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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.2 オルレア紛争
24/30

ハーフ・スクール・ライフ(1)

「ここに来るのも実に5年振りか……」


 見渡す限り黄土色の土壌が広がった砂漠のど真ん中にある、岩盤密集地帯。舗装などとは真逆にあるような、地球の地肌がそのまま出ていると言っていいほど凹凸のある足場が、ビートに苛立ちとほんの少しの懐かしさを与えていた。

 携帯を重視した軽量性と特殊な網目による頑丈で雨水を通さない造りをした布地で出来たテントが幾重にも為し、大規模なキャンプを形成していた。

 それだというのに土地の隆起を利用し計算つくされた建設は、外部からの発見を著しく困難なものとさせていた。

 その一つのテントにビートは足を入れる。中は土の臭いとヤニの臭いが充満していて、酷く空気が濁っていた。


「――よう。正義の傭兵部隊になったお方が、こんな辺鄙で砂と土煙しかないところに何の用だ?」


「そう言わないでくれよ、ウォン」


 奥の暗がりで佇むように座る男、ウォンの皮肉に肩を竦めるビート。


「……まだ、お前は抵抗運動こんなことやってたんだな」


「そうだな。俺達にはこれしか生きる道がない。……で? お前は俺達を笑いに来たのか?」


「ちげえよ。そういきり立つなって。俺は、お前らに忠告しに来たんだ」


「……忠告?」


「悪いことは言わねぇ。お前ら、このオルレアからもう手を引け」


     /


 セラフィによる搭乗終了のサインを得ると、枢はセーフティーベルトを外した。


「やっぱりコックピットっていうのはどうも慣れないな……」


 枢はレジストスーツのヘルメットを外し、少し目に掛かった前髪を退けるように頭を振るった。

 開いたコックピットの扉に足を引っ掛け、下を見る。ただでさえ小さい身体のアイリやフィーナがより小さく見えた。悠に10メートルはあるだろうか。それだけこのアウラという兵器が大きいものだかが実感できる。

 軍人はこんな高いところから見下ろして、人を殺しているのか。そしてこれからは――。


「どーお? スーツは窮屈じゃないー?」


「大丈夫ですー! 問題なく動かせますー! ……うおっと。これも慣れないな。足の踏み場が片足だけってのがなんとも……」


 降下用のアンカーから枢は降りると、ほっと胸を撫で下ろすように息を吐いた。


「でもあれで良かったんですか? ただ乗ってただけなんですけど……」


「おーけーおーけー。とりあえず搭乗した際の脳波同調のサンプル数値とかが欲しかったからねぇ。フェイクスは乗ってるだけでアウラと繋がってるんだよ、うん」


「はあ、そんなものですか……」


 先ほどまで乗っていたアウラ――ネフィルを見上げる。先ほどまで起動していた機能はつい今しがた停止し、蒼白した瞳は眠りについた。

 整備するためだろうか、調査を続ける為だろうか。多数のメカニックがネフィルに集まってきていた。


「今後はこんな形で可能な範囲でユスティティアに出向いてもらうことになる。問題ないか? 久遠枢」


「は、はい! カニスさん!」


「まあこちらとしても不必要にそちらの生活を脅かす気はないので、その辺りは安心していて欲しい。ただ一週間の内にシミュレートでの基礎訓練と軍事における基礎知識だけは叩き込むつもりでいるので、そのつもりを」


「了解です!」


 相も変わらず放つ威圧感に枢は思わず圧されてしまう枢。


「はは、そう畏まらんでいい。コスモスは軍事組織に変わりはないが、私達は軍人ではない。階級など存在しないし、規律に厳しい訳じゃないからな。もっと肩の力を抜くと良い」


 その僅かに口角を上げたカニスの表情を見て、この人も笑うのか、なんて失礼なことを考えてしまった。

 コスモスにいた一週間と今日、これまでカニスとは何度か顔を合わせたことがあったが、常に眉間に皺を寄せていた。人生における長い経験の証と言わんばかりに刻まれた皺もあり、叩いても砕けない岩のように堅い人間だと勝手に思っていた。

 しかし、それは間違った認識だったのかも知れない。


「そうだよー! 私みたいな可愛い幼女が艦長なんてやってるんだよ?」


「…………」


「…………」


「……あれ?」


「……返答を図りかねます、艦長」


「コ、コスモシアンジョーク!」


「…………」


「…………」


「…………」


 場の空気という強烈なダメージを負ったフィーナは格納庫の端っこで体育座りを始めてしまった。そんな彼女に枢とカニスは居た堪れない視線を送ったが、アイリに限っては一体どうしたのか分からないと言いたげに首を傾げていた。

