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スキル、クズ。私は奴隷として生きた。  作者: 七緒 縁
第三章 ドレイ激動 
28/55

26、 シヌホドツカエナイクズスキル

『コンコン』

 サシャさんの部屋の扉にノックが響いた。

「サシャさん、お通ししても?」

「うん」

 扉を開けると、立っていたのは黒ずくめの外套姿だった。

「あ、あの、どうぞ」

 少し戸惑いながら、私はトウマさんを中へと通す。

 

 トウマさんはベッド際に歩み、簡素な丸椅子に腰かけた。

 それからサシャさんもトウマさんも、何を言うでもなく見詰め合っている。

 

「あ、あの、私、お食事の準備してきますね」

 私は少し苦しい言い訳をしながら頭を下げた。

 

「ん、ありがとう」

 そのお礼は、きっと心を読んで言ったのだろう。

 私は頷き返して部屋を出た。

 

 行き場所が定まらないまま、私は廊下を何度か行き来する。今日も思考は迷子だ。

 それでも、相談しようと思っただけましだと思い、私はマダムの船長室に向かう。

 

 ――船長室の扉をノックをしようとして、私は手を止めた。

「私は、貴女のお考えが理解できません」

 船長室からノーマさんの荒げた声が漏れ聞こえた。

 

 何かあったのだろうか。

 と、私は、ノックできないまま扉の外で立っていたが、なぜだか無性に気になった。

 だから悪いとは思いつつも、小窓から中を覗いた。

 

「ん、レヴィに話したことかい?」

 マダムは、お酒のボトルの蓋を捻った。

「ええ。レヴィが口に出さなくてもサシャはレヴィから感じ取ってしまいます。結果、レヴィがまた傷つくのですよ」

 私が傷つく?  なんのことだろう。

 だけど私を心配してくれたのは分かったから、扉の外でそっと頭を下げる。

 

 マダムはロックグラスを二つ並べる、そこに琥珀色の液体を注いだ。

 それの片方をノーマさんに差し出しながら言った。

「サシャは自分の体のこと、気が付いてるよ。あれはね、分かってやってんだ」

「え、まさか、どうやって……」

「さぁね、スキルってのはさ、持ってる本人以外分らないものが多い。ましてや、あれのスキルは【聖女】と【ライカン】だからね」

 差し出されたグラスをノーマさんは眺めているだけだった。

 マダムは苦笑してグラスを机の端へ置く。

 

 ノーマさんの視線は琥珀色を見つめたまま無言だ。

 そんなノーマさんに、マダムはグラスを揺らしながら問いかける。

「正直なところ、どうにかしてやりたい。けどね、無理なら優先すべきは何だい?」

「……。サシャに、恨まれますよ」

「仕方ないことさ。けど、もしかしたら、アタシらが出来ないだけで方法があるかもしれない」

「だから、レヴィに賭けると?」

「無責任だと思うかい?」

「……聞いてるのは私よ、クレア!」

 クレア?  とノーマさんが突然マダムの胸倉をつかむ。

 その弾みでテーブルが揺れ、グラスが床に落ちていく。

 

『ゴン』

 分厚いグラスの底が床で弾み、琥珀色が床板に広がった。

 

「あーあ、……零れちまったよ」

 マダムは琥珀色を眺めてから、ゆっくりと視線をノーマに戻す。

 ノーマさんは歯を食いしばっていた。

 そして感情を抑え込むように手を放す。

 それからノーマさんは、行き場の無くなった手を強く握りこみ、震えているようだった。

 

