チャンシズ・ア・ラストダイアリー(1)
空が綺麗だった。澄んだ様に蒼いパレット、その中に所々白い絵の具を零したような風景……それが窓ガラスの向こうに広がっていた。
いつもは気にしない癖に、眠い日は朝の到来とともにそれらを憎らしくすら思う癖に、日の匂いだの鳥の囀りだのを堪能する。そんな自分に苦笑しつつも、枢は深く息を吸った。
「――はい。出来たよ、枢君」
掛けられた声に振り向くと、そこには黄色いエプロン姿の女性。
ピンクのタートルネックセーターに包まれた袖の先、手に握られているのは青色のハンカチに包まれた弁当箱だった。
「ありがとうございます、茜さん」
「いいえ。どう致しまして」
茜は微笑んだ。それは今枢が浴びている日差しよりも、何倍も暖かいものだった。
「というか……本当、いつもすみません」
「だから、気にしなくて良いっていつも言ってるじゃない」
「……ありがとうございます」
その言葉に、枢は思わず苦笑してしまう。
「五年か……」
「え?」
「いや何でも」
「……んん?」
小首傾げる枢の横で、茜はそんなことは知ってか知らずか目を細めて景色を眺めていた。
茜に習い、枢も再び視線を移す。
行き交う歩行者、道往く車両、遠くで走る通勤電車。それは既に見飽きた風景。ここにきてから十分すぎるほど視界に入った。
それらはきっと、日常だ。何処かこの日常埋没出来ないのは気のせいだと、枢は目を絞る。
「でも、良かったよ」
「何がですか?」
「だって君、こんなに元気になったじゃない」
言葉とともに、茜は枢に笑いかけた。それは外に広がる景色よりも眩しく、広がる空よりも枢が心を打つ笑顔。既に長い間見てきた笑顔。
あの時から今まで、ずっと支えられてきた笑顔。未だに、枢の心は彼女の笑顔に動かされる。これだけは変わらない。
「茜さんのお陰ですよ」
「いやいや、あの子達のこと、忘れちゃダメでしょう? 枢君」
「……勿論、美沙都や冬夜も居なければ、僕は駄目でした」
「そう。きっと私は……君を支えただけ。でも、彼らは君を立ち上がらせてくれた。……違う?」
「その通りだと、思います」
よし、と言いながら枢の頭を乱暴に撫でる茜。髪がぼさぼさになるとか頭が揺れるとかあるが、枢は茜のこれが大好きだった。
だから思わず、顔が綻んでしまう。
――自分もこんな風に、この手で“彼女”を撫でることが出来ていたのだろうか。
と、隣を見れば、顎に人差し指を当てて何やら茜が首を捻っている。何を考えてるのか、その表情からではイマイチ分からない。
「よしじゃあ……あれだよ。美沙都ちゃんにはお礼と称して何処かご飯でも食べに行きなさい」
「えぇ?」
何故そんな展開になるのか。
「駅前の喫茶店。あそこは女の子に定評があるんだよ。うちの学生も良く帰りに――っていうか私も帰りに寄ること結構あるし。あっと、まあとにかくあそこのお店は良い感じだから、是非誘ってあげなさい」
「でも美沙都忙しいからなぁ……」
「大丈夫大丈夫。喜んで来てくれるって」
「でもこう、僕が何か言うと結構めんどくさいとかそういうこと言うんですが」
「それは君、あれだよ」
「え?」
「“ツンデレ”って知ってるかい?」
「……」
「あれ? 知らない。ツンデレっていうのはねぇ――」
「いえ、その……行ってきます」
茜が大学へと進んで以来、どんな友達と付き合っているのか知らないが、めきめきと知識をつけて来ていた。
そのことに複雑な思いを胸に抱きながら、枢は茜に見送られながら玄関を後にした。
