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37、 ミルの決イ

「ねぇカノース。ちょっと教えてよ」

 玉座に腰かけ、私はカノースに足の爪を磨かせながら問いかける。

 私の足の爪をつや立たせるカノースは、

「は、何なりと」

 と、相変わらず従順さをアピールしていた。

 

「イシスって、なんで奴隷狩りしてたのかしら?」

 爪を磨くカノースの手が一瞬止まった。

 

「いえ、奴隷は、前世の業を背負った結果ですので……」

「うんうん、で、本音は? スキル探し? あー、もしかして、“知ってる”の?」

「……、あの、し、知ってるとは……、なんのことでございましょうか」

「ああ、そういう感じ? そうかそうか」

 私はカノースの髪を掴んで引き寄せる。

 そして彼女の頭を私の膝に乗せ、猫でも撫でるように髪から首筋へと指を這わせた。

「この穴、詰まってるのかなぁ。よく聞こえるようにしてあげようか?」

 と、耳の稜線を爪の先で引っ掻く。

「ひっ、あ、あの、はい、スキルを探していました。そ、それと、スキルの上書きの研究を……」

「あれれぇ、知ってるの? って聞いただけだよぉ? へぇ、スキルの上書きねぇ」

 わかりやすくうろたえるカノースの頭を膝の上から落とし、私はつま先をぐいっと差し向けた。

 カノースは慌てて私の足を支え、再び磨き始める。

「申し訳ございません……、どうか、お許しを」

「あら、怒ってないのよぉ? 

 けど、次は聞かれたらすぐ答えるのよ? 

 さもないとお耳の穴、増えちゃうかも? ふふふ」

「は! 御身に誓って!」

 カノースは大げさに、足の指に顔を寄せて、さも丁寧に磨いている様子を演出しながら奉仕を続けた。

 この女は本当にもてあそぶのに丁度いい。

 

「いい子ねぇ、じゃあ伏せ。ご褒美よ」

「感謝いたします」

 言えば、すぐにカノースは四つん這いになって、私の足の指を付け根から丁寧に舐め始めた。

 

「ふーん。しかし上書きねぇ。以前、研究している男がいたけど、成功率は精々四割といったところだったわ……、ねぇ、カノース、お前の所はどうだったの?」

「四割でございますか、それはすごい。イシスでは、二割ほどでした」

 カノースの話を聞くかぎりイシスの技術はそこまで高くはない。

 

 少し遊んでやろうと、今度は私から腰を曲げ、唇を近づける。

 ふふ、この女の恐怖の匂い……甘くて最高ね。

 私はカノースに息を吐きかけながら囁いた。

「お前は貴重な【聖女】持ちだからなぁ、ベースにするにはもったいないからなぁ」

 

「あ、あの、ベースとは一体?」

 と、カノースは興味津々といった様子で問いかけてくる。

「うん?」

「あ、いえ! どうか下僕めにお教えください!」

 カノースは床に頭を付け、教えたとおりの懇願のポーズを取った。

 ふふ、従順ぶってるくせに、地が出ててほんと笑える。

 

「仕方ないなぁ。後ね、誰が止めていいと言った?」

 カノースは慌てて私の足に手を添えて、丁寧に舐め上げを再開した。

 

「女神イースルール様はね、信者のスキルを置き換えることができるのよ。

 勿論、失敗なんてなしでね、すごーい。けど、さすがの神様も無からは無理。

 何かしらの素材は必要なのよぉ? ね、わかったでしょ? だからそのベース。

 けどなぁ、知るかぎりカノースを含めて、【聖女】系は二人しか知らない。

 しかもダブルホルダーで、野獣系スキルも同時に扱える【デュアリス】なのよね。

 ベースにするには具合が悪いのよねぇ。まあ、生きてればだけど」

 

 カノースは一心に足の指を舐めているようで、その実、しっかり聞いている。

 演技だってバレバレなのに、本当に面白い。

「あとね、本当は勇者系や英雄系を始末しないとぉ、まずいのよねぇ」

 と、私が思わせぶりに零したら……。

「あの、まずいとは?」

 ほら、カノースはやっぱり問い掛けてきた。

「あは、わかりやすい。お前、興味津々じゃない?」

 私はカノースの口の中へ、足の親指を押し込んだ。

「おえっ、うぐぉぉ」

 カノースは苦しさから逃げようと仰け反り、そのまま背中から倒れ込んだ。

 えずくカノースに、私はさらに足の指をねじ込む。

「スキル熟練度がね、ある一定の所に到達するとね、女神でも倒せるんだよ。英雄や勇者はね。ふふふ、教えた意味よく考えてねぇ? それともぉ知ってた? ねぇ知ってたんじゃない? ふふ」

「おえぇえ、おゆるしくだは……」

「わからないわ。なんて? ふふ、あははは」

 私は、カノースをそのまま踏みつける。

 この“有益な”情報を知ったカノースは一体どうするのかしら?