「一発ぐらい、殴ったっていいんだよ」

 自嘲するようにマダムは笑った。するとノーマさんは小さく首を横に振り、それから俯いた。

「殴れない……、殴れるわけがないわ。だって私も、同罪なのよ?」

「今度は泣くのかい?」

「そうよクレア。貴女に言わせて、私は貴女を責める。そして自分の無力さに泣くだけの卑怯な女なの」

 ノーマさんの震える手をマダムは摑まえ、そして抱き寄せた。

「無力さを知るのは卑怯じゃない。泣く事だって卑怯じゃない。いいかい?  決断はアタシがする。だから、その時までは足掻こうじゃないか、な?  アタシの親友」

 お二人には、当然私の知らない深い絆があるのだろう。私はただ息を殺して覗いていた。

 と、マダムがノーマさんの肩越しに私を見た気がした。

 私は咄嗟に頭を下げて隠れる。

「……覗き見してごめんなさい」

 と、小さく零して私はその場を逃げた。

 

 私を気遣ってくれている。

 そしてみんなが悩んでいる。

 でも、だからこそ、何か私に出来ることを見つけたい。

 

 それから私は甲板に出て海風にあたる。

 この辺りはきっと、館の土地より夜が早いのだろう。

 まだ夕暮れ時のつもりだったのに、いつの間にか群青色の空に綺羅星が瞬き、濃紺の海には名も知らない生物が光って見えた。

 

「レヴィ姉さん」

 呼ぶ声に、私は泡沫に思考を置き去りにしていた事に気が付く。

 そして振り返った視線の先に、金糸の髪を風に揺らされる少女が立っていた。

 

「アキ」

 私は名を呼び返す。

「疲れたの?」

 そうアキは心配そうに首を傾げた。

「どうして?」

 私も首を傾げながらアキ歩み寄る。

 

「……何となく」

 と、アキは膝を立てて甲板に座り込むと手に持った竪琴を片方の膝に置いた。

 その自然な動作を何気なく見守ってしまった私に、アキは自分の目の前を指し示した。

「座って、姉さん」

「うん」

 私は膝を抱いて座った。

 

「前に寄った港で、足の無い吟遊詩人さんに教わったの」

 そう言ってアキは竪琴を爪弾く。

『ポロン』

 弦が弾んだ瞬間、メロディが生まれ始めた。

 

 ゆっくりと静かで、私の知らない、それでいてどこか懐かしいような……。

 私は、抱いた膝に顎を添えて目を閉じた。

 

 私の心は、知らない間に泡立っていたのかも知れない。

 それはきっと焦りだろう。

 静かな調べに、泡立った心がきめ細かく均されていくような、そんな心地よさを感じる。

 

「姉さんは頑張る人だから、応援するね」

 ただ、その一言に胸の奥が熱くなった。

 そして込み上げてくるものがある。

 こんなに優しい世界で、私は生きているのだと改めて分かった。

 

 だからこそ、やれる事をしなくてはいけない。

 聞こえる旋律に癒されながら、私は同時に奮い立つ。

 

 私の瞼の内側で、意識の中に文字の羅列が浮かんでくる。

 何のために、こんな事が出来るのだろう。

 

 クズスキルと言われた私のスキルは、ある条件を満たす度、変化していく。

 今まで、私はそれを受け入れず、選択肢から除外して来た。

 

 私は、まだスキルを使った事が無い。

 初めて拳を潰した時も、トマスさんに聖書を殴らされた時も、スキルは発動していなかった。

 

 それは何故か、結局、私は自分が可愛かったのだ。

 実際、今だって自分が可愛い。こんなに優しく、そして愛してくれる、みんなのおかげだ。

 

 カチ

 【使用条件参照しますか?  >>>はい】

 【拳打レベル1:いかなる紙をも突き破る程度の能力。※ただし、使用時、死亡の可能性有】

 

 使えば死ぬスキル?

 本当に、死ぬほど使えないクズスキルだ。

 だけど私は、死ぬつもりなんて無い。

 

 カチ

 カチ

 【スキルの上位が解放されました、参照しますか?  >>>はい】

 【それに伴いリスクも変化しますが、よろしいですか?  >>>はい】

 【上位互換スキルが選択可能になりました、参照しますか?  >>>……】

 

 ここまでで、考えるのを止める。

 だって今は、旋律に心を揺らしていたいのだ。

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