――
朝と変わらぬ空を見ながら、枢は両目の瞼を下ろした。
目を瞑れば、真っ暗な視界のまま小鳥の囀りが聞こえ、木々のさざめく音が聞こえ、それらはまるで今の枢にとっては子守唄のようだった。
「この日本にいると信じられないだろうが、今、この瞬間も世界では戦争が起こっているわけだ」
しかし、子守唄はそれだけではなかった。
「中東の辺りや、東欧の境辺じゃ特に酷いだろうな。……それに比べ、日本は安全だな」
うつらうつらと睡眠の波へと船を乗り出し始めた枢には、初老男性教師の声など、子守唄以外の何物でもなかった。
「これは良くも悪くも、未だ日本は政治面において攻撃的、積極的でないからだな。日本の外交情勢から仕方がないというのもあるが……ま、ちょっと前までは日本に軍隊がなかった訳だ。
何かと軍事を振るう事に関しては批判的な団体がいる。仕方がないんだろう。……軍隊が出来たのは、君達が生まれるより何十年前か……三十年は悠にあるのか?」
顔に皺を刻みつけた男性教師が教壇の前で脚を止め、手に持つテキストから顔を上げ、生徒たちへと目を配らせた。奥、左右、手前と目を動かしていき、やがて一点で停止する。
「よし、じゃあ――伊東。何年に軍隊が出来たか、分かるか?」
名前を呼ばれた女生徒は一瞬肩を震わせた。教諭と目を合わせまいと視線下げていた努力空しく、おずおずと顔を上げた。
女生徒――伊東の座る席は机群の列に於いて一番前。加えて教壇の直ぐ目の前。当てられるのは仕方のない事だった。
「えっと……2039年?」
小首を傾げながら伊東が言ったその言葉を聞いて、教師は苦笑と共に嘆息した。
「まあ、惜しい。49年だ。これは常識だぞ? もし推薦入試の面接で聞かれて答えられなかったら、即不合格と思っていい」
その言葉に伊東ははぁい、と間延びした声で答えた。
「で、だ。2049年に日本にも軍隊が設立された。軍旗は桜。
まあ、君達はあまり感じないかもしれないが、先生は当時凄く驚いたんだ。これは憲法の根本を改定したという事だからな。改正前の日本の憲法は、当時の国連に指示されて出来た――ようなものなんだが……日本が軍隊を持つということは、その国連らが認めたという事になる。今でも、先生は信じられんくらいだよ」
まさしく考えられない出来事だろう。凡そ五十年前に生きていた人間にとって、この事は誰が予想していただろうか。
――いや、予想はしていた、軍隊が再び設立されるということ自体は。
憲法第六十六条。内閣は文民のみで構成される。これは既に矛盾している。戦争を放棄した日本に、“文民ではない国民が存在するはずはない”のだから。
故にこれは、そういう事態を想定した上で設けられたものなのだろう。日本の憲法は解釈の歴史を繰り返し続けるものだ。
話を聞いている生徒も、教師の表情を見ればその深刻さは如実に感じ取れる事だった。
「何故、そんなことまでして日本は軍隊を作ったかというと、単純だ。世界の情勢――更に言えば戦争に関する状況が変化したという事だ。ここ数十年で科学技術は格段に飛躍した」
だが、と教師は鼻から憂いの息を漏らして苦笑混じりに。
「哀しいことに、その科学技術というのは主に戦争においての技術だった。簡単に言えば、“我が国は武力、軍隊を所持しません”とか言ってられる状況じゃなくなったんだな。何とも物哀しい話だ。今まで膠着状態だった情勢が、曲がりなりにも話し合いで問題に当たっていた情勢が、こうも簡単に兵器という単純な力で崩れてしまったんだ」