 今回のユスティティアに来た目的は終えたため、レジストスーツから学生服に着替えた枢は自室へと向かった。後はこのままユスティティアで一晩過ごし、日本へ帰るだけだった。

 ただ帰ったからといってコスモスと離れた生活は、入隊を決めた今でも出来ない。護衛は続行するとのこと。少し嫌だが、向こう側としてもせめての譲歩なのだろう。受け入れるしかなかった。

 自室のベッドに腰掛け、疲れを抜くように息を吐いた。


「ここが僕の部屋……か」


 あの一週間のあいだでは飽くまで一時的に与えられた部屋でしかなかったが、今は文字通り自分の為の部屋となっていた。とはいえそう決まってから初めてここに来たのであの時と何も変わっておらず、殺風景なままではあるが。

 不思議な感覚だった。

 今日は授業が終わった放課後に、そのままの脚で駐在基地へと向かった。途中待ち伏せするようにアイリが道端から現れたことには吃驚したが、自分が監視されていたことは既に承知のことだったので、そこまで驚くことはなかった。基地に到着し、そこでラインズイールの軍人の指示に従いヘリコプターへと乗り込み、ユスティティアへと移送されたという訳だった。

 カニスの言う通りならばこんな生活があと一週間は続くということだった。

 ただ、その一週間たった後は……どうなるか分からないが。今よりは前のような日常に近づくのだろうか。それとも……。


「いや……」


 枢はかぶりを振る。

 そんなのはもうどちらでも構わない。心を押したのは衝動だが、心を為しているのは決して衝動ではない。

 今ははっきりと思い出せる。彼女の――最期を。

 なぜ彼女は満足したように微笑んで逝ったのか……。コスモスへの入隊を決めてから、そんなことを暇さえあれば考えていた。

 きっと、彼女は願いを叶えたのだ。自分の命を犠牲に、他人を助けるという願いを。

 彼女は七年前のテロで弟を失った。そのことを彼女はずっと悔やんでいた。何故自分ではなかったのだろう。何故彼が死ななくてはならなかったのだろう。きっといつも浮かべていた笑顔の裏ではそんな自責の念が渦巻いていたのだろう。

 枢とて、そのことは分かっていた。自分もそうであるからだ。

 しかしこれは決して他人には癒せないことだった。彼女が枢を弟のように見ていてもそれは弟の代わりになど成り得ない。

 そう、弟に被せていても所詮は代わりなのだ。彼女の傷を癒すことなど出来なかったのだ。だから彼女は自分の人生に満足し、潔くこの世を去ることが出来た。……枢自身のことなど、意の外に置いて。


「くそ……」


 違う。そうじゃない。彼女が最期に自分のことを想っていなかったから、それが不満なのか? そうではないだろう。

 そんなのは醜い歪んだ嫉妬だ。そんな独占欲に近い想いに駆られて、ここにいるわけではないだろう?


「くそッ……!」


 それでもこの頬に伝う涙は何なのだろう。

 哀しみではあると思う。だがその哀しみがただの死を嘆いて流すものではない気がしてならない。自分の中で、それは何処か違和感を感じてしまう。

 そんなことを理知的に考えている自分が酷く憎い。本当に自分は血の通った人間なのか? まともに悲しむことも出来ないのか? これではまるで――心無い人殺しと同類ではないのか?

 悲しみと、怒りと、苦悩に枢は頭を掻きむしる。心が酷く落ち着かない。自分がアウラに乗ると決めてから、収まりを得た心はまた別の場所で揺れ動いていく。コントロールできないその精神の情緒に、枢は心を傷つけていった。


「……カナメ?」


「――っ!?」


 突然呼ばれた声に顔を上げる枢。


「アイ、リ……?」


「すまない。何度呼んでも返事がなくて……勝手に、入らせてもらった」


「いや、良いよ。気にしないで。気づかなかった僕が悪い」


「……泣いて、いたの?」


 隠すように枢は慌てて涙を袖で拭く。誰にも見られたくはなかった、こんな情けない姿は。

 それでもアイリはじっと枢のことを見据える。相変わらず何を考えているのか分からない無表情。それでも瞳はどこか、温かい色をしているような気がした。


「……毎晩、夢に出てくるんだ。茜さんって言ってね、僕のマンションの隣に住んでる大学生で、すごく優しい人なんだ。彼女もヘルズタワー事件で弟を失っていて、そんなこともあって、僕は懇意にさせてもらっていた」


