フォビドゥン・パスト
それは、愉しい時間だった。
久しぶりに父が振る舞ってくれた家族サービスだった。母から笑みは絶えず、妹はずっとはしゃぎっぱなし。そしてそれらを見る父は、照れ隠しに頭を掻いていたりした。
多分、高級イタリアレストランだった。何十階だかにある見晴らしの良い場所だった。値段やネームバリューなんかは枢には良く分からなかったが、そのレストランの装飾や客の落ち着いた振る舞いなんかに、とりあえず高そうだなんてことを全身で感じていた。出てきたパスタやピザらしき、かと言って今まで見たことがあるようなものではない料理からも何となくそれらの雰囲気は感じ取れた。
静かで落ち着いた空気なのに、妹ははしゃぎっぱなし。料理がおいしい、高くて景色が良い、そして何より久々の家族全員での食事ではしゃいでいた。
それを母が諭す。妹はそれに膨れる。父が苦笑する。枢はそんな場所で、自身も笑っていた。
愉しかった。久々に顔を見せた父は少し痩せて疲れていそうだったけれど、幾度も笑顔を見せてくれていた。まあ、その殆どが照れ笑いだの苦笑だので、ホームビデオに出てくるような理想的な父とは言えなかったが。
それでも、枢にとっては最高の父だった。
家に帰れず仕事に明け暮れているのは何より家族の為だろうし、その証拠に家自体は潤っていった。そしてこうしてちゃんと家族のことも考えているあかしに、食事に連れて行ってくれる。父はその日の夜中にはまた会社に行くらしい。それでも、連れて来てくれたのだ。
だが、そんな時間は一発の銃声により砕かれた。
突然だった。客に扮しスーツを着ていた男が懐から銃を抜き、ウェイターを撃ち殺した。レストランは悲鳴に包まれる。それを皮切りに防弾ベストを着こんだ男たちが一斉に現れた。凡そ十数人。皆、その手に黒光りするアサルトライフルを握り締めていた。
奇妙にひん曲がった弾倉を振りかざしてこう言う。
「床に伏せろ! 手は頭の後ろだ!」
一人の男がふざけるなと反発した。恰幅の良い男だった。その男の隣には枢の妹と同じ年齢ほどの息子が座っていた。息子は父の腕に庇われるように抱きついていた。その男は撃ち殺された、一切の躊躇いなく。額に一発、一瞬だった。
飛び散る血潮が息子の顔に飛ぶ。瞳の色は喪われた。叫びを撒き散らし、涙を雪崩れさせた。射殺された。
異常なほど、殺すことに抵抗のない男達だった。
またも悲鳴が飛び交い始める。一人の男がライフルを乱射しながら横に薙いだ。三十発もの銃弾が横に破線をつけていく。幾つかの弾丸は客の腕や肩に着弾していた。
耐えきれず逃げ出そうとした女性がいた。真っ赤なドレスを着こんだ中年女性だった。直ぐにそのドレスはそれより濃い深紅の色で染められた。
そしてもう一度叫ぶ。抵抗するな。黙って従え。さもなくば撃ち殺す。その場にいる人間は承服を余儀なくされた。
やがて客の全員が床に伏せたのを見ると、テロリストは一人一人の顔を確認し始めた。それを枢は隙間から辛うじて覗けていた。
「怖いよ……」
隣では泣きながら結衣が呟いている。見ることは叶わない。自分の腕が邪魔だった。
「大丈夫、今はおとなしく言う事を聞いておこう」
そう言うしかなかった。
そして遂には母の番が来た。乱暴に髪を掴まれ、立たされる。痛みに呻く顔を強引に掴まれ男の前に向かせられた。外れだったのかどうなのか、直ぐに男は母を床に投げ捨てた。そんなことを音だけで枢は聞いていた。
次は父の番だった。男にいきなり腹を蹴られた。立てと言われる。父は呻きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「お前……?」