 ふふ、楽しみ。

 

 

 ◆◇

 ――古都テンピン郊外。

 

 旧テレース大公屋敷は、主の死去から長いあいだ買い手がつかず、空き家状態で放置されていた。

 そして、ほとぼりも冷めた頃を狙い、選択肢の一つとしてアタシが買い取った。

 

 

 食堂の横から、本来あったはずの地下ワイン倉庫への入り口は埋め立てられている。

 今、その場所にバールを打ち込み、封を解こうとしている。

 

「本当にいいのね?」

「ああ、開けてくれ」

 不幸な出来事を知るノーマが問い、アタシは間を開けず頷く。

 

 ミモザのメンバーたちも見守っている。

「話に出てきた研究施設が、まさか真下にあったとはね」

 カルロが、バールで打ち付けられた木材をこじ開けながらいった。

 何枚か板を外すと、地下階段が暗い口を広げている。

 

 

 松明の灯を手に、カルロが先頭で足を踏み込む。

 その後をホーク、トウマと続き、女性陣の最後尾でアタシはノーマに肩を借りながら降りていく。

 

 さすがに当時の訳の分からない機械のいくつかはなくなっていたが、運び出せなかったものもそれなりに点在している。

 だから入口を埋めたのだろう。

 あの忌まわしい水槽も残っていたが、中は蒸発したのか、空っぽの状態だった。

 

 埃っぽい室内。

 残った蝋燭立ての蝋燭に、カルロが松明から火を移し、面々は探索を始めた。

 過去の記憶が蘇る。

 同時に胸の奥がムカムカとして吐き気が込み上げてきた。

 それを悟られないよう、アタシは無理やり抑えつけた。

 

「ねぇ、ここ、なんかあるよ」

 と、突然コハクが手を振った。

 見れば、コハクは屈んで初めて気づくような、薄暗い煉瓦の欠けを見つけ指を引っ掛けた。

 すると煉瓦の一つがボトリと落ちた。

 その煉瓦があった奥。

 コハクは手を突っ込んで、引っ張り出した。

 

「コハク?」

 それを見て、ノーマが問いかける。

「はい、これ」

 コハクはそれを掴み、ノーマに差し出した。

 

 それは黒革の手帳だった。

「まさか、これって……」

 ノーマが呟く。

 

 ノーマの肩から離れ、アタシは代わりにヨーコの肩を借りた。

 

 ノーマは頷き、片手に持った蝋燭をテーブルに下ろすと手帳を両手で持って留め金を外した。

 そして、立派な皮の装丁の表紙をめくる。

 

 蝋燭の明かりに目を細めながら、一ページ、二ページと捲り、三、四と捲って、一に戻って確認を繰り返す。

「マダム……。これ」

 ノーマは手を止めて、アタシを見た。

「うん?」

 アタシは、問い掛ける意味を込めて首を傾げた。

 

「なぜ、ここにあったかは分からない。けど、父さんが隠したのかもしれない」

 ノーマは最後のページを開き、アタシに差し向けた。

 そこには一カ所だけ、筆跡の違う走り書きがあった。インクが滲み、紙を削るかのような必死の筆圧で、こう記されていた。

 

 ノーマはすぐに気づいたのだろう、懐かしい文字、デュポア伯爵の筆跡に。

 そしてノーマの父は、こう記していた。

『娘の幸せを願う』

「たぶん父はここで死んだのだわ。

 そして重要な情報としてこれを手に入れて、残されたわずかな時間でここに隠した。

 これは遺言だったのね。

 ……優しい人だったから」

 ノーマは淡々と他人事のように推理を組み立てていった。最後の一言を除き。

 きっと冷静でいようと努めているのだ。

 

 最後の瞬間まで、娘の幸せを願っていたデュポア伯爵。

 アタシも、伯爵に救われた。

 むしろ、アタシがここに降りなければ、伯爵は……。

 いや、それは勇気ある行動に対し失礼だ。

 私は、愚かな考えを振り払う。

 

「あの……」

 不意に、ミルが口を開いた。

「ん、どうした?」

 アタシは、視線を向けて、泡立ったままの気持ちを撫でつけ優しく問いかける。

「お願いがあります」

 久しく彼女の声を聞いていなかった皆の注目がミルに集まる。

 

「改まってどうした? 今、言わなくてはいけないことなのかい?」

 アタシが首を傾げて問いを続けると、ミルは頷いた。

 返事というより決意を固めたように。

「はい。今だから……」

 

 ミルの決意が、言葉に滲んでいる。

 今まで塞ぎ込んでいたこの子が、一体何を思い、何をいうのか。

「ああ、聞こう」

 

 持ち上がったミルの視線には、はっきりとわかる程、力がこもった。

 それまで俯いていた彼女が、まるで別人のように顔を上げる。

 彼女は、自分の震える拳を強く握りしめると、アタシを真っ直ぐに見据えた。

 ミルの鋭い眼光がアタシを捕らえる。

「私に、【勇者】を授けて下さい。マダム、できるんですよね? 私、どんなに苦しんだっていい、だから私にスキルの書き換えを、ご友人の【勇者】を下さい」

 

「お前……、」

 喉から出かかった言葉が何なのか分からないまま、アタシは迷い、息すら吐き出せなかった。

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