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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
最終章 ドレイ神殺し
52/55

46、 欺瞞ノ神。

「やっぱりお前は到達していたのね。……まさか神を脅す気なのかしら……?」

 イースルールは明らかにうろたえていた。

 

 

 私は肩越しに彼を呼んだ。

「トマス、来て!」

「レヴィ、ボクは何をすればいい?」

 そう傍らに控えたトマスに、私は極力笑顔で語りかける。

「トマス、貴方にしかできないことだと思う。いい? 私がイースルールを殺したら、私のもう片方の腕も切り落としてほしいの」

「レヴィ、何を言って……」

 そうトマスは濃く眉間に皺を寄せていた。

 これは絶対必要なのだ。

 無茶をいっているのも承知だから、極力私は笑むのだ。

 

「言葉のままだよ。

 ミルや、サシャさんや、みんながくれた未来を、私が壊すわけにはいかないから。

 そしてね、私が邪悪な者になってしまったら、その時は迷わず殺して。

 善悪の判断もつかないようなら、やっぱり殺して。

 おねがい、トマスにしか頼めないから」

 その瞬間だ。

 私の肩にミルの手がかかった。

「またレヴィだけが犠牲になるなんて、私は嫌よ!」

 

 本当なら、その手に、私の手で応えたい。

 だけど私には一つしかないのだから、しかたなく拳を握ったままの手でミルの手を撫でる。

「違うの、聞いてミル。

 私は死ぬつもりはないよ。

 あくまで邪神になっても私のままであろうとする。

 けど、もしダメだったら、その時は」

「その時? ふざけないで、そんなのダメ! 

 私はレヴィを絶対殺させない。

 例え邪神になっても、私が更生させてみせる。

 だからトマス、レヴィを殺そうとしたなら私がお前を殺す!」

 ミルはトマスの胸倉をつかむと、ぎりぎりと歯噛みしながら突き放した。

 

 突然、イースルールは椅子にした裸の女性から立ち上がった。

「レヴィ、邪神の衝動(しょうどう)に抗えると思うなよ。

 だけど、そこまでの覚悟をしたのなら……、

 話したいことがある」

 

「イースルール……?」

 見てわかるほど、明らかに先程とは様子が変わった。

 

 その変化に戸惑っていると、イースルールは俯きながら黒いヴェールをゆっくりと持ち上げた。

「スキルを使うには、肉体が必要なの。

 だからあなたという体が必要だったし、何より適合する条件が厳しいから、他を探すというわけにはいかなかったの」

 そうイースルールはうつ向いたまま小刻みに震えていた。

「適合する条件……ですか? それは、一体……」

「条件はさておき、貴方の体が欲しかったのは事実。

 でも、もう無理そうね。

 けどね、くく、やっぱりできる神ってね、保険をかけるものなの」

「え……?」

 

 イースルールは顔を上げた。

 白目までが黒く、いやらしい笑いを浮かべる彼女の顔は、どことなく趣の違う美しさを醸し出していた。

 

「!! ……芹奈(セリナ)の体を……貴様……」

 そう叫び、突然トウマさんが一直線にイースルールに向かって走り出したのが見えた。

 

 次の瞬間にはマダムが叫んだ。

「ミル、トウマを止めろ!」

「え?」

 驚いたのは一瞬だけ。

 ミルも突風のように駆け出した。

 

「昔ね、適合者を無理やり召喚したことがあるのぉ。

 オオザカ・トウマちゃんの恋人だったっけぇ? 

 あんまりラブラブだったから、二人してこっちに呼ばれちゃったもんねぇ?

