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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.1 イカロスの天使
7/30

ターン・アウト・ワーフェア(3)

 少女は目の前に在る巨人に対し、苦戦を虐げられていた。

 元より、現在の戦場は狭い通路だ。機体が弾丸の享受を最小に抑える回避優先の高機動型だろうと、衝撃を受けて尚それを跳ね退けて有り余る力を見せつける愚鈍な重量型だろうと、そんなものは最早関係がなかった。所詮は十分に動き回れるスペースなどない。瞬間移動ステップをニ度行えば、それは既に壁へと激突してしまう位に。

 眼前から迫る太いレーザーを紙一重で回避する。正に刹那の差であろう。銃口に備わる光量が臨界まで膨れ上がるのを待ち、その発散のタイミングを予測し、側面のブースターを瞬間放出する。早々出来る物ではない。既にそれは相手が銃のトリガーを引くのを見て回避する――いや、むしろマズルフラッシュを認識してからという領域なのかも知れない。何にせよ、この所業は凡そ人間が成し得るものではない。ものではないのだが――黒い巨人に乗り込んだ少女は既にそれを四度ほど行っていた。

 狭い通路に、それを三分割した程の直径を備えた光の柱。それが空間を四度突き刺し、少女は全てにおいて接触を免れていた。

 だが無論、驚異はそれだけではない。


「またそれかっ……!」


 圧倒的なミサイル群。狂ったように零される飛来兵器の数は通路の輪切り面積など即座に埋め尽くす。壁の様に迫るミサイルをマシンガンで対処しつつ、ブースターでスライドして後退する。それを既に数分繰り返していた。

 少女は目の前の爆発を捉えつつ、視界の端にあるマップモニターを垣間見る。電磁波を発生させその反射波を測定し、即席でマッピングするシステム。多少爆破に伴う電磁波の乱れでぶれるものの、周りを見渡す暇がない現状では収益の大きい情報だった。


「……もう限界か」


 二度、空間をなぞる様に円を描いたマシンガンをリロードしつつ、背後の壁までの距離を認識。トリガーの前方に装着されていたマガジン部分が音を立てて床へと落ちた。

 黒轍こくてつの巨人――【プロセルピナ】はスライドしたまま僅かに腰を落とした。直後に、背後に備え付けられていた四つの“筒”が前方へと向く。二つの筒が縦に重なったそれが二セット。それは孔が空いていた。その奥にはそれぞれに一発の弾頭が潜んでいた。

 ミサイルの誘爆爆風が収まると同時に、未だレーザーライフルの次弾装填が終えていない敵機は、再度ミサイルを濁流の様に零した。そしてタイミングを待ち望んでいたかの様に、筒の上部がそれぞれ振動した。白煙を巻きながら、灰色の弾頭は空間を飛来し、迫るミサイル面と激突した。

 いわばロケットランチャーだ。ただしそれは人間が扱うようなRPG-7などと言った“ちゃち”な物では到底ない。その一発の威力は、母艦潜水艦が扱うトマホークミサイルに似通ってすらいるだろう。

 当然、爆風は起こる。まるで二つの爆発が侵食し合う様に広がり、前方の視界という視界は爆風に包まれた。

 それを一瞥し、プロセルピナは即座に緊急旋回ターンし背後へと振り向く。そこには壁があった。行き止まり。恐らくはゲリラ対策と言った所だろう。現在いる施設にはこういった何も無い袋小路が多々あった。少女はその度に――壁へと背負う弾頭をぶつけていた。そしてそれは今度も変わらない。

 岩盤を容易に砕くミサイルによる、四度の連撃。リロードし熱が抜けきる前に発射する強引なそれ。続けざまにくらう衝撃に、壁は耐えられるはずがない。

 重音を響かせながら崩れる壁にプロセルピナはスライドしていく。

 巻き上がる煙を抜け、進むべき方向を定めるべく左右を見渡すと――


「――何、で?」


 そこには一人の少年が倒れていた。人払いも済ませ、本来いるはずのない民間人が何故かここにいた。

 周りには砕けた瓦礫が飛び散っている。砂も然り。少年の全身はそれを浴びている。床に赤い滴りがあることから、少年は傷ついているのだろう。何故か、何て事は考えなくても分かっていた。

