10、 スキル
「どうしたの、レヴィ?」
「ん? どうしたって、何が?」
朝食をとっているとき、ミルが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「顔色、あまり良くないよ」
「え、悪い? ああ、寝不足かも……」
昨日、少女のことやトウマさんとのことが頭から離れず、なかなか寝つけなかった。
そのせいで、ベッドに入って目を閉じたものの、頭の中で色々なことがぐるぐる回り、結局寝たのか寝ていないのかもわからないまま朝を迎えてしまった。
「眠れる香り、作っておくから、後でこっそり話しかけて」
ミルには、こうしたことを頼むことができる。
薬剤の使用は、彼女の判断で許されている部分もあり、実際、奴隷たちの体調管理を任されているため、咎められることはないのだろう。
「うん、ありがとう」
ミルの気遣いが、昨日から胸に残っていた重さを少しだけ溶かしてくれるような気がして、ほんとうに嬉しかった。
朝食を終えた後、私は年下の奴隷たちと一緒に、ノーマさんの授業を受けることになった。
「いいかしら? レヴィ以外、まだあなた達はスキルを得ていないけれど、どんなものかは知っておきなさい」
ノーマさんが黒板にチョークを走らせながら言った。
引き合いに出されて少し焦ったけど、スキルの話は気になる。
実際、私はスキルについてあまり知識がなかったけど、ここで学ぶ知識全般が、平民の子たちよりも何倍も進んでいるように感じていた。
「一般的にスキルは大きく分けて五つの種類があるの。まず、英雄技に代表される【技】という種類。これは、英雄技に属するすべての術を習得できるってこと。例えば、剣術や槍術とかね。独自の秘技も存在するわよ」
技とつくスキルには、スキルツリーってものがあって、発展させることができるらしい。
確か、トマスは英雄技と英雄魔法技を持ってたから、あれだけもてはやされたのも納得できる。
「次に【術】、これは【技】の一つ下の種類。もっと範囲を狭めて、例えば剣に特化する術、剣術や、弓術は弓の能力が向上するスキルね。いわゆる特化スキル。突き詰めれば、その技術だけで技全体を上回ることもできるけど、複合的に見ればその限りじゃないわ」
世間一般に、この段階のスキルがあれば、仕事に困ることはないらしい。
奴隷でもそれは変わらなくて、特化奴隷って分類されるんだって。
「次に、【士】【師】や【人】ね。レヴィ、例えばどんなのがある?」
「えっと、【商人】や【調香師】とかでしょうか?」
「はい、その通り。これは、ある一定の分野に特化するスキルね。商人なら、話術や算術、交渉術、鑑定術なんかが取得できるわ。そして、今レヴィが言った調香師もそうで、調合術や薫香術といった特殊な術が含まれてるわよ」
ミルはそれだけ特殊なスキルを持っているのか。
そういえば、【葬儀屋】というスキルのトウマさんは、どんな術を使えるんだろう。
私は昨日の出来事を思い出していた。
「レヴィ、窓の外に何か気になることでもあるの?」
「あ、いえ! すみません!」
ノーマさんに思考が引き戻され、子供たちにもくすくすと笑われた。
「いいかしら? 次に、名前そのものがスキルとなる、例えば【蹴撃】【剣撃】【打撃】。一見似ているようだけど、技術面より、むしろ腕力や膂力、握力など、身体の強化が関係するスキルよ。型があるわけじゃなく、そうした行動に付随した力を強化するものね。そのため、このスキルは工夫や木こりなどの職業に好まれるけど、あくまで応用で、【山師】などの特化スキルの方が珍重されるわ」
私の父親は木こりをしていたから、もしかしたらこうしたスキルを持っていたのかもしれない。
「そして固有スキルね。まあ、【士】などに近いけれど、似て非なる物で、言うなれば魔族に近いものが多いの。例えば、ライカントロピー。いわゆる狼化であったり、ヴァンパイア。ほとんどお目にかかることはないけど、ネクロマンサーという忌まわしいスキルもあるわ。このスキルは、事によってはその場で処分されることもあるけど、発生確率はほぼゼロに近いわ。ここ十年では確認されていないわね」
確認されていない……か。
でも奴隷は、公の場で天賜の儀をすることはないから、表に出ないだけかもしれない。
私は考えの途中でふるふるっと首を振って、その考えを振り払った。
「レヴィ……?」
「す、すいません」
「「くすくす」」
ああ、また子供たちに笑われた……。
「まあ、奴隷に固有スキルがあれば、裏で高く取引される場合もあるかもしれないし、それがきっかけで事件に巻き込まれることもあるの」
ここでノーマさんは、私をちらっと見た。多分、昨日の一件のことだろう。
「最後に、ツリーもなく、副次的な意味もないし、身体的変化もなく、ただ、それのみというスキルもあるわ」
ああ、私のことだ……と、すぐに分かった。
「昔、【研ぐレベル1】というスキルを持った人がいたんだけど、スキルの内容は【切れ味が戻る】だったの。それ自体は鍛冶師に劣るし、生産職の中ではあまり意味がなかったわ。そもそもスキルがなくても、当然研げば切れ味は戻る物だったしね。けれど、どういう経緯でかは分からないけど、変化したの【研ぐレベル2】にね」
通常の生活で当たり前にできることだけど“変化するなら”、もしかしたら私も……と、少しだけ心が騒ぐ。
「【研ぐレベル2】の意味も明らかに変化した。【切れ味が長持ちする】ってね。けど……」
けど? その含みがすごく気になる。
「十五歳で取得した【研ぐレベル1】が【研ぐレベル2】に変化したとき、その人は既に八十歳を迎えていたの。それ以来、レベル付きは不要認定されるようになったの。まあレベル付き自体、固有スキル並みに出現率は低かったのだけど……」
私はがっかりしてしまった。
むしろ、一瞬でも期待した自分が馬鹿だったのだ。
授業が終わると、ノーマさんが言った。
「今日は、私の助手は良いから、マダムの所に行きなさい」
私は、心の中で首を傾げながら、
「畏まりました」
と、頷いて見せる。
一体、何の御用だろう?




