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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
最終章 ドレイ神殺し
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最終話 エガク未来

 ――私たちと世界が、まばゆい光に包まれていく。

 

 

「最初はさ、世界を救いたかったんだよ」

 光が包み終えると、そこはただ白くて、とても静かな世界だった。

 ここにはイースルールと私しかいない。

「ええ、分かります」

 

「結局、私自身、スキルに囚われちゃった。

 でも言い訳じゃないよ。

 だから悪くないとは言わない。

 ただね、本当に良くしようと思っていたんだ」

 

「はい。今なら、分かります」

 

 イースルールと私だけになった世界。

 全てが失われたようでもあり、全ての物質は溶け合ったような世界。

 私達は生まれたままの姿で見つめ合い、そして言葉を交わす。

 

「そっか、レヴィは到達したんだね」

 息遣いと共に唇からは柔らかに弾む言の葉が散って、それも空気に溶けて行った。

「はい。

 天頂に到達しました」

 

「うん。

 ……レヴィはこれから、何を描くの?」

 

「思うんです。

 人の幸せは、誰かの不幸の上に成り立っているのかも知れない。

 けど、誰だって幸せでいたいんだって」

 私は、一歩進み出て言葉を紡ぐ。

 言葉は真っすぐ飛んでいきイースルールに染み込んでいく。

「……うん」

「人がどこから来たとか、どんなスキルがあるとか、そんな事、本当は些末な事で。

 ……努力したり、協力したり、苦労もするけど、その結果得られるものだから、……だから尊くて美しくて。

 流れる汗や、時には溢れる涙も宝物で」

「うん」

「何十年、何百年経っても人は変わらなくて。

 間違いを犯して傷つけ合ってしまって、愚かかも知れないけど、それでも、積み重ねて来た歴史と顧みて正そうと言う人の思いは尊くて、だから私は、そんな人々が好きで……」

 

 イースルールも一歩私に歩み寄った。

 お互いの手が届く距離で彼女は頷き、視線が交わった。

「……うん」

 

 直ぐ近くで何かが、優しく明滅した。

 そして、何もない白い空間の、宙にふっと現れた窓のようなもの。

 ふわふわと浮きながら現れたそこに、淡いセピア色の光景が見えた。

 

『あたしね、大きくなったらパン屋さんになるの』

『そっかぁ、なれると良いね』

『はは、何にだってなれるさ。

 だってレヴィは自慢の娘だからな』

 

 子供と、母親と父親、家族団らんの光景。

 それは過去の、私の記憶だった。

 

 それから、忘れていた記憶が宙の窓の中を、流れ続けた。

 

「母さん、父さん。

 そっか……、私、こんな夢を持ってたんだ」

 私自身が忘れていた思い出があった。

 私は懐かしむ。

 そして自然と目を細め、微笑むと同時、涙が頬を伝っていた。

 

 イースルールは俯いて自嘲するように笑った。

「私は、何もかも間違えていたんだ」

 

「間違いでは、無いと思います」

 不思議そうに顔を上げるイースルールと再び視線が交わった。

 

「間違い、じゃない?」

「貴女の良くしようと思った気持ちは間違いじゃないから」

 思いの、素直な言の葉は、やっぱりふわりと飛んでイースルールに染み込んでいく。

 

「そっか、そう言える貴女だから。

 レヴィ、貴女は【女神】に到達できたんだね。

 【神殺し】から【女神】に至る条件は、勇者の献身だった。

 いや愛かな? ……愛し愛された貴女だからこそ、至る事が出来たんだろう」

 

 私は、失ってしまった己が左手辺りを眺めた。

 すると、そこへ光の粒子が集まり、徐々に腕が再生していった。

 

「世界は思いのままだ。

 レヴィ、貴女は新世界の神と“成った”のだから」

 イースルールは私の前に跪いた。

「ううん。

 神なんて必要ないですよ。

 私は奴隷です。

 世界一、皆さんに大切にされた奴隷なのです」

 私は己の胸元に有る刻印を眺め、歪なままの右手で刻印を撫でた。

 これは、私の誇りなのだ。

 

 そして跪くイースルールに、胸に当てた歪な手を差し出した。

「跪くのではなく、もう一度やり直しませんか? 人として、人生を」

「……え?」

 イースルールは、私の差し出した手を不思議そうに眺めていた。

「ほら、早く」

 私は微笑んだまま、急かした。

 

「私なんかが、いいのかな……」

「私の描く、私の世界は、誰の犠牲も望みません。

 だから、たった一度だけ、神の力を行使しますね」

 

 

 イースルールは私の手を握った。

 

  挿絵(By みてみん)

 

 私は微笑みながら左手も添え、彼女の手を強く握り返す。

 

「描く未来に、一緒に行きましょう」

 

 私達以外、すべて白く、何もない世界。

 私達は、白のみの世界でも、眩く光り輝く。

 

 

 …………。

 

 世界を包んでいた光が何かを塗り替え、やがて光は薄れて消えた。

 

 そして、世界は再び何事も無かったように動き始めた。

 世界から、全ての人々から、あるいは神からも、全てのスキルが消えた。

 そして何年かしたら神すらも、この世界からは消えるだろう――。

 

 

 

 

 ――。

『カノース女王陛下万歳‼』

 新統一世界イースルールは、カノースを女王に置き、新たに動き始めた。

 

「陛下、お手紙ですよ」

 玉座から立ち上がるカノースは、跪くトマスから手紙を受け取る。

「ご苦労さま。で? どれどれ、やっぱり、私に世界なんて押し付けた張本人からか。まったく……」

「へへ、お似合いですよ? 女王様も板について」

「ああ、もう、ノミの心臓だと言うのに」

 

 女王カノースは、そっと手紙を開く――。

 

 

 ・・・・‥‥……

 

 

 ――それは、きっとありふれた団欒の光景。

 

「はは、マジかよ」

「カルロさん、ほんとほんと」

 

「サシャさん、ちびレヴィおはよ。パン食べる?」

「うん。貰う」

 

「ヨーコさん、今日も綺麗!」

「ふふ、ありがと」

 

「もう、ご飯食べながら寝ちゃだめだよ! 起きてユング!」

「ミランダぁ、もう少し寝かせてぇ」

 

「あれ、レリンさん、もう食べたの」

「ん、先行く」

 

「ユキ、アキ! コハクも! ほら、早く食べちゃって!」

「「はーい!」」

 

「ノーマさん、また読みながら食べてる」

「あら、ごめんなさい? 気になっちゃって」

 

「トウマさん、こっち空いてますよ! ホークさんも!」

「ああ」「おう」

 

 

「あ、レヴィ! おはよう」

「ミル! 皆さんおはよう! もう、イースがなかなか起きないから、朝食は決まった時間なのよ?」

「だって、眠い」

「ほんと、このチビはダメダメね」

「むぅ、ミルの意地悪!」

「もう、ふたりとも!」

 

「「「はははは、あはははは」」」

 

 

 

 ――前略、カノース女王陛下。

 一人の娘が選んだ未来は、今、穏やかに進んでいます。

 あの日、始まった新たな世界に、失われる事なく繋ぎ止められた全ての命に、(あふ)れんばかりの祝福を。

 

 ――クレア・テレース――

 

 手紙からは、新たな季節を告げる花(ミモザ)の香りがした。

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