そう言って再び目を向ける生徒の大半は真面目に授業を聞いていた。それは先程伊東が指されたようにこの男性教師は授業中頻繁に指名するから、というのと、今の話に関心を持っているというのが混濁した状況。
しかし、顔を上げた生徒に混じって、がっくりと肩から首を落として船を漕いでいる生徒はいた。
空を見つめ、気持ち良くなってしまった少年――久遠枢。顔を僅かに上げては落とすという動作を何度も繰り返す。その度に雑把に切られた黒い前髪が揺れていた。
「昔じゃ考えられなかったんだぞ? 軍が本気で人型のロボッ――って、あいつまた寝てるな」
教師はその生徒の姿に気づき、白髪混じりの頭をボリボリ掻いた。チョークと教科書を教壇に置き、机の間を縫って枢へと近づいていく。
枢の机の真ん前に仁王立ちするも、気づく気配は一切ない。変わらず頭がこくりこくりとしているだけだった。
迷うことなく教師は右腕を振り上げ、
「寝るなっ! 枢!」
そのまま枢の後頭部に落とした。
ゴツン、という非常に生々しい音が周りの生徒達の耳に届き、痛そう――と心の中で皆呟く。
その爆撃モドキを受けた枢は俯いたまま、震えながら、涙目になりながら後頭部に両手を持っていった。
目を見開き、喉を開くだけで声にならない。痛みを訴える声を上げられないほどの痛みが、枢には伝わっていた。
一度深く息を吸い、勢いよく教師へと顔を向ける。
「先生がそんなに殴って良い――いてっ!」
最後まで言葉を聞くことなく教師は2度目の拳を振った。
「そういうのはまともに授業受けてから言わんか! ……ったく、何度言ってもぼけっとしてるところは変わらないんだな」
そう言い残し、悶える枢に目もくれず教師は足早に黒板へと戻っていった。
その背中を目尻に涙を浮かべながら、枢はじっと見送る。
「……全く、お前は」
その様子を見ていた隣の男子生徒――柄崎冬夜は教師と同じように溜息を吐いた。呆れ九割混じりの溜息に対し、枢はまだ少し幼さの残る顔立ちで、頭を摩りながら眉を顰めた。
「だって、眠いものは眠いんだからしょうがないじゃん……」
その声が教師の耳に届いたのか、未だ年老いても衰えない眼光で枢を一瞥する。目を逸らす枢。
その様子に内心呆れ、教師は仕切り直しをする為に一度、咳払いをした。
「えー……何処まで話したんだか。ああ、そうか。ロボットの事だな。――柄崎、今の主力兵器の名前を言ってみろ」
「え!? あ、えーと。【アウラ】……です」
冬夜が隣――枢を見て、遠慮がちにそう言った。その言葉に、枢の目を擦っていた動作が停止する。その単語を聞くと、どうしても身体に馴染まず、枢の脳裏を鈍く押し潰すような感覚を受けてしまう。
【アウラ】――。
そう心で確かめるようにもう一度反芻するも、良い思いは全くしなかった。
むしろ胸に広がるのは、心臓を鷲掴むような悲しみ。それにつられて、両足の膝に電撃の様な神経痛が起こった。枢はその痛みに僅か顔を顰める。
不意に、背中に何か軽く刺さる様な感触がした。
右腕の脇から覗けば、後ろの女生徒からシャーペンの背で叩かれていた。更に枢が腰を捩じって後ろを向くと、笑いながら四つ折りの小さな紙が渡された。
次いで、教室の後ろ側をちょいちょいと指で示され、そちらへ視線を動かす。
一人の女生徒と目が合った。目を逸らされる。その時に肩まで伸びているさらさらな黒い髪が舞っていた。
枢は苦笑して、前に向き直り紙を開き、中身を吟味する。
“大丈夫?”
