クルーズ(4)
「そん、な……」
少女は意識せず、目の前に広がる光景を前にそう呟いた。
自機の状況は劣勢を極めたものだった。胸部装甲は三つの内第二皮膜まで損傷。右腕のシナプス応答にタイムラグ発生、原因・回復共に不明。握っていたマシンガンは撃ち込んだグレネードの爆発に巻き込まれ、銃口が溶解。恐らく着弾地点にずれが生じるが、運用に問題はない。グレネードの残弾、残り1セット。頭部半壊。辛うじてモニターを表示出来ているが、既にカメラアイを保護する装甲は皆無。
プロセルピナは内部を鑑みれば、いつ崩れてもおかしくない状態だった。見た目であってもプロセルピナの下半身こそ無事なものの、上半身は自らのグレネードによって装甲は剥がされ、酷い有様であった。
これが、持久戦を不利と見込んだ少女の決断だった。突貫し、回避の余地を失くし、有りっ丈の最高火力を撃ち込んでいく。自身の傷も厭わずに、或いは、刺し違える覚悟でも……。
しかし現実は少女の思い描いているものなどでは到底なかった。
少女は瞳を上下させ、目の前に佇む巨躯の天使を見る。その色には度し難い焦り、そして僅かに絶望を含んでいた。
「嘘……」
単純な話だ。天使は――“無傷”だったのだ。
数発のグレネードを受けたからだろうか、爆発が十分に収まった後も、天使の巨躯からは未だに白い煙が立ち上っていた。それを見る限り、撃ち込んだグレネードは被弾した筈なのだ。誘爆を受けたプロセルピナですらこの損傷。だから、実際にそれを浴びた天使はその身を瓦礫に変えても不思議ではない、むしろそれが自然の筈――なのだが、前には無傷で佇んでいるだけ。
少女は歯を鳴らし、首を振り、トリガーを無様に強く握り締め喉を鳴らす。徐々に思考は止まって行き、泣き叫びそうになる。
しかしどういうことか、天使は動かない。まるで蒸気のように身体から白い煙を吐くだけで、こちらを殺すどころか、瞳に光りを伴わすことすらなかった。
その事実に気付いた時、少女はゆっくりとプロセルピナの脚を後ろへと動かした。一歩、二歩と徐々に離れていく。
少女の脳裏には“逃亡”という概念が浮かんでいた。このまま下がれば、先ほど騎士と天使が開けた穴を抜けられる。あわよくば、そのまま難なくこのビルから逃走出来るだろう。
無意識にそこまで考えつつ遂にその穴まで脚を踏み入れた所でふと、少女は我に帰る。
自分が何をしていたのか。自分は何を前にして背を向けようと思っていたのか。これは初めてのことではなかった。少女は過去に背を向けた事があった。そしてそのせいで、大切な人が消えていった。
それは少女にとってこれ以上ない心的外傷だ。またそれを再現するのかと思うと、自分自身に反吐が出る。
そう気づき、トリガーを握る手に力を込める。逃げる為ではない。戦うためだ。
そしてそれに応えるよう――天使は再び目を覚ました。錆びた腕を動かす様に銃口を構えた。青い光が集まっていく。
「……させない!」
プロセルピナは左腕を裏腰部に持っていき、マシンガンを仕舞う。戻ってきた左腕には短いナイフが握られていた。
それは単分子ナイフ。刃の端は限界にまで研ぎ澄まされたそれはまさしく“単分子”。どんな装甲でもその僅かに分子の隙間に入り込み、切り刻んでいく無双のナイフだ。その精密な機構故に、剣という程に長い獲物は未だ作れず、果物ナイフのように小さなものでしか実現は出来ていなかった。
だが、それで十分だった。
それを白銀に煌めかせ、プロセルピナは瞬間移動する。射線を抜け、天使の脇へ。一瞬のうちに回り込んだプロセルピナは即座に腕を振り上げる。
狙うのは銃を持つ右腕、手首の関節部。
