ボーイ・ミーツ・アウラ
「くそ……!」
片腕しか使えないというのは想像以上のハンデであった。
いや、格下の相手であれば“それ”はハンデであるが、同等或いは格上の相手に対して“それ”はただ強烈なディスアドバンテージという要素に切り替わる。
敵機の装甲は未知数であった。敵機の武装は未知数であった。
所詮は汎用的な意味合いの強いマシンガンやグレネードでは、その正体不明の兵器相手では臨機応変に立ちまわるしかない。
が、臨機応変というのは自分が様々な選択肢を取れる状況下にあることが絶対だ。少女は今、片腕が塞がっている為に臨機応変というのは難しかった。まるで、常に相手を見上げている様な精神状態だ。
それでも、少女は手の中に包み込む少年を優先させていた。常に左手の中は胸の間で隠すように保たれている。それが酷く、動きにくい。
敵機のレーザーライフルが蒼く煌めく。その瞬間に少女はレーザーライフルの銃口目掛けてマシンガンを撃ち放つ。
危険は重々承知。だがこうでもしなければ、敵機に動揺など決して生まれないのだ。
十数発浴びた所で蒼い光は途端に消え失せ、レーザーライフルを背中に隠す様に背後へとやった。
直後に、僅か腰を落とし肩部のミサイル発射口を開口させる。それも再びマシンガンで撃ち狙う。
的が小さく流石に直撃はしないものの、それでも敬遠にはなり、ミサイル発射口は閉められた。
当然だろう。弾丸が幕を張っている中ミサイルなど発射してはその途端に撃ち落とされ、自身が爆風を浴びるのだから。乗りなれない機体でも“良識”のあるパイロットであればその程度は判断できる。
ただ、こんなのは現状打破の戦術には全く成り得なかった。
向こうは攻撃態勢を取り止めるだけだ。こちらは弾丸と、いつまたあの無人セキュリティアウラが現れるかという事に脅えなくてはならない。
どうする――?
少女は必死に策を巡らすが思いつかない。知らず歯噛みする。
敵機の武装が豊富でないことがある意味では幸いしている。
どういう設計思想なのか知らないが、殺傷能力は皆無に等しい動作停止を促すミサイルと薙ぎ払うだけの大鑑巨砲のレーザーライフルでは偏り過ぎ。あの装甲さえなければ、少女にはあの純白の巨人を容易く落とせる可能性すら大いにあるほどだ。
だが、現実はあの装甲がある。
そして、パイロットも冷静だ。このまま行けばどちらが倒れるか分かって、こんなじり貧の戦闘に付き合っているということ。
もう一度、少女は歯噛みする。
仕方がない、撤退だ――。
そう意を決め、出口へと向かう為に反転すると、その視界の遠方……曲がり角から不意に、ドッグスが二機現れた。
「こんな、ときに……!」
予想していた事ではあった。だが、現状に毒づかずにはいられない。
少女は浅く息を吸った。
前方へ瞬間移動する。そうしてそのまま半回転した。
右腕を水平に伸ばし、銃口を巨人に向ける。再びレーザーライフルを充填していたそこへ容赦なく叩き込む。
光が止んだ。
左の視界ではドッグスのガトリングが回り始めていた。半々回転する。僅かに腰を落とした。
右肩部につけられたグレネードの発射口が開き、ドッグス諸共その奥の壁を突き破った。そのままの体勢で、もう一度間髪いれず振り返る。そこには再びミサイルを展開せんと構えている巨人がいた。今度は左肩部のグレネードを発射する。純白の巨人は橙色の爆炎で姿は見えなくなった。ミサイル発射の有無は、分からない。
その間、枢が二息吸い終わるかどうかの間だった。まさに、一瞬である。
新しく出来た逃走路へとプロセルピナは飛びこんだ――そこに、真横から肩部の単分子ブレードを展開していたドッグスがいた。
「な――」
刹那、ドッグスはプロセルピナを――灰の刃はプロセルピナの左腕を掠めていった。
装甲が抉られる。神経系統が切断された。左手の五指の機能停止。現在の状況、確認出来ず。
「しまった……!」
『左腕神経接続系統にエラー発生。予備神経疎通に切り替えます』
数瞬後に確認出来た五指は、完全に“開かれていた”。
「あの子は……!」
プロセルピナは左右に視線を這わす。だが少年は見当たらない。
その隙をついて、ドッグスはガトリングを浴びせた。その弾丸の直撃によりプロセルピナの装甲は剥げていく。
舌打ち、プロセルピナをドッグスへと振り返りさせた。
そして銃口を合わせた所で、あとトリガーを引けば墜とせるというのに、止まってしまう。それは少年が爆風に巻き込まれてしまうのではないかという懸念からだった。
その止まった一瞬は、またもプロセルピナに弾丸を喰らわせた。
一弾倉分を丸々受け、プロセルピナは思わずバランスを崩してしまう。そこへ、間髪いれずにドッグスは飛び掛かってきた。
その様は、まさにヒトへ襲いかかるオオカミそのものだった。
