第7話:柔らかな棘
その日は潤に誘われて、また川沿いを歩いていた。
春の風は心地よく、川面をなでる光がきらきらと揺れる。
「このあと、朱美も合流するから」
潤の言葉に、エララは少しだけ胸がざわめく。
しかし表情には出さず、こくりとうなずいた。
ベンチで並んで座っていると、遠くから軽やかな声が響く。
「お待たせー!」
朱美は相変わらず眩しい笑顔でやって来た。
白いワンピースが風に揺れ、そのたびに甘い香りが漂う。
「潤、ちょっといい?」
朱美が潤を呼び、二人は少し離れた場所で話し始める。
笑い声が聞こえるたび、エララの胸の奥がきゅっと締めつけられる。
やがて潤が振り返り、
「ごめん、ちょっと用事できたから先に行ってて」
とだけ言い残し、朱美と連れ立って歩き出した。
残されたエララのもとへ、朱美の視線が一瞬だけ戻る。
その瞳の奥に、柔らかな光と…ほんのわずかな棘が見えた気がした。
川の流れは変わらないのに、胸の中だけが波立っていた。
<あとがき>
第7話では、朱美とエララの“目に見えない駆け引き”のような空気を描きました。
言葉では柔らかく接していても、視線や仕草の端々に、その人の本音はにじみ出るものです。
朱美の笑顔は完璧で、潤に向けられる表情は優しい。
けれど、エララに向けられた視線には、どこか計るような冷たさが混じっていました。
エララはそれを確信にはできず、ただ胸の奥に違和感として抱え込むだけ。
次回は、この違和感がもう少しだけ形を持ち始めます。
表面上は穏やかな日常の中に、小さな裂け目が広がり始める瞬間です。