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A.U.R.A. The revision  作者: 貴志真 夕
ACT.1 イカロスの天使
12/30

クルーズ(3)

「見えた…………チッ、既に先遣部隊はやられた後か。使えない奴らだ」


 視界に広がるモニター、その端にある拡大された景色では、五機のアウラが地に伏していた。そしてそれらを足蹴にする――灰色を塗りたくられた一機のアウラ。


「“灰猫”か……」


 ヴィレイグに乗った少年は、瞳を絞りながら言葉を吐いた。

 “灰猫”――それは戦場を駆ける様からつけられたアルメニア・アルスの異名だった。

 そうして少年がトリガーを握る指に力を入れた瞬間、“灰猫”は紅い瞳を向けてきた。思わず、少年は身を震わせてしまう。

 怯えている訳ではない。むしろ彼は――。

 徐々に近づく彼我の距離は、やがて千の距離を切っていく。


「行くぞ。各機展開。目標は――“灰猫”の大破だ」



     /



 少年の言葉を皮切りに、後続のヴィレイグらは左右に分かれていく。少年が駆るヴィレイグは正面から。そして残りの二機で挟み込むと言う目論見だった。


「さて、お手並み拝見と行きましょうか。絶滅寸前の戦闘機さん?」


 イリウムはモニターに移った、黒い鉄の鳥を見て微笑む。その微笑みは珍種に出会った喜びと、この戦況に対して。

 灰猫が本領を発揮する間合いは近距離だと言う事を少年は知っていた。攻性主力武装は二対の剣のみ。故に遠距離を保ちつつ、外側から火力を集めていけば容易に崩せる相手――というのが、計算上での分析であった。

 しかし、彼は“化け猫”がそう単純に数値で測れる相手ではないことを知っている。

 灰猫の足元から突如土煙が上がった。ということを少年が認識した直後には、既に灰猫は空中へと飛び出していた。

 その様はまるでヒトの娯楽である“ローラースケート”を見ているかのようだった。先に起こった戦いで捲れた岩盤が周囲には多くある。恐らくそれを使い、“跳ねた”のだろう。何せ猫に“継続稼働可能なブースターは装備されていない”。空へと身を投げ出すには、そうするしか手段はない。

 そうして灰猫は左腕を伸ばす。ヴィレイグへ手の甲を向けて。


「来るか……!」


 少年はそう漏らすと同時に機体を縦へと傾ける。直後に掠めたのは伸ばされた“アンカー”。それはコードで灰猫の手の平へと繋がっている。アンカーの回避に成功したことを確認したヴィレイグは機首を戻し、両翼に付いたバルカンを掃射する。

 しかしそれは灰猫に被弾することはなかった、脚部の裏から発生したブースターによって。それは一瞬だけの強烈な爆発、そう正しく爆発である。

 少年は舌打つ。その間に灰猫はコードを捲き取り、もう一度アンカーを射出した。

 だが狙うのは少年の乗るヴィレイグではなかった。灰猫の腕は右翼へと向けられ、挟み込もうと回り込んでいたヴィレイグに深々と突き刺さる。


「糞が! これだから人形は……!」


 少年は機首を大きく曲げて猫を落としに掛かった――が、それは既に間に合わず、灰猫はヴィレイグに取りついていた。

 この灰猫が恐れられているのは特異的な2つの武装である。1つはこの両手に仕込まれたアンカー。本来近距離でしか戦闘を行えない筈のアルメニア・アルスに対する計算を狂わせる。アルメニア・アルスが持つ唯一の遠距離武器である。

 とはいえ、アンカーの射程距離と弾道速度など高が知れている。一般的な銃器の類に比べればそれは戯れのようなものの筈だが、アルメニア・アルス自身が持つ特異的な機動性によってアンカーの脅威は十倍にも二十倍にもなっていた。その機動性を成すのが爆発による推力を発生させる異質なバーニアが脚部に装備されていること。これが2つ目である。

