ハーフ・スクール・ライフ(3)
「なあ枢、帰りどっか寄ってこうぜ」
「おー、いいね。行こうか」
「うっし。じゃあとりまゲーセン行こうぜゲーセン! この前の借りは返さねえと気が済まん!」
そして放課後。冬夜は下校途中にそんなこと言ってきた。
この前というのは、恐らくは昼ご飯を賭け音ゲーで勝負した時のことなのだろう。
自分が眠っていた日を入れれば、既にあの日は一ヵ月近く前だということになる訳だ。意識がなかったということもあるだろうが、それでも、あの日から今日まで色々あり過ぎてあっという間だった。まだ一週間ほどしか経ってないように感じてしまう。
そうして校庭の砂を踏みながら歩く。美沙都は何やら委員会の仕事があるようで、帰りが遅くなるらしい。もし合流できそうなら、一緒に遊ぶかもしれないとのことだった。
どこのゲーセンに行こうか、なんて冬夜と話していると、校門に何やら人だかりが出来ていたを見つけた。
人だかりと言うよりは、人の流れが詰まっているような感じだろうか。校門のところだけ人の歩くスピードが極端に遅くなっていて、やけにそこだけ密度が高い。
よく見れば、何かを観察するようにゆっくり歩いていた。通り過ぎる生徒まで顔を振りかえらせて何かを見ているし、挙句ケータイを取り出して撮ろうとしている輩までいた。
「一体なんだ?」
「さあ……」
見当もつかない二人は揃って首を傾げる。まあ校門に通り掛かれば俺達にも分かるだろうと思考を停止させ、そのまま歩くことにした。
だが、近づくにつれそこには枢にとって見慣れた人物がいたような気がした。金髪の背が低い華奢な女の子に、赤茶の髪に威風堂々とした女性。
まさか……? いや違う、有り得ない。嫌な予感を頭を振ることで無理矢理押しのける。
そんな馬鹿なことはありえない。コスモスは隠匿された組織で、この護衛という任務だって極秘の筈だ。今思えば言及はされていないが、きっとそうに違いない。普通はそうだろう。その方が自然だろう。
「――おっ、ようやく来たか。おーい少年!」
しかし枢の淡い期待は裏切られた。大声で枢に声を掛けるイリウム。人だかりは一気にこちらへと観察の眼を移してしまった。自分が見られたのかと勘違いした冬夜が、枢の横で驚きに一歩後ずさった。
「ごめん冬夜! 今日はゲーセンなし!」
「は?」
「また今度行こう! ごめんね! じゃ!」
「お、おい! 枢!?」
そのまま人だかりに突入し、二人の手を取って脱兎のごとく駆ける枢。強引だな少年なんてあっけらかんと笑うイリウムとやっぱり無表情のアイリを引き摺っていく。冬夜を含めた人だかりは突然の出来事に唖然と口を開けていることしかできなかった。
そのまま数分走り続け、制服姿を見かけなくなった辺りでようやく足を止めた。既に枢の息は上がってしまい、膝に手をついて肩を上下させていた。
腐っても軍人である二人は鍛えられているからか、汗の一つも掻いておらず涼しげだった。
そんな二人を恨むように枢は睨みつけた。
「なんであんなところに突っ立てるんですか!」
「なんでって言われてもなぁ……暇だったから?」
アイリへ同意を求めるように言うイリウム。
しかしアイリは首を傾げるだけでまともな答えは返さなかった。
「な、なんですかそれは……。というか、あんな目立った行動はとっちゃダメなんじゃないですか!? 任務的に、コスモス的に!」
「え? そんなにオレたち目立ってた?」
「そりゃ目立ちますよ! そんな恰好で出歩いてちゃ……」
「そんな変な恰好かー?」
言われて、イリウムは自分の全身を眺め始めた。
二人の服装は上に黒字のブルゾン、下はカーゴパンツのような緑色のズボンであった。どうみてもミリタリーファッションである。しかもマジ物の。
百歩譲って、いや一万歩譲って服装自体は大丈夫だとしても、二人の容姿が日本では目立ち過ぎていた。