 うふふふ、保存しておいてよかったぁ。

 あーっはっはっは!」

 そうイースルールは、仰け反るように笑った。

 

 保存とは、体のことだろう。

 なんて、ひどいことをするのだろう。

 これが邪神なのかと、芯から寒気がする。

 

 トウマさんの背に、追いついたミルが縋りつき、追いかけてきたカルロさんが押さえ込みながら言った。

「まて、挑発に乗るなトウマ!」

「離せ! 芹奈!! 聞こえるか! 芹奈ぁぁぁ!!」

 そう全身を震わせてトウマさんは叫び、押さえ込まれながらも無理やり前に出ようともがいている。

 そこへサシャさんがトウマさんの前に立ちはだかり、手を広げた。

「だめ、行っては」

「サシャ……! くそっ!! 芹奈ぁぁぁぁ!!」

 トウマさんの悲痛な叫びが轟く。

 私の胸が、ぎゅぎゅう、と締め付けられるように痛んだ。

 

 そんなトウマさんを指差し、あざ笑う邪神。

「聞こえるわけねぇだろ、ばぁぁか。あーっはっはっは。

 本当は違う形で、嫌がらせに使おうと思ったのよ。

 けどさぁ状況が状況だし? 

 ちなみに、この子の心はね、入念に念入りに、それはもう丁寧に、粉々に磨り潰したわ?

 ここまですると、転生もできないんじゃないかしらぁ。

 あぁ可哀想にぃ」

 

「ふざけるなぁぁ!! 貴様! 芹奈!! 芹奈ぁ!!」

 トウマさんの怒声はとめどなく噴き出している。

 

 サシャさんもトウマさんの行く手を阻みながら、その体は間違いなく怒りに震えていた。

「イースルール……、お前だけは……許さない……」

 

 私だってそうだ。

 許せない、許せるわけがない。

 そして、あの邪神を終わらせることができるのは、私だけなのだ。

 

 傍らでトマスが鞘から剣を引き抜いた。

「ボク、抑えられないかもしれない」

 傍らの幼馴染も怒っている。

 だけど、それは貴方の仕事じゃない。

「ダメ、トマス。

 挑発に乗らないで? 私がやるから」

 トマスに制止を促し、私は改めて邪神を睨みつけた。

「イースルール。

 やはり貴女はひどい。

 邪神とは、そんなにひどいことをする存在なのですか?

 それとも、貴女は元からそういう人だったのですか?」

 私は、拳を突き出したまま、一歩一歩と大地を踏みしめる。

 

 そしてもてあそぶような邪神のやり口に、私の怒りが頂点に達しようとしていた。

 

 カチ。

 【スキル【神殺し】対象:邪神イースルール】

 

 イースルールの視線が私を捉えている。

 笑みは消え失せ、無表情で冷淡な視線を私に向けている。

「まあ、そうね。

 ひどい奴だったかもねぇ。

 所でなぜ、ここでヴェールを脱いで見せたか。

 そして、こうして手のうちを見せているかわかるかしらぁ?」

 そう言い終えイースルールは口の端を持ち上げた。

「正直、わかりません。

 けど、わかってもたぶん、ひどいことですよね?

 だから聞かせてくれなくて結構です。

 これで終わりにしましょう」

 私は拳を握り込み、脇を絞めるように構えた。

 

 この状態に入ると、神はもう避けようがないのだと、感覚的部分でスキルが教えてくれている。

 

 これで終わる。

 地面を踏みしめ、また一歩近づく。

 イースルールを視界の中央に収め、あと十数歩。

 

「そうね、終わりにしましょ」

 そうイースルールも頷いた。

「観念したわけじゃないですよね。

 それは、一体どういう意味で――」

『ズブリッ』

 

「え?」

 不思議と最初は軽い衝撃だけで、刃の一端が私の胸からせり出した。

 時間が、引き伸ばされる。

 背中から私を貫く剣の熱。

 ゆっくりと私を指差す女神の歪んだ笑顔。

 そして、すぐ後ろにいるはずの、トマスの呼吸の音。

「あはっ」

 正面のイースルールは笑っている。

「すごくいい! 自然よ、トマスぅ。

 ねぇビックリした?

 私の演技どうどう? 

 ねぇ? 

 うふふふふ」

 

 そうか、そういうことか。

 スキルに捉えられた神は、もう避けることができなくても、神でなければ邪魔はできる。

 

 でも、どうして貴方が?