たたらを踏んでいたプロセルピナはそれで完全にふらつき、地面と倒れてしまう。そうして倒れたプロセルピナに止めを刺す様に、頭部の先端からまたも単分子ブレードが生えてきた。
それはまるで、牙だった。
「調子に、乗るな……!」
“喰い掛かる”ドッグスの首根っこを回復した左手で鷲掴み、顎へ銃口を押しつけ、そのままトリガーを絞った。
フルオートで射出される弾丸。堪らずドッグスの頭部の装甲は砕け散っていき、その頭部自体がはぎ取れる。
それでも構わずトリガーを絞ったまま胴体へ銃口を向けていき、トリガーを引き続け遂には一弾倉分を撃ち切った。
衝撃で吹き飛んでいくドッグスを見ながら、プロセルピナは装填する。マガジンが地面へと音を立てて落ちた。
「何処に……?」
少女は枢を探す。見つけた少年の姿は、片腕を抑えながら何処かの扉へと入ろうとしている姿だった。
「待って……!」
枢を呼び止めようとした少女は、AIから告げられる敵機出現の警告に振り返らざるを得なかった。
/
「……もう、何してんの。全く」
枢の携帯は何度掛けても繋がらなかった。三十分前に掛けて、今掛けて繋がらない。病院に行っているのか、それとも“例の”隣人とやらと食事を取っていて気づかないのか……。
いや、本来携帯だからと言っていつも繋がるとは限らない。だから、本来この繋がらないというのにそこまで苛立つことはない筈。
というのは、勿論美沙都にも分かっていた。けれど、どうしても苛立ってしまう。
枢に明日の学校の事で伝えなければならないことがあった……というのは貞操である。その実、美沙都は昼間のことでそわそわとしていた。
それは謝ろうとしていたのか、事実が気になっているのか、それとも何か焦っているのか。何とも良く分からない心境だった。
美沙都は携帯の画面に表示された枢の電話番号をじっと見つめる。
そもそも、美沙都は自分の持っている感情にいまいちはっきりとしないところがあった。
枢は大切だ。だがそれが友人としてなのかどうなのか、そこがいまいち確信を持てない。
けれど枢に浮ついた噂がつくことを少し心配していたり、あの隣人と何かあるとなると気持ちの制御がつかなくなる。
「だからなんであたしがあいつのことで、こんなにならなきゃならないのよ……!」
そして挙句、火照る顔に我慢しきれず思考を投げ出してしまうのがいつものことだった。
現実から目をそらしているというか、問題を先送りにしているというか……そんなことを自覚してはいるものの、考え続けることが難しかった。
良く分からなかった。
そして何となく、今、不安になる。
「枢……」
携帯を開き、もう一度美沙都はコールした。
/
「……左腕が、動かない」
あのアウラの手から落ちた衝撃からか、枢の片腕は痛むだけで機能していなかった。もしかしたら、骨でも折れているのかもしれない。指だけ辛うじて動く程度だ。
「くそ……! 何だってこんな目に……!」
それも全部アウラのせいだ。アウラの。あの、悪魔の兵器の――。
枢は左肩を抱く右手に力を入れる。それはアウラへの苛立ちと、アウラへの憎悪を押し殺す為の、まるで子供がだだを捏ねる様な行為だった。
だがその“だだ”というのはとても深く強く、爪は肌を疾うに穿っていた。そこからは服の上だというのに、血が滲んでいた。
“――――”
「え……?」
だが不意に、声が聞こえた。それは入り口で呼ばれた声だった。
その声は不思議な、いや、奇妙な声だった。音源は何処にも見つからないというのに、それはまるで耳元で囁かれているかのよう……頭に直接響くという形容が最も合致する。
だが、それなのに、言葉自体は何も解せない。ただ呼ばれているという直感、実感だけが枢の意識を支配する。
視界がぼやけていった。まるで夢見心地。夢ではその奇妙な状況の一切合切に違和感を感じないのと同様に、枢の意識には“それ”しかなかった。
その奇妙さは最早頭痛と吐き気すら伴っていく。ふらふらと、またも枢の足取りは彷徨っていく。
だが、今度は意識を手放さない。この“何処かへと持っていかれる”感覚を跳ねのけ、自身の体に意識を留める。
現実はここだ。この、惨劇足る寸劇が現実だ。
――あるのは暗闇。その中に二点、緑色の眼が疼いていた。枢はポケットから再び携帯を取り出し、奥に向かってライトを照らす。
ライトに照らされたその異形。巨大な人型。鉄の巨人。――アウラ。
しかし奇妙、メディアで見るそれらより酷く華奢だった。透き通る様な純白に、端正な造りのフェイスフォルム。ライトを反射する輝かしさが、何か神秘的な存在だと全身に訴えている。
何も知らない枢でも、それは酷く異質だと理解した。
その姿は人に似ているが、人を超越した何かを模っているような気がしてならない。
「――天、使?」
呟く枢の目の前。
細身で純白の、全身で神秘さを纏う秀麗な――一機の【アウラ】があった。