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35、 ヒメ殿下  前編

 アタシは、しばらく前に目を覚ましていた。

 

 そこへ静かに扉が開かれた。

 アタシはベッドから半身を起こし、その相手に問いかける。

「状況は?」

「よくは……ないわね。ウインザブル領も落ちたと見るべきかしら」

 とノーマはトレイに乗せたまま薬湯のカップを差し出した。

 

 アタシは薬湯を受け取ろうと左手を出したつもりだった。

 が、なくなったのを失念していた。

「おっと……、そうだった」

 ノーマは、あえて表情に出さないよう努めているのが、アタシには手に取るようにわかる。

 長い付き合いだからね。

 むしろアタシより悲しいのだろう。

 当のアタシはと言えば諦めの境地だ。

 いっそ誇らしい。

 

 改めて右の手でカップを受け取り一口。

「で、ミルの具合はどうだい?」

「……そうね、傷はサシャのおかげで問題ないわ。けど……」

「あぁ……」

 ヒールでは癒すことのできない深い傷を、ミルは心に負った。

 なのにアタシは、何が誇らしいだ? 

 僅か数秒前の自分を戒める。

 

 

 

 ――アタシたちミモザの一行は、テンピンの郊外にある古い館に身を置いていた。

 この館は、かつてアタシの生家だったが、長らく空き家となって荒れていた。

 

 だが、カルロ達の掃除や修理のおかげで、屋敷は人が住んでいた頃の姿を取り戻しつつある。

 

 イースルールの一件から一週間ほどが経っても、アタシの体は不甲斐無く療養を余儀なくされた。

「ノーマ、スキルとは何だろうね」

「クレア、どうしたの? 急に」

「いや、急でもないさ。ずっとね、考えてきたことだ」

 いつまでも寝てはいられない。

 アタシはベッドから足を下ろし、縁に腰かける形から弾みをつけて立ち上がった。

 

「まだ無理をしてはダメよ」

 慌てた様子で、寄り添うノーマをアタシは手で制す。

「いや大丈夫だ。それより皆を集めてくれるかい?」

「……。わかったわ」

 ノーマは、制したアタシの手を掴み、アタシの体を支えながら呆れたように頷いた。

 

 

 

 ――エントランスには、レヴィを除いたミモザの全員が集まった。

 

 カルロ、トウマ、レリン、そしてノーマ。

 娼館の三人娘、十五歳組の三人。

 諜報に出ていたホークも駆けつけ、そして最後に子供を抱くサシャに付き添われたミルもその場に姿を現した。

 ミルの表情は暗く、雰囲気までも影を纏っている。

 

 階段の一番高いところからガウン姿のまま、アタシは手すりに頼りに皆を見下ろした。

「みんな、こんな格好ですまない。少し話しておきたいことがあるんだ」

 と、前置きしてから、アタシは語る。

 

 

 ◇◆

 二十年ほど前。

 十五歳になったばかりの少女は天賜(てんし)の儀式に臨むため、馬車で古都テンピンから王都へと向かっていた。

 

 名をクレア・テレース。

 祖父はエミネム・テレース現国王。

 父はユリウス・テレース大公、古都テンピンの領主だ。

 

 王を輩出したテレース家は、六領主の中で筆頭に位置していた。

 だが、その陰で【王の威光を着る凡人】と蔑んでいう者も少なくはなかった。

 実際、父ユリウスのスキルは凡庸で【兵士】。

 悪くはないのだが、上に立つ者としては少々物足りないという評価だった。

 

 

 馬車に揺られながら、クレアはいろいろな思いを抱いていた。

 祖父エミネム王とは、ほとんどプライベートで接したことがなく、実の祖父でありながら謁見という形でしか目通りする機会は与えられなかった。

 それが儀式の数日前に突然、古都テンピンで行われるはずだった王族の授礼式を、王の御前で行うよう知らせがきたのだ。

 テレース家の直系として、祖父や父上の期待に応えなければ。平凡なスキルでは許されない……。

 そんなプレッシャーが、クレアの肩に重くのしかかっていた。

 クレアは、畏敬や不安や緊張といった多くの感情を抱えていた。

 

 馬車には、父ユリウス大公の他に、テレース家の直参貴族であるデュボア伯爵家の当主カイス・デュボア伯爵とその令嬢も同行していた。

 令嬢の名前をノーマ・デュボア。

 彼女はクレアとは幼馴染で、緊張や心細さといった部分を緩和してくれた。

 

 

 王城に着くと、クレア達は父たちと離れ、控えの間に案内された。

 途中、城内には色とりどりの花々や、各地の民芸品や巨大な獣の剥製などがある。

 調度品の数々を物珍しげに眺めながら長い廊下を進み、控えの間に入ると、そこには今回一緒に洗礼を望む、王の側近の子アムートと、将軍の子テフテスもいた。

 

