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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
最終章 ドレイ神殺し
54/55

48、ミンナのチカラ

『レヴィ、……アタシの可愛いレヴィ』

 マダムが……、私を呼んでいる。

 

 

「ほら、レヴィ」

「ん、もう少し」

「ほら、早く起きな」

「はっ、すみません。すぐ起きて支度します!」

「ん、どうした? 今日は休みだろ?」

「え……、あの、ここは……?」

 ふかふかのベッドに温かい毛布。

 窓からは温かい日差しが差し込み、そして優しく微笑む女性がいる。

 そうだ、……マダムだ。

 

 体を起こし眠たい目をこすり、私は辺りを見渡した。

「何寝ぼけてんだい。自分の家だろ。それより朝食だ。早く顔を洗っておいで」

「はーい」

 私は、部屋から出て洗面台へ向かう。

 

「おはよぅレヴィ」

「おはよミル」

「うわぁ、すっごい寝癖。レヴィ寝相悪いもんねぇ」

「そんなことないよぉ、ミルだって!」

 平和な時間だ。

 友達と笑い合って、そして食堂では仲間たちの楽しげな声が聞こえている。

「はは、マジかよ」

「カルロさん、信じてないの? ほんとほんとだって。ふふ」

 

「サシャさん、パンたべる?」

「うん。もらう」

 

「ヨーコさん、今日も綺麗!」

「ふふ、ありがと」

 

「もう、ご飯食べながら寝てはだめだよ! 起きてユング!」

「ミランダぁ、もう少し寝かせてぇ……」

 

「あれ、レリンさん、もう食べたの」

「ん、先行く」

 

「ユキ、アキ、コハク! ほら、早く食べちゃって!」

「「「はーい!」」」

 

「ノーマさん、また読みながら食べてる」

「あら、ごめんなさい。少し気になっちゃって」

 

「トウマさん、こっち空いてますよ! ホークさんも!」

「ああ」「おう」

 あぁ幸せな光景、私の大好きなミモザの人々――。

 

 でも、これは夢だ。

 私、起きなくちゃ……。

 

 

「馬鹿な、死者の蘇生だと?

 神にだって無理なんだぞ。

 だから人は転生するのよ。

 なのに理を覆すとでもいうの?」

 イースルールは、うろたえていた。

 

 平原に落ちる無数の光が辺りを均等に照らした後、そのすべてが“私の体”を抱きしめるマダムへと集まっていく。

 

 まだ私は空中で、それを遠巻きに眺めている傍観者だ。

 

『ポロン』

 一音から始まり、旋律が流れ始めた。

 これは竪琴の音色だ。

 生まれたての音が、波紋が広がっていき、辺りにしみこんでいく。

 

 始点はアキだった。

 イースルールの背後の人々の中、竪琴を爪弾いていた。

 【聖者の旋律(メロディオブセイント)

 

「あれ……」

「俺は何を……」

「ここは……?」

 口々にいう、穏やかな困惑。

 旋律は、人々の捕らわれた心を解き放っていく。

 

「皆さん、誘導に従って! ほら、こっち!」

 コハクが叫ぶ。

 ユキも手を振って、混乱したままの人々に注目するよう促している。

 

 三万弱の人々が、どんどんと正気を取り戻し、誘導に従って移動を始めた。

 これだけの人数が慌てるでもなく、操るわけでもなく、恐れや怯えがないのは、優しい旋律のおかげだろう。

 

「お前らぁぁ……! 何をしたぁ!?」

 イースルールは激昂する。

 それは紛れもなくむき出しの感情だ。

 

「おい邪神。

 私に夢中になってるから、こうなるんだよ!」

 ミルの振り上げた切っ先は、再びイースルールに向けられた。

 

「貴様、本当に癪に障るやつだな。

 ……もういい、もろとも皆殺しだ!」

 刹那、イースルールは飛び上がる。

 文字通り宙に浮き、そして上空に留まると、人々とミル達を見下ろしながら魔剣を振り上げた。

「神罰を思い知るがいい!」

 魔剣ダロンの切っ先に、禍々しい黒い球体が生まれ、それは徐々に膨れ上がっていく。

 

