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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.2 オルレア紛争
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ハーフ・スクール・ライフ(2)

 おおよそ二時間を掛けて伊佐上駐在基地に到着した。初めて乗った時ほどは酔わなくなったものの、それでも乗り心地の悪さは枢に若干の吐き気を与えていた。

 既に顔馴染となりつつあるギリアム・オスカーを含めラインズイールの軍人数名が出迎えとして待っていた。

 ヘリコプターから降りると、アイリとイリウムは自然な動作で敬礼を交わす。しかしまだ慣れない枢は一度ほんの少しお辞儀をしてから、慌てて敬礼へと切り替えた。


「わざわざご苦労様です、ギリアム大尉」


「いえいえ、貴方のような麗しい女性を出迎える為ならこんな足労など……。どうです、日本こちらにいる間一緒に食事でも」


「はっ。他人の唾付きに手を出すほど飢えちゃいないよ。それに言ってるだろ? 弱い男にオレは興味はない」


「これは手厳しい」


 きっと毎度のことなのだろう。ギリアムの誘い文句をさらりと返してイリウムは先を歩いていく。通りすがる際、自分に向けられる視線に一瞥し、枢はイリウムの背中を追った。

 そうして停めてあったジープに乗り込んだ。イリウムが運転席、アイリが助手席に、枢はその後ろに座った。


「ふぅ……」


「どうした、少年。疲れたか?」


「そりゃー疲れますよ……。まだヘリだって慣れてないですし、ここの基地のみんなにはやたらと見られるし……」


「ヘリは慣れるしかないわなぁ。たまーにいるよ、一端の軍人のくせして酔って吐いて臭くする奴。まあ大抵そういうやつは強制的に修正されるがね」


 くつくつと喉の奥で笑うイリウム。


「んでお前が見られるのはしょうがない。どうみても素人臭い小僧がコスモスの制服着てちゃ、そりゃ珍しくてみんな見るさ」


「それじゃ、アイリはどうなんですか。どう考えても僕より年下じゃないですか」


「え?」


「……え?」


「あれ? 少年って16歳だよな?」


「そ、そうですけど」


「そいつ、今年で15」


「えぇ!?」


 話題にあがっているというのに無表情なアイリは、怪訝な目で見続けてもやはり自分とほぼ同い年には見えない枢であった。

 背も低いし身体は華奢、声はまだ幼いし、それに諸々の成長具合だって……。


「……おい少年。今更そんなエロい目で見るこたぁねえだろ。もう済ませたってのに。お?」


「なッ!? そ、そんな目で見てませんよ! いやそもそも僕達何もしてませんよ!」


「馬鹿言うな。思春期の二人が身を寄せ合って抱き合って寝てたらそりゃもう、やることぁ決まってんだろ!」


「だから、違うって言ってるでしょおおおおおおお!」


 枢の叫びは、ジープに乗せて早朝の伊佐上市に響き渡った。それを聞き腹を抱えて大声で笑うイリウム。そしてアイリだけは何が起こったのか理解できないと、首を傾げていた。


     /


 その日、授業を受ける枢の表情は浮かばれるものではなかった。

 ここ数日の疲れも勿論あるだろう。朝での出来事のせいもあるだろう。だがそれ以上に、今の枢の気分に直結する出来事があった。

 アイリとイリウムが枢の部屋に居候する……なんていう衝撃的な事実をついさっき知ったのだから無理はなかった。正確には護衛役となるコスモスメンバーが枢の部屋を拠点として任務に就くということだが、まあ枢にとって大差はなかった。

 何せ、あのイリウムだ。アイリだけならまだしもあのイリウムとの共同生活がこれから始まるとなれば、何か起きないわけがないのだ。

 ただでさえ、先日学校を抜け出してしまったこともあり、周りの視線や対応(主に美沙都)に気を配らなければならない。無論心配を掛けてしまった自分が悪いと自覚はしているが、色々とどう説明すればいいのかと頭を悩ませるのは仕方のないことだった。

 当然だが、枢は全てのことを隠すことにしていた。元よりコスモスの存在は公に出来ないものであるし、大っぴらに話すことは不可能なのだが、それでも心構えとして枢は一切を口外しないことにした。それは無論、美沙都と冬夜も含めてである。

