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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
第三章 ドレイ激動 
31/55

29、カンジナイ

 スキル成功から三日、万全の状態でこの日を迎えた。

 

 私は、深く息を吸ってゆっくり吐き出す――。

 

 サシャさんの体調は、以前より悪化している。

 お腹の子供が成長していくにつれ、サシャさんが衰弱しているのだ。

 おそらく魔力的負担が増加しているからだ。

 このままいけば母子ともに、最悪の状態に陥ることになる。

 だから、今日、決行する。

 部屋には張り詰めたような沈黙が満ちている。

 皆の緊張が、肌で感じるほど伝わってくる。

 

 マダムとノーマさん、そしてトウマさんが見守る中、私は息を整える。

 

「サシャ。アンタと子供を助ける方法は、これしかない」

 マダムはベッドの傍らからサシャさんに向けて言った。

 サシャさんはわずかに微笑み、絞り出すような声で返した。

「ん。意外だった」

「何が意外だったんだい?」

 

 ベッドのサシャさんの視線がまっすぐマダムを見上げている。

「子供は見捨てられると思った」

「……。ああ、もちろん。恨まれる覚悟でそうするつもりだった」

 マダムの、あけすけな言葉は間違いなく本音だ。

 

「けどね、レヴィが希望をくれた。ノーマに診察してもらったんだがね、レヴィの足にあった杭は完全に“なかったこと”になっていた」

 と、マダムが私に視線を向けた。

 私は、片足をベッドの高さに持ち上げ、サシャさんに杭のなくなったアキレスの窪みを撫でて見せた。

「なんか、片方ないと変な感じですけど」

 

 サシャさんの息が少し荒い。そして辛そうなのに微笑みながら、目を瞑って頷いた。

「ん。レヴィ、お願いします」

 トウマさんの視線も同時に私に向けられていた。

「どうか、サシャを頼む」

 

 私はありったけの笑みで頷き返した。

「はい! 畏まりました!」

 

 以前、私が足で試した時、とても苦しかったことは覚えている。

 けれど私はいつの間にか気絶していた。

 つまり痛みの限界で、意識が落ちてしまえばなんとかなる。

 

 だけど、私は何か大事なことを忘れている気がしていた。

 それをなんとか思い出そうとしても、忌々しい幻聴にかき消されたのか、意識が途切れたこと以外は思い出せない。

 

 だけど、考えても分からないことは後にしよう。

 今は少しでも急がなくてはいけないのだ。

 

『ぱんぱん』

 私は、気合を入れるため自分の頬を挟むように叩いた。

 

「では、行きます」

 私は、サシャさんの服の紐を解き、合わせを開いて胸を覗き込んだ。

 美しかったサシャさんの胸はやせ細り、今は肋骨が浮いて見える。

 

 杭を確かめるために、指先を当てる。

 ひやりと冷たい金属の感触と、その下で懸命に鼓動するサシャさんの温かさが、指先から伝わってきた。

 そして、杭はしっかりと認識できた。

 

 冷静に、冷静に、私は息を吸い、そして吐き出す。

 深呼吸の後、私は目を閉じ、文字の羅列を呼び出した。

 

 カチ

 【拳打レベル3:任意の物を消し去る程度の能力:発動しますか?  >>>はい】

 標的(ターゲット)はサシャさんの胸にある“罪人奴隷の杭”。

 

 目を開く。

 落ち着いて拳を握り込む。

 前回よりもイメージがうまくできている気がする。

 そして視界の中央、杭の真上に十字のマークが見える。

 私は十字の中心、サシャの胸に拳を乗せた。

 

 拳を起点に、ふわっと淡い光が広がった。

 

 そしてサシャさんの内側で、胸の辺りが光り始めた。

 サシャさんの胸の光は、杭の形をかたどって浮き上がってきた。

 そして空中にしばらくとどまってから一拍おいて、『パッ』と弾けて宙に溶けた。

 

「……息苦しさが、消えた」

 サシャさんが呟いた。

 

「やった!  成功した!!」

 私は喜びの声をあげ――、

『プツンッ……』

 と、私の中で何か、糸が切れるような音が響いた。

 

 違う。

 音が、響いてなどいない。

 私の声も、マダムたちの声も、船が軋む音も、何もかもが消えていた。完全な沈黙。

 次に、目の前の光景が色を失い、真っ黒な闇に塗りつぶされる。

 サシャさんの顔も、マダムの姿も、何も見えない。

 肌を撫でる空気の感触も、潮の香りも、自分の体の重みさえも、すべてが嘘のように消え去っていく。

 

 あれ?

