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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.1 イカロスの天使
19/30

コスモス(1)

「……おう、優紀か。あの少年は?」


「まだ目は覚まさないわ。幸いにも体調は安定しているけど……。今はアイリが様子を見に行ってるはずよ」


 そうか、と相槌を打ってイリウムは視線を上げた。そこに立っているのは純白のアウラであるネフィル。既に肩部の損傷は回復しており、枢が出会った時と変わらぬ姿へと戻っていた。無論、悪魔めいた翼など存在しない。


「……無理もないわな。初めての戦闘で、それもフェイクスとしてあれだけ酷使すりゃーな」


 二人しかいない清閑とした格納庫にイリウムの声が響く。首肯して優紀はイリウムの隣に並び、倣うようにネフィルを見上げた。


「それだけじゃなさそうだけどね……。この機体、パイロットに掛かる負担が凄いようだし……」


「まあ、確かにフェイクスは脳に負担が掛かるとはいえ……そこまでじゃないわな。俺らも毎日乗って、疲れるけど、結局はその程度だからな」


 あの伊佐上市駐在基地での戦闘後、運び込まれた枢は殆ど貧血に近い状態だった。揺さぶったり声を掛けても起きることはなく、まるで昏睡しているようだった。顔からも血色が抜けきっており、枢自身の状態が分からない以上事態は一刻を争っていた。とはいえ、今は目は覚まさないものの落ち着いており、あとは意識の回復を待つのみとなった。

 後々身体検査によって分かったことだが、フェイクスとしてアウラに搭乗した際に掛かる負担が通常の二倍近く高い数値が出ていた。特にグルコース――即ち糖分の消耗が激しく、まるで絶食していたかのような状態になっており、速やかな点滴による栄養補給が必要な程だった。フェイクスは一般のパイロットよりも脳への負担が大きいが、結局はその程度であり、このような著しい負担は一般のフェイクスとすら一線を画していた。。

 フェイクスは血管内手術のために開発されたナノマシン技術の応用にから生まれた術式だ。端的に表現してしまえば、完全マニュアルだったアウラの操縦が思考のフィードバックを主体として行えるようになる技術である。

 マニュアル操縦の場合は銃を握るといった簡単な動作さえも非常に困難で、それを行うのにOSの補助が必要になってしまう。しかしフェイクスにはそう言った補助は一切要らず、OSの代わりにアウラはパイロットの思考を反映する。

 とはいえ、フェイクスとてアウラの操縦に関する訓練は必要不可欠である。思考で操縦することが叶っても、操縦に対するイメージそのものがなくては動かすことは難しい。ゆえに搭乗に際し通常と同じ基礎訓練だけは通らなければいけない。

 枢はそれを一切行うことなくネフィルを扱ってみせていた。戦闘記録から既に無人機においては数機、撃退に成功している。それはイリウムや優紀らフェイクスにとってもにわかに信じられないことであった。

 それが単にネフィルという強大な力を扱うこと自体への代償なのか、それとも最後に見せた悪魔の如き姿が蝕んだ結果なのか。それはまだ彼女らには知り得ぬところだった。


「――ぁあああああ! 腹が立ってきた!」


「うわっ! び、びっくりした……どうしたのよいきなり」


 突然地団太を踏み始めたイリウム。驚きに優紀は思わず肩が反応してしまう。


「死神だよ死神! 二人掛かりなのにあしらわれたんだぜ!? 今思い出しても怒りで脳が噴火しそうだ……!」


「そ、それは大変ね……」


「悔しくねーのかよ、優紀は!」


「悔しい悔しくないというよりは、死神を過小評価し過ぎてたということが問題よね。そもそも私達はあれを中距離戦を意識した機体だという認識だった。だというのにあの時、間違いなく超遠距離からの狙撃に成功していた。まあ精度はともかくとしても、とりあえずは標的に着弾することは出来ていたわけで。それもヨルムンガンドに酷似した武装を使って……」


 アイリ、およびネフィルとの合流地点で相見えた死神――命のやり取りという結果としてみれば勝敗は引き分けではあった。双方にパイロット自身の傷害はなく、無茶な使用により優紀のヨルムンガンドがお釈迦になってしまったこと、アルメニア・アルスのブースター損傷、そして死神の右腕損失の程度である。

 ただイリウムと優紀は二人掛かりで死神との戦闘に望んだわけであり、その圧倒的有利な状況から死神が逃げ遂せたということは足止めが最低目的であったイリウムらにとってみれば敗北に等しい。