 後ろめたさが無い訳ではなかった。親友である二人に隠し事していること自体も、その内容も。だが話したところで二人が要らぬ心配をするだけだ。だったら、何も知らない方がいい。

 そんなことを考えながら授業を受けていると、いつの間にか昼休みが訪れていた。

 いつまでも呆けていた枢の頭を冬夜は軽く叩き、苦笑した。そして近くの席から椅子を拝借し、枢の机にパンを広げ始める。ラインナップは焼きそばパン、コロッケパン、ハンバーガーと如何にも年頃の男子高校生が好みそうなものだった。

 そして枢も弁当を広げようと鞄に手を突っ込む……が、弁当など有る筈もなく、空しく教科書やノートを掻くだけだった。


「か、枢!」


 そうして呼ばれた声に振り向くと、後ろ手に何か持ったままもじもじとしている美沙都がいた。頬は朱に染まっていて、視線はあっちこっちへ動いている。何となくそんな姿を見て、枢は心が晴れた気がした。


「何? 美沙都」


「あの、あのね……お弁当、作ってきたの」


 普段の態度を百倍くらい薄めたような控えめな仕草で差し出された弁当。それはいつも美沙都が持ってくる弁当よりやや大きく、確かに枢に――少なくとも男子に向けて作られたものであることが分かった。

 ヒューなんて口笛で煽る冬夜。美沙都は三白眼を冬夜に向け、それを黙らせる。そして再び上目がちに枢の顔色を窺う。なんだかそんな美沙都の姿におかしくなってしまい、思わず笑ってしまう枢。


「な、なんで笑うのよ!」


「いや別に、笑ったわけじゃなくて。……ありがとう。その、頂くよ」


「あ、そ、そう? なら良いんだけど……うん」


 照れくさくてそれ以上口に出せない二人を、焼きそばパン咥えてまま冬夜は見ていた。笑うとまだどやされるので、それのカモフラージュの為だった。


「あのね! もし、もしよかったらなんだけど、これからは、その……あたしが、枢にお弁当、作ってこようかな、なんて思ったんだけど……」


「……え?」


「いや! 迷惑だったら良いの! 味にはそんな、自信ある訳じゃないし……枢だって自分で好きなもの選んで食べたいだろうし、だから、その……」


 煮え切らない態度を取る美沙都。仕舞いには言葉が聞き取れないほどに声の大きさは委縮してしまい、それと同じように美沙都の顔は下がっていった。

 枢からは髪の毛に隠れて分からないが、冬夜からは首から耳まで真赤になっているのが見えていた。にやけが悟られないよう、冬夜は焼きそばパンを頬張っていく。

 手に持つ弁当を見る枢。いつも弁当は茜が作っていた。しかしその茜はもうおらず、彼女の味を口にすることは叶わない。

 美沙都と冬夜はそのことを知っていた。あの学校を抜け出した日、彼らから何度も電話が掛かっていた。それから電話口で彼女が戦火に巻き込まれたことを話した。

 だからこの弁当はそんな枢を気遣ってのものなのだろう。

 二人の気遣いはとても心地の良いものだった。ずけずけと人の心に入り込むように押し付けがましいものではない。無神経な興味本位を“心配”というオブラートに包んだものでもない。自己満足でもない。

 そんな心配をしてくれる友人というのがどれだけ貴重な存在か……。


「あたしはね、毎日自分とお母さんの分作ってるし、ついでに夕飯の仕込みをしちゃうことだってあるし、だからね、全然手間じゃないの。むしろ作り過ぎちゃって、余ったのを夕飯に回すことだって……。えっとつまり、あたしは別に」


「――お願いするよ」


「ふぇ?」


「美沙都が迷惑じゃなければ、是非、お願いします」


 微笑む枢に、それを見てなお紅潮に拍車を立てる美沙都。


「そ、そう……。分かった。じゃ、じゃあ明日から作ってくるからね。何か食べたいものとかあったら遠慮なく言ってよね」


 うん。

 枢の顔には自然と、笑顔が零れていた。

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