そう父の顔を見て呟いた途端、男の眉間には穴が開いていた。それとほぼ同時に硝子の割れる音が響いていた。
良く分からない声を上げて男は頭から倒れていった。他の男達はそれを見て一斉に銃を構え直す。そして一人の男が左右に目をせわしく向け始めた瞬間に、今度は喉に穴が開いていた。
「狙撃だ! 狙われているぞ!」
そう叫んだ男は目を穿たれた。その男が倒れると、今度はほぼ同時に三人。頭を弾いて吹き飛んでいった。レストランは悲鳴に包まれた。
悪態を吐きながら、男達は入り口へと駆けていく。一人の男が肩を撃たれてよろめいた。一人の男は足を撃たれて転倒した。一人の男は腹を撃たれ衝撃でその場に立ち止まった。一人の男は腕を殺がれ泣き喚いた。一人の男は後頭部から撃ち抜かれた。全てが入り口から出て行く前の、一瞬の出来事だった。そしてそのあと枢が一呼吸する暇もなく、一斉に男達は追い打ちを掛けられるように射殺された。
客が一斉に何かを喚きながら立ち上がった。歓喜か、混乱か。何にせよテロリストがいなくなった途端に、客たちは走り始める。入り口を目指して、テロリストの屍を踏みつけて。
「おい枢! 逃げるぞ!」
茫然としている枢の肩を、父――晃は叩いた。それでようやく縛られた意識を取り戻した。
枢は躊躇いながらも頷き、母の手を握る父の背中を追っていく。
「結衣、行くぞ」
泣きじゃくる妹の手を引いて。
レストランの入り口までの絨毯は既に血で完全に浸されていた。足をつける度にびちゃびちゃと音を立てて気持ち悪い。追い打つように、強烈な鉄の匂いも腹を上げる。
廊下に出た途端、晃は警官と鉢合わせ体をぶつけそうになった。
「あなた方で最後ですか?」
一旦向けた銃を下げ、警官はそう言った。晃は頷く。
警官の武装は普段見る青い制服ではなかった。黒いそれはただの衣服ではなく、防弾チョッキ。それに厚みのあるフェイスガラスのあるヘルメット。持っている銃もピストルなどではない。筒の長い、銃その物もそれに比べればとても大きい――サブマシンガン。
そこで、枢はやっと気づいた。目の前の男は警官などではなく、軍隊なのだという事を。
「では、十階下にヘリが往復しております。そこへ乗って下さい。直ぐに安全な所へ連れて行きますので」
頷いた晃を見て、そこまで口早に言い切ると、不意に晃の背後へと向かって発砲した。幾ばくかの閃光と渇いた音を廊下に響かせ、目にも止まらぬ速さで弾丸は駆け抜けていく。
その着弾地点は、遠くからこちらへと狙いを定めていたテロリストの頭部だった。
「さあ、急いで下さい」
軍人は枢達を後ろへと押しやり、自身は倒れた男へと走っていった。上からやってきたエレベーターが開くと、そこにはまたも銃を持ったテロリストがいた。軍人は躊躇わず発泡していく。
「早く!」
そう背中に掛けられる声に、枢達は走り出した。結衣はずっと、泣きながら枢の腕を抱き締めていた。
――
枢達は階段を使って降りていた。エレベーターは使用できなかった。先ほどのように戦闘に遭い、壊れてしまったのだろう。
途中、所々の階では窓ガラスには大きな穴が開いていた。ヘヴンズタワーは外観優先で、壁というものがあまりなく、殆どがガラス張りで出来ていた。そのガラスが大きく破られているというのは、外壁には軍隊が作戦開始まで上から吊るされたロープで張り付いていて、開始と同時に蹴破って突入した跡だった。その証拠に、使い終わったロープが外の風に揺れていた。
あまりの非現実に枢は泣き喚きそうになる。しかし自分の小さな手には、更に小さな手が握られていた。枢はぎゅっと握りしめ、涙を堪える。
血の匂いと瓦礫を超え十階下に近づくにつれ、空気を裂くけたたましい音が響いてきた。多分、ローターが空気を裂く音だろう。