 少年ががくがくと全身を震わせながら顔を上げた。腹這いに動くその姿は、酷く弱々しく力がなかった。そして、向けられた瞳。そこには暗く重い、恐怖という念が籠められていた。それを証明するかの様な、燻った光。


「――ッ」


 あの瞳は嫌だ。死に脅えた目、その物だ。嘗て自分が見ていた瞳。そして嘗て――自分がしていた瞳。


『早く』


 気づけば、少女は巨人の手の平を少年へと差し出していた。


「え?」


『早く乗って!』


 自分はあんな瞳を向けられるためにプロセルピナに乗っている訳ではない。むしろ自分は、あんな瞳が嫌だから、殺戮兵器こんなものに乗っている。


『必ず』


 少女は固くトリガーを握り締めた。


『必ず助け出すから』


 少女は目の前に迫るドッグスを見据えながら、決意を持って語りかけた。



      /



「――は? 子供を拾った?」


 優紀はインカムから聞こえる言葉が信じられず、思わず訊き返していた。しかし再度幼い声で言われた内容は、聞き間違いではなく、やはりその信じられない内容だった。

 いつ自分が見逃していたのか、そんなことを思い返せば幾度か狙撃位置変えていた。一分にも満たない移動時間だが、十中八九その時だろう。元々この作戦は穴だらけなのだ。対象が見つかった瞬間に偶然現場近くに居合わせた人員で駆け付けた――そう言っても過言ではないほどだ。

 既に十年近くも追い求めた“宝箱”。それを手に入れる為の作戦を綿密に練らないというのは引っかかる所ではあるが、先を越されては話にならない。現に、相対する存在とはタッチの差で負けてしまっている状況なのだから。

 優紀は腹這いに地面へと伏せたまま、耳に掛かる髪を掻き上げる。


「――で、状況は?」


 静かに呟いた。


『逃走を継続。それと同時に少年の保護、対象の捜索を行っている』


 難儀だ、と態度に表さず嘆息した。

 優紀の黒瞳が、手に持った狙撃銃の青く光るスコープを覗き見る。移るのは建造物の窓。一点をじっと眺めては、何も異常が無ければ、見切りをつけて他の地点へとスライドさせる。


『――そっちは?』


「粗方。肩に叩き込んだから少なくともまともな狙撃は出来ない筈ね。まあ、対物アンチマテリアルだから掠っただけで片腕くらい吹き飛んでるとは思うけど、念の為警戒中。――そっちこそ、大丈夫なの?」


『逃走に問題はない。あの機体は型が旧いからマッピングシステムが搭載されていない、確信出来た。だから逃げること自体は容易。けれどそれも時間的な意味では限界がある。……包囲の完成は?』


「私とイリウムはすぐに出れるわ。ただ包囲は少し時間が掛かる……まだ【ユスティティア】は海洋の真っ只中ね」


『……分かった。ユーコとイリウムだけで良い。今から300秒――いや、340秒後にE.E.(エクステンションエレクトロニクス)社から撤退する』


「ルートは?」


『2』


「了解。しっかりね」


『了解』


 優紀は音声の途絶えたインカムを指先で撫でた


「――だそうよ、イリウム」


『了解した。……へっへ、市街戦は久々だね』


「一応言っておくけど、被害は」


『最小限に、だろ。そんなの分かってるさ。じゃあ、オレはとっとと待機させて貰う。獲物を温めなくちゃならないんでね。んじゃ、いつもの布陣で宜しく』


 そう、相変わらずの乱暴な言葉遣いが女性の声音で投げられた。

 目を細め、背後の気配に目をやった。暗がりのそこには、血だらけの腕をぶら下げた何者かがいた。残った片腕で拳銃を握り、汗の滲む顔を歪めて優紀を睨みつけていた。その眼光だけが闇の中彷徨い、荒い息が暗闇を掻き乱していた。


