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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
最終章 ドレイ神殺し
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41、 ウネリ

 ――古都テンピン。

 永世中立都市として知られるこの古い都は、かつてこの都市を救った勇者の名に由来している。

 しかし、そのことを伝える者はなく、ただ過ぎ去った過去として風化していた。

 

 

 前大公ユリウス・テレース死去の際、直参貴族中、最高爵位だったモンデ・シーゲルト伯爵が領主の地位を預かって二十年余。

 突如、モンデ伯爵は領主の返上を宣言した。

 その理由は、今は亡き前王エミネムの孫娘にして、大公ユリウスの長女であるクレア・テレースが帰還したからだ。

 

 

 そして今日、アタシはテレース大公領復活を宣言する。

 

「中立と言っても、自治権を放棄したわけじゃないのだから、しっかり守ってね? 騎士団長殿」

「うわぁ、マジかよ。緊張するぜ、主席参謀殿?」

 領主の館、その中庭には煌びやかな騎士たちが数十人の隊列を組んでいる。

 そして、それを統べる壇上の男、カルロ・ロット。

 そして彼に笑いかけるノーマ・デュボアの姿がある。

 

 館の中二階バルコニーからアタシはそれを眺め、

「こほんっ」

 と、咳払いを落とした。

 

 カルロは、直ぐに姿勢を正す。

「クレア大公殿下へ、騎士の忠誠を掲げよ!」

 号令と共に騎士たちは、剣を胸の前で持ち上げた。

 

 なかなか壮観な眺めだ。

 そして赤髪が映えるようデザインされた煌びやかなドレスにマントを纏い、眼下に手を上げ応えるアタシ。

 掲げられた剣の切っ先が冬の陽光を反射して、無数の星のようにきらめいた。

 カチン、と騎士たちが剣を鞘に戻す硬質な音だけが、静まり返った中庭に響き渡る。

 

 背後には、純白の軽鎧に身を包んだ、ヨーコ、ユング、ミランダ、娼館三人娘が控えている。

「これで、一通り体裁は整ったね」

 そうアタシは肩越しで視線をヨーコへと向けた。

「殿下、体裁だなんて。他人に真似のできないほど立派なものだと存じますわ」

 とヨーコは穏やかな笑みをアタシに返した。

 

「てかぁ、良くこんな場所で談笑できるよね、私なんて緊張で手汗やばい」

 ひきつった笑顔でいうミランダ。

 するとつられるようにユングも肩を竦める。

「ヨーコ姉はさ、緊張とは無縁なんだよ。はぁ、これだからナンバーワンって奴は……」

 

「こら、二人ともシャンとしな。笑われるよ」

 アタシは振り向きついでに笑ってしまう。

 

「笑われたほうが気が楽ですよ? って、もうマダム笑ってるし」

 と、ミランダが大げさに地団駄を踏んだ。

「ミランダ……。アンタのせいで目立つからやめて……」

 ユングが肘でミランダをつつく。

「ひぃ」

 とミランダは息を漏らし、皆の注目を集めていることに委縮した。

 

 

「おいおい、上の三人娘は何をやってんだ?」

 カルロが半眼、頬を掻きながらこちらを見上げた。

「いいんじゃない? あの子達らしくて」

 ノーマも微笑んでいる。

 

 騎士たちも皆、様子を見てなごんでいる様子だった。

 

 ◇◆

 

 

 ――大公領復活宣言から、しばらくが過ぎた。

 アタシの書斎。

「イシス王国の状況は?」

 アタシは机の前に立つホークに問いかける。

「大規模な奴隷政策を行ったようだ」

「ほう、どんな?」

「コハク、書面を」

 ホークは傍らの小柄な姿、コハクへと声をかける。

 するとコハクが書面をホークへと差し出し、ホークが受け取るとそれをアタシの前に広げた。

 

 コハクは、今やホークの右腕としてその能力を遺憾なく発揮していた。

 騎士の一部ではコハクのことを、『ホーク(タカ)』にちなみ、傍らにいる『スワロー(ツバメ)』と呼んでいる。

 

「これは凄い」

 アタシは書面の内容に素直に感動した。

 

「ああ、この政策の裏側にある理念は、まるで……」

 そう言うホークの視線に私も頷く。

「ああ、ミモザだ」

 

「あの、やっぱりレヴィ姉さんなんじゃないのかなって」

 コハクが遠慮がちで、ホークに隠れるように言った。

 

 愛らしいツバメの様子とその内容に、アタシの顔は自分でもわかるほど緩んでいる。

「かもしれないね。だとしたら、こんなに嬉しいことはないよ」

「だが、ここまでが罠という線も捨てられん。

 俺が使う情報屋からの報告では、イシス周辺のいくつかの街で、不審な軍の動きも確認されている」

 冷静なホークらしい考察の声が差し込まれた。

 それに関しては、アタシにも思うところがあった。

「あの邪神は、喜ばせて落とすタイプの鬼畜だからな」

 どうしても、その線は捨てきれないのだ。

 

「何にせよ使節団を送ろう。

 最悪の事態も見越して最強の騎士に向かってもらう」

 アタシは書面を丸め、燭台の炎で火をつけると灰皿に置いた。

 書面は端からオレンジの炎を上げ、灰になっていく。

 

「イシス側が使節団を受け入れた場合だが、いざとなれば、そこで仕留めると?」

 ホークの視線がアタシをまっすぐにとらえ、そして問い掛ける。

 

 そんな様子を視界の端に、アタシは紙に広がる炎を見つめながら答えた。

「ああ」

 

 炎が消え、一筋の煙が上がる。

 そして灰は人が背を向ける程度の、一縷の風に煽られて崩れた。

 

 ◆◇

 

 ――同月。

 密偵の知らせで、アタシは多くを知ることとなった。

 

 長く王の不在だった王都は、新たに王都イースルールと名を改めた。

 そして『四国(よんごく)を治める王座に在るは、女神である』と、女神イースルールの降臨が周知された。

 

 女神の直轄統治。

 黒い艶やかな髪に、漆黒をぬりこんだようなドレス。

 そして白目までが黒い。

 女神イースルール。

 人々は狂ったように歓喜した。

 

 経済は狂ったように回り出し、狂ったように人々は動く。

 そして民は狂ったように女神を称えた。

 

 それはまるで、何かに憑かれたように。

 あるいは悪しき風習の奴隷のごとく。

 女神イースルールの世界が、(くる)(くる)と回り始めたのだ。

 

 

 アタシは、テンピンの港から一隻の軍船を送り出した。

 イシス王国へ、【女王レヴィ】への使者を送ったのだ。

 

 

 世界は、今、三国に分かたれている。

 狂気の大国(イースルール)

 叡智の古国(テレーズ大公領)

 慈愛の王国。(新生イシス)

 後に、こう呼ばれる三国は、今、不自然な程、静かに見つめ合っている。

 それは、俗にいう『嵐の前の静けさ』なのかもしれない。

 

 砂粒を踏みしめる音のようにかすかに、そして確かに。

 ぎゅうぎゅうと(ひし)めくような時代のうねりは、人々と多くの思惑を飲み込んでいく。

 挿絵(By みてみん)

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