枢達は駆けていく。
場所は直ぐに分かった。音も酷く、冷えた風も煩いくらいに吹き荒んでいる。晃が皆に呼び掛け、走っていく。枢達もそれに続いていった。
こちらに搭乗口を向け滞空しているヘリ。搭乗口に立っている兵士が枢達に気づき、何かを叫んだ。しかし風とローターの音で聞こえない。枢達は駆け寄っていく。
「急いで下さい! 梯子が繋がっています、慎重に、落ちないように気をつけてこちらに進んで下さい!」
救護ヘリの直ぐ傍まで寄ると、暴音に負けないほどの大声でそう叫んだ。
見れば、床の端からヘリの搭乗口まで縄梯子のようなものが掛けられていた。恐らく簡易的なものなのだろう。屋上であるならいざ知らず、こうした半端な場所ではローターが邪魔でヘリは近づけない。かと言ってタワーの屋上に避難経路を設ける訳にはいかない。屋上など、エレベーターを使ってもかなりの時間が掛かるのだから。
「枢、結衣。お前たちが先に行くんだ」
「……分かった」
空いている左手を拳で強く握り、頷いた。しかし歩きだそうとしたが、後ろに引かれ進めなかった。結衣が体中を強張らせて、固まっていた。指は強く握られていて離れない。
「仕方ない。俺が先に行こう。結衣、俺につかまってろ」
そう言って晃は結衣を抱き寄せ、片手で抱き上げた。結衣は父の首に手を回し、晃は片腕で結衣をお尻から座らせるようにして持ち上げる。そこまでの動作はとてもスムーズだった。
不謹慎だが、こうして晃が結衣を抱きかかえている光景はとても新鮮だ、なんて枢は感じていた。
そうして、抱きかかえながら晃は梯子まで歩いていく。
「大丈夫ですか!? 無理なら私がそちらへ言って……」
風に髪を抑えながら兵士が問うた。明らかな不安が混ざっていて、少し裏返ってすらいた。
「大丈夫だ」
だが、そんな兵士とは対照的に晃の声は落ち着いていた。
そしてそのまま屈み、片腕と両脚を使ってあっという間に渡ってしまった。あまりにも呆気なく。枢は驚き、思わず唖然としてしまう。それは兵士も同じだった。
「枢、次はあなたよ」
と、母に肩を叩かれ意識を取り戻す。頷き、梯子まで歩いていった。
言うのと、見るのは簡単だった。しかし、目の前の光景はあまりにも恐怖染みている。まず高度がおかしい。50メートルは確実に超えている。加えて強風だ。ローターと、高度故の自然の風で、張っているとは言え梯子は左右に少し揺れている。よく見る、谷に掛かっている橋のようだった。……いや、足場が悪い分、こちらの方が危険は多いのかもしれない。
枢は一息深呼吸する。四つん這いになり、縄をぐっと掴み慎重に歩いていく。揺らさぬよう配慮し、慎重に。しかし慎重になるが故に、見てしまう眼下。そして直ぐに見なければよかったと後悔する。
眼下に広がる光景は――戦争だった。ヘヴンズタワーは広大な庭を兼ねた美麗な駐車場を構えていることが特徴だった。木を植え草を生やし花を咲かせた美観風景。それが今では、ただの岩肌の捲れた荒野と鉄の死骸が骸す死地と燃え盛る業炎でしかなかった。
アウラが蹂躙していた。砂煙を上げ火花を咲かせ、鉄の雨を横這いに降り注いでいく。十数発、時間で言えば数秒弾丸を浴びたアウラは即座に破裂する。その凄惨な光景を前にすると、風に紛れて兵士の叫喚が聞こえて来そうですらあった。
不意に、枢の腕が強く惹かれた。強引にヘリへと引っ張られ、父親に抱き止められる。そこで、自分が梯子の上で固まっていた事を悟った。ヘリに乗り込んだ兄を見て妹は抱きついた。枢は驚きながらも、しっかりと抱き止める。そして遅れて、母も乗り込んだ。
近くに民間人がいないことを確認すると、ヘリは動いていく。機体を僅か前屈し、前進していく。機体が不安定に大きく揺れた。
