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陰キャ小説家と陽キャ探偵の宝石事件簿  作者: 卯月 絢華
File 02:紫水晶(アメシスト)
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Phase 04 紫水晶の秘密

 ――あの時の夢と同じ光景が広がっている。でも、私の躰を縛っていた黒いモノの束縛はない。

 目の前に、私の「人格」がいる。「人格」は、悲しそうな顔で私を蔑んでいる。

「――『肉体』が死んだのね」

 私の「人格」は、そう言った。彼女の言葉を信じるのならば、私という存在は――死んだのか。

「つまり、『広瀬彩香』という『私』は、死んだってこと?」

「そうよ。その証拠に、胸に触れてみなさいよ」

 乳房の間に手を触れると、確かに心臓は脈を打っていなかった。

「心臓が脈を打っていない。――そういうことね」

「そうよ。あなたは、今ここで死んだ。これからは、この世界で生きていくことになる」

 そう言って、「人格」は――後ろから私を抱きしめた。当然だけど、「人格」に抱きしめられる感触はない。

 そして、「人格」は話す。

「これが、『あなたの願っていた世界』よ。心が死んで、肉体が死に、魂だけがそこにある。ほら、見てみなさいよ」

 ――白く光るモノが見える。

 これが、魂なのか。

 魂は、鼓動のように点滅を繰り返している。

 どうしても気になったので、私は、「人格」にある質問をした。

「――これ、触れるとどうなるの?」

 私の質問に対して、「人格」は――答えない。

「――――」

 仕方がないな。――触れるしかないか。

 私は、白く光るモノ――自分の魂――に触れた。

 魂は、強く脈を打っている。――まだ、私は生きているのか?

 生きている。

 生キテイル。

 私という存在は、マダ死ンデイナイ。

 心臓が脈を打つ。

 鼓動ヲ感ジル。

 鼓動の音が、聴コエル。

 どくん。ドクン。

 どくん。ドクン。

 ――私は、鼓動を感じながら、瞼を閉じた。


***


 意識が覚醒したときには、目の前に冷たい善太郎が転がっていた。――まさか、彼は死んでしまったのか。

 そして、私はようやく事件の元凶と対峙した。

「あなたが、水浦阿佐美と中川智也を殺害したのね。――長森知子さん」

 私がそう言ったところで、事件の元凶――長森知子――は、部屋の照明を点けた。

 人を惹きつけるような魔性の(かお)

 切り揃えられた長い髪。

 それでもって高圧的な声。――彼女は、まさに「悪魔」と呼ぶに相応しい容姿だった。

 悪魔は話す。

「あら、殺したつもりだったのに――どうして生きているのかしら?」

 悪魔の質問に、私は淡々と答えていく。

「私は、夢の中で『もう一人の自分』と会った。もう一人の自分は、私の心が発現したモノで――既に死んでいた。でも、『私』という『肉体』が生きている以上、心臓は脈を打っているし、血液も流れている。私は自傷行為の常習者だけど、手首をカミソリで切りつけると――痛みを感じる。その痛みは『心の痛み』だと思っていたけど、本当は『肉体的な痛み』だった。――色々なモノを肌で感じているうちは、こうやって『私』という存在は生きている。ただそれだけの話よ」


 長話をした上で、私は――悪魔に追い打ちをかけた。

「そして、あなたがやっていた痛みを感じずに相手を殺す手段。――赤ワインに毒を盛ったんでしょ?」

 どうやら、私の結論は――正しかったらしい。

「どうして、それが分かったのかしら?」

「理由は単純よ。あなた、元々『薬局の家系』って聞いたわ。それも、昔ながらの薬売りの家系。――いわゆる、『置き薬』ね」

「その通りよ。私の家系のルーツはどうやら富山県にあるらしくて、明治時代に神戸や西宮で『薬売り』を始めたと聞いたわ。結果として、阪神地域における『置き薬』の普及に一役買ったって話よ」

「でも、長森家は――戦争が激しくなる中で、いつしか軍部によってあるモノの開発を強要されてしまった。それは、『強心薬』でしょ? 強心薬の材料はニトログリセリンで、これは私の憶測でしかないんだけど――多分、軍部は破壊兵器を作るフェーズでニトログリセリンに目をつけて、それで長森家に強心薬の開発を強要したと思ってるわ。そして、あなたの祖父に当たる長森磯兵衛は――強心薬を開発するフェーズで『毒』を作ってしまった」