そう、女子特有の丸っこい字で書かれていた。その言葉に返事する。
“大丈夫、ありがとう。美沙都”
感謝の念を込めて後ろの女生徒に手紙を回して貰った。
また窓へと視線を動かせば、先程と何ら変わらない空が在った。何も無い。雲が浮いていて風が少し吹いているだけの不変な風景だ。
けれど、この空の下の何処かでは硝煙が絶えず立ち昇っている――【アウラ】の存在に因って。
現在、世界の化学技術は数十年前とは比べ物にならないほど進歩した。かと言って、何処ぞのSF漫画の様に空飛ぶ車が在ったり、服装が特殊であるという事はなかった。そういうわけではないが、本質は著しい進化を遂げた。身近な所で言うとPCのスペック、同じく携帯の性能等。
そして、科学技術の進化イコール戦争技術の進化と言える。
その実、殆ど身の回りにある家電用品は、戦争技術の応用によって出来た代物なのだ。テレビに然り、電話に然り。
科学技術の進歩に伴い、やがて世界は核に固執する事を止めていった。
所詮核とは見張られている限定兵器だ。扱い辛さではこれの右に並ぶものも、上に立つ存在もない。
故に使う事も出来ず、ただ所持してお互いに睨み合っているだけではどうしようもない。
かといって強硬的に核を使うわけにもいかない。即座に国際の輪というものから外されてしまう。それは危険極まりない。輸入に一切頼らず生きていける国家など、まず有り得ない。
既に条約で雁字搦めの兵器よりむしろ、出来るのであれば新兵器の方が扱いやすい。そして、その出来るであればと言う仮定が実現してしまった。ただそれだけだった。
何より、研究者の興味を引くのは既にほぼ完成の姿を見せる兵器である核よりも、更に未知で画期的な前衛の存在である兵器の方だ。
――いや、核にもクリーンな兵器へと目指す、なんていう楽しみもあるにはあるが、所詮そんな行為は犯罪である。
核に固執していた狂心科学者は多く存在していたし、今もしている。だが、時代とともに離反していくのは歴然としていた。
なればこそ、新技術を、新兵器をと。
それにより生まれたのが次世代人型兵器|【アウラ】。
勝利への渇望が、力への熱望が殺戮兵器を生み出した。思想の違い、身分の違い、理不尽を感じる不平等さ。それらが途絶えることは決してない。生物として単純で、明確なプロセスだった。
何より、戦争は儲ける。
供給が需要を上回るなど有り得ない夢のような産業分野。様々な国家企業が、この【アウラ】開発に参入していった。
いわば、現在の世界情勢は“戦争飽和”状態。数多の国は、他国の戦力を恐れる。そして他国に劣らぬよう、自国の武力を高める。これより下はあるのかというほど、最悪の循環だった。
【アウラ】――正式には【The Armaments Universe Reigns Anew Wepon】。【君臨する新たな兵器】の名を冠する最新鋭人型汎用兵器――通称【A.U.R.A.】である。
分類上は歩行型戦車とでも言うべきか。要は重機に於ける地上での移動を“キャタピラ”ではなく“脚”での移動に成功した代物。これによるメリットは計り知れないだろう。
誰も皆、その兵器に使われている世紀の大発見なんていう興味の薄いものはその陰に押しやりながら。
だが無論、“ハードウェア”が優れているだけでは意味がない。それを補う中身が必要だ。多岐情報一元管理化、独立型火器管制、敵味方識別装置(IFF)――それは挙げればきりがない。
だが一つだけ、どんな補助システムよりも背筋を凍らす存在があった。それは俗に――【フェイクス】と呼ばれる異端者であった。
――
寝てはいなかったが授業は聞かず、そんな状態のままいつの間にか四時限の授業終了のチャイムを枢は聞いていた。
ゆるりと顎を肘から離し、周りを見渡せば皆思い思いの行動に移っていた。
財布片手に教室の外へ飛び出す生徒。弁当を持って駆け出す生徒。その場で弁当を広げる生徒。そして、
「ご飯にしよ?」
教室内を移動して弁当を広げようとする女生徒。
冬夜は真っ黒なハンカチに包まれた弁当箱を自らの机に広げ、美沙都――立川美沙都は枢の前の席の椅子を引きそこへと座り込む。
そのままさも当たり前の様に、枢の机上でピンクのハンカチに包まれた弁当を展開していた。