深々と、刃は降りた。筈なのだが、何故か天使の右手は地に落ちることはなかった。しかし刃を上げて見ることで、その原因が分かった。刃は半分ほど先から無くなっていたのだ。単分子ナイフでありながら、その刃に耐える装甲があるとは――そう考え、刃の形状に違和感を覚える。
その“失くし方”が奇妙なのだ。折れた、という断面ではなかった。それはむしろ“融けた”という方が合致するような――。
熱源を知らせるアラームで、少女は思考を止め、目の前に意識を向ける。数度瞬間移動を重ね、プロセルピナは一先ず距離を取った。
目の前に広がるのは最早見慣れた光景。だがもうその光景を前に僅か息を呑むが、気を取り直す様にトリガーを握り直した。
そしてこの時が、彼女にとって“本当の天使”との出会いだった。
――前方から、視界を覆い尽くすほどの飛来兵器が迫っていた。それらはオレンジライトを尾として、空気の焼ける轟音を伴って虚空を裂く。
その迫る異質な数は、帯びる光で尚異質さを浮き彫りにしていた。ただおぞましく、ここに在る空間を騒がしく掻き乱していた。
僅か広がり、再び窄む様に各々が軌道を描く。それが集束する一点、そこにいるのは――鋼鉄の巨人。
ヒトで在りながら鋼の身であり、鋼の身でありながらヒトの姿を模しているそれは、悪魔とすら呼ばれ畏怖を集める存在。全身に鋼の装甲を張り付けたヒト型の重機。従来の兵器とは一線を成す、新たな次元にいる存在だった。
それは前方に備え付けられた噴射口を使用し、後退していく。脚部と地面が擦れるけたたましい音が仄暗い空間に火花と共に撒き散っていた。
巨人はその手に持つ鈍色の銃器と共に右腕を動かした。モーターの駆動音が静かに、しかし重く響く。
銃口が向く先はミサイル群。先が合致した途端に、マズルフラッシュが辺りを照らした。振動と高熱を銃口に与えながら、雨の如き銃弾は射出されていく。
マシンガンに分類されるその銃器は秒間十数発をその口から吐き出すもの。放たれた銃弾はミサイル装甲など容易に打ち破る威力であり、現に今巨人が放った鉛玉は容易く目の前のミサイルを砕いていった。
銃弾により爆発した幾許かのミサイルは、また別のミサイルを爆発を誘い、やがて伝染的に破滅は広がっていく。
圧倒的な光量に巨人を駆る少女は目を細めるが、緑橙とした“光の足跡”は目に焼き付いてしまった。
『視界回復、開始します』
AIの声を聴く少女――巨人を駆る少女は、その鋼鉄とは想像もつかないほどに華奢だった。コンソールを操りトリガーを握る指、ペダルを踏む足はとても細く、細い硝子細工のような可憐さを感じさせる。
しかし彼女は、被る灰色のヘッドギアの隙間から強く光の籠った瞳を虚空に投げていた。
光の足跡が消えるまで数瞬だろう。しかしその数瞬は戦場に於いて重要な要因だ。即ち要因は――取り零したミサイルの接近を少女に許させた。
驚きに息を呑みながらも、再びトリガーを引く。即座に射出された弾丸はミサイルを砕いていく。間一髪、正にその言葉が合うほどに紙一重だった。
通常のミサイルであれば、一発や二発で膝を着くほど彼女が駆る巨人は脆くはない。仮にも人類の英知で在り、悪魔とすら呼ばれた現行兵器だ。だが、それですら抗えない何かを、先ほど消滅したミサイルは持っていた。
暗い辺りに転がるのは鉄の死骸――。彼女がいるこの企業が置くセキュリティアウラの――あのミサイルに囚われたアウラの成れの果てだった。
まだ機能は生きている。その証拠に巨人捕捉し続け、そして“向こうの暗闇に潜むもう一機の巨人”を赤い瞳は探し求めている。紅く、息づくようにぎらぎらと蠢き点滅するも、何故かその四肢が動くことはなかった。
