1、クズのスキル
何十人かに一人の割合で異世界にいたという前世を持ち、そのほとんどがスキルに恵まれる。
そして誰もが異世界転生者に憧れ、希望を胸に天賜の儀に臨む。
天賜の儀とは、十五歳になると神からスキルを与えられるという儀式の事で、厳密に言えば持って生まれたスキルが何であるかを可視化する事で認識する儀式だ。
大抵の場合、自分が異世界転生者かどうかは、スキルの良し悪しで判断できる。
異世界からの転生なのかはさておき、スキルが二つあれば、それは一度転生をしている証、三つなら二度。
事実はわからないが、そう言われている。
そして数あるスキルの中でも、異世界転生者だけが持つというスキル。
それが【英雄技】【勇者技】と呼ばれるスキルだ。それを授かれば恩恵は計り知れないらしい。
【辺境都市ザーマルス】
今年は、私を含む九名の子供が天賜の儀に臨んだ。
有望なスキルを持っていれば、高待遇での仕官が約束される。
もちろん仕官しない者もいるけど、それでもザーマルスにいる限り、かなりよい身分が約束される。
具体的には、有望な商業スキルなら一等地物件がもらえたり、スキルによっては爵位の授与まである。
いろんな分野での優遇がある。
誰もが憧れる転生者スキル。
誰もが夢見る異世界転生者優遇。
もちろん私も異世界転生者に憧れるけれど、期待はしていない。
だって、私は平凡なんだ。
平凡なら平凡らしく、できれば便利なスキルで、もっと言えば複数あればいいなぁ、とは思ってた。
儀式が執り行われる領主様の城の大広間は、調度品一つ一つが輝いて見える。
煌びやかで、まるで住む世界が違う。
参列する城の人たちも見るからに上等な衣装と装飾だ。
私もこの日のためにあつらえた礼服を着込み、天賜の時を待ってる。
緊張で心臓が飛び出しそうだ。
「次、トマス・ルルーリ」
神官様に今呼ばれたのは、私の幼馴染で泣き虫のトマス。
呼ばれたら大きな水晶に触れる。
この大きな水晶は、とても貴重なものらしくて、どういう仕組みなのか、水晶の中央にスキルが表示される。
今後は、念じるだけで頭に浮かぶらしい。
聞いた話では、持ち運べるような小型の水晶も存在するらしいけど、お金持ちや貴族様でないと手に入らないような高価らしいから、一生縁のない代物だと思う。
トマスが水晶に触れる。
トマスは優しいから人受けはいい。
華奢で顔だちも綺麗だから女の子からの人気もわりとある。
でも、男のくせに泣き虫。
私が助けてあげないと、いつも泣いていた。
そんなことを思い出しながら見守る。
トマスの手が水晶に触れたら、すぐにすごい歓声が上がった。
【英雄の剣技】【英雄魔法技】【収納空間】
三つもある。
文字の意味はわからないけど、凄いスキルなのは何となくわかった。
『やったねトマス!』
と内心でとどめて、ガッツポーズ。
私は自分の事のように嬉しかった。
ザーマルス領主のウインザブル辺境伯様が椅子から立ち上がって、煌びやかなマントを翻す。
辺境伯様は、【英雄技】って付くスキルを持っていることで有名。
みんなが憧れる存在で、雲の上の人。
そんな領主様が、大広間で見守る人たちに言った。
「彼は英雄技の持ち主だ! 最上級の待遇で迎えよう!」
参列者からはもっと大きな歓声があがって、トマスは恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
次々と順番が進んでいくにつれて緊張で落ち着かない。
私は最後の九番目。
八人までが終わって、スキル二つ持ちが三人、そして三つ持ちのトマス。
個性的なスキルを持った子もいて、「今年は当たり年だな」って、参列する貴族様の声が聞こえた。
「次、レヴィ・フォルテ」
名前が呼ばれた。
私は数回深呼吸してから水晶に近寄る。
心のなかで掛け声。
『えいっ』
と、両手で触れる。
あっさりと水晶の中央に文字が浮かんだ。
残念ながら、文字は一つ。
【拳打】
けんだ? 読み書きのできない私にもなぜだか読める。
不思議な感覚。
「ふむ、【拳技】ではなく、【拳術】でもない。【拳打】とは? レヴィとやら、スキルを実践して見せよ」
ウインザブル辺境伯様が首を傾げながら言った。
私は直ぐに頭の中で使い方を思い浮かべる。
というか、呼び出すという感じが近いかもしれない。
【拳打レベル1:いかなる紙でも突き破る程度】
今度もやっぱり読めるというか、わかる。
スキルとはそういうものなのかな。
やっぱり不思議な感覚だ。
だけど、今はそれどころではなくて。
なんと言っていいかわからない私は両手を組み合わせ、領主様に訴える。
「領主様、あの、紙を突き破る程度の能力と……で、ですから実践と言われましても」
「ふむ、それは変化するものかもしれないな、誰か手伝ってあげなさい」
領主様が手を挙げて衛兵を呼んだ。
衛兵の一人が私の前に立つ、そして鉄色の鎧のお腹辺りを摩りながら言った。
「さぁ、ここを殴ってみなさい」
「え、でも……」
「いいから早く。このままでは領主様のお怒りをかうぞ」
戸惑う私を、衛兵の小声が急かしてくる。
私はおそるおそる衛兵のお腹、つまり鎧の腹部を殴った。
『こつん』
……特に何も起こらない。当然だ、だって鎧は紙じゃないから。
スキルの持ち主である私には、やる前から分かっていたことだ。
だけど領主様には逆らえないから、言うことを聞くしかなかった。
