33、勇者ト女王ト囚人
邪神イースルールが去ると、放り出された黒球が落下してきた。
夜空にあっても、はっきりとわかる悪意の塊。
とっさ、アタシは握った拳を頭上に持ち上げ、そこで開いた。
「勇者の盾!!」
アタシの腕が光を纏い、勇者の技が発動した。
全盛期をとうに過ぎたアタシの体内から、限界まで魔力が持っていかれる大技の類だ。
使うこと自体が無茶なのはわかっていた。
邪神の技なんて凌げるかどうかもわからないのに、体が先に反応していたんだ。
ドーム状に展開した勇者の技は、仲間たちの頭上を覆う。
一発だけ耐えきればいい。
耐えきれなければ……、いや、失敗を考えるな、弱気になるな。
アタシは自分に言い聞かせ、魔力の全てを注ぐため、腕に、体に、すべてに力と魔力を渾身の技に込めた。
そして黒球が落ちてくる間の、わずかな時間の出来事だ。
アタシのすぐ後、カルロも叫んでいた。
「重ねるぜ!! 完全防御!」
カルロの英雄技がアタシの技を強くする。
「カルロッ」
刹那、ドームは強く輝きを増していた。
同じタイミングで、アキは竪琴を片手で支えながら爪弾いた。
「勇気の調べですっ」
瞬間、旋律はアタシの中を駆けめぐり、枯渇しかけた魔力が再び奮い立った。
勇者の盾の、ドームが銀板のように輝き、さらに強く、強く、みなぎる力、全てが注がれ、防壁は頑強さを増していく。
ミランダがその調べに合わせてステップを踏む。短いスパンで舞踊。
「鼓舞」
みなぎった力がさらに急激に膨れあがっていく。
「アンタ達……、うおぉぉぉ!」
アタシは、ありったけを絞り出す。
そして鉄壁の巨盾は煌めいた。
だが、まだだ。
障壁の中に子供を抱いて飛び込んできたサシャは、強靭な白狼人へと変化。
そして四つん這い、腹部で我が子を庇い、
「ワォォォォォォォォン」
黒球を見上げながら、咆哮が放たれた。
衝撃波を伴った狼人の咆哮だ。
光の盾をすり抜け、咆哮は迫り来る黒球と激突した。
『ドォォォォォォォンッ』
黒球は衝撃波に殴られた瞬間、上空で爆発。
直撃は免れることとなったが、広がった爆炎が一気に辺りを包み込んだ――。
――爆炎が消え、残った煙が夜闇に溶けていく。
その瞬間、視界に入り込んできた光景にアタシは目を疑った。
ドームに守られた部分を除き、船は砕け、船より何倍も巨大なクレーターに海水が流れ込んでいたのだ。
これを耐えきったのか……。
いや、そんなことより、
「みん……な、大丈夫かい?」
アタシは声を絞り出した。
カルロは立ち上がり、辺りを見渡して応えた。
「ああ、何とか大丈夫だ」
頭を庇って伏せていた面々も、他の仲間たちを確認しあっている。
ミルは? 良かった……、ヨーコとユングが庇っている。
みんなの無事を確認できると、なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。
急激な眠気に襲われる。
「マダム……? その手!?」
傍らのユングが、口を押えながら目を見開いている。
「あぁ?」
なるほど、そういうことか。
アタシは、首を傾げていたがユングの視線で気が付いた。
「はは、腕一本で済んだなら、御の字だね」
ユングは固まったように凝視している。
他の連中もそんな感じだ。
さっきまで振り上げていたアタシの片腕が、
『パキパキッ、ボロッ』
炭化して砕け散る瞬間を、皆が目撃している。
アタシも、自分のことなのに傍観者のような気分で眺めていた。
……嫌な瞬間だ。
腕一本でチャラなら、久しぶりにしては上々の出来だ。
刹那、視界が揺れた。
意識を保つのも限界を迎えたようだ。
朦朧を通り越し、意識がぐらぐらと揺れて気持ちが悪い――。
「おいっ! マダム!」
誰かがアタシを支えたのはわかったが……。
「「マダム!」」
「「マダム!」」
