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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.1 イカロスの天使
17/30

クルーズ(8)

「時間がない。コックピットを開けて」


「あ――う、うん」


 気が付けば拘束を解かれていたネフィルは立ち上がり、言われた通りに枢はコックピットを開放する。既に枢は深く思考することが出来ず、とにかく言われた通りにしなければ――何故かそう頭の中では考えていた。目の前にプロセルピナが立ち、同じようにコックピットを開放した。互いにコンソールへと座り込んだ無防備な姿が晒される。そして少女はヘルメットを外し、邪魔な前髪を払うように顔を左右に振った。

 そして枢は騎士のアウラを駆る少女の姿を見、知らず絶句していた。

 金髪碧眼の少女――声色の雰囲気から感じ取れる幼さから、少なくともまだ社会に出るような年齢ではないだろうと勝手に想像していた。精々20歳半ば、大凡20歳に達するかどうか程度だと枢は思っていた。だが実際の彼女はどうだ? その華奢で小さな体はどう年老いて推測しても自分と同い年にすら思えない。無表情な表情を作り上げる碧眼からはその容姿とは確かにちぐはぐなイメージを抱いてしまうがそれでも、戦場に立つには幼すぎる。幼い少女が殺戮兵器に乗り黒煙と業火を背にするこの奇妙な光景に、枢は戦慄すら覚えていた。

 心臓の拍動が加速する。

 驚きに言葉を失ってしまった枢を一瞥し、少女――アイリはコックピットへと飛び込んだ。


「うわっ!」


 とはいうものの、広いとはお世辞にも言えないコックピット内だ。アイリがスムーズに動けるはずもなく、案の定、枢に覆いかぶさるようにコックピットチェアーにしがみ付いてからうまく動けていない。ネフィルの構造は他のアウラと異なるのか、初めは迷いなく足を踏み入れようとするがそこに障害物があると分かり即座に足を引き、再びどこか別の場所へ足を伸ばそうとする。

 その間、女の子特有の華奢な身体は枢の視界一杯にあり、こんな状況だというのに妙な気分になっていく。だがしかしそれは変にぴっちりしたスーツのせいであって、いやしかしそうなると自分の性癖が何やらおかしな方向に……。そんな悶絶を胸中繰り返していると、アイリから少し右に寄ってなんて平坦に言われた。


「操縦の邪魔にならないよう、コンソールの後ろで指示を出す。その通りに駐在基地へ向かって」


「わ、わかった」


 言われた通り身を捩ると、アイリはパネルやコードの類に触れぬよう背後へと回っていく。それを横目に、枢はネフィルのコックピットを閉鎖する。少女が自分の位置を探るようにコックピットの天井や側面に手を添えながら体勢を整えた。

 そしていざ乗ってみると、2人でもコックピット内は窮屈なものではなかった。それはネフィルのコックピットデザインが偶々余裕のあるものだったのか、ただアイリの身体が小さすぎただけなのか……それは枢の知るところではなかった。


「良いか、少年。絶対に戦闘はするな。とにかく逃げろ。一目散に駐在基地へ掛け込め。無謀な戦闘はお前の命を落とすだけじゃなく、アイリの命を落とすということも忘れるな」


「この子の……?」


「そうだ。幾らレジストスーツがあるとはいえ、アイリは不完全な搭乗だ。戦闘時に来る衝撃は人間の身体を容易に壊すぞ。そしてそれは、お前も同じだ。伊達や見栄でこんなスーツ着てる訳じゃないんでね」


 枢は横目で少女を見やる。しかし何を考えているのか……口元も、眉すら動かず何も感情を表してはいなかった。

 分かりました――そう口にしようと枢が息を吸った途端、ネフィルを強烈な衝撃が襲った。まるで鉄塊で殴打されたかのような瞬間的な衝撃――脳が揺らされた感覚というのを枢は初めて体験する。肺が一瞬押しつぶされたように呼吸が止まり、視界は白く光り、その直後吐き気にも似た焦燥が湧きあがってくる。

 衝撃が何を意味するのかは、セラフィの肩部損傷という言葉で自分が攻撃を受けたのだと理解した。突然肩を抉られよろけるネフィルを見て、イリウムは叫んだ。


「どうした、何が起こった!? 攻撃か!? でもこれだけ離れていて……」


 事の始終を恐らく唯一理解出来たであろうミネルアに乗る優紀は、驚愕からその言葉を耳にする余裕がなかった。彼の死神が装備する武装、現状起こっている有様――それらを鑑みるに信じられないことだが一つの事柄が予想としてあがる。


「何、あれ……? まさか――“ヨルムンガンド”?」


 黒き死神の持つ銃器、それはまさしくミネルアの持つヨルムンガンドと瓜二つであった。


     /


 現在、枢の住む伊佐上いさかみ市に駐在しているラインズイール軍基地には“彼女ら”の指示を仰ぐため、ラインズイールおよび日本両軍の主力アウラが待機していた。

 ラインズイール主力量産型アウラ【ペイディアス】は汎用性に特化した機体である。ラインズイール軍の射撃武装であればほぼ全てに対応しており、推力機構も飽くまで並の性能しか持たない。