 死神とて長期戦は圧倒的に不利だと分かっていたのだろう。着陸した時点で優紀のヨルムンガンドを右腕に受けつつも、アルメニア・アルスへと突貫し、一度だけ刃のやり取りをしただけで去って行った。

 その一瞬の交差に全てを掛けていた死神はヨルムンガンドの暴発に伴う爆発を利用した捨て身の牽制を行い、それに虚を突かれたイリウムはブースターへの損傷を許してしまったという訳だった。その後はヨルムンガンドの装填時間を知り尽くしていると言わんばかりに背を向け、ブースターを失い追跡が困難なアルメニア・アルス背に去って行った――とうことだった。

 優紀の含みある言い方に、イリウムは嫌らしく口角をあげる。


「精度は……ね。……もしかしてさ、結構悔しい?」


「そんなことありません! 私はね、主観的な感情を交えた感想を述べるより客観的に戦場の局面を俯瞰した上で冷静な分析を――」


「わかった悪かった! そんな気ぃ立てるなって!」


「気なんて立ってませんよ! 私のどこがそう見えるんですか」


「鏡見てこいよ。眉間にスゲー皺寄ってるから。お婆ちゃんみてぇ――いった!」


 頭に平手を喰らいたたらを踏むイリウム。優紀はイリウムに背を向け眉間の辺りを指の腹で揉みこむと、一度咳払いをしてもう一度向き直った。


「とにかく、これからはより調査が必要という訳です。コードネーム【死神】のスペック、彼らの持つ兵器の流通経路、あるいは生産設備保持の度合……明らかにここ数か月で異様な変化を見せています。加えて結局ネフィルは“双方の手に渡ってしまった”のです。今後の作戦立案は一層シビアなものになるでしょう」


「……はぁ、そうだな」


 じんわりと痛む頭を摩りながら、もう一度イリウムはネフィルを見上げた。

 そこには枢が搭乗していた時の蒼穹とした瞳はなく、ただ光を失った闇が瞳を為しているだけだった。


     /


 枢がゆっくりと瞼を開けると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。真っ白な天井……それを枢はどこか見覚えがあるような気がした。

 ああそうか、と思い出す。七年前の事件から目を覚ましたとき見た病室にとても似ていた。病的なまでに真っ白で、穢れから隔離するという名目から出来上がった異界だ。


「ここは……?」


「……起きた」


 ベッドから上半身を起こすと、そこには小さな少女がいた。金髪碧眼の少女……。大体枢の胸辺りだろうか、ベッドに座る枢と頭の高さは変わらないくらいの身長だ。


「ここは医務室。君は、二週間近く眠り続けていた」


「二週間? 僕が……?」


「そう。……食事、持ってくるから、待ってて」


 平坦にそう告げて、少女は部屋から出て行った。自動で開閉するドアを枢は記憶の反芻を行いながら眺めていた。

 今現在、自分がどういう状況なのか理解できなかった。そもそも何故倒れたのか思い出せない。断片的に光景が浮かぶだけ。その浮かぶ光景というのも自分がアウラに乗って他を蹂躙していくというものだった。武装兵器は一切使わずただその二つの腕のみで、四肢を握り潰し、引き裂き、貫いている。恐怖から立ち向かう者も、背を向け逃げ出す者も敵も味方も何もかも容赦なく、全てを侵しつくしていた。まるでそれは獰猛な野獣のように、嗜虐を尽くす悪鬼のように……。

 それはまさに悪夢の様で、思わず枢は眉間を押さえる。

 だがそれが切っ掛けで、徐々に思い出していく。馬鹿げた悪夢のような記憶は知らないが、アウラに乗っていたことは確かだ。妹の見舞い帰り父親の会社へと迷い込み、ネフィルと出会い、それから――。


「……どこか体調、悪い?」


 気づけば少女が部屋に戻ってきていた。その手にはトレイが握られている。スクランブルエッグや肉と野菜のスープといった食べやすそうな品目が並んでいて、あがる湯気が出来たてであることを現していた。


「少し、頭が痛い。……というより、混乱してる。記憶が酷く曖昧で、自分が、自分でないような……」


 眉を顰めながらそう言う枢を少女は少しの間だけじっと見つめていた。何を思ったのか……その表情には全く現れることはなかったが、やがて少女はベッドテーブルを用意し、そこへ食事を置いた。