それに対し枢も特に気にせず、机の脇に掛けてあった手提げ鞄から弁当を取り出し、二人に倣う様に広げた。
三人で共に昼食を取る光景――実にこれは、10年近くも繰り返された光景であった。
二人と出会った時は小学校いつぞやのガキの頃。それ以来ずっと付き合ってきた友達だった。枢が数年前の苦を経験してから今もこうして生きているのは、間違いなく彼らのお陰だろう。
その事に感謝しつつ、白米から立ち昇った湯気で構成された水滴を落とさぬよう、枢は気を付けて弁当の蓋を開けた。
そこから顔を覗かせた中身は、少年に似合わずファンシーだった。
「ちょ、ちょっと……枢、これ……何?」
美沙都は目を皿にしたまま、敷き詰められた白米を指差して言った。
「えーと……」
「……また、隣のお姉さんってこと?」
途端に、美沙都の目は皿から三白眼へと切り替わる。
「いや、えーと……まあ、多分」
枢はその眼に気圧されるように僅かに身体を後ろに逸らしながら、自分も白米を見やる。
だが、じっくり見てもそれがただの白米ではないことは間違いなかった。そこには、海苔が載せられた白米。所謂海苔弁というやつだろう。
――その海苔の形が“ハート型”でなければ、普通ので済んだだろうに。
「何、これは。何なの? これは。ねえ」
「あっと……えーと」
迫る美沙都の迫力に、枢は愛想笑いの様なひきつった笑顔の様な、奇妙な表情を受けべる。
とは言え、枢には見覚えはない。確かに枢は、隣に住む大学生の女性、茜には――迷惑だからと断ったのだが――毎日弁当を作って貰っている。
向こうも忙しいのに関わらず、手を抜いた様子が見られないお弁当には頭が上がらない。
しかし、こんなことは初めてだった。
「なんでっ、ハートっ、なのよっ!」
「ス、ストップ、美沙都。正直僕にもこれはよく分からない。だから落ち着いてくれ。ほら、席にちゃんと座って」
「こんなデカデカと乗っけられて分からないなんてある筈無いじゃない! 今までこんなことは一度もなかったでしょう! ――ッ! ……まさか枢。隣に住んでるからってそのお姉さんと――そんな仲に?」
その言葉を美沙都が口にした瞬間に、二人の様子をおかずに食指を進めようと静観していた冬夜も、一瞬動きを止める。
すると途端ににやけ顔が強化され、
「……なるほど。するとあれか。枢は隣のお姉さんと……こう……。いやはや、枢も隅に置けないなぁ」
「不潔!」
「誤解だ! ちょ、落ち着いてくれよ、美沙都! 冬夜も無駄に煽らないでくれ! ――ああもうっ、皆こっち見てるじゃんかよ! そんな詰め寄られたって僕だって分からないんだから……あ」
「やっぱり覚えあるんじゃないの!」
「ああ、というかなんというか。……多分、引っ越してから5年目だ」
――
事態がやっと収束し、粗方元通りになった後の今も、冬夜の表情はあまり変わっていなかった。にやけ顔のまま、冬夜は箸で鳥の唐揚げを掴み、口に運ぶ所で不自然に動きを止めた。
「……そういや次、マラソンだな」
腹五分目にしとくか、と言いつつ唐揚げを冬夜は頬張る。
「枢は、今日は出来そう?」
「ん~……ちょっと、分からないかな。さっき痛くなったから、無理かも」
美沙都の言葉に、枢は机の下で膝を摩りながら言った。
その様子を冬夜は口を動かしながら見ている。そうか、と呟き、冬夜は一瞬視線をそこから大きく外して、口の中の物を呑みこんでから枢の顔を見た。
「――そういや、俺今日部活ないんだよ」
「へぇ、珍しいね」
そう、これは実に珍しい。
冬夜は弓道部に所属している。そして、大会成績優秀者である。
確か、半年前だかは地方での大会で優勝を果たした筈、と枢は記憶を引っ張り出す。それだけの実力を持っていれば、当然部の柱だ。二年の身に於いて三年の部員の成績の全てを出し抜いているんだから相当だと言える。
そして、冬夜の体つきはその成績に恥じないくらい、細身ではあるものの、筋肉がしまっていた。ひ弱を自覚している枢にとって、それは羨ましいことこの上ない。
「そ。だから放課後はゲーセンにでも行こうぜ、久々に」
爽やかな顔立ちで、表情を朗らかに崩し眩しい笑顔でそう言った。
一体その笑顔に、どれだけの女子の心が射抜かれたのやら。なんて事を枢はその笑顔を見て思った。