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15、シンジツ

 「――レヴィ、朝食の時間が終わる」

 ……トウマさんだ。

 すでに外套に着替えていて、私を見下ろしている。

 

「……⁉」

 やらかした。盛大に寝過ごしたんだ。

 

 塔で一夜を明かしたところまではよかった。

 暗いうちに帰るつもりだったのに、思いっきり寝てしまった。

 

 ソファーから飛び起きた瞬間、私は慌てて大事なところを隠した。

 ……裸だったことを、完全に忘れていた。

 

 トウマさんは、気を使ってか視線を逸らしてくれている。

 私は急いで服を着た。

 うう、恥ずかしくて、顔が熱い。

 

 とにかく、急いで戻らないと。

 ユングお嬢様の大怪我も気になる。

「あの、ありがとうございました!」

 頭を下げてお礼を言うと、トウマさんは首を横に振っていた。

 

 私は恥ずかしさを誤魔化すように、何度も頭を下げながら扉を押して出た。

 

 そこからは猛ダッシュ。

 途中で振り返ると、トウマさんが扉の外で見送ってくれている。

 私はその場で立ち止まり、もう一度、深く頭を下げた――。

 

 

「ふふ、おはよ。朝帰りだね」

 もう残りわずかな朝食の時間、ミルは私を待っていてくれた。

「うう、さすがに、マズいよね……」

「んー、そうでもないと思うよ」

「そう、なの?」 

 そんな会話をしながら、私は急いで朝食を口へ運ぶ。

 

「うん。事情が事情だしね」

「ミルは、何か知ってるの?」

 そう、咀嚼もそこそこに、私は食事を飲み込んでから問いかける。

「ごめん、詳しくは言えない。けど……」

「けど?」

「近いうちに、お話があると思うよ」

 

 ミルの言葉は、もちろんすごく気になる言い方だった。

 でも、それ以上にホッとした。

 だって怒られるのは怖い。

 ぶたれたり蹴られたりするより、マダムに怒られるほうがずっと怖いからだ。

 

 

 

 近いうちにお話があると、ミルは言っていた。

 だけど、それは意外と早く訪れた。

 

「レヴィ~!」

 

 食堂を出てすぐのことだった。

 ユングお嬢様に、洗濯かごでも持ち上げるような気軽さで、私の体がひょいっと持ち上げられた。

 

 腕は……うっすら赤い痕があるだけで、ちゃんと繋がっているようだ。

 欠損していても、実物があれば修復できるらしい。

 

 そして何よりの証拠に、私はユングお嬢様の腕にがっちり掴まれたまま、抱っこされて運ばれている。

「あの、お嬢様……私、どこへ……?」

「んー、どこだろうねぇ」

「ええぇ、教えていただけないんですか……?」

 華奢に見えるのに、ユングお嬢様は驚くほど力強く、私を軽々と運んでいる。

 

 途中、すれ違う奴隷の子たちに笑われながら。

 すごく……恥ずかしい。

 

 けれど、そんな私の気持ちなんてお構いなしだ。

「うふふふ」

 と、陽気に笑うユングお嬢様。

 一体、本当にどこへ運ばれるんだろう。

 

 途中、ヨーコお嬢様が立っていた。

 私は抱っこされたまま、ぺこりと会釈を向ける。

「ごめんなさいね」

 と、ヨーコお嬢様が言った。

 

 何に対する謝罪だろう――と思った、そのとき、

『ポフッ』

「え?」

 突然、私は袋状の物を頭から被せられたのだ。

 

「あの、お嬢様? これは……」

「暫く、大人しくしてね」

 

 そして――手も、縛られた。

 そのまま、どこかへ運ばれていく私。

 

 どうして、こうなっているのか。

 こうなると、途端に悪い方ばかり考えてしまう。

 私は、知らない間にお怒りを買ったのだろうか。

 やっぱり、今朝の寝坊がまずかったのか……などなど。

 

 

『ガチャリ』と聞こえた瞬間、袋越しに日差しが透けた。

 つまり、館の外へ出たのだ。

 ……いよいよヤバいかもしれない。

 

『ギィ』

 今度は、鉄の軋む音がする。

 どこかの扉だろうか。

 

『カツカツカツ』

 響いている足音。石畳?  石階段?

 見えないせいで、私はますます敏感になっていた。

 

『コンコン』

 これは、ノックの音――?

 

 私は、そっと下ろされる。

 お尻に固い感触。どうやら、椅子に座らされたようだ。

『バサァ』

 と、袋が取り払われた。

 

 最初は眩しくて、思わず目を細める。

 けれど、少しずつ視界が慣れてきた。

 

「ごめんねぇ」

 目の前で、ユングお嬢様が両手を擦り合わせている。

「てな訳で、連れてきましたよー。レヴィちゃん」

 そう言って、ユングお嬢様は私の前からすっと退いた。

 

「やっほ」

 ミルが手を振る。

 その明るさが、私をさらに困惑させた。

 

 ユングお嬢様、ミランダお嬢様、そしてヨーコお嬢様――

 娼館トップスリーが、そろって笑っている。

 レリンさんもいて、軽く頷いている。

 その後ろ、窓際には……トウマさんとサシャさんの姿。

 

