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余話 マダムノ手記

 ――あの子が来て、三度目の春を迎えた。


 最初は預かりもの。どこにでもいる、ただの奴隷だった。

 巷によくある可哀想な境遇。スキルに振り回されて、奴隷に落ちた哀れな少女。


 幼馴染に(おとしい)れられ、最初はその境遇に戸惑ったことだろう。


 恨んだっておかしくないのに、あの子は、むしろ幸せを探して、噛みしめていたんだ。

 苦しんだ分だけ優しくなれる。――そんな娘に、成長したんだ。


 アタシは、勝手に哀れんでいた自分を恥じた。

 あの子は、アタシが思うより、ずっと強かった。


 アタシは、あの子の成長を、窓から眺めている。

 今日も変わらず、庭で剣を構える。


「カルロさん、よろしくお願いします」


 『カツッ』と、レヴィの木剣を、カルロが受け流す。

 カルロもすぐに言葉を返す。


「はいよ。まあまあ、良くなったけどなぁ。ちょいと力み過ぎだぜ」


 あの子は暇を見つけては、カルロに剣を教わっている。

 護身術にはなるかもしれないが、正直に言えば、ただの遊びみたいなもんで、戦士のそれとは程遠い。

 剣士としての素養も、正直乏しい。

 スキルが無いんだから、仕方ない。


 けれど、それ以上にひたむきで、人とは違う強さがあるんだ。


 字も読めなかったあの子が、今ではノーマの代わりに、教える側に立っている。


「うん、上手ですね。あとはこの文章は、主様かそうでないか、ちゃんと使い分けるの」


 あの子の笑顔は、他の奴隷たちにも、いい影響を与えている。

 あの子は、誰よりも努力する。

 誰にも及ばなくても、そんなことは関係なく、ただひたすら努力している。

 誰に対してでも応援して、役に立とうと頑張ってる。


 そのくせ、誰よりも傷つきやすく、悲しみも深い。

 しかも、それは自分のことじゃなく、他人のために流す涙だ。

 たとえば、失われた命に、あの子は枯れてしまいそうなほど泣く。


 顧みて、立ち止まって、悲しみに膝をつく。

 だけど、その悲しみを胸に抱えながら、あの子は立ち上がり、また前へ進む。

 あの子には、そういう類の強さがあるんだ。


 アタシが神なら、あの子にこそ【勇者】を与えるだろう。

 けれど、この世界は、そうはならない。

 スキルに囚われ、人の人生を翻弄する世界だ。


 あんなにひたむきに生きる少女がいるのに、どうして報われないのだろう。

 ――いや、それは、アタシの傲慢(ごうまん)だった。

 なぜなら、あの子は、報いなんて、一切欲していないのだから。


 あの子のことで、困ったこともある。

 予想以上に、美しくなってしまったのだ。


 売ってほしいとやって来る客も、後を絶たない。

 まあ、手放すわけなんて、あるはずがないのだが。


 娼館では、あの娘を待ち望む声も多い。

 「接客係では勿体ない」と、レリンも三人娘も言ってくるが――

 それはまあ、あの子の意見を聞きつつ、おいおい考えるとしよう。


 それとは別に、巷で気がかりなことがある。

 良からぬ風の――前触れでなければ良いのだが。

 

 

 第一章 終

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