 私の話に懐疑的なのか、長森知子は話す。

「私のおじいちゃんが、『毒』を作った? それって一体どういうことかしら?」

 どういうことって言われても……。私は、「毒」について説明していった。

「強心薬は、その名の通り心拍数を上げる効果を持っている。でも、心拍数を上げすぎると――人間は胸が苦しくなって、やがて死に至る。これはいわゆる『心臓破裂』と呼ばれる状態よ。多分、長森磯兵衛は『経口で人を殺す薬』の開発に成功してしまった。――そんなところかしら?」

「なるほど。――それで、その薬はどこにあるのかしら?」

「残念ながら、その薬自体はここに残っていないけど、材料であるニトログリセリンは――今でもそこにあるんでしょ?」

 そう言って、私は椅子にされていた箱から体を退けた。――箱の中には、大量のニトログリセリンが入っていた。その様子を見て、悪魔――長森知子は、(わら)った。

「――アハハハハ! 面白いわね!」

 そして、私はニトログリセリンに対するある豆知識を話した。

「ニトログリセリンはノーベルという博士が見つけた化学化合物で、元々は破壊兵器――ダイナマイト――の材料として開発されていた。もちろん、当初は兵器としての利用じゃなくて『炭鉱に穴を開けるため』という効率的な利用を目指して開発されていたけど、戦争の時代になると軍事転用されるようになってしまったって訳。有名な理系の賞に『ノーベル賞』なんてあるけど、なぜ『平和賞』というモノがあるのか? それは、多分――ノーベル博士による罪滅ぼしでしょうね」

「そうだったのね。ノーベル賞という存在は知っていたけど、どうしても『平和賞』という賞の存在意義だけが分からなかったわ」

「確かに、生理学・医学賞や物理学賞、化学賞は存在意義があるかもしれないけど、正直言って――平和賞と文学賞はいらないと思う」


 少し蛇足気味に話したところで、私は話を箱の中のニトログリセリンに戻した。

「それにしても、戦前から保管されていたであろうこの大量のニトログリセリン――長森家の邸宅1つは破壊できるでしょうね。でも、戦況が混沌とする中で、軍部はニトログリセリンを利用した破壊兵器の開発を中止してしまった」

「どうしてよ?」

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「ま、まさかそれって……」

「――原子爆弾よ」

「えっ? ――日本で原子爆弾は開発されていないって聞いたわ」

「それが、開発されていたらしい。私は『卯月絢華』っていうペンネームの小説家で――少し前に、徐福伝説を題材とした小説の取材で京都北部に行ったけど、そこでたまたまある資料を見つけたのよね」

「資料? 一体何なのよ?」

「日本における原子爆弾開発プロジェクトである『F計画』の資料よ。F計画は理研に所属していた仁科芳雄(にしなよしお)によって進められていたプロジェクトだけど、その中心人物――荒勝文策(あらかつぶんさく)は京都北部の人間だった。故に、舞鶴に行けば資料が山のようにあった。荒勝文策は当時敵国だったアメリカに先駆けて『サイクロトロン』という原子加速器の開発に成功して、原子爆弾を投下する一歩手前まで来ていた。でも、軍部はそれをやらなかった。理由は――言うまでもないわ」

「――広島と長崎への原子爆弾投下ね。少し前にアメリカ側の開発者の伝記映画を見たわ」

「その映画は私も見たけど、今から思うとあんな愚かなモノ――開発されないほうが良かったと思ってるわ」

「そうね。私ですら、そう思うぐらいよ」


 そして、私は話を事件の核心へと持っていった。

「それで、原子爆弾の開発によってダイナマイトの開発を中止された軍部は、秘密裏に大量のニトログリセリンを長森家へと搬入した。そういうところでしょうね。――ところで、ニトログリセリンって舐めると甘い味がするらしいわね。私はそんなモノ舐めたことがないけど」

「そうよ。ニトログリセリンは砂糖と同じ成分でできているから――舐めると甘いの。私も何回か舐めさせてもらったわ」

「舐めると甘い味がする。だから、ニトログリセリンは経口薬として利用されるようになった。そして、当たり前だけど、ニトログリセリンには禁忌(きんき)がある。特に、アルコールとの飲み合わせは死に至る場合があって――知子さんは、ワインの中にニトログリセリンを混入させて水浦阿佐美と中川智也を殺害した。間違いないわね?」