母は父に抱きついていた。晃が優しく抱きしめる。結衣が枢の胸元で泪を拭いていた。枢も自分のあがった息を整えながら頭を撫でた。そして、窓からまた地上を覗いてしまった。
――赤い双眸が、こちらを捉えていた。
操縦士が叫ぶ。兵士が立てかけてあったライフルを手に取った。搭乗口から乗り出し、眼下へと発泡していく。弾丸はアウラの装甲に弾かれる依然に、ろくに届いてすらいなかった。
闇の様な深いアウラは、その体躯をこちらへとゆっくりと向けていく。赤い線を空中に刻みこみ、それは死神の瞳を思わせた。
「畜生! もっと速度上げろ!」
「無理だ! 風が強くてバランスが崩れる!」
怒鳴り合う声。耳を劈くローターの音。間近で響く銃声。父は母を強く抱きしめながら、見開いた瞳をアウラへと向けていた。枢は泣きじゃくる結衣を抱きしめながら、震える色を抱えた瞳でじっと見つめていた。
恐ろしかった。人型で人を殺す道具――そんなものを何故、人は造ってしまったのか。あれ同士が殺し合うなど、単に人殺しが“移された”だけではないか。より非人道的な方法と戦場と、死体になる為に。
黒い腕は伸ばされる。銃口はヘリを捉えた。兵士はリロードし、もう一度フルオートで撃つ。
不意に、赤い瞳は嗤うように燻んだ。
「糞野郎がっ……!」
晃がそう叫んだ。
瞬間に、光に包まれ、枢の意識はそこで途切れた。
――
呻き、枢は目を覚ました。頭を振り、意識を起こす。
瞼を開くが、視界はぼやけていた。よく分からない視界の中、周りは明かりに満ちている事は分かった。腹這いの体勢から立ちあがろうとするが体が重い。加えて何だか異常に熱かった。まだ体を動かせるほど目が覚めていないのかも知れない。
咳きこみ、枢はもう一度目を細め前を見やる。そして、絶句した。
地獄だった。火の海、鉄の瓦礫――そんなものしか前方の視界には入らない。だがよく見ればその瓦礫はヘリの残骸だ。ローターらしきものが地面に突き刺さっていて、搭乗口は空へと向いている。そこに引っかかるように、誰かがいた。
叫び声を上げそうになる。
「……結衣、父さん、母さん――みんなは!?」
右を見れば、父の腕が差し伸べられていた。身をよじり、その腕を掴む。助けて欲しいと願いながら。
しかしその腕は抵抗なく抜けてしまった。ずるりと。腕だけの父が、枢の身体に引き寄せられた。
「父、さん……っ!」
腕を枢は抱きしめる。愛でる様に。嗚咽を上げ、強く抱き締める。
「くそっ!」
涙を袖で拭き、叫んだ。袖は血で汚れていて顔に纏わりついたが意に介さない。枢は一度深く息を吸う。
とにかく、ここを動かなくてはならない。
肘を着き、腕の半分で体を引き摺ろうと力を入れる。少しの抵抗があったが、“何かが外れる様に”やがてスムーズに身体は動き出した。
数度繰り返し、枢は立ちあがろうと膝を立てた――が、一向に立ち上がれない。おかしい。もう一度膝を折り前に出し、体の下に立てようと試みる。そもそも、体の下に膝が立たない。
奇妙に思い、焼ける肌のまま背後を見やった。
「は、ハハ……うそ、だろ?」
見た光景は枢から涙すら流させなかった。ただ呼吸が止まり、広がる光景は嘘だと抵抗するだけ。
脚がなかった。膝の下からばっさりと、冗談見たく、まるで何か料理されたかのように切り落とされていた。いや、違う。置いていってしまった。つい先ほど。体は瓦礫が乗っかっていて重かった。引っかかっていたものは外れて、前に進んだ。
枢は吐瀉物を吐きだした。先ほど食べた料理が血に混じっていく。それを見て、再び吐いてしまう。
「畜生、ちくしょう……!」
結衣は? と視界を巡らす。燃える瓦礫の下から手だけが見えた。薄汚れてしまった、白く綺麗で小さな手。
