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38、 ハン撃の時

「トマス・ルルーリ隊長が間もなく到着されます」

 玉座の私に伝令が告げた。

 

「下がってよい」

 脇に控えたカノースが一言。

 伝令は一礼の後、玉座の間から重厚な扉を押して出て行った。

 

「ここのエースだっけ? トマスなにがしって」

「は、トリプルホルダーの英雄技持ちでございます」

「へぇ。英雄持ちはそこそこいるけど、トリプルねぇ」

 カノースの言葉に、自然と私は笑っていた。

 

 

 噂をすればだ。

『ギィィィィ』

 ちょうどいいタイミングで扉が開かれた。

 

「国境守備隊長トマス・ルルーリ、ただいま参りました」

 トマスは進み来て、玉座の私の前、ほどよい距離を置いて片膝で控えた。

 

 私は肘置きに頬杖をつき、片手で控えた男に手招きを向ける。

「隊長くん、前にいらっしゃい」

「はっ」

 立ち上がると、トマスは一歩一歩と前に進み出る。

 

 そして、玉座のわずか手前まで迫り、一段上の私を見上げた。

「陛下、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「女王を差し置いて臆面もなく問うの? ふふ、いいわ。何かしら?」

 私は頬杖を解き、組んだ足を下ろす。

 そして玉座から立ち上がった。

 

 トマスは、私を見上げながら堂々と言った。

「一つは、妻はどうなったのでしょうか?」

 

 控えたカノースに私は小首を傾げる。

「カノース、妻って誰?」

「は、ウインザブル辺境伯のご息女のことかと」

 カノースは一歩出て問われた言葉に答えると、一歩下がる。

「ああ、うん。ごめんねぇ。死んじゃったかなぁ、おぼえてないけど」

 微笑みながら手を合わせ、私は些細な感じの気軽さで謝罪。

「非常に残念です」

 トマスの肩が、わずかに震えるのが見えた。

 

「もう……一つは、陛下は、ボクをご存じないですか?」

 トマスは、微笑んでいる。

 私はさらに一歩前でた。

 そして顎に手を当てて、じっくりとトマスの顔を覗き込む。

「うーん、顔を覚えるの苦手なのよねぇ。どっかで会った?」

「ご存じないと……、わかりました。では、最後に……もう一つお聞きしますね」

 私も微笑む、首をわずかに傾けながら。

「ほんと豪胆ねぇ。何かしら?」

 トマスから笑みは消えた――。

「お前、誰だよ」

 と、眉間に皺を寄せ、私に言い放った。

 

「あ? ……はは、おもしろ。

 くくく、ふふ、はーはっははは。

 こいつ、今なんて言った? 

『お前、誰だよ?』って言った?」

 一瞬呆気にとられたが、最高に笑える。

 

『シュンッ』

 次の瞬間、私の左腕が飛んだ。

 トマスの抜刀はそれほど早く、私が反応するより先に斬撃を見舞ってくれた。

 

「これはすごい。今までで一番の使い手じゃないの? お前」

 私は飛んだ左手を一瞥。右手を差し向ける。

『ドンッ』

 と、空中で爆発を生み、トマスを壁までぶっ飛ばす。

 

 いや、むしろトマスから飛んだようだ。

 トマスは器用に、私の動作の一瞬前に防御を発動して避けたのだろう。

 

「レヴィのことをな、ボクはずっと探知(さが)してたんだよ」

「で?」

「一度、範囲外でわからなくなって以来探知できてない。

 つまり、お前はレヴィじゃない。

 ……お前なんかに、レヴィの体を好きにさせてたまるか」

 

「気持ち悪い奴だなぁ、ずっと追っかけてたの? 正直、引くわぁ」

 私は肩を竦め、落ちた左腕を拾い上げた。

 

「わざわざイシスに差し出して、危ないところを助けるつもりだったのに、台無しだ!」

 トマスが怒声をぶつける。

 

「お前の作戦なんて知るかよ。まあいい、カノース、直せ」

 背を向けたまま、私はカノースに左手を差し出した。

 

「……」

「カノース?」

 

聖鎖拘束(ホーリーバインド)‼」

 肩越しに視線を向けると、カノースは突然、私に両手を差し向け叫んだ。

 叫びの瞬間、光の鎖が現れ、私にぐるぐると絡みついてくる。

 

「まあ、そろそろかとは思ってたけどさぁ」

 ギチギチと、鎖が私を締め上げた。

 

「おい、トマス・ルルーリ! こいつを()れ!! 英雄技ならこいつを()れる!!」

 カノースが叫ぶと、トマスは剣を構え、そのまま私に向けて駆けだした。

 

「英雄技、大地斬刻(グランドスラァッシュ)!!」

 トマスの横薙ぎ一閃、巨大な刃風が可視化して、私に迫ってきた。

 

「判断も早いし、いい威力ではある。だけどぉ、“それ”じゃないなぁ」

 刹那で光の鎖が砕け散る。

 迫る風の刃に対し、私は右手に持った()()を、剣でも振るうかのような動作でぶつけた。

 

