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陰キャ小説家と陽キャ探偵の宝石事件簿  作者: 卯月 絢華
File 01:柘榴石(ガーネット)
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Phase 03 油断大敵

 浅井刑事が部下を集めたことにより、浴室での現場検証は即座に行われることになった。

 来島克彦の死因は言うまでもなく刺殺であり、心臓の部分をナイフで滅多刺しにされていた。一応、遺体の第一発見者は浅井刑事なのだが、私と善太郎も事情聴取を受けることになった。客間で善太郎とともに事情聴取を受ける状況は――若干、気まずい。


 刑事の1人が私に質問する。

「それで、克彦さんはどういう状況だったのですか?」

 私は、できるだけ正確に刑事さんの質問に答えた。

「最初、克彦さんは溺死体(できしたい)だと思っていました。でも、浴槽が血で染まっていて、克彦さんを引き上げたときには――胸にナイフが刺さっていました」

「なるほど。――サングラスの君も、何か思うことを言ってみてください」

 サングラスの君――善太郎のことだろうか。彼も、質問に答えていく。

「遺体の表情は強張っていて、もしかしたら抵抗している最中で刺されたんじゃないかって思っているぜ? もちろん、オレもそこの小説家も、この事件には関わっていないけどな」

「まあ、そうですよね。――あっ、浅井刑事。お疲れ様です」

 浅井刑事が戻ってきたということは、現場検証が終わったのか。

 彼は話す。

「一応、現場検証は完了しました。――やはり、来島克彦は絶命する瞬間まで犯人に対して抵抗していたものと思われます」

「証拠はありますでしょうか?」

「これが、証拠です」

 浅井刑事が、ジップロックに入れた「何か」を部下の刑事に見せる。それは――どこにでもあるようなシャンプーボトルだった。

「シャンプーボトルに、少し凹みが入っています。恐らく、克彦さんはシャンプーボトルで犯人に抵抗したのでしょう」

 シャンプーボトルか。シャンプーが満タンに入っていたら、襲撃を受けた時に多少は抵抗に使えるかもしれない。――ボトルをよく見たら、女性用のシャンプーだった。花音が使っているモノだろうか。

 そんなことを考えつつ、私は来島克彦が殺害された時の状況を整理した。

 彼は犯人に浴室まで呼ばれて、何らかの方法で襲われた。そして、ナイフで胸部を滅多刺しにされて絶命した。シャンプーボトルで抵抗を(こころ)みるものの、ナイフは心臓まで達していて――亡くなった。こんなところだろう。

 それにしても、なぜ犯人は浴室を殺人現場に選んだんだ?

 それに、もう一つ気になることが――赤く染まった浴槽である。浴槽の色は薄い水色だったから、赤い水は余計と目立つ結果になった。

 もしかしたら、これもガーネットの見立てだろうか。――いや、他の理由があるのか。

 いずれにせよ、浴槽の水が赤く染まっていたのは事実であり、犯人は――血塗られた浴室という状況を作り出した。――そもそも、凶器であるナイフはどこで入手したのだろうか? この状況下でナイフを入手できる場所といえば、台所か。そう思った私は、善太郎が事情聴取を受けている間に台所へと向かった。


 台所では、明子が紅茶を淹れていた。彼女はコーヒーよりも紅茶を好んでいるのか。

「あら、彩香さん。一体どうされたのでしょうか?」

「実は――克彦さんが浴室で何者かに殺害されました。死因は刺殺であり、現在刑事さんが現場検証をしています」

 当たり前の話だけど、事実は事実であり――彼女は口を覆って悲しんだ。

「そ、そんな……どうして克彦さんが……」

「そんなこと、私に言われてもどうしようもありません。でも、一連の事件の犯人がこの中にいるのは事実です。この件に関しては、明智くんがなんとかしてくれるはずです」

「明智くんって、あの探偵さんですか? 私、どうも――彼が信用できないんです」

「どうしてでしょうか?」

「あの、なんというか――彼、私のことをずっと疑っていて……」

「探偵だったら、あなたのことを疑って当然だと思います。それが仕事ですから」

「それにしては、私を睨みつける態度が妙に気になって……」

 善太郎が、明子を睨みつけている? もしかしたら、彼の中で何か思うことでもあるのか? まあ、探偵ならそれぐらいのことは当たり前だし、私は別に気にしていないが――やっぱり、彼女からしてみれば怖いのか。