到底その原理が少女に分かる筈がなく、ただその脅威に侵されぬように努めるしか術は無かった。
『被捕捉を確認』
AIの声を聴き、死骸に配らせていた意識を前に向ける。それとほぼ同時に暗闇の奥からはまたもあの群棲が浮かび上がっていた。
まるで、あれらは蟲だ。光に群がり、餌に食いつき貪る蟲。そんなおぞましさと気味の悪さを少女は感じた。背中に走る悪寒を思考の隅に追いやり、少女はトリガー握る指に力を入れる。
少女は敢えて、前進した。背中のブースターを吹かしながら、両腕を前に向ける。左右対称に握られた銃器。それらから出る銃弾を余すことなくミサイルへと撃ち込んでいく。
しかし、密集する率が低いのか、もしくは数が多いのか、全てを壊すことは叶わなかった。
速度は緩めずそのまま、両の銃を下に向け、巨人は装填する。破棄された弾倉が音を立てて地面へと落下した。
だがその直後には、彼我の距離は縮まっていた。――蝗の鳴き声が振動する。
ミサイルが機体を掠める瞬間、巨人は左翼へ瞬間移動した。直後には、巨人はその場にいなかった。
まるでその動きは座標間の移転。線の動きではなく、或る点がそこから消え別の地点に出現しただけ。早すぎるその動作は、途中を満足に可視させてくれはしない。
更にもう一度前方へ、そして右翼へと瞬間移動。丁度稲妻形に回りこんだ巨人は水平に両腕を向け、右の銃では視線を巡らすことなく背後からミサイルを撃ち落とし、左の銃口ではそのミサイルを担う存在を探していく。
「……いない?」
だが、暗闇の中に巨人はいなかった。
何処に消えた――。そう視界を、ミサイルの破片が振る雪景色を背中に、巨人の眼を通して動かした。
『背後から巨大熱源発生。数値上昇中』
「な――」
その声を耳にした少女は、心臓が委縮したかのように感じた。
後ろを取られた――。
歯噛みし、巨人は緊急旋回する。前後で合わせ、交差するように備え付けられたブースターで機体の中心軸にモーメントを作り急速に旋回する技術。それは凡そ常人には叶わない偉業だが、彼女ら巨人を駆る無双者に取っては、何ら苦を伴わない常套手段でしかない。
火花は円かに描き、巨人の足跡を血に刻む。
回る視界が最後に捉えたのは、遠く、青い光球が空間を歪ませている光景だった。その光で、敵機の正体が漸く現れていた。
純白の装甲に、膂力さを誇る肢体。腕など彼女が駆る巨人の二回りほどもあり、こちらに圧しつける威圧感は十分だった。
毅然を纏い、慄然を捲きつける。少女の心は、その機体を見て一瞬にして閉鎖に追い込まれてしまった。
見開き、叫び、無我夢中で銃弾の雨を浴びせる。だが、彼の巨人には何ら変化が見受けられない。その穢れを表さない純白は決して損なわず、尚も青い光を備える。
青い光は、巨大なレーザーライフルだった。マイクロ波以下の線を増幅させ、溜め込み、そうして圧倒的な光のエネルギーを集中させるモノ。
見える光はただその一端でしかなく、既に機体の半分を占めるほどの光であるにも関わらず、一度放てばその数倍もの威光で身を焼くだろう。銃口から漏れる光はまるで誘いだ。
だが何故、弾丸を浴びてもそれは崩れない――?
装填。放弾。装填。放弾。装填。放弾。装填。放弾。装填。放弾――。
幾度と繰り返したが、彼の巨人には意味を為さなかった。ただ憮然と構え続け、死の断罪を対峙者に与え続ける。浪費した時間が生まれただけ。そしてその時間は光を更に蒼くしただけだった。
少女は歯を絞り、行動を次へと移す。弾丸が役に立たないならば、その行為を続けても無意味だ。
だったら、回り込む――!