 動けない。

 見えない。

 聞こえない。

 匂いもない。

 感覚がない……!

 

 何もない。

 何もないはずの暗闇の中心で、ぞわりと、肌ではなく意識そのものが粟立つような冷たい気配がした。

『ふふふ、あぁ、おっかしぃ。ねぇ、どう?  五感を失った感じって。ちなみに、私が奪ったわけじゃないのよ? ふふふふ、どうなるかは知ってたけど』

 声が直接脳に響いている。

 けど、私は一切何も反応することができない。

 

『私はぁ、優しいから、教えてあげようか? お教えくださいイースルール様って言ったら教えてあげる。でも、お前は言えないから願うといいわ? さぁ』

 

 ……、教えてください、イースルール様。

 

『はーい。よくできました。じゃあ教えてあげる。

 前にレヴィが杭を消した時、私ねぇ細工したの。

 どんな細工かって?  うふふふふ、それはねぇ、気絶したと錯覚させたのよぉ。

 なんのためにって? うふ。苦しみに逃げ道があるって思いこませるため。

 だから貴女は“気絶すればいい”と思いこんだ。

 方法があるって素敵よね? だからすぐにすがっちゃう』

 どこからとは明確に説明できないが、声がすぐ近くから聞こえる。

 むしろ内側から響いている。

 

『まぁ、細工なしで、助けたことを恩に着せてから、はい、落とす! 

 って方法も考えたけど、こっちの方が驚く感じが好きだったし? 

 というか別に思いこませなくても、お前は自己を犠牲にすると思うけど。

 まあそこに確実性を持たせるためよね。

 あとはぁ、理由は色々あるのよ?

 一番は、お前が壊れないため』

 

 壊れない、ため?

 

『だって壊れたら、レヴィが手に入らないじゃない? 

 実はね、私、レヴィが欲しいの。

 何のためのかって?

 次の王にするためってのもあるけど、実はもっと大事な理由があるのぉ。

 けど、壊れたら壊れたで、それでもいいのよ。

 また他を探すから。

 じゃあ、なぜ他を探さないかって?  ふふ、ははははは。あーっはっはっは』

 

 なんにも分からないのに、声だけが私の中を駆け巡る感覚……。

 そして不快な笑い声。

『だってね、貴女が苦しむ姿がぁ好きなんですものぉ、くふふ、あはははっ』

 そうか、不快になるよう仕向けているんだ。

 

 そんな……、私が一体何をしたんですか?

 

『何も? 

 お前がぁ、心の底から、嗚呼、どうか私を助けて下さいぃイースルール様、下僕になりますぅぅぅぅ、って言ったら慈悲をあげる。

 もともと奴隷なんだし得意でしょ? 服従』

 

 女神の声色はとても冷たい。

 響く度に心の彼方此方(あちこち)が凍っていく。

 

『ふふふのふ、ねぇレヴィ? 五感はないのに意識は絶対落ちない。

 眠ることもできない。

 何もできず、動けず、聞けず、話せず、見えず。

 笑えるわけもなく、怒りも出せず、悲しみの涙も流れず、ねぇ、それって楽しいのかなぁ?

 うふふふふぅぅ、楽しいわけないよねぇぇ?』

 

 やめてください……。

 

『辛いねぇ、ふふふ。壊れる前に呼ぶのよ? 優しいから待っててあげる』

 

 うそだ……。

 

『精神は体の十倍の時間を過ごすことになるけど、まあ、いいよねぇ?』

 

 嫌です、嫌に決まってます!

 

『体の一日が精神の十日よ?  ……うわぁぁ、つらそうぅ』

 

 嫌だ……。

 

『じゃあ、そろそろ行くね? がんばってぇぇぇ、あーはっはっは』

 

 う、うそ、やめて、行かないで!

 いやぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁ!!

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