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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.1 イカロスの天使
18/30

クルーズ(9)

 だがそうして枢が前を見た時、もう戦場は混乱の域に達していた。

 陣形の崩れたラインズイール軍のアウラは、まず装甲に乏しい嗷弌騎が一つ、マリオンのレールガンによって大破した。その後は薄くなった弾幕に対しここぞとばかりにミサイルを叩き込む。銃弾のカーテンを逃れた数発が嗷參騎の装甲を削ぎ落す。

 基本的なスペックにおいて、マリオンとペイディアスおよび嗷騎シリーズには差があった。それゆえ物量による戦局支配を試みたのだが、既にそれは崩れ始めた。徐々に、だが確実に劣勢をなしていく戦場にラインズイール軍は後退せざるを得ない。それは即ち戦場のラインが後退していることと同義である。既に駐在基地とて、安全とは言えなくなっているのである。


「あれって圧されてるんだよね? このままじゃ……」


「構わない。君は回収地点に向かうことに専念して。むしろ君が戦場に介入してこれ以上隊列を乱してしまう方が劣勢を早めてしまう」


 少女にしては珍しく圧力の掛かった物言いに、枢はおとなしく従うしかなかった。確かに、自分が加わったところであれら三機を倒せる自信などない。幾らアウラを撃破したとはいえあれは無人機であるし、素人であることは変わらない。


「だから早く、回収地点に――つっ」


 そう言う彼女の息遣いに只ならぬ雰囲気を感じ、無意識に名前で問いかけていた。まるで絞り出すようにか細い声で、それは今まで聞いた、ただ平坦とした声ではなく、明らかに憔悴している人間のそれだった。

 どこかで聞いたことがある……それは遠い、だが決して忘れられぬ過去の記憶にあるものだった。

 振り向けば、アイリはみぞの辺りを抑えながら目を伏せていた。相変わらず感情こそ映してはいなかったが、顔色からは血の気が失せており、それは頬を伝う頭部からの流れる血で原因は明らかだった。


「君、血が……! 一体どこで……」


 そこまで言ってから、イリウムから告げられた言葉を思い出す。彼女をネフィルに搭乗させてから被弾は二度。肩部に遠方から狙撃された際。そして先ほど、マリオンからレールガンで狙われた際。後者は庇われたものの、衝撃はペイディアスをネフィルへと衝突させるに十分な威力だったということ。

 枢に責任が問われるようなものではない。どちらも不意を突かれたものであったし、枢が自ら進んで敵と矛を交えた訳ではない。それでもどこか罪悪感を抱いてしまい、沈んだ瞳でアイリを見る。


「……大丈夫、問題はない。それにもうすぐ迎えが来る。そうしたら私の治療も即座に行われる」


 アイリはその心中を察したのか、平坦な声音でそう告げる。だがそんな彼女からは説得力を感じられず、枢はただ身を案じながら沈黙に座すしかなかった。

 だがふと、疑問が過ぎる。彼女が負傷した際には無論枢自身も搭乗していた。確かに強烈な振動を感じ、内臓が圧縮されたのかと紛うほどの衝撃をその身に感じた。しかしそれは吐き気程度に収まり、痛みは尾を引いていない。それは自分がしっかりとコックピットに腰掛けているから? それでもスーツを身に着けてもおらず、なおかつ被弾こそないものの再三に渡り戦闘を行っているのに?

 枢の思考に懐疑が駆け巡る。

 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。そう自分を納得させ、戦場を一瞥し基地へと向かおうとしたその視界の端――墓地にうずくまる人影がいたような気がした。


「気のせい……?」


 無意識に視界を拡大する。やや遠方に3人捉えることが出来た。子供2人と成人1人。場所は……墓地だ。そういえばと、この駐在基地は墓地の近くであったと思い出す。墓地にしては珍しく海沿いにあり広大で、明るい雰囲気から子供の遊び場に良くなっているような場所だった。

 恐らく、逃げようとしたところで戦闘が始まってしまい出るに出られなくなってしまったのだろう。改めてみれば、戦闘は彼らの出口を塞ぐように行われているた。

 兄妹なのだろうか、2人は子供だった。まだ小学生といったところか、目を腕で多い泣き出してしまっている。もう一人は女性で、彼らを守るよう抱き寄せている。泣き止ませようとしているのか、必死に言葉を掛けていた。