 悪魔は、嗤う。

「――アハハハハ! エビデンスはあるの?」

「エビデンスねぇ……あるわよ? そこに」

 そう言って、私は善太郎の頬をビンタした。彼はいびきをかいて眠っていたから、すぐに覚醒すると思っていた。

 案の定、頬をビンタしてすぐに、善太郎はその意識を覚醒させた。

「――イテッ! ……なんだ、お前か」

「明智くん、随分と気を失ってたみたいね。でも、死んでない。それは保証するわ」

「ああ、そうだな。この通り、生きているぜ? オレは長森知子からニトログリセリンを投与されて心臓がバクバクしていた。でも、生命の危険を察したオレはとっさの判断で――牛乳を飲んだ」

「牛乳? そんなモノ、いつの間に持ってたのよ?」

 私がそう言うと、善太郎はスーツのポケットから錠剤のようなモノを取り出した。

「ああ、それって、牛乳というか――『ミルクタブレット』ね。どこで買ったのよ?」

「芦屋だぜ? 何か旨そうだったから」

「ふーん。――その店、また教えてよ」


 エビデンスの提示に対して痺れを切らしたのか、長森知子は――キレた。

「いい加減にしてちょうだい! そこの探偵のどこがエビデンスなのよ!」

 キレる長森知子に対して、善太郎は――サングラスを外した上で真相を述べた。

 彼の目には、日本人とは思えない碧眼が浮かんでいる。

「――長森知子、お前は11月23日に梅田のホテルへ水浦阿佐美を呼び出し、『女子会』と称して2人だけのパーティーを行った。でも、本当は『仕事仲間でかつ交際相手だった中川智也を奪った水浦阿佐美という存在を殺害する計画』だったんだろうな。それで、お前は水浦阿佐美のワインにニトログリセリンを混入させて、殺害した。その際、お前は赤ワインを血に見立てて『キリストの奇蹟』を再現しようと思った。しかし、残念なことに――それは聖書じゃなくてギリシャ神話の見立てだった」

「キリストの奇蹟? ああ、『水を赤ワインに、石をパンに変える』とか言うアレ? ――確かに、私はこれを『キリストの奇蹟による殺人』に見せかけたわよ。でも、どうして間違ってんのよ?」

「お前がやっているのは――『キリストの奇蹟による殺人』なんかじゃなくて、『バッカスの神話に見せかけた殺人』でしかないぜ? ギリシャ神話における酒の神、バッカスは自分の過ちによって石になってしまった恋人に赤ワインをかけた。その結果、恋人は美しい石として転生した。――それこそが、アメシストの由来だ」

「じゃあ、私がやっていたのは奇蹟じゃなくて……」

「そうだ。キリストの奇蹟なんかじゃねぇ。――水浦酒造への当てつけだ」

「――くっ」

 善太郎が真相を述べたところで、長森知子の顔は完全に凍りついている。――善太郎の碧い眼差しがそうさせているのだろうか。

 そんな光景を横目に、私は部屋のドアの前に立って――鍵を解錠した。

「長森知子さん、あなたは既に詰んでいるわ。その証拠に、ドアの向こうに――警察がいるんだもの」

 そう言って、私はドアを開けた。

 ドアの向こうには、浅井刑事率いる無数の刑事がそこにいた。

「――入ってちょうだい」

 私の合図と共に、浅井刑事は部屋の中へと入っていった。そして、長森知子の腕に手錠がかけられた。

「長森知子さん、あなたを殺人の容疑で逮捕します。――一応、身元は大阪府警の方に移送させますので、詳しい話はそこで行いましょう」

 浅井刑事がそう言ったところで、長森知子は俯いた顔をしていた。

「――分かりました」

 長森知子という悪魔は――警察に連れていかれた。これで良かったかどうかは、正直分からない。


***


 監禁現場だった場所には、私と善太郎だけが残された。

 善太郎は話す。

「――どうして、オレがここに監禁されているって分かったんだ?」

「明智くん、ここに来る前に水浦阿佐美の実家に行っていたでしょ?」

「ああ、確かに行っていたぜ? ただ、スマホは壊され車はボッコボコの状態だったからな。――お前ならオレを助けてくれるんじゃないかって思っていた。ただそれだけの話だ」

