、彼等はそれでも止まらない。勝利は目の前に転がっているのだから。






丘の上から見ていたテラモット将軍達。遂に城壁に辿り着いた前衛部隊の姿を見て一同は歓喜の色で染まった。


「やりました将軍!遂に城壁にまで到達しました。後はこのまま押し通せばこのいくさ、我等の勝ちです!」


将校の1人がそう言う。これにテラモット将軍は同意するように応えた。


「あぁ。1月も耐えたかいがあった。」


テラモット将軍はそう言って両手を誇らしげに掲げて宣言する。


「ここにポルグラート王国軍の栄光が再び記された。本国へ伝令を送れい。」


「ははっ!」


背後に控えていた将校が付近で待機している伝令兵へ指示を翔ばそうと動いた時、その更に後方から別の伝令兵が大急ぎでテラモット将軍等の前へと近づいた。


「で、伝令!ぺリュート将軍閣下より伝令でございます!」


その伝令兵はテラモット将軍等の前で跪くと開口一番にそう言った。これに彼等は互いの顔を見合わせる。


ぺリュート将軍と言えばこの遠征軍に所属する別動隊の軍を指揮する将軍であり、現在はこの攻略軍の後方で敵の増援部隊等が来たさいに食い止める役割を持っている。


そんな軍から伝令が来たという事は度々聞いていた敵の増援が付近に現れたという事だろう。


「おぉぺリュート将軍の伝令か。その様子だと敵の増援が到着したようだな。して、敵の数はいか程だ?」


テラモット将軍は上機嫌に問う。既にここの戦況は決したも同然、故にこの後方に控えさせていた1万の正規軍を直ちにぺリュート将軍の元へ送らせる余裕があった。しかしテラモット将軍はすぐにその余裕を喪うこととなる。


「はっ………て、敵がライモル平野より出現し、ぺリュート将軍がこれを迎え撃ちましたが、これに敗北しました!

 ぺ、ぺリュート将軍以下、指揮下にいた全部隊はいま敗走中であります!敵は破竹の勢いで此方に迫っております!」


「何だと!?それは事実か!」


テラモット将軍は慌てて聞き返した。ぺリュート将軍が率いる軍は8000もの兵士達がいたそれはこの周辺の小国では苦戦は必須の数だ。しかし伝令の返答は変わらない。


「はっ!間違いありません!既に敵はこの近くまで到達する勢いです!」


伝令がそう言い終えるのを見計らってか、はたまた偶然なのか、テラモット将軍から見て左側に広がる森林から突如として見たことない謎の勢力が出現した。


「何だあれは?…………」


森林にある木々を薙ぎ倒しながら草原へと入ったそれらは戦竜をも上回る巨体を誇り、その戦竜とも比べ物にならない程の足の早さでいまも要塞を攻撃する前衛の傭兵・蛮族等の元へと一直線へと進んだ。


「将軍閣下!あれです!あれらがぺリュート将軍等の軍を壊滅に追いやったのです!」


伝令があれらを指差していう。それと同時に草原へと入っていった日本国陸上自衛隊第14師団 第1機甲科連隊はラッザァー防衛隊のいる拠点を攻撃する彼等へとその攻撃を開始した。


「角川隊から順に砲撃。山下と守山は隊から離脱して半包囲だ。」


先頭の90式戦車に乗り込む池田1等陸佐は無線で指示を出しつつ、砲撃手に短く伝えた。


「撃て。」


それと同時に120mm砲弾がコンクリートの壁をよじ登る敵兵の後方に控えて立っていた彼等に命中する。


砲弾の直撃に合わせて傭兵や蛮族達は一斉に戦場の乱入者の存在に気付く。


彼等は広大な草原に入って大きな陣形を展開しながら物凄い速度で自分達の方へと突進していくその姿に驚きおののく。


草原の上を見たことのない緑と灰色の斑模様をした巨大な鉄の塊が長い筒を此方に向け、その後方にも100以上の轟音を桁ましくらいに周囲に轟かせている何かの存在に彼等は困惑する。


