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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
最終章 ドレイ神殺し
51/55

45、スキル神殺シ

 夜が明けきらないうちに、私たちを乗せた軍船はテンピン近郊の港に到着した。

 そして石造りの立派な桟橋に降りると、そこで私はとうとう再会した。

 

「マダム……」

 目の前には深紅のドレスの麗しき私の主がいる。

「お帰り。また綺麗になったね、レヴィ」

 マダムは包み込むように、残された右腕で力強く私を抱きしめてくれた。

 変わらない暖かさと心地よさを感じる。

「そんなこと、私なんて全然……それより――」

「相変わらずだね、ほら、みんなもいる」

 言いたかった言葉は難なく遮られた。

 そしてマダムが視線が示している。

 

「「姉さん!」」

 十五歳組のアキとユキは、めいっぱい手を振りながら。

 

「レヴィちゃん。」「よっ!」「お帰りなさい。」

 娼館のお嬢様方は、立派な騎士姿、純白の鎧で見違えた。

 

 そして騎士団長になったカルロさんは、あの変わらない感じで笑ってた。

 仮面のレリンさんも、小さく手を振りながら微笑む。

 

「お帰りなさいレヴィ。そして、いらっしゃいませ女王陛下」

 そう知的で勇ましい姿の、私の先生は(うやうや)しく頭を下げた。

「……ノーマさん」

「ふふ」

 

「ふえぇ、あは」

 聞き慣れない声に振り返ると、トウマさんが抱いた赤ちゃんをサシャさんへ手渡すところだった。

 そしてサシャさんは赤ちゃんを見せながら私へと微笑んで言った。

「この子がレヴィだよ。レヴィ」

「レヴィ。ありがとう」

 そうトウマさんにも、改まった様子で言われ、私は小さく首を横に振って応えるのがやっとだった。

 目頭が熱い。

 

 夢にまで見たみんながいる。

 だけど、浸っている時間はない。

 

「お取り込みのところ、申し訳ございませんが大公殿下。

 私はカノースと申します。

 まずは状況の確認を」

「ああ、すまない。

 貴女がイシスの大司祭カノースさんか。

 ではイシスの皆さんもこちらに」

 そうマダムは私の肩に温もりを残したまま、その手が行く先を指示した。

 

 

 ――天幕の下、大円卓に地図が広げられている。

 

「イースルールの軍勢は約三万。それに対し我が大公軍は二千。イシスの兵を合わせても三千。敵軍は今、進軍を止め、ここカリデ平原で布陣しています」

 かつり、とノーマさんが指揮棒で盤上の地図を叩く。

「ふむ、イースルールはなぜ、そこで足を止めた?」

 難しい顔でカルロさんが腕を組んで言った。

 

 すると今度は、マダムが顎に手を当てて首をひねりながら言った。

「確かに。イシスとの合流前に攻め込めるだけの速度はあったのに、カリデ平原で足を止めている。

 むしろ合流させたかったようにすら思えるんだが」

 

「長引けば不利になるのはイースルールでは? そもそも三万という兵力が馬鹿げてる」

 そうカノースさんも首を傾げている。

 軍事的なことはよく分からないけれど、三万という人数がいかに異常かということは私にだってわかる。

 

 その時だ、激しい馬の(いなな)きの後、息荒く伝令が駆けこんできた。

「大公殿下! イースルール軍より会談要求です!」

「場所は?」

「カリデ平原です!」

「三万の兵がいる場所で会談だと……?」

 天幕中がざわめいた。

 

「会談に応じなければすり潰すぞ。

 とでも言いたいのか……」

 そうマダムの表情は苦々しくも、笑っていた。

 

 そしてマダムの視線が私に向けられた。

「なぁレヴィ。

 奴は確実に、何か企んでいるだろう」

「でも、“行く”、ですね」

 私は視線に頷いた。

 

 

 ◇◆

 

 ――カリデ平原、まさに一望千里だ。

 広い大地の中央、イースルールの軍隊三万が隊列をなしている。

 そしてその最前列。

 イースルールは黒いヴェールと漆黒のドレスに身を包み、裸の女性を椅子代わりに腰かけている。

 

 なんて悪趣味な光景だろう。

 三千の兵を率い、私たちは声が届く程度の距離で前進を止めた。

 そしてクレア大公の将たち、つまりミモザの面々と、私たちイシス王国の、騎士隊長トマス。

 そして大司祭カノースが先陣に立っている。

 

 睨み合うような両軍。

 第一声はイースルールから放たれた。

「やぁ諸君。久しぶりねぇ。元気だったかしら?」

「……」

「何かいうことはないの? あぁ悲しぃ」

 イースルールは女性に腰掛けたまま、大げさに嘆くような、演技がかった仕草で肩を竦めた。

「これだけの兵を見せつけておいて。

 ……要求とは?」

 マダム、クレア大公が問いかけた。

 

 私たちが見守る中、イースルールとの対話はクレア大公に委ねられている。

「勇者と英雄。

 あとはイシスの女王と聖女を差し出してくれる?

