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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.1 イカロスの天使
14/30

クルーズ(5)

 二機のドッグスを排除し、少女の機体の場所をセラフィに問うと、彼女は渋々ながらもそれを教えてくれた。渋々ながら……というのが人工知能である彼女に対する表現であっているのかは怪しいところだが、問いかけた時とそれに対する答えが返ってきた時の間が枢にとってはそう感じた。

 場所はさほど離れてはいなかった。地下とはいえ街中にあるとは信じられないほどの広さを持つこの施設だが、結局はそれの範疇は超えられないと言ったところなのだろう。

 そうして狗の屍骸を背に向かい始めた頃には、もう既に枢にとってネフィルは手足同然の感覚に近かった。噂でしか耳にしていなかったフェイクスというものが如何に恐ろしいものであるかを今、枢はその身を持って実感していた。

 何せ数分の戦闘で訓練を施された兵士と同じ、或いはそれ以上の技術を得るのだ。人間が誰に教えられずとも歩行できるように、フェイクスは自然とアウラを操縦する。自身を一つのパーツとして騙す技術……。

 操作の類もそうだが、もう一つ、枢はそれと肩を並べるかのように驚くべきフェイクスの特徴に気づいていた。それは機体の詳細情報を無意識に理解することができることだ。例えば装甲の損傷具合に関して、感覚としては“痛みを伴わない痛み”というべきか……そんな感覚で理解できる。矛盾している言い回しだがそう表現する他ない。つまりは痛くないのに痛いと分かるといった具合だ。他にも機体のブースト残量や残弾数に接地圧の散圧度数など、自分の身体のように感覚があり、とはいえそれ自体は実際感じず理解出来る。何とも奇妙なもので、初めこそこれが何なのか分からず、意識的に情報を拾うのが難しかったが今では馴染んだ。少々、頭痛が伴うのが気になるところだが。

 この情報を得るというのは一見些細なことだが、これは戦場において優位に立てる一端だ。一瞬を命の取り合いとしている中で、その一瞬を使ってデータを読み取らなければいけない者とその一瞬を使うことなくデータのほぼ全てを把握出来る者――深く考えずとも両者の差は歴然だ。スポーツの最中、試合状況や選手の位置などを把握するために見渡す必要がないようなものだろうと枢は思う。

 少女の身を案じ駆けながら、枢はそんなことを頭の片隅で考えていた。そんな折だ。


『……ネフィルを破棄しての撤退を推奨します。戦闘にこれ以上介入することがマスターに利益を与する可能性は極めて低いと考えられます』


「…………」


 不意に、そうセラフィが戸惑いがちに提案してきたのは。――いや、戸惑いがちという人間に当てるような表現が正しいかは分からない。勿論声は無機質で抑揚もなく、感情を感じさせない女性のそれだ。出会った時から調子は変わっておらず、声色自体は、人工知能の例に漏れず自動読み取り音声の高品質版といった印象は拭えない。それでも枢は、このセラフィという存在にそれとは全く違う印象を抱いてしまっている。


『如何なさいましたか、マスター』


「え、あ、いや……」


 思わずその違和感に目をぱちくりさせていたのだが、セラフィにそれを感づかれてしまい慌てて反応する。

 セラフィの言葉が意味することは理解できる。命の危機はもう無く、枢自身この戦闘には巻き込まれた形なのだからこれ以上関わる意味も無く、そしてこれ以上この場にいると後戻りができなくなる……つまりはそういうことなのだろう。確かに、枢がネフィルに搭乗した理由は自分の命を守る為である。戦闘には迷い込んだ先で偶然遭遇してしまっただけで、あまり戦場に長くいると枢という存在の跡がより強くなってしまう。

 まだ間に合う……そう言いたいのだろう。既にドッグスには発見されつい先ほどあれらを撃墜してしまったが、彼らの情報共有ネットワークがローカルなものであったなら、確かにまだ枢という異物が情報として残る可能性は薄い。そしてネフィルはネットワークがローカルである可能性が高いと踏んでいるのだろう。