「動揺するな!我等の勝利は目前ぞ!あれを撃ち取ってみせよ!」


そこへ蛮族達の部族長である1人の大柄な男が叫ぶ。それに続いて他の部族長達も挙って声を張上げて戦意を煽る。


それらの声に圧されて蛮族を筆頭とした男達はいまも弱々しく抵抗する守備隊の陸自達を傍目に池田1等陸佐の率いる機甲科連隊の方へと攻撃目標を変えた。


傭兵達はあれらを倒すよりも確実に報奨が貰えるであろう要塞の攻略に集中する。


小型の盾を頭上に掲げて頭を守りつつ、悲壮感漂っている敵のいる壁を上ろうと梯子に手を掛けたとき、先程まで諦めに近い心情で戦っていた守備隊達は一斉にその抵抗を強めた。


「救援部隊だ!彼等が来てくれたぞ!総員、何としてでもここを守りきれ!国に帰れるぞ!」


拠点内にある備蓄倉庫から引っ張り出してきた空となった金属製の弾薬箱を梯子に手を掛けていた傭兵目掛けて思いっきりぶん投げた現場指揮官の声に彼等は覇気を取り戻した様子で応える。


弾薬箱が投下された勢いで顔を潰した傭兵を筆頭に完全に戦意が戻った守備隊達は他の梯子に上っていた傭兵達を攻撃する。


最後に残った拳銃で掃射する者、槍で全力で突き刺していく者。壁に登りきった傭兵と近接戦闘を繰り広げる者など、士気を取り戻した彼等の強烈な抵抗に傭兵達の動揺が広がる。


ふと傭兵達が蛮族が向かった方向へ視線を向ければ彼等も池田1等陸佐の率いる部隊によって蹂躙されている真っ最中であった。




1列に並んだ90式戦車に89式装甲戦闘車や他の装甲戦闘車輌に搭載した機関銃が雄叫びを上げながら突進してくる蛮族へと向けられる。


「各車、各個に放て!」


戦車中隊の指揮官が指示する。それに伴い数十両もの戦闘車輌の機関銃から銃弾が放たれた。


その放たれた機関銃の銃弾は分厚い弾幕が形成され瞬く間に突進した彼等蛮族の身体を撃ち抜いていく。


粗悪な手斧や剣を片手に神に捧げるための彼等の神聖な戦いは、圧倒的な技術格差によって創られた一方的な蹂躙へと彼等を厳しい現実に叩き落とした。


最初の機関銃による一斉射撃によっ先頭に立って突進した者の大半は身体に穴を開けて死んだ。


生き残った者達も余りの凄惨な状況に動きを止めていた。しかし機甲科連隊の隊員達はその攻撃の手を止めない。


今度は砲搭を搭載した車輌がその砲身に砲弾を装填して一気に大量の敵を吹き飛ばす。


この世界基準から見ても原始的な生活を送る蛮族故に録な装備も防衛戦術を持たない彼等はこれで瓦解した。


1人の男が後方へ逃げると他の者達も1人、また1人と逃げていき、彼等の戦意は完全に消失した。



 

この一部始終を見ていたテラモット将軍は唖然として新たに現れた池田等の部隊を見る。


「何なのだあれは…………あんなのが居るなど聞いていないぞ!」


テラモット将軍の叫ぶような問いに応えれる者は居なかった。誰もが動揺しているのだ。これまで地上の覇者と呼ばれ続けていたあの戦竜すらをも上回る力を持つあれらに、彼等は自分達が敵にした存在の力を思い知る。


