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陰キャ小説家と陽キャ探偵の宝石事件簿  作者: 卯月 絢華
File 01:柘榴石(ガーネット)
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Phase 04 失った後ろ盾

 外は大雨で、古びた窓を濡らしていた。

 そして、私がいる場所には――柘瑠衣だったモノが倒れている。


 当然、兵庫県警はすぐに来た。

「これで4人目の犠牲者ですか。――正直、ここまで大事になるとは思いませんでした」

 浅井刑事はそうやって話すが、正直言って、私も心と頭が整理できていない。

「――この事件、どういう結末になってしまうんでしょうか?」

 私が言えることといえば――それだけである。

 そして、浅井刑事は――私の質問に答えた。

「すまない。僕にも分からないんだ。これだけ犠牲者が増えて、いずれも無惨な殺され方をしている。ここまで来ると、もはや――犯人は愉快犯としか言いようがない」

 浅井刑事とその部下が検死を行った結果、柘瑠衣の死因は刺殺だった。どうやら、下腹部をナイフで刺されて殺害されていたらしい。――やり方が酷い。

 ちょうど息子の卓也が学校から帰ってきた時間だったのか、浅井刑事が彼に事情を説明する。当然だが、彼は――泣いていた。

「おかあさん、死んじゃったの?」

「ごめん。お母さんは、僕たち警察が護るべきだったんだろうけど、護れなかった。その点に関しては、反省している」

「――うわあああああああん!」

 慟哭とも取れる彼の泣き声で、親じゃない私も胸が痛みそうだった。――これ以上、死の連鎖があってたまるか! そう思った私は、廊下に出て――壁を殴った。どうせ、壁を殴ったところで事件が解決する訳じゃないのだけれど。

 怒りに震える私をなだめたのは、善太郎だった。

「彩香、気持ちは分かるが――乙女がそんなんじゃ、花婿も逃げるぜ?」

 正論を言われて、私は尚更――怒りに震えた。

「うるさい! 放っておいてよ!」

 私は衝動的に善太郎の頬を叩きかけたが、既のところで叩くのをやめた。

「まあ、そう言わずに――落ち着けって」

 そして、善太郎は――私を後ろからそっと抱きしめた。正直、この状況で抱かれると――困る。

 でも、なんとなく善太郎の手からは温もりを感じた。

 背中越しに、彼の鼓動も伝わる。これって、いわゆる「バックハグ」ってヤツ? いや、バックハグをするにも状況というモノを考えてほしい。――ここは殺人現場だ。


***


「――おい、起きろ」

 瞼を開けると、目の前に碧眼の善太郎がいた。どうやら、あれから私は気を失っていたらしい。

 善太郎は言う。

「彩香、オレがバックハグをしたら――途端に眠るように気を失っていたぜ? 相当疲れていたんだな。――まあ、あれだけショッキングな現場を見てしまったら、ストレスも溜まると思うぜ?」