「それで、スマホと車は誰に壊されたの?」

「長森知子だと思うだろ? 違うぜ?」

「長森知子じゃないの? じゃあ、一体誰が……」

 私が質問を投げかけると、善太郎は申し訳なさそうに答えた。

「――黒江弥沙だ」

 善太郎の口から出たのは、想定外の人物だった。

「じゃあ、この事件って……」

「ああ、長森知子が逮捕されたところでこの事件はまだ解決してねぇ。――向かうべき場所は、箕面にある中川智也の家だ」

「なるほど。――相当、深刻な状況ね」

「そうだ。お前が思っている以上に――この事件は深刻だ」

 そう言って、善太郎は――窓の前に立った。窓を見上げると、寒々しい満月がそこにあった。そして、善太郎は話す。

「もしもの話だが、オレが狼男だとしたら――お前はどうする?」

「『どうする?』って言われても――私は狼男としての明智くんを受け入れるしかないわ」

「そう言ってくれるのか。お前も案外分かっているな」

「分かっている? どういうことよ?」

「この事件、なんだか妙だとは思わないか?」

「うーん、確かにおかしいわね。私は長森知子が犯人だと踏んでいたけど、逮捕された時の彼女の顔、なんか違和感があったんだよね」

「そうだな。――まるで『誰かに唆された』という感じの顔ぶりだった」

「もしかして、その『誰か』が――黒江弥沙なの?」

「オウ、その通りだ。――今日中にケリをつけないといけねぇ。今すぐにでも箕面に向かいたいが、あいにくオレのGTRは動かねぇ。ここに着いたフェーズで完全にエンストしたからな」

 善太郎は、困っている。さて、どうしたものか……。

「困ったわね。――ちょっと待って」

 あることを閃いた私は、スマホでとある人物に連絡した。


「――もしもし? 沙織ちゃん?」

「あら、ヒロロンじゃないの。どうしたの?」

「沙織ちゃんって、確か吹田に住んでなかった?」

「確かに、アタシは吹田に住んでるわよ? どういうこと?」

「――今すぐ明智くんを迎えに来てほしい。私はバイクで沙織ちゃんの後ろについて行くから。行き先は箕面よ」

「アタシが――明智先輩を箕面まで送っていくってこと? 分かった。ちょっと待ってて」

 そう言って、菱田沙織との電話は終わった。

「――菱田沙織か。確かお前の友人だったな。オレのことを『好きなアーティストのプロデューサーっぽい名前』とか抜かしていて、立志舘大学のミステリ研究会にも在籍していたか」

「そうよ。ほら、生粋のシャーロキアンで京極夏彦オタク」

「ああ、アイツか。確かにシャーロック・ホームズと京極夏彦の話ばっかりしていたな」

「多分、顔を見たら一発で思い出すと思うわ」

「オウ、分かったぜ」


 そんな話をしつつ15分ぐらい経って――菱田沙織は来た。彼女は黄色いアウディに乗っていた。

 私は、窓から手を振る。――黄色いアウディから、華奢な女性が手を振った。

「――とりあえず、降りてきて」

 華奢な女性――菱田沙織――がそう言ったので、私は長森家という監獄から脱出した。


 外に出たところで、菱田沙織は話す。

「明智先輩、久しぶり。――アタシのこと、覚えてるかしら?」

「オウ、顔を見たら思い出したぜ? 確かに、お前は菱田沙織だな」

「そうよ。ヒロロン――広瀬彩香の親友よ」

「それで、オレは箕面にある中川智也の家へと向かいたいんだけど、いいか?」

「いいわよ? カーナビで良ければ案内してあげるわ」

「助かるぜ」

「じゃあ、私はバイクで沙織ちゃんの後ろについていくから」

「分かった。――中川智也の家に行くわよ? 車に乗って」

「オウ!」

「沙織ちゃん、私もすぐに向かうわ」

 そう言って、菱田沙織が乗る黄色いアウディは発車した。――私もついていかなければ。

 私は黄色いアウディを追いつつ、伊丹から高速道路へと入っていった。高速に入ってしまえば、箕面まではすぐである。

 やがて、「大阪府箕面市」という看板が見えてくる。――来たんだな。

 高速を降りていって、住宅街に入っていく。

 中川智也の家は、高速を降りてすぐのところにあった。

 菱田沙織のアウディが停まったことを確認して、私はバイクから降りていく。


 ――多分、ここに一連の事件の黒幕である黒江弥沙がいるのだろう。そう思いつつ、私は中川智也の家へと入っていった。

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