既に3万いた前衛部隊はその戦力の大半が健在でありながらも次々と離散していった。


そして池田1等陸佐は逃げ惑う蛮族等を突っ切るようにして進軍して守備隊のいる拠点へと向かう。


そこで未だに攻撃していた傭兵達をも同じように蹴散らすと池田1等陸佐を乗せた90式戦車が拠点へと入った。





傭兵達の死体を素通りして石油精製場のある拠点へと入った池田1等陸佐の元へ、守備隊の指揮官である森島1等陸佐が駆け寄る。


「池田1等陸佐!?な、何故貴方がここに!? 無線では到着はまだ…………」


90式戦車から降りた池田1等陸佐に森島は瞠目する。かの悪名高い指揮官の姿にも動揺するが当の本人は上機嫌に答えた。


「がっはっは!本隊から離れて俺の部隊のみここにきた。道々の町や村を突っ切ってきたんだ。感謝しろよ?」


「そ、それは勿論です!な、何にしても我々は助かりました。もう諦めかけていたところに…………」


森島はそう歓喜気まわってその瞳に涙を流すが池田の反応は冷たい。


「そんなことよりも、ここに燃料はあるだろ?それ全部こっちに回せ。何せ全速力で来たからもう殆ど残ってねぇんだわ。

 包囲されている中でも採掘と精製は続けてたんだろ?」


「は、はい。職員達には今も動いて貰っています。すぐに補給を行いましょう。」

 

石油精製所に勤める民間人への保護と同時に補給を終えた池田1等陸佐達。同行してきた普通科隊員等も疲弊仕切った守備隊の救援を行う。




かき集めた前衛部隊そして主力が壊滅となった遠征軍にテラモット将軍は身体を怒りと屈辱に震わせる。


彼がこれまで指揮した戦いの中でこれ程までに一方的なものは無かった。そして後一歩の所で勝利で終わったはずを一瞬で覆された。




この日、ポルグラート王国軍を主軸とした反ニグルンド大陸同盟遠征軍は壊滅的な打撃を受けて撤退を決断。一旦大陸西武の本国へと戻り建て直しを図った。


しかしポルグラート王国遠征軍の生き残りがラッザァー拠点の包囲を解いて本国に戻る道中で問題が起きた。


街道を進んでいたテラモット将軍等の元へ再び伝令が視界の遥か彼方から馬に乗って駆け寄り、ある情報をもたらす。


「何だと!…………王都が陥落したのか!?」


今度の伝令は本国から送られてきたようであった。そしてその伝令からの内容は件の『あの国』と思われる謎の軍隊が突如として王都上空を経由して侵入して国王並びに重臣等までが捕まったという。


「何故だ!王都には近衛飛竜隊がいた筈であろう!奴等は何をしていたのだ!」


「お、王都にいた近衛連隊及び近衛飛竜隊は一瞬で敵に撃ちとられました。しかし運良く王都から逃げ延びれた王弟殿下が閣下の軍を呼び戻し王都奪還をお命じになられましたが…………これは一体…………」 


伝令はテラモット将軍より後方の軍列へ視線を移して絶句する。彼が見たのは王都より出立した誉れ高き王国軍の姿はなく、数を大きく減らした敗残兵同然の姿であった。


そしてテラモット将軍は全てが瓦解した事を理解した。今の現有戦力で都市を堕とすこと等不可能であるからだ。ましてやより防衛能力の高い王都が堕ちたとなれば、敵の戦力もそれ相応のものだ。


周辺諸国に応援を頼まねばならない。テラモット将軍がそう判断したその時、彼等のいる元へ恐れていた『あの国』と思われる軍隊が正面から土煙を撒き散らして現れた。


「っ!?」


伝令が来た道から現れたその軍隊はあのラッザァ半島で見たのと同じような鉄の塊と思わしき巨体を大勢引き連れて彼等テラモット将軍から100mの所で停止した。


「な、何奴か!?姿を見せよ!」


テラモット将軍はそう叫ぶが、正体は分かりきっていた。


そんな彼の言葉から暫く時が経ってから『あの国』の指揮官と思わしき男性が鉄の塊から降りてきた。どうやらあれらは馬車や戦竜のような乗り物の一種のようだ。


「そこの伝令から聞いたと思うが貴様等の国は降伏した。よって貴様等も降伏せよ。これに断るならば攻撃を行う。」

 