「つまり、私って――眠っていたの?」

「オウ。その通りだ」

 彼が言うには、パニック状態になっていた私を抱きしめて落ち着かせたら――そのまま気を失ったとのことだったらしい。

 そして、ここは――事件現場ではなくファミレスだった。曰く――どうやら、追い出されてしまったらしい。

「スマン。――オレ、浅井刑事から追い出された」

「まあ、そんなことだろうと思った。――これからどうするの?」

 私がそう言うと、善太郎は――頭を抱えた。

「正直言って、どうすればいいか分かんねぇ」

「でしょうね。――私だって、どうすればいいか分かんないのに」

 仕方がないので、タッチパネルで――ハンバーグのドリンクバーセットを頼んだ。

「一応、食欲はあるんだな」

「マトモにモノを食べてないからね。食欲の一つや二つぐらいあって当然よ」

 そうこう言っているうちに、猫型配膳ロボットがハンバーグを持ってきた。ちなみに、善太郎は――ステーキとドリンクバーセットを頼んでいた。

 それぞれの料理を食べつつ、私と善太郎は今後のことを考えた。

「追い出されてしまった以上、独自で事件を追っていくしかない。それは分かっているよね?」

「当然だ。ここはなんとか浅井刑事――いや、兵庫県警を説得させるしかない」

「いや、兵庫県警のことは――現状だと、諦めたほうが良いと思う」

「やっぱり、そうなるか。――困ったな」

 兵庫県警という後ろ盾を失ってしまった以上、広瀬彩香はただの小説家だし、明智善太郎はただの変人――いや、探偵である。それは事実だ。

 それを踏まえた上で、私は――善太郎にある提案をした。

「そうだ。私たちが持っている知識を――独自で推理に活かしてみるとか? それなら、兵庫県警にも迷惑をかけずに済む」

 善太郎は、私の提案に――乗った。

「それ、いいな。オレは乗るぜ?」

「本当?」

「本当だ。オレは嘘を吐かない。それに、オレ達は二人ぼっちじゃねぇ」

「二人ぼっちじゃないというと――もしかして……」

「そうだ。――パソコンを見てみろ」

 そう言われたので、私は――ダイナブックをファミレスのWiFiに繋いだ。ダイナブックの画面には、「連続殺人事件 情報募集中」と書かれたサイトが表示されていた。

「――これ、明智くんがやったの?」

 私が聞くと、善太郎は――自信満々に答えた。

「オウ! オレが作った情報提供サイトだぜ!」

 どうやら、彼の話によると――一連の連続殺人事件に関して分かる情報をサイトで募集するとのことであり、曰く――情報提供者には最大100万円の懸賞金を出すらしい。

 こう見えて、明智善太郎は――京都でも有数の実業家である「明智財団」の御曹司だ。

 善太郎の父親は明智恭崇という京都府警の警部で、要するに――キャリアである。ただ、キャリアの息子である善太郎はどういう訳か刑事という輝かしい未来を蹴ってまで探偵になった。彼が探偵になった理由はよく分からないが、多分――相当な理由があったのだろう。ちなみに、立志舘大学の理工学部を専攻していたということで――プログラミングはお手の物である。

 サイトを見つつ、私は話す。

「これ、もしかして――私が気を失っている間に作ったの?」

「当たり前だ。最近は簡単なサイトの場合、コーディングなしで作れるからな」

 コーディングなしでこれだけのサイトが作れるのなら、上等だ。私はそう思った。

 ――鈴のアイコンに①の表示がある。これは、情報が提供されたということか。

「明智くん、早速だけど――情報が来ているみたい」

「そうか。――見せてくれ」

 そう言って、私は善太郎に情報を見せた。

【来島克彦の友人です。当然ですが、来島家とも面識があります。一連の殺人事件に関して提供したい情報があるんですけど、克彦さんは――どういう訳か、自宅である研究をしていたみたいなんです。なんというか、「不死にまつわる研究」と言っていましたが、正直言って不気味です】

 ――早速、有力な情報が手に入ったか。私はそう思った。

 善太郎も、反応を見せた。

「これは、中々有力な情報だな。――でも、もう少し情報が欲しい。まだまだ募集するぜ?」

 そう言って、私はダイナブックを――しばらく放置した。

 新しい通知を待っている間、ドリンクバーでコーラを入れる。

 ドリンクバーのコーラって、少し溢れそうに見えて、炭酸が抜けると一気に減ってしまう。それって、正直詐欺だと思う。

 ――炭酸? ああ、そういうことか。血塗られた浴槽の成分は、血液なんかじゃなかったんだ。そう思った私は、テーブルに戻った上で――善太郎にあることを伝えた。

「さっき、ドリンクバーでコーラを入れていて気付いたんだけど、来島克彦の殺害トリックが分かったかもしれない」

 善太郎は、碧い眼を丸くしながら私を二度見した。

「それ、詳しく教えてくれ!」

 そう言われたら、教えるしかない。――私は、トリックの経緯を述べた。

「克彦さんの死因は刺殺で間違いないんだけど、私たちが見ていた『血塗られた浴槽』は――入浴剤が溶けたモノで間違いないと思う。ほら、赤い入浴剤って普通にドラッグストアとかで手に入るでしょ?」