 ――そんなことをしている場合じゃない。台所のシンク下を見なければ。

「ごめんなさい、少しシンク下を見させてもらってよろしいでしょうか?」

「シンク下? まあ、良いでしょう」

 明子に断りを入れた上で、私はシンク下の扉を開いた。

 包丁ポケットを見る。特に包丁が足りない様子はない。――となると、凶器が包丁ということはないのか。

 念のために、私は明子にある質問をした。

「明子さん、この家に包丁は何本あるんでしょうか?」

「包丁ですか? えーっと、普通の万能包丁が2本と柳刃包丁が1本、そして菜切包丁が1本です」

 凶器のナイフは小さいモノだったから――犯人は、何らかの方法でナイフを拝借したのか。しかし、それは台所にあるモノではなかった。となると、犯人はどこから凶器を拝借したのだろうか?

 再び客間へと戻った私は、なんとなく――浅井刑事に聞いた。

「凶器のナイフって、どこから拝借したモノだと考えていますか?」

 私の質問に困惑したのか、浅井刑事は一瞬間を置いて――答えた。

「えっと、僕は書斎から拝借したと思っています。浴室から書斎って、そんなに離れていないじゃないですか。だから、犯人はペーパーナイフを書斎から持っていって克彦さんを刺したんだと思います」

 なるほど。ペーパーナイフか。――これは、書斎に向かうしかないな。

 なんとなく胸がざわめくけど、そんなこと、今は――関係ない。私は書斎へと向かった。


 書斎は相変わらず本で埋め尽くされている。書斎だから当然だろうか。

 そして、私は机の引き出しを開けた。――引き出しの中に、ペーパーナイフが入っている。私の考えは、2秒も経たないうちに崩れ去ってしまったのだ。

 ガッカリしつつ客間へ戻ると、善太郎に対する事情聴取が終わっていた。善太郎は、ヘトヘトの表情をしていた。

「疲れたぜ……。いくらオレが探偵だと言っても、もうちょっと節度というモノを持ってほしいぜ」

「そうは言うけど、明智くんが探偵だって知っている人間の方が少ないと思う」

「彩香、お前までそう言うなよ……。とにかく、オレは寝るぜ。起こすなよ」

 ヤレヤレと思いつつ、私は善太郎をリビングまで連れて行って、毛布をかけた。そして、善太郎はそのままいびきをかきながら眠った。――まるで、大型犬みたいだ。


 そういえば、リビングのテーブルにダイナブックを置きっぱなしだったな。――メールチェックぐらいはしておくか。そう思った私は、スリープモードを解除した。

 案の定、大したメールは来ていなかったが、どういう訳か溝淡社からのメールが来ていた。送信元は文芸第三出版事業部なので――私の担当者か。

 私は、メールを開いた。

 ――卯月先生、お久しぶりです。

 ――新作小説の方はどうなっていますでしょうか?

 ――無理強いはさせないですけど、やっぱり先生の新作を望んでいるファンは少なからずいるはずです。

 ――前作から3年も経っていますし、ここは一つ新作小説を書いてみるのはいかがでしょうか?

