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34、 掌アク

 ウインザブル領、辺境都市ザーマルス。

 

 領主城の大広間は、名家というだけのことはある。

 立派な調度品と上質で鮮やかな赤絨毯が上座の壇上まで続いている。

 

 上座の汚い玉座を叩き壊し、私はカノースを椅子にして、胴から首の離れたウインザブル辺境伯の亡骸を眺める。

 

「ねぇ、カノース。呆気なかったわねぇ」

「はっ。レヴィ様のお力の前では、ゴミに等しいかと」

「ふーん。ま、それは別にいいけどね」

「左様でございますか……」

 私の顔色を窺うような人椅子の方が、よっぽど面白い。

 所詮は他愛ない雑魚の群れに、娯楽性を期待するほうがおかしいのだけど。

 

「退屈にもほどがあるわね」

 と、零した瞬間だった。

 

『ガァーン』

 突然、盛大な音と共に重厚な扉が開け放たれた。

「領主様! 一体、何が……」

 恐らく、この男がウインザブル騎士団の団長だろう。

 領主の亡骸の横に片膝をついた。

 敬意というよりは遺体の検分といった様子で。

 

 そして続々と王広間に入ってきて整列していく。

 

「こちらがイシス王国女王、レヴィ様である!」

 四つん這いの椅子、カノースの掛け声。

 騎士達は、一瞬、誰が言ったのかも理解できなかったみたい。

 あまりにも異質なのか、騎士たちが困惑している様子は面白い。

 

 

「お聞かせ願いたい! 何故、我が主は、このような姿であらせられるのか!」

 団長らしい男は立ち上がり、上座に向き直っていった。

 脂ぎった初老の男、造形はあまり好みじゃない。

 

「ふふ、お前たちが、無能だからじゃない?」

 私は、色んな意味を込めて嘲笑う。

 事実、私達はここまで難なく辿り着いたのだし、無能といっても差し支えどころか、あまりすらある。

 

 騎士団の団員たちがざわつく。

「な、何を……」

 察しの悪い騎士達。

 この状況で、未だに判断がついていないような無能っぷり。

 まあ、いいけど。

 

「ねぇ、あれが水晶天球かしら?」

 私はカノースの背から立ち上がり天井に吊るされた大水晶を見上げた。

 

 カノースは身を起こし、片膝立ちで控える。

「はい。あれが、天賜(てんし)の水晶天球にございます」

「ねぇカノース。イシスにはこれほど立派な水晶なんてなかったわよね」

「は。天賜を重要視してはおらず……、その……」

「女神イースルール以外を崇めていたから?」

 からかっているだけなのに、カノースは無駄に怯えている。

 

「聞いているのか!」

 私とカノースのやり取りに、団長が怒声で割り込んだ。

 邪魔されるのは非常に不愉快。

 

 私は、天球を見上げたまま、

「わんこ、お座り」

 そう団長に向け、空間ごと握りつぶすように、指先を振るった。

 瞬間、団長のプレートメールの膝が(ひしゃ)げた。

「ぎゃぁぁぁっ」

 

 静かにさせようと思ったのに……。

「ああ、……もっとうるさくなったじゃない」

 耳障りな声は不愉快。

 だけど私はタクトでも扱うかのごとく、優雅に指先を振るった。

 

「ぐえぇぇぇ」

 団長の叫びは断末魔へと変わり、領主の傍らに仲良く横たわった。

 それを見た団員たちが、さらにざわつく。

 ああ、烏合が本当に騒がしい。

 

「おすわり。死にたいわんこはそのままでいいわ」

 騎士団員たちが、顔を見合わせながらざわつく。

 

 そして、一人が何かを叫ぼうとした瞬間、私は指を振るう。

「お――」

『ザシュッ』

 なんて言おうとしたのか、気にはなったけど、見せしめって大事なことだからしかたない。

 そして首が転がって一瞬の静寂。

 一斉に団員たちが(ひざまず)いた。

 

 やっと静かになった。

「えっと、で何だっけ。ああ、そうそう女神イースルール様こそが、絶対なのよ? わかるかしら、カノース?」

「は……はい」

「うん? 従順なお前でも、腑に落ちないのかしら? いいわよ、優しいから聞いてあげる。煮え切らないのはなぁぜ?」

「イースルール様は……、我、我々の教義の中では、その、邪神とされ……」

「うんうん、それで?」

 

 私は、カノースの前に屈んだ。

 そして顔の高さを合わせながら満面の笑みを見せてあげる。

「カノース。ほら、続けて?」

 そう間近で彼女の顔に息を吐きかけた。

 