「言われてみれば、そうだな。――もっとも、そんな入浴剤は見方を変えれば悪趣味だが」

「何よりも、大分県にある『地獄温泉』って――名前の通り、『血の池地獄』なんて呼ばれているでしょ。それって、酸化鉄と酸化マグネシウムを含んだ泥が溶け出した結果――そういう色になっている。酸化鉄や酸化マグネシウムの成分を含んだ入浴剤というか、バスボムって、化学の知識さえあれば市販のモノで作ることもできるんだ」

「確かに、そうだな」

「えへへ、少しは明智くんの役に立ったかな? まあ、それは置いておいて――多分、一連の事件の犯人は化学に精通した人物だと思う」

 私がそう言うと、善太郎は――納得した。

「オウ、そうだな。となると、やっぱり臭うのは来島――じゃなかった、柘隆史か」

 確かに、数時間前までは彼が犯人だと思っていたけど――どうも、違うっぽい。

「確かに柘隆史は怪しいけど、柘家にしろ、来島家にしろ、両家とも化学に精通した家系なのは確かよ。柘家は元々医師の家系だし、私の考えが正しければ――来島家は錬金術に精通しているんじゃないかって思って」

「錬金術か。――中々面白いところを突くじゃねぇか」

「ほら、来島家の書斎にあった『生命の樹』が書かれた書物があったじゃないの」

「ああ、あったな」

「私が思うに、アレって――錬金術の秘術が記されていたんじゃないかって思って」

「なるほど。――そうなると、あの書物の謎もなんとなく分かるな。ついでに来島明子が柘家を避けていた理由も――そういうことか」

「あら、明智くん――鋭いね?」

「鋭いも何も、それは――ほとんど答えだ」

 善太郎が言う「答え」。それは――柘家がゾロアスター教の家系で、来島家がカバラの家系だったことに関係するのか。

 私はよく分からないまま頷いていたが、多分――合っているのだろう。


 ファミレスの会計は、当然それぞれの支払いだった。流石に善太郎の奢りという訳にはいかなかった。そういえば、ここはどこなんだろうか? 私はそれが疑問だった。

「ところで、ここは――どこだ?」

「オウ、甲南山手だぜ? ほとんど芦屋だけどな」

「じゃあ、バイクは――来島家に置きっぱなしか」

「その点に関してだが、多分、大丈夫だぜ? 何知らぬ顔でバイクを回収すれば、それで済む」

「でも、切符を切られていたら――意味がないよね」

「どうだろうか? 浅井刑事も、そこまで厳しい人じゃないと思うぜ?」

 そんなことを話しつつ、私は来島家の方へと向かった。――確かに、緑色のバイクが置いてある。

 当然だけど、違反切符も切られていない。

「良かった。――浅井刑事って、意外と優しいんだね」

「まあ、あの刑事も『これは彩香の愛車だ』と気付いていたんじゃねぇのかな?」

 とりあえず、私は浅井刑事に感謝しつつ――バイクに跨った。

「それじゃ、私は一旦家に帰るけど……明智くんはどうするの?」

「オレ? オレは……とりあえず、お前の家に行く」

 ――それ、本気で言ってんの? まあ、いいけど。

「甲南山手なら、芦屋方面へ向かって歩けばすぐに私の住むアパートが見えてくるはずだと思う。バイクで10分だから、徒歩だと――30分ぐらいかな。まあ、明智くんは体力に自信があると思うけど」

