24、ヒミツ
「うわぁぁぁぁん」
白いローブ姿が室内に飛び込んでくると、そのまま私に向かってダイブする。
「え!? ちょっ」
咄嗟に受け止めてしまった結果、私は弾みで尻もちをついた。
この声、そして手に当たる豊満な胸の感触……。私は白ローブのフードをめくり上げる。
「レヴィ、無事で良かったよぉ……」
やっぱり。……正体はミルだった。
「ミルがなんでここに!? その前に、私、怪我人だからね!?」
全然聞いてない。
ミルは私に抱きついたまま、本気で泣いているから、私もつられて泣けてきた。
「ミルを引き止めるのに、苦労したよ」
また一人、白ローブが入るなりフードを弾き上げた。
「ユングお嬢!」
そしてまた一人入って来る。
今度は最初から顔を出したミランダお嬢様だ。
「そうそう『助けに行くんだ!』って大暴れだったのよ」
そしてもう一人入ってきたら、答えは決まっている。
「レヴィちゃん、これ飲んで頂戴。お薬よ」
「え、“ここでも”ですか、ヨーコお嬢様」
差し出されたコップを受け取る私。そのままいつもの癖で飲み干した。
薬なのに、割と美味しい。
その間も、ミルは私に抱きついたまま、えぐえぐ、と泣いている。
コップを返してから、私は親友の頭を撫でた。
「お前が命を張って稼いでくれた貴重な二日間。おかげで皆が助かった」
その声と姿に、私の心が震えた。
「マダム……。良かった……ご無事だったんですね……」
安心した途端、どっと疲れが出たのか、私は脱力してミルに凭れかかった。
その間も、ミルはお構いなしに泣いていた。
「すまないレヴィ。お前にこんな辛い思いをさせて。最大の誤算は、あのクソガキトマスが砦にいた事と、すでにイシスとウィンザブルが同盟関係だったって事だ」
マダムは、ミルの後ろから覆うように私を抱きしめた。
「ふぇぇん、よかったよぉぉ」
途中聞こえるミルの声が、なんだか面白くて、私は泣きながら笑ってしまう。
『どぼんッ』
「もともと一日遅れで動く段取りだったんだ。その後は、船を手配して、暫くはエフネス市で様子を見るつもりが……、こうなってしまった」
『どぼんッ』
「お前と館を囮にして、こうして合流することが出来た。だが一歩間違えば、取り返しの付かない事になっていただろう。いや、それ以前に、……お前には本当につらい思いをさせて、すまなかった……」
マダムは強く私を抱きしめながら全身を震わせていた。
マダムが、私のために悲しんでくれている。それだけで十分だ。私はなんて幸せ者なのだろう。
『どぼんッ』
と、感情の高ぶりがどうにも、妙な音に邪魔される。
「……あの、所で、さっきからドボンって聞こえるのですが……」
「ああ、ノーマと子供達で掃除してるのさ。船に乗っていた余計な“荷物”を、カルロが海に捨ててるんだ。それとミモザの人間は全員無事だ。それだけじゃない、他の奴隷館や商人にも伝える事が出来た」
「ほんとですか? よかったぁぁぁ」
心底ほっとした。が、そう言えばサシャさんを見かけない。甲板にいるのだろうか?
「あの、サシャさんは?」
「ああ、アイツには冷や冷やさせられたよ」
「え?」
「お前が鎖から解放されたとき、白ローブかぶって、お前を抱き上げたのはサシャだ。しかも運びながらヒールを連発したんだ。ま、だからと言って、体力まで回復するわけじゃないからね。今は無理はするんじゃないよ?」
「そう、だったんですね……」
そうか、それで私の怪我が回復していたのか。改めてサシャさんの優しさに、幸せで胸がいっぱいだ。
ぜひ、自分の言葉でお礼が言いたい。
「今、サシャさんは?」
「うん、まあ、実は……」
マダムが神妙な顔つきになった。
「実は……?」
「船が苦手らしくてね。出港三秒で船酔いで寝込んだ。ま、疲れもたまっていたんだろう」
「なんだか……意外です」
素直な感想だ。
あのサシャさんに意外な弱点があったものだ。けど安心した。後でお見舞いに行こう。
ミルを撫でながら、私は改めて室内を見渡す。
ここには愛おしい人たちがいる。それだけで、どれほど幸せな事だろうか。
「鎖で縛られてる時、私、変な夢を見たんです」
「うん? どんなだい」
マダムが素敵な微笑みを私に向けてくれる。みんなも微笑んでいる。
「なんか、イースルール様が現れて、哀れだから転生させてやるって」
「な、……お前、それでどうした?」
マダムが血相を変えて私の肩を掴んだ。
いつもの余裕のある微笑みは消え、見たこともないほど険しい表情。
その指が、私の肩に食い込むほどの力で握られている。
その勢いでミルは横に弾かれ、
「マダム?」
と、ミルは不思議そうに首を傾げている。
「え、あ、私は幸せだから、お断りしますって言いました」
私は、不思議なほど夢を鮮明に覚えていた。
息使いや、言葉尻まではっきりと思い出せる。
「そ、そうか……。しかし、お前は、ほんと凄いよ」
安心した様子の後、マダムが苦笑する。
「そんなことないですよ」
と、私は首を横に振った。
「まあ、とにかくだ、慣れない船旅になるが、皆、持ち場をしっかりとな」
マダムは『パンパン』と手を叩く。
「レヴィは少し、海でも見たらいい。それと……、トウマ、少し付き合ってくれるかい?」
そしてマダムはトウマさんと連れだって部屋を出て行った。
「じゃ、レヴィ、後でね!」
「レヴィちゃん、ジュース作っておくから」
ミルを筆頭に、みんなが私に声をかけたり、手を振ったりしながら部屋を出ていった。
残った私は、ゆっくり立ち上がる。
そして、「う、ぅぅぅん」と、大きく伸びをしてから部屋を出た。
部屋を出ると、とんでも無く大きな海と言う水の世界が広がっていた。
「すごく広い……」
私は、大海を行く船の甲板を歩きながら、潮風を胸いっぱい吸い込む。
あれほど私に照り付けてきた太陽も、夕暮れ時の穏やかなオレンジ色をしている。
そう言えば、夢の中で神様は言っていた。
『そう、そうねぇ、具体的にはねぇ、今の姿のまま、究極のスキルにすげ替えましょ。そうだ、そうしましょ! 生来のスキルを捨て、貴女はイースルールの使徒として生まれ変わるの! うふふ。約束された次なる王』
“生来のスキルを捨てる” この言葉に何か引っかかるというか、違和感を覚えるのだ。
私は海を眺めてながら、少しだけ歪な自分の拳を持ち上げた。
出来る限り、私はスキルに頼らない。
そう心に誓いながら、秘密の作業を始める。
やり方は簡単で、目を閉じて頭に思い浮かべながら【スキル】を呼び出す。
知らない文字も、今は何となくわかる。
そして、今回の一件で、随分と“貯まって”いる
カチ
【レベル3にアップグレードしますか? >>>[はい][いいえ]】
カチ
>>>[はい]
カチ
【アップグレード条件を確認しますか? >>>[はい][いいえ]】
カチ
>>>[はい]
カチ
【上位が解放されました。互換しますか? >>>[はい][いいえ]】
カチ
>>>[はい]
【[全てを貫く拳]は削除されました】
これは、私だけの秘密だ。