「ねぇ、トマス?」

 私は困惑していた。

 痛みはまだなくて、ただ背中から、胸を突き破りトマスの刃が私を貫いている。

 

 そしていやらしく笑う邪神は、私の背後を指差している。

「それ、お前をいじめてた頃から、私の下僕だったのよぉぉ。

 すっかり騙されちゃったわね。

 思わせぶりな演出でしたぁぁ。

 最高のタイミングでしょ!? 

 盛り上がって気分も高まって。

 うふふ、ズブリと」

 

「トマス………嘘、だよね?」

 鼓動と同じタイミングで現れ始めた痛みが、これは真実なんだと教えている。

 それでも私は、幼馴染を信じたかったのだ。

 

 私が振り返るとトマスは剣から手を放していて、両手で顔を覆うように悶えていた。

「ごめんねレヴィ。イースルール様に、嫁を殺されたときも、ボク、震えて射精しちゃったんだ。

 これは本当に格別なんだ……。

 うひ、うへへ、うひゃひゃひゃ、はーっはっはっははっは」

 そうか、彼も壊れていたのか。

 

 だけど、トマスの目は、泣いていた。

 

「心臓に突き刺さる呪いの刃。

 うーん、ドラマティックよねぇ。

 うふふっふ、はぁぁ」

 恍惚に顔を染めるイースルールが、女性の椅子に腰かける様子がはっきりと見える。

 色々が鮮明に見えていて、何もかもがゆっくりと感じられた。

 

「トマス、貴様ぁぁ!!」

 次の瞬間、私の視界の端で、閃光の如き刃が、トマスの首を胴から切り落とした。

「あーはっはっは……あへ?」

 それは、刹那のミルの剣だった。

 私の意識は、やっぱりすごく鮮明で、その光景がよく見えていた。

 

 トマスの顔は、笑いながらも、泣いていた。

 

 私の為に、ミルの猛烈な怒りは、烈火の如くトマスの首を踏みつぶし、踏みにじっている。

 トマスの体は、二歩三歩と不思議な動きをしてから、血飛沫を上げて地面に横たわった。

 

 そしてまた鮮明に、イースルールが呟くのが聞こえた。

「あっけない。ま、いいけどね」

 嘘だらけの邪神だが、本当につまらなそうだった。

 

 やがて私の体は、一人で立っていられなくなり傾き始めた。

 そんなところまではっきりとわかる程度に、私は、私自身を俯瞰している。

「レヴィ、ダメ、いや、血が、誰か! 誰かきて!」

 倒れ込む勢いは、途中で止まった。

 ミルが支えてくれたのだ。

 

「それって何とかなるのかしら? 

 奴隷の杭と同じよ。

 ただ少しばかり大きすぎるから、まあ死ぬでしょう」

 やっぱりイースルールは楽しげにいって、いやらしく笑っている。

 

 駆け寄ってきたカノースさんが

「ヒール! グレートヒール! リジェネーション」

 連続で、唱えている。

 私は、他人事のように詠唱を聞いていた。

 魔法を注がれるそばから、私の体からは命がこぼれおちていく。

 

「ねぇカノース。

 お前、こっちに戻ってこないの?」

 問いかけも遊びのように、イースルールは笑っている。

「……、願い下げです。

 貴女にはもう屈しない。

 私の主はレヴィ様ただお一人」

「あっそ、義理堅くなったのねぇ。

 もう死ぬよ? それ」

「うるさい!!」

 

「 |Greater Salisグレータ・サリス  Regenora(リジェノラ)

 優しい声と、命の源が、サシャさんから注がれ始めた。

「耐えて、レヴィ!」

 ありったけの回復を、私へと注ぎながらサシャさんの慟哭が聞こえる。

 でも、私にはもう声を返す力はなくて。

 

 ……ごめんなさい。

「かはぁっ」

 鮮やかな赤色が、私から吐き出された。

 そんなところまで、あまりにはっきりと見えていて残酷だ。

 

「お前の最後、少しだけ見ててあげる。

 で、終わったら、お前たち全部殺すから。

 うふふ、あはは、はーっはっはっは。あーっはっはっは」

 本当に騒がしいと、私はイースルールを眺めていた。

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