 この施設はどう考えても世間の目から逃れるように作られている。そんな施設を警備するのに、通常の民営警備会社と繋がっているとは考えにくい。そもそも民営警備会社と契約することの意味は、その証をステッカーなどで外部に示し、犯罪を牽制する意味合いが強い。常日頃からこの企業を警備していた人間たちにもそれらは窺えなかった。何よりそれに起因する異質な雰囲気のせいで、枢はここに来ることを嫌っていたのだから。

 しかしそれでも、今ここで枢が逃げたとしてもそれだけでは解決できない。何よりそれでは、ここに“ネフィルという大きな痕跡”が残ってしまう。それでも彼女がこの案を提示するということは、一つしか解はない。


『ネフィルには機密保持のための自爆装置が搭載されています』


 つまりは、そういうことだった。言われずとも、フェイクスとしてネフィルと繋がっている枢にはそれがあることを理解していた。だからこそ、セラフィの言葉を理解しているからこそ答えに詰まり、そして彼女に存在する意思のようなものに戸惑っているのだ。

 ネフィルに対し、枢はなんら愛着を持ってもいない。確かにこれのお蔭で自分は命拾いをすることが出来た。だがそれでも、今自分が乗っているものは兵器であり、更にはアウラなのだ。それは枢の過去にとって禁忌であり、呪うべき存在だ。

 こうして乗っていることにも反吐が出るし、その力を自分で振るっていることにすら殺意が湧く。だからネフィル自体がどうなろうが知ったことではない。

 だが、彼女はどうなる? このネフィルに搭載されている人工知能――セラフィは。

 人工知能に心はあるのか……そんな哲学的思考実験がある。その思考実験の行きつく先は至極単純なもので、そんなものは分からないというお粗末な答えなのだ。考えてみれば当たり前で、そもそも人間にすら心があるのか怪しいのだから。心というものに物理的証拠はなく、生物学的論拠も存在しない。自分が心だと思っているものはただの電気信号的パルスの結果生まれた必然性のあるものかも知れないし、そうだとしたらそれは電気回路が測量結果を提示する機械と何ら変わりがない。つまり自分が意思を持って出した答えが、実は機械のように決められた答えではないという証拠がない。機械には感情がないなど言っても、人間にだって感情はないものもいる。だからその人間に心がないのかと問われれば、首を縦に振れる人間は極々僅かだろう。

 故にこう思ってしまう。もし枢が自分の都合で彼女の存在をなかったことにしたら彼女は……いや、セラフィも“戦争による被害者”になってしまうのではないかと。

 それが歪んだ倫理観であると枢自身も分かっている。それでも、


「……それは、出来ない。出来ないよ」


 そう絞るように言葉するしか叶わなかった。

 一刻も早くこんな戦場から逃げ出したい、その気持ちは無論変わらずある。それでも今前へ進んでるのはあの少女を助けたいからであって、逃げず彼女の答えに首肯できないのはセラフィを“死なせたくないから”だ。


「僕は……僕は戦争が、嫌いなんだ……」


 兵器を、戦争を憎んでいる。それが枢という人間を構成する何より大きな感情だった。どうしようもなくそれは根付き、きっと一生涯枢の中から消えることはないだろう。日常を過ごしていても何処か頭の片隅にあり、楽しいことがあっても、それを楽しめないような。今の生活――無論この戦闘に巻き込まれる前だが――は枢なりに満足行くものであるはずなのだ。掛け替えのない親友として冬夜と美沙都がいる。勿論この二人だけでなく学校には行けば枢には多くの友人がいる。

 彼らと過ごす日々はとても楽しいもので、枢の心も穏やかになれるのだ。それでも決して、癒されることがないのはきっとその日常にあるべきものが喪われ過ぎているから。幾ら彼らといえども、枢のそれらを埋めることは叶わないということなのだろう。そして枢は、少なからず心の底で彼らを羨む気持ちがある。それはどうしようもなく抗えない感情だった。

