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前代未聞の理由で婚約破棄されました

作者: 満原こもじ

 とあるパーティーの会場で、わたくしの婚約者ダリル・オールディス伯爵令息ががなり立てました。


「もう嫌だ! カナリー・ホール子爵令嬢、オレは君との婚約を破棄する!」

「ええ……? ダリル様、何故ですの?」

「だって君はオレの前で屁をこかないじゃないか!」


 こんな理不尽な理由で婚約破棄されるなんてこと、あるのでしょうか?

 前代未聞では?

 世の中不思議に満ちていますね。

 ……いえ、わからなくもないのですが。


 加護というものがあるのですよ。

 神様から稀にいただくことがある恩恵のことです。

 ほとんどのケースで、教会で行われる一〇歳の洗礼式で明らかになります。


 もちろん一口に加護と言っても、その効果はピンキリなのですよ。

 『聖女』や『剣聖』のような、歴史に燦然と名を残す方々の持つ凄まじい加護は有名です。

 でもわたくしのいただいたは加護はすごいものではありません。

 『放屁』の加護というものです。


 判明した途端、爆笑されましたね。

 教会の礼拝堂で爆笑って、あまりないことだと思いますけど。

 その日からわたくしは『放屁令嬢』として有名になりました。


 初めは不名誉なあだ名かと思いましたけど、そうでもなかったです。

 爆笑されたのは洗礼式の時だけ。

 その後わたくしをバカにした者は、ことごとく不幸な目に遭いましたから。

 といっても鳥の糞が頭に落ちるとか調度の角に足の小指をぶつけるとかの、些細なものですけれどもね。


 神の加護を嘲るのは不敬なことだという認識が定着すると、わたくしは一目置かれるようになりました。

 一時期神様がついていると得意になりましたが、待てよと思ったのです。

 ひょっとして神様の加護に相応しくない振る舞いは、自分自身にバチが当たるんじゃないかしら?

 いけません。

 わたくしは慎んだ行動を心がけるようになりました。


 わたくしの名前だけはパッと広まりましたが、『放屁』の加護がどういうものかを知る者は、実はごく少ないです。

 加護の研究をしてくださった宮廷魔道士くらいじゃないですかね?

 自分で自由自在に放屁できるわけではありません。

 まあ要するに近い未来におならをしそうな人と、音の程度がわかるというだけ。


 しょうもない、くだらないと言うなかれ。

 神様のバチが当たるかもしれませんよ。

 きっと神様も何らかの意図があって、わたくしに『放屁』の加護を授けてくださったのだろうと思います。

 ではわたくしのやるべきことは何でしょう?


 御存じの方も多いでしょうけれども、パーティードレスというものは結構お腹を締めつけるものなのです。

 油断して笑ったりすると出ちゃうの。

 貴族学校に通うようになると本格的な社交の前段階として、会合やパーティーの機会が増えます。

 だからそうした会場で令嬢のおならの気配を感じた時に側に寄り、あーらごめんあそばせと恥をかかせないようにするという活動をしておりました。

 『放屁』の加護持ちのわたくしならば笑われることはなく、場が丸く収まりますからね。


 そうしましたら令嬢方に感謝されることも多くなりました。

 わたくしのおならの音を聞くと幸せになるという噂まで。

 少々恥ずかしいのですけれども。


 しかし皆様の役に立っているのならばいいですよね。

 神様の意向にも沿うのではないかな? と思うのです。

 そんなわたくしも婚約することになりました。


 ダリル様は貴族学校で同学年です。

 特別どうと感じたことはありませんでしたが、何と言っても格上オールディス伯爵家の嫡男ですから。

 いいお話だなあと思っていました。

 まずまず普通にやれていると思っていたのですけれども、いきなり婚約破棄とはこれいかに?


 ――――――――――フレイザー・アーチボルト侯爵令息視点。


 ダリルのやつがやらかした。


「もう嫌だ! カナリー・ホール子爵令嬢、オレは君との婚約を破棄する!」

「ええ……? ダリル様、何故ですの?」

「だって君はオレの前で屁をこかないじゃないか!」


 うちアーチボルト侯爵家主催のパーティーで何してくれてるんだ……いや、父上は興味深そうだな。

 面白い余興だとでも思っているんだろう。

 父上はハプニング好きだからな。

 このまま流して経過を観察しろ?

 了解。


「おならをしないことが婚約破棄の理由になるとでも?」

「君は『放屁令嬢』だろうが!」


 『放屁令嬢』のワードが出たことで、一層パーティー参加者の注目を集めたように思える。

 カナリー嬢は加護持ちということで有名な子爵令嬢だ。

 しかし僕やダリルと同じ十六歳で、今年社交界デビューしたばかり。

 同年代の集まりはともかく、本格的な夜会に参加する機会がそうあったわけじゃないはず。

 『放屁令嬢』の異名を知っていても、名と顔が一致する年上の年代の者は多くなかったかもしれないな。


 カナリー嬢は淑女だ。

 『放屁』の加護を持つということばかりが取り沙汰されるが、賢いし慎ましやかだし、おまけに所作が堂々としている。

 なるほど、神が加護を授けるのはこういう令嬢なのかと感心していたのだ。

 色物扱いされてしまうのは不憫だと思っていた。


「君の屁音を聞くと幸せになれるそうじゃないか」

「ただの迷信ですよ」

「いいや違う! オレに屁音を聞かせないのは、含みがあるからだ!」


 何これ?

