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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
第三章 ドレイ激動 
30/55

28、 キボウとキョウフ

 私は一人、船倉にある書室に籠っている。

 マダムには一人の時間をいただき、書室に人が近寄らないよう配慮していただいた。

 

 書室の中を通る立派な柱に、座った姿勢で私自身の腰を縛り付けた。

 転げ回らないようにだ。

 それから、木の棒に布を巻いて傍らに置く。

 噛みしめて耐えるためだ。

 

 あと、何ができるだろう?

 

『ねぇ、また自分から苦しむの?』

 私は、“あの声”に悩まされている。

『ねぇ、ねぇ、楽しい?  ふふふ』

 

 声を振り払って、私は考える。

 そうだ、掻きむしるかもしれないから片手は皮袋に入れておこう。

 でも、“死ぬほど苦しい”って、どういう感じだろう?

 何度も辛い体験をしてきた。

 それ以上だとしたら、はたして何倍?  何十倍?  想像がつかない。

 死ぬほど苦しいこと、死ぬ以上に苦しいこと、死にたいと思うほど痛いのだろうか?

 

 今まで、死にたいと思ったことは、たぶん……ない。

 あったかもしれないけど、覚えてはいない。

 

『そりゃぁ、苦しいよ?  レヴィ、壊れちゃうかも?』

「壊れません」

『どうかなぁ、楽しみね』

「イースルール様は、なぜそこまで私に関わるのですか?」

『え?  決まってるじゃない。苦しむ姿を見るためよ』

「そうですか……」

『ああ、でも、そのスキルを捨てて、私の(しもべ)になるのなら、助けてあげるよ?』

「お断りします」

『あっそ』

 

 ――ああ、忌々しい幻聴だ。

 私は、改めて自分の左足のくるぶしの辺りを見た。

 これから、スキルで鉛色の杭を“なかったこと”にする。

 

 杭の存在を消すことができたとして、跡形もなくなるのだろうか。

 杭がなくなった場合、穴は残るのだろうか。

 穴が残るなら、これは根本からサシャさんには使えない。

 だから試してみるしかない。解釈はどちらが正解なのか。

 

『壊れちゃうかもよ?』

「かもしれないですね」

『そうだ、私の使徒になって、【大賢者】を得るってどう?  それなら研究すれば、杭を解除できるかもよぉ?』

「そんな、不確かな方法……。第一、私は急いでいるのです。だけど、一つだけ、見直しました」

『はぁ?』

「出来るとは、仰らなかったから」

『そんな嘘はつかないわ。だって、できるかどうかは、貴女次第だし』

「ふふ、嘘でもつかれたら、私、了承してたかもです」

『憎たらしい子。いいわ、早く惨めに叫びなさいよ』

 

 私は脳内に住む“あの”声と言葉を交わした後、棒を強く噛みしめた。

 そして鼻で息を吸い込み、息を止める。

 そして、目を閉じる――。

 

 カチ

 【拳打レベル3:任意の物を消し去る程度の能力:発動しますか?  >>>はい】

 ターゲットは、左足、奴隷の杭。

 

 目を開ける。

 私は拳を握り、軽く左足の鉛色に拳の先で触れた。

 

『ポワァ』

 一瞬淡い光が触れた場所を中心に広がった。

 その光は壁で乱反射して、やがて空気に溶けるように消えた。

 私は足を見る。

 すると杭は跡形もなくなって、傷跡すらもなかった。

 

 よし、これなら行ける、と確信した瞬間だった。

『ドクンっ、ドクンっ』

 心臓が大きく脈打つ。

 何かが、おかしい。

 私、何か大事なことをし忘れている。

 

 あれ?  息ができない……

 

「ヴぅぅぅぅぅぅヴぅぅぅぅぅ!」

 苦しい!  死ぬ……。

 

 私は、袋を被せた手で喉を掻きむしる。

 息ができない。吐くことも吸うこともできない。

『バンッ、バンッ、バンッ』

 握った拳を開き、床を叩きまくる。

 

 本気で死ぬ、いや、死ぬほど苦しい。

 しかし苦しいまま意識が落ちてくれない。

 ただ苦しい、延々と苦しい。

 

「ヴぅぅ!!」

 いつまで続くのだろう。

『まだまだ続くのよ?  壊れるわよ』

 貴女には聞いてません。

『あっそ』

 

 多分一瞬なのに、とてつもなく長く感じる。とにかく長い。

 ああ、気が狂いそうだ。

 

『仕方ないわねぇ、今回だけ、見返りなしで助けてあげる。感謝なさい?』

 この幻聴は一体何を言っているんだろう。意味が分からない。

「ヴぅぅ!!  ヴぅぅ!!」

 

『ほら、落ちろ』

 そのフレーズは、聞いたことのないような恐ろしい声だった。

 私は凍えそうな恐怖に、意識を刈り取られ――。

 

 

 

 ――うっ。

「レヴィ、おい!  レヴィ!!」

 私を呼ぶ声がする。

 

「起きて!  レヴィ!」

 いくつも聞こえる。

 

「はっ……」

 突然、目が覚めた。

 マダムが私を抱き起こし、ミルがしがみつくように涙ぐんでいる。

「あれ?  私、死んでないですよね?」

「何、馬鹿なこと言ってんの!!  もう馬鹿!!  馬鹿馬鹿!!」

 ミルがぽこぽこと殴ってきて、それが割と痛い。

 けど、おかげで生きていると実感できた。

 

「で、レヴィ、お前、成功したんだね?」

 マダムが言った。

 けど、私、なぜ気を失っていたのだろう。酷く苦しい思いをしたところまでは覚えているのだけど……。

 

 改めて見た左足には鉛色も、その痕跡もない。

 

「成功、したみたいです」

 と、私はマダムに微笑んだ。

 マダムが私を思いっきり抱きしめる。

「よくやった!  本当によくやった‼」

 

「えへへ、でも、本番はこれからですから」

 私はマダムに笑みを向けた。

 

 けど、何かが引っかかる……。

 確かに苦しい思いをした。

 けど、それ以上にもっと恐ろしいことがあったような……。

 

 だけど私は無事でいるし、左足は、杭のなかった頃に戻っている。

 

 これならサシャさんを救える。

 いや、救わなくちゃいけないのだ。

 

 けど、その前に……“とある”苦痛が私を苛んだ。

「あの、何か、食べる物を……」

『ぐぅ~』

 タイミングよくお腹が主張を始めたから体の不思議だ。

 

 そして私は、二人に食堂に運ばれる。

 

 けど……胸の奥に残る、何とも言えない違和感はなんだろう。

 何か(・・)、苦しさとは違う、何か(・・)

 

 でも大丈夫。弱気になるな、きっとできる。

 私は、自分を奮い立たせて誤魔化した。

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