 とても美味しそうではあったが枢は手を付ける気になれず、代わりに少女へと顔を向けた。


「ここは病院……じゃ、ないよね。君はどう見ても看護婦には見えない。というよりも君たちは、何者なの……? そして一体これから僕は……」


 矢継ぎ早に言う枢の問いかけに、後で詳しい説明をすると前置きしてから返答を口にした。


「ここは病院ではない。そして、君は私達【コスモス】に保護された」


「コスモス……?」


「端的に言えば、傭兵みたいなもの」


 それだけ言って少女は次の言葉を続けようとはしなかった。初めて会った時から思っていたが、どうやらこの少女は感情豊かではないらしい。言葉も少し足らないきらいがあるように感じる。


「そうなんだ……あまり、はっきりとは覚えてないけど。君と一緒に父さんの会社を脱出した辺りまでは分かるんだけど、その後は、なんだか頭の中がごちゃごちゃしててよく分からないんだ……」


 頭痛に頭を抱えながら枢は話す。最中も悪夢のような光景が視界にちらつき、会話に集中できない。この状況にあまり抵抗感が湧かず、抗うよりもとにかく自身を確立しようとしているかのようだ。


「……その食事をとって、もう少し、ここで休んでいて。検査が、来るから」


 やはり抑揚のない声でそう言い、少女は再び部屋を出ていく。そうして一人残された枢は気持ちを落ち着かせるため数秒天井を見上げ、やがてスプーンを手に取って食事を始めた。




 そうして昼食を取っているとやがて先ほどの少女と白衣を着た女性が現れ、簡単な質疑とCTスキャンなどによる検査が行われた。そして検査結果は問題なかったようである。元々外傷はなく、この検査も念のためといったものだったらしい。

 むしろ負傷という負傷はその時同乗していた少女の方が酷く、頭部の裂傷は何針か縫うことになり、内臓損傷も起こしかけていて非常に危険な状態だったと医師は言っていた。今もまだ療養中だという。

 先ほど部屋に来たときはそんなそぼりは見せなかったのに――。そう枢は罪悪感を持ってしまう。

 そして今は検査を終え、少女に案内され通路を歩いていた。彼女達の“代表”とやらと会わせたいらしく、その人のいる部屋へと向かっていた。人通りは皆無である。今のところ目が覚めてから枢は少女と医師にしか出会っていない。通路自体のデザインも狭く無機質であり、少なくとも真っ当な病院などではないだろうと感じていた。むしろイメージとしては研究所などが近い。

 目の前で長く砂金のような髪を靡かせて歩く少女……。彼女は自分達のことを傭兵のようなものと言っていた。傭兵と言えば、枢のイメージでは“金のある集団に付く無法者上がりの集団”といった筋骨隆々な男達である。

 おそらく、目の前を歩くこの少女が異常なだけなのだろう。だからあの時ネフィルに乗っている際聞こえてきた声の主も、男性顔負けに屈強な女性に違いない。そして今から会いに行く代表とやらはそれらを総べる男……。自分の想像に枢は少し背に寒気を覚えた。

 そんな勝手な想像を膨らませながら、やがて辿り着いた目的の部屋。少女がノックする様子を見ながら、枢は緊張から喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


「アイリです。カナメ・クオンを連れてきました」


「はーい、入って入ってー!」


「……うん?」


 部屋の中から帰ってくる声は幼い女性のそれ。声音も天真爛漫としたもので、語尾に音符がつけられていても違和感がないくらいである。反し無表情のまま当たり前のように入っていく少女に枢は慌ててついて行く。

 促されるよう前に進む枢。それを見届けると少女は扉の付近で、まるでこの部屋全体を監視するように直立した。

 そして視線を前に向けると、そこにはスチール製の大机に座る一人の女の子と、その隣に立つスーツ姿の男がいた。

 少女はまだ幼く、十四になる枢の妹よりも幼い。それどころか金髪の少女より明らかに年下で、十歳を超えているのか疑うほどだ。明らかに不釣り合いな大きな椅子に腰かけている様子はまるで子供が遊んでいるようにしか見えなかった。

 それに反し男はスーツこそ着ているもののネクタイはしておらず胸元も開けられており、乱れたまま放置されているセミショートの黒髪、気怠そうな不機嫌な表情からビジネスマンというよりむしろ“堅気じゃない何か”を想像させる人物だった。


「はじめましてだね、枢くん! わたしはフィーナ・アラカリア。私設傭兵組織【コスモス】の代表取締役、およびこの母艦【ユスティティア】の艦長を務めています。よろしくね」


 にっこりと笑う少女。流暢な日本語だが顔立ちはとても日本人には見えなかった。髪も日本では馴染のない色……一つに結われた銀色の髪が空調に揺れていた。

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