 私は、そんな光景を、未だ遠巻きに眺めている。

 

「トウマ、すまなかったな」

 そうカルロさんは、トウマさんの耳元で囁いてから解放した。

 そして苦々しい表情でイースルールを見上げるトウマさん。

 

 そんな最中、ヨーコお嬢様が微笑み、そして告げた。

「さぁ行きますよ。ミランダ、ユング」

「うん、待ちくたびれた」

「へへ、だね」

 純白の軽甲冑姿のお嬢様方三人が、颯爽と歩み始めた。

 一体、何をするのだろう。

 

「あーっはっは、もう、どうでもいいわ。

 全部殺して後でやり直す。

 お前ら全員! 無惨に砕け散れるがいいわ!!」

 そうイースルールは上空で高笑いを響かせている。

 

「ああ、やってみろよクソ邪神が! 

 勇者の盾(ブレイブシールド)!」

 ミルの勇者技が発動した。

 それは、金色の輝きを持って広がっていく。

 空を覆うような半透明の天井を作り上げていった。

 私は、少しだけ地上に近づき、ミルの雄姿を眺め下す。

 

「ばーか! 学習しろよ。

 たかがスキル一つで止められるわけがないだろう。

 ……砕け散れよ、全部!!」

 魔剣の先端から大きく肥大した黒球体が放たれた。

 

「一つじゃねぇよ! 完全防御(パーフェクトガード)!!」

 カルロさんの英雄技も発動する。

 ミルの天を覆う障壁が強く、輝きを増した。

 

「それでも足りないといっているんだろ! ばーか!」

 イースルールは勝ち誇り、舌を出し小馬鹿にするように笑った。

 その間も大黒球体は緩やかに、そして徐々に勢いを増しながら落ちている。

 

「「聖なる盾(ホーリーシールド)!」」

 サシャさんとカノースさんの、二人の声がほぼ同時に響いた。

 そして聖女スキルも重ねがけされると、金色の天井に輝きの層が増した。

 

 そうかスキルは……、ううん、人の力は合わせることができるんだ。

 

「無駄だ無駄だ。

 これが神の御業だ。

 人間風情がこざかしい! はーっはっは」

 

完全防御(パーフェクトガード)よ!」

「もう一丁! 完全防御(パーフェクトガード)!」

「そぉれ!! 完全防御(パーフェクトガード)!」

 そこへ、三つの声が順に響く。

 そして、やっぱり颯爽と、戦乙女のごとく輝いている。

 英雄技。

 発動の元は、娼館三人娘、ヨーコお嬢様、ユングお嬢様、ミランダお嬢様だ。

 

「はぁ? 英雄がそんなにいるわけないだろう!?」

 声に、口調にはっきりとわかる。

 イースルールは明らかに動揺していた。

 

 ヨーコお嬢様が優雅な仕草で、片手を己が胸の前に出した。

「奇しくも同じ血を持っていたわたくしたちは、カルロさんの英雄をいただきましたの」

 ユングお嬢様、ミランダお嬢様が、ヨーコお嬢様の手に手を重ねて頷いた。

 新たにミルの障壁に重なる三つの力。

 障壁天井が爆発的に、そして美しい金色の輝きを増した。

 

「馬鹿な……」

 

「馬鹿はお前だ! 

 人間なめるな! 