 だがこれは低性能という訳では断じてなく、量産型という名を冠する限りそれは万人が扱えるものでなければならないのだ。故に軍隊において、全てのアウラがアルメニア・アルスやミネルアのように突出した機体のみでは成り立たず、こういったペイディアスのような存在は必要不可欠だと言える。

 これとは反し、日本主力アウラである【嗷弌騎ごういっき】【嗷參騎ごうさんき】を含む嗷騎シリーズはペイディアスと同じ位置づけにいるとは思えないほどいささか趣の違うアウラであった。意図してそうなった訳ではなく、元より日本軍はアウラという戦力をあまり保持しておらず、加えて日本人は職人気質が高いことに起因している。端末デバイスの高性能さがユーザーを突き放してしまうのはままあることから明白だ。

 言ってしまえば順序が逆になってしまっているようなものだ。ラインズイール軍は開発当初からアウラ産業に携わっていることもあり多くの武器が既に存在していた。それらは本筋から余筋、亜種まで様々だ。その全ての武装を扱えることをコンセプトにペイディアスは開発された。

 それに比べ嗷騎シリーズはあらゆる戦況を予め想定し対抗しうる性能を持った先にアウラを設け、そこに追加パーツや武装を当てていくというものだった。つまり大本は同一で、追加装甲であるオプションや武装が異なるということ。無論その都度改良であったりOSの変更が要求されるが、それでも日本軍の環境からすれば生産ラインは最小で済むのだから適している。

 嗷弌騎ごういっきはペイディアスと同じく標準的な射撃戦を要求されるオプションパーツが為され、嗷參騎ごうさんきは拠点防衛に適した追加装甲を施しているアウラだ。

 ペイディアスを含め、これらを配置するということは侵略ではなく防衛を目的とした戦闘が予想されるということだ。そして、それは見事に的中する。

 国道の遠方から見えるマリオンの姿、ペイディアスに乗る少年はその姿を見て思わず拳に力が入る。マリオンとはすなわち“奴ら”の象徴のようなものだった。正規の軍には勿論のこと、公にされている傭兵でさえも所属を確認したことのない出土不明のアウラ……まさに彼らのような組織には打って付けである。

 だが真に恐れるべきは彼らがそのようなアウラを所持していることそのものだ。軍すらも把握していない独自のルートを所持しているのか、あるいは自ら開発が可能な程に生産ラインが確保されているのか。どちらにせよ、由々しき事態である。

 だが少年が怒りに拳を握った理由はそんな思慮の先にあったものではなく、単純明瞭な人間の命をさも当たり前のように奪っていくことに感情を燃やしていた。だが、まだ引き金を引くことは許されていない。

 少年の部隊隊長が本部(HQ)に指示を仰ぐ。基本的に末端である兵士は基地や戦艦にいる士官の指示なしでは動くことが出来ず、特に今回のような居住地区近くでは非常にその辺りはシビアであった。統率を取るためとは言え、そんな軍隊の仕来りがまだ若い少年にとってはもどかしい。

 そんな焦燥が爆発したかのように、本部から開戦オープンコンバットの指示を受けると耳を劈くような銃声が辺りを轟かせた。

 今回の出撃ではペイディアスの持つ武装は標準的なマシンガンやライフルで占められていた。本来ならこれに携行してグレネードランチャーであったりミサイルの類が持たされるが、居住区での戦闘ということで装備してはいない。無論建造物の破壊を抑えるというのが何よりの目的ではあるが、元より障害物の多い場所では爆発によってダメージを与える武装は機能しづらく、入り口を塞ぐように弾幕を厚くし防衛したほうが効果的である。そして逆に、拠点制圧に関して言えばミサイルは絶大な効果を発揮するため、これらに対抗するためにもマシンガンといった武器は有効であった。

 案の定、マリオンの一機が肩部からミサイルを放出する。うねりながら近づくそれは尾を蛇のように煙く。それに狙いを定め、ペイディアスは弾幕を覆い被せていく。

 その隙を待っていたとでも言うように、残りのマリオンがペイディアス目掛けてグレネードランチャーを放っていった。だがその弾丸がペイディアスに届くことはなく、追加装甲を身に纏った嗷參騎ごうさんきが庇うように前進する。

 嗷參騎ごうさんきの追加装甲の一つとして肘に着けられたシールドは非常に強固であり、現にグレネードランチャーを正面から被弾しても損傷は見られない。

 グレネードから巻き起こった爆風は両陣営の視界を遮り、マリオンは様子を見るよう微速していたが嗷參騎ごうさんきに防がれたことを悟るとマシンガンで即座に応戦する。無論それらは再び嗷參騎ごうさんきに防がれるが、それはマリオンらとて承知だった。

