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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
最終章 ドレイ神殺し
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47、 ネガイ

「ねぇねぇ、後何秒で死ぬのかなぁ?」

 

 あぁ、……反吐が出る。

 レヴィの心配よりも先に、アタシは邪悪な笑顔を睨みつけていた。

 

「聖女なんでしょ、レヴィを助けてよ!!」

 (つんざ)くようなミルの叫びが、アタシの胸を抉る。

 

 カノースもサシャも、既にありったけの魔力と術を注いでいる。

 それでもレヴィの傷は癒えず、むしろ回復したそばから傷が開き血が流れだす。

 邪悪な神の技が、生命力を際限なく吸い続けている。

 

「ミル……。これは呪いだ。いや正確に言えば、奴の持つスキル【神罰】なのだろうさ」

 そう、アタシは傍らのミルを一瞥、レヴィに突き刺さったままの剣の柄に触れた。

 

 二人の聖女の消耗は激しく、すでに限界だ。

 

 今、アタシがレヴィにできることなど、そう多くはない。

 だが……“なくはない”ことが救いだ。

 

「レヴィのためなら、私……」

 そうミルは言いながら、レヴィの背に生える剣の柄に手を置いた。

 ミル、やはりアタシと考えることは同じか。

 

「ミル殿、何か策があるのですか?」

 疲労の色濃い顔でカノースは、縋るような思いなのだろう。

 この聖女は、そこまでレヴィを慕ってくれているのだ。

 

「ねぇねぇ、早くしないとぉ、死んじゃうよぉ?」

 そして茶々を入れるような、忌々しいイースルールの声だ。

 あ、本当に反吐が出る。

 きっと煮えくり返るはらわたのすべてを、吐きつくしても収まらない怒り。

 それほどに、この邪悪そのもの神が憎い。

 

「くそ! 離せ!! あいつを殺す!!」

 トウマがわめき散らし、

「ダメだ、落ち着け、今は堪えろ」

 そうカルロは暴れるトウマを必死に捕まえている。

 トウマに比べれば、アタシは随分冷静なのだろう。

 

 冷静だからこそ、アタシは言った。

「ミル。お前がやろうとしてることは賛同できないよ」

「でも、これしかレヴィを救う方法はないの!」

 そんなことは私だって百も承知だった。

 

 だから……、

「それは私がやる。

 だが、あの邪神はきっと邪魔をしてくるだろう。

 だからミル、お前がアイツを止めるんだ」

「マダム……、でも、それじゃぁ――」

 アタシはミルの言葉を右手を上げて遮った。

 

 ミルだって、アタシの言葉が何を意味するかはわかっているだろう。

 これが一番可能性の高い選択なんだ。

 あとは、ミルが聞き分けられるかの問題だ。

 

「みなまで言うな。

 アタシの体では奴の攻撃を受けきることはできないからね。

 頼んだよ、ミル」

 アタシを見詰め、ミルが口を結んだ。

 この子は、聞き分けたくない気持ちを無理やり飲み込もうとしているのだ。

 ああ、この子にまで、こんな顔をさせて……アタシは本当にひどいやつだ。

 

「一体何を……」

 そうカノースが困惑している。

 無理もないが、今は悠長にいとまなどない。

 

「カノースさん、アタシを信じてくれ。

 サシャも、いいね?」

 サシャは聞き分けよく頷き、場所を譲るように退く。

 カノースも、しぶしぶその場をアタシに預けてくれた。

 

 ミルがアタシにレヴィを預けて立ち上がる。

 そして憂いの顔を捨て、勇者は邪神イースルールと対峙するべく踏み出した。

「頼むよ。ミル」

「はい、必ず……」

 アタシは左の二の腕でレヴィを支えながら、右手でレヴィに刺さったままの剣の柄を握った。

 

 奇しくもアタシと同じく、左手を失ったレヴィ。

 ほんとうをいえばアタシはこの子の強さに憧れていた。

 そして、この子にこそ【勇者】が与えられるべきだと思っていた。

 

「ねぇねぇ抜くの? 