 私がそう言うと、善太郎は――少し、自信無さげに言った。

「オレ、大丈夫かな。――一応、小中高は陸上部だったけど」

「……まあ、がんばって」

 そう言って、私は一旦自分のアパートへと戻ることにした。


***


 数日ぶりの我が家は――特に変わった様子がなかった。それはそれで逆に怖いが、何かあるよりはいいだろう。

 とりあえず、ダイナブックを充電コードに繋いで、スリープモードを解除させる。相変わらず、件のサイトには通知が大量に来ている。

 鈴のアイコンの横には⑧と表示されていた。つまり、8件分の情報がこのサイトへと提供されているのだ。

 それにしても、善太郎――遅いな。油を売っているのか、力尽きたのか。そんなことを思っていると、チャイムが鳴った。

 私は、ドアスコープを覗く。――赤髪の探偵は、息も絶え絶えで玄関の前にいた。

 仕方がないので、私はドアを開けて善太郎を中へと入れた。

「明智くん、遅い!」

「すまない。――流石に、あの距離を走るのはキツかった……」

「たった3キロメートルで力尽きるなんて、ホントに陸上部だったの?」

「それは過去の話だ。放っておいてくれ。それはともかく、サイトの方はどんな感じだ?」

「通知が8件来ている。多分、いずれも有力な情報になってくれるはず」

「そうか。――分かった」

 そう言って、私はサイトに寄せられた情報を順番に見ていった。

 ――来島家は錬金術師の家系らしい。

 ――どうやら、不死の研究をしていたらしい。

 ――戦前は神戸に金塊を隠し持っていたらしい。

 ……などなど。

 どこまで本当か分からないけど、善太郎の情報と照らし合わせると――その信憑性は確かなモノだった。

「やっぱり、カバラだけあって錬金術の研究をしていたのはガチっぽいな」

 善太郎が食い付いたのは、やはりそっちの情報筋だった。

「――そんなに、錬金術のことが気になるの?」

「当たり前だろ。カバラの書物があるってことは、錬金術にも関係あるんだよ」

「それはそうだけど……そんなに、情報を鵜呑みにしていいモノなの?」

「……それはそうだな。少し、頭を冷やすぜ」

 善太郎は――私のベッドに倒れ込んだ。そして、いびきをかいて眠った。

 彼が寝ている今の間に、来島克彦の殺害トリックだけでも整理しておくべきか。

 来島克彦は、恐らく――胸部を刺殺された後、酸化鉄と酸化マグネシウムを使ったバスボムが入った湯船に沈められた。

 そして、出血多量に見せかけて――血塗られた湯船を完成させた。

 このトリックを実行できるのは、やはり来島隆史か来島花音ということになるが――両者とも、決め手に欠けるところがある。

 気になったので、私は来島花音のスマホに電話をした。しかし、そのアナウンスは無情なモノだった。

「おかけになった電話番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないためかかりません」

 ――どういうことだ。

 あまり厭なことは考えたくないが、万が一という事態も想像できる。特に、これだけ犠牲者が出ているとなると、花音の命が狙われている可能性も考えられる。

 花音と連絡が取れないとなると、仕方がない。私も――少し、寝るか。


***


 ――また、18年前の夢を見た。

 校舎の屋上で、私は――飛び降りようとしている。

 3階の高さから飛び降りたらどうなるかは言うまでもないが、どうやら「死にたい」と願っていることはた確かだろう。

 覚悟を決めた私は、屋上から――足を踏み出して、そのまま飛ぼうと思った。

 しかし、既のところで――誰かが声をかけてきた。

「――ヒロロン、あなたが死んで悲しまない人間なんていないわ」

 それは明らかに菱田沙織の声だった。

 それでも、私は言う。

「菱田さん、ごめんなさいね。――私、あなたしか友達がいなかったから」

 私の言葉に対して、菱田沙織は反論する。