 瞬間移動(ステップ)という技術を行うための瞬間的な推力を発生させる機能が一部のアウラのブースターには為されていることが知られている。使用制限はあるものの、弾丸の発射と同時に噴射すれば間に合うほど、そのブースターによる機動力は優れ、アウラの被弾率を著しく上昇させていた。しかしそれは装着部位が前面胸部と背面のみであり、前後左右の動きのみに縛られている。ただそれはアルメニア・アルス以外のアウラに限ったことで、灰猫にはそのブースターが――脚部と肩部にも為されていた。

 そもそも通常前面胸部と背面のみに限定されているのは、そこでしか十分な効果が期待できないからである。アウラというのは驚異的な重量を持っており、それを推力で動かすというのは並大抵の出力では叶わない。前後左右の動きであれば、脚部裏に施された球面ローラーの圧力軽減により重力の影響から逃れることで成り立つ推力機構だ。加えて一瞬でその巨体を動かすとなればなおのこと、である。

 しかしアルメニア・アルスは脚部と肩部によるブースターで上下の動きを加えることに成功している。それは即ち装甲というもの犠牲にしているということだが……その異質さがイリウムの性にあっており、灰猫と戦場でのイレギュラーとして呼ばれている所以だった。

 コードを捲き取り張り付いた灰猫は剣を持った右腕を振り被る。その剣の刃は血を吸ったようにあかを帯びていた。


「くっ……間に合わない!」


 灰猫の剣――灼熱を帯びたブレードは勢い良く振り下ろされた。ヴィレイグの闇の如き装甲は、アルメニア・アルスによる炎の刃に貫かれた。箇所はコクピット部分。例え機体が無事であってもあれでは駆る者がやられている。

 少年の駆るヴィレイグはバルカンから弾丸を吐きながら猛進していく。それを予測済みだった灰猫は、ヴィレイグの軌道上に即座にアンカーを射出。ヴィレイグは避けざるを得なく、機首を灰猫から逸らしていく。そのせいで、灰猫へと向かう弾幕は理想より遥かに薄かった。

 猫は足元のヴィレイグを盾とする。その体勢はスノーボードの容量であり、機首を手に持ち、ヴィレイグの腹で弾丸を受け止めた。


「何という無茶な……」


 少年は思わずそう漏らしていた。灰猫の動きが奇天烈であるということは噂で幾度も耳にしていた、今回の作戦に当たっても重要留意事項としてあがっていた。事前に知っていたにも関わらず、いざ戦場でその妙技を目の当たりにしては困惑を隠せない。通常回避の叶わない状況でも、仕掛けた側の想像を絶した対処法で難を逃れる。これでは戦場における駆け引きというものが構築しづらい。その迷いと躊躇は、戦場において絶対的な優位となるのだ。それらを理解し少年は知れず歯噛む。

 アルメニア・アルスは既にヴィレイグを蹴り捨て、またもアンカーを伸ばしていた。その矛先は少年の駆るヴィレイグ、間髪入れることのできない間に少年は驚きに目を見開いた。


「――“β(ベータ)”ッ!」


 咄嗟に少年はそう叫んだ。叫びに応え、少年の機の近くまで寄っていたヴィレイグがアンカーの軌道上に割り込んでいく。

 βという名は、ヴィレイグに乗るパイロットの名。アンカーは、深々とベータのヴィレイグへと突き刺さった。


「あいつ……味方を捨てやがった」


 イリウムは疾うにあの三機の機体の内、どの機がリーダー格であるかは確信していた。故に手足となる駒を排除した後、即座に頭を落とすという思惑を巡らせていたのだが、イリウムの予想より遥かに迷うことなく頭は手足を切り落とした。

 アンカーは深々とコックピット部に突き刺さっている。元々脆い個所だ。パイロットは一溜まりもないだろう。

 部下を思う長なら部下を捨てることに躊躇する。感情のある部下なら自身が命を落とすことに躊躇する。しかし彼らは一切の迷いもなく動きを見せた。それがどういうことなのか……と考え始めた所で“彼ら”には無駄だろうと見切りをつける。