そう高機動車から降りた鬼導院陸将補はテラモット将軍へ宣告する。彼の真後ろにいる戦闘車輌からは隊員達が機関銃や小銃、大砲をテラモット将軍等の方へ向けて油断なく警戒する。命令があれば即座に発砲する構えだ。


1個師団の完全武装を陸上自衛隊の攻撃、最大火力を持つ機甲科がいなくともこの程度の敵戦力であれば一方的に撃破するのは容易い。


テラモット将軍側とラッザァ半島での戦い振りを見てそれを理解しているようだ。将軍の側に控えていた副将が血相とした表情で問う。


「将軍閣下…………!」


「………王都が陥落した以上、ここで悪戯に兵を喪う訳にはいくまい………」


テラモット将軍はそう言うが、彼はあの暴虐な力が自身に振りかかるのを恐れている事に気付いていなかった。


残存ポルグラート王国遠征軍2万は第14師団に降伏を決断。武装解除が行われギリギリのところでラッザァー石油精製所は助かった。


ポルグラート王国がその戦力の過半を繰り出して行った遠征は大敗という結果で終わり、日本国政府は同王国の正式な降伏を受理した。




転移暦3年 7月1日 


ポルグラート王国 王都


王都にある王城の大広間にて調印式が行われていた。


日本国とポルグラート王国の両代表者が互いに渡された書類に調印が終わると日本側の代表者が宣言した。


「本日よりポルグラート王国は日本太平洋経済連盟への加入をここに認めます。」


そう高らかに宣言すると調印式に参列していた人々から拍手喝采が響き渡る。


(これで『極東同盟連合』に新たな国が加わった訳か…………)


その様子を末席から見ていた外務省の氷堂事務次官はそう思案する。


既に日本が設立したこの経済連盟には多数の国々が参加していた。現にこの調印式にもその国々の代表者が参席し、同じように拍手を送っていた。


だが彼等の多くは表面上は平静を装っているが何処か曇り気味に見えるのは決して氷堂事務次官の勘違いではないだろう。彼等の表情は決して新たな友好国を迎え入れる顔では無かった。


(まぁ、無理もないな。)


何せこの経済連盟に参加していた国々の全てが小国なのだ。それも日本がいた地球基準ではなく、この世界基準から見ても小国ひいては中程度の粋を出ない程度なのだから。


そこへ本日、このポルグラート王国が新参国として参加する。彼等、中小国から見てポルグラート王国は大国に位置する国だ。


彼等の全国々が束ねてもポルグラート王国の国力の半分程度の力しか無い。それ程の国力差が彼等にはあった。


その程度の国力しか持たない彼等の元へ大国が乱入する。それはこの経済連盟の力関係が崩れる事を意味した。


これまでは先に経済連盟に加入した国々が優遇されてきたが、これからは単純な『国力』によってこの連盟の待遇は変わるであろう。


「大きく荒れるな。」


思わずそう溢してしまう氷堂事務次官。そしてそれは当たると言えるだろう。


ポルグラート王国は間違いなく大国だ。他の加入国である国々の人口が平均で40万程度で最も少ない国であれば1万にも満たない都市国家未満の国すらある。


しかしポルグラート王国は人口950万人と圧倒的な人口を有しており、それに伴う経済力と軍事力も比例していた。


通貨の信用度もそうだが、軍事面に視点を変えれば維持費のかかる戦竜を配備し、大国以上の国しか保有できない飛竜を連隊単位で揃えているのだ。これはこの世界において大国と名乗るには充分であった。


陸軍の戦竜こそ先の戦いで多くを喪ったが飛竜は近衛飛行連隊以外はほぼ無傷の状態であるため、これだけでも他の国々を圧倒できる。飛竜の行動半径の問題からラッザァ半島での戦いに参加しなかったのが幸いした。もし参加していれば日本の手によって1匹残らず撃ち落とされていたであろうから。