 お前が解けなかったスキルの上書きの謎はな、私達が解いたんだ!」

 ノーマさんが吠えた。

 そして溜めに溜めた感情を爆発させるように、上空のイースルールに向かい拳を振り上げる。

 

 そして、最初はぽつりと、青年とも少年ともとれる年頃の、大公軍の兵士の一人からだった。

「俺も……! 【増幅(ブースト)】」

 

「【防御(ガード)】」

「【応援(エール)】」「【鼓舞(ハイテンション)】」

「【共鳴(レゾナンス)】」

 一人、また一人と、兵の中から両手を掲げるものが現れ、スキルが発動の光を放っていた。

 

「がんばれ!」

「がんばれ! 負けるな! 俺たちだって!」

「俺たちの力も!」

 そして後を追いかけるような声援が、今度は三万の人々から聞こえる。

 

 それは、やがて平原にいるすべての人々へと伝播(でんぱ)していく。

「大公殿下! 勇者様!」

「英雄万歳!」

「ヨーコさーん! ミランダちゃーん! ミルさーん! がんばれ‼ ユングさん!」

「レヴィ女王! カノース様!」「がんばれ! がんばるぞ! おぉぉぉぉぉ」

 

 一つ一つは、小さなものだったかもしれない。

 けれど、それらすべてはミルの力へ、勇者の技へと注がれていった。

 

 集まって、重なり合って。

 見える……。

 カルロさんの力強い光、ノーマさんの理知的な光、若い子たちの真っ直ぐな光……。

 一つ一つの色が重なって、ミルの輝きになっているんだ。

 みんなの心と気持ちと、技を一身に受け、ミル自身も金色に輝いていた。

 

 そして、ミルは絶叫した。

「全力全開!! 

 正真正銘! 

 これが人々の! 勇者の盾(ミンナノチカラ)だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 金色と大黒球が激突する。

『ドォォォォン』

 とてつもない爆炎が広がった。

 そして爆風は、平原を高速で舐めながら広がった。

 

 

 訪れた静寂。

 そして土煙も霧散していく中、イースルールは、ゆっくりと大地に降り立った。

「そんな、ばかなことが……」

 

 イースルールは眼前に、勇ましく立つミルの姿と、多くの健在な人々の姿を見ていた。

 人々の力が、神に勝ったのだ。

 

 刹那、トウマさんが背後からイースルールを羽交い締めにした。

「芹奈、待たせたな。

 ……ちゃんと送ってやる」

「お前、何を……。

 まさか、やめろ!?」

 イースルールはもがいた。

 だけど今のトウマさんは何があっても離れないだろう。

 たとえそれが神であっても。

 トウマさんから、ふつふつと湧き上がるような力強さは、ボコボコと音を立て、やがて……。

 

 トウマさんが告げる。

「葬儀屋のスキル、【荼毘】で、灰燼(かいじん)と化すがいい」

 突然、ごう、とイースルールは、青い炎に包まれた。

「ぎゃぁあああ、やめろ! 離せ! おい貴様!」

「もう、遅い……!」

「くそう、こんな体捨ててやる!」

 イースルールは強く激しくもがいた。

 芹奈さんの体から抜け出そうとしているのだ。

「な、なぜ出られない! 

 おい貴様! まとわりつくな! お前か……!」

 芹奈さんの体から抜け出そうとするイースルールの本体が一瞬見えた。

 その瞬間、青い炎の中へと何かに掴まれ、引き戻された。

 

「芹奈、君なんだな……、」

 トウマさんの呟きが聞こえた。

『トウマ、幸せになってね』

 イースルールの声とは違う。

 私と、トウマさんにはっきり聞こえた言葉。

 

 ――私の肺に空気が流れ込む。

 私の体が、生命が、躍動を始めたのだ。

 

 私は還ってきた。

「……マダム。少しだけ、待っていてくださいね」

 脈と力を失ったその手を、愛しい主を、私は万感の思いを胸に優しく撫でた。

 そして立ち上がり、青い炎に包まれたイースルールに向かう。

 

「これで、……本当に終わりです」

 

「「レヴィ!!」」

 みんなが私の名を呼んだ。

 

 カチ。

 【神意点到達:天頂(てんちょう)スキル:発動】

 

 私は踏み込み、拳を握り込み、イースルールの胸にただの一発。

 これは、マダムの、ミモザのみんなの力の代弁。

 そして、世界への反撃だ。

 

『ドスンッ』

 と、拳の先端をぶつけた。

 私達を中心に、世界がまばゆい光に包まれていく――。

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