 マリオンの牽制を嗷參騎ごうさんきに任せ、嗷弌騎ごういっきは高出力のライフルでマリオンへと照準を合わせる。堪らずマリオンはその銃口から逃れようと左右にブーストを吹かし、やがて建物へと隠れその背中を預ける。そして銃撃戦に一息の間が空き、ペイディアスおよび嗷弌騎ごういっきは装填を速やかに行っていった。

 この僅かな応戦で、マリオン側は駐在基地を突破することが困難であると再認識する。ラインズイール軍側こそ知り得ぬところだが、マリオンらの任務は確保したネフィルの回収である。侵入、脱出に関しこのルートが最短距離であるため、一刻を争う彼らにとっては叶うならばここを突き抜け、尚且つ制圧したいところではある。しかしこのままジリ貧に戦闘を行っても分があるのはラインズイール側であり、幾ら最短だからと言ってこの戦闘に時間を掛けていては意味がない。だが無論、迂回するルートにも配備はされているだろう。

 どうする? マリオンのパイロットは思考する。強行突破か迂回か、増援を待つか三手に別れるか――。

 そうして結論を下そうと無線を開いた途端、戦場の状況は一変した。マリオンの駆り手は遠くからネフィルが近づいてくるのを視認する。それはラインズイール軍も同じで、カメラアイにて一瞥した。

 まずい――そう叫びながら、ペイディアスを駆る少年は咄嗟にブーストを閃光させた。

 マリオンのパイロットは舌鼓を撃った。一人の合図でマリオンはレールガンの銃口を狙い定める。六つの砲火が向く先はペイディアスでも嗷騎シリーズでもなく、ネフィルだった。


     /


「なんだ、あれ……。もしかして、戦っているのか……?」


 枢が駐在基地を視界に捉えていた時にはもう、マリオンとの戦闘は繰り広げられていた。始めは遠方からマズルフラッシュがちらついていただけで、何が起こっているのかははっきりと分からなかった。戸惑いを見せる枢に、アイリは静かに急かした。それとほぼ同時に、ラインズイール軍のアウラが黒煙に包まれた。


「第一防衛ラインは突破された……? 指示系統に狂いが出ているのか……?」


「どういうこと……? つまり、やばいってこと……?」


 枢の上ずった声にアイリは静かに首肯で返した。


「とにかく、私達は基地中央へと移動し、300秒後に到着する装甲輸送機を待つ。輸送機に搭乗し、母艦まで帰還することが今回の任務。そしてそれが終われば、貴方の安全は保障する。だから助かりたければ、私達に協力した方が良い」


「……分かってるさ。僕に、選択肢なんてある訳ない」


 不満を隠そうともせず、枢は視界の端に彼女が腰につけた銃を見ながら言い捨てる。元よりそうなのだ。この状況で孤立するのは勿論のこと、そもそも彼女が共に搭乗している時点で自分に選択肢はない。

 遠くの建造物の陰からは様子を窺うようにカメラアイが見え隠れする。その姿に恐れと怒りの混じった奇妙な感覚を持ちながらも、枢はネフィルを前進させていく。


「――避けて!」


 突然アイリは叫んだ。直後に衝撃に揺れるコックピット、閃光する視界、耳を貫くような強烈な音――。枢は咄嗟のことで何も分からず、思わず目を瞑ってしまう。

 そうして開いた目の前には、半身を失ったペイディアスが膝を着いていた。


「アラートが鳴らなかった……? いや、確かに……」


『なんつー威力だよ。くそ! 【シュペルビア】め……!』


 通信が混線したのだろう、少女の静かな呟きはまだ若い青年の声に掻き消された。青年の息遣いは荒く、呻き声のようなものさえ混じらせながら悪態をついていた。

 半壊したペイディアスはコックピットが露出されていて、中には力なく腕を抱く青年がいた。レジストスーツの焼け焦げていたり引き裂かれた部位から血が滲み出ており、ヘルメットのグラスは破損していて、中から金髪をした血だらけの顔が見える。


『そこの【コスモス】! 何をぼさっとしてやがる! それがネフィルなんだろう!? 早く回収地点へ行け!』


 死にそうな様が嘘のように、先程の音と引けを取らないほどの怒号が響く。

 基地の方ではラインズイール軍の隊列は既に崩れており、マリオンへと接近するように戦闘が行われている。つまりは自分の無防備な出現により、防衛する範囲が増えてしまい隊列を乱さざるを得なくなったということだった。枢はそこまで理解出来てはいないが、自分が敵機に狙われ、目の前の青年に助けられたということは十分に理解出来た。


「……すまない。カナメ、早く目標地点へ」


「そんな! この人、こんな血だらけで……」


「彼は私達の任務遂行のために、その身を挺してくれた。無駄には出来ない。それにここでもたもたしていては結果更に彼へと危険が及ぶ可能性がある」


 そのアイリの言葉に何も反論は出来なかった。見るからにペイディアスはもう機能しておらず、敵機に狙われては一溜りもないだろう。

 ごめんなさい、そう謝りながら枢は再び基地へとブーストを吹かし始めた。

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