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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
第三章 ドレイ激動 
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余話4 イシス陥落、付き人の書記

 見たままをここに記す。

 ――大司祭様付き、アイネ・ロイストル。

 

 

 

 ――新年、早朝。

 神聖イシス領、聖都イシス大聖堂。

 付き人の私は、大聖堂の片隅に控えていた。

 堂内には清らかな香油の香りが満ち、大司祭様の囁くような祈りの声だけが、静寂に響いていた。

 

 大聖堂の大祭壇前では、荘厳な空気の中、差し込む朝日を浴びながら祈りを捧げる麗しき女性。

 【聖女】のスキルを持つ、大司祭様の姿がある。

 

『ギィィ』

 突然、扉が開かれた。

 

「何事です? 今は祈りの最中です、後になさい」

 大司祭様は祭壇に向かい、手を組み合わせたまま言い放った。

 

「そう硬いこと言わなくてもいいじゃない? 大司祭様。

 てかさぁ、役にも立たない古い神なんかに祈って意味ある?」

 

 大司祭様が祈る祭壇には三体の神々の彫像が並んでいる。

『ピシッ』

 突然、彫像の中央にひびが入った。

 

「……。何者です?」

 大司祭様は閉じていた瞳を開き振り返る。

 

 入ってきたのは、全裸で白髪の娘の姿だった。

 胸には奴隷の刻印があり、片足がない。

 そして、床からわずかに浮いている。

 さらに異様なことに、白目の部分まで黒いのだ。

 

「お前、奴隷、いや、人ですらありませんね」

「ふふ、体は立派な奴隷よ? まぁ、人ではないわね」

「誰か! この者を捕らえなさい! いえ、殺しなさい!!」

 大司祭様の声が大聖堂に響き渡り、反響で弾んだ。

 私は視線を入口へと向ける。

 しかし開け放たれたままの扉からは、誰も入ってくる気配はない。

 

「殺す? ひどぉい!? なんてね。

 うふふふ、神官? 兵士? まあ、どっちでもいいけど全部死んでるわよ」

「……なっ」

「うん? なぁに? 言いたいことは言いなさい」

 奴隷の女は瞬く間に大司祭様の眼前まで迫ると、片手で首を掴み、容易く持ち上げた。

 

「取りあえず貴女、【聖女】よねぇ? この体を直しなさい。

 さもなくば、2秒で(くび)り殺す」

「ぐっ、う、放せっ」

 大司祭様はもがく、その拍子で重厚な司祭マントが床に落ちた。

 

 奴隷女は、捨てるように大司祭様を解放すると、

「ほら、放したわよ? いーち、にーい」

『スパァーン』

「はい、二秒、お前が遅いせいで、腕がなくなりました!」

 今度は、大司祭様の腕が肩から床に落ちた。

 

 奴隷女は手を振っただけだった。

 そのあと壮絶な血飛沫。

 痛みに叫ぶよりも、大司祭様の形相は恐怖に固まっている。

 私の喉はひきつり、声も出ない。

 ただ、目の前で起きていることが現実だとは思えなかった。

 

「私ね、優しいからチャンスをあげるわ。

 どうする? 下僕(げぼく)になる? 

 それとも死ぬ? 

 死ぬまで刻む? 

 放っておいたらどのみち、死んじゃうよ?」

 

「な、なり、ます」

「何になるって? 聞こえない」

「下僕になり、ます。忠誠を、誓い、ます、……どうか、お助けください!」

 

「ふふ、ほら、急いで? 

 血が無くなる前に、腕を治癒していいわよ。

 そして、……お前の主人を直せ。

 分かったか? 下僕」

 

「……はい」

 

「おい、そこのお前」

 奴隷女は今さら、気にも留めていなかった私に微笑み、司祭のマントを顎で指した。

 私はマントを拾い上げると、命令されたわけでもないのに、自然と奴隷女の肩に掛けていた。

 

 

 ――この日、新年を迎えた元日、神聖イシス領の大司祭カノースは大司祭位から引退を宣言した。

 同時に統治者としての地位も返上。

 同日、見知らぬ娘が、神聖イシスの統治を表明。

 これにより、わずか一日の内に神聖イシスの崩壊とイシス王国が建国。

 

 そして、女王レヴィ様が誕生した。

 片足がなくとも宙に浮き、奴隷の刻印を晒しながらも神々しく微笑むそのお姿は、恐ろしくも、抗いがたいほどに美しかった。

 

 この時、何も知らないイシスの領民は、驚愕し、歓喜した。

 奴隷だった娘が一日にして、国のトップに取ってかわったという前代未聞の出来事。

 ある者は、英雄譚と書き綴る。

 

 肖像画に(えが)かれる奴隷の刻印をもつ美しい女王の姿。

 それは、国民の興奮を狂ったように駆り立てるのだった。

 

 

 そして、戦争の気運は、急激に加速していく。

 狂気の時代の幕開けだ――。

 

 私だけが知っている真実。

 あの後直ぐ、私は暇を出され、今も街はずれで平和に暮らしている。

 

 時代は混迷を極める中、無事生きてこられたことも不思議だが、何よりあの時、私はなぜ生かされたのだろうか。

 理解できないまま、私は生を全うするだろうか。

 

 今でもあの時の、女王レヴィの笑みを忘れることはない。

 口を閉ざし、見なかったことにし、聞かなかったことにした私。

 

 最後に、ありのままを記したことを……。

 私に、どうか誰でもいいから「許す」と言ってほしい――。

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