「もうここも限界か……」


 通信が切れると同時に、優紀は狙撃銃を放り横に飛び退いた。銃弾は、彼女の右腕を掠めていった。



     /



 通信を終えた少女は、目の前の敵に意識を巡らせた。

 目の前の、真っ白な通路の上には駆ける数機のアウラ。犬や狼を思わせる四つん這いのフォルムは、左右に体を移しながら、確実に近づいてくる。だが、こちらも前進の脚を緩めるつもりはない。

 脚の付け根からガトリングの口が現れる。鈍色の筒が六つ。それが左右で計二つ。その銃口一つ一つから、一体秒間幾つの鋼鉄の雨が降り注ぐのだろうか。

 少女の耳に被熱源捕捉のアラートが響いた瞬間、プロセルピナの右側面は爆ぜていた。一瞬で数百トンの巨体をシフトさせる瞬間移動ステップ。それは、ドッグスのロックオンなぞ容易に外せる偉業。

 ずれた銃口が補正される前にプロセルピナの持つ銃口は閃光する。赤熱する弾丸は、着弾したドッグスの装甲を容易に拉げていく。

 だが、幾ら容易にといってもドッグス一機を破壊するには数十発以上、更に言えば、数秒は掛かるということだ。それ自体は然したる問題ではない――両腕が健在であるのならば。今、片腕は少年の命を抱えているのだ。使えるのは右腕のみ。そうなれば、視界の端から更に迫る三機のドッグスを捌く上では致命的なハンデである。複数の敵の前で、攻撃が一点にのみ集中してしまう。それは末恐ろしいことであり、覆せない劣性である。

 だが少女は、そのことに対してろくに懸念してはいなかった。

 ドッグスのガトリングが閃光する。空間に鉛玉を吐き出させるかどうかの刹那、プロセルピナのブースターは既に役目を終えていた。嘗て数瞬前にいた座標へ弾丸が撃ち込まれる。当たらないそれを、少女は冷静に見送っていく。僅か、数メートルスライドしただけ。だが見切れば、それだけの回避で十分過ぎる。

 プロセルピナは、ドッグスの銃口が修正し終わる前に、既にステップを行使。次いで、更に二度。稲妻の様に迫るプロセルピナを、所詮無人であるドッグスに捉えられる訳はなかった。

 狭い隙間を縫うように、プロセルピナはドッグスの背後を取った。そしてそのまま、鋭利な銃口を僅か後ろに振り被る。プロセルピナの脚部がブレーキの為にけたたましく火の花を咲かせる。プロセルピナの緑瞳が煌めいた。ドッグスがようやく標準を直した時には、プロセルピナの持つ銃口はドッグスの装甲を貫いていた。

 煌めく緑瞳がスライドする。ドッグスを一瞥すると、プロセルピナはまたもそこから消失していた。弾丸を放つ為に回ったドッグスのガトリングは空振りに終わる。再び探し始めた時には、既に弾丸は装甲を打ち砕き機能停止。プロセルピナはそこで進行方向を修正し、奥へと向かい始めた。

 最後に残った一機は、がらがらと音を鳴らして突破された方向へと振り向く。そこには、後ろ向きに進行し、ドッグスへと両肩のグレネードを向けているプロセルピナがいた。それをドッグスが認識した数瞬後には既にドッグスのカメラアイは爆発と共に破壊されていた。


「とんだジェットコースターだ……」


 枢は、その巨人の右腕の中、吐きそうになっていた。



     /



「さあ、もう逃げられないわ。その傷でよく戦ったものよ」


 目の前の男の右手首を折らん勢いで握り締めたまま、優紀は背中に銃を向ける。背中に圧しつける、なんて真似はしない。素人であるならば威嚇として有効だが、相手が手練であるならそれは無意味に銃の位置を示している事に変わりない。