 抜いたら死ぬよ? 

 死んだらそれを合図に皆殺しにするよ? 

 うふふふふ」

 

 本当に(おぞ)ましい笑みだ。

 アタシは、あの邪神を殺してやりたいと何度思ったことだろう。

 だが、よくわかった。

 その役目はアタシじゃないのだ。

 

「やってみれば?」

 ミルが剣の切っ先をイースルールに向けながら言い放つ。

「へぇ? まさか他に勇者がいたのは誤算だったけど。

 でも所詮は人。

 勇者の技なら私を“一時的”には倒せるかもしれないけど……。

 うふふ、私の攻撃はどうやって防ぐ気かしらぁ。

 弱虫クレア嬢は全力防御で腕を失った。

 私は全然力を出してなかったのに。

 うふふ、ひ弱よねぇ」

 

「一時的……?」

 

「あれぇ、知らなかったぁ? 

 勇者や英雄は、私の体は倒せる可能性(・・・)はあるけど。

 私、しばらくしたら復活するのよ? 

 だって神だもの。

 肉体の死なんて乗り換えればいいの。

 まあ、かといって面倒だからやられる気はないんだけどね?」

 

 ギリリ、とミルの歯噛みがここまで聞こえた。

「いいわ、だったら何度でも、何度だって八つ裂きにしてやる……」

「おぉこわ。後ろの3万人弱はどうする? 一緒にやるの? 勇者ちゃん」

「ええ、殺るわ。

 私は世界の勇者じゃない。

 親友の、レヴィのための勇者だもの」

 そうミルは、はっきりと断言した。

 それがミルの強さなのだ。

「お前……見どころあるじゃない。

 こっちにくる気はない? 

 世界をあげるわよぉ?」

「ええ、分かった。

 じゃあ今行くわ!」

 ドッ、と一瞬、土を蹴る音が響いた。

 そして次の瞬間、ミルはイースルールの眼前に現れ、剣を横薙ぎに振った。

 

『ギャァンッ』

『ギリギリギリギリッ』

 

 ミルの横なぎを、イースルールは自らの右腕で受け止めた。

 硬質化でもしたのか、金属が擦れるような音が響き渡る。

 

「お前、……なんの躊躇いもなく切り掛かってきたわね。

 腹芸一つなく。

 一番面白くないやつだわ」

 そう邪神は吐き捨てミルの剣を弾く。

 ミルはそのタイミングで後方に飛んだ。

「躊躇いなんてないわ。

 たとえ三万人が立ち塞がっても、絶対お前の首は刎ねてやる」

「ああ、お前はヤルだろうねぇ。

 そういう目だ。

 一番嫌いな目だ!」

 イースルールは肩を竦めた後、笑うのを止めた。

 

 そして全裸の椅子にしていた女性の首を掴んで立たせる。

 怖がる素振りもない女性の目は虚ろで、魂をどこかに置いてきたようにも見える。

 

「盾のつもり? 私は、やるわよ」

「だろうなぁ。

 だけどそうじゃなくて、これは……(さや)なの」

 イースルールは、女の口に手を突っ込む。

 文字通り喉の奥に手を差し込んだ。

 

 そして何かを握り、引き抜く。

 そして露わになったのは禍々しい幅広の大剣だった。

「これはね、魔剣ダロン。女を鞘にすることで力を蓄え、刃は自在に姿を変えるわ」

 イースルールは魔剣を振り抜く、すると禍々しい黒い霧が尾を引いた。

 

「えぐい手品でも見せられた気分」

 そうミルは吐き捨て、剣を構えると直ぐに踏み込んだ。

 

 ミルはあまりにも速く、残像を残しイースルールに斬りかかった。

 【勇者】を遺憾なく発揮している。

 

 

 イースルールは女を投げ捨て、ミルの刃を真っ向から、その魔剣ダロンで受け止めた。

 それを皮切りにに、アタシの目ですらとらえられない攻防が始まった。

 

 そしてイースルールの剣捌きもまた、あまりに速かった。

『――ギンッ ガンッ ギンギンッガンッ ――ギンギンッ』

 双方の剣が高速でぶつかった結果、火花だけ宙に残った。

 そして剣撃だろう音が、幾重にも響き渡っている。

 

「お前さぁ、この世界最強の剣士なんじゃないの?