 故にきっと、枢は彼女に救われるのだ。隣の部屋に住む彼女、いつも気にかけてくれる彼女、同じ傷を持った彼女、共に過ごしたいと思う彼女……。

 彼女には謝らなければいけないのだ。クリスマスの夜、何故彼女が怒っていたのかはさっぱりだけど、まあきっと自分が心無いことをしでかしてしまったのだろう。だから早く帰らなくては。日常に、彼女の下に。こんなところにいつまでもいないで――。


「こんな、ところ……?」


 そこでふと疑問に思う。いや、正確には思い出したというべきか。……どうして自分はこんなところにいるのだろう?

 地下に落ちてしまったのは不可抗力だ。ここの建物に来たのは帰りが遅くなるといけないからと、普段は使わない近道を使ったためだ。そこじゃない。もっと根本的に……“何故この建物に入ったのか”だ。

 枢は思い出す。自分が何かの声に導かれてここへ迷い込んだということに。意識が希薄し、足元が覚束なくなり……。事実枢の記憶は声から途切れ、建物内に棒立ちしていたところから再び記憶が再生される。

 あの時聴いた声とはなんだったのか。美しい声だった。女性の声……“人間とは思えないほど”美しい、枢の根幹に訴えかけるような声だった。言葉ですらないそれは――。


『……索敵対象ターゲットとの熱源、距離100mを切りました。前方広間にて、正体不明機アンノウンと戦闘中のようです』


「戦闘中……」


 ということはあのドッグス達と戦っているのだろうか。しかしその考えは新たな考えに否定された。記憶が蘇る。アウラの指の間から見えた一つの機体を――あの巨大で蒼白な機体を。


「――っ」


 思い出し、身震いする。そうだ、この建物には狗だけではなく、悪魔のようなアウラが確かに存在していた。その膂力さは他の追随を許しておらず、あれと比べてしまえば彼女のアウラなど矮小な木偶の坊に見えてしまうほど。彼の機体は濁流のような飛来物ミサイルと空間を消滅させる如き破城槌レーザーライフル。あんなものを持った兵器と戦闘なんて……。

 そう考えた直後に、突如目の前で光が瞬く。広間へと続く扉は閉め切られているが、その隙間から光が漏れる。その漏れた光だけで、どれだけあの兵器が異常だったかを再度認識する。


「くそっ!」


 気づけば枢はネフィルを最大推力で走らせていた。速く、疾く――そう念じながら自動で開いた扉の中に素早く機体を滑り込ませる。

 そこでは微動だにしない彼女のアウラと、それに銃口を向けて光を収束させる蒼白の巨人がいた。


「逃げろ! 逃げろよ!」


 枢は叫ぶが、空しく彼女には届かなかった。どうして逃げない――!? 彼女のアウラは片膝を着くように崩れ落ちていて、頭部が半壊し片側しかない瞳は地を向いている。それは何故か、彼女の心に、もう諦めてしまった心そのものに見えてしまって――。


『……姉さん』


 ノイズ混じりに聞こえる少女の声。聞き間違えは決してない。あの、手を差し伸べてくれた時に聞いた声だ。何故自分がこんなに彼女に執着するのかは分からないが、あの時聞いた声が忘れられないのだ。

 呟き呼んだ人は、彼女にとって大切な存在なのだろう――枢にとっての結衣のように。この世に別れを告げるように呟く声は、枢にとって馴染みがあり、それ故に枢は全身の血が沸騰したかのような錯覚を感じた。脳に痺れが走る。目の前は細切れのフィルムのようだ。


「うぅぉぉおおおおおおおおお!!!」


 枢の慟哭とともにネフィルは駆けた。その背には血のように赤く哀しい――“飛翔つばさ”が生えていた。端では光の収束が完了する。ネフィルの手は彼女を引き寄せようと伸ばされる。空間を刳り貫いたかのように円の光が銃口に現れる。はねは羽ばたき、空間を跳躍する。

 そうして枢が辿り着いた時にはもう、光の収束維持は限界に来ていて、あとは放出を残すのみ。

 死なせない――!