 何故か、枢の口からは雪崩のように次から次へと、言葉が紡がれていた。


「いつも笑顔で、柔らかい人でね。毎日一緒にご飯を食べた。毎日弁当を作ってくれた。もう母さんがいない僕にとって、それは凄く嬉しいことだった」


 だんだんと嗚咽が混じっていく。それでも、枢はやめなかった。


「あの前の日は二人だけでクリスマスパーティーをしていたんだ。独り身同士寂しく、なんていってね。僕は内心違った。凄く嬉しかった。茜さんと二人でまた過ごせたことが、すごく嬉しかった。僕はそれだけで満足だった。茜さんと一緒にいられるだけで、話をすることだけで、顔を見ることが出来るだけで、すごく楽しかったんだ。嬉しかったんだ」


 再び涙があふれ出していたが、枢は気にならなかった。歪んだ視界にも気づかない。枢はただあの日を懐かしむように思い浮かべているだけ。


「いつからかな……。僕は茜さんのことを好きになってた。たぶん、初恋だった。でもその想いを伝えることは、もう――」


 いない人間には何も伝えることは出来ない。それこそ魔法を使わなくては無理な話だ。でも現実には魔法なんて存在しない。現実が突きつけてくるのは、失ってしまったものはもう戻らないという非常だけだ。


「また僕は大切な人を失くしてしまった……! 目の前で……! この手が届く距離にいたのに! 今度は力を持っていたのに! それでも僕は彼女を、見殺しにしてしまった……。人殺しなんだ、僕はもう……。助けることの出来る力を持っているのに救わないのは、それはもう、人殺しだ……。僕が茜さんを殺したんだ。好きだったのに、大好きだったのに! 大切に想っていたのに! だから僕は、僕は……!」


「貴方のせいじゃない。貴方の、せいじゃない。だからそんなに自分を傷つけないで……」


 枢は突然の柔らかな感触に言葉を止めてしまった。抱きしめられていた。涙と鼻水でくしゃくしゃな顔をしているというのに、自らの胸に押しつけるよう、アイリは枢を抱きしめていた。

 そして優しく頭を撫でる。枢の髪に滑らせる、泡沫を愛でるように。

 茜もよく枢の頭を撫でていた。少し乱暴で髪型が崩れるくらいの強さで。それが枢にとっては心地よかった。

 そんなことを思い出し枢は嗚咽からついには声を上げて泣き出してしまった。強く抱きしめるアイリ。枢からもアイリを抱き締め、すがるように泣きじゃくった。

 

     /


 次の日、艦内ではとんでもない噂で持ち切りとなっていた。嬉々として流していたのはイリウムで、フィーナやカニスは勿論のこと、もうコスモスのメンバーでは誰も知らない人間はいないんじゃないかというくらいに知れ渡っていた。

 その内容は酷く人の興味をそそるようなものだった。イリウムが言った言葉はこうだ。


「ネフィルのパイロットとアイリが一緒に寝ていたぞ!」


 早朝のことだった。日本へと帰る時間になってもやってこない二人を呼びに部屋へ向かったことで事実は発覚した。

 叩き起こしてやろうと勇んで部屋の扉を開けたイリウムだったが、小さなベッドに少年少女が収まる姿を見て思わず二の句が止まってしまった。身体と思考が固まって数十秒、思考がようやく復帰して数十秒、事態の把握に数十秒しっかり掛けてようやく事態を呑み込んだ。それでもやっぱり夢なんじゃないかと現実であることを確認するのにまた数十秒。

 そうやってこれでもかというくらいに念に念を押して目の前の光景を呑み込むと、あとは艦内を大声で駆け回ったということだった。徹夜のメカニック含め全員が起きてしまうほどの大声で、ついでに内容でまた意識が目を覚ますという素晴らしい目覚ましになったという。

 そんなこんなで、艦内廊下を歩く枢の顔は林檎のように真赤であった。しかし同じ噂の種であるはずのアイリは対照的に涼しげな顔をしていた。というよりやはり、無表情だった。


「よーう少年。見かけに寄らず手がはぇーじゃねえかよぅ。この野郎。しかもそういう趣味か? こんな小さい子によぅ」


「やめてくださいそんなじゃないですから肘で突かないでくださいやめてくださいってば」


 聞けば、今回の護衛はビートに代わりイリウムであるという。ということはつまり道中ずっとこの調子だということだ。ヘリコプターの中然り、ジープの中然り。時間にして数十分なんて短いものではないのだ。


「……はあ」


 隣で上機嫌に捲し立てるイリウムへの憂鬱に、枢は小さく溜息を吐いたのだった。

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