「そんな事ないわ! ヒロロンが気付いていないだけで、友達はたくさんいるはず。だから、死ぬのはやめて!」

 彼女はそう言ったが、私の左足は既に屋上から半分以上乗り出していた。

「――やめてーっ!」

 多分、彼女はそうやって言ったのだろうけど、その時の私の華奢(きゃしゃ)な体は宙を舞っていた。――というか、宙を舞ってそのまま下へと落ちようとしていた。

 この状態で下へと落ちたら、待っているのは――ぐちゃぐちゃになる躰である。


***


 ――夢か。

 最近、こんな夢ばかり見るな。それだけ、私の精神状態は不安定なのか。

 気味の悪い夢を見たあとなので、体は汗でびっしょりと濡れていて、乳房の間に手を触れると心臓の鼓動は早く脈を打っていた。

 このままじゃ不快なので、私は浴室でサクッとシャワーを浴びた。鏡を見ると、自傷行為の傷痕が目立つな。私は自傷行為の傷痕を隠すために夏でも長袖を着ているのだが、こうやって裸の状態で自分の体と見つめると、あまりにも華奢だ。それなりに栄養は摂っているはずなのに、太ったことがないのだ。

 乳房はいわゆる「まな板」であり、平均的な女性のソレと比べると――平らである。だから、私は自分のことを「コンプレックスの塊」だと思っている。

 菱田沙織曰く「きれいな顔つきをしている」とのことだが、顔に対しては全く自信がない。――黒髪のベリーショートも相まって、男っぽい顔つきである。声も低い方なので、私を知らない人からは「ボクちゃん」と言われることもある。

 ふと、「自分らしさ」というモノを考える。私はどうも他人から見て「少しズレている」と言われることがある。具体的にどこがズレているかと言われたら、分からない。分からないから、苦しいのか。

 でも、「広瀬彩香」という存在がここにいる時点で、「私」はこうやって生きているのか。――なんだか、難しいな。


 そんなことを考えながらシャワーを浴び終わり、部屋着に袖を通した。――善太郎は、相変わらず寝ている。

 情報提供サイトを見てみたが、通知は来ていない。――一通り出尽くした感があるから当然だろうか。

 そういう訳で、私は冷蔵庫から缶ビールを取り出して、飲みながら小説の原稿を書くことにした。

 アルコールが入った状態でパソコンを操作することはあまりやりたくないのだが、どういう訳か――私の指は物語を紡ぎ出している。これは、溝淡社に提出できるか。

 その後も小説の原稿は順調に書き進んでいた。やはり、あの事件に引っ張られつつも思うことがあるのか。

 一応、キリの良いところで作業を中断して、私は――飲み終わった缶ビールの空き缶をゴミ箱に捨てた。

 そして、小説を書いている上で考えていた「柘家と来島家の関係性」を改めて整理した。――なるほど、そういうことか。

 善太郎は、最初から――罠に嵌められていたんだ。どうして、そのことに気付けなかったんだ。これじゃあ、私は推理小説家失格だ。

 そう思っていると、善太郎が――起きた。

「オレ、どれぐらい寝ていたんだ?」

「――6時間ぐらい」

「ああ、そんなもんか。――まあ、いいや。それはともかく、あれから情報は得られたのか?」

「ううん、全然。でも、私――あることに気付いたかもしれない」

「あること? 具体的に教えてくれ」

 そう言われた以上、私は善太郎に対して事実を述べるしかない。

 でも、その前に――ウォーミングアップだ。

「そもそもの話、この事件の依頼主って――誰なの?」

 善太郎は、私の質問に答えていく。

「一応、柘瑠衣だが……彼女は既に死んだ」

「――なるほど。分かった」

「分かったって、どういうことなんだ?」

 そして、私は――そこで事実を述べた。

「明智くん、あなたは――罠に嵌められていたの。柘瑠衣は、明智善太郎が探偵だということを知った上で依頼を持ちかけてきたんだけど、それは『明智善太郎』の名誉に対して瑕を付けるための罠でしかない。――明智くん、過去に柘家か来島家の案件に関わったことって――ないの?」