そしてそんな大国、ポルグラート王国の加入は日本にとって更に大きな利益を産み出してくれた。


氷堂事務次官はそこで先程とは別の方へと視線を移した。そこも他国の代表者が参席していた。反ニグルンド大陸同盟の国々だ。


日本への降伏によって元々ポルグラート王国が参加していたこの大陸同盟から脱却して経済連盟に鞍替えを余儀なくされたのだ。


反ニグルンド大陸同盟………それはこのウィルテラート大陸西部のほぼ全域を支配する覇権国家ニグルンド帝国への対抗組織として大陸東部の諸国が結成した同盟組織である。


(しかし…………対立組織とは笑えるな。)


ポルグラート王国の降伏にあたって日本が王国に提示した条件は下記に記載されたものになる。


・ポルグラート王国は『反ニグルンド大陸同盟』への脱退をし、日本が主導の『日本環太平洋経済連盟』へと加入する。


・日本国政府は先の戦役で喪失した損失をポルグラート王国国内のインフラ提供で賄うこと。


・ポルグラート王国は先の戦役の責任を現国王の退任をもって果たす事とする。


・日本国政府はポルグラート王国の王族及び貴族・士族の身分及びその権限を保証する。


・ポルグラート王国は日本国自衛隊の国内駐留及びその行動を全面的に認める。


・ポルグラート王国は日本国の権益に反する外交及び経済方針をとらないこと。


・ポルグラート王国は日本国に対して一定額相当の資源及び食料を納める。


これらの条件を他国が見た時、最初に感じたのは不完全なもののポルグラート王国の属国化と感じたであろう。


少しの領土や賠償金を求めずまるで全面降伏のような条件に到底受け入れられるものでは無いと思われるがポルグラート王国王室はこれを認め、他の大陸同盟の国々を驚かせた。


ポルグラート王国軍の地上戦力の多くを喪失し、ポルグラート王国側から見て自身の喉元へ剣を突き付けられた状態であるが、上記に記載された『インフラ提供』に彼等は受け入れたのだ。


元より日本が大陸東部の中小国に対して提供した『インフラ整備』という存在はポルグラート王国等も把握していた。


国内を発展させる上で必要なインフラという概念はこの世界の国々にとって未だに確立されたものでは無かったが日本が提供してきた交通整備や産業支援はそんな彼等の目を大きく驚かせていた。


故にポルグラート王国はそれらの技術を得る為に日本国に対して攻撃を仕掛けたのだが、敗戦の結果に終わる。しかし日本側から提供を打診してきたのだ。現在の大陸同盟への脱退を餌にして。


戦力を大きく喪った彼等がいち早く再起を図る為に王国はこれらの条件を飲んだ。しかしそれは反ニグルンド大陸同盟にとっては大きな転換点であった。


先にも述べた通りにポルグラート王国は大国である。このウィルテラート大陸内でも大きな勢力を誇る反ニグルンド大陸同盟内においてもその立場は高く、26ヵ国が連なる同盟諸国でも上位4か国に入る程だ。


そんな大国が大陸同盟から抜ける事は必然的にその大陸同盟の弱体化に繋がる。


ニグルンド帝国という覇権国家から対抗する為に多数の国々が団結したというのに、その内の中核国が短期間で降伏して脱退したとなれば今後帝国が大陸同盟に対して掛ける圧力は増すであろう…………何せポルグラート王国が降伏する前に救援をすることすら出来なかったのだから。


大陸同盟の脆弱性を周辺諸国に晒した結果、彼等は強気に出るニグルンド帝国に対して有効な対抗手段を無くした。いずれ近い内にこの大陸同盟は崩壊するであろう。


だから日本政府はポルグラート王国が降伏した後に大陸同盟の国々に向けてある通告を出した。


『日本はニグルンド帝国の様な領土拡張主義は持たない。代わりに高度な技術を諸国に提供して国内の発展を約束する。現に経済連盟に加入している国々は大きな発展をしている。日本が主導する連盟に入れば国力増強を確約し、他国の侵略に対しての保護もする。』