両人ともテレビに出ていてもおかしくないほど顔立ちは整っており、加えて日本人ではないのだ。片や砂金のように輝いた天然物のブロンド、片や夕日のように鮮やかなモカブラウン。多民族が当たり前の欧州ではどうか知らないが、少なくとも日本では黄色人種以外はどうしても目立ってしまう。
「……はあ、もういいです。家に帰ってからみっちり説教させていただきます。戦場のノウハウはどうか知りませんけど、この一件で一般常識は僕の方が遥かに先輩だということが分かりましたので」
「えぇー」
不満な声を上げるイリウムを枢は無視をする。
ここで折れては付け上がらせてしまう。何となくだが、そう思った。
「ああ、見られたかなあ……。全くもう、どうみんな説明したら……」
増える学校での心配事に思わず頭を抱える枢。
その損ねてしまった機嫌を取り繕うようにイリウムは言い訳を重ねていくがそのどれもが的外れであり、機嫌が直ることはなく、代わりに溜息を吐いて枢は色々と諦めたのだった。
そして学校から離れた空き地に停めてあった乗用車に乗り込む三人。
車があると言って案内された時は早朝のようなジープで街中を走るのかと不安になったが、見た目はごく一般的なワゴン車で、それは杞憂に終わった。もし、ジープで車通りの多い昼間に走りでもしたら目立って仕方がないというものだ。
さらにその車は窓にフィルム加工がされており、外から覗き辛いようになっていた。こういうところでは配慮が行き渡るのに、と嘆かざるを得なかった。
イリウムの運転で二人は自宅までの距離を揺られていた。しかし交通状況は芳しくなく、本来は電車で二十分の距離を既に三十分は走っていた。
「ああもう! なんでこんな日本の道路は狭いんだ! 車は多いしスピードも出せないしカーブばかりだし信号は多いし! いらいらするなぁ!」
イリウムは日本での運転にあまり慣れていないらしく、その交通事情を含め、右ハンドルや左側通行であることにも苦戦しているようで、先程からずっと不満を叫んでいた。
「また信号だよ!」
雄たけびを上げながら頭を掻きむしるイリウム。日本人である枢にとっては当たり前のことなので、苦笑しながらその様子を見ているしかなかった。
ふと、横に座ったアイリを見る。無言なのはいつものことなのだが、今日に至ってはずっと窓から流れる景色を眺めていた。いつもは視線を真正面に固定したままで、虚空を見つめているのかというぐらいに心内を読めないので、そんな姿は新鮮に思えた。
「……どうしたの?」
枢が声を掛けると、アイリはすっと窓の外を指差した。
「ああ、あれはゲームセンターだよ。知らない?」
ふるふる。
「そっか。うーん、なんて説明したら良いんだろ……。そうだな、百円か二百円のお金を払ってゲームで遊ぶお店、かな。一人でハイスコアを目指す様なゲームとか、他人と対戦するゲーム、他にもUFOキャッチャーって言って色んな景品を取るゲームとか……ああ、あとプリクラっていう友達みんなで写真とる機械とか、そういうのが色々あるところ。……興味、あるの?」
問いかけると、数秒間を置いて頷くアイリ。
それをバックミラー越しに見てイリウムは口角を上げると、信号が青になった途端、向かう方向とは違う道へとハンドルを切った。
「ちょ、どうしたんですか?」
「いいからいいから。ちょっと寄り道していこうぜ」
そう枢の問いかけを無視してイリウムは言い、車を走らせていく。信号からさほど離れない場所で路肩へと寄せて停止させた。
「まあ、この辺で良いだろ。よし、お前らちょっと時間潰してこい。オレはユスティティアとちょっと連絡を取る」
「え? 別にそのぐらい待ちますけど……」
「いいから、どのくらい掛かるか分からないんだよ。……ほら、さっきあったゲーセンにでも行ってこい。終わったらオレからアイリに連絡するから」
「でも……」
「あー、もう!」
訳も分からず蹴り出された枢は、首を傾げながらも車から降りた。後を追うようにアイリも降りたが、何を考えているのか何も考えていないのか、枢と違い無表情だった。