 私がそう言うと、善太郎は――俯きつつ答えた。

「――実は、来島功から『弊社にまつわる汚職事件の調査をしてほしい』と頼まれたことがある。依頼を頼まれたのは、確か――オレが探偵業を始めてすぐだった。要するに、最初の依頼と言っても過言ではない。それで、色々と調べた結果――裏金が柘家へと回っていた」

「早い話が、柘医院は閉院したものの――()()()()()()()()()()()()()ってことなの?」

「――お前、鋭いな。柘医院って、既に閉院している割には、妙に医療器具が揃っていたよな?」

「言われてみれば、そうだよね。――普通なら、閉院した時点で医療器具は返却されるはずなのに、柘家にはそういう道具が揃っていた。これは――何かしらの理由があるのかな」

 柘家をくまなく見ていると、普通なら返却されているはずの医療器具が――どういう訳か、残っていた。それも、かなり年季の入ったモノである。多分、昭和のモノだろう。

 昭和――ああ、そういうことか。そして、病弱だった来島花音が被検体として使われた理由も――そういうことなのだろう。

 私は、すべてを察した。

「明智くん、明日でいいけど、もう一度――事件現場に向かえないかな?」

「そうは言うけど、オレは――兵庫県警から出禁処分を食らっている。今更現場に出向いて事件を解決する気は――ない」

「まあ、そう言わずに――『私が探偵役を務める』という形で現場に向かえば、なんとかなるでしょ?」

「そ、その発想はなかった……。彩香、お前に託してもいいか?」

「その言葉を待ってた。――私、絶対にこの事件を解決してみせる」

「オウ! 待ってるぜ!」

 そういう訳で、私は――善太郎から「探偵役」を引き継ぐことになった。とはいえ、善太郎が探偵であることに変わりはないのだけれど。

 そうなると、やはり――柘家と来島家の状態について整理する必要がある。

 柘家は柘光雄と柘瑠衣が殺害されており、来島家は来島功と来島克彦が殺害されている。この時点で容疑者は来島家の人間に絞られる。――来島隆史と来島花音だ。

 ただ、来島隆史は元々柘家の人間だった可能性が高い。

 その証拠に、彼が来島海運で勤めているという痕跡が見当たらなかったからだ。

 これは、一旦柘家に行ってみる必要があるか。でも、アルコールが入っている以上、今日はもう外には出られない。明日になっても良かったら、行ってみよう。

 色々と整理をしていたら、眠くなってきた。スマホは――午後11時を少し過ぎようとしていた。

 あれからガッツリ寝ていたが、流石に――寝るべきだろう。そう思った私は、睡眠剤を飲んで――ベッドの中へと入った。

 デスクの方に目をやると、善太郎が勝手に私のダイナブックを弄っていたが――まあ、いいだろう。


***


 翌日。

 私は――バイクで来島家へと向かった。ちなみに、善太郎は始発列車で京都へと帰ったらしい。

 当然だけど、来島家は――相変わらず厳戒態勢であり、兵庫県警のパトカーも停まっている。

 浅井刑事ではない別の刑事に事情を説明した上で、私は来島隆史と接触する機会を得た。

 そして、例のことを聞いた。

「来島隆史さん、少し聞きたいことがあります」

「僕に質問ですか? 答えられることは探偵さんにすべて話しましたが……」

「いや、そういうことじゃなくて――隆史さん、あなたって、もしかして本当は『柘隆史さん』じゃないでしょうか?」

 私の質問に対して、隆史は――答えた。

「その通りです。――僕、本当は柘家の人間だったんです。功さんが兄貴というのも嘘ですし、来島海運で働いていることも嘘です。僕は元々柘医院の医師で、閉院した時に来島家の養子になりました」