 ほんと驚かせてくれるわっ」

 刹那、イースルールはミルを蹴り飛ばした。

 吹き飛ばされながらも、ミルは剣を地面に刺して踏ん張った。

 

 目を奪われるのもたいがいにしなくては。

 あの子が頑張っているうちに、やるべきことをするのだ。

「クレア大公殿下……?」

 そうカノースはやはり不安げな表情だ。

 

 だけど答えるまでもなく、見ていればおのずとわかるだろう。

 アタシはレヴィに刺さったままの剣の柄を握り、一気に引き抜いた。

 

 その瞬間、カノースが私に縋り寄る。

「そんなことをして本当に大丈夫なのですか!?

 ショックでレヴィ様が!」

 そんなことをして大丈夫なわけはない。

 これは奴隷の杭と同じなのだ。

 

「がはっ……」

 レヴィは激しく血を吐き出し、力なく腕が垂れた。

 

「レヴィ様が!! 

 クレア大公、貴方は一体、何をしているんだ!」

 カノースは、怒気を言葉に乗せアタシの襟首をつかむ。

 アタシが気でも違ったかと思っただろう。

 だが、これは必要な手順なのだ。

「黙って見てろ!」

 そうアタシは、降りかかる怒気とカノースを同時にはねのけた。

 

 アタシは、今まで何度も思ったさ。

 なぜ、この子をこんなに苦しめなくてはいけないのだろう、てね。

 そして、今もまたこの子を苦しめている。

「苦しい思いをさせてすまない……レヴィ。

 けど、もう一度だけ、アタシの願いを聞いておくれ」

 アタシは血の滴る剣を投げ捨てる。

 そしてたった今、アタシの腕の中で息絶えたレヴィを強く抱きしめた。

 

 

 ミルも今、戦っている。

 激しい鬩ぎ合いの最中、不意に二人の距離が空いた。

「ねぇ、クソ神様。

 知ってる?」

 そう言いミルは剣を杖代わりに息を整えた。

「うん? 

 何、クソ人間」

 イースルールは首を傾げながら、悠々と切っ先を大地に突き刺して不動の構え。

 

「勇者にはね、たった一度しか使えない究極のクソスキルがあるのよ」

「へぇ、どんな?」

「それはねぇ、とても尊い献身の心で死者を蘇らせるのよ」

「お前、何言っているかわかってる?

 この世界にはね、死者蘇生はないのよ。

 なぜなら蘇生するほどの魔力はね、人間という器では蓄えることができないからなの。

 わかるぅ?」

 

「だから! マダムは命を燃やすんだよ!!」

 ミルはアタシの分まで叫んでくれていた。

 

「そうだよ、レヴィ。

 起きな……!」

 アタシは愛しい我が子に語りかける。

 かつて、全てを捨てて逃げ出した臆病な姫君は、ここで終わりさ。

 だが、マダム・スカーレットは、最後までお前たちと共にある。

 

 そしてアタシは、生涯たった一度の、【勇者の献身(ネガイ)】を発動した。

 

 大平原に最初は一条、(まばゆ)い光が降り注ぐ。

 そして、天から何本も光が差し、光は幾重にも、幾重にも重なって、レヴィとアタシを照らしていく。

 

「レヴィ。さぁ戻っておいで。アタシの……可愛いレヴィ」

 そうだ、これでいいのだ。

 全てをお前に託してしまうけれど、……どうか許してほしい――。

 

 

 挿絵(By みてみん)

 

 

 ――確かに聞こえたんだ。

『アタシの……可愛いレヴィ』

 凍てついた魂に、陽だまりのような温かい声が染み込んでくる。

 そうだ、私はずっと、この声に呼ばれていたんだ。

 そうマダムが……、私を呼んでいる!

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