フロントガラスから中を覗くと、確かにイリウムは何やら無線を弄っていた。気づいたイリウムは枢に手をひらひらさせる。
「はあ……。仕方ない、よくわかんないけど、言われた通り時間潰そうか」
こくりと、アイリは何も言わず、無表情のまま頷いた。
そうして少し歩き、向かったゲームセンター。
「来たは良いけど……」
どうしようかと、頭を掻きながら周りを見渡す。
放課後のせいだろう、UFOキャッチャーなど筐体を覗きこむ人混みには制服姿が多かった。同じ高校の生徒がいないかと心配たっだが、それなりに離れているし大丈夫だろうと自分を納得させた。
「アイリ……?」
枢と同じように辺りへと目をやっていたかと思うと、不意にアイリはUFOキャッチャーへと近づいて行った。かと思うとガラスにへばりつき、中を覗く。向けている目はいつもと違って、少しだけ、年相応の女の子に近づいている気がした。
その容姿からだろう、周囲からは好奇の視線を向けられていたが、当の本人は気づいていない。少し躊躇うが、枢はアイリを追って横に立った。
もう一度アイリの顔を覗き込む。無表情ながらも視線は一点に固定されていて、そこには可愛らしい猫のキーホルダーが大量に詰まれていた。典型的な輪っか状のアルミに引っ掛けるタイプで、猫の部分はぬいぐるみで出来ている女の子がとても好みそうなものだった。
「えーと、もしかして……欲しいの? それ」
こくり。殆どタイムラグなく即座に頷いた。視線は一切外されず、虜になったかのように猫と見つめ合っていた。
少し考え、枢は尻のポケットから財布を取りだし中身を確認した。千円札が3枚。それが今月自由に使うと決めていた小遣い分。キーホルダー程度取るには何も問題のない財力である。
「ちょっと、良い? アイリ」
ガラスの前から退くよう促し、投入口にコインを入れる。
「これから、このUFOみたいなのでその猫を取るんだ。もう少しそっちに立って……そうそう。そこから横の位置が合っているかを……」
枢はUFOキャッチャーの仕組みとアイリにどのように協力して欲しいかを説明していく。初めて見た物の筈だが一度の説明で理解したらしく、首肯して言われた位置にアイリは立った。
その位置取りと目の配り方から、大丈夫そうだと判断。そして枢も頷き、操作ボタンを押した。
/
椅子を倒し退屈そうに身体を伸ばしていたイリウムは、枢達の顔を見るなりにやにやと口角をあげた。そんなイリウムから枢は居心地が悪そうに目を逸らした。
「……もう良いんですか、ユスティティアとの連絡は」
「あー、うんうん。全然良い、全然良い。そんなのどうでもいい」
にやけ顔をやめないイリウムは枢から視線を外すとアイリに、そして彼女が大事そうに持っている猫のキーホルダーに移した。
車に戻る道中もそうだったが、アイリは頻りにぬいぐるみの猫を指で弄っていた。腕をぱたぱたさせたり、首を振らせてみたり……。そんな仕草からアイリが非常に喜んでいることが分かるのだが、枢にはなんともそれが恥ずかしかった。
「良い物もらったじゃないか、アイリ」
「カナメが、ゆーふぉーきゃっちゃーという機械に捕えられていたこの子を、硬貨を四度入れることで救出をしてくれた。きっとこの子も喜んでいる」
「そういう設定なのか……」
こくこくと猫の首を振らせるアイリ。途端イリウムは顔を明後日の方向へと逸らし、声を抑えるように俯いた。その肩は小刻みに震えていた。
そんなイリウムを枢は睨んだが、不意に向けられたアイリの視線に向き直る。
「ありがとう、カナメ。この子はずっと……大事にする」
両手で優しく握りしめながら、アイリは春の陽だまりのように微笑んだ。
その笑顔を見て耳まで真赤にした枢は、動かなくなってしまった喉を無理矢理行使し「……どういたしまして」とだけ小さく言って、車に乗り込んだのだった。