 ひどい言いがかりだなあ。

 見ようによってはコントみたいだ。

 父上も肩が小刻みに上下してるわ。


 公開婚約破棄なんて令嬢にとっては悲劇、もしくは災難だと思う。

 でもカナリー嬢はちっとも困っているようには見えない。

 『放屁』の加護持ちということで不純物の混じった目で見られ、場慣れしているということもあるのかも。

 大したものだなあ。


「ええと、ダリル様は屁音マニアというわけではないのですよね?」

「違う! オレが聞きたかったのは君の屁音だけだ!」

「まあ、情熱的」


 屁音マニア! 何という変態性。

 皆が笑ってるじゃないか。

 ダメだ、僕もお腹痛い。


 しかし公開婚約破棄の最中だと言うのに、カナリー嬢は余裕があるなあ。

 今の屁音マニアのやり取りなんか、明らかにパーティー参加者に楽しんでもらおうという意図なんじゃないかな?

 一方でダリルは周りが見えていないっぽい。

 役者が違うわ。


「婚約破棄、お受けいたします」

「おお、そうか!」

「でもこれでダリル様はわたくしのおならの音を聞けなくなっちゃいましたね。幸せになれませんよ」


 爆笑。

 休んでいた方々まで皆立ち上がってスタンディングオベーションだ。

 ダリルは初めて周囲の様子に気付いたようでキョロキョロしている。

 が、カナリー嬢は艶やかに手を振り、拍手に応えている。


 父上の方を見ると……。

 二人を退場させろ?

 了解。


「ダリル、カナリー嬢。控え室の方へどうぞ」


          ◇


 ――――――――――控え室にて。カナリー視点。


 ダリル様はさっさと帰宅してしまいました。

 ダリル様、婚約破棄の経緯をちゃんと説明できるでしょうか?

 今日に限って伯爵様もうちの父様もパーティーに参加してなかったのが悔やまれますね。


 でもエンターテインメント仕立てにしましたから、嫌でも伯爵様の耳には入るでしょう。

 ダリル様との婚約が蒸し返されることはないと思います。

 気持ちを切り替えて前に進むだけ、なのですが……。


「はあ……」

「おや、どうしたんだい? カナリー嬢」


 フレイザー・アーチボルト侯爵令息が話しかけてくださいます。

 今日のパーティーの主催である侯爵様の御子息です。

 婚約破棄されたわたくしを気遣ってくださるおつもりなのでしょう。


「申し訳ありません。つい気が抜けて、ため息が出てしまいました。はしたないですね」

「いや、即興劇の主演女優だったものね。すごく面白かったよ」


 面白かったと思っていただけるのは重畳です。

 しかしわたくしが婚約破棄されて傷物になった、という事実は変えられないのですよ。

 父様母様に申し訳ないです。

 困りました。


「あまりにもカナリー嬢が落ち着いていただろう? 事前の打ち合わせでもあるのかと思ったくらいだよ。でもダリルの切羽詰まった様子からすると、そんなことはないとわかったが」

「わたくしにとっても寝耳に水でした。ダリル様とはうまくやれていたつもりだったのです。自分のことなのに、全然わかってなかったですね。不甲斐ないです」

「いや……こんなこと言うのは反則かもしれないが、ダリルは最近、ジョアン・レイク男爵令嬢と距離が近いなとは感じていたんだ」

「そうなのですか?」


 全然気付かなかったです。

 自分の間抜けさ加減が嫌になりますね。

 いえ、わたくし自身がダリル様にあまり注意を払っていなかったという証左なのでしょうか?

 ダリル様はジョアン様みたいな、可愛らしいタイプが好きなのかもしれませんねえ。


「やあ、カナリー嬢」

「あっ、侯爵様?」


 フレイザー様の父君、ハーシェル・アーチボルト侯爵です。


「本日は侯爵様主催のパーティーにケチをつけてしまい、まことに申し訳ありませんでした」

「何の何の。スタンディングオベーションだったじゃないか。最高のイベントだったよ。私も大変鼻が高いね」


 侯爵ハーシェル様にそう言ってもらえると救われますが。

 侯爵様は愉快なことが好きな人なのでしょうか?


「ところでカナリー嬢。うちのフレイザーはどうかな?」

「どう、と申しますと?」

「無論、次の婚約者としてだが」

「えっ?」


 フレイザー様は爽やかな殿方だなあとは思っていましたけれど。

 でもアーチボルト侯爵家の令息なんてわたくしとは全然身分違いですから、どうこうなんて考えたことがありませんでしたよ。

 ええ? フレイザー様のわたくしを見る目が熱っぽいのですけれど。

 脈ありなのですか?