「あとは、カルロとノーマだが……館を空にはできないからね」

 と、マダムが私の前に歩み寄る。

 そして、腰を屈めて私の顔を覗き込んだ。

 

「あの、これは……いったい……」

 マダムより先に声をかけてしまった。

 これはダメなことだった。

 私は、確実に混乱している。

 

 だけど、マダムは微笑んだ。

「質問は後だ。お前には、選択肢が二つある。

 奴隷を辞め、顔を変え、名前を変えて、すべてを忘れて――国外で暮らすという選択肢」

「奴隷を辞める……ですか?」

 またも混乱のせい。

 思わず問いかけてしまった。

 その瞬間――、マダムは、私の唇をつまんだ。

 

「後って言ったよな?」

「……ふぁい」

 マダムが笑顔のままなのが、逆に怖い。

 

「もう一つは、すべてを知った上で、奴隷として暮らすという選択肢」

 マダムの指が、私の唇から離れた。

 すぐに問い掛けそうになったけれど……今度は、少しだけ冷静でいられた。

 だから、失敗しなかった。

 

 赤い髪を揺らしながら、マダムが言った。

「よし、質問をゆるす」

 

 私は一瞬、考える間をもらってから――

「あの、聞きたいことが多すぎて……私、迷子です」

 それは、まぎれもない私の本音だった。

 

 みんなが笑った。

 私は、笑わせたかったわけじゃないのに。

 

「まあ、そうなるよね」

 と、ミルは半分呆れたような口ぶりで言った。

 

 でも、なんだか不思議な感覚だった。

 お嬢様たちもそうだけど……ミルは奴隷なのに、どうして“そちら側”にいるのだろう。

 

 そんな疑問が浮かんだままの私を、マダムは覗き込んだまま――少しだけ、真剣な眼差しになった。

「お前が平民に戻りたい場合、カルロが【英雄技】で足を落とす。

 死ぬと外れる【魔法の杭】は、それで消滅する」

 

 ……マダムが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。

 魔法の杭が消滅する?

 そう声に出しそうになったけれど、私はまだ冷静だった。

 だから、最後までちゃんと聞こうと思った。

 

「そこにサシャが【聖女の法術】で足をつなぐ。聖女のスキルはレアでね、完璧に繋がるよ」

 

 私は、自分の足を見下ろした。

 この辺りで――なんとなくだけど、話の全体が見えてきた気がする。

 

「そして【化粧士】のレリンが、根本から顔を変える。その顔が、これから一生の顔になるから……そこは望むままにしてやる。まあ、そこまで出来る【化粧士】は、レリンの他にはいないだろう」

 

 一生、顔を変える?

 そんなことまで出来るのか……と、無意識にレリンさんへ視線を向けていた。

 

「そして【葬儀屋】がお前の存在を抹消する。“葬られた”奴隷は、もうこの世界に存在しないことになる。人々の記憶からもね――まあ、トウマは忘れようとはしないんだがね」

 

 トウマさんに目を向けると、

 フードの下からの視線が、まっすぐ私に向けられていた。

 

「それともう一人、【運び屋】のスキル持ちがいるんだが……今は生憎、“狼娘”を配達中でね」

「よかった。じゃあ、あの子、目を覚ましたんですね」

 思わず、その言葉が口をついて出た。

 

「お前、自分のことより他人の心配かい? まあ、いい。あの娘、まだ完治には程遠いが」

 私はほっと胸をなで下ろし、たいけれど……。

 ……生憎まだ手は縛られたままだ。

 

「じゃあ、真実って……奴隷を逃がすことですか?」

 問いかけたい内容が、少しだけ定まってきた。

 そして、そのまま私の口から飛び出した。

 

 マダムは、口の端をほんの少しだけ持ち上げる。

「まあ、それは一部だね」

 そう言いながら、屈めていた膝を伸ばし、みんなをゆっくりと流し見た。

 

「アタシたちはね、【スキル】とは何なのか――それを探してる」

「スキルとは、何なのか……ですか?」

 

 そんなこと、私はこれまで考えたこともなかった。

 いや、たぶん、ほとんどの人が考えていない。

 だってスキルは、生まれる前から、当然のように存在していたものだから。

 良し悪しは別として……それは、与えられるのが“当たり前”だった。

 

「昔、人は努力で力を得ていた。もちろん、ある種の才能もあった。

 それが、ある時期を境に“スキル”という形で発現し……地位は一変した。

 今や、すべてスキルで測られる世界。それが、この世界さ。

 

 もちろん、努力がなくなったとは言わない。

 けどさ――生まれた時から、誰かは“不幸”と決め付けられて、誰かは“幸福”だって言われる。

 ……そんなのさ、おかしいとは思わないか?」

 

 マダムは、今度は腰を折り、私の瞳の奥を――深く、深く覗き込むように顔を寄せた。

 

 生まれながらに不幸……とは。

 私は、生まれたときから不幸だったのだろうか。

 

 私が長く思い悩むあいだ、場に訪れた静けさは――完全なものではない。

 私は、人々の息遣いを耳にしながら、ただ……深く深く考えていた。

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