仲間たちの叫びが聞こえるが、アタシは満足なんだ。
そして、どんどん遠のいて――。
◆◇
――わずか半日。
邪魔な祭壇は取り払わせた。
それからあつらえさせた玉座は私のためのものだ。
「陛下、御召し物をお持ちしました」
付き人の娘が傅いた。
傍らには、首輪に鎖をぶら下げた前大司祭カノースが控えてる。
カノースは【聖女】のスキルを持っていて、ずば抜けた美貌の持ち主だったけど、今や私の下僕でしかない。
「見せて?」
私は付き人に顎で命じる。
すると付き人は、おずおずと、肩と腕を使ってドレスを広げた。
「まぁ、いいわ。カノース、着せてくれる?」
「畏まりました」
ほんと他愛もない。
カノースは恐怖に捕らわれ大司祭としての威厳は見る影もない。
わずかな瞬間の恐怖で十分、忠実な奴隷となり下がったの。
私が笑みを向ければ、この女は残ったプライドで怯えを隠しながら懸命につくしてる。
腰の編み上げ紐を引くカノースの手から、怯えが伝わってくるの。
「どう? 似合うかしら」
「はい、よくお似合いかと存じます」
まるで十年来の主従関係のように。
それを見て付き人の娘が困惑しているのも手に取るようにわかるわ。
「何かおかしいですか?」
取り繕った態度でカノースが付き人に問う。
ふふ、滑稽ね。
「い、いえ、滅相もございません。では、失礼いたします」
付き人は慌てて首を横に振り、そして足早に去っていってしまった。
「ふふ、怯えてたんじゃない? お前は、もう少し柔らかさを覚えたら?」
私は大司祭の成れの果てを嘲笑って鎖を引いた。
「は、申し訳ございません」
そうカノースは跪き、しっかり調教された奴隷みたいに額を床につけた。
私は玉座に腰かけ、スツール代わりにカノースの背に踵を預けるの。
「所で、カノース」
「はっ」
「お前はさぁ、次、どこを落としたらいいと思う?」
「ウインザブル辺境伯領を落し、王都へと登るが最適かと存じます」
「あれぇ、お前ってウインザブルと懇意じゃなかったの?」
「わたくしは、レヴィ様の忠実な下僕」
「お前って、下手な犬っコロより、忠実よね。ま、いいわ」
「はい、下僕にございます」
「ふーん、で? 何を企んでるの?」
私が鎖を引くと、カノースの顎が当然上がる。
「……、いえ、何も」
「ふふ、じゃあ、そういうことにしておくわ」
そして私は鎖を手放し、無様な奴隷を踵で押し退け、立ち上がる。
「ほら、お前も準備なさいよ。じゃあ、3分よ、ほら、急いでいきなさい。犬らしくね?」
「畏まりました……」
従順な雌奴隷は四つん這いのまま、その場を去っていく。
ふふ、ふふ、ははは。
◇◆
石作りの牢獄。
私は、牢獄の壁を殴る。
そしてビクともしない堅牢さにうなだれた。
辛くて痛い。
だけど、少なくとも痛みが私を正気でいさせてくれる。
イースルールは、なぜ私をこの精神世界に閉じ込めたのだろう。
感覚を奪われていた時と、この状況の差はなんなのだろう。
今は考えてもわからないけれど。
みんなは無事かな。
心配だけど、外を覗く勇気はなかった私は、今できることを黙々としている。
何度となく壁を叩き、自分を痛めつける。
外で何かが起きて、激しい痛みを受けた時ほどではないが、痛みが徐々にスキル変化のための何かへと、蓄積されているのがわかる。
それは確証のない感覚的部分だけど……。
私は冷静さを保つためと、痛みで何かを蓄積するため、ひたすら壁を叩き続けた。
この世界で私の体は傷つくことがない。
だから好都合だ。
ただ痛みだけ感じていればいい。
カチ
【スキルの上位が解放されました、互換しますか? >>> はい】
これじゃない。……このスキルではダメだ。
あるとも知れないスキルを探し続ける。
この状況を打破できる起死回生の一撃を求めて。
【●●は削除されました】
「うわぁぁぁぁぁ!」
私は、まだ正気だ!