必ず、どんな機体にも脆い個所がある筈だ。厚くして強度を誇るなら尚の事、発泡式やリアクティブアーマーの形態を取っていたとしてもそれらはどうしても構造上装甲へ取り付けるだけにとどまってしまう。
そう、だから、狙うは間接。もしくは――ミサイルの発射口だ。
蒼くただらう目標物を中心に捉え続けながら、巨人は再び稲妻形に突き進んでいく。敵機の銃口追従は甘かった。膂力な代わりに鈍足なのだろう。
巨人は再度、両腕を下ろして装填する。弾倉が音を立てて落下した。既に残弾は限界が来ている。加えて、敵機の光量も満を期しそうだ。急がねばならない。
それらを思考しつつ、巨人は尚小刻みに動き続け、徐々に回り込むように進んでいった。
少女の視界には噴射口熱量限界や推力枯渇度合いのメーターが映っている。それらは既に安全許容など満たしておらず、警告範囲まで突き抜けていた。
だが、止めるわけにはいかない。
蒼白の巨人は緩慢な動作で、巨人を追い続ける。巨人はそれを先回るように、逆時計方向に回っていく。巨人の脚部は地面との摩擦で火花の涙と共に金属の悲鳴が上がり続けていた。
「取った……!」
そうして、やがて巨人は背後を取ることに成功した。
敵機の背部には四つの隆起があった。人体で言う肩甲骨の部分に左右対称一つずつ、その下あたりで更に一つずつで背骨を挟んでいる。恐らく、それがミサイルの出所だ。光が少なく見えないが、ミサイル射出の為の展開口が本来なら見えるはず。
あそこなら、脆い筈だ――。
巨人は左翼へと回りながら、両腕の銃器を敵機へと向ける。サイトの中心は、彼の弱点へと。
しかし、少女の思考には一つ気がかりがあった。それは敵機の背部に付いている装備だった。あの隆起はいい。
しかし、二つほど突起が存在していた。それはただのデザインなのか、アンテナなのか。デザインにしてはあまりに目立たなく、アンテナとしては意味を期待できそうにないくらいに短い。
少女は危惧を振り払い、トリガーを絞った。
しかしその直後、少女の網膜を焼くような――赤い“翼”が瞬いた。
否。翼というのは少女の錯覚だ。精確には、あれはブースターだった。噴射口の形状と、飛び散る光子とがまるでそんな幻影を他者に植え付ける。一瞬で、神々しい光は暗く公拡な密室を照らし上げた。
光が暴発する中、巨人が放った弾丸は虚空を穿ち続ける。しかし翼を生じた巨人は、その弾丸が喰らうよりも前に、その場から“消失していた”。
少女の眼は、再び光の足跡を刻まれていた。巨人と遠く離れた場所では、既に翼の巨人は顔を少女へと向け、背部の発射口を展開していた。
少女は眩しさに眼を絞りながら前を見やる。緑の足跡に隠れ“蟲”は少女へと迫っていた。
しかし先ほどより量は少ない。緑の隙間からどうにか少女はそれらを捉え、両の銃口を向ける。
再び眼の前で翼が羽ばたいた。巨人の背に翼が生える。脚部が鳴らす音さえも飛び越え、膂力な巨人は再び転移した。
少女は、だが、眩む眼のせいでそれを捉えられない。
記憶を頼りに、ミサイルの対処を続ける。敵機がまたあの“何か”をやっていたのは見えた。しかし、ミサイルが迫っているのも事実だった。歯噛みし、そちらを対処するしかなかった。
ミサイルの破裂する音を聴くと、巨人は瞬間移動した。右、前、左、そして緊急旋回。敵機がこちらへと向かっているのならば、これで逆に回りこめるはずだと、治り掛けた視界で少女は巨人を駆る。
しかし、復活した少女の眼が捉えたのは、右から、壁の如く空間を貫く蒼い光の軌跡だった。
「ぐ……っ!」
真横からだった。巨人はこちらに向かっていたと思ったが、その実右へと動いていたらしい。あの翼を二度使ったのかなんなのか、とにかく、少女の眼がその時使い物になっていなかったのは致命的だった。
このままでは光へと突き進む進行方向を、緊急旋回と瞬間移動を同時にこなし、苦肉ながらも八時方向へと曲げていく。――しかし、右腕を“引っかけて”しまった。
これらは刹那の動作。一秒も、その十分の一にも満たない命の取り合いだった。
『右腕部、損傷。パージすることを推奨します』
半分持って行かれた――!