 そして先ほどから、これら戦闘機は何かに似ているとイリウムは頭を捻っていた。その何かが今になって漸く理解出来た。それは“彼ら”にもお似合いであるため、口の端が上がってしまう。


「“蝿”だな」


 猫はアンカー伸ばした腕を横に薙ぐ。腕の動きに追随し、アンカーの先についたヴィレイグは宙を舞った。その先は生き残りのヴィレイグ。それはまるで“蝿叩き”の様であった。

 しかし流石に“蝿”のように“叩き”の部分が当たるということはなかった。イリウムもそれは承知の上で、外したと踏んだ瞬間、アンカーを引き寄せ、ヴィレイグへと再び取りつく。不意に伸し掛かった重量に一瞬ヴィレイグは推力を落とした。こうして乗ったまま空を舞い戦えるのであればさぞ気持ちのいいものだろうが、そうはいかない。既に高度が急降下していることもあるが、何より既にこのパイロットは息絶えている。その証拠に、吹かされていたヴィレイグのバーニアは点滅し、やがて消滅した。

 推力の消失を確認したアルメニア・アルスはヴィレイグを蹴り捨て、反動で元の位置へと着地せんと跳躍する。

 だが、その無防備な瞬間を少年は見逃さなかった。ヴィレイグは機首を急激に変更しアルメニア・アルス目掛けてブースターを噴射させる。気づき、イリウムはその機転の速さに敵ながら素直な賛辞の想いを抱いていた。

 アウラが主流となった現在の戦場において、戦闘機というカテゴリーの兵器はとても脆弱なものとなっていた。戦闘機における最大の利点は“空中における”機動力である。即ちそれは装甲の肉削ぎを余儀なくされているということ。地走を主とするアウラにとって――無論例外はあるが――接地圧の効率的な散圧技術が確立されているため単純な装甲の強化は容易なものとなっている。勿論互いにメリットもデメリットも存在するため一概にどちらが有利とは言い難いが、単純なぶつかり合いにおいては、戦闘機はアウラに不利を押し付けられているのが現状だ。故に編隊という軍での任務遂行が戦闘機には必須となっており、それが崩れては遂行の難度が極めて上昇する。そのため、このヴィレイグの行動は、様子を見るか“最悪”撤退してしまうかも知れないというイリウムの予想は大きく覆させた。

 だが勇敢さは褒めるものの、無謀であることは変わらない。このまま突貫してくるのであれば、アルメニア・アルスも損傷をある程度受けるが敵と比べれば微々たるものである。既に弾丸の威力は図り終わっていた。恐らくは、主に制圧を目的とした対人用のバルカンなのであろう。対人にしては威力があるが、アウラにとっては所詮けん制にしかならない。幾度も同じ個所に浴びればダメージにこそなるだろうが、そんな的になる愚鈍なアウラではない。勿論バルカン以外の何らかの特殊兵装があるだろうが、今までの経験と自らの戦闘能力と機転から、それらを捌ける自信があった。そうでなければ戦闘機に空中戦など仕掛けはしない。

 そう判断を下すイリウムの目に飛び込むのは、そのまま突貫してくるヴィレイグの姿。未確認の兵装展開は見られない。ただ無意味なバルカンをばら撒くだけ。――機体ごとぶつけようという算段か。

 愚かな。既にこの闇のような戦闘機に興味は失せ、イリウムは決着をつけるためアンカーを射出した。


「そんなものッ!」


 しかし少年はそれを予測していたようで、機体を回転させ紙一重で回避する。ヴィレイグの軌道は一切ぶれず、なおアルメニア・アルスに突進を続ける。舌打ちし、邪魔にしかならないアンカーを即座に切除パージする。やはりリーダー格というだけあり、腕の方も他のパイロットよりは立つらしい。既に幾度と挙動を晒してしまったアンカーはもう通じないだろう。ただ諦めで命を捨てに来た訳ではないらしい。一見無謀に見えるその行動は、どこかイリウムと通ずるものがあった。