「フレイザー様は優秀で素敵な令息だなあ、と思ってはおりました」

「カナリー嬢は有名人だから、色々調べさせてはいたんだ。いや、報告書以上に今日の裁きは恐れ入ったね。エンターテインメントとして大変結構だった」

「お褒めいただき恐縮です」

「で、どうかね? フレイザーは」

「わたくしとしては大変結構なお話だと思っております。フレイザー様はよろしいのですか?」

「僕は以前から、カナリー嬢は淑女だなあと思っていたんだよ。婚約者になってくれるなら、こんなに嬉しいことはないんだけど」

「うちホール家は子爵の家格に過ぎませんが……」

「カナリー嬢自身が神に選ばれし加護持ちだからね。アーチボルト侯爵家としては文句ない。話題に出しやすいのがいいね」


 加護持ちであることが評価されているみたい。

 『放屁』が認められるなんて、くすぐったいですね。


「では両親と相談致しまして、早急にお返事させていただきます」


          ◇


 ――――――――――三ヶ月後。カナリー視点。


「……というわけで、ダリルとジョアン嬢の仲は破綻したそうだ」

「まったくダリル様はおバカさんなのですから」

「ハハッ」


 ダリル様はジョアン様にも屁音を聞かせろと迫ったそうです。

 オレを愛しているなら可能なはずだと。

 結局誰の屁音でもよかったのではないですか。

 ダリル様が変態だったとは知りませんでした。

 婚約破棄されてよかったです。


 新たに婚約者となったフレイザー様は、話題が豊富でとてもウィットに富んでいらっしゃいます。

 アーチボルト侯爵家なんてすごく家格が高いのに、フレイザー様は偉ぶらないですし。

 わたくし幸せですわ。

 でも……。


「ん? カナリーどうしたかな?」

「……不安なのです」

「何が?」

「順調で、いいことばかりあり過ぎて」


 神様の加護をもらっては大笑いされ、婚約しては破棄されるのがわたくしの今までの人生だったんですよ?

 今の状態は悪いことが起きる前兆なのではないかと不安で。


「ふうん。カナリーはそう考えちゃうタイプか。傍からはわからないものだな」

「えっ?」

「カナリーには好意を持っている人が多いと思うよ。いや、これはおならを庇ってもらった令嬢がという意味ではなくて、令息側の見方だけど」

「……でしょうか?」

「もちろんだよ。ただ大人しいだけじゃない、存在感のある淑女だもの。君はダリルと婚約していたから、露骨にアタックする者はいなかったろうけど」

「でも……わたくしはダリル様に好かれていませんでしたし」

「変態の性癖は当てにしないほうがいいと思うよ?」


 あっ、フレイザー様の言う通りですね。

 目から鱗が落ちた気分です。

 やはりフレイザー様は素敵ですね。


「大体神が加護を授ける対象として、いい加減な者を選ぶわけがないんだよね」

「うふふ、ありがとうございます」

「パーティーの日、父がすぐに僕との婚約の話を持ち出したろう?」

「はい」

「状況を収めるカナリーの手際を実際に見て、また誰かに取られちゃかなわんと、早目の対応に出たんだと思う」

「……でしょうか?」

「間違いないね。ダリルの『放屁令嬢』発言で、パーティー参加者の興味をいっぺんに引いた。社交にも有利と判断したんだ」


 考えていたよりわたくしって注目されていたみたい?

 いえ、『放屁』の加護のことがありますから目立っているのはわかっていましたけど、いい意味で注目されていたとは知らなかったです。

 神様はわたくしを良き方向に導いてくださろうと、加護を授けてくださったのですね。

 ありがとうございます。


「父の発言は僕もビックリしたんだけど、その決断にグッジョブって言いたくなったね。カナリーが婚約者なんて、毎日が楽しくて」


 フレイザー様に喜んでもらえると、わたくしも嬉しいです。

 以前の婚約では変態さんになかなか喜んでもらえませんでしたから。

 うまくやれていると思っていたのは、やはり勘違いでしたね。

 今の方がよっぽど楽しいですもの。


「僕は屁音を聞かせろなんて言わないから」

「まあ、フレイザー様ったら」


 アハハウフフと笑い合う、これが本当の婚約というものなのですね。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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にわか冒険者の破天荒な一年間 ~世界の王にあたしはなる!
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おならって、可愛いですよね。 放屁って、品の良い言い方なんだろけど、わざわざ口にしない類の単語を···(・・) これでもかと!! 又々、楽しませて頂きました♡
元婚約者が割とガチ目の変態にされている…!本意はそうではないのだろうけど、外野から見たら完全にそれですもんね。 人前で咄嗟の判断でこう話の流れを自分に取り戻し、最後に見事なオチまでつけて笑いにするなん…
屁負比丘尼からきたお話と思いきや 天啓だったとは…! 読みは「へおん」でよろしいのでしょうか? 前代未聞の天啓に臆すことなく ステキ主人公を生み出し 斯界に〝新風〟を巻き起こされた作者様に いろいろ…
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