 メールはそこで終わっていた。――そうか、前作から3年も経っていたのか。

 確か、溝淡社ライト文庫向けにちょっとしたミステリを書いて、出版した覚えがある。正直言って売れ行きは芳しくなかったが、それでも国産車が買えるぐらいの印税はゲットした。ザッと換算して――スズキワゴンR1台分か。

 今置かれている状況を小説として出したところで、売れるはずはない。

 かと言って、普通に小説を書いたところで――人気が出るかどうかは微妙である。正直、私が小説家として置かれている状況は、崖っぷちと言っても過言ではないのだ。

 一応、担当者からのメールには「新作の構想は練っています」と返したが、どうせ見透かされているだろう。――この事件が解決したら、真面目に取り組むべきか。


 善太郎が寝ている横でダイナブックのキーボードをカタカタとさせるのは、正直言って気まずかった。――いつ彼が起きるのか分からなかったからだ。

 時間を見ると、正午を少し回ろうとしていた。

 ――ぐう。お腹が空いたな。

 私は台所からカップラーメンを勝手に拝借して、ポットでお湯を沸かした。普段はカレーヌードルを食べることが多いが、たまには醤油ヌードルも悪くはない。

 きちんと3分計って、カップラーメンを啜る。最初の事件が発生してからまともなモノを食べていなかったから、カップラーメンは余計と美味しく感じた。


「――ふぁーあ」

 私のカップラーメンの匂いにつられたのか、善太郎が目を覚ました。

「あら、明智くん。起きたの?」

 寝ぼけ眼で、善太郎は話す。

「お前のカップラーメンの匂いで起きたぜ。オレも腹が減ったからな。――そういえば、あれから証拠は得られたのか?」

 私は、答えられる範囲で現在の状況を説明した。

「うーん、大した証拠は得られていない。でも、やっぱりあの書斎が気になる」

「書斎? ああ、お前が『凶器があるかもしれない』と踏んで、脈ナシだった場所か」

「そうそう。――どうして知っているの?」

「オレは探偵だぜ? それぐらいのこと、とっくに見透かしている」

「――そうだったの。まあ、いいや。とにかく、これ以上現場をかき回すのはマズいし、私たちが関わることはやめたほうが良いと思う」

「ああ、オレも思っていたぜ。こんなに死人が出るとは思ってもいなかったからな。それで、今後はどうする?」

「どうするって言われても――あっ、柘医院に何かがあるかもしれない」

「柘医院? ああ、柘家か。確かに、事の発端は柘家で発生した絞殺事件だな。どうして、オレはそのことに気づかなかったんだ」

 そう言う善太郎に対して、私は――正論を述べた。

「多分、目の前に集中しすぎて――周りを見失っていたんだと思う」

「目の前に集中しすぎて周りを見失っていた――か」

 善太郎は、そこで――言葉を止めた。

「明智くん、どうかしたの?」

「彩香、ちょっと待った」

 善太郎が「ちょっと待った」と言っているときは、いわゆる「ゾーンに入っている」状態である。もしかしたら、事件の謎について分かったことでもあるのか。

 数分後、善太郎は――サングラスを外して、事実を述べた。

「――彩香、分かったぜ」

「分かった? 何が?」

「詳しいことは、柘家で説明する」

 なるほど。――善太郎の考えだと、柘家に何かがあるのか。

「浅井刑事、パトカーを手配してくれ」

「わ、分かりました……。目的地はどちらへ?」

「柘光雄の家だ。――そこで、何かが分かるはず」

「そ、それは本当ですか!?」

「本当だぜ。オレは探偵だからな、嘘は言わない」

 碧い眼をした探偵は、確かに嘘を言っていなかった。でも、それが本当だとは限らない。

 面倒なので私も浅井刑事が運転するパトカーに乗らせてもらった。どうせ目的地まで10分もかからないし。


***


 柘家に着くと、相変わらず柘瑠衣が出迎えてくれた。

「あら、探偵さんに小説家さん、それに刑事さんまで。――何か分かったことでもあるのでしょうか?」

 彼女の質問を、善太郎が遮った。

「詳細は後だ。とりあえず、中に入らせてもらうぜ。向かう先は――事件現場だ」

 そう言って、善太郎は書斎の方へと向かった。当然だけど、事件の気配はない。

 書斎に入ったところで、改めて本棚を見渡す。柘光雄が元々医師だったこともあって、周りは医学の本で埋め尽くされているのだが――やはり、『ソロモンの大いなる鍵』が気になって仕方ない。

 ましてや、来島家で生命の樹が書かれた本を見た後なので、余計と気になる。

 そんな中で、私は――なんとなく机の引き出しを開けた。――ない。本来、書斎にあるべき道具がない。やはり、来島克彦の命を奪った凶器は――この家のモノか!