「嘘……だろ……? なんでここに……」


 そしてその女性は、枢のよく見知った女性だった。間違える筈もない。七年間毎日のように見続けてきた女性ひとである。だがいつも笑顔だった彼女は、泣き出しそうになりながらも懸命に子供たちを連れて逃げ出そうとしていた。


「カナメ、速やかに回収地点へ――」


「分かってる! 分かってるけど、あんなの……」


 後退していくラインズイール軍に合わせて、マリオンらは前進していく。それは即ち彼女たちとマリオンの距離が近づいていくことと同義だった。当然彼らは墓地にいる茜のことなど気にも掛けない。それは両軍、共に同じであった。

 ペイディアスのばら撒く弾丸はマリオンを動かし、それを追うように四方へと散らばっていく。流れ弾や跳弾が墓地にまで行き渡り、周囲の岩壁や地面が捲れ上がっていた。


「だめだ……」


 茜は泣き止ますのを諦め、子供たちの手を無理矢理引き駆けだした。だが恐怖で足が動かないのか、子供達は思うように走ってくれない。その表情は悲痛に満ちており、涙で表情が歪んでいた。

 やがてマリオンは墓地内にまで侵入する。墓石は巨大な鉄塊に踏みにじられ、砕けていく。

 子供たちは泣きじゃくりながらも、恐怖に混乱しながらも茜に手を引かれ走っていくが、やがて足がもつれ転んでしまう。茜は慌てて手を取り起き上がらせ、膝を痛めてしまった子供を背負って走り始めた。


「やめろよ……!」


 マリオンは三手に別れ防衛ラインを覆い囲むように動いていた。それは墓地内に侵入し迂回していくことと同義で、現にマリオンを茜の後を追うように、ペイディアス達に対し応戦しつつ進んでいる。それに伴い流れ弾はなお墓地を削り取っていき、ついにはマリオンとペイディアスらは近接の域にまで距離を縮まった。

 マリオンは彼女のことなど眼中になく、構わずブーストを吹かし銃撃戦を繰り広げていく。跳弾は彼女らのすぐ脇を掠め、捲れ上がった岩盤の破片が飛沫のように降り注いでいく。その一つは茜の身体を殴打する。衝撃に吐血し、茜は倒れてしまう。手を引かれていた子供は転び、抱かれていた子供は地面へと放り出される。だがそれでも茜は立ち上がり、子供達の手を引いて逃げようとする。

 ペイディアスは業を煮やしたかのようにブーストを吹かし、マリオンへと突貫した。マシンガンは片手に、ナイフを携える。それを援護するよう、他のペイディアスが弾幕を集める。


「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ! なんでそんな戦い方を……! 見えないのか!? 分からないのか!? そこにいるんだよ! 人が! お前らはなんのために戦ってるんだよ! 人を守るためじゃないのかよ!」


 突然のことに反応の遅れたマリオンは対処に遅れ、ペイディアスの接近を許してしまう。コックピット目掛けたナイフは外れたが、右腕に突き刺さってしまう。機能が停止した腕からマシンガンは零れ落ちた。それも構わず、マリオンはペイディアスの首を掴み固定、そのまま零距離で射出した。ペイディアスの装甲は耐え切れず、抉れたように腹部に風穴が開けられる。

 それを放るマリオン。もうパイロットのいないペイディアスは力なく地面へと倒れ込み、そこには――茜と子供達がいた。


「やめてくれ……! やめてくれよ……!」


 茜は子供達を庇うよう、自らを覆う影の外へと突き飛ばした。彼女の表情はどこか悲しく、それでも、なぜか満ち足りた表情をしていた。それはまるで嘗て望んだ夢を叶えたような――。

 そうして何かを呟いた茜にペイディアスが没したのを見、枢は喉を焼き切るように咆哮した。それに応えるかのごとくコンソールモニターに表示された文字は『RAMPAGE』。

 瞬間、ネフィルの背中には巨大な二対の朱い翼が顕現した。その翼は純白さとは酷く不釣り合いで、それだけが異様に浮き彫りにされ、邪悪さが収斂したよう。その形容は天使などとは程遠く、まるで――悪魔が姿を為したかのような体躯だった。

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