 カノースの怯えが、震えが、手に取るようにわかる。

 ふふ、体の芯から凍えるような、そんな恐怖がカノースを雁字搦めに捕らえている。

「あの、いえ、わた、私は、レヴィ様に、忠誠を誓ったので、……どうかお許しを……」

 カノースは、床に頭を叩きつけるように土下座した。

「何を許すのか分からないけど。いいわ、許してあげる。だってまだ、お前は必要だもの」

「は。有り難き幸せ――、うっ」

 私は立ち上がり、カノースの後頭部を踏み付ける。

「でも、勘違いしないでね? 面倒なだけで、代わりがいないわけじゃないってこと」

「は。承知いたしました!」

 私は、つま先でカノースの後頭部を擦った。

 怯えたまま動けないカノースを可愛がる。

 

「じゃあ、お前、天球をおろしてちょうだい」

 私は、無造作に団員の一人を指差した。

「は!」

 流石に学習したらしい団員は従順で、立ち上がってすぐ駆けだした。

 やがて、がらがらと鎖の音を響かせて天球が降りてくる。

 するとちょうど領主の亡骸の上、領主の亡骸は敷物のように真下にあてがわれた。

 ふふ、誰も、前主人の亡骸を退けようともしない。

 恐怖という拘束具で縛られては当然かもしれないけど。

 

 水晶天球、大人一人おさまってしまうほどの水晶玉を覗き込むと、改めてレヴィの造形は悪くないと認識できる。

 それは今や私の顔。

 映り込んだこの娘の顔は、楽しげに微笑んでいる。

 ふふ、なかなか良い表情をするじゃない。

 これなら存分に遊べそうね。

 

「じゃあ、私のスキルを見てみようかしら。ほら、みんな見たいでしょ?」

 無造作に、騎士の一人を指差すと、

「はっ! 見たいであります!」

 流石に必死過ぎて笑える。

 

 さておき、私はゆっくりと水晶の周りを歩く。

 騎士達の視界の中で、私はとても楽しげに、弾むように、鼻歌を混じらせながら、一周、二周。

 そして足を止める。

 

「はい注目。そーれ!」

 私は水晶に手を置いた。

 あえて見せつけるために。

 そして水晶中央に映し出されるスキルの名称。

 【イースルール】【スキル創造】【混沌】【神罰】【神殺し】

 

「へぇ、こうやって出るのね」

 私は横目に辺りを見渡し、にやりと笑ってみせる。

 

「!?」

 場を声なき驚きが支配している。

 当然恐怖も混じっている。

 ああ、実に心地がいい。

「イースルール……様?」

 カノースが声を漏らした。

「今はレヴィ様だけど? で、何?」

「いえ! 申し訳ございません!」

 一層カノースは地べたに額を擦りつけた。

 本当に正直な奴。

 生きることに貪欲なのはいいこと。

 本当に無様で可愛らしい。

 

「他にもいいたいことある子は? 発言を許すわ」

「……」

 騎士達は、息まで潜めるように静まり返っている。

 私は、カノースに腰掛ける。

「ないようね。じゃあ今度は順番に、お前から天球を触ってスキル内容をみせてちょうだい。はい、始め!」

 団員の端を指さしてから、手を叩いて合図した。

 

 数十人からなる団員が、順番に触れていく最中、一人の団員に目にとまった。

「お前、ストップ。ちょっときなさい。トリプルホルダーだったかしら?」

「はっ!」

 呼び寄せた団員は緊張に強張っている。

 私は、その団員に微笑みかけた。

「スキルは、【剣技】【算術】【石投げLV1】かぁ、すごいじゃない!」

「は! お褒めの言葉、ありがたき幸せです!」

 団員は、何を期待しているのか破顔した。

 でも、残念でした。

「うん。じゃあ死刑ね」

「え?」

 腰かけたまま、私は呼び寄せた団員の手に触れる。

 ただそれだけだ。

 団員は一瞬で青ざめ後方に倒れこむ。

 死に際の表情は呆気にとられたようで、実に素晴らしい。

 いい見せしめ。

 他の団員の反応も面白い。

 

 その中で、若いきれいな顔立ちの団員を見つけた。

 好みの造形美。

「ああ。えっと、じゃあ、今後はお前が団長ね」

 私は、その団員を指名した。

「はい、有り難き幸せ!」

 直ぐに跪き、指名された団員は頭を垂れた。

 まあ、見た目は汚いよりきれいなほうがいいにきまっている。

 

「で、この国に、他の騎士はいるのかしらぁ?」

 私は、若き新団長に問い掛ける。

「は! 国境を警備している部隊が、三十名ほどおります」

 従順に尻尾を振る騎士。

 物分かりがいい子は嫌いじゃないの。

「じゃあ、早急によびもどしてちょうだい?」

「は!」

 

 私は、カノースという椅子の首筋を撫でる。

 ふふ、やっぱりこの椅子は怯えている。

 だから面白い。

 私にとって人の感情は娯楽でしかないの。

「今日からここを居城にするわ。カノース、湯あみをするわよ」

「畏まりました」

 

 ふふ、ウインザブル領も他愛ない。

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