 動揺を隠せないまま、私は引き出しをそっと閉めた。――犯人は、間違いなく柘家の誰かだ!

 そして、同じタイミングで――善太郎も何かを見つけた。

「――おい、彩香。来てみろ」

「明智くん、急にどうしたの?」

「これ、相当古い書物だぜ? でも、保存状態が良いから――オレには分かる」

「勿体ぶらずに教えてよ」

「これ、『アヴェスター』だ」

 アヴェスター。世界最古の宗教と言われている拝火教――ゾロアスター教の経典である。

 ゾロアスター教は、アフラ・マズダという神とアンラ・マンユという邪神の元、善悪二元論で成り立っている。

 ゾロアスター教がオカルト世界にもたらした影響は計り知れないモノであり、占星術や錬金術にも影響を及ぼしたとされている。――当然、そこにはカバラも含まれる。

 それにしても、日本でこういうモノが見つかるとなると――大発見である。

 一応、(ずい)の時代に「蘇魯阿士徳」として中国に伝来しているが、日本に伝来したという記録はない。

 そういうことを前提にしつつ、善太郎は持論を述べた。

「これは飽くまでも持論だが、柘家は日本におけるゾロアスター教の末裔で、来島家はカバラの末裔だと思う。当然の話、ゾロアスター教にとってカバラ――ユダヤ教というのは大敵だ。だから、柘家にとって来島家は邪魔な存在でしかなかった。オレはそう考えている」

 しかし、柘瑠衣は善太郎の持論に対して――反論した。

「私の家は、仏教徒という風に聞きましたが……ゾロアスター教なんて、あり得ません」

 善太郎は、柘瑠衣の反論に対して論破した。

「和室に行けば、分かるんじゃねぇの?」

「そうですか。――じゃあ、和室まで来て下さい」


 軋む床を歩きつつ、私と善太郎は和室の方へと歩く。

 確かに、和室には――仏壇が備え付けられていた。仏壇の見た目は地味なので、恐らく日蓮宗だろう。

「これ、本当に仏壇か?」

 善太郎は、疑問に思っている。

 確かに、仏壇にしては――やけに不自然な点が多い。

「普通、仏壇ってのはな――御本尊があって、脇侍と呼ばれる掛け軸があって、香炉と鈴が置いてあるはずだ。でも、この仏壇――どう見てもゾロアスター教を祀ってるぜ?」

 あっ。――私が御本尊だと思っていたモノは、よく見たら仏陀ではない。ゾロアスターのモノだった。そして、鈴と香炉だと思われていたモノは――拝火壇だった。

 もう、ここまで来れば――言い逃れはできない。

 柘瑠衣は、焦燥した表情を見せている。

「あっ……なんてこと……」

 そして、善太郎は焦燥する彼女に対して追い打ちをかけた。

「柘光雄は、多分――熱心なゾロアスター教の信者だったんだろう。そして、柘瑠衣。お前――旧姓、秦瑠衣(はたるい)だろう?」

「ど、どうして探偵さんがそんなことを知っているんですか……」

 サングラス越しの善太郎の眼が、碧く光る。

「オレは、最初にお前と会った時点で気づいてたぜ?」

 焦燥しつつも、柘瑠衣は善太郎に対して詳細を尋ねた。

「そ、そうですか……そのことについて、詳しく教えて下さい」

 そう言って、善太郎は柘瑠衣に事実を述べた。

「仏壇――に見せかけた拝火教の祭壇に、お前の旧姓が書いてある。旧姓『秦瑠衣』とな。しかし、結婚した相手が悪かった。結婚相手の柘光雄は、日本でも数少ないゾロアスター教の信者だった。当然、ユダヤ教とゾロアスター教は相反するモノだ。だから、お前は――柘光雄を殺害する機会を伺っていた。しかし、ある患者が原因でいつしか殺害する機会を見失ってしまった」

