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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.2 オルレア紛争
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ロング・ナイフ・ナイト(3)

「僕、ローウェルっていうんだ」


 汚れた上品な服を着た少年は自分のことをそう言った。

 なんでも自分の家に嫌気が差して家出してきたということだった。

 勉強や習い事で窮屈な毎日。家に閉じ込められ、外で自由に遊ぶことも許されない。子供らしいことを子供として一切出来ない少年の心は不満の限界を超えて、少年に行動を起こさせたのだった。

 そしてローウェルは両手離しで兄弟の秘密基地に感歎していた。目をきらきらと光らせ、まるで満開の星空でも見るかのように洞窟の中を見渡していく。服装の不釣り合いさと相まって、そのおかしさにビートは笑ってしまった。

 以来、ローウェルは数日に一度の頻度で洞窟を訪れるようになっていた。来れば一緒になって洞窟の改良を続ける。相変わらず着てくる服は貴族ばったものだったが、ローウェルは必ず泥で汚して帰っていた。

 出来るものなら毎日でも来たいが、ローウェル自身の都合や両親と警備の目を盗んでの外出、そして外出してから洞窟まで尾行を振り切れるか否か……それらから必然と来れる日にちは減ってしまっていた。

 ローウェルが毎日洞窟を訪れたいと思わせているのは、勿論子供心くすぐる洞窟の存在もあるが、何より貴族である自分自身を受け入れてくれた二人の友人が大きかった。

 いわゆる庶民は貴族を忌み嫌っているものだとローウェルは思っていた。ローウェルの両親を初めとする貴族の大半がそう思わせる言動を取っていたからだ。物心つく前の子供にとって、親をはじめとする大人の言葉によって、子供の世界は形成されていくのだから、仕方ないと言える。そして嫌っているのならば、相手も嫌いなんだろう。子供ながらの理屈で、ローウェルはそう感じ取っていた。

 スラム街といえば庶民の中でも最下層、貧困の底を突いているような階級層だ。その嫌われ具合というのも物凄いものなのだろうと勝手に思っていた。

 しかし、ローウェルの予想は外れていた。兄妹は真逆の反応を寄越していたのだ。


「貴族の癖にこの基地の良さが分かるのか! おめぇ見込みあるな!」


 今思えば、その発言のふてぶてしさに笑ってしまう。これではどちらの立場が上なのか分からない。だが、お互いに笑顔は絶えなかった。

 今まで他人とは上辺だけの付き合いをしてきたローウェルにとって、彼ら兄妹は初めて出来た友達と言えた。

 そうして結局、同い年の子供に怒鳴りつけるなんてことはこの兄妹にしたのが最初で最後の経験だった。

 やれこれはあっちに置いた方がいい、やれここはこうした方が良い――そんな馬鹿げた下らないことで言いあう毎日が凄く楽しかった。そういった年相応の、無邪気に走り回ってようやく、初めて生きていると実感した。

 そして同時に、家にいる自分はまるで庭で育てられているサボテンのようなものだと感じた。将来の政略に向けての英才教育、外交の円滑を目的とした礼儀作法……その全てがローウェル自身に対しての事柄ではなく、親の顔であったり家であったり貴族そのものであったり国であったり、そういった種類のものへの行為だった。

 そんな場所で生きる価値などあるのだろうか。確かに、貴族の子息の中には愛国心というものを持って教育に勤しむ者はいた。むしろ、そういった子供の方が殆どであっただろう。ある意味、その子らは達観していたのだ。しかしローウェルは達観した上で、彼ら兄妹過ごすことこそが生きている勝ちなのだと思えた。

 そして欅造りの机に向かったまま考える。このまま家で育てられるより、自分も彼らと共に生きた方が良いのではないのだろうか。そう思い始めていた。

 何よりローウェルはあの兄妹と共に居たかった。こうした別世界で生きるのではなく、同じ土を踏んで同じ空気を吸って同じものを見て生きていきたかった。

 だが、それも叶わなくなってしまった。

 貴族の議会である事柄が決定したのだった。それはローウェルから生きる目的を失くしてしまうほどに鮮烈な内容だった。

 ローウェルの父親はそれを何でもないことのように言い放った。まるで道端に落ちてる紙屑を塵箱へ放り込む、そんな些細なことのように。そんな父親を見てローウェルは自分の父親が人間であることすら疑ってしまった。そんな悪魔のような所業だ。

 廃棄地区の撤去――すなわち、スラム街の破壊が行われることとなったのだった。


     /


“全員武器を捨てろ! 抵抗は公子の死を意味すると思え!”