 だからこそ、現状を冷静に分析する。元々アルメニア・アルスは近接武装しか持たないため、遠距離戦を主体とする戦闘機ヴィレイグとは極めて相性が悪い。イリウムの目的は包囲が完成するまでの時間稼ぎである。おそらく、この辺りが潮時なのだろう。

 逃げるような形に終わってしまうのはイリウムとしては納得が行かず、この圧倒的不利に気分がより高揚しているのも事実である。だがむざむざに命を落とす訳には行かず、自分のさがと意地で仲間との足並みを崩す訳には行かない。そう衝動を理性で押さえつけ、イリウムは最後の差し合いに、剣を構え、ヴィレイグ目掛けて地を駆けた。

 その刃に明確な斬る意思なく、それはポーズでイリウムの意識は回避へと向いていた。それゆえヴィレイグの挙動にはより一層注意を向けていた。そのお蔭だろう――僅かな異変にイリウムが気づき、驚きの色を持ったのは。

 剣の刃がもう少しで当たると言う所で、ヴィレイグの装甲に一縷亀裂が入っていた。背中に這い回る寒気にも似た予感に、イリウムはアルメニア・アルスを最大出力で左脚部のローラーを逆回転させ、ヴィレイグの軌道から身をよじるように退避した。

 その刹那、ヴィレイグの装甲は――“切除パージ”された。首は折れ、翼は畳まれ、脚と腕が生えてくる。一瞬前まで戦闘機の姿をしていたヴィレイグは――やはり刹那の内に、ほぼ完全な人型へと移行していた。


「変形機構!?」


 それはあと技術が百年進もうとも実現しないと言われていた、狂気的兵器そのもの。複雑なそのシステムを可能にするなど酷く困難で、例えそれが可能だとしても戦場で行える程の変形移行の時間短縮は不可能とされ、更には変形機構との実戦運用を可能にするまでの装甲保持は既存の技術で為し得ないとされていた――その筈なのに、イリウムの瞳にはそれを体現した兵器が宙を駆けていた。

 速度を身につけ剥がれた装甲はさながら散弾銃のように、一瞬前までいた地点に降り注ぐ。さすがに装甲の雨を撃たれればアウラとて損傷は免れず、何より体勢が大きく崩れてしまう。

 しかし息をつく暇などない。目論見は外れたと認識したヴィレイグは即座にアルメニア・アルスへと腕を伸ばしていた。戦闘機の時と同じ漆黒の腕。あまりにも現実離れしたヴィレイグという兵器に、イリウムは僅か思考に遅れを取ってしまう。

 伸ばされた腕は猫の頭部を鷲掴みし、勢いのまま地面へと叩きつけていた。軽量というアルメニア・アルスの長所が欠点となってしまった瞬間だった。強い衝撃にイリウムは歯を噛んで耐える。


「く、くく……あはははははは! 凄いぞ、これは! やっぱりこの“アウラ”は最高だァ! ははははははは! 僕はやったぞ! あの灰猫を!」


 少年は腹を抱えんばかりに、声を上げて大笑いする。その高ぶった口調と様子は先ほどまでの冷徹な様子とは違い、年相応の少年が見せる顔だった。ただその手に持って喜んでいるものは玩具ではなく、兵器ではあるが。


「てめぇ……!」


「おっと、無駄な抵抗はやめろよ」


 剣を突き立てようと動いた右手をヴィレイグは踏みつける。左手に持った剣は衝撃の際に放られてしまっていた。視界には捉えられるが、手に届く範囲には転がっていなかった。


「このアウラは僕にしか使えないんだ。所詮人形は人形ってこと。僕はあれほど言ったのに……お蔭で二機も、この猫にやられちゃったじゃないか。気分悪いんだよね、僕のヴィレイグがやられるところを見るのは」


 伸ばした右手の平から黄色に輝く刃が現れる。アルメニア・アルスの剣と同じく、熱により絶つ刃。黒の装甲からそれが生える様は、何とも異様な示威を放っていた。


「じゃあね、楽しかったよ、猫さん。僕のヴィレイグの為に死んでくれ」


 言って振り被ったヴィレイグの右腕は――直後、一発の弾丸によって撃ち砕かれていた。

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