 ある患者。――来島花音のことか。

 そんなことを考えつつ、善太郎は話を続ける。

「言うまでもなく、その患者は来島花音だ。病弱だった彼女は『柘医院の薬じゃないと病気が治らない』として、幼少時代は頻繁に柘医院に通っていた。しかし、時代の流れとともに――小規模な開業医だった柘医院は閉院せざるを得なくなってしまった」

 善太郎の話に対して、柘瑠衣は頷くことしかできなかった。

「はい、確かに――探偵さんのおっしゃる通りです」

 そして、最後に善太郎はこう結んだ。

「柘瑠衣、今お前にできることは――来島花音を護ることだ。少なくとも、お前は一連の事件に対してシロだ。それだけは保証するぜ?」

「本当ですか?」

「本当だ。オレを信じろ」

 私は柘瑠衣を犯人だと疑っていたが、善太郎がそういうからには――犯人は別の人間なのか。

「――彩香」

 善太郎が、私に話しかけてきた。当然だけど、「どうしたの?」と返すことしかできない。

「明智くん、どうしたの?」

「お前、柘瑠衣を犯人だと疑っていただろ?」

 ――見透かされていた。

「どうして、それが分かるの?」

「探偵の勘だ。――お前、それでもミステリ作家か?」

「どうせ、売れないミステリ作家だし――推理ミスぐらい見逃してほしいな」

「いや、お前――推理すらしてねぇじゃん」

 ――そうか。善太郎が言いたいこと、なんとなく分かったような気がする。

 私は、第1の事件から順番に振り返っていく。柘光雄、来島功、そして――来島克彦。どうしてこの3人は命を狙われる羽目になったのか。

 柘光雄と来島功は密室上での絞殺であり、凶器は恐らくロープと見られる。

 来島克彦は浴室での刺殺で、凶器は――ペーパーナイフか。いや、ペーパーナイフとは限らない。もっと、こう、別のモノ――ああ、そういうことか。

「明智くん、私――分かったかもしれない。この事件、犯人は――来島隆史だ」

 私がそう言った瞬間、善太郎は――大きく手を叩いた。

「その通りだ。――それに、アイツは『来島隆史』じゃねぇ」

「来島隆史じゃないとなると、本名は――柘隆史?」

 善太郎は、更に大きく手を叩いた。

「正解だ。アイツ、元々は柘医院の医師だったんだ」

「ということは――来島海運で働いているというのも、嘘?」

「それはどうだろうか? ――そうだ、今から六甲アイランドまで行かないか?」

「六甲アイランド? 何をしに行くの?」

「来島海運の本社って、六甲アイランドだろ?」

 ああ、そうだった。――来島海運は、就活で落ちた企業の1つである。

 確か、六甲アイランドなら通いやすいなんて思っていたとかそういう不純な志望動機だったような気がする。一応、面接試験まで進んだのだが、あと一歩のところで不採用。お祈りメールを受け取った時は向精神薬の過剰摂取と自傷行為に手を染めた。

 それはともかく、善太郎は――言う。

「仮に、来島海運の社員名簿に来島隆史の名前がなければ――ほぼ確定だな。オレはその可能性に100億ジンバブエドル賭けるぜ?」

 ――賭けの対象がジンバブエドルか。例え話とは言え、みみっちいな。

 私と善太郎の話を聞いていたのか、浅井刑事はパトカーの準備をしていた。

「とにかく、来島海運に行けば――何かが分かるんですよね。ほら、さっさと行きますよ?」

「オウ、頼むぜ」

 そういう訳で、私たちは――六甲アイランドへと向かった。


***


 当たり前の話だけど、六甲アイランドは――事件現場とは反対側に位置している。

 かつての六甲アイランドは度重なる再開発の失敗で「海に浮かぶ廃墟」なんて言われていたが、ここ最近はテコ入れというか――再構築で「廃墟」とは言われなくなった。しかし、この状態がいつまで続くかは分からないのが実情である。