 

 儀式が始まり、順に水晶の後ろに並び自分のタイミングで行う。

 貴族は平民と違い、秘匿権利があり、これは上位の者ほど優先される。

 つまり、この場合、王族のクレアは他の洗礼者のスキルを知ることはできるが、クレアのスキルを、他の参加者は知ることができないということになる。

 順番でいうなら、クレアの次にテフテスで、アムートとノーマが同格となる。

 必然的にクレアが一番最後で、アムート、ノーマ、テフテスとなった。

 

 そして儀式は始まった。

 最初にアムートが水晶に触れた。

 水晶には【勇者】と浮かび上がる。

「わぁ、」「おお!」「すごい」

 後ろの三人は、誰でも知っているような最上級スキルに感嘆の声を漏らした。

 

 次にノーマの番だ。

 本来の場合、前のアムートは見ることはできないが同格であることとノーマの意向により、アムートもノーマのスキルを見ることになった。

 

 水晶には【医術】と映された。

 かなり特殊で、勇者に続き、またもすごいスキルだ。

 これには三人とも拍手を送った。

 

 そして三番目、テフテス。

 水晶には【運び屋】と出た。

 一見平凡に思えるが、実はこれは相当珍しいスキルで、戦場で生命線ともなり得る運搬を有利にする【運び屋】は、将軍の子にはありがたいスキルだった。

 

 テフテスも先のアムートとノーマにスキルを開示しても良いとは思ったが、後のクレアが秘匿を選びづらくなると配慮で秘匿を選んだ。

 

 そして、クレアの番になった。

 水晶に触れると【偽装術】【見識術】の、ダブルホルダーだった。

 父親からは秘匿するように言われていたので、一言、皆に謝ってから秘匿した。

 

 スキルがわかると次は王と親族への報告となる。

 報告の部屋は謁見の間だ。王の御前で、王の側近達、そして親族に報告をする。

 それぞれが報告を終え、そしてクレアの番になった。

 

 部屋に入ると、王が玉座に父は王の右に、そして左に見慣れない女性が立っていた。

 その女は、玉座の間にもかかわらず、まるで自分の庭を散策するかのようにリラックスしており、その佇まいにクレアは奇妙な違和感を覚えた。

 左に立つ者は側室、つまり(きさき)が一般的だが、そんな話は聞いていない。

 訝しげに思ったクレアは出来心でスキルを使ってみた。

 【見識術】だ。

 使い方は何となくわかっていた。

 ただ意識して“見れば”いい。

 

 クレアは女性を観察する。

 すると容姿がわずかに変化して見えた。

 瞳が、白目まで黒く見え、そしてスキルも見えてきた。

 【イースルール】【スキル創造】【邪神】【神罰】【神殺し】

「⁉」

 大変なものを見てしまったとクレアは思った。

 内心で慌てて、視界の中に浮かぶスキル表示をかき消す。

 

 その瞬間、その女性がわずかに眉をひそめたのが見えた。

 

「クレア、王陛下に口上を述べなさい」

 父ユリウスが言った。クレアはあまりの出来事に、口上の内容が飛んでしまった。

 さっきまで覚えていたのに、平静を装いたいのに、どうしよう、どうしよう……と、クレアは動揺が隠せない。

 

 すると、その女性が踏み出す。

「おやおや、可哀想に、緊張しているご様子」

 と、クレアの傍らまで来て、耳元に口を寄せた。

「見たわね」

 クレアの右耳に冷淡な呟きが滑り込む。

 

 クレアから、どっと汗が噴き出していた。

「見て……ません」

「本当に?」

「……はい」

「あらあら、本当に可哀想。緊張が凄いようですわ。言えないのなら、スキルを見せてごらんなさいな。さぁ」

 

 女性の掌の上、小さな水晶が目の前に差し出された。

「さぁ」

 女性は、水晶をクレアに押し付けた。

「さぁ」

 震える肩を自分で抱きながら、クレアは咄嗟にもう一つのスキル【偽装術】を使った。(この化け物から逃れるには、平凡を装うしかない!)

 偽装術は、見たスキルに偽装できる。

 だから、眼前の父のスキルに偽装した。

 

 水晶には【兵士】と映し出された。

 その瞬間、父の表情が曇り、あからさまな様子で落胆する。

 祖父であるエミネム王も、興味なさげに頷くと、クレアは直ぐに下がるように命じられた。

 

 だがクレアは、祖父の反応などより、心の底からくるような、意味の分からない恐怖に苛まれていた。

 邪神イースルールの前から一秒でも早く、逃げだしたかったのだ。

 

 

 ――後編へ

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