「もっと、強く」
領主様が言う。
「はい……」
『ゴツン』
「もっと!!」
「む、無理です、……痛くて、」
痛くて涙があふれる。
声は震えて言葉がうまくまとまらない。
喉の奥が苦しくなった。
すると衛兵が私の手首を掴み、低い声で囁く。
「馬鹿者。怒りを買ってからでは遅いのだぞ、可哀想だが我慢するのだ」
怖い、寒気が背筋を這い回る。
なされるがまま、衛兵が無理やり私の拳を鎧の腹部へとぶつける。
『ガツン』
鈍い衝撃が、一瞬で鋭い痛みへと変わる。
「痛ッ……!」
衛兵は領主様の顔を伺う。
やめてください、と願うまもなく私の手は握られたまま、再び鉄の鎧に叩きつけられた。
『ゴッ、ゴッ』
私も、領主様の顔を見上げて訴える。
はやく、やめろと言ってください。
声にならないから、一生懸命に目で、表情で訴える。
『ゴキッ……』
私の拳から嫌な音が鳴った。強制的な終わりだ。
意識から一呼吸遅れて、さっきとは比べ物にならない激痛。
「うあぁああぁぁ、痛いッ!」
衛兵が手を離した瞬間、私は膝から崩れてた。
「ふむ、どうやらゴミのようなスキルであるな。将来的に変化したら何か考えるとして、もう下がるが良い」
痛くて何も考えられなかったけど、ゴミスキルだから、もういいって言われたのだけはわかった。
世界から切り離されたような、そんな感覚がする。
痛みの向こう側で、歓声が聞こえる。
それは誰かに対する祝福なんだ。私にじゃない。
私に向けられるのはきっと、ゴミを授かったことに対する嘲笑だ。
と思ったけど、それすらなかった。
誰も私を見ていない。
拳の痛みが心までえぐってくる。
『……こんなはずじゃなかったのに』
私は、片方の腕を抱き、大広間を抜け出した。
痛いって、こんなに不自由なことなんだ。関係ないはずの足がもつれて、何度も転びそうになる。
こんなになってるのに、誰も気づかない。
誰も振り向かない。
右の拳が、伝わって腕全体がズキズキと痛む。
私は、声を出して泣き叫びながら、城門を潜る。
誰一人、私を助けてはくれなかった。
みんなはお祭りの中にいて、門番すらもトマスに夢中だったから。
私は途中何度も蹲まりながら、なんとか自宅へと辿りついた。
右手を抱きながらベッドに潜り込んだら意識が――。
――私はトマスの声で目が覚めた。
「レヴィ、大丈夫かい?」
窓の外はまだ暗い。
早くして両親を亡くした私は、叔父夫婦の家でお世話になっていた。
正直よくは思われていなかったけど、生活はさせてもらえた。
儀式前は、良いスキルを授かって、優しくなった叔父夫婦と仲良くなるなんて妄想してた。
だけど現実は、“ゴミのようなスキル”を授かり、拳は砕けてベッドに横たわっている。
夢ならよかったのに、この痛みが事実を突きつける。
「ねぇ、レヴィ?」
椅子に腰かけたトマスが、私を覗き込んでいる。
上等なマントを羽織って貴族様みたいだ。
「凄く痛いよ。トマス……来てくれてありがとう」
トマスの顔が見えただけで、痛みが少し和らいだ気がした。
「ねぇレヴィ。君のスキルは確かに残念だったけど、君は器量もいいし色々できるから」
言葉は慰めのようなのに、何かがおかしくて。
「うん? うん」
トマスの微笑みは、いつもと同じように見えるのに、やっぱり何かが違う気がした。
「ボクさ、領主様にお願いしたんだ」
「……何を?」
「レヴィをボクの奴隷にしたいって」
まるで他愛ない世間話みたいに、トマスは私に対して穏やかに告げてる。
それが他人事みたいに思えて、頭を通り抜けかけていた。
けど、遅れて理解が追いついて、聞き間違いかと、間違いであってほしいって思って問いかける。
「奴隷って……?」
「ほら、だって、おじさん達も言ってたよ。君の処分をどうにかしたいって。それに知らないところより、僕に飼われたほうが君だって安心だと思うんだ」
トマスの声を、私の頭が理解を拒絶してる。
「なに、飼うって……? ねぇ、トマス。私達友達じゃないの?」
「うん、突然だもんね。でもこれが一番幸せだよ。それと一応、そんなに気にしてないけど僕は貴族になったから“トマス様”ってちゃんと呼ばないと、お仕置きしなくちゃいけないからね?」
トマス“らしく”ない、たちの悪い冗談だと思った。
私は痛みを堪えながら、ベッドの上に体を起こした。
「そんな……何かの間違いよ。スキルだって、きっと解釈が違ったんだよ!」
ちゃんと話せば聞いてくれるって思ってた。
なのに、
『パシンッ』
トマスが私の頬を引っ叩いた。
私は固まってた。
右手の痛みより、何よりこの理不尽な頬の痛みが意味が分からなくて。
酷く悔しかった。
それと同じくらい信じてた自分が情けなくなった。
「……」
「明日の朝、迎えに来るからね」
そう言い残しトマスが部屋を出ていく。
少し開いたままの扉の隙間から、トマスにへこへこ頭を下げる叔父夫婦が見える。
その隙間から叔母さんと目が合った。
後ろめたさもないのかな、態度を隠そうともしてなかった。
私は握れない拳を眺める。
「……バカみたいだ」
ドレスで着飾って、さっきまで浮かれていた自分が酷く滑稽だった。
夜が静か過ぎて、心臓の鼓動が、やけに大きく響いている気がした。
トマスは笑っていた。
あれは、私の知っているトマスじゃない。
でも、何がどう違うのか、わからない。
ただ、ひどく怖い。
……だから、私は逃げる。
どこか遠くへ、朝が来る前に……。