 要求は、たったそれだけよぉ?」

「断る。

 と言ったら三万の兵で襲ってくるわけか」

 クレア大公の鋭い眼光がイースルール睨みつけた。

 イースルールの表情は、ヴェール越しにいやらしく笑っている。

 

「三万の兵ねぇ。

 何を勘違いしてるのやら。

 いいわ、教えてあげる。

 最前列、張り切って前へ」

 イースルールの一声で三万の兵の最前列だけが前進を始めた。

 そして最前列はイースルールを綺麗に避けて、そこで直ぐに止まった。

 

「じゃあ、開始!」

 イースルールが指を鳴らす。

 まるでオーケストラの指揮者のように。

『ザシュッ』

 目の前で起こった光景の意味が私には理解できなかった。

 私を含め、みんなが絶句していた。

 最前列の兵は、全員一斉に自らの剣を抜き、自らの首を刎ねたのだ。

 

「何が……?」

 私は無意識に声を漏らしていた。

 

「これね三万の兵じゃなくて、一般市民なのよぉ。

 というわけで、はい注目。

 ここに三万人の人質兼生贄がいます。

 敵国の皆さん、どうぞ存分に殺してちょうだい。

 うふふふ、あ、出来ないなら代わりにやろうか?

 特等席の皆さんのためにぃ」

 

 イースルールは血飛沫を浴びながら、ヴェールの奥で笑っていた。

 

「クソ外道が……」

 そう呟いたのは、多分兵士のうちの誰かだ。

 私だって、目をそむけたくなるほどひどいと思う。

 私だけじゃない、きっとみんながそう思っている。

 

「これに何の意味がある……!」

 そう唸ったのはカルロさんだ。

 強く握りしめたカルロさんの拳が、ぎりぎり、と音を立てている。

「んー、意味? しいていうなら嫌がらせ。

 因みに餌も与えてないから、そのうち死ぬかもぉ?」

 

 あの邪神は、なぜ、こんなことをして笑えるのだろう。

「貴女は、命を何だと思ってるんですか……」

 胸が苦しくて張り裂けそうで、気づけば、そう言って私はイースルールを睨みつけていた。

「え、なんとも思ってないけど?

 元はと言えば、お前が抵抗しなければ、こんなことにはならなかったのよ?

 ほらやめてほしいなら懇願なさい。

 奴隷らしく」

 

 私は踏み出した。

「レヴィ!」

 ミルが叫ぶ。

 そして私の横へと駆けて来た。

 ミルは、とても不安そうな顔をしていたから、私は微笑んで見せる。

 そして、

「大丈夫だよ」

 と、ゆっくり頷いて見せる。

 

 息を大きく吸い込み、怖気(おじけ)そうな自分を奮い立たせる。

「イースルールさん、貴女は、私に、昔の自分を見てるんじゃないですか?」

 ヴェールの向こう側で、邪神は確かに眉をひそめていた。

「……」

 

 私は、一つ残った歪な拳を持ち上げる。

「昔、人だった貴女は、【神殺し】で、【邪神】になったのではないですか?」

 

「……だから?」

「もうやめて下さい。

 このままやめてくれたなら、貴女を神と認めます。

 そして忠誠を誓います。

 だからこの戦争を終わらせてください」

「レヴィ!」

 ミルの叫びが、私の背中にぶつかった。

 私は持ち上げた右手でもってミルに制止を促した後、改めてイースルールに私の武器を、拳を差し向ける。

 

「わかった、と言うとでも? ……私が欲しいのは、お前だけじゃないのよ」

「声、上ずってますよ。

 動揺してるんですか?」

「笑わせるな……動揺など……」

「なら嫌だと言えばいいじゃないですか。

 そしたら、今度は私が貴女を殺して邪神と成りましょう」

 かつて自分がそうだったように、この女神は、私のスキルを何より恐れている。

 これが、私の最後の賭けだ……。

 

 カチ。

【【神殺し】発動しますか? >>>はい  いいえ】

 

 カチ

 【はい】

 【神殺し:発動準備完了】

 

「やっぱりお前は到達していたのね。……まさか神を脅す気なのかしら……?」

 イースルールは明らかに狼狽(うろた)えていた。

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