陰キャ小説家の愚痴
K極N彦さん、S田S司さん、本当にすみませんでした。
赤ワインというのは、人の生き血のような色をしている。それは発酵した葡萄から醸し出されるポリフェノールという赤い色素成分なのだが、昔の人間は――生き血に見立てて飲んでいたという。
私が通っていた立志館大学は京都――いや、日本でも有数のキリスト教系大学であり、故に「聖書学」という授業の中で耳にタコができるぐらいそういう話を聞かされていた。
聖書学自体が大学の必修科目ということで、当時一回生だった私は退屈そうに牧師の講義を聞いていたが、どういう訳か「水を赤ワインに変える」という話が印象に残っていた。
冷静に考えると、「水を赤ワインに変える」という行為は日本だと酒税法違反で処罰を受けてしまうのだが、日本人ではないイエス・キリストの奇蹟なら――仕方ないと思っていた。
実際、「ただの水を赤ワインに変える」という行為自体は科学的に不可能であり、だからこそ聖書には「イエス・キリストの奇蹟」として記されていたのだろう。
そういえば、今回善太郎が請け負った依頼も「赤ワインがかかわっている」とか言ってたな。曰く「オレも聖書学でそういう話を聞かされていたぜ」とのことであり、スマホに送られてきた写真――2人の性別も体型も異なる遺体――の横には赤ワインとアメシストの鉱石が置いてあった。
――アメシストか。確か、ギリシャの酒の神であるバッカスが石になってしまった恋人に赤ワインをかけたら、きれいな石として転生したという伝説があったな。
その石は紫色であり、古代ギリシャ語で「酔い止め」を意味する言葉から転じて英語読みで「アメシスト」に変わったという話をどこかで聞いたな。現代では2月の誕生石として親しまれていて、和名は「紫水晶」というらしい。
少し前に『柘榴石の殺人』として記録した事件はその名の通りガーネットの和名である「柘榴石」から取らせてもらったが、それは単純に依頼人の名前が「柘瑠衣」だったからであり、特に深い意味はない。――とはいえ、事件現場にはガーネットを模したガラス細工が置かれていたのだけれど。
ならば、今回の事件は『紫水晶の殺人』と名付けるべきだろうか? そう思った私は、ダイナブックの中に入っているワープロソフトを起動して事件のあらましをまとめることにした。
ちなみに、『柘榴石の殺人』に関しては、発刊する予定なんて1ミリもなかったのだけれど、溝淡社の私の担当者である蓮田大介の目に留まったことによって急遽発刊が決まったらしい。ノベルスに換算して90ページ弱、40字×40行の原稿用紙でも表紙を除いて53枚という短い小説であるが故に、溝淡社ライト文庫で発刊される予定だとか。まあ、流石にノベルスよりは売れるだろう。
――さて、どこから書いていくべきか。とりあえず、依頼を受けて最初の事件が発生したところまで書いていくか。
そもそも、この事件はまだ解決していない。現時点での被害者は2人だが、ここから増える可能性もあるし、増えない可能性もある。善太郎からメッセージが来ていないことが気がかりだが……多分、彼も彼なりに悩んでいるのだろう。
そう思った私は、サブスクでhitomiの楽曲をランダム再生しつつ『紫水晶の殺人』を執筆することにした。
サブスクの再生画面には『君のとなり』と表示されていた。これは「当たり」の分類かもしれない。