第1話:川の光と、見知らぬ板
前書き
※2025/08/121~7話書き直ししました。
夜の川沿いは、昼間とは違う匂いがする。
水の流れる音と、湿った風。
エララは、その音を聞くのが好きだった。
いつものように川沿いを歩いていると――
川面が、ふっと光を放った。
「……え?」
足を止め、目を凝らす。
水の中に、見たこともない黒い板のようなものが流れてくる。
両手を伸ばし、必死にそれを拾い上げた。
冷たい水が指を這う。
重さはあまりないが、表面はつるつるとしていて、どこか異様だ。
「……なに、これ」
その瞬間、板の一部が光り、色とりどりの絵のようなものが浮かび上がった。
見知らぬ文字。
見たことのない記号。
そして、意味不明な動く絵――。
触れてみると、それは次々と形を変え、声を出し始めた。
小さな世界が、この板の中に詰まっているみたいだった。
やがてエララは気づく。
これを使うには、この川沿いに来なければならないことを。
不思議と、この場所だけで板は光り、動く。
試行錯誤の末、ようやく操作に慣れてきた頃――
エララは“ショート動画”という不思議な遊び場を見つける。
画面に映るのは、見たことのない服を着た、背の高い男の子。
髪はゆるく流れ、指先には細いリング。
笑うと目尻が少し下がって、柔らかい空気をまとっている。
「……きれい」
胸の奥で、何かが跳ねた。
彼が笑うたび、声が響くたび、どうしようもなく目が離せなくなる。
百合林潤――画面の端に、そう名前が浮かんでいた。
エララは、この人に会いたいと思った。
その想いが、日ごとに大きくなる。
そしてある夜。
川沿いの水面が、また光を放った。
満月の光を受けて、川はまるで道のように輝いている。
――これを渡れば、きっと会える。
迷いはなかった。
エララは、光の中へ飛び込んだ。
<あとがき>
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第1話は、異世界に住む少女・エララが、現代との唯一の接点――スマホ――を手に入れるところから始まりました。
最初はただの不思議な板だったものが、彼女の世界を大きく変えていくきっかけになります。
そして画面越しに出会った百合林潤。
まだ二人は顔を合わせていませんが、この一瞬のときめきが、物語を大きく動かしていきます。
次回は、いよいよ現代へ!
満月の川を渡るエララが、どんな世界に辿り着くのか――お楽しみに。