「えっと、隆史さんって――45歳でしたよね? だとすれば、18年前は27歳ということになりますよね。――どういう理由があって養子になったのでしょうか?」

「これ、言っていいかどうか分からないんですけど……多分、彩香さんなら察してくれると思いますよね」

「それは――どういうことなんでしょうか?」

 隆史は、申し訳なさそうな顔で――話した。

「実は、僕――『花音さんと結婚する』という前提で来島家に婿入りしたんです。でも、普通に考えると当時の花音さんって9歳ですから、肉体関係を持つ訳にはいかないですよね。それで、花音さんが18歳になった時に、僕は――花音さんと肉体関係を持ちました。でも、彼女の体には致命的な欠点があったんです。それは――本来体内で精製されるはずの卵子が生成されない。だから、妊娠することができなかった」

 体内で精製されるはずの卵子が生成されないというのはよくあることなので、そんなに悲しむことはないと思うが――妙だな。

 そんなことを思いつつ、隆史は話を続けた。

「あまりにも花音さんが妊娠しないので、僕は彼女を婦人科に連れて行ったんです。そうしたら――『女性ホルモンそのものが存在しない』と診断されたんです。つまり、花音さんは――()()()()()()()()()()()()()

 女性の生殖器を持ちながら、生理学上では男性。――花音は「両性具有(りょうせいぐゆう)」なのか。いや、両性具有なら男性の生殖器も持っているはずだ。どうしてそんなことがあり得るんだ。

 私は、隆史にそのことを尋ねた。

「ということは、花音さんは――男性の生殖器も持っていたということでしょうか?」

 隆史の答えは――当然のモノだった。

「――持っていました。要するに、半陰陽です」

 しかし、彼はそこにある「付け加え」をした。

「でも、花音さんと肉体関係を持つにあたって――『男性としての生殖器』を除去する手術をしました。その結果、彼女からは精子も卵子も消えてしまった。――そういうことです」

 ああ、なんてことだ。それだと、花音が気の毒だ。私はそう思った。そういえば、花音が病弱だった理由も聞いておかなければ。そこで、私は隆史に質問した。

「そもそもの話、花音さんはどうして病弱だったんでしょうか?」

「花音さんって、普通に考えれば――兄貴と明子さんの間に生まれた子という認識になりますよね?」

「それはそうですが……一体、何が言いたいのでしょうか?」

「父親が功さんというのは正解ですが、母親に関しては――明子さんではありません」

「じゃあ、母親は誰なんでしょうか?」

「花音さんの母親は――功さんの妹である来島里美さんでした。里美さんは、功さんから犯されて望まぬ妊娠をしてしまい、そして――花音さんを胎内に宿しました。当然ですが、里美さんは花音さんを出産した直後に――自ら、首を括って命を絶ちました」

 要するに、来島花音は――近親相姦の子だったのか。それだと、彼女が病弱な理由も合点がいく。もっとも、「近親相姦で生まれた子が病弱」というのは迷信でしかないのだけれど。というか、ここでも首吊り自殺か。――ああ、首吊り死体が多すぎる。

 それにしても、来島功に妹がいたのは予想外だった。私は死者のメッセージを聞き取れる能力なんて持っていないけど、仮にそういう能力を持っていれば――来島里美に色々と事情を聞いてみたいところだ。

 来島花音といえば、昨日、彼女のスマホに電話をしたら繋がらなかったな。彼女は一体どこにいるんだろうか? 一応、隆史に聞いておくか。

「ところで、花音さんはどちらへ? 昨日、電話をかけたら繋がらなかったので……」

「それが……僕にも分からないんです。多分、彼女は何か思うことがあって、柘さんの家へと向かったんだと思いますが……」

 ――そうか。来島花音はすべてを分かっていたのか。善太郎でさえ気付かなかったことを、彼女はとっくの昔に気付いていた。

 だから、この事件は――明智善太郎という人物そのものを社会的にも倫理的にも丸ごと抹消させるために仕組んだ罠だったんだ。

 そして、その罠を仕掛けた先は――柘医院だった場所だ。

 このままだと、善太郎が罠に嵌ってしまう。彼が罠に嵌ったら――私も道連れだ。


 すべてを察した私は、バイクで柘家へと向かった。

 ――早くしないと、マズい。

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