これらの通達の効果は日本政府の予想を大きく越えた。


この日になるまでで、既に半数以上の国々が打診してきたのだ。中には両同盟に加入していない中立の国々すらもだ。


これは日本に対してどの国々もが新たな大国となる一定以上の期待と力への信用を得たという訳だ。


いずれこの日本環太平洋経済連盟は大陸東部とその周辺地域を含む大陸有数の国際組織となるであろう。


いまこの調印式で暗い表情を見せる大陸同盟の国々も近い内に経済連盟へと入る事を決断することになる。


(ここまで事が上手くいったのも『彼等』のお陰か…………)


そう考えた時、氷堂事務次官は表には出さなかったものの、僅かに感情を尖らせた。


日本が何の因果があってか不明の、『異世界転移』…………あの前代未聞の大騒動から3年の月日が経過していた。


資源輸入大国であった日本が突如として全ての輸入先を喪い、来年どころか明日の朝日を拝めるかも分からない状況下で3年も持ち堪えたのだ。


その3年の間に最低限の食糧と石油を代表とした地下資源は、未だ国内消費量をギリギリではあるものの、それらを手に入れる手段を得た。果たしてたったの3年でそれが可能なのか?


食糧という面で見ても国内人口は日本人だけでも1億8900千万人。在日米軍、観光及び労働として来日していた外国人は周辺の島々ごと転移した者も含めれば約1300万人。合計で2億もの人口を半分以下の食料自給率しかない国が3年も耐えられるのか?


1年で5200万トンもの食糧を必要とするのに、日本国内の1年間の食糧生産量は1800万トンにも満たないのに可能なのか?


石油は1年間の国内消費量は1億9800万トンも消費するのに、石油備蓄量は1年と半年分の2億4200万トンしか無いのに3年も耐えられるのか?


答えは不可能である。


たった3年で半分以下の食料自給率を100%を超すのは不可能であり、石油といった資源だって発見から採掘体勢を含めればどんなに早くても最短で3年を要する。


転移した付近で都合良く肥沃で莫大な資源が眠る無人島でもあらば良いが、そんな虫の良い話はない。


「此方にいましたか…………氷堂さん。随分と難しい顔を為さっていますが、お悩みでも?」


では彼等はどうやって生き延びたのか?その答えは氷堂事務次官に声を掛けた者が答えだ。氷堂事務次官はもう聞き慣れた若い声に、その正体を見抜き、反応した。


「えぇ。少し考え事していましたよ…………ニロイさん。」


そう氷堂事務次官にニロイと呼ばれた男は笑顔の表情を崩さずに続けた。


「そうでしたか………まぁ外交官ともなれば今後の国際関係にも目を向けねばなりませんからね。しかし考え過ぎも身体に毒ですよ?」


「正確に言えば事務次官は外交には直接携わりませんがね。その外交方針を決めるのが私の仕事です。これくらいが丁度良い。」


「あぁ………そう言えばそうでしたね、失礼しました。」


そう氷堂事務次官の答えにニロイという男は頭を掻くように手を頭に置いた。その時に氷堂は横髪が揺れた事で露となった耳を見つける。その異様な迄に長い耳を………


エルフ。この世界特有の種族であり、ドワーフや小人といった圧倒的多数派である人間に次いで人口の多い異種族であるが、目の前にいる彼もとい彼等はそのエルフとは違う。


最大の違いはその肌の黒さだろう。この調印式においても明らかに浮いた存在である肌の黒いエルフに、調印式に参加していた代表者たちもざわめく。


「見ましたか?あの男を…………」 

「まさかニホンは真にダークエルフを迎え入れたのか?」

「あの邪悪な種族を…………忌々しい。」


彼等代表者達の反応は軒並み悪い。非常に強い嫌悪感をその顔を示していた。それは大陸同盟も経済連盟も中立諸国も共通していた。


氷堂の耳からも聞こえる程に話す彼等。種族的な特徴で聴覚に優れたダークエルフたるニロイ自身も聞こえているのは間違い無いのだが、当の本人は全くそれに反応する事なく氷堂との会話に集中する。