 戦況はローウェル卿の行動一つで、真逆と言って良い展開にまで変化していた。

 作戦開始時、陽の目を見るより明らかな戦力差で貴族率いる制圧部隊は圧倒していた。貴族武装部隊のほぼ全戦力の投入、加えてコスモスとラインズイールを味方につけての殲滅戦……規模が大きくなったとはいえ、たかがレジスタンスだ。これらの戦力には足元にも及ばず、彼らは後退を余儀なくされていた。

 だが今思えばそれが優紀は思考にどこかしこりを残していた。岩盤から身を隠すようにして狙撃を行っていた優紀は戦況の全体が見えており、レジスタンスの抵抗の薄さというのが感じ取れていた。ただそれはほんの僅かなものだ。実際殺気に当てられた前線部隊には分からない程度で、戦場を直接見てはいない後方部隊にもはやはり感じ取れない程度の、僅かなもの。

 飽くまで自分の予想と違っていただけなのかもしれない。確かに彼らレジスタンスにとって戦況は最悪で、後退しなければ敗北の一途は著しく早まっただろう。

 だがそれでも、撤退が早すぎたのだ。ナイトホークスを鹵獲してからレジスタンスは貴族武装部隊と互角に近い争いをしていた。にも関わらず、今回に至っては貴族部隊の姿を見て後退を選択していたのだ。

 考えられる可能性はいくつかあるが、最も有り得る事柄は……作戦の漏洩だ。

 違和感を感じていたが、指示系統が貴族武装部隊の下に就いているということもあり、優紀はその疑問を持ちながらもトリガーを引き続けていた。その結果が、これであった。

 つまり彼らの目論見は前線と後方の部隊を引き離すこと。そうすることで手薄になった後方部隊は孤立していくこととなる。ローウェル卿の目的こそ知れぬが、彼らが何かを要求するには打って付けの状況になってしまったことに変わりはない。

 既に全て制圧部隊は武装解除を強要されており、武器を持たない貴族部隊とその友軍に戦況を覆す術は存在しなかった。つまり制圧部隊全てが人質になってしまったということだ。全てのアウラから搭乗者が降ろされるのも時間の問題だろう。

 制圧に参加した貴族武装部隊も無論、皆血筋のある者……しかし普段は圧倒的な力を有する貴族も、こうなってしまっては何も出来ない赤子も同然だった。


「――優紀!」


「分かってる!」


 だがこの状況で一つの例外はあった。それは優紀の存在である。前線から離れたポイントB204にて単独で潜伏していたミネルアは後退していくレジスタンスに存在を気取られることは考えづらい。加えてミネルアには“潜伏に特化した武装”がある。そしてそれは“コスモス外部に漏らしてはいない”。ユスティティアのような母艦でもあれば強力なレーダーなどで存在が割れていただろうが、ここは地上だ。アウラが持つレーダーの範囲はヨルムンガンドの射程よりも短い。

 ゆえにこの状況を打開できるとしたら、恐らく超長距離射撃を可能とするミネルアの存在のみ。

 だがそれでも、確実とは言えない。後方支援部隊のいる地点を射程距離の内側に入れるまでの移動には数分かかる。その間に状況がどう動いているのか……セオリー通りではこのまま人質をちらつかせたまま交渉に持ち込み持久戦だが、安易な予想は出来なかった。

 そして何より後方部隊がどういう状況なのか、具体的な情報を優紀は持っていない。そして後方支援部隊にはシュペルビアのネフィルを想定との名目で配置された“素人”が一人いた。


「先走らないでよ、枢君……!」


 万が一にも存在が露呈するのを防ぐために、現場の枢やアイリに通信を取ることは避けたかった。間違いなく通信障害の類はされているだろうし、下手をすると網を張っていかねない。

 だから優紀は信じ、ただひたすらに砂漠を駆け抜けるしかなかった。

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