「結衣! 結衣!」
枢は腹這いのまま叫んだ。声に反応するように指が数度動いた。そして瓦礫は崩れ、中から結衣が這い出てきた。服は破れ、頬には血が無数に浮かび上がっている。
「お兄、ちゃん……?」
虚ろな瞳で結衣は両脚のない枢を見る。酸素が回っていないのか、ただ単に意識が戻りきっていないのか、色のない瞳を向けながら茫然とする。そうして一度ゆっくりと瞬きし、そのまま全身の力が抜けていく。
「駄目だ! 結衣、逃げるんだ! お前だけでも! 早くっ!」
声に目を絞る。身じろぎし、再び瞳は枢を捉えた。ゆっくりと、震える脚で立ちあがる。そしてもう一度結衣は兄を呼んだ――所で二人を震動が襲う。
二人は目をやる。こちらに銃を構えたアウラに。漆黒の装甲に深紅の瞳。見下し、嗤うように再び双眸は燻る。
「結衣っ!」
銃口は妹へと向いていた。叫んだ声は枢のものと――母のもの。
その母を呼びながら、結衣は抱きしめられた。そして直後に鼓膜を破る銃声。空気を掻き乱す熱波。地面を穿つ穴。銃口から巨大な弾丸は、吐きだされた。
辺り一帯の瓦礫は吹き飛び、埃が舞う。枢は両腕を顔にやり、砂に耐える。
「おかあ、さん……」
納まった所で再び前を見ると、下半身を潰された母に抱きしめられながら座りこむ結衣の姿があるだけだった。
涙を浮かべ、震える声で何度も母を呼ぶ。しかし半分欠けた母は、声を掛けるどころか、頬笑み掛けることすら出来なかった。枢は腕を伸ばしても、助けるどころか、二人には届くことすらも出来なかった。何て短く、無力な何だ――。
枢の視界が歪む。目の前は現実なのか。そんなことばかり考える。ふっと、結衣は意識を失いその場に倒れ込んでしまった。
「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!」
喉が裂ける、少年の慟哭が響き渡った。血が足りないのか酸素が足りないのか、やがて枢の意識はぼやけていく。
白く靄の掛かる視界で、遠くから黒いなにか近づいていた。それは、下弦の月を携え、ただ無情に見下していた。
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「僕は、死ぬわけにはいかないんだ……」
大切なものを喪った。それは此の身を焼かれる以上の痛みだった。零れ落ちるものは決して掬えず、振り返る事はただ無に帰す。後ろに広がるのはただ現実でしかなく、それはただ涙を誘う哀しい映画。
それでも、一つだけ残っていた。まだこの世界に戻ってきてすらいない人。独り淵に取り残され、誰とも言葉交わせずあの日のままに止まった彼女。
喪う訳にはいかない。置いていく訳にはいかない。せめての希望すらも失くす訳には決して行かない。
「例え意地汚くとも……」
彼と彼女は兵器に因って他者の命を奪われた。残された苦しみ、待つ者の苦しみ、何も感じないからこその苦しみ、孤独からの苦しみ、あの日から既に七年経過してしまっているその悲劇の現。
故に少年は戦争を嫌っていた。兵器を憎んでいた。それを振るう存在を忌避していた。だがそれでも――。
「泥を啜ってでも……」
それでも、生きる為の理由はある。世界に残る価値はある。自分はまだ、死ぬ訳にはいかない。生きる為なら――。
「戦争だってしてやるよ……」
少年は手を伸ばす。眼前に佇む兵器。その純白とは対称を成す罪の証し。幾ら綺麗に取り繕うとも、その身は真っ赤に穢れた存在だ。まさに人から膿んだ、人に因り人を殺すもの。
それでも、生きる為なら構わない――。
「だから僕に手を貸せよ、兵器ッ……!」
少年の拳が握られた。軋む骨は、未来の暗示。
応える様に、天使のアウラの双眸が翠に煌めいた。