「しかし今回の調印式によって『我々』の道は再び切り開かれました。実に喜ばしい事ですよ。」


我々という単語を強調するニロイに、氷堂は小さく眉を潜めた。確実にこの会話に聞き耳を立てている代表者達を牽制している。


「えぇ。全くですね。これも貴方達オルフェン=ニル国の力があってこそです。」


「そんなまさか。これは貴方達、日本が私達ダークエルフを国家として認めてくれたからです。故に我々は『対等の同盟国』として貴方達に情報を提供したまでです。」


ニロイはそう言い終えると、思い出したかのように、『あぁそうそう…………』と言葉を足すと再び口を開いた。


「実は来週頃に私の妹が財務省事務次官の満永弘和さんと婚姻する事になりました。

 確か………氷堂さんとは遠い親戚に当たりましたよね?これで私達は親戚同士となります。今後ともよしなに…………」

 

その言葉に聞き耳を立てていた代表者達は驚愕に目を開ける。彼等はそこで確信するだろう。日本は邪悪で賤しい種族の代表であるダークエルフを重宝していることに。


氷堂はそれでざわめく周囲を同じように無視する。


「それはそうでしたか。実に目出度い。」


「えぇ。私達はこれで一蓮托生ですね。」


なんともない会話。しかし氷堂は内心で大きな溜め息を吐いた。


何故日本が3年という短期間の間で最低限ながらに自給自足の体制を整えられたのか、それは今目の前にいるダークエルフの存在だろう。


日本がこの世界に転移した時に最初に接触したのが彼等ダークエルフであった。


彼等ダークエルフ経由でもたらされた情報は本当に膨大なものであった。少なくとも日本政府が今後の方針を決めるのには充分なくらいには。


ダークエルフは種族的な特徴から膨大な魔力を持ち、様々な魔法を行使可能な潜入や暗殺を得意とした種族であった。それ故に人間を筆頭とした他の種族からは邪悪で卑劣な種族だと長年差別され冷遇され続けてきた歴史がある。


肌が黒く不吉な赤い瞳をし、人間等とは比較にならないレベルの魔力を持つ彼等に、同じく膨大な魔力を持つエルフ以外から恐れられてきた。


しかしエルフはそれとは相対的に白い肌を持ちその神聖な見た目から逆に畏敬の対象とされてきた。


人間達はそのダークエルフの持つ高い能力を利用する事はあれども、その力を認める事は無く、使い捨ての間者や傭兵として利用し続けてきた。


ダークエルフも自分達の一時的な居場所を得ようと必死にその役目を果たす姿が災いし、更なる差別の対象とされ、華やかなエルフとは真逆の生活を何百年と繰り返してきた。


しかしその時、彼等ダークエルフのもとへ日本という巨大な国家が現れたのである。


彼等日本人は最初こそ驚きこそしたが、すぐに自分達へ助けを求めた。ダークエルフは日本の圧倒的な力をすぐに見出だして、彼等の望む情報を提供した。


何百年と掛けて築き上げ続けた彼等ダークエルフのネットワークは他の種族を遥かに上回る情報共有能力を有していた。


日本が必要とする食糧を生産する国。肥沃な土地、鉄や銅といった鉱物資源のある土地。そして石油が埋蔵するとされる特徴のある土地を彼等は驚くほど正確に速く日本へと提供してくれたのだ。