 蒼白の巨人に向き直り、ネフィルは両手を広げた。後ろにその閃光が届かぬように。その破滅の光を全身で受け止めるごとく。何の策もなかった。ただただ彼女を護りたいとそう願った結果がこの行動だった。

 少し不安だ。ネフィルは非常に細身で、後ろの彼女を庇い切れるだろうか。どうせなら、目の前のあれくらい巨体だったら安心なのに――。

 三機のアウラが立つ空間は、枢の視界諸共、眩い光が支配した。


     /


『間一髪ね……』


「優紀か! 助かったぜ!」


 突如破壊されたヴィレイグの右腕、そして聞こえてきた馴染みのある声で、イリウムは仲間のサポートによって窮地を脱したことを理解した。イリウムからは確認できないが、十中八九、ヴィレイグを穿ったのは彼女の駆るアウラ【ミネルア】の主力武装【ヨルムンガンド】によるものだろう。

 ヨルムンガンドは三脚によって固定し狙いを定める狙撃小銃スナイパーライフルだ。展開型の武装で通常時はやや長いライフルといった程度だが、精密射撃状態に移行すれば実にその二倍となり、驚異的な射撃制度を誇る。まさに神話で登場する大蛇の名を関するに相応しい概形である。遠距離でも建物の扉を正確に撃ち抜けるほどで、アウラのサイズであれば1㎞程度の距離ならば狙撃が可能だ。勿論この武装を用いれば誰でも容易に可能というものではなく、優紀だからこそ為し得る偉業であった。以前にイリウムがヨルムンガンドをシミュレーションで試し撃ちしたところ、限界まで離れて500mだったのはまだ記憶に新しかった。

 ただ優紀の失態を挙げるならば、一撃でヴィレイグを仕留められなかったということか。パイロットは確保し尋問を駆けるのが通常ならばベストだが、この状況においてそれはベストではない。ならば何故そのベストに至らずベターな結果になってしまったかと言えば、優紀は負傷により僅か息があがってしまっていたからだった。それほどに、ヨルムンガンドの射撃は難度を極める技術だ。


「こそこそと隠れるしか能のない臆病者スナイパー風情が、僕のヴィレイグに傷物にするなんて――ふざけるなよ!」


 脇のモニターに拳を叩きつけながら、少年は咆哮する。ブリーフィングから事前にスナイパーの存在を危惧していたにも関わらず、一瞬でも無防備に動きを止めてしまったのは少年の明らかなミスではある。対峙していた灰猫ならまだしも、横から茶々を入れられ、それで自分のアウラが傷つくのは衝動を押さえつけることが出来なかった。それがやや独り善がりのものであると、少年は気づかない。

 激昂しながらも、ヴィレイグの吹き飛んだ腕の方向から優紀スナイパーの位置を予測した少年はそちらへ瞳を向けた。それと同時に今度は左手を伸ばし、五指を大きく広げた。そこには手の平の部分が無くなるほどの“穴”が空いていた。

 ここで、イリウムはようやく人型のヴィレイグをまともに観察する。瞳の色が黄色だったが、優紀の方向を向くと同時に赤に切り替わった。直後、ヴィレイグの背中にある巨大な筒から光が漏れる。それはよく見れば戦闘機状態に推力を生んでいたバーニアそのものだった。つまりこれから察するに、ヴィレイグは――人型の状態でありながら戦闘機の推力と同じ機構を流用しているということ。それがどのような移動光景になるのかは、生憎イリウムには想像がつかなかった。