 男はゆっくりと残された腕を上げ、降伏の意を見せる。


「……で、今日は何名様のお出ましなのかしら? 今のところアウラの姿は見えないけど……いや、ちょうど来ているみたいね」


 長く流麗な黒髪の隙間から妖しい瞳を覗かせながら、男の耳元でそう囁やく。魅惑的なものではあるが、今の男にとっては恐怖観念としか受け取れないだろう。


「……どうなの?」


 口を割らない男に業を煮やし、掴んだ右腕に銃弾を一発撃ち込んだ。乾いた銃声は男の呻き声にかき消される。だが、叫びはしなかった。血が滲むほど唇を噛み、堪えていた。


「あら、素敵ね」


「――るかよ」


「……何?」


「喋るかっつってんだよ!」


 そう叫ぶ男の目は異様にぎらぎらとしていた。目の下にも大きな隈があり、まるで“何か”で決めているかのよう。

 にっ、と男は奥歯を見せる。そうして上顎を開き――。

 自決か!?

 優紀は咄嗟に男を蹴り飛ばし、更に自分も後方へ退く。吹き飛んだ体勢を整え、男に警戒の銃口を向ける。狭い部屋の中、男は背中が壁に叩きつけられていた。だがその途端に……“爆発した”。優紀は顔の前に手をやり、爆風や破片に備えた。

 辺りに肉片が飛び散る。その内の幾つかは優紀の腕に当たり、そして顔にもひっかけていった。優紀の体全体は“なまあたたかい”感触に包まれていく。

 一瞬で、陰気臭かった部屋は鉄の匂いで充満した。戦場で良く匂うそれにそっくりだった。


「……奥歯に仕込んだ自決用の爆弾、ね」


 眉間に皺を寄せ不機嫌を露わにしながら、優紀は独り呟いた。威勢が良いのは、奮起させる為の自分への鞭だったか。

 不機嫌の対象は、情報を得られなかった事、そして、また命が一つ喪われてしまった事だった。



     /



「っあ……吐きそうだ」


 それは乗り心地最悪の特等席だからというのと、過去の心傷トラウマとの両方から来るものだった。身体と精神との両方から攻める絶叫マシーンなど、良い性格にも程がある。

 枢にとってアウラそのものが開けてはいけないブラックボックスのようなものだった。脳を掻き乱し、呼吸を止め、心臓を圧迫する脅威に等しい。枢は日常からそれと向き合っていた。当然だ、アウラは警備としてそこらかしこに居るのだから。だから膝の痛みは断続的だった。

 数年前に革新された技術によって、彼らアウラの小型化軽量化高機動化に成功した。成功してしまったから、街中を容易に歩けるようになった。その革新された技術だって、兵器以外にも活用の方法はあるだろうに、やはり兵器以外の活用は二の次なのだ。

 自分はアウラに触れている。自分はアウラに命の脅威に晒されている。自分はアウラに命を預けている。吐瀉としゃしそうだった。

 深呼吸する。しかしそれで心は落ち着いても、振動は変わらずあった。

 膝が痛む。


『もう少しだから。絶対、助けるから……』


 時折、この巨人からそんな声が聞こえた。だからかもしれない。吐かずに済んでいるのは。

 安心するとまでは言わない。何せ相手は正体の知れない誰かだし、何よりこんな大量殺戮の道具を操っている人間なのだ。それでも、この少女らしき声には、優しさと懸命さが込められている気がした。


『熱源……しまった、先回りされた……!』


 不意にそう叫んだかと思うと、前方の壁に突如穴が開いた。がらがらと瓦礫を吐きだすその穴は、とても巨大。そう、それこそ――アウラが通れるほどに。

 次いで瓦礫を吹き飛ばして現れたのは、枢が今まで見たことのない、酷く巨大で禍々しくも神々しい――純白のアウラがいた。


『【ネフィル】……!』


 その声を皮切りに、純白のアウラの背後から大量のミサイルが雪崩れて行った。

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