だから日本は大きく感謝した。そして彼等ダークエルフの国が無いのを把握した日本は転移した付近にあった大きな島を開拓し、そこを彼等の国として認めたのだ。


これまで邪悪の象徴として差別され冷遇され続けてきたダークエルフは初めて対等の関係を求め、正当な対価を払う相手を見つけたのだ。


だからこそダークエルフは日本への恭順を即断した。日本は圧倒的な力を持っている。


自分達が提供した情報だけでは全ての国民を養えない。


自分達が提供した情報だけでは国内の産業を発展できない。


いずれ日本はこの世界へ本格的に進出するだろう。国内に閉じ籠るにはこの世界は余りにも大き過ぎて、余りにも近過ぎるのだ。


その時が来れば自分達ダークエルフの黄金時代の幕開けだ。これまで自分達を苦しめてきた奴等に復讐できる。そんな思惑を裏に残してダークエルフと日本政府は対等の同盟を結んだのだ。


そんな事情があって日本はダークエルフと強固な協力関係で成り立っていた。しかし氷堂は大きな危機感を持っている。いや、氷堂だけではない。政府の主要なポジションに立つ者の多くが同じ考えである。


彼等ダークエルフは余りにも魅力過ぎる。余りにも優秀過ぎるのだ。


それは日本が3年も持ち堪えれた事が証明している。彼等は余りにも優れた力を持っていた。


人口にすれば30万にも満たない小国程度の彼等だが、その内の5000人近いダークエルフは既に日本でも重要な立ち位置で仕事をしている。


政府高官への相談者や自衛官に対して魔法による技術講師、潜入調査を主とする秘密工作員等々、日本がこの世界で生活するのに必要な能力の多くを彼等が担おうとしていた。人口の内の1.5%ものダークエルフがそんな重要な立場で働いているのだ。


更にダークエルフは民間企業にも入り、日本の高い技術や知識を必死に得ようとしている。彼等の優れた能力は非常に優秀な早さでそれらを吸収していった。


それは別に悪い事ではない。少なくともこの世界で唯一自分達ダークエルフを対等に扱ってくれるのが日本なのだ。そんな日本を危険に晒すのは自分達の首を締めるのと同意語。


しかしそれで良いのか?いつか私達日本人はこのダークエルフと極度に依存した国になるのでは無いのか?


無論考え過ぎると言えるだろう。だが、復讐に燃える彼等ダークエルフを手放しに信用出来るのか?いつか、長年耐えてきた復讐の為に日本を利用する者が現れないと断言出来るのか?


更に問題なのは彼等ダークエルフの容姿にも言える。彼等、彼女等の容姿は非常に整っていた。ダークエルフの殆どが絶世の美男美女とも言える程に美しかったのだ。現に氷堂と対話するニロイという男も街中を歩けば世の女性達が振り返るほどの顔をしている。


そのダークエルフ達の優れた容姿は瞬く間に国民の間にも広がり、簡単に高い人気を集めていた。


種族的な特徴から寿命が長く、その容姿が衰える事のないダークエルフ。もし日本の政界や財閥で重要人物等に対してハニートラップの類いを仕掛けられた場合、果たしてその誘惑に耐えられる豪の者が何人いることか。


しかし彼等ダークエルフがいなければ日本は大海原に浮いた島で枯れて滅亡していたのは確実。故に今は彼等を信用して頼らなくてはならない。


今回の調印式やポルグラート王国降伏の立役者も彼等ダークエルフなのだから。彼等ダークエルフの裏工作が無くてはここまでの成功は無かっただろう。


そんな危機感を持つ氷堂は悟られまいと無感情を貫いて目の前のニロイと会話を続ける。


十中八九、ニロイに悟られているだろうが、決して表に出すこと無く氷堂はこの調印式を終えるまで無表情を貫いた。


調印式を終えたその翌日、相次ぐ大陸同盟の脱退を鑑みて遂に残りの中核国の全3か国が日本環太平洋経済連盟への加入を申請したことを聞いた氷堂事務次官はダークエルフへの更なる危機感を強める事となる。

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