「ギィィィン」

 金属がぶつかり合うような音と共に、風の刃は衝撃と共に掻き消えた。

 

「あぁ、腕をだめにしちゃって、可哀想に」

 私はボロボロになった左腕を放り捨てる。

 

 トマスは、技をかき消されたことに、わずかに動揺している様子だった。

 そして剣を構えたまま、私を睨んでいる。

 

 だが、トマスに構わず私は振り返った。

「やっちゃったねぇ、カノース。どうしよっかぁ?」

 カノースに向かい、私は懺悔の時間を与えるように、ゆっくりと歩き出した。

「ひっ……あの……、」

「命乞い? たぶん助かる可能性は薄いよ。とりあえずいじめようかな」

 

『ドォン』

 カノースの腹部に、私の右手をめり込ませた。

「おげぇぇ!」

「大丈夫大丈夫。まだ死なない」

『ドォン』『ドォン』『ドォン』『ドォン』

 私は、カノースの腹部に何度も拳を叩き込む。

 特に技ではない、ただただ重い拳だ。

「うげぇぇ、がぁぁぁ、ぎゃぁぁぁ、ひぎぃぃぃぃ」

 

 その時だ。

「スラァァッシュ!!」

 背後からトマスが剣に光を纏わせ、斬りかかってきた。

 そのタイミングで、私はカノースの首を掴みトマスに投げつけた。

 重力を無視してカノースの体を軽々と飛ばす。

 そして剣を振り上げた状態のトマスに直撃。

 二人とも壁まで飛ばしてやった。

 

「はぁ。勿体ないけどしかたない。お前たちは生かしておきたかったのになぁ」

 痛みに顔を歪めながら、のしかかったカノースを退けるトマス。

 カノースは痛みよりも、恐怖に震えあがっているようだ。

 

 

 二人の眼前にまでゆっくり歩み寄り、私は見下ろす。

(見下ろしている私の視線)

 

 私は拳を振り上げる。

(私が拳を振り上げている)

「神の御業ってやつ、身をもって体感してみる?」

 

「くっ」

 トマスが身構える。

「ひぃ、おた、おた、お助けください!」

 カノースは相変わらず滑稽に、頭を抱えた。

 

「じゃあ、行くわよ、最初は足とか、吹き飛ばそうかしら、せーの」

『ドゴっ』

 

「!?」

 トマスの困惑した顔が見えた。

「あへ?」

(私の体を乗っ取ったイースルールも、理解できていない一撃)

 何故だ? 

 突然、私の振り上げた歪な拳が、思いっ切り私の頬を殴ったのだ――。

 

 

 

 ――窓の外を見られなかった弱い自分を捨て、私はチャンスをうかがっていた。

 

 客観的に、あの牢獄の窓から眺めながら。

 絶望の先に光明を見出した時から、私はこの時を待っていたのだ。

 耐えて耐えて耐えて、耐え抜き、そして今、私の精神は攻勢を仕掛けた。

 

 私の歪な右手の拳に、何故か、力が(みなぎ)っている気がする。

 

 精神世界の牢獄の壁を、私は強い精神力でもって殴りつけた。

 砕けると信じた。

 この壁は砕けるのだ。

『うわぁぁぁ!!』

 そして、私の精神を乗せた拳が、壁を叩き砕いた。

 精神世界に光が差し込み、その瞬間から牢獄の窓ではなく、私に世界が戻ってきた。

 

「これは、私の体だ!」

『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』

 私が、私を殴り続ける。

『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』『ドゴっ』

 

 片手がないから避けようがない。

「ちょ、まて、おい、うげ、ぐあおおい! くそ」

 ――女神の声に、私の声が混じって響いた。

 周りからは、どう見えているかは分からない。

 

 私は我慢比べならぜったい負けないっ。

 私の“輪郭”がぶれる。

 私の拳が私の顔を殴るたび、私から、私の姿とは違う影が押し出されかけている。

 

『ドゴォォォォっ』

 そして最後に渾身の一発。

 私の体から、黒髪の、白目までが黒い邪神イースルールを叩き出した。

 

 そしてゴム毬のように、イースルールは弾みながら壁に激突した。

「くそがぁぁぁ、なんでお前が邪魔できるのよぉぉぉぉ!!  レヴィィィィィィ!!」

 激昂する邪神イースルールは、正気を失ったように吠えながら暴れ始めた。

 そして城が揺れる。

 

 多分、私の顔はひどいことになっているだろうけど、そんなことは後だ。

 私は、片手で扉を指さす。

「トマス、逃げよう」

「レヴィ、なの?」

「そうだよ! 時間がないの、ほら貴女も!」

『パンッ』

 私は、片方しかない手で、カノースの頬をひっぱたいた。

「ひ、は、はい!」

 揺れる城、暴れ狂うイースルール。

 チャンスは今しかない。

 私達はその場を逃げ出した。

 

 私達が城外へと飛び出した直後、

『ガラガラガラ』

 と、激しい音と共に城は崩れ去った。

挿絵(By みてみん)

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