「優紀、やばい! こいつ何か仕掛ける!」


 ヨルムンガンドの弱点と言えば、それは再発射に要する時間の長さである。1000mを超える距離を思惑と同等に、正確に弾道を描くには相当な質量の弾丸が必要で、それを放出する銃身には極めて高い熱を持ってしまう。無論連続で射撃しようと思えばできるが、それは銃の暴発に繋がってしまう。問題なく稼働し続ける為に必要な時間は6秒、15秒の待機を強いられる覚悟で使う二連射でさえインターバルには4秒を開けなければヨルムンガンドは使い物にならなくなってしまう。もし、ヴィレイグがその無茶苦茶な推力機構で超高速が可能ならば、かなり危うい時間である。

 元より動く標的に対する狙撃には狙撃手側による行動予測と勘が大きく関わる。それら二つが全くの未知な相手にうまく作用する保障などどこにもない。一発でも外せば危ういこの状況で、それは崩れかけた橋を渡るようなものだ。

 そうして少年が力を籠めた瞬間に、


『“ジェノス”、お前は撤退だ。帰投しろ』


「――はあ!?」


 突然の通信。やや皺枯れた中年男性の声。程よく低いその声に渋みがあると言えば聞こえが良いが、戦場で聞くその声にはどちらかと言えば内包された殺気を感じてしまう。だが聞き慣れているのか、その声に臆した様子を見せない少年――ジェノスは思わず不満の声をあげた。


「ふざっけんなよ! これからあいつをぶっ殺すんだよ! 僕のヴィレイグを傷つけた臆病者を! 邪魔するなよ!」


『戯けが。手間取り過ぎだジェノス、タイムオーバーだ。包囲が完成している。迎えのC-11を送った。共に帰投しろ』


 そう言い終わるや否や、突然ジェノスの身体がふわりと浮いた――ような感覚に囚われる。エレベーターに乗った時の感覚と等しい。


「な、なんだありゃ!?」


 イリウムはその突如現れた異質な存在に素っ頓狂な声をあげてしまった。

 空高くの熱源を感知したと思ったら、途端に急降下して現れたそれを見て感じた第一印象は――怪鳥の悪魔“ガーゴイル”。戦闘機なのか、アウラなのか――その判断すら困る極めて異常なそれが、脚のような部分でヴィレイグの肩をしっかりと挟み込んでいた。

 全体の形状としてはヒトの背中に羽が生えているようなものか。ただそのヒトは異様な程猫背で、顔の部分は通常見受けられるアウラの形状ではないが。羽は外見から察するに戦闘機の類がベースであろう。だが両翼は4つほどに折れており、その様が畳んだ羽のような印象を感じる。手に持った棒状の武器から翼を持った偉業の悪魔が連想される。


「さ、帰るぞ坊ちゃん。アハハハハ、随分ぼろぼろだね! 傑作だわ!」


 アルメニア・アルスが持つ“空中での瞬間移動(ステップ)”に似た動きをしながら、怪鳥は撤退の為浮上していく。


「放せ! 僕はまだ帰ると言ったわけじゃない! あいつを殺すんだ!」


「暴れんじゃねーぞクソガキ! そんなジタバタしてっとあいつに撃ち抜かれ――うお、あぶねー!」


 瞬間移動(ステップ)した直後、怪鳥の背後にあるEE社ビルが弾丸により抉られていた。その穴から覗ける弾丸の大きさは、やはり巨大で、アウラの頭部ほどの大きさがあった。

 怪鳥が不規則に左右へと動きながら浮上しているのはスナイパーからの狙撃を免れる意味だ。案の定というか、優紀はその隙を見逃すこと無く狙撃を狙ったが、生憎と回避されてしまった。未知の動きというのもあるが、やはり敵のレーダーに引っかからないほど遠くからの狙撃は易々とは当たらない。むしろこれだけ異様な事態にいながら――自分の身に危険が及びながら、冷静に銃を構え続ける優紀はやはり狙撃手として優秀だとイリウムは再認識する。ここでスナイパーの優紀が無力なものであると判断されれば、忽ち灰猫は命を落としてしまうだろう。


「狩られたくないんで、帰るよクソガキ坊ちゃん。それともだだこねて厳しいお仕置きを受けるかい?」


「――ッ! そ、それは……」


「けけけ、決まりだね」


 ヴィレイグの抵抗がなくなった途端、怪鳥の翼が伸ばされ、戦闘機のそれとなる。途端に爆発するバーニア……光の線を残しながら、怪鳥は現れてきた時と同様あっという間にイリウム達の目の前から消え去った。



     /



 少女は通信を求めるサインに了承すると、モニターに見覚えのある少年――枢の顔が現れた。


『貴方、は……』


「良かった、無事だったんだ……」


 それは少女が思ったことと全く同じ言葉であった。少女も同じく自分の命が危機に瀕しながらも、何故かこの場にいた民間人である少年の安否が気掛かりだった。

 一息、間が空いてから、


『でも、何故貴方がその機体に……?』


 乗っているのか。或いは――操縦れているのか。彼女がそう疑問を抱くのも当然である。実際、既に何機もアウラを撃墜させている枢でさえ、どこか今が夢じゃないのかと疑ってしまう。だがこの昂揚感と焦燥感は、夢だと一言で片づけるには現実的過ぎる。

 少女の問いの意味が前者であれば、これも現実からやや乖離してるものの理由は一応説明できる。後者に至ってはそれが何故かは返答できるものの“何故そうなっていたのか”は枢自身にも全く身に覚えがなく、どちらにしても答えに窮するものであった。

 だが今の枢にとって、そんな些事は思考から拭い去るべき事柄。


「そんなことはどうでも良い! その機体は……動けるの?」


『……ブースターに原因不明のエラーがある。破損自体は通常の運動に問題はない』


「そっか……」


 やや戸惑いがちにといった少女の言葉に枢はほっと息を吐く。とにかく、彼女の身は守れた。彼女は自分を見を挺してでも守ってくれた恩人だ。だからこそ、セラフィの警告を無視してまでこんな無茶をしたのだ。

 ネフィルが待機していたあの部屋、そこで襲ってきたアウラは全て破壊した。所詮彼らは無人機で、対人を目的とした巡回及び殲滅用なのだ。複雑な動きを要求する対有人機に関しては本領を発揮することは叶わない。

 そして何より、武装の差が歴然としていた。枢が僅か数秒の間に基礎的なアウラの動作を習得したというのもあるが、そもそもドッグスの武装がネフィルに全く歯が立たなかった。

 バルカンなど在ってない様なもの、着弾しようとネフィルに何ら傷を残すことはなかった。残す脅威は接近兵器だが、結局は直線的な動き。これが本物の獣の動きであればまた別だが、AIが動かす疑似的な動きのトレース、“手足の如く”動かせる枢がそれを返すのはそう難しいことではなかった。


『マスター』


「ごめん、話は後だ。いま直ぐここから逃げよう」


 だが安心してはいられない。これからブースターの動かないアウラと共にあの機体から逃げなくてはいけないのだ。

 枢とて、もとよりあの巨大なアウラとまともに戦おうなどとは考えていない。初陣で何機も撃破を重ねられたのは対峙したのが無人機だからだ。二足歩行のアウラを動かせる無人用AIというのはまだ完成していない。ならば少なくともあの巨体には人が乗っている。そうなれば枢の敵うところではないのだ。それは腕だけではなく、枢自身という人間として――。


「さあ、行こう」


『……』


 今度は枢が手を伸ばす。やや躊躇いがちに、静かな空間にモーター音を響かせながら、少女のアウラは少年のアウラの手を取った。

 そうして枢は駆ける。あのレーザーを耐え切った自機の異質さに目を瞑りながら……。

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