左腕で射線方向へ銃器を向けつつ、少女はAIの提案を了承する。
既に巨人の右腕は肘から先を焼かれていた。断面からは色彩様々なケーブルが顔を出し、そこから火花を散らしていた。差し詰め、この火花は人間でいう血だろうか。
損壊という痛々しい絵を表すには十分だった。とにかくこれでは……使い物にならない。
「くそ……。右腕を切除……!」
残心こそあれど迷いなく、少女は巨人の右腕を切り落とした。次いで、息つく間もなく敵機はミサイルを零していた。
――先のミサイルの量が少なかったのは、そういうことか。
この二度の連撃の為に、巨人は余力を残していた。ただそれだけだった。
隻腕のまま、回りながら巨人はミサイルへと銃器を向け、弾丸を放っていく。
しかし、見えてしまった。奥で蒼い光が極限まで膨らむのを。どうやら、あちらも余力を残していたらしい。
少女の眼が見開かれる。
とにかく、ここから離れなくてはいけない。大丈夫。あの機体の足は鈍い。自機の脚なら、十分に振りきれる。
少女は奮起し、ミサイルから離れるために後方へと瞬間移動した――が、その背は壁に衝突してしまった。
追い込まれていた――? 首に来る衝撃を受けながら、少女は現実に驚くしかできなかった。
そうして、一瞬の停止の隙にミサイルは迫った。銃口を向けるが既に遅い。残りたったの三発だったミサイルは、全弾少女が駆る巨人を捉え、その爆発を浴びせた。
瞬間に止まる推力。少女の視界に映っているメーターはほぼ完全に推力枯渇を表していた。
『メインブースターに異常発生。復旧までの時間、不明』
普段ならブースターを休めていればすぐに回復するメーターは、一向に上がりきらなかった。0か1か2か。100の内たったその程度ぐらいしかメーターは増えず、しかもそれは直ぐに消えてしまう。
トリガーを必死に動かすが、巨人のブースターが動作する気配は全くない。脚部を動かすも、冗談みたく動きが鈍い。
一体これは、何だというんだ――。
眼の前の奥では、蒼い光を携えた銃口が少女を捉えていた。
「――ぁ」
少女の口から声が漏れた。
それは恐怖からか、絶望からか――。ただ少女の心から、何かの光が潰えたのは確かだった。
元よりあれは、きっと逆らうべきではなかった。人間にとって少女が乗る巨人が悪魔ならば、巨人にとって彼の天使は悪魔だ。例えその身が端麗なものであろうとも、恐ろしすぎるものは怖れる対象でしかない。
脅威はミサイルでも何でもない。単に、あれ自体が脅威なだけだった。そんな単純なことを、少女は死の淵で漸く気付いた。
逃げ出すのは、叶わない。入り口はあれの後ろにある。自分が此処へ逃げ込んで追い込まれたのだから、当然か。
助けは、到底間に合わない。必要な時間はあの時二十と言われた。確実に間に合わない。
あれの動きを止めるのも、叶わない。既に先ほど一ダースの弾倉全てを叩きつけた。加えて、ここに来るまでに数発グレネードを浴びせている筈だ。今更出来ることは何もない。
じゃあ、何だ。何も出来ないのか――?
焦る心で思考を転がすが、何も浮かばない。ただ歯が鳴るだけで、もはや体に力すら入らない。
だけど死にたくない。死にたくない――。
少女の願い空しく、光は限界までに膨れ上がった。巨人はその両腕で、しっかりと銃口を巨人――少女に向かって合わせた。
死ぬ。少女はそれを確信した。確信してしまった。膨れ上がる光に眼を瞑り、トリガーをただ握り締めて、目の前の現実から目を背ける。
「姉さん……っ」
死に際して、涙ながらに少女は声を絞った。
助けを求める声、脳裏に浮かぶ偶像に問いかける声。最愛の者を呼ぶ声は、何を求めるでもなくただ漏らした声で在るならば、それはやはり死を認めた事を表していた。
少女は眼を瞑ったまま身を固め――凡そ数秒が経った。
「……?」
意識は健在していた。死んで魂だけの存在になったわけでも、走馬灯のように自分だけが時間を長く感じているわけでもないようだった。
ゆっくりと、瞼を上げる。脳に映りこむ光景から認識できるのは、自機の目の前に何かが立ちふさがっているということ。まるであのレーザーから自分を庇う様に。無防備に背中を見せて。その背中は、不思議と暖かく安心すらする。
あの天使のような機体もそうだが、今目の前に居る機体もまた彼女が今まで実際に見た事がない機体であり、また天使のようだった。
だがこちらは、断罪に来た武力天使ではなく、御告げを与える救済天使。そんな印象に、二機と比べると別れてしまう。
庇う様に、威容たる背中を見せる機体。その背部には、あの巨人と同じ突起が存在していた。
全体のボディカラーは穢れを知らぬ純白。細い腰付き、細い腕に細い脚。それの全身は華奢な細身のフォルム。
だが、決して脆弱とは形容できないほどその姿は何処か偉観としていた。反射する純白からはむしろ、神々しささえ感じるほどだ。
『――助けに来た』
「貴方、は――?」
白刃たる神秘なそれはまるで無翼の――。
『今度は僕が――君を護る!』
そう――“無翼の天使”。