 そんな六甲アイランドの中で、来島海運の本社ビルは目立つところにあった。ビルの横に建立されているポセイドンの銅像が、目を引く。

「まあ、とにかく――中に入るぜ?」

 善太郎がそう言うので、私は後ろから付いていく。

 受付で、善太郎が声をかけた。

「――オレは、明智善太郎という探偵だ。この会社に用事があって来たぜ?」

 それが人にモノを尋ねる態度か。

 心の中でそう思いつつ、私は受付係とのやり取りを見守っていた。

 やがて、人事係と思しき人物が受付にやって来た。

「ああ、あなたが有名な探偵の明智善太郎さんですね。名前は存じ上げております」

「オウ、そうだ。――オレが、明智善太郎だ」

「それで、『来島隆史』という人物なんですが……弊社にそのような名前の社員はいらっしゃいませんでした」

「――それは本当なのか」

「本当です。社員名簿の方をくまなく見ましたが、確かにそのような人物はいらっしゃいませんでした」

 人事係が、タブレットを見せる。――確かに、「来島隆史」の検索結果は0件だった。

「それじゃあ、これならどうだ? 柘隆史」

「えっと……柘隆史さんですか。――分かりました。少しお待ち下さい」

 善太郎の指示で、人事係がタブレットに「柘隆史」の名前を入力していく。

 しかし、検索結果は――やはり、「該当なし」だった。

「すみません、そちらも該当する社員はいらっしゃいませんでした」

「オウ、そうか。――分かった、もうここに用はない」

「用はないって――帰るの?」

「ああ、帰るべき場所は――当然、柘家の方だ」

 仮に、善太郎の推理が本当だとしたら――この2つの家は、呪われていることになる。

 しかし、私にそういう呪いを解く権限はない。だとすれば、事件を解決することでしか呪いは解けないのか。

 帰りのパトカーの中で、私は考え事をしていた。柘家にしろ、来島家にしろ、なんとかならないのか。

 パトカーの窓から空を見上げる。今にも雨が降り出しそうだ。雷も鳴っている。

 私は、善太郎と話した。

「――明智くん、なんだか厭な予感がする」

 善太郎は――私の言葉に対して返事をした。

「オレだって、厭な予感は感じているさ。それが探偵の勘だからな。でも、その厭な予感をぶっ壊すのが、探偵の仕事だと思うぜ?」

「そうなの。――明智くんがそう言うのなら、私はその言葉を信じようと思う」

「オウ、いくらでも信じてくれ」

 そうこうしているうちに、パトカーは柘家に着いた。――こうやって見ると、建造物が禍々しい。

 そして、中に入る。――あれ、おかしいな。誰もいないのか?

「やけに静かだと思わない?」

「オレも思っていた。――これは、事件の匂いがするぜ?」

 私の心臓の鼓動が、どくんどくんと脈を打つ。それは、多分――不安と焦りから来るモノだろう。

 禍々しい空気が漂う中、私は書斎の方へと向かった。――ドアが開かない。

「どうしたんだろう?」

「鍵、壊れてるんじゃねぇの?」

 善太郎は、ポケットからピッキングツールを取り出した。――それ、所持しているだけで捕まると思う。

 ピッキングツールは鍵穴に入って――カチャリと音がした。

「ほら、開いたぜ?」

 私は、善太郎が開けたドアノブを握って――回した。

「瑠衣さん、いらっしゃいませんか?」

 どうやら、誰もいないらしい。――ただ単に、ドアが壊れていただけなのか。

 それにしても、暗いな。――明かりを点けるか。

 そう思って、私は――照明のスイッチを押した。

 視界が明るくなるなかで、私は――何かを踏んだ。

 踏んだモノは、ぐにゃりとした感覚で、最初は野良猫か何かだと思った。

 でも、猫を踏んだら――普通は「フギャー!」という声で鳴いてそのまま逃げる。

 じゃあ、これは猫じゃなくて――ああ、そうか。そう思うと、私の心臓の鼓動は――尚更早く脈を打っていた。

 私が踏んだモノ。それは――()()()()()()()()だった。


 彼女は産まれる前